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法華狼の日記

2017-09-14

[][][]軍艦島にかぎらず、さまざまな意味で「遺産」には負の側面がある

軍艦島をはじめとして、「産業遺産」として記憶されつつある炭鉱

その遺産の負の側面が指摘されることへの反証として、美しく楽しい記憶の証言がもちだされることが少なからずある。

炭鉱に朝鮮人差別がなかったという産経記事が、方城炭鉱の事務員の証言を使っていて、見えている景色のちがいに頭をかかえた - 法華狼の日記

それを論じた木村至聖『産業遺産の記憶と表象 「軍艦島」をめぐるポリティクス』を読んだところ、興味深い情報がいくつかあったので、要約するようにまとめておく。


先ごろ世界遺産の一部として登録が決まった長崎県端島、通称軍艦島も、当時としては近代的で先進的な生活が何度となく語られている。

急傾斜の炭層ゆえに機械化が困難で、だからこそ職人の技術が重用されたこと*1。海中炭鉱ゆえ安全な採掘深度に限界があり、結果として労働者が別炭鉱に再就職できる余裕がある時代に閉鎖されたこと*2

さらに、閉鎖環境ゆえに閉山とともに完全な無人島となり、廃墟化する過程が住人として体験されなかったこと。これは自治体として破綻したことで知られる夕張などと大きく違うところだ。

廃墟が観光資源として成立する時代になって再注目されたことで、現在の風景が良い記憶をさまたげないこと。これは後述するように、外部からと内部からでは違う感覚もあるようだが。

そうした複合的な理由から、他の炭鉱に比べて美しい記憶が語られやすいようだ。


もちろん過酷労働環境における心身の傷や、戦時期の強制労働問題は軍艦島も例外ではない。

韓国映画『軍艦島』を利用した歴史の否定がおこなわれつつある - 法華狼の日記

労働力や資材の不足をおぎなうため、職人として熟練していない朝鮮人中国人、さらに外国軍捕虜も動員された。そうしてかき集められた労働者と、それ以前からの勤続者には距離が生まれたという*3

そうした乖離が端島でさらに拡大しても不思議ではない。端島で発見された1925年から1945年の死亡者の記録から、朝鮮人の死亡率が日本人よりはるかに高く、その内容も病死や事故死だったことが明らかになっている*4

正の側面と負の側面は、裏腹であって矛盾ではない。一方がもう一方の反証に必ずなるわけではないのだ。


しかし木村氏によると、そもそも美しく楽しい記憶をもっている当事者は、それゆえに「遺産」となること自体に葛藤をおぼえる傾向があるという*5。自分が生きてきた活気ある場所が、滅びてしまった姿を見たくないし、衆目にさらしたくない気分があるのだろう。

他の地域を見ても、三池炭鉱は採掘がつづいていた1990年ごろから文化庁による近代化遺産の調査がはじまったことで、嫌がられたという。遺産という言葉そのものが「非常にマイナスのイメージが強かった」ともいう*6

ゆえに先んじて廃鉱を博物館化した夕張においては、地域のイメージアップを目的として運営され、大規模な施設ながら負の側面が言及されない観光施設となった*7。歴史の記憶が意識された三池にしても、朝鮮人労働者が望郷の念を落書きした押入れの戸を展示したり、負の側面をふくむ証言映像を上映したりしつつ、博物館全体としては明るい技術革新をテーマにしている*8


ちなみに軍艦島を世界遺産にするNPOをたちあげた人物は、炭鉱マンの親をもちつつも、自身は子供としてくらした立場だった*9。それも生まれ育った場所ではなく、小学6年生から高校卒業までの思春期だけをすごした場所だという*10

 これが僕らのふるさとであり、また日本の近代化産業遺産でもあるということを、元島民の人たちは考え及ばないんですよ。そこまでいけたのは僕がここで生まれてないからいけたんだよ。

その記憶の場所を保存することこそが目標であり、世界遺産にする活動も手段にすぎなかったという*11

X氏は、「大学の先生でも何でもなしに一般の市民だった人間が世界遺産という言葉を使い始めたときはすごく違和感あった」と語る。それでもX氏は「産廃産業廃棄物)」として朽ち果てようとしていたふるさとを守るための唯一の方法としては、「世界遺産」しかないと判断したのである。

 だが当初は地元だけでなく、元島民の理解さえなかなか得ることができなかったという。

 炭鉱の島を世界遺産だって、一番反発強かったのはここ(端島)の島民ですよ、……そんなことありえないと。また長崎の市役所とか県庁とか色々まわって、こういったこと考えてるっていったときに、……まったく相手にされなかった。

