北斗柄の占いについて思うこと このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

北斗七星夜柄長 破軍廻剱曳光芒
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  紫微斗数って占い知ってます?

菅原光雲御宗家が「はてな」さんに削除要請を出したみたいです。(2005-05-26)
御宗家の主張が世間で通用するものなられっきとした刑事事件なんだからケーサツ行くべきでしょう。

バカバカバカのコメントを残した菅原光雲御宗家がやったコメント荒らしの足跡とか
2003-11-102004-04-072004-10-082005-04-102005-04-172005-05-152005-07-04
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見て楽しいものでもないですが、光雲御宗家はこういうことをする御仁です。

2009-04-29 どれほどの意義があるかは判らないけど このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

転載自由ということなので、この文書の内容が広まる一助にでもなれば幸いです。

Source:IDATEN Mailing List Date :2009/04/28 06:37

神戸大学感染症内科 岩田健太郎

「豚インフルについて、研修医の皆さんへ」

・まず、毎日の診療を大切にしてください。呼吸器症状の有無を確認し、ないときに安易に「上気道炎」と診断せず、旅行歴、シックコンタクト動物暴露歴など問診を充分に聴取してください。

患者さんが言わない、ということはその事実がない、という意味ではありません。せきをしていますか?と聞かなければ、せきをしているとは言わないかも知れません。

原因不明の発熱であれば、必ず血液培養を検討してください。バイタルサインを大切にしてください。

バイタルサインの重要度は重要な順番に、血圧、脈拍、呼吸数、(第五のバイタル)酸素飽和度、そして、体温です。極端な低体温などはまずいですが、発熱患者で大切なのは体温「以外」のバイタルサインと意識状態であることは認識してください。

発症のオンセット、潜伏期など、時間感覚には鋭敏になってください。要するに、ブタインフルエンザ診療のポイントは普段の診療の延長線上にしかありません。ほとんど特別なものはないことを理解してください。

上記の診療は診療所大学病院、どこのセッティングでも可能です。大抵の感染症診療は、大抵のセッティングで可能なのです。

自分の身を護ってください。とくに初診患者では外科用マスクの着用をお奨めします。患者の診察前とあとで、ちゃんと手を洗っていますか。呼吸器検体を採取するなら採痰ブースが理想的ですが、理想的な環境がないからといって嘆く必要は少しもありません。

「うちには○○がない」と何百万遍となえても嘆いても、物事は一つも前に進みません。「うちには○○がないので、代わりに何が出来るだろう」と考えてください。考えても思いつかなかったら、そこで思考停止に陥るのではなく、分かっていそうな上の先生に相談してください。いつだって相談することは大切なのです。診察室で痰を採取するなら、部屋の外に出て患者さんだけにしてあげるのもいいかもしれません。日常診療でも、とくに女性患者は人前で痰なんて出せないものです。呼吸器検体を扱うとき、気管内挿管時などはゴーグルマスク(できればN95)、ガウン手袋が必要です。採血時やラインを取るときも手袋をしたほうがよいでしょう。

こういうことは豚インフルに関わらず、ほとんどすべての患者さんに通用する策に過ぎません。繰り返しますが、日常診療をまっとうにやることが最強の豚インフル対策です。

・あなたが不安に思っているときは、それ以上に周りはもっと不安かも知れません。自分不安は5秒間だけ棚上げにして、まずは周りの不安に対応してあげてください。豚インフルリスクは、少なくとも僕たちが今知っている限り、かつて遭遇した感染症リスクをむちゃくちゃに逸脱しているわけではありません。北京にいたときは、在住日本人がSARSのリスクにおののいてパニックに陥りましたが、実際にはそれよりもはるかに死亡者の多かった交通事故には全く無頓着でした。ぼくたちはリスクをまっとうに見つめる訓練を受けておらず、しばしばリスクを歪めて捕らえてしまいます。普段の診療をちゃんとやっているのなら、豚インフルリスク不安を感じるのはいいとしても、パニックになる必要はありません。

・今分かっていることでベストを尽くしてください。分からないことはたくさんあります。なぜメキシコ?なぜメキシコでは死亡率が高いの?これからパンデミックになるの?分かりません。今、世界のどの専門家に訊いても分かりません。時間と気分に余裕のあるときにはこのような疑問に思考をめぐらせるのも楽しい知的遊戯ですが、現場でどがちゃかしているときは、時間無駄以外の何者でもありません。知者と愚者を分けるのは、知識の多寡ではなく、自分が知らないこと、現時点ではわかり得ないこととそうでないものを峻別できるか否かにかかっています。そして、分からないことには素直に「分かりません」というのが誠実でまっとうな回答なのです。

