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2009-10-06

暴力をいかにして包摂するか

 暴力の問題を純法律的問題としてのみ捉える考え方が馬鹿げているのは、むしろその考え方こそが、直接的暴力の本質的問題を過小評価することにつながるからに他ならない。直接的暴力の形態は様々である。警察が振るう暴力だって、当然ながら直接的暴力と呼べる。では、なぜ今回のtoledさんに振るわれた暴力が問題となるのか?純法律的な答えは、このようなものにならざるをえない――法律でそう決まっているから。かくして、いっさいがっさいの「存在」の形象は問題の中心から切り離され、議論はひどく限定された「当為」の次元で行われる。これは――今や20世紀(初頭)の遺物となった――きわめて素朴な法実証主義といわなければならない。「存在」は「当為」から解放されるが、そのことによって「当為」に縛られる。まさに、あらゆる形象と結びついたさまざまな暴力の区別が、合法的かどうかの区別に還元されてしまうのである。たとえば陵辱ゲームはなぜ認められるべきか?――法律で規制されていないから。ということは、法律で規制されれば、陵辱ゲームは当然つくってはいけないものになるのである。

 暴力の形象は、現実の諸関係とさまざまなかたちで結びついている。アガンベンが指摘したように、ベンヤミンの「純粋暴力」でさえ、周囲との関係において「純粋」なのだ。法は、その暴力を、ある流動性のうちに捕まえたり、捕まえなかったりする。ある行為が暴力であるかどうか、あるいはある暴力が法によって捕捉されるかどうかに、客観的な境界線が実在するわけではない。仮に法律があったとしても、法律は自らを適用できないし、法律から規範は導けないのである。

http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20091004/p1

 「殴る」という直接的暴力も、差別のような構造的暴力も、人を傷つけ、そこから追い立て、当たり前の尊厳を奪い取るという意味で、まったく等しく、暴力です。では、どうして一方に対しては法で取り締まられ、警察・監獄に象徴される制度化された対抗暴力が発動されるのに、他方に対してはそうではなく、ほとんど何もなされないのか。それは、少なくとも、暴力としての程度が小さいからではありません。程度の大小について何かを言える根拠などどこにもありません。

(・・・)

 法制度は技術的制約を免れません。ゆえに、そこに具現化される正義は常に不十分なものです。ですから、暴力について、それが違法か合法かのみに注意を払うのは、まったくバカげています。違法か合法かという基準で事の軽重を考えることもバカげています。単なる技術的問題に過ぎないものと暴力それ自体の問題性の区別がついていないからです。

ここでmojimojiさんが言っているのは、直接的暴力と構造的暴力をいっしょくたに論ぜよという意味ではまったくない*1。ある法律(あるいはある規範)が、このふたつの暴力に対して、少なくとも客観的な自明の境界線を引いているわけではない、ということである。むしろある行為が何とどのようなかたちで結びつくかは、法だけでなく、政治や、経済や、倫理や、その他さまざまな概念の中で綱引きされている。ゆえに、「真剣な思考と実践」が要請される。これは、「事実」の問題なのである。

 ところが我らが素朴な法実証主義者たちはここで突然、素朴な自然法論者にはやがわりするのである。自由主義・民主主義の理念、あるいは憲法のような実定法そのものからただちに、ある行為を暴力と呼びうるかどうか、あるいは法規制されるべきかどうかが導けると信じている。つまりそれは法「技術」の問題であって、「事実」とは何も関係がないのだ。ぼくの記憶によればこのような考え方は18世紀のイギリスで支配的で、それは19世紀において一掃されたはずなのだが、どうやらそうではなかったようである*2

 この考え方が誤っていることを証明するのには難しい論文を参照する必要は何も無く、ただヘイト・スピーチがヨーロッパをはじめとする各国で法規制されていることを示すだけでよい。もし、自由主義と民主主義(自由民主主義)の理念が、必然的に、ヘイト・スピーチの規制をうながすはずであるうながすはずがないのであれば、そもそも自由民主主義を標榜する国が多いヨーロッパにおいてヘイト・スピーチの規制が可能であるはずがない。しかし、現実はそうなっていないし、法規制によってヨーロッパ諸国が自由民主主義の理念をやめたわけではない*3。むしろ、自由民主主義を貫徹するものとうたって、ヘイト・スピーチを禁止したのである。

