2008-12-21 記事タイトルは釣りであり、内容と著しく乖離している場合がございま
■[雑記]ポストネギま! としての禁書

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とある魔術の禁書目録(インデックス) 1 (ガンガンコミックス)
- 作者: 鎌池和馬,近木野中哉
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2007/11/10
- メディア: コミック
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とある魔術の禁書目録という作品はよく指摘されるように非常に物語の筋が単調で、登場人物の動機が希薄で、説得力が無い。
既に十数冊出している作家であるにも関わらず、今のところこのシリーズにおけるドラマとしての面白みというのはほぼ皆無に近い。
物語作りの基礎、セオリーというものは確実に存在するし、数をこなせばそうした基本的な問題点は大体解決出来る。
にもかかわらず、禁書の単調さ、退屈さというのは今に至るまで全く改善されていない。何故か。
かなり多くの人が脊髄反射の如く「作者に才能が無い」とか「下手クソ」だとか切って捨てているようなのだが、実はそうではなくて、「そういうデザイン」として制作されているのだと私は思う。
というのも、どうやら作者の鎌池和馬(かまちー)は重度の設定フェチ、構造萌えの人のようで・・・・・・
物語の面白さ、小説的な技巧などには関心がない、と言うより最早「物語性? なにそれ美味しいの?」というレベルで思考しているように思われるからだ。
実は、ライトノベルというカテゴリーの中にはそう言う作品が相当数あって、まあ禁書ほど物語として荒くなくとも、偏愛やフェチズムをアンバランスなまでに注ぎ込むことで、物語性とは別の支柱を作品内に作り上げる手法を取っているのである。
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- 作者: 木村航,芳住和之
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2008/02/21
- メディア: 文庫
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- 作者: 藤原祐,椋本夏夜
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 2007/09/10
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http://d.hatena.ne.jp/homiya/20081121
前回の禁書記事でも書いたのだが、この禁書世界では登場人物の動機が基本的にもの凄くおざなりである。例外はあるが、大体に置いて敵役が展開する論理は支離滅裂であり、主人公が戦う理由は「困っている人を助けるのに理由がいるかい?」(byジタン:FF9)みたいな感じなので、いやそういう行動理念そのものは大変結構なのだが、そこに至る彼の人格描写の積み重ねだの過去だのが薄いのでほとんど説得力が無い。
一応、とってつけたように「主人公が特殊な能力の代償として不幸なので他人の不幸を見過ごせない」というような動機はあるのだが、主人公の不幸であるという描写がまたおざなりなのでまるで機能していない。
で、そういう主人公の動機の希薄さをどうやって処理しているのかというと、
「主人公が記憶を失う」というギミックを用いることで上記の全てを丸投げしているのだ。
主人公上条当麻は記憶、つまり過去の積み重ねを喪失しており、それはつまり彼の行動の基準となる動機の一切が失われていることを意味している。
動機が「希薄」どころではない。動機は「無い」のである。
無いのに「動機がよくわからない」だの「説得力が無い」だの言っても仕方ない。そうした指摘はもの凄く不毛だと思う。上条当麻は、何故にか「理由もなく人助けをしたがる」人種なのである。
実は、これについての説明は一巻の結末部分で実に丁寧になされている。
記憶喪失後の主人公は、とある経緯からヒロインの為にある嘘を吐くのだが、何の積み重ねもなく、初対面の他人同然であるヒロインに対して何故そんなことができるのか、と問いただされる。
彼は脳に損傷を負っており、記憶は物理的に存在しない。故に、論理的に考えて彼のしたことはなんら理由が無い行動なのである。
それに対して彼は「心のどこかに記憶が残っていたから」というような、まるで説得力のない、まるで「常識」だとか「倫理」だとかいう修辞じみた言葉を返すのである。
