2009-05-25 <span style=”font-size:large;”>始まり</span>
今日からまたブログを書くことにする。
http://blog.tatsuru.com/2009/05/13_1112.php
『それからあとはひたすら「お気楽人生」を標榜して今日に至る。
甲南合気会も甲南麻雀連盟も極楽スキーの会も、私にとってはたいせつな場であるが、それは私が遊んでばかりいるからではない(私を「遊んでばかりいる人間」だと思っているものはアクマに喰われるであろう)。
私はそれらの場を「あるべき未来社会の先駆的形態」として縮小サイズで先取りしようとしているのである。
職場も当然その対象となる。
とりあえず私の息のかかるところはすべからく「未来社会の先駆的形態」たらねばならぬ。
そこは「競争」ではなく「共生」の原理が支配する場である。』先月から一つ実践していることがある。
それは「会いたい人、一緒に時を過ごしたい人と過ごすことを大事にする」ということだ。
具体的に言うと、遠方までただフットサルをしてお酒を飲むために長い時間をかけて電車で通うこと。
たしかにある程度お金はかかるが、「あるべき未来社会の先駆的形態」を先取りするにはこういう小さくても居心地の良い空間を大事にして、育てていくしかないと思うようになった。
社会問題を勉強してそれを改善していくような運動を展開していくことはもちろん大切だが、それはどちらかというと「さらに悪くなるのを防ぐ」という作用が強いのではないかと感じる。「侵食を防ぐ」作用はあるが「きれいにする」作用があるかどうかは疑問が残る。
フットサルをともにするメンバーのほとんどは二つのこと以外ほとんど共通点がない。
その二つとは
・サッカーが好きなこと
・生まれ育った場所が同じこと
みんながみんなに当てはまるわけではないが、この集まりはそういうコンセプトから広がった(はずだ)。
本当に居心地の良い場所では皆が積極的に、楽観的に行動することができる。
ゲームに勝ちたいと思ってトレーニングするやつもいれば、ぜひこの人とも楽しみたいと思って新しい人間を飲み会に連れてくるやつもいる。
チームメイトの隣に妹がいたり、その隣には今日会ったばかりという子もいる。
みんなが楽しそうにしている集まり、というのは昔思っていたよりずいぶん少ないようだ。だから大切にはぐくんでいく必要がある。
要は「好きなことをやり、好きな人たちと楽しく語らいながら、一方で社会の矛盾を孕んだ問題に対しては厳しく眼を光らせながら改善に向けて頑張ろう」ということ。
後者=前者というのは果たして可能なのかどうか、というのが最近気になる疑問の一つです。