 自由民主主義ならばヘイト・スピーチはありえぬというイデオロギーを貫徹して、ヘイト・スピーチを禁止したヨーロッパはもはや民主主義ではないと言ってもよい。しかし、その場合次のような問題が発生する。ヘイト・スピーチの法規制が自由民主主義でないとしても、たとえば日本の全法体系が、まったく自由民主主義によって一貫しているとはよもや我らが素朴自然法論者でも言わないだろう。ということは、日本も自由民主主義ではなくなる。しかしその場合、世界に自由民主主義の国家は存在しないことになってしまうだろう。さらに、全法体系が、まったく自由民主主義によって一貫していない、ということはいえても、現在存在している法律が、つまり、「技術的には」まったく法体系のうちにあって機能している個々の法律について、自由民主主義に違反しているかどうかはいかなる技術によって判断されるのか*4、あるいはそれを判断したところで何の意味があるのか、という問題がある。たとえば、ある技術(理屈)によって、ヘイト・スピーチ規制は自由民主主義違反であるといっても、別の理屈によってヘイト・スピーチ規制が自由民主主義に適合することはいくらでもいえるし、実際問題として、現実に適用されているのである*5

 問題は、いまだ法のうちに書き込まれない諸現象を法のうちに書き込む緒力ではなく、法のうちにあるともないともいえない未分化な諸現象を包摂しようとする緒力なのである。もし、反差別を両者が標榜するなら、それは反差別におけるうちなる綱引きになるだろう。しかし、一方がそれを標榜しないばあい、それは世界観闘争となるのである。

*1:なぜそのような読解をする人がいるのか理解に苦しむ。国語の成績が(ry

*2:現代にも自然法論者とみなされている人はいるが、少なくともこのような素朴な実在論はとなえてはいない。z.B.ラートブルフ

*3:「戦う民主主義」も「民主主義」なのである。

*4:ある法律が「実態として」機能していないということは言いやすいかもしれないが、ある法律が「規範的に」機能していない、と言うには、法実証主義の批判を経なければいけないだろう。

*5:だから、mojimojiさんの「純技術的」という議論には異論がある。「いかなる」法を制定し「いかにして」適用するかは「技術的」だが、いかなる技術も自ら決断をしないのであって、法規定するかどうかそのものの判断は「技術的」ではない。

quagmaquagma 2009/10/06 23:26 >もし、自由主義と民主主義(自由民主主義)の理念が、必然的に、ヘイト・スピーチの規制をうながすはずであるのであれば、そもそも自由民主主義を標榜する国が多いヨーロッパにおいてヘイト・スピーチの規制が可能であるはずがない。

すみません、私が疲れているせいなのか、文意が取れません…><

ApemanApeman 2009/10/06 23:29 「純粋に技術的」なはなしですが、書いてないことを読みとるのは得意でも書いてあることから当然の含意を読みとるのは苦手な人が鬼首モードで「破綻してる!」とか言い出すのを目撃するのも業腹なので。

>もし、自由主義と民主主義(自由民主主義)の理念が、必然的に、ヘイト・スピーチの規制をうながすはずであるのであれば

ここの「うながす」は「回避する」とか「うながさない」とか「うながすはずがない」とかですね。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/10/06 23:31 言語哲学・科学哲学者のパトナムに「事実/価値二分法の崩壊」という著書があって、つっかえつっかえ読み直しているところ。で、この書籍でパトナムは広範に「事実と価値の絡み合い」を示しつつ、事実と価値を分断した二元論を「教条」とまでいいきっているのでごんす。
この書籍の目的は、経済学批判にあるようです。正しくは、実証的と称する経済学批判といえるかな。価値や当為を主観的なものにすぎないとみなして、客観的事実とやらと切り離すことによって経済学を成立させたがっているお歴々がいるけど、それはダメダメじゃん、というお話。

書籍の中でパトナムは、
「経済学だけでなく法学でも同じことは起こっているんでないの? 法学における事実/価値二元論を論じるだけの材料は今の俺にはないけどさ」
みたいなことをいっていて、これは具体的にはどういうことかイマイチ釈然としなかったんだけど、たぶんここでhokusyuがいっているようなことではないかと腑に落ちた。というわけで、いろいろと参考になりました。多謝。