主人公のこの発言は、実は十数巻に至る物語のほぼ全てを通して、彼の行動の全てを決定づける基盤となっている。
上条当麻の記憶喪失という設定は、どうも数多くの読者が「設定が活かされてない」「むしろ足枷になっている」などとわりと批判的な見方が大勢を占めるようである。
http://d.hatena.ne.jp/hapze-23_45/20081109/p3
(上記は一例だが、ラノベ感想サイトをぐるりとめぐると大体そんな意見で統一されている。一々列挙するのは面倒だからしない)
だが実際は、この記憶喪失は=動機の無意味化という機能を有しており、上条当麻を作品における主人公として成り立たせる重要な土台でもある。この設定無くして彼は主人公たり得ないとすら言っても構わないだろう。
上条当麻という主人公造形は、実にこの記憶喪失設定によって危うい均衡の上に成立している。
余談だが、今現在アニメで敵役として登場している「一方通行」のほうが「共感できる」とか「主人公より主人公らしい」とか言われてしまうのは、一方通行はより素直なやり方で動機を描かれているからであろう。
この一方通行という登場人物ははあらゆる意味で主人公と対比して描写されるのだが、禁書世界におけるダークヒーローとして描かれる彼の動機や人格は、非常に「普通」である。
ここで言う普通というのは「普遍的」あるいは「セオリー通り」と言う意味であり、作劇上、読み手を楽しませ、感情移入させるために自然な作り方をされている、という意味だ。
ようするに、とてもまっとうで、この作者らしくないやり方で作られたキャラクターとも言える。
少年漫画的、とよく言われる作品ではあるが、しかしその実主人公である上条当麻の造形はかなり王道とはほど遠いというのが、結構面白い。
あー、で。これは前置き。こっから本題。
上記したのは、作者かまちーの「設定偏愛」の部分。
で、今回書きたいのは禁書という作品のデザインについて。
実はこれ、
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20081220/p1
こちらのエントリ見てて思いついたことなんだけど。
最初に書いたように、禁書目録は主人公からして動機や人格描写が適当で、厚みのある人物の描写だとか、骨太のストーリーだとか、そんなものはほぼ皆無といっていい。(ほぼ、っていうのは、完全に皆無ではないから)
その上でほぼ毎回、エロティックなサービスシーンや特徴的な語尾の萌えキャラを投入し、ほとんど同じストーリー構成で話を組み立てている。
ここら辺、かまちーは実にそつが無く、もはや職人芸といっていい域の技量と速度でキャラクタを大量に出し、いわゆる「萌え要素」を構築していく。
この辺のバランス感覚は、
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- 作者: 赤松健
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/11/17
- メディア: コミック
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ネギま!にある種通じる部分がある。
もっとも、ネギまは物語的にも設定フェチ的にもまた市場への阿りかたもより精錬されているし、よりプロフェッショナル的と言える。
ただ、「萌え」「キャラクター」「格好いいガジェット」などで読者を惹き付けるという作品のデザイン的な面、アプローチ方法によって両者は一定の成果を上げることに成功していることは注目に値する(漫画とライトノベルなので畑もマーケットも違うんだろうけど、というかソースは無いけど)
ええと、何が言いたいんだっけ。
なんかもっと補強する為の解説を考えてたんだが忘れた。全部すっ飛ばして結論だけ。もう寝るし。
要するに、「キャラクターコンテンツ」としてのセールスポイントで売り込みつつ、それとバランスをとるようにして「作者のやりたいこと=作家性」を形にしている、という図式について考えていたんだけど。
ネギまにおけるそれは偉大なる父の背中を追う少年の物語であり、禁書におけるそれは倫理性と合理性
との対立と止揚、破壊と保存と再生という構造の妙である。
多分、メインのターゲット層、中高生とかの、いわゆるライトな読み手っていうのは、キャラクターコンテンツとしての側面を作品の主たる部分として捉えている。
(作品内の要素を厳密に分割してこの部位はこの層向け、と区別するやり方には個人的に異論があるが、売り手はそういう想定を元に作品を作っていると思う)
そして、そうした「消費型」の要素を剥ぎ取った後に残る、作者固有の持ち味=作家性が発揮されている部位こそ、その作品の唯一無二の、代替不可能な「面白さ」なのではないだろうか。