情報一所懸命収集してください。でも、情報には「中腰」で対峙しましょう。炭疽菌事件では、米国CDCが「過去データ」を参照して郵便局員に「封をした郵便物から炭疽感染はない。いつもどおり仕事をしなさい」と言いました。それは間違いで、郵便局員患者・死者がでてしまいました。未曾有の出来事では、過去データは参考になりますが、すがりつくほどの価値はありません。

「最新の」情報の多くはガセネタです。ガセネタだったことにむかつくのではなく、こういうときはガセネタが出やすいものである、と腹をくくってしまうのが一番です。他者を変えるのと、自分が変わるのでは、後者が圧倒的にらくちんです。

・自らの不安を否定する必要はありません。臆病なこともOKです。ぼくが北京で発熱患者を診療するとき、本当はこわくてこわくて嫌で嫌で仕方がありませんでした。危険に対してなんのためらいもなく飛び込んでいくのは、ノミが人を咬みに行くような蛮行で、それを「勇気」とは呼びません。勇気とは恐怖を認識しつつ、その恐怖に震えおののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙する態度を言います。従って勇気とは臆病者特有の属性で、リスクフリーの強者は、定義からして勇気を持ち得ません。

・チームを大切にしてください。チーム医療とは、ただ集団で仕事をすることではありません。今の自分がチームの中でどのような立ち位置にあるのか考えてみてください。自分がチームに何が出来るか、考えてください。考えて分からなければ、チームリーダーに訊くのが大切です。自分自分が、ではなく、チームのために自分がどこまで役に立てるか考えてください。タミフルをだれにどのくらい処方するかは、その施設でちゃんと決めておきましょう。「俺だけに適用されるルール」を作らないことがチーム医療では大切です。我を抑えて、チームのためにこころを尽くせば、チームのみんなもあなたのためにこころを尽くしてくれます。あなたに求められているのは、不眠不休でぶっ倒れるまで働き続ける勇者になることではなく、適度に休養を取って「ぶったおれない」ことなのです。

それをチームは望んでいるのです。

・ぼくは、大切な研修医の皆さんが安全に確実に着実に、この問題を乗り越えてくれることを、こころから祈っています。

2009年4月28日 神戸大学感染症内科 岩田健太郎

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2009-04-28 なんか寒くないですか?

六壬マンデンとか  六壬マンデンとかを含むブックマーク  六壬マンデンとかのブックマークコメント

ここ数日寒いので春分図を見てみる*1ことにした。基本的に後理屈をこねているのでそのつもりで読んで欲しい。


東京春分3月20日20時44分(JST)






































退







































寒いといっても既に穀雨の節を過ぎて太陽の高度は高くなっているのに、雨が降ると空気が冷たい。この感じは三伝に良く出ている。発用が神后(子)で雨や雲を表しているけど、それに天后が乗じている。天后の本地は子であり、冷たい雨と見て良いだろう。

連珠格退如なので、その雨の冷たさが弱くなって行くことをしめしているのだけれど、中伝・末伝と空亡しており、雨が中々暖かくなってくれないことをしめしている。最も春分入ってすぐの雨は結構暖かだったので、暖かい方に固定されにくいということなのだろう。

天候をみるのに天地盤を使うとしたらやはり南中の午地ということになるだろうけど、太乙(巳)が臨んで勾陳が乗じている。巳は火行で暖かいものだけど、騰蛇の本地であって不安定さをしめしている。勾陳が乗じているので、その不安定さが中々抜けないのだろう。ということで、今年の春はまだ時々冬の空気が戻ってくるのではないだろうか。さすがに立夏を過ぎたら暑くなってくるだろうけど。

*1本多信明先生のように寒いからといって、御彼岸である春分過ぎてからの天候を見るのに冬季図を出してくるほどの大胆さは私にはない。
参照↓
http://s02.megalodon.jp/2009-0427-2140-29/chardash21.astro459.com/?eid=1195566

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2009-04-27 落ち穂拾い

元亨利貞  元亨利貞を含むブックマーク  元亨利貞のブックマークコメント

周易』の卦辞には『元亨利貞』が頻出しているわけだけど、『貞』が「占って問う」ことを意味している文字なので、『利貞』の部分は「占って利がある」と解するべきだろう。『元亨』の部分について「『周易』の儒教経典化研究−出土資料『周易』を中心に−」の考察によれば、『元亨』の意味は「(神々が)大いに供物を受ける」と解すべきとしている。つまり『元亨利貞』で「(神々が)大いに供物を受けてうまくいくでしょう」ということになる。つまり願掛けする神々への充分な供物が暗黙の了解としてあったはずだ。