それにしても、あのid:mojimojiの論考を、排除の論理だとか、直接暴力と構造的暴力の同一視だとかいう読み方をするお歴々が涌いてきたのには、あらためて眩暈がしますな。立場が違うのはよいし、反論はOKだし、ごくごく個人的には挑発も罵倒もありだと思うけど、それはまずちゃんと読めてからの話なのにね・・・

hokusyuhokusyu 2009/10/06 23:31 ほんとうに自由民主主義ならヘイトスピーチ規制ありえないでFAだろ常考、であれば、
ヨーロッパ諸国も自由民主主義なのだから、(自由民主主義の名において)ヘイトスピーチ規制をしたはずがないという意味です。

hokusyuhokusyu 2009/10/06 23:32 >Apemanさん
まちがえた。

y_arimy_arim 2009/10/07 00:55 どうもトートロジーに陥っている感があるというか、論理展開が気になるのだが……
ヨーロッパの自由民主主義国家が自由民主主義であることはどうやって検証され、また、自由民主主義でなくなる状態はどう定義されるかが知りたい。
あと「実際問題、現実に適用されているのである」を持ち出すのはすげー微妙ではないか(『別の理屈によってヘイト・スピーチ規制が自由民主主義に適合することはいくらでもいえる』を詳述してもらえると納得はいきそうだが)。
「しかしその場合、世界に自由民主主義の国家は存在しないことになってしまうだろう」も疑問符がついた。これはつまり「世界には自由民主主義国家が現に存在する以上、自由民主主義国家はヘイトスピーチを法規制できうる」という結論につながるのだと読んだが、それならたとえば、「この世にはハンパな自由民主主義国家しか存在しない」という言い方はとらないのか。とらないのならその理由は何か。

hokusyuhokusyu 2009/10/07 01:20 いや別にまったき「自由民主主義国家」を夢想して、それに適合しない国家は「自由民主主義」じゃないって言ってもいいけど、それ何か意味あるの?ってこと。
>ヘイト・スピーチ規制が自由民主主義に適合することはいくらでもいえる
たとえば「例外状態」というキーワードを持ち出すだけでいくらでも。
民主主義と自由主義が、まさに民主主義と自由主義を否定する者によって危険に晒される場合には、ある程度の自由や権利の制限はやむをえない、とか(戦う民主主義)。
 
>「この世にはハンパな自由民主主義国家しか存在しない」
ハンパである/ない、という思考そのものが、まったき「自由民主主義国家」を想定しなければ出てこない議論であって。ある現象が実現されてないことをもって「ハンパ」といいたければいえばいいと思うけど、しかしなぜその現象を実現しなければ「自由民主主義」と呼べないのかは、「自由民主主義」というコトバそれ自体からはけして出てこないから。たとえば、普通選挙を実施すること、非常事態法を制定すること、ヘイトスピーチを規制すること、これらはそれぞれ、その都度都度問題になることであって、けして規範から同様に必然的にアプリオリに導出されるわけじゃない。

>「自由民主主義国家はヘイトスピーチを法規制できうる」
一応、これは可能性の問題としてそうであるということであって、そうして「よい」という意味ではないのでよろしく。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 04:48 >いや別にまったき「自由民主主義国家」を夢想して、それに適合しない国家は「自由民主主義」じゃないって言ってもいいけど、それ何か意味あるの?ってこと。
理想気体なんて化学のモデル上にしか存在しないけど理想気体というモデルには意味がある程度には、あるんじゃないの? 純粋に論理的に言うならば。
で、それとは別に、今hokusyu君が弄してる論法は、ただ現実の政治体制の矛盾をずるずるに肯定するものに転じうるし、実際は簡単に転ずるんじゃないかなあ、とは思うよ。

hokusyuhokusyu 2009/10/07 11:50 >理想気体なんて化学のモデル上にしか存在しないけど理想気体というモデルには意味がある程度には、あるんじゃないの? 純粋に論理的に言うならば。
 
自然科学のアナロジーが、そのまま人間社会に適用できると思っているまさに素朴な自然法論者の自己紹介乙。
 
>で、それとは別に、今hokusyu君が弄してる論法は、ただ現実の政治体制の矛盾をずるずるに肯定するものに転じうるし、実際は簡単に転ずるんじゃないかなあ、とは思うよ。
 
素朴な法実証主義を攻撃しているのに・・・!?
国語の成績が(ry

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 11:58 別に社会科学でもモデルは扱うだろうに。経済学にだって、色々と、そのまま現実に存在するわけではない理論上のモデルが出てくるでしょ? それを考えることは無意味?
で、君の言ってるのってただの循環論法だよね。西欧は西欧だから正しいんだ、って叫んでるだけじゃん。東大様の国語の成績はさぞおよろしいんでしょうけど、どんなバカでもその物言いじゃ騙せないとおもうよ(w

hokusyuhokusyu 2009/10/07 12:59 >別に社会科学でもモデルは扱うだろうに。経済学にだって、色々と、そのまま現実に存在するわけではない理論上のモデルが出てくるでしょ? それを考えることは無意味?
 
