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2009-01-06

雇用の流動性をはかれという議論に欠けているもの

「強い」正規社員の保護をゆるくして雇用の流動化をはかれという声がありますが、前提を忘れていると思います。

そもそも、なぜ日本では正規社員の雇用が強く守られてきたかというと、それは貧弱な社会福祉制度とセットでありました。高度成長以来、欧州で行われてきた教育や医療を無償化するなどの社会政策のかわりに、「強い」正規社員の父親が「一家の大黒柱」として教育、医療、介護すべての福祉をカバーする「中流」の「家族」を保護することによって、その穴を埋めてきたのです。この点では終身雇用の年功序列というのはなかなか合理的な制度でした。なぜならば、身軽な若年層よりも、子どもの教育や両親の介護がある中高年層のほうがお金がかかるに決まっているので、より負担が大きい層により多くのお金がいきわたるという仕組みになっていたからです。

もちろん、このやり方は構造上すべての人々に恩恵を与えることはできません。さらに、特定の「家族」観の押し付けという点で時代にそぐわない面もあるし、正規社員からドロップアウトして非正規社員ということになると、とたんに生活が厳しくなるという点で問題があったといえます。でも、だからといって「強い」正規社員の保護を簡単にはずしてしまうとどうなるでしょうか?今まで担ってきた「強い」正規社員がいなくなったあとで、教育や、医療や、介護は、誰が担うのでしょう?

よく、年寄りの世代のせいで若い世代が割りを食っているといいます。でも、年寄りの世代の保護をはずして若い世代に回すことで何がおこるでしょうか。たとえば「高コストな」中高年の正規社員をリストラして若年層の正規社員を雇う。しかし、その中高年の正規社員たちにはおそらく子どもがいるでしょう。彼らはその「強い」正規社員のお父さんの庇護のもとで教育を受けてきたわけです。父親がリストラにあったことで彼らは高校や大学への進学の道を閉ざされるかもしれません。事実、経済困窮を理由に高校や大学を中退する人々が増えています。であるならば、これは若い世代のせいで「より若い」世代が割りを食うことにはならないでしょうか?

「強い」正規社員の保護の撤廃は、必ず社会保障の充実とセットで語られなければいけません。もしお父さんがリストラにあっても充実した失業給付が受けられれば当面の生活には困らないし、医療や教育が無償ならば、今までどおりお医者さんに行ったり学校に通うことができる。それに、逆になぜ正規社員が雇用にしがみつくのかというと、今の日本では失業したらたちまち路頭に迷うことになるからでしょう。もし失業の補償が充実していれば、職探しも楽になるだろうし、転職・起業の機会も増えるのではないでしょうか*1

たとえばデンマークを見てみましょう。デンマークは非常に雇用の流動性が高い国として評価されることが多いですが、それを支えているものは何なのでしょうか?

■デンマークのフレキシキュリティと我が国の雇用保護緩和の議論

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum072.htm

我が国で、多くの人が注目するのは、解雇規制の緩さなどフレキシブルな労働市場についてである。しかし、この柔軟性は、「ゴールデントライアングル」とも称される (1) フレキシブルな労働市場、 (2) 失業者に対して手厚い給付を行う失業保険制度等[5]、(3) 失業者の技能向上を目的とした職業訓練を伴う積極的労働市場政策の3つの密接な相互連携からなるデンマーク特有の体制の下での「雇用の保証(employment security;同一企業内の雇用保証ではなく、職業訓練など活性化施策と密接に関連した手厚い失業給付を基盤とした切れ目のない雇用の場の確保)」を基礎に実現されていることに注意が必要である。

特に、こうした政策を実現可能としているのは、使用者団体と労働団体の合意を中核とした政労使三者合意による世界最高水準の国民負担率( 74%)に対する国民の合意である。こうした条件の下、GDPに占める労働市場政策への支出割合も 4.5%、失業者の再訓練を含む積極的雇用対策費は同 1.8 %とOECD諸国で最高となっている(我が国ではそれぞれ 0.7%、0.3%)[6]。ラーセン教授によれば、「世界で最も費用がかかるシステムであるが、国民はこれを投資と見なし納得している。」とのことである。失業しても深刻な事態にはならない手厚い失業給付とセットになった職業訓練による活性化施策が大きな役割を果たしているからであろう。特に、失業者に対する職業訓練は、スキルの低い労働者が高い資格を得られるようにするなど非常に充実したものとなっている。これは継続的に更新される基本スキルを有した労働力を基盤とした企業競争力の源泉ともなっている。

