
仮想CDでCD-DAを鳴らす方法
2007-02-23
■[IT][言及]日本発のソフトは少ないのはなんら問題ではない

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50771181.html
http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/02/post_11.html
日本発のソフトが少ないのは〜〜
という不毛な論争を見たので、根本的におかしい気がする部分に突っ込んでみる。ちなみにdankogai氏には、表題以上につっこむところはまあほとんどないのだけど。
渡辺さんのブログもわりと高い頻度で読ませて頂いていているのだけど、多分渡辺さんはアメリカで生活していて、日本語より英語を読む機会が多くて、そんな環境なんだと思う。つまり標準的なアメリカのPCインフラに囲まれて生活しているのだと思う。でも自分は日本人なのでやっぱり日本語を意識することもあるわけで、そういうタイトルのエントリを書くに至ったのかもしれない。
で、核心部分についての反論は全てdankogai氏に任せるとして、根本的な部分がどこかというと、自動車とソフトウェアが完全に別次元のものであるということだと思う。そして、一番重要なのはインターフェイスであると思う。
自動車は全世界でほぼ共通のインターフェイスを備えている。だから日本でも中国でもインドでも、フランスでもドイツでも、もっと言えばアフリカだって中南米だって、言語の違いによって自動車の運用に困ることは、ほぼない。ところが、ソフトウェアというのは物体としては自動車に極めて近くあるように見えるけれども全く根源から異なるモノである。物体というよりも、むしろ文化に組み込まれて運用される存在である。ソフトウェアのインターフェイスが言語で表されているからである。
全世界のソフトウェアのほとんどが英語に対応している。アメリカでソフトウェアを扱う限り、全てを英語で完結できる。めでたしめでたし。
また、中国や台湾でもまず最初に英語を習うという特殊な教育課程が存在するために、比較的ソフトウェアを利用/開発するための敷居が低いように思う。まだ日本語のドキュメントもあまり無いような先端技術について検索してみると、開発者による多くの中国語文献が出てきたりすることも多い。
ヨーロッパでインテリと呼ばれるような人種は、だいたい英語を実用的に使える。その理由はdankogai氏が述べておられるので割愛する。そういう理由で、英語で開発されたソフトウェアの、ヨーロッパの各言語への翻訳は比較的ローコストで迅速に行われる。
日本人は英語が苦手と言われるが、dankogai氏の指摘のように、また最近どっかで言われていたように、1億もの、100%に近い識字率を誇る単一国家であり、経済水準も高い。これが英語圏の次に大きな文化的マーケットであるのは疑いようがない。ゆえに、ゲルマン語とは文化的接点の全く無い日本語へのローカライズは、特異なまでに優先的に行われる。
- 日本人は英語が苦手なので、ローカライズへのニーズが他の文化圏よりも高い
- 日本は経済的に大きいのでビジネス的にうまい
この2つが基盤となって、英語ソフトウェアの日本語へのローカライズは迅速に進む。結果、日本人は、本来は英語であるはずのソフトウェアのほとんどを日本語で扱うことができる。開発者は諸般の理由から英語環境を選択することも多いが、多くの場合において日本語で全てを完結できる。
そういう背景を俯瞰すると、日本人は英語が苦手なわりにあんまり困っていない。他の国は、英語を使わざるを得ないのです。日本人でも開発者の多くは英語くらい普通に読めます。プログラムは全部英語です。英和辞書だっていくらでも存在するし、少なくともソフトウェアを扱う上での言語障壁はほぼ存在しません。(むしろ場合によってはMSの日本語マニュアルが誤訳がだったりすることがあるほうが問題だったり。もう原語でいいよと。)
日本人とソフトウェア文化について突っ込むべきところがあるとしたらそれは「wikipediaに寄付しろ」とか「もっとSourceForgeに参加しろ」とか「車輪の再発明してないで海外製のライブラリつかえ」とか「財閥系のソフトウェア会社はいっぺん全部つぶれてしまえ」とか、挙げればきりが無いほど破綻しまくっているのですが、せっかく指摘されている「日本発のソフトウェアうんぬん」は全く見当違いだと思える。「一太郎」が「Word」に負ける理由が「英語ができないから」というのはちょっと帰納しようがないように思う。TRONは世界の組み込み市場でもっともシェアの大きいOSの一つですが、それでは不満でしょうか? 仮に、日本でWindowsを一掃するような優秀なシステムが生まれたとして、どうしろというんでしょうか。OSというのは現実的にも理想的にも寡占事業なので、渡辺さんが満足する域に達するには、少なくともMicrosoftとの競争に勝つ必要があると思います。今のmacOSや依然のPC98、FM-TOWNS、X68000のような全く互換性のないOSが乱立するという狂気の沙汰は、本当にユーザーと開発者にとって福音となるのでしょうか? と、思った次第で、ある。
■[IT]恐竜の首→ロングテール→次に来るのは「マジックミドル」だそうです

