2009-12-13
人月の神話(日本版) 〜有能な開発者には無能な開発者を部下につけて人月単価を抑える〜
「有能な人がコードを書くべき」「意志決定はできるだけ先延ばし」「契約を変えるのは難しい」アジャイルの専門家の答え
こちらを読んで。
Guo氏の意見から私が感じたのは大きく以下の2点である。
- 明らかに「進化するもの」に対して「進化する前」のドキュメントを作ることは問題だ。書き直すコストを削減すべき。
- 方針決定者と作業者が別であることが問題だ。その二者間の伝達のためのコストを削減すべき。
残念ながら、これは日本では実現が難しい。
1についてGuo氏は「デザイナーはプロジェクトの最後まで残り、質問には都度答えるべき」と主張し、開発が一段落するまでは属人的に知識を残すことを勧めている。
これは日本ではタブーの一つである。
「どのように人が入れ替わっても、できる限りクオリティを保つべき」と言われているからだ。
これは正論ではあるのだが、そろそろ結果から見て間違ってることを顧客が理解しなければならない。
絵に描いた餅は食えないし、屏風の虎は襲ってこないのだ。
2についてGuo氏は「有能な人がコードを書く」と主張している。
残念ながら日本では金にならないから無理である。
日本では20人の部下をまとめることで、そのリーダーの単価は5万円*20などで跳ね上がっていくのが、少なくとも私の周りの開発現場では多い。
「有能な人は人間を管理すべき」なのだ。
理由は、3倍の速さで10倍以上保守性の高いコードを書いたところで、単価は2倍にすらならないからだ。
このくだらない問題に関しては、誰かが主張しなければならないのかもしれない
日本では、常人の3倍以上の速さで素晴らしいコードを書く人間にはこのようなオファーがいく。『君はできる人間だから君の会社の名義で君に部下を2人つけよう。そして3人とも同じ単価で雇うことを私が上に提案する。あとは3人でその報酬を20:5:5などで分けてもらえればいい。』
という感じで。
本来の「人月の神話」の主張(のうちの一つ)は、「遅延したプロジェクトへの増員は、さらにプロジェクトを遅らせる」ということであった。
私は「開発において3倍の能力を持った人間が存在した場合、何もできない2人を部下につけ人月単価は一定に抑えることになる、そして開発は遅れていく」と主張する。
「ビル・ゲイツの面接試験」にも言及されているが、人事として最も恐れるべきことは、「誤って天才を不採用にすること」ではなく「誤って使えない人間を採用すること」である。
上記の主張に則ると「使えない人間を喜んで採用する」ことになるので、間違いなくプロジェクトは壊れていく。
とはいうものの、私はこの不景気で何かが変わるのではないかと淡い期待をしている。
今から3年走りきって、そのときどうなっているかはわからないが、やるしかない。