基本的に遠い過去においては、願いがあってそれが叶うかどうかは、供物の質と量で決まったのだろう*1。従って占って「神が供物を受ける」と出るまでは、供物の質と量を上げて行くことになったのだと思う。これは同じ願いについての占いであっても、再占ではなく六壬の次籌のようなものだ。このあたりについて「昔は同じことを何度も占った」と主張する人とコメントのやりとりをしたことがある。私は「そんなはずはないだろう。蒙の卦辞では再三同じこと占うのを戒めている。」と言ったのだが、結局物別れに終わった。多分、次籌と再占が御互いにちゃんと区別できていれば、もう少し実りのあるやり取りができたんじゃないかと思う。

しかし商(殷)の時代の供物といえば、牛、羊、羌といった人間を含む文字通りの犠牲であって、そう簡単には増やすことができないような代物だったわけで、占って『亨』にならないと貞人を含めてみんな困ったんじゃないだろうか。まあ現代の占いでは、神さんが賄賂を受けてくれるかどうかを気にして占うことはないだろうから、『元亨利貞』の字句にはそんなに意味はないのだろう。

*1:そして今も多くの局面ではそうなのだろう。

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2009-04-22 東京大学行ってきた

エキサイティングな易についての論文  エキサイティングな易についての論文を含むブックマーク  エキサイティングな易についての論文のブックマークコメント

先日の日記で触れた元勇準博士学位論文である「『周易』の儒教経典化研究−出土資料『周易』を中心に−」が閲覧可能ということで、東京大学文学部の図書室まで行ってきた。胡乱な訪問者であっただろうにも関わらず、図書室の皆さんには丁寧な対応を頂いた。感謝する次第です。

論文表題に『儒教経典化』とあるので、卜筮の書であった易経オリジン儒家によって経典化されることで、道徳書に化して行く過程を追った論文かと漠然とした予想を持っていたけど、それは良い意味で完全に裏切られた。

易経』の儒教経典化によって、形而上の世界において儒家道家に対抗できるようになったということが丁寧に論証されている。元勇準博士論文の結論部で以下のように述べている。

儒家は『周易』を経典として採用することによって、『周易』が持っている呪術性・宗教性を自らのものにすることができた。それによって、儒家道徳性の上に呪術性・宗教性を兼ね備える聖人像を提示することができた。

つまり儒教経典となった『易経』においても、卜筮の書としての性格は保持されていたし、卜筮の書としての性格は保持されていなければいけなかった。『貞』の原義が忘れられてしまったのは、遥か後世の朱子学の影響だったりするのかもしれない。なお、『周易』の儒教経典化において、荀子弟子たちが大きな働きをしたらしい。『善く易を為むる者は占わず』が「荀子」の「大略篇」にあるのはその影響のようだ。

周易以前の卜筮とか  周易以前の卜筮とかを含むブックマーク  周易以前の卜筮とかのブックマークコメント

なお「第二節 出土資料『周易』の卦画の考察」において、非常に興味深い考察が展開されている。出土資料における卦を表した『卦画』において、陰爻と陽爻は現在の形とは異なっており数字の六と九の書体に近いこと、『周易』以前の卦画に六や九とは異なる数字が描かれていると考えられることから、商・周において一から十の数字を使用した数字卦が存在した可能性がしめされている。そして使用されている数字に種類が減って行き、最終的に九と六に収斂したのではないかという考察が展開されている。

つまり爻辞の六や九は、陰陽を数字でしめしたものではなく、元々から六や九であって、それが陰陽と解されるようになったというわけだ。このことは『周易』が、遠い過去からの卜辞、爻辞の集積に上に成立した卜筮の書であることを教えてくれる。

またこの論は必然的に、小成八卦から大成六十四卦が作られたという説の否定につながるだろう。論文では、大成六十四卦は元々から六十四卦であり、小成八卦は六十四卦へのインデックスとして使用されるようになったのであろうとしている。

またこの考察から、彖伝・象伝が小成八卦に基づいている以上、六十四卦についての『易伝』である「繋辞伝」の方が彖伝・象伝よりも古いということになる。

卦名・卦辞  卦名・卦辞を含むブックマーク  卦名・卦辞のブックマークコメント

もう一つ重要なのは、『周易』において卦名・卦辞が定まったのは、爻辞が定まった後のことであるという指摘だろう。論文では、卦名は爻辞から取られており、卦辞は六爻全体を通しての判断を述べてたものとしている。またこの考察の過程で、いくつかの卦名に不備があることがしめされている。一番はっきりしているのが『履』であり、『履』だけでは意味が通らず『履虎尾』まで続けて初めて意味が通る。

この成立順序から行けば、まずは爻辞を読むべきであり、爻辞が使えないなら卦辞を読み、卦辞も使えないなら卦象という判断順序を導き出すことも可能だろう。

ということで  ということでを含むブックマーク  ということでのブックマークコメント

元勇準博士論文を読めば易の達人になれるわけではないけど、読まずに易、特に字句の解釈についてあれこれいったところで、それは砂上の楼閣というものだろう。できたら全文コピーして帰りたかったが、原著者から全文コピーが禁止されていたので、「第二節 出土資料『周易』の卦画の考察」から始まるエキサイティングな考察の部分と結論からリファレンスまでをコピーして帰ってきた。