さらに、世界遺産になる場所として呼称される「軍艦島」という言葉は、「端島」に住んでいた島民は使わないと語っていたという*12。2007年の聞き取り時点では、高島出身の軍艦島ガイドのY氏ともども、強制労働の歴史を表に出しづらい葛藤も語っていたともいう*13

いうまでもないことだが、表に語られる証言が、記憶の全てではないのだ。

*1:これは良かった記憶と悪かった記憶の距離を広げ、現在に明るい記憶を語らせやすい要因にもなるだろう。

*2:前掲書153〜154頁。以下に注記する頁も同著から。また、引用内引用には引用枠を足す。

*3:81頁。

*4:160頁。

*5:157〜158頁。

*6:118〜119頁。

*7:115〜116頁。

*8:119〜122頁。

*9:158頁。

*10:210頁。

*11:208〜209頁。

*12:210頁。

*13:157〜158頁。

s3731127306s3731127306 2017/09/16 12:38  いわゆる「心の襞《ひだ》」といわれるものについては、二点ほど書かせていただます。

 一点目、別のことを調べているうちにわかってきたことなのですが、韓国だけではなく、南北朝鮮どちらにおいても、強制連行をふくむ植民地支配の被害を明らかにして歴史学的に確定させる作業が本格的に始まったのはどうやら1980年代以降らしいのですね(だいたい冷戦末期あたり)。それで、そのころまで南北朝鮮どちらにもそういう分野を専門とする歴史学の教授職がいなかったと(たしか「文明と野蛮を超えて―わたしたちの東アジア歴史・人権・平和宣言」の庵逧氏の談)。それはなぜかというと、おおざっぱにいうならば、「植民地支配の傷跡”だけ”明らかにしても、これからの朝鮮人社会にとってプラスになるものが出てきそうにないから」ということらしいのですね。もちろん傷跡が深いというのもありましたが、実際はそれだけではないというのを強調しておく必要があると私は考えます。それで、朝鮮戦争後の南北朝鮮の歴史学者たちは、独立運動史や経済発展史(日本のマルクス主義者をふくむ経済史家の「停滞論」に対して反論する必要があったから)を一生懸命やっていたそうなんです。そのことは、年代別の著作物の傾向からはっきりと裏づけられるでしょう。つまり、「朝鮮人は植民地支配のことをずっとむしかえしている」という論説は、そういう意味でもまったく悪い方向にズレているのです。

 二点目、いわゆる「普通の日本人」という自己規定が流行していることと関係するのですが、そもそも「心の襞」(本当はもっといい単語があると思いたいのですが、いちおうこの単語を使います)というのは、あるのかないのかではなく、誰にでもあって、自覚して認めるか認めないかということではないでしょうか。
 少し前に注目された、山本寛氏の問題発言ですが、私個人には異様に思われる言いまわし(特に「〜しかない」)をしています。↓

http://d.hatena.ne.jp/s3731127306/20170803/1501761415

 この現象は、いわゆる「国体」観念を前提にできなくなった現在日本が一つの原因ではないか(ほぼ間違いなく、山本氏は自覚していませんが)、と私は推測しています。私がなんでも重くうけとめすぎるだけなのかもしれませんが……。


 あと、補足ですが、林博史氏が「表象研究というのがこのところ多いが、事実認定をおろそかにしたものが多いような気がする。そういうものは、言い方は悪いが研究者が責任のがれをしているというものではないか?」という意味のことを自身のHPのどこかでおっしゃっていました。本当にそのとおりで、表象が問題になるのは、ほぼ間違いなく“裏側”に重要なものが隠れているからなわけで。

私が発見した非常に悪い例:http://d.hatena.ne.jp/s3731127306/20160131/1454201581

hokke-ookamihokke-ookami 2017/09/16 15:16 >日本のマルクス主義者をふくむ経済史家の「停滞論」

考えてみれば、逆に日本は当時の植民地化を積極的な肯定こそしなくても、歴史における必然くらいの観点はもちつづけていましたね。
“当時はしかたなかった”という国家の主体性を否認する擁護は、山本寛氏の「〜しかない」にも通じるでしょう。

>林博史氏が「表象研究というのがこのところ多いが、事実認定をおろそかにしたものが多いような気がする。そういうものは、言い方は悪いが研究者が責任のがれをしているというものではないか?」という意味のことを自身のHPのどこかでおっしゃっていました。

