一年間続けた新聞配達も今日で最後。
本当は三月いっぱいで辞めたかったんだけれど、後任のバイトの応募がなかっため五日間延長して今日に至った。
初めて乗るプレスカブに戸惑い、必死に順路を覚えた春。
不用意に口を開こうものなら飛び込んでくる虫に苛立ち、汗だくになって階段を駆け上がった夏。
台風の進路が逸れてくれることを祈りながら眠りに就いた秋。
二枚重ねの手袋をものともせず指先の感覚を奪う北風と、ちょっとした坂ですら難関に変えてしまう雪に悪戦苦闘した冬。
春告げ鳥の声と梅の花の仄かな香に新たな季節の訪れを知る。
有終の美というわけじゃないけど最終日に不着をしてはカッコがつかないというわけで、一軒ずつ確認しながら丁寧にポストへ入れていく。
籠の中の新聞が少なくなっていくにつれ、空の漆黒は薄まり、東からオレンジ色の帯が顔を出す。
最後の一部を抱えて石段を上る。かちゃん、という小気味よい音と共に、十数枚の紙の束は銀色のポストへ吸い込まれた。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い、見上げれば無数の鱗雲が紫と桃色のグラデーションに染まっていた。
販売所へ戻り、同僚に簡単な挨拶などをする。相棒のカブともお別れだ。
帰宅後、一人でささやかな打ち上げをして眠りにつく。もう目覚まし時計のベルに怯える必要もない。