北斗柄の占いについて思うこと このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

北斗七星夜柄長 破軍廻剱曳光芒
悠々法界無窮命 小我帰天満十方
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  紫微斗数って占い知ってます?

菅原光雲御宗家が「はてな」さんに削除要請を出したみたいです。(2005-05-26)
御宗家の主張が世間で通用するものなられっきとした刑事事件なんだからケーサツ行くべきでしょう。

バカバカバカのコメントを残した菅原光雲御宗家がやったコメント荒らしの足跡とか
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見て楽しいものでもないですが、光雲御宗家はこういうことをする御仁です。

2013-02-19 Amazonから御勧めの案内がきた

色情人相学  色情人相学を含むブックマーク  色情人相学のブックマークコメント

20130219151330
色情人相学

Amazonからこんな本の案内がきたわけだ。興味が無いとは言わない。思案中。

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2013-02-18 天道春樹先生

占い夜話」矢継ぎ早に更新  「占い夜話」矢継ぎ早に更新を含むブックマーク  「占い夜話」矢継ぎ早に更新のブックマークコメント

ケンちゃん先生の「占い夜話」だけど椎羅さんとの対談がUPされたと思ったらもう次がUPされてた。

今回は天道春樹先生大石真行さんという豪華ゲストで、そろそろ寝ようかという時になって更新に気付いたので、見入ってしまって夜更かししてしまった。

第029回『隈本健一の占い夜話』対談天道春樹先生大石眞行先生

D

やっぱり日本の人相って凄いと思う。単に形だけでなく、血色、気色を見て、普通には見えない形である画相を見る。これでもまだ人相の最終到達地点ではない。

守破離で、破や離の段階をちゃんとクリアするには守が重要だと思う。

第030回『隈本健一の占い夜話』対談天道春樹先生大石眞行先生

D

占い師とは、占うという行為とはなんぞやが深く語られている。

第031回『隈本健一の占い夜話』対談天道春樹先生大石眞行先生

D

占い師とはなんぞやが深く語られている。

開運ボタン押したら開運するようなものではないよね。

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2013-02-16 再度、三浦國雄先生の『易経』を薦める

有隕自天  有隕自天を含むブックマーク  有隕自天のブックマークコメント

20130107131216
易経
ビギナーズ・クラシックス
中国の古典
角川ソフィア文庫


mixiでの話ではあるけれども最近玄珠さんが、林成光先生の占例を基に講義をしてくれている。これがもの凄くためになるのだが、暗喩に満ちているというかこれまでの易経解釈に寄りかかったままだと引っかかるトラップが仕掛けられている。ところがテキスト・クリティークのしっかりした三浦國雄先生易経解釈の御蔭で、ここ2回程は玄珠さんのトラップ回避することに成功した。ということで、再度、三浦國雄先生の『易経』を強く薦めておく。

全然話が変わるけれども、昨日ロシア隕石が落ちて1,000人規模の怪我人が出る事態となった。実は、易経隕石絡みの爻辞がただ一つ存在する。易経下巻の姤(天風姤)の爻辞だ。

九五、以杞包瓜、含章、有隕自天。

何故、私がこの爻辞を知っているかというと、皇極経世書絡みで爻辞を追っていた時に見つけて記憶に残っていたからだ。これを三浦國雄先生は、

九五(きゅうご) 杞(おうち)を以(もっ)て瓜(うり)を包(つつ)む。章(しょう)を含(ふく)めば、天(てん)自(よ)り隕(お)つるもの有(あ)らん。

と読み下した上で、

九五 杞の葉で瓜を包む。このように彩のあるものをなかに包み隠せば、天から贈り物が降ってくる。

解釈されている。しかし僭越ながら*1昨日流れた隕石動画を見たときに感じた印象を言わせて頂くと、隕石落下の、あの禍々しい美しさを表現するには、この解釈では些か物足りないと思う。

そこで三浦先生が『杞』に“おうち”の読みを振られたことを踏まえて、自分なりの解釈を展開してみたいと思う。

『杞』が“おうち”と訓じられているので、三浦先生は『杞』を“おうち”の別名のある“センダン”と解釈されていたことがわかる。センダン- Wikipediaによれば、その葉は大きく、

葉は奇数2-3回羽状複葉で互生し、一枚の葉全体の長さは50 cm以上ある。小葉は草質で薄い。楕円形で浅い鋸歯がある。

とある。瓜を包むには充分な大きさだ。さて“おうち”と訓じられる樹木で有名なのが、荘子に出て来る『樗』だ。福永光司著の『荘子内編』では『樗』に“おうち”の振り仮名が振られている。荘子における『樗』は無用大木で、その無用さ故に天寿を全うすることができる存在として出現している。荘子には同じように無用であるが故に天寿を全うすることができて巨大化した樹木が数回現われる。

閑話休題、つまり『以杞包瓜』では、有用な食物である瓜を、無用でただ巨大な“おうち”の葉で包むという対比がなされている。そして『章』だが、これは模様の意味だろう。柳宗元の『捕蛇者説』の冒頭に、