どちらかといえば表象としての歴史に興味をもっている人間としては、耳が痛いですね(苦笑)。もちろん私は研究者ではありませんが、表象を研究している書籍を積極的に読んでいる自覚があるので、事実認定について目配りできない危険性は念頭においていなければなるまい、と思います。

s3731127306s3731127306 2017/09/16 18:01 >考えてみれば、逆に日本は当時の植民地化を積極的な肯定こそしなくても、歴史における必然くらいの観点はもちつづけていましたね。

 私が何度か引用している梶村氏秀樹氏は、学問上の専門が経済史であることが要因でしょうが、いわゆる「停滞論」の学説史について論説で(もちろん批判のため)いろいろ書いているのですが、それを読むと、たとえば福田徳三(検索してみてください)が植民地合理化論に限りなく近い論説を書いていたりして、問題の根深さに考え込まざるをえなくなります。
 ついでにいうと、ネット上でみるかぎり、梶村氏のとりくんだこの問題圏(くわしく話すとそうとう長くなりますが、「内在的発展論」について)に対してあまり注目していないですね。専門家はさすがにこの問題圏こそ大事、と意識していますが(CiNiiで「梶村秀樹」で検索してみればわかります)。


>耳が痛い

 これは今のところ、私自身の偏見にみちた仮説でしかないのですが、小説や映画といった創作物自体はまだともかく、文学史に代表されるような表象研究というのは、「歴史をうごかした」という前例が非常に少ないため(E・サイードも、主著「オリエンタリズム」は政治の問題圏にも言及している)、ああいう分野の研究者には一種の”油断”があるのでは? とみなしています。それが例の「帝国の慰安婦」問題の遠因では、とも考えています。
 まあ、結局はそこに「自分」を正しく位置づけようとしているかどうか(抽象的な言い方ですが)、であると考えていますが。これについては、上で書いた経済史と関連して、「向う岸からの世界史」という本を書いた良知力という人(専門は19世紀ヨーロッパ思想史、のちに社会史)のことがそうとうに参考になると思います。


>「〜しかない」

 私個人としては、あそこでなぜ(ある意味で古いといえる)小林よしのりをひっぱりだすのか、結構大事な問題ではないかと考えています。小林こそ、いわゆる「国体」ぬきの”現代的”日本国家主義をつくりだした一人ですから。へんなたとえですが、ヒット商品がなぜヒットするのか、買った人に聞いて回ってもはっきりするわけではないわけで、それは消費者の”行動”を細かくみていくことでしかわからないと考えるわけです。これについては、「ひとびとの精神史第8巻」が参考になるかもしれません。

ある在日ある在日 2017/09/17 17:02 >>それはなぜかというと、おおざっぱにいうならば、「植民地支配の傷跡”だけ”明らかにしても、これからの朝鮮人社会にとってプラスになるものが出てきそうにないから」ということらしいのですね。

s3731127306さん、貴方もどうも一般日本物と同じように、何か色々と勘違いをされてますねぇ。
経済活動なんかもそうですが、研究や学問なども、"環境"が整ってはじめて発展していくのです。
それは国家レベルの話だけでなく、個人レベルにおいても当たり前の話です(日本物以外には)。
貴方は、例えば、"東大を卒業して一流企業に勤めている高収入の30才一般的日本物"と、
"差別の最底辺に押し込められながらフリーターをやってる親無し在日30才"を比較するとき、
その"30才という時点だけでのみ"評価するのですか?そこがまさに差別の本質なんですよ。
そこを理解してるか否かが、まさに歴史の本質、人間としての根本的本質を理解しているかどうかの分かれ目なのですよ。

朝鮮半島を分断させた張本物はどこの腐った民族ですか?朝鮮半島が植民地支配やその後の戦争で無茶苦茶になったのはどこのイカレ民族のせいですか?
そこから自力である程度のレベルまで"環境"を整えたのが、その"冷戦後しばらくして"というだけですよ。研究の成果がどう期待できるか、などという理由ではありませんよ。

ま、恐らくこれは、国家レベルでも個人レベルでも環境を全て被害者に整えてもらった生物には理解できないと思いますがね。

s3731127306s3731127306 2017/09/17 19:48 ↑上のAさんは、「被支配民族が・自身の歴史学に・自民族の積極的なもの”を優先して”をみつけようとしていた」という明らかな歴史的事実に、反した主張をしているので、議論の土俵に乗ってないものとみなさざるをえず、相手にできません。

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 以下、予備的なメモとして、「李朝後半期朝鮮の社会経済構成に関する最近の研究をめぐって」[1963年]より2点引用します。


