Hatena::ブログ(Diary)

法華狼の日記

2017-10-24

[][]「もっと薄ら左翼がでかい顔してたよな」と過去を回顧する匿名記事、「人権」への致命的な無理解を露呈する

はてなブックマーク*1id:doycuesalgoza氏がすでに指摘していることだが。

15年前はもっと薄ら左翼がでかい顔してたよな

最近はてサtogetterで笑われてたけどhttps://togetter.com/li/1163464

これぐらい支離滅裂な日の丸アンチでも15年前・20年前なら別に笑われずに人権があったし

何なら権力的に他の意見(日の丸振ったり掲げたりする人)を攻撃して圧迫する側だった

この匿名記事の書き手は「30代の俺」といい、「十台の頃はとりあえず日本を否定的に言えばクールっていうのがあって」という。


しかし当たり前のことをいうならば、人権とはあまねく人間がもっているものであって、消え去ることはない。

「攻撃して圧迫」が批判することを指すならば、言論の自由が保障されているはずの戦後日本においては、過去から現在にいたるまで可能でなければならない。

「攻撃して圧迫」が権力による抑圧を指すならば、戦後日本において長らく国旗国歌を強制しようとする側が権力者であったことが現実だ。匿名記事のいう15年前には、すでに国旗国歌法が成立していた。

日章旗が権力で抑圧された事例というと、匿名記事が紹介しているTogetterにおいて、id:hokusyu氏が指摘した事例くらいだろう。


この匿名記事は他にも致命的な……文字通り命にかかわるような……誤解をしている。

いまみたいにその論理をチェックされたり「その日本でギリギリ生きてるお前は何様やねんw」と笑われることなんかなかった

この理屈が正しいならば、ブラック企業につとめている人間が自社批判することも許されない。

そもそも左翼が論理をチェックされなかった時代など日本にはないし*2、右翼が論理をチェックされて笑われても消え去るとは限らない。

日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)

日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)

にせユダヤ人と日本人 (朝日文庫)

にせユダヤ人と日本人 (朝日文庫)

日本人とユダヤ人 (角川oneテーマ21 (A-32))

日本人とユダヤ人 (角川oneテーマ21 (A-32))

論理をチェックされて笑われることと、表現者として生き残ることは、関連しつつも直結しない。

*1no title

*2:念のため、致命的な批判をくわえられた左翼は必ず表現の場から撤退するという意味ではない。後述する右翼のそれと同じだ。

s3731127306s3731127306 2017/10/25 10:58 コメントします。

>俺が十台の頃はとりあえず日本を否定的に言えばクールっていうのがあって

 そのときの「日本」の意味合いが「国家」なのか「文化」がなんであるか、が問題なのでは? というのはとりあえず置いておくとして。
 私が見るところ、今でもある意味では「クール」にみえます。「シニシズム」といったほうが正しいと思いますが。私がそのことに気がついたのは、オリンピックのエンブレム問題があったとき。あのとき、佐野氏をかばおうとする”勢力”がほとんど現れなかった(まちがっていたらご指摘おねがいします)のは、「シニスズム」の存在を示していると思いました。

https://mainichi.jp/premier/business/articles/20150907/biz/00m/010/005000c

>五輪という、世界的なスポーツと文化の祭典は、本来そのイベント性、お祭り性をもって語られるべきです。なのに、かつての土建国家の延長のような大型工事プロジェクトの話が先行し、それらを主導して巨額のお金を転がしているのが、旧世代の政治家たちに見えたという、センスの悪さ。多くの若い世代は、超大型工事に今さら何かを期待してはいないでしょう。
>デザイン公募も広くみんなを巻き込んでやるべきだったし、遊び心のあるオープンな選考を行うべきでした。残念ながら、すべてが逆だったように見える。組織委で偉そうなのはオジサンたちで、政治家の比率が妙に高く、女性やアーティスト、文化人の比率は低い。そして代理店とデベロッパーが動かしているのが透けて見える。事務局には官僚が大挙して入っていて、役職が多いものだから誰が責任者かさっぱり分からない。少なくとも、これが一般のイメージではないでしょうか。
>そこで自分たちだけで都合良く進めているという、不透明感と不信感が競技場問題からエンブレム発表までオリのようにたまっていて、パクリ疑惑に一気に流れ込んだように見えたのです。今後の運営への、強烈なけん制だったと言えるかもしれません。


 私は、今の日本社会でえらくなろうとしたら、絶対に良くない結果が我が身に帰ってくるとみていますので、積極的に”降りる”ようにしていますが、”登る”ことをやめられない日本人は相当に多いようです。先進国のプライドというのはある意味ナショナリズムより恐ろしいものだと思います。


 もう一点、「とりあえず否定」ってのは何なんだよ、「徹底的に批判」するような左翼は見たことないのか、本当に運の悪い人だな、と思いました。
 これも上で書いた「シニシズム」に関係しているのでしょう。一例として挙げると、私が尊敬する鈴木裕子氏(女性史家、主著に「女性史を拓く」など)について言えば、さまざまな批判の論理はまっすぐな方法論を持続しておられて、「反左翼(であるらしい)」人達にとっては手ごわい論者のはずなのですが、私が見る限りではああいう人たちは鈴木裕子氏を無視して、たとえば(有名だから?)上野千鶴子氏を批判する(というよりも「クサす」)ことが多いような気がします。これもまちがっていたらご指摘おねがいします。しかしそれにしては、鈴木氏が担っておられた「アジア女性基金」批判に対する反論がみあたらないような……。



蛇足:山本七平氏ですが、大塚英志氏がかなり問題のある形で影響を受けているようです。大塚氏はものごとをごまかすような人間ではないと聞いているのですが……。「抵抗運動をきちんと評価しない”動員論”」というのは、結局「支配万能論」に落ち込むのでは、とも思いました。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090917/p1

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20171024/1508851500