モデルってのは、いまどきは、個別的に、厳しい精査を経たうえで用いられるものであって、一般論として自然科学で有意義だから(社会科学でも)モデルを用いることは有意義なのであるって言えば、そりゃ素朴な自然法論者乙としか言えない。
 
>西欧は西欧だから正しいんだ、って叫んでるだけじゃん。

そんなことどこに書いてるの・・・?

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 15:18 で、厳しい精査を経た後ならモデルは有効なんだろう? たとえそのままには現実に存在しなくとも。
まさか、一切現実に存在しないモデルを否定した社会科学しか認めないというんじゃなかろうね?
で、自由民主主義って、現実に西欧のどこかでの具体的な実現例と寸分たがわぬものしかモデルとしても扱ってはいけないのか?
じゃあノージックとか最初から全否定なんじゃねえ? まあ、科学じゃなくて思想の話ではあるけどさ。

>そんなことどこに書いてるの・・・?
この考え方が誤っていることを証明するのには*難しい論文を参照する必要は何も無く*、*ただ*ヘイト・スピーチがヨーロッパをはじめとする各国で法規制されていることを示す*だけでよい*。もし、自由主義と民主主義(自由民主主義)の理念が、必然的に、ヘイト・スピーチの規制をうながすはずがないのであれば、そもそも自由民主主義を標榜する国が多いヨーロッパにおいてヘイト・スピーチの規制が*可能であるはずがない。しかし、現実はそうなっていない*し、法規制によってヨーロッパ諸国が自由民主主義の理念をやめたわけではない。

(**は引用する際に強調のため追加しました)
西欧自由主義諸国がヘイトスピーチ規制を行っているという事実「だけ」から、一切の理論への参照なく(難しい論文を参照する必要は何も無く)、自由主義と民主主義に反しない、という結論を導いてるね。
実際には自由民主主義をうたう国で微妙な法案が通ることはいくらでもあるし、ヘイトスピーチ規制は評価の難しい劇薬だろ。西欧でやってるからなんら理論的考察の必要なく自由民主主義的にモーマンタイと大通ししていい政策なのかは大変に疑問だがね。
こんなセキュリティホールみたいな規制はないに越したことはない。西欧諸国が何をやろうが俺は反対だけどな。

hokusyuhokusyu 2009/10/07 16:21 >で、厳しい精査を経た後ならモデルは有効なんだろう? 
そうだよ。で、表現の自由絶対主義者様たちの思考はちゃんとそういうの考慮してるの?
 
>西欧自由主義・・・
さすがに国語の偏差値が低すぎやしませんか・・・。
たとえば、最後の段落に書かれていることはどういう意味だと思ってるの・・・?

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 16:50 >そうだよ。で、表現の自由絶対主義者様たちの思考はちゃんとそういうの考慮してるの?

ヘイトスピーチ規制を評価するにしても、先行議論はあるんだし、現にこの数ヶ月の議論でも何度も参照されてるんだからhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006607327/ とりあえず踏まえて書いて欲しいなあとは思ったよ。mojimoji君に対しては。プロに比べりゃしょうがないかもしれんけど、大雑把過ぎるよ。でまあ、これ地下猫さんに紹介してもらった資料なんだけども(その点は感謝してます)。
>さすがに国語の偏差値が低すぎやしませんか・・・。
>さすがに国語の偏差値が低すぎやしませんか・・・。
たとえば、最後の段落に書かれていることはどういう意味だと思ってるの・・・?
どういう意味にとって欲しいと君が期待してるかは知らないけどね。ドイツ帰りの東大インテリがそれで人を説得できると思うのなら、そのままがんばればいいんじゃない? 加藤智大通りのときみたいにさ。

hokusyuhokusyu 2009/10/07 18:47 その論文は読んだけど、どこに「厳しい精査を経た(自由民主主義の)モデル」があるのさ・・・。
 
>どういう意味にとって欲しいと君が期待してるかは知らないけどね。
結局、理解できなかったんだね。
理解できなかったを自覚しているのに、「この文章は〜と言っている」と断定するのは不誠実だとは思わないのかな。
コメント欄に主張を長々と書くなら当然、相手の文章はしっかり読む必要があると思うんだけど。
それとも、文章は前後関係が重要という国語の常識を知らなかったか・・・。
 