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20343809,00.htm
これもまず最初にアメリカ発で動きがあったそうです。まあアメリカ発っていってもドロップシッピングは今ひとつ浸透してないけどね。末端エージェントの負荷がアフィよりも重いからだろうなあ。ユーザーと区別のつかない末端エージェントっつーのはめんどくさがりだし。一番堕落してるのって利益をあげることのできない末端エージェントでそ? でも、その利益をあげることのできない末端エージェントがいるからこそ裾野が広がって、ASP側がビジネスとして成り立たせることができるという側面もあるからなあ。とっつきにくいのは致命的。
http://www.atmarkit.co.jp/news/200702/22/amn.html
大艦巨砲ポータルよりも、amazon一極支配の場末よりも、質のいい記事をコンスタントに生産しているブログが対象だそうで。これは、「利益をあげることのできない末端エージェント」をばっさり切り捨てた形になるんかね。現在ロングテールに区分されているうちの、ロングテール式広告ではパフォーマンスを生かしきれていないだけのポテンシャルを持っているメディアについてマッチしていこうという動きですね。今までは階段が2段だったのが、これで3段になったわけだ。これはたとえて言うならばトランスミッションの段数が増えたということだけど、そう考えると今後出てくるのは「無断変速機」なわけで、ありていに考えると、あるボリュームゾーンに特化した形式のマッチングプログラムのハイブリッド方式というのはまず出現する罠。さらにその次に、その枠組みを破壊する、縦割り方式で全部1つの方程式で解を出せるようなロジックが開発されて、もはやいままでのロジックは全て遺産と化してしまうに違いない。久しぶりにまともな演繹をしたので多分これは実現すると思う。わりと自信がある。根拠はない。いつごろかなあ。でもこれだけIT化が進んだことだし、
http://anond.hatelabo.jp/20070223015821
みたいにアナログ回帰が起こるのかもしれないなあ。これ、言ってることはけっこう実感ある。仕事先にメールか電話かってのは、そのまま恋愛にスライドさせて考えると生々しいと思う。肌で感じるものが違う。まあ、今後リアル回帰がはやるとして、それにしたってトレンドの1つに過ぎないのかもしれないけど。でも多くの人間が注目すれば、必ずそのエッセンスを取り入れたサービスが現れるのは間違いないから、次にくるインターネットマーケティングイノベーションのいくつかのうちの1つは(マジックミドル特化→マルチステップハイブリッド導入→CVT方式開発)×(みんなが目を離した隙に注目度も競争率も低くなったなんらかのリアル)という融合かもしれない。「ラジオのデル」がもっと発展するとか。あーどうなんだろう。でも↑の増田で言われているリアルうんぬんってのはB2Bについてのことだからどうなんだろう。でもB2Bの手法がB2Cに使えないかというとそういうわけでもなくて、共通点だって必ずあるわけで、例えば最近はやっているのは電車内広告に検索フォームがデザインされてるとかで、「リアルでプッシュ→ネットでプル」がほとんどなのだけど、これが「ネットでプッシュ→リアルでプル」みたいな、主流に逆行した広告手法が現れたりするんじゃないかなあ。B2Bから広まった「リアル回帰志向」が半年〜1年くらいしてマスにも十分に浸透しつつある時期にうまくのればかなりの効果があげられたりするんじゃないかなあ。ちなみに私事ではmixiで集まった昔の学校とかいろんな仲間でオフを開くというのがけっこうはやってるんだけど、そういう現象もちょうど時流と合わさるんじゃないかなあ。先日、日本人はミクスチャーが大好きというのを書いたけど、オタとモードももっとミクスチャーしたいなあ。今現在のオタブームははっきりいって一般人がオタを檻にいれて嘲笑ってるだけのブームだからなあ。半分アキバ系、半分モード系とかみたいなメディアを作れば、きっとオタは殺到するに違いない。お、そのアイデアいいね。なんていうか俺にとってこのブログ書く作業っていうのは一人ブレーンストーミングみたいなものかもしれない。書きたいことは山ほどある。発想をこねこねする方法が、昔は「思いついたらすぐ手帳→忘れる→あとでよせあつめてこねこね」だったのだけど、最近は「思いつく→覚えておく→ブログにアウトプットする過程で演繹的にこねこね」という手順になっている。楽しい。もはやタイトルと完全にかけ離れてるところが頭おかしいな。はいはいマジックミドルマジックミドル。
■[プログラミング][SQL]UPDATEとかDELETEが、SELECTと比べて格段に難しい

外部キーが絡んでくるととたんにややこしくなる。論理的な説明はできるし、inとかhavingとかを使ったらいいのはわかるし、その中でどういう記述をすればいいのかもわかるのだけれど、一番上の部分でどう組み合わせる記述をすればいいのかわからない。目的を据えて手段を推測するには、SQLという言語の文法はあまりに直感的すぎる。SQLが解る解らないというのは概念を理解しているかどうかの問題なので、ケーススタディで学んだことの無い方法をどうあがいても解けない。これをクリエイティブにさくさく解ける奴は間違いなく天才に違いないと思う。自分は基本アホなので、過去に天才だったころの自分のコードを漁る。
まあ、だいたいは最終的にWHERE句の一部をPHPでこちょこちょするだけして、あとはSQL1文でざーっで済むんですが。それにしても、SQL1文でざーっで済むINSERTやUPDATEの美しさといったらない。なんでかというと一般的な言語において戻り値が配列だったりする(=SELECT)のはごくごく普通なのだけど、配列をざーっとpushするというのはあんまり感覚的に無いからだと思う。配列の根っこのポインタ1つという意味ではなくて、集約的に演算されているというところが美しい。もっとも内部的にはループ回ってるのだけど、それが隠蔽されているのが美しい。List<T>.Foreach()には越えられない壁の向こうの世界を感じることができるきがする。


同感。去年、M菱の系列の会社で働いたけど、官僚的で息苦しい場所だった。
しかも自分たちが最も偉いという尊大な社員ばかりでウンザリしました。
どっちも天才肌の芸術系つながり…?でも何となく、分かる気もする。(空気を読んでないコメントですみません)