[]まあしかし まあしかしを含むブックマーク まあしかしのブックマークコメント

易経』が周易原典なのは誰が見てもそうだろうし、書籍として出版されているわけだ。またその解釈本も多々あるわけで、本多信明先生

これは中国式占術は文献が公開されていない所に原因があるのだろう。元々一子相伝が原則である。

というは、事実とは全く異なっていることを再度指摘しておく。本多先生は、ずいぶん周易をやられたはずなのだけど、どうして周易を無視したような荒っぽい論を展開なさるのか、大いに疑問ですね。

玄珠玄珠 2009/04/22 21:38 私の知識では、大成卦の元々は数字の積み重ねで、一、五、六、七、八、九が使われたということでしたが …
ともかく陰陽両儀→小成八卦→大成六十四卦という順は再構成された神話、あるいは肯定的に見れば「一大発明」で、事実でないことだけは確かです。

hokuto-heihokuto-hei 2009/04/22 22:46 > 大成卦の元々は数字の積み重ねで、一、五、六、七、八、九が使われた
元論文によれば、どうやら過去において一から十までが使用されていたが、二から四まではかなり早い段階で故意に省略され、十は繰り上がった一に収斂し、次に五、七、九と一の区別がなくなっていったようです。で、六と八の区別も無くなって、現代につながる九と六への収斂となったそうです。

玄珠玄珠 2009/04/22 23:07 なるほどなるほど。時代による変遷があったのを明らかにした、というわけですね。
> 二から四まではかなり早い段階で故意に省略され
ここらは互いに見間違えやすいからでしょうね。
> 十は繰り上がった一に収斂し
諸葛神数みたいです。
「八」は『左伝』の占例で謎とされていたた「艮之八」とか「皆八」の語を解き明かせそうです。

2009-04-08 2chもたまには役に立つ

易経が持つ本来の性格  易経が持つ本来の性格を含むブックマーク  易経が持つ本来の性格のブックマークコメント

最近易経本文からmonogramとかbigramを作って、それぞれの出現頻度あたりの統計情報抽出するということをやっていた。統計情報から易経が本来持っていた性格がどのようなものだったかについての大枠が決まるなら面白いと思ったわけだ。

ところが昨日2ch*1『善く易を為むる者は占わず』の出所が「荀子」だと教えてくれた人がいた*2ので、ちょっとGoogle検索をかけてみると、「荀子」の「大略篇」にある文言らしい。そこでさらに『荀子+大略篇』で検索してみると、以下を見つけることができた。

東京大学文学部大学院人文社会研究科
2008年博士論文
元勇準著「『周易』の儒教経典化研究−出土資料『周易』を中心に−

である。この論文は『周易』が本来どのようなものであったか豊富な出土資料から考察されている*3。そして第一章で考察されているのが

第一章では、出土資料『周易』の形状・卦画・卦名を考察し、前漢以前の『周易』の姿はいかなるものであったかを明らかにした。そして、『周易』を戦国時代の占筮記録と比較考察することによって、『周易』が占筮記録を総合・整理した書物であることを論証した。

と、まさに私が統計情報から大枠を決めようとしていたことが、出土資料の比較からダイレクトかつ詳細に研究されている。可能ならこの論文を取り寄せて読んでみたいものだ。なお、この論文によると『善く易を為むる者は占わず』は後世の挿入らしく、本来の『荀子』にはなかったらしい。

まあ、こういうちゃんとした研究の前では『周易-Wikipediaから除去した『徐世大の周易解釈』とか『張明澄の周易解釈』とかは、珍説・奇説の類でしかないだろう。しかし元勇準博士研究は貴重なものではあるけど、今のようなネットワークがなければその存在を知る者すら稀少であっただろう。そういった意味で、加藤大岳活躍していた時代と比べて遙かに便利な時代になったものだ。

何が起こったのやら  何が起こったのやらを含むブックマーク  何が起こったのやらのブックマークコメント

2chの件のスレッドに今度は「繋辞伝」の一節がUPされていた。何が起こっているのだろう?

*1:私の名を冠したウンコスレッドだけどね。

*2:以前、本多信明先生Mr. Agastia名義で『善く易を為むる者は占わず』の出所が「易経」そのものだみたいな感じで『易経の中に、「賢者は占さず」という占い原典でありながら占いを否定するような文言があります。』とか書いていたけどね。

*3:この論文では「易経」を儒教経典化後のものとしているのか『周易』の語が使用されているようだ。

玄珠玄珠 2009/04/22 21:42 今となっては推測する他ありませんが、張氏は徐説が荒唐無稽であることを知ってて日本の占術界にぶつけたのでしょうね。
ねこだましのようなものです。

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