いいから、この文章が何をテーマとしていて、何をどう批判しようとしているのか、に着目して、もう一度ちゃんと読んでみることをおすすめする。
「読めない」と言っている人に限って、経験的にいえば、「読めない」のではなくて単に「読んでない」のが問題であるものだから。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 19:51 ヘイトスピーチや、言語行為論についての論考はあるよねえ。表現の自由について論じてるんだから、まあそっちが本題な訳だが。
ドイツ帰りで東大出たインテリにはおれには見えない深遠な意味が見えてるんだろうけど、加藤智大通り並にバカを言ってるようにしか俺には見えません。東大生ほど国語の成績がない俺には東大様の深遠な言葉の意味は分かりませんよ。東大生ってえらいんですねえw

mojimojimojimoji 2009/10/07 22:29 モデル云々に関して一言。

新古典派経済学における理想的な市場モデル(いわゆる完全競争、完全情報、外部性の非存在など)からすれば、現実の市場はたくさんの不純物が含まれているけれども、それをもって「自由市場経済ではない」とは言いません。どうしても言いたければ言ったっていいけど、なんの意味もないです。それって「この地上のどこにも自由市場経済は存在しない」って言うのと同じなんで。むしろ、現実には外部性が存在するので、課税や規制などで積極的に介入する必要性だって、同じモデルに「外部性」の概念を追加した拡張モデルで説明したりします。

同様に、自由民主主義の理想モデルがあるとしても、規範的な参照点にはなりえないでしょう。現実の個々人の自由には、いわば「外部性」と呼ぶべき現象がある、つまり、表現の自由と表現において他者を蹂躙する自由は、両立しがたい自由としてあるのだから。「理想気体」的な自由概念をもてあそんでるだけなら、そういう要素は考えなくて済むんだろうけど、現実は、残念ながら違うので。だから、「ヘイト・スピーチ規制」だってありうる。自由市場経済において「環境税」がアリであるのと同じように。(もちろん、このように単純にパラレルに扱える側面ばかりではないが、ここでは詳述する必要もないのでしない。)

だから、「ヘイト・スピーチ規制、即、自由民主主義に反する」などと言ってるのは、公害規制に「社会主義だ!」とか叫び出すトンデモなみの勘違いですよ。もちろん、ヘイト・スピーチ規制に様々な問題があるのは周知の事なので、そのあり方を検討する必要はあるし、検討した上で「やっぱり規制は難しい」となる可能性だってある。しかし、繰り返すけれど、「ヘイト・スピーチ規制、即、自由民主主義に反する」とか言ってるのは、たわごと以外の何物でもありません。

mojimojimojimoji 2009/10/07 22:30 訂正
× 表現の自由と表現において他者を蹂躙する自由は
○ 表現の自由と表現において他者から蹂躙されない自由は

hokusyuhokusyu 2009/10/07 22:58 >ヘイトスピーチや、言語行為論についての論考はあるよねえ。表現の自由について論じてるんだから、まあそっちが本題な訳だが。
 
今までコメント欄で応答されていたことそっちのけで、関係ない論文持ち出してきて、関係ないことを指摘したら、そっちが本題、といわれても困ります。コミュニケーションはキャッチボールって教わりませんでしたか。勘弁してください。
 
>おれには見えない深遠な意味が見えてるんだろうけど

おれには見えない、じゃなくて、日本語という言語のルールに従って書いているわけですから、そのルールを共有しているのであれば、見えるんです。事実、見えている人がいっぱいいます。見えないんじゃなくて、見ようとしないから見えないんでしょう。
もちろんこのブログの文脈というものがありますから、このブログを初見な人が見えにくいのは仕方が無いかもしれませんが、あなたにはその言い訳は通用しません。だって、あなたこのブログずっと読んできたことは知っているから。にもかかわらず、いまだ見えないのであれば、それは見る努力を怠ってきたから、としかいえません。反省してください。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/07 23:33 >mojimoji
うん、だから、理想気体じゃないことをもって気体じゃないなどということは俺は言ってませんけど?
気体を論じる上で理想気体ではないことを指摘して理想気体とのズレを論じることに意味がないとか言ってる馬鹿がいたら、それは馬鹿なんじゃねえ? とは言いますが。

