holalaの日記

2018年04月21日(土)

 私が、牧師人生の後半になって考えさせられたことは信仰者のアイデンティティーということです。信仰者は何者か、ということです。クリスチャンってどういう人なのとの問いに対する答え、それが信仰者のアイデンティティーです。大切なことは、聖書が語る信仰者のアイデンティティーです。イエス・キリストを信じる信仰者はどういう人なのかと聖書が語っていることを「知ることが大切なのです。そして信仰者が現実の自分を顧みると、そのアイデンティティーからかけ離れていることがしばしばあります。


 牧会していたとき、そして今でもよく耳にする言葉は「私は罪深い者です」という言葉です。あるいはそういう意識から出てくる言葉です。イエス・キリストを信じる人は罪赦され、義とされているという福音があるはずなのに、自分は罪深い者であると考えているのです。私たちは罪深い者である、これは私たちの現実です。しかし、信仰者は罪赦された者、神さまから義と認められた者です。信仰者のアイデンティティーは、罪赦された者、義と認められた者です。もし私たちが自分は何者かと言われたら、私は罪赦され、義とされた者であると答えるべきなのです。聖書がそのように教えているからです。


 でも人は現実の自分を見て、罪深い者というアイデンティティーに生きています。自分の本当にアイデンティティーに生きる人は美しい。僕はそう考えます。


 写真は、今妻が栽培しているパセリの写真です。このパセリを見て僕は美しいと思ったのです。パセリの茎は三つに分かれます。分かれた茎もまた三つに分かれます。三つに分かれる、これはパセリのアイデンティティーなのです。もう一つ栽培しているイタリアンパセリもやはり茎は三つに分かれています。

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↑パセリ

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イタリアンパセリ



クリスチャンアイデンティティー

  • 神の子
  • 新しく生まれた者、新しく造られた者
  • 罪から清められた者
  • 罪から解放された者

自分のアイデンティティーを信じ、このアイデンティティーに生きる、それが信仰者の歩みだと僕は考えています。僕は罪深い者ですが、それでも神の子として歩み、新しく生まれたものとして生きています。聖書のみ言葉によって生きる、ここに信仰者の新しさがあります。聖書のみ言葉によって生きることによって、私たちの心は変えられていき、他者も、私たちが変えられたことを認めるようになります。私たちを新しいアイデンティティーに生きるべく、生まれ変わらせてくださった神さまをたてえます。神さまに栄光がありますように。

 

2018年04月14日(土)

 日曜は無牧の教会での説教奉仕でした。礼拝は午後二時からです。私が月二回礼拝を担当し、残りの日曜は、近隣の教会の牧師たちが説教を担当するので午後の礼拝となったようです。今回奉仕する教会は、和歌山県の教会で特急を利用しました。天気が良く、車窓から海を久しぶりに見ました。うれしく感じました。電車の中で妻の作ってくれた弁当を食べました。久しぶりの妻の弁当でした。


 春はスミレの季節で、時間を見つけてはスミレ散策をしています。金沢にいたとき、東京高尾山に出かければ写真を撮れるスミレが、何と今、歩いて行けるところにあるようなのです。春日大社を囲む原始林の中にあるとの情報を得て、注意しながら散策をした結果、見つけました。花はこれから咲くので楽しみにしています。

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↑ヒナスミレ


 木曜日、久しぶりに奈良県大阪府の境にある金剛山に出かけました。スミレ散策ですが、時期が早かったようで、目指すスミレは、少ししか見ることができませんでした。でも気持ちの良い時を過ごしました。帰りはロープウェイを使って下山します。下山した駅から駐車場まで歩いているとき、転んでしまいました。舗装道路ですが、10cmほどの溝が道路を斜めに横切っているのに気がつかず、左足の先端が溝にはまりました。前のめりに転び、膝を打ち、手で体を支えました。最近買った登山ズボンの左の膝下部分が見事にすり切れ穴が空いてしまいました。日曜、礼拝に出かけた私を駅に迎えに来てくださった方が私のことを、70歳と聞いていましたが、ずいぶんしっかり歩かれるので驚きましたと言ってくださったのです。内心、しっかり歩けているんだとうれしく思っていましたが、よそ見をして溝にはまり、うかつでした。

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↑わたしの至福の時

 金曜から風邪で体調を崩したので、ゆっくり休みました。寝たり読書したり。今、宮部みゆきの『理由』という本を読んでいます。ミステリーですが、人間をよく観察して描いているのが魅力的です。あらためて教会員には一人一人の人生があり、一人一人の性格、考え方があることを思いました。色々な背景を持つ人へ福音を宣べ伝えるわけですが、受け取りは一人一人違うことを思ったりしました。一人一人が説教をどのように聞いているのか、説教者にはわからない面があります。祈って宣べ伝えるだけです。今年度も福音を伝える機会を与えられ、感謝です。

2018年04月07日(土)

 習慣というものは大切であると感じます。朝起きると、昨夜洗っておいた食器を布巾で拭きます。ほとんど乾いていますが、とにかく布巾で拭いて食器棚にしまいます。次に朝食用の材料、バナナ、リンゴ、ピーマン、キウイをバットに載せます。それから血圧を測ります。そして朝食用のジュースを作ります。その時、ピーマンはレンジでチンして温めます。温め終わったことを知らせる音を聞き逃してはいけません。音がしたらすぐにレンジから取り出します。この時取り忘れるとそのまま忘れることになりかねないのです。そして材料を適当に切り、ミキサーに入れてジュースを作ります。そして妻を起こします。これが毎朝繰り返されます。自分の行動をルーチン化すると忘れることなく、なすべきことを間違いなく行えます。おかげで血圧を測り忘れることがなくなりました。私はエクセルというパソコンソフトで血圧を記録し、グラフ化し、診察に持っていきます。何の説明なしに医師は状況を把握してくれます。


 明日は説教奉仕です。和歌山県の御坊まで行きます。礼拝は午後2時から。

2018年04月04日(水)

防衛省の日報問題。政治関係のニュースを聞くのが嫌になってしまいます。首相の言葉に対する不誠実が、役所を毒しているのではないかと思ってしまいます。安倍首相は退陣せよ!

2018年04月03日(火)

 今日も晴天。今日は若草山に登りました。若草山ワラビを採れることで知られているようで、昨日、知人が「若草山で採れたワラビをもらった」と言うのを聞いて妻は奮い立ち、今日若草山に行きました。入山料が一人150円。歩いて登れば30〜40分くらい。ドライブウェイがあって車で来る人が多いです。


 私はスミレの写真を撮り、妻はワラビを採り、それぞれが別の目的を持っていますが、下を向いて山を登ることは共通しています。さすが夫婦?結果は上々で夕食にはワラビのおひたしが出て、おいしくいただきました。


 4月になり新年度です。今年も無牧の教会の説教応援をすることとなりました。現役の時とちがって毎週ではないので、準備の時間が多く取れます。いい説教をしたいと願っています。今度の日曜は説教奉仕です。


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↑「スミレ」という名のスミレ

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↑満開の桜・若草山頂上

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若草山の頂上

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ワラビのおひたし