(強調は引用者)

世界に類を見ない流動的な雇用は、世界に類を見ないセーフティーネットとセットであるわけです。もちろん、デンマークの制度にまったく問題が無いわけではないし、この制度を即座に日本に当てはめることもできません。言いたいことは、雇用と社会保障は天秤のように釣り合った問題であるということです。「強い」雇用と「弱い」社会保障か、「弱い」雇用と「強い」社会保障か。そして、その全体としての水準をいかに高めていくか。

デンマークは小国ですが、では大国ドイツを見てみましょう。

http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpyi200501/b0394.html

簡単に言うと、ドイツの場合、失業保険にあたる失業給付(Arbeitslosengeld)は最大18ヶ月受けられます。さらにその後は失業給付2(Arbeitslosengeld 2)を受けることができます。もちろん失業給付2は低額なので生活が厳しいことに変わりはありませんが、一円ももらえない日本よりははるかにましです。しかもこれは"ハルツ4"という改革によって、社会保障費が減額された結果の制度です。減額されてこれです。シュレーダーの社民党政権は社民を捨てたとさんざん批判されてこれです。いかに日本が棄民政策を取っているかというのが分かるでしょう。日本の労働者はもっと怒っていい。もちろんドイツでは、(強い圧力にさらされているとはいえ)伝統的な社会コーポラティズム―たとえば労働組合の経営参画*2―によって雇用も守られています。雇用と社会保障の天秤が少なくとも日本よりは高いレベルで釣り合っているといえるでしょう。

このような話をすると、すぐ財源の問題として消費税があげられるわけですが、確かに欧州の高福祉は消費税でまかなわれている面がある、しかし、それだけではありません。

■賃金以外の労働コスト - OECD(先進国)ランキング

http://dataranking.com/table.cgi?LG=j&TP=em06-1&RG=1

■解雇に伴うコスト - OECD(先進国)ランキング

http://dataranking.com/table.cgi?LG=j&TP=em06-2&RG=1&FL=

失業保険42ヶ月をほこるフランスは当然上位に来ますし、ドイツは解雇に伴う労働コストが高い。デンマークは両者ともに少ないですが*3、かわりに所得税が高いことが有名です。日本は両者とも下位に沈んでおり、いわば企業に「甘い」。企業は労働のフレキシビリティを得たいなら相応の負担をせよ、というのが筋なのです。

今、日本で言われている「強い」正規社員の保護をはずせというのは、かわりに社会保障をあげよというのではありません。つまり、雇用と社会保障の天秤の水準を引き下げよということです。それが行われるとどうなるか。たちまち日本全国に「派遣村」ができあがることでしょう。もし雇用の流動性を高めることが大切であるというのであれば、では社会福祉はかわりに誰が負担するのか?ということもセットで議論されなければいけないのではないでしょうか。

*1:さらに、職にしがみつかなくて済むようになれば、貧弱な日本の労働運動も高まるでしょう。労働環境の改善を堂々と主張できる。それこそ市場原理主義者のみなさんがよくおっしゃるように、劣悪な企業が「淘汰」されるのでは。

*2:たとえば京品ホテルの問題で、労働者は経営者に従うのは当然と言っている人はドイツを見ろと言いたい

*3:だからといって、デンマークが企業の社会的責任を重視していないというわけではありません。http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_2/denmark_01.htm

ББ 2009/01/06 17:48 ですます調....