>自由民主主義の理想モデルがあるとしても、規範的な参照点にはなりえないでしょう。
漸近線とは交わらないから引く意味がないと言ってるのとおなじくらい馬鹿じゃないのそれ?
現在、地上のどこにも実現していないある理想の政体というものをモデルとして想定した議論をすることを一切禁じたら、自由主義ももちろんそうだけど、社会主義の発展だってありえないし、新しい経済政策の立案だって出来ないんじゃねーの?
というかもう一度書くけど、現実に存在する政治体制しか議論の対象に選べないんだったら、ノージックなんかどう読めばいいのよ。

>だから、「ヘイト・スピーチ規制、即、自由民主主義に反する」などと言ってるのは、公害規制に「社会主義だ!」とか叫び出すトンデモなみの勘違いですよ。
そういうことを言ってる人って例えば誰よ? ヘイトスピーチ規制をやってたって自由主義国ではあるんでしょうよ。国によって現実の自由主義ってのはちょっとずつ違うからね。でも、俺はそういうのを優れているとは認めないけどね。

>hokusyu 
>今までコメント欄で応答されていたことそっちのけで
ではこれを読んでもらおう、東大くん。
>第一に、ヘイト・スピーチの現実の機能を「行為」という用語を用いながら説明する論理は言語行為論の影響を受けている。しかし、言語行為論にいう行為遂行性から<表現/行為>区分論のいう「行為」に直列的に結びつけることはできない。行為遂行性を強調する場合でも、発語媒介行為のそれと認識するのが妥当であって、そこで論じられることは通常ヘイト・スピーチの害悪として論じられることとほぼ同義である。憲法論としては、判例理論上、ヘイト・スピーチも表現の枠内のものと考えざるを得ない以上、対抗利益との慎重な衡量無しに結論を出すことは許されない。第二に、対抗利益と表現の価値とを厳密に照らし合わせる際には、ヘイト・スピーチの特質に応じた場合分けが不可欠である。性格の異なるヘイト・スピーチを一括して論じることは非生産的である。その意味で、ヘイト・スピーチ(ないし差別的表現)の全体にする規制の可否につき、一問一答式に解答するべきではない、と考えられる。
マッキノンみたいなストレートな主張はまず通らないって話だろ。少なくともアメリカではそういう風には読めないと。この記述は、ヘイトスピーチは「ヘイト・スピーチの害悪」として論じろといってるのであって、暴力行為そのものとして論じろとは言ってないよ。君らの「排外主義自体が暴力です」というレトリック交じりの強すぎる主張は、まさしく「対抗利益との慎重な衡量」も「ヘイト・スピーチの特質に応じた場合分け」もない、単なる「一問一答」式の返答だとしか言えないだろう。
俺は元々、そういう話をしてたんだけどねえ。

mojimojimojimoji 2009/10/08 00:01 >NaokiTakahashiさん
ズレを論じることに意味がない」と言ってる人は、hokusyuさんも含めて誰もいません。

あなたが引用したhokusyuさんのコメントはこうです。

「いや別にまったき「自由民主主義国家」を夢想して、それに適合しない国家は「自由民主主義」じゃないって言ってもいいけど、それ何か意味あるの?ってこと。」

ズレについて論じるならいいんですよ。でも、「表現の自由」原理主義者がやっていることは、そういうことではない。夢想された「自由民主主義国家」モデルを「規範的な」参照点にして、そのモデルとずれた自由民主主義(を自称している)国家を「「自由民主主義」じゃないって言って」いる。別にやりたきゃやればいいけど、「それ何か意味あるの?」、という話になるわけです。

>そういうことを言ってる人って例えば誰よ?

