holalaの日記

2017年12月11日(月)

「御言葉に生きるための提案」と題するホームページを開設しました。

多くの方に聖書に親しみ、み言葉を通して神さまの導きをいただいて信仰の歩みをするための、一つの提案です。

2017年12月06日(水)

日曜日の夜から咳が止まらず、ぶり返した感じで、月曜は一日寝ていました。診療の予約していた昨日医院に行きました。「もう咳は止まるはずですが」と言われました。午後も寝ました。夕方目覚めると体が目覚めるというか、体調が回復しつつあることを感じました。先週レントゲンを撮った時、医師は

「肺炎は起きてないみたいですね」

と平然と言います。医者は肺炎のチェックをしているのかと理解しました。妻に言ったら

「そんなの当たり前でしょ」

って顔をされました。肺炎で亡くなるお年寄りが多いことを思い出し、ヒヤッとしました。

[] 21:34

ヘブライ人への手紙2章1〜4節


(内容)

私たちは聞いたことにいっそう注意を払いましょうと警告がなされています。聞いたこと、それは「これほど大きな救い」(3節)のことです。これほど大きな救いについて無頓着になって、押し流されてしまえば罰をまぬがれることができないと警告がなされます。


(黙想)

「これほど大きな救い」とは何のことでしょうか。4節を見れば、イエス・キリストが与える救いのことです。小さな救い、大きな救い、救いにも色々な救いがあります。借金からの救い、劣等感からの救い、貧困からの救い、独裁政治からの救いなど、色々な救いがあります。「これほど大きな救い」は、これ以上に大きな救いはないという救いです。この救いは、永遠の命を得るという救い、永遠の滅びからの救いということができます。これはイエス・キリストが私たちに与えてくださった救いです。

 誰がこれほど大きな無頓着になるのかと言えば、それは、福音宣教の言葉を聞き、信仰に入った人だと思います。いったん信仰に入りながら迫害(外的)、誘惑(内的)などによって救いに無頓着になることがあるのだと思います。

 ヘブライ人への手紙の3章には、少し具体的に書いてあります。

「兄弟たち、あなたがたのうちに、信仰のない悪い心を抱いて、生ける神から離れてしまう者がないように注意しなさい」(3:12)。

「あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい」(3:13)。

「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、/神に反抗したときのように、/心をかたくなにしてはならない」(3:15)。

「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです」(4:2)。

 信仰者こそ、「これほど大きな救いに対して無頓着になる」危険があることを教えられます。

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2017年12月02日(土)

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↑アパートの窓から見える裏山の紅葉。なかなかきれいです。アパートから40分ほど歩けばあの山のてっぺんに着きます。奈良に来てイチョウが黄色く色づいているのがとてもきれいに感じました。今週は気管支炎で体調を崩しました。だいぶ良くなってきました。今日は妻だけ、双子の赤ちゃんの見守りに出かけています。僕は家でゆっくしすごしていますが、夕食はチキンカレーを作ります。

[] 14:54

ヘブライ人への手紙 1章1〜4節


(内容)

神は、預言者を通して、また御子によって語られたことと、御子がいかなる方かが述べられる。


聖書に聞く)

☆神はいかなる方か

  • (御父)父なる神は人間に語りかける方である。かつては預言者を通して、そして御子によって語られた。神は人を介して語られる方である。
  • (御子)御子イエス・キリストは、<1>万物の相続者、<2>神は御子を通して世界を創造された、<3>御子は神の栄光の繁栄、神の本質の現れ、<4>人々を清めたのに天の父なる神の右に座しておられる、<5>万物をご自身の力ある言葉で支えておられる、<6>天使よりもすぐれた方

(黙想)

  • 神は私たち人間に語りかけるお方である。神の語りかけを聞いた人は、それに応答することによって神との交わりに生きることになり、信仰の歩みをすることになる。神の語りかけを聞かなかったことにすることもできるし、無視することもできる。旧約には、神の語りかけを真剣に受けとめない人もいた。
  • 今日でも神は語られると私たちは信じている。そう信じて礼拝の説教を聞き、また聖書を読む。神は説教者を通して、また聖書を通して語られると私たちは信じる。説教する者にとって、自分の説教を通して神が語られるとは、恐れ多いことである。自分が神の言葉を語るなどできるはずがない。しかし神が語られるための器として召されたことを信じ、祈りと共に誠心誠意尽くして説教の準備をするほかない。
  • 説教者は、聖書を説き明かしするが、神の語りかけの第一の聴き手であり、自分が聞いたことを礼拝説教で語ることになる。神の語りかけは応答を求める。応答しなければ、聞きっぱなし、つまりは聞かなかったのも同然となる。聴き手においては、聞く前と聞いた後では、変化があるはず。その変化は応答となる。その応答から出る言葉は、神の言葉を証しする言葉として神の言葉になるのではないか。