1905年前後・福田徳三

「予は如上の数節を重ねて韓国経済発展の根本的欠乏は、封建的教育に基く近世の交通経済なることを説きたり。韓国は遂に此の封建制度の『パブテスマ』を受け来らざる可からず。而かも今に至りて俄に之れを為すの道あらず。之れを如何せん。答て曰く、スタムラーの所謂有力優勢なる他の文化に触接浸染し、其特性を根底より改造す可きのみ。……(14)韓国に於て幾多の経済設備を施し、数千年の交通より得来れる諒解と同情とを以て韓人を使役するに慣れ、韓国の土地を事実に於て其私有となし徐々に農事経営を試み、而も其生産品たる米、大豆に対し最大の顧客たる我日本人は、即ち此使命を充たすに最も適当せるものにあらざるか。況んや其封建的教育は世界の文化史上最も完美なるものの一に属し、土地に対しては最も集中的の農業者たり、人に対しては韓人の最も欠乏せる勇敢なる武士道精神の代表者たる我日本民族は、たとひ境を接するの便なく、政治上之れを必要とするの事情あるなしとも、猶ほ且つ封建的教育と之れに基く経済単位の発展とを欠く韓国と韓人とに対しては、其腐敗衰亡の極を致せる『民族的特性』を根底より消滅せしめ、以て己れに同化せしむ可き自然的命運と義務とを有せる『有力優勢なる文化』の使命の重きに任ず可きものにあらざるか」

1962年・金錫亨

 「朝鮮のながい封建時代において、一七世紀、特に一八世紀以後新しい社会経済的変化がみられた。農業、工業、鉱業における生産力増大による商品生産の増大にともない、全国的範囲で金属貨幣の流通をみるに至った。この結果としての商業の著しい発達により、一八世紀末から一九世紀には巨大な商人資本の蓄積が行なわれた。これらの資本は生産部門に進出して、新しい生産関係を形成する。特に鉱業においては、他の部門より資本主義的要素が顕著で、『富商大賢』が封建権力の掌握外で、潜採密貿の形式の下に、大規模な資本主義的経営を行なった。地方手工業に於いても、一九世紀中葉には、鍮器店など一部の部門で資本家的経営(マニュファクチュア)があらわれた。一般的商品流通の進展により封建的御用商人たる市廛・貢人の独占はくずれ、自由な取引が行なわれた。
 このような要素は、封建制度の暴圧下に呻吟しつつあり、微弱なものではあった。しかし、一八世紀以後の商品貨幣関係の発展、また一八世紀末以後極めて限られた範囲とはいえ資本主義的な生産の要素が発生したという事実は、一八世紀以後が、朝鮮封建社会の最後の時期であることと、一九世紀が一八世紀と区別できる根拠があることを示している。
 このような傾向によって、封建的支配体制は、弛緩紊乱し、社会構成の変動がもたらされた。一方では、奴婢解放にみられるように、身分制度が崩れてゆく反面、体制の紊乱が農民に対する収奪の一層の強化を余儀なくした結果として、階級対立が尖鋭化し、農民蜂起を続発させた。もっとも、以上の傾向にもかかわらず、一九世紀中葉に至るまで国の支配的な構造は自然経済であり封建制度であった。市場も国家財政も現物経済が優勢であり、身分制度も強く残っている。
 このように、一九世紀前半は国内外情勢からくる封建統治制度の危機の深刻化を以って特徴づけられる。この時期に、朝鮮では、国内の階級矛盾とともに、資本主義侵略者との民族的矛盾が造成された。この時期に封建社会の胎内で成長していた新たな資本主義的要素は腐敗した封建制度、陰然と侵襲してきはじめた外来資本主義侵略の下で自己の発展の道を抑制されていった」
(※念のためだが、これは一個人の主張ではなく、北朝鮮側の主流歴史学者の準公式見解とみなしうる『朝鮮通史改訂版』(一九六二)による主張)
(※私個人の見解だが、日本の幕末期は尊皇攘夷などによる政治的暴力が横行していたのは明らかだが、これらすべてを単なる「混乱」としてかたづけられるか?という問題がある。もちろん、それと「明治維新」を不可避かつ唯一正当とみなすかは別のところ)


 追加として、CiNiiで閲覧可能である、以下の2論文を紹介しておきます。あつかっているのは、朝鮮半島東北部、ロシアとも境を接するあたりの地域です。
・<論説>旧韓末北関地域経済と内外交易(梶村秀樹)
・朝鮮東北部の社会変容と植民地支配 : 清津港の建設をめぐって(加藤圭木、FFJブックレットNO.3の共同執筆者の一人、梶村氏の上論文を参考に書かれた)

ある在日ある在日 2017/09/18 21:09 ttp://www.ginger-yell.com/entry/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81