永州之野産異蛇、黒質而白章

とあり、『黒質而白章』は『黒地に白の模様がある』ことを意味している。つまり大きな“おうち”の葉で包んでも瓜が少し見えて、それが模様となっているのが『含章(章を含む)』が指しているところだろう。有用な瓜と無用の“おうち”が織りなすコントラストの効いた模様、それがこの『章』だ。

ということで、私の解釈は以下のようになる。

九五 無用でただ巨大な杞(おうち)の葉で有用な食物である瓜を包む。有用の瓜が少し見えて、無用の杞(おうち)の葉とコントラストの効いた模様を織りなしている。その美しさ禍々しさは天から落下する隕石が放つ輝きのようだ。

*1ケンちゃん先生が「占い夜話」で好く口にしているよね。

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2013-02-14 占い夜話が更新された

椎羅さん登場  椎羅さん登場を含むブックマーク  椎羅さん登場のブックマークコメント

ケンちゃん先生の「占い夜話」に椎羅さんが登場。

第026回『隈本健一の占い夜話』対談椎羅先生

D

少年誌におけるサブカル的な読みものの例としては、週刊少年マガジンで連載されていた『へんな学校』なんてものがあった。占いの解説なんかもあった。この『ヘンな学校』の校長、つまり執筆者が間羊太郎(はざまようたろう)*1だった。『へんな学校』は後にまとめられて立風書房から出版されたらしい。

関係ないけど、ケンちゃん先生だんだん大阪弁になるのが面白い

第027回『隈本健一の占い夜話』対談椎羅先生

D

ユング心理学占いについての割と突っ込んだ話。

第028回『隈本健一の占い夜話』対談椎羅先生

D

紫微斗数歴史東西文化交流から始まって、紫微斗数の象徴体系の凄さの再認識

そして四化飛星の起源についての突っ込んだ話からオリジナル紫微斗数システムが持つ凄さの再認識

*1式貴士蘭光生ウラヌス星風でもあった。間羊太郎は『まようだろう』の語呂合わせだったらしい。

2013-02-05 UFOカルトの到着地点

オイカイワタチ  オイカイワタチを含むブックマーク  オイカイワタチのブックマークコメント

その昔、CBA(Cosmic Brotherhood Association)というUFOカルトがあった*1。確か私が中学生の頃に私の実家のある愛媛の片田舎にもやってきた記憶があるから1970年代にはまだそれなりに活動していたらしい。

ちょっと調べてみたところ、Wikipedia宇宙友好協会の項目があった。WikipediaによるとCBA1959年くらいかカルト色を強め、1960-1962年の間にポールシフトが起こって*2、それに伴って大洪水が発生するという終末論を唱えたことで、UFO研究の他団体から総スカンをくって『日本UFO史の暗部』と呼ばれるようになったそうだ。

そしてこの予言成就しなかったことから方向転換を余儀なくされ、『古代宇宙飛行士説』に傾斜して行くようになる。愛媛県にやってきたのもこの時期だ。そして古代から宇宙人地球に飛来しており、古代地球人コンタクトを取っていたとするアイデアを基にして生み出されたであろうものが『オイカイワタチ』だ。

CBAから分派した渡邊大起は、魂の形で地球に飛来し地球人の胎内に宿って地球人形態を持って生まれた宇宙人=オイカイワタチというアイデアに到達し、それを核として地球人宇宙人の協業による地球全体のステージアップを目指すようになる。それに伴って渡邊大起が中心となって地球の浄化儀式を色々行ったようだ。この辺りは『迷宮』でも取り上げられた事があるので、1970-1980年辺りにはサブカル界隈でも割と知られるようになったらしい。

ところでこの『魂の形で地球に飛来し地球人の胎内に宿って地球人形態を持って生まれた宇宙人』や『宇宙人地球人の協業による地球のステージアップ』というアイデアは、カルト屋さんにとっては美味しいアイデアだったようで、このアイデアを取り込んだアニメ映画が作られたと聞いたことがある。

*1:今でも名前継承する団体が残っているかもしれない。

*2:今でもポールシフトを云々するカルト団体は幾つもあるんじゃないか

2013-02-04 立春大吉、じゃなかった

六壬にとって嫌な日  六壬にとって嫌な日を含むブックマーク  六壬にとって嫌な日のブックマークコメント

今日立春*1だが、日干支は辛丑になる。日干辛は金行で丑は墓神になる。ということで、本日1日は三課支上神は必ず坐墓となる。嫌な日だ。今年の立春は恒気の明日ということにしよう。

まあ墓神の出し方で、陽生陰死の十二運をとるかどうかという話はあるだろうけれども、今の所は日干五行で墓神を出すことにしている。

同じように日支が日干五行の墓神になる日として乙未、丙戌、戊戌、壬辰があり、本日の辛丑を含めて5日は、三課が必ず坐墓になる日ということになる。嫌な日だ。

他に1日続くものとして、甲寅、丁未、己未、庚申、癸丑の五重日*2があって、これは夫婦関係恋愛関係占いでは困った1日になる。また逆に甲申、丁丑、己丑、庚寅、癸未の五衝日*3は、干上神と支上神が必ず冲になる。ただこの五衝日も、日干と支上神、日支と干上神は必ず見るので課式を立ててみないと判らない部分はある。