れおれお 2009/01/07 00:19 まさに仰るとおり!
正社員の既得権益を剥奪せよとしか言ってるだけの某人事コンサルタントとやらはどう考えているのでしょうかね。

AA 2009/01/07 21:51 税の天秤といえば。

原油高のとき「世界がエコに向けてガソリン税を上げているときに、日本だけが下げるなんて!」と言っていた大臣がいましたね。
だったら、日本の異常に高い「自動車関係税」にも触れるべきだろ、、、と。
(おっと、これも企業に甘い制度だ)

原則的に、他国の制度の一面だけを捉えて例に挙げられても参考にはならない。

sunfish_aquasunfish_aqua 2009/01/08 00:18 そのドイツやフランスの失業率(特に若年失業率)が、日本より高いことはどう考えたらよいのでしょう?失業保険の給付期間が長く、解雇に伴うコストが高い社会は、結局、働こうと思っても働けない若者が多い社会になってしまってはいないでしょうか?

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/172da05b1f0a30faa2e4233ec4abf0c9

hokusyuhokusyu 2009/01/08 02:31 1:日本と欧州では失業率のカウントの仕方が違うということがあります。日本の場合欧州に比べてかなり低くなる傾向がある。
2:日本のように日雇い派遣などで身も心もすり減らしながらやっと稼いだ賃金と、向こうの失業保険や生活保護(フランスではRMIといって日本の生活保護よりも簡単に受給できます)の額はだいたい同じか、下手をすると後者のほうが多かったりします。働きたいのに働けないのは問題ではあるでしょう。でも日本のようなブラック労働は「働く」とは言わないのです。(もちろんどうしてもブラックにならざるをえない労働が移民にアウトソーシングされているという問題はある。でも、日本は労働条件・賃金の面で欧州基準からみてアウトな労働が明らかに受容されすぎている。)これは甘えでもなんでもありません。失業者にも労働を選ぶ権利がある、というのはきわめて当たり前の考え方なのです。

通りすがり通りすがり 2009/01/08 02:53 >たとえば「高コストな」中高年の正規社員をリストラして若年層の正規社員を雇う。しかし、その中高年の正規社員たちにはおそらく子どもがいるでしょう。

この場合、成人迎えてる子供の親がいつまでも交代しないのがやばいんじゃないですかね。そんな親世代がいるからニートとかにぶら下がられてんじゃんみたいな。さっさとこどもに引き継がないから、循環が滞った上にうまく次に移行できないであぶれてしまって、成長も止まってしまって使い道がなくなっちゃうみたいなところにむしろ問題があるんだと思います。子供がいる親をわざわざ解雇するのは、それはそれ、子供の学力が伸びなかったりで生産性も低くなるし大問題ですよね。

って思うんですがいかがでしょうか?

hokusyuhokusyu 2009/01/08 03:01 だったら、前の世代が安心して世代交代できる環境を整えましょう、ということになります。
年金受給年齢は先延ばしにされるわ、後期高齢者で安心して医療にもかかれないわ。そりゃあ、今の仕事にしがみついて一円でも稼ごうとしますよね。

sigabosigabo 2009/01/23 07:32 年寄り(高年齢者)と中年は明らかに世代が違うかと。そこは分けて考えるべき。福祉との天秤はなるほどと思いました。

ヒウチヒウチ 2009/01/30 09:03 >>たとえば「高コストな」中高年の正規社員をリストラして若年層の正規社員を雇う。しかし、その中高年の正規社員たちにはおそらく子どもがいるでしょう。

何か自分の子供を人質に取ってるかの様な主張ですね。
正社員保護が一種の社会保障というのは事実でしょうが、お父さんにべったり頼りっぱなしってのは情けない。
親父1人に家庭の生活全てを背負わせる制度は、気持ち悪い。
それに何か法律で決められている制度ではなく、唯の慣習であることもグレーゾーンだ。

世代交代をサクサク進めるために、消費税アップを覚悟すべきなのでしょうね。

hokusyuhokusyu 2009/01/30 16:06 だからこそ、社会保障をもっとやらなければいけないのです。
欧州にならうなら消費税よりもむしろ企業負担ですね。

infoblogainfobloga 2010/07/31 00:18 経済学者は、
一応、雇用の流動性を高めることと、
社会保障の充実(ミニマムインカム等)をセットで言ってるので、
そんなにおかしな話ではないと思います。
(たしかに、前者に重点が置かれている気は否めませんが)

一番問題なのは、その話が経営者側に利用されたときに、
二つが切り離されて「雇用の流動化」だけが取り上げられることでしょうね。
こうした議論には気をつけなければいけないと思います。

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