↑のブログのコメントでも上のs3731127306氏のコメントでも、この民族の知性レベルの異常な低俗さ、そしてその深刻さが解る。
"日本物は良心からこの問題に向き合ってるのではなく、白人良識層の口パクをしてるだけ"という私の持論がより補強されただけだ。
これだけ論理をもって、しかも被害者に指摘されてるにも関わらず、頭から否定し、拒否する。ワガママな幼稚園児そのものではないか。
馬鹿としか言いようがない民族だね、本当に。被害者にまで過大評価してもらわないと受け入れられないのか。ワガママも度が過ぎる。
むしろこの生物の脳味噌の中では一体何を思って反差別的な言動を取ってるのか、知りたいぐらいだ。論理も倫理もない反差別などあり得ないのに。

バッタバッタ 2017/09/19 09:47 ≫例えば、ライダイハンというビジネスマンと現地人のハッキリ言って"個人的な問題"を、

キメラ発言やらノイホイをまともだとか言っちゃう当たり今更だが最早この書き込みの時点で彼の立ち位置はハッキリしたんでこれから彼が何書き込みしてもそれそのものが意味を持つことはないのですよね。混血児の問題が個人的問題になるなら、日本の差別問題も個人的問題にしかならないだろうよ。

ある在日ある在日 2017/09/19 20:40 こうやって少しずつ着実に歴史修正は進んでいくんだな…この生物限定で…(;´∀`)

バッタバッタ 2017/09/19 21:08 ≫こうやって少しずつ着実に歴史修正は進んでいくんだな…この生物限定で…(;´∀`)

なら聞きたいのだが混血児の問題を個人的問題だと書き込んだ理由は何だ?歴史修正というからには理由があるんだろ?

ある在日ある在日 2017/09/19 22:56 笑った。Twitter投稿し始めたら、ものの数レスでアカウント停止された。一瞬の出来事だった(笑
確実に運営にウヨがいるな。ま、そもそも"そういう民族"で構成されてるわけだから当たり前だけども。
この国の縮図だね。

ある在日ある在日 2017/09/19 23:08 いっやぁ〜、馬鹿な民族だねぇ〜ホントに!どうしようもないね!この馬鹿民族だけは!
反省なし!極僅かな物も"反省してるフリ"してるだけ!断トツです!君たち、断トツです!(笑
断っトツでクズです!この世界で!圧倒的です!ハッキリ申し上げて、手遅れです!
残念!!……なのは我々か(泣

KabotyaKabotya 2017/09/19 23:22 よう。
また寂しくなったようだな。

ああ、成程Twitterでも相手にされなくなったから戻ってきたワケ…か。

で、だ。
お前
>研究や学問なども、"環境"が整ってはじめて発展していくのです。
て、事は、だ。
その"環境"とやらを与えられない人々は永遠に、学問的業績を上げられないまま…
と言いたいんだな…

こりゃ大変だ。
その理屈に従うなら、そういった被差別層の人々の学問的業績は
そうでない人より客観的に劣る。つまり価値が低いと言う結論と言う事になる。

Twitterで別アカウント作ってそれ唱えてみたらどうだい?
Twitterは様々な国で使われている。
是非、英語で韓国語で中国語でそれを言ってくれ。
嗚呼、キメラの言説も添えてね。

出来ないってんなら俺が手伝ってやるよ。
俺は英語位は翻訳出来るし、知り合いに中国人も韓国人もいるのでね。

日本物以外の文化圏以外にそれを公表してみなよ
「粗削りだが光る知性を感じる」と評されるか
「自己承認欲求ばかり肥大化した差別主義者」と言われるか
またアカウントを停止されるか
見てやろうじゃないの

KabotyaKabotya 2017/09/19 23:24 >残念!!……なのは我々か(泣

…"我々"って誰?
お前に同士と呼べる人が居るのか?
頼むからこの掲示板に連れてきてくれよ。

破れかぶれ破れかぶれ 2017/09/20 22:00 「日本人の嫁さん或いは旦那さんのいる在日をキメラ呼ばわりしている」

「ある在日」のような大犯罪者を何時まで野放しにしてるのか、

「抗議がこなければいいや」

などと思ってないでしょうな。このようなヘイト発言を野放しする事こそが二次被害をもたらす事に気付け。法華狼さん。

とれとれとれとれ 2017/09/21 22:39 >s3731127306さん
興味深い論文の掲示、ありがとうございます。
帝政ロシアのウラジオストク経済には、後にカレイスキーとなる人たちの経済活動があったのですな。
ただ、「自身の歴史学に・自民族の積極的なもの”を優先して”をみつけようとしていた」
…というのは、被支配民族に限らないような。

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