こういうことを言うってことは、少なくともNaokiTakahashiはそういうことを言ってない、場合によってはヘイト・スピーチ規制などの表現規制を認める可能性があるってこと?どっちやねん。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/08 01:11 >mojimoji
>でも、「表現の自由」原理主義者がやっていることは、そういうことではない。
具体的に誰のことよ、それ。
hokusyuが今までやってきた口げんかの相手であるのなら当然俺は含まれるんだろう。だとしたら、俺はそんなことは言ってないんだが。
>夢想された「自由民主主義国家」モデルを「規範的な」参照点にして
実現例がないことと夢想的であることとは違うだろ。それじゃ前例のない政策は一切立案できなくなるぞw
規範的な参照点としての理想モデルが現実に存在しないのなんて当たり前だと俺は言ってるんだ。現実と寸分たがわぬものしか指し示せないなら、今のところ乗り越えられていない問題は、今後も一切乗り越えられなくなるだろうが。
つーかもう一度聞くが、その論法を取るならノージックとかどうなるんだよ?

>*ただ*ヘイト・スピーチがヨーロッパをはじめとする各国で法規制されていることを示す*だけでよい*。
やっぱりこの限定はまずかったと思うぞ。お友達のy_arim君ですらトートロジーに聞こえるといっている。

>場合によってはヘイト・スピーチ規制などの表現規制を認める可能性があるってこと?どっちやねん。
はあ? 西欧の自由民主主義国がヘイトスピーチ規制を認めていることを認めることと、ヘイトスピーチ規制に賛成することとは別問題だろうに。
わりーけど、お前らみたいな馬鹿がいる限り(たとえ東大様でも馬鹿だと思うわw)、ヘイトスピーチ規制には賛成できないな。数ヶ月前までなら慎重論は唱えつつも共感くらいは示してやれたけどもう無理だ。

で、自由民主主義国でだって自由民主主義的でない政策が成立することはあるし、自由民主主義の枠内でありうる政策だからって推奨される政策だということにもならない。俺は西欧流の「戦う民主主義」には同意しない。

hokusyuhokusyu 2009/10/08 01:52 いいから、一回落ち着いて、本文およびコメント欄の流れを復習してみるんだ。
あんたが今やっているのは、たとえていうなら南京大虐殺を話題にしていたのにいきなりチベットの話題を持ち出すネトウヨみたいなことだぞ。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/08 02:17 いや、もともとの議題は、実際の在特会の暴行犯罪の話と、君が持ち出したヘイトスピーチ規制の話とだろ。何が話題がズレているというのか。
それともなにか。この事件への言及はここ数ヶ月のあんたらの酷いやりようとは完全に切り離して性善説で読んでくれってか。ふざけんなよおい?w

hokusyuhokusyu 2009/10/08 02:43 「もともとの議題は」とかじゃない。
議論には文脈というものがある。
ジェノサイドの一例として南京事件の話題を取り上げているブログにたいして、「もともとの議題はジェノサイドだろ?」といって突然チベット問題を貼り付けられても困惑するだけだ。
たとえばマッキノンの話なんかこのエントリにおいてもコメント欄においてもまったく議論されてなかったのに、「もともとは表現規制」だからといって、コメント欄の流れをまったく無視してマッキノンを貼り付けられても困る。
このエントリに関係のない主張をしたいのならば、自分のブログで、新しいエントリたててやってくれ。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/08 04:01 つーか、toled君が殴られたって具体的な事件の話からひたすら離そう離そうとばかりしているよな、君たちはてサ諸君は。それはいかがなものか、と、すごいことに、被害者本人でさえね。
いくら君たちが持って行きたがっている方向とズレていようが俺は問題を指摘させてもらうぞ。
暴力犯罪は暴力犯罪として問われるべきだろ。「正しい暴力はある」って言いたいが為にそれをおろそかにするのはいかがなもんかな。世の中には「正しい暴力」の被害者は他にも五万といるだろうに。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/08 04:03 あ、まずい書き方をしたから訂正するけど、toled氏が正しい暴力の被害者だというのではなしにね。他の暴力犯罪の被害者の話をしている。

y_arimy_arim 2009/10/08 04:59 id:NaokiTakahashiさんにゃぼくは何だと思われてるんだ……。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/10/08 10:37 >わりーけど、お前らみたいな馬鹿がいる限り(たとえ東大様でも馬鹿だと思うわw)、ヘイトスピーチ規制には賛成できないな。数ヶ月前までなら慎重論は唱えつつも共感くらいは示してやれたけどもう無理だ。