(神の導き)

☆祈り

  • 天の父なる神、あなたは私たちに語りかける神です。説教者は、第一の聴き手です。聖書から何を聞くのか、祈りを持って聖書を読みます。あなたの語りかけを聞いた時、自分の心はそれをどう受けとめたのか、そしてどう応答しようと思ったのか、心の反応が大切ですね。12月10日説教奉仕が与えられています。その準備を今しています。聖書テキストを通して自分は何を聞いたのか、それは自分にどう働きかけ、自分はどう応答することになるのか、そこを明らかにして、語るべき言葉を探りたいと思います。
  • 先ず聖書が告げることを聴き取り、それを神の語りかけとして聞く時、自分はどう反応するのか、どう応答するのか、思いめぐらした上で説教の準備をしたいと思います。聖霊なる神さま、私の説教準備を導いてください。

☆与えられた導き

  • 聖書から神の語りかけを聞き、自分の心がどう受けとめ、どう応答しようとするのかを見定めて説教準備をする。

2017年11月28日(火)

 一昨日の日曜は久しぶりに説教奉仕。礼拝が終わり、ちょっと質問したいことがあります、ということで聞きました。「私は家族の中でひとりだけのクリスチャン。最近、死んだ後のことを考えるのですが、家族と一緒にいたいと思います」。教会の礼拝には長年続けて出席されたようです。でもキリスト教から離れるかどうか、考えているというのです。「自分の気持ちをありのまま、祈りの中で神さまにぶつけてください。祈り続ければ、神さまの導きが与えられます」。これが私の答えでした。説教の聴き手には、色んな人がいることを思わされました。


 週末から咳がひどくなったので、昨日医者に診てもらいました。ネットで呼吸器内科のある医院で比較的近いところにある医院を探し行ってきました。沢山の人が来ていて、信頼されている医師なんだと思いました」。それは病院のサイトでも感じ取れました。診断は、「急性気管支炎です。慢性気管支炎ではないようです」とのこと。

「慢性気管支炎にならないための予防はどうしたらいいですか」。

「それは検査データを見ないと分かりません。痰(たん)を出してください」。

「えっ!? 痰ですか!!」。

「スムーズに痰を出させるようなものがあるんですか」。

「そんなものはありません」。

 家で痰が出たらそれを入れて医院に持っていく小さなケースをもらって帰りました。

2017年11月20日(月)

 天気予報で北陸地方は、西高東低の気圧配置のために、雪が降るという予報を聞くと、金沢での冬を思い出します。冬になると車のタイヤ交換をしましたが、奈良ではその必要はないようです。子供たちがクリスマスのプレゼントを楽しみにするように、正月を楽しみにするように、あるいは遠足を楽しみにするように、神の国の到来を楽しみに待ち望む心を、神さま、与えてください。

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若草山紅葉

[] 列王記下24章 17:25


(内容)

バビロンの侵略と共にユダの王が次から次へ交代します。そしてユダは滅亡に向かって進んでいきます。


(黙想)

  • ユダは世界史の中に置かれています。バビロン帝国が支配領域を拡大すべく、侵略を進め、ユダもバビロンの侵略に直面します。24章に最初に登場する王は、ヨヤキムです。彼の治世にバビロンが攻め上ってきた時、彼はバビロンに服従することとしました。しかし3年後バビロンに反旗を翻します。彼は、カルデア軍(バビロン)、アラム軍、モアブ軍、アンモン軍との戦いに明け暮れ、36才の若さで亡くなります。
  • 続いて、ヨヤキムの子ヨヤキンが王になります。彼が王になってすぐ、バビロン軍が攻めてきます。18才の彼にはなすすべもなく、バビロン軍に降伏し、彼はエルサレムに住む人々と共にバビロンに捕囚として連れて行かれます。
  • バビロンは、まだユダを滅ぼすつもりはなく、ゼデキヤをユダの王に立て、ユダを支配しようとします。初めはバビロンに従っていたゼデキヤですがやがて反旗を翻します。反旗を翻す気持ちは分かります。でも勝利できる見込みがあるとは思えないのに、なぜそうするのか、と思います。悪あがきをしているに過ぎませんし、支配されることに屈辱を感じたのでしょうか。いずれにせよ、ユダは滅びに向かっていますし、それは神の怒りの結果であり、ユダは神の御前から捨てられることになります。

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