*1:定気の。

*2六壬の八専日。

*3六壬の十方暮。

2013-02-03 節分ですね

徳神  徳神を含むブックマーク  徳神のブックマークコメント

徳神は六壬でも重要な神殺の1つで、六壬では特に日干から出す日徳を重く見る。陽日は日干自身が徳神で、陰日は日干と干合するものが徳神となる。六壬十二支占いなので、最終的には徳神の干が寄宮する十二支を徳神として扱うことになる。

市販されている暦では年干から出す歳徳神を吉神として、二十四山で歳徳の干の方位を1年の吉方位である恵方として扱っている。ところで明日4日の1時13分の立春節を過ぎれば、およそ年が明けて癸巳年になる。癸は陰干なので癸の徳は癸と干合する戊になる。戊は二十四山には入っていなくて、あえて方位を言うなら中央になる。

ということで癸巳年は、あちこち出かけるよりは、日頃の居住空間を整備して充実させることが吉なんだろう。

ということで癸巳年恵方を丙の方角とすることには大いに異議がある。これは大石さんが既に同じことを言っているしかし卯戌が戊というか中央の代用になるとは知らなかった。さすがに大石さんだ。読み筋としては、中央土行を生じる火行に化す卯戌の支合というところか。

刑神  刑神を含むブックマーク  刑神のブックマークコメント

十二支の刑は言って見れば特殊なT-squareで、その起源は良く判らないという他ない。正しく徳を施すこと、正しく刑罰を処することの二つは、支配者にとって最も重要で、韓非子では『二柄』という章が立てられている。

巳年の巳は申を刑する。なので申において正しく刑が執行されるだろう。十二支の申と、黄道十二宮処女宮が刑の執行地になる。

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2013-02-02 占いの話じゃなくてすみません

鷲田清一disってみる  鷲田清一をdisってみるを含むブックマーク  鷲田清一をdisってみるのブックマークコメント

偶然に2011年度のセンター試験の国語の問題についての解説を読む機会があったのだけれども、その問題で採用されていた鷲田清一の文章が気分悪かったのでdisってみることにした。引用文は、河合塾のサイトから拾ってきた。引用文中の変なカタカナ漢字の書き取り問題で使われていたためだ。

鷲田清一は、どこぞのグループホームの在り方が気に入ったようで、そこを持ちあげるためにバリアフリーを貶すようなことを書いている。まず問題文の劈頭、こうくる。

 わたしは思い出す。しばらく前に訪れた高齢者用のグループホームのことを。

 住むひとのいなくなった木造の民家をほとんど改修もせずに使うデイーサーヴィスの施設だった。もちろん「バリアフリーからはほど違い。

そして『バリアフリー』が出て来る次の箇所はこうだ。

 「バリアフリー」に作られた空間ではそうはいかない。人体の運動に合わせたこの抽象的な空間では、からだは空間の内部にありながらその空間の〈外〉にある。

そしてこうだ。

バリアフリー」で楽だとおもうのは、あくまで介護する側の視点である

あんなぁ爺さん、バリアフリーってのは、例えば車椅子の人が自分で様々な場所に出かけることができるように、その障碍となる段差みたいな構造を取り払ってしまいましょうということだろう、違うか?車椅子の介助者が楽するためじゃなくて、介助者無しでも車椅子で出かけられるようにしようというのがバリアフリーだろうに。

で、鷲田清一は、最後から3番目の段落でそのグループホームを持ちあげるためにこんなことを書いてる。

からだと物や空間とのたがいに浸透しあう関係のなかで、別のひととの別の暮らしへと空間自体が編みなおされようとしている。その手がかりのジュウマンする空間だ。青木はいう。「文化というのは、すでにそこにあるモノと人の関係が、それをとりあえずは結びつけていた機能以上に成熟し、今度はその関係から新たな機能を探る段階のことではないか」、と。そのかぎりで高齢者たちが住みつこうとしているこの空間には「文化」がある。

ところがさ、

 「バリアフリー」に作られた空間ではそうはいかない。人体の運動に合わせたこの抽象的な空間では、からだは空間の内部にありながらその空間の〈外〉にある。

の次にはこう来る。

からだはその空間にまだ住み込んでいない。そしてそこになじみ、そこに住みつくというのは、これまでからだが憶えてきたキョソを忘れ去るということだ。

周囲の物との関係性を再構築することが、バリアフリー空間だと挙措を捨て去ることになって、民家をそのまま再利用した空間だと「文化」があることになるんだってさ。こういうやり口はダブルスタンダードって言うんじゃないですかぁ。私には恣意的で知的誠実さに欠けた言葉遣いに見えるが僻目ですかね。こんな知的に不誠実な文章を読むことを余儀なくされた2011年受験生は気の毒だったと思うね。

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