「わりーけど、お前らみたいな馬鹿がいる限り、ヘイトスピーチ規制には【賛成せざるを得ない】な。数ヶ月前までなら慎重論は唱えつつも共感くらいは示してやれたけどもう無理だ。」
という言明と完全にコインの裏表ですな。
「お前らみたいな馬鹿がいる限り、ヘイトスピーチ規制には【賛成せざるを得ない】」といった言明はエロゲ表現規制の話において批判されたし、僕も批判されてしかるべきと思う。

問題はこの「お前らみたいな馬鹿がいる限り」ロジックは単純に多数派に有利だと言うことだ。

表現規制を避けたいと思っている僕にとっても、こういう物言いは避けて欲しいんだけどね>id:NaokiTakahashi

あと、今の日本においてヘイトスピーチを規制せよと言う論者は、僕の知る限りでは「はてな」界隈には見あたらない。表現規制しろ、という論者もしかり。
規制論者とかいう物言いを君がしているのも理解に苦しむ。

とにかく人のいっていることをちゃんと読め。誰と誰がお友達だとか、はてさがどうとか、チンパンジーの権力闘争のような発想から逃れなさいよ。

hokusyuhokusyu 2009/10/08 14:58 >もっていきたがっている方向
もっていきたがっている方向とかそれ以前の問題。
それまで(コメント欄の応答で)話されていた文脈をいきなりぶったぎって、全然別の話を始める、というのを繰り返すのは滅茶苦茶。
まあ、あなたにとっては一貫しているんだろうけどね。ネトウヨ的一貫性で。
1自分の先入観、文脈から一歩も出ようとせず2ゆえに、相手の議論を<<テクストにそって>>理解しようとせず3自分の先入観にしたがって相手の弱点を決めつけ4文脈やテーマに関係なくコピペを繰り返す。
少なくとも、このコメント欄でやられてきたことって↑だからね。

つーか、具体的な事件を「犯罪」という次元で「のみ」とらえること「こそが」、
よりいっそう具体的な事件から離れることにつながるってのが最初の段落の主旨だろうに・・・。異議を唱えるにしても、まずそれについてどう思うのかはっきりさせてからでないと議論にならん。理解できないなら仕方ないけど・・・。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/10/08 15:51 ……うん、まあ、エントリにするわ。ここであまり長々オヤジ猫と東大様とやりあってもな。

ApemanApeman 2009/10/08 23:24 >チンパンジーの権力闘争のような発想

これについてはやはり異議を申し立てておかねば。チンパンジーはこんなにも手の込んだ自己欺瞞をやらかさないと思うので。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/10/09 11:22 うーん、そんなに手が込んでるかなー?
まあ、「見え見え」と「手が込んでる」は矛盾しないかー

ApemanApeman 2009/10/09 20:35 >まあ、「見え見え」と「手が込んでる」は矛盾しないかー

だって、「見ない」ことに成功している人は少なからずいるわけですから。

tari-Gtari-G 2009/10/10 09:47 あら、こんなに錯綜していたとは。

みんなにお願いでーす。やっぱこのままじゃらちがあかないので、最低限の知識として、以下の論考を頑張って読んでみてくださーい。

「差別的表現に関する一試論」
http://members.jcom.home.ne.jp/katote/08nishida.htm

一言で言えば、極めて標準的な法学の議論。

一橋の法学部の卒論のようですが、基本的な法的な議論の枠組みや考え方は、正統的な憲法学をちゃんと踏まえているし、まぁ常識的なものだといえるので、議論の土台としてお勧めです。

という訳で、がんばって読んでください。

お願いね♪

*

まぁ、コメント欄についての個人的感想としては、なんというか、基礎的知識が欠ける中でテキトーなことを言い合えば、なんも噛み合わないという典型かな。

なお、元々NaokiTakahashiさんの主張は、近代法学の標準的議論に極めて適合的な常識的なものなので、議論の進め方の問題が仮にあったとしても、ネトウヨ呼ばわりされる状況は、かなり倒錯しているとは言えると思うよ。

tari-Gtari-G 2009/10/10 09:57 あ、NaokiTakahashiさんの議論の進め方に問題があると、私が思っている訳じゃないですからね。勿論(笑)

PledgeCrewPledgeCrew 2009/10/14 05:04 tari-Gは他人のふんどしで相撲を取ってるつもりなのかな。

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