2012-01-11
華やかな新春企画開催
新年を迎え「デイサービスセンター弥生王寿園」では、ボランティアの皆様をお迎えして新春企画を開催しています。1月4日には、「龍谷太鼓」の皆様による和太鼓の演奏。1月7日には、「向日葵会」の皆様による日本舞踊を披露していただきました。
「龍谷太鼓」の皆様による和太鼓の演奏は、今年の干支である辰年にふさわしい「龍谷」の勇ましいステージ衣装で登場され利用者様の心に感動を与えてくださいました。「龍谷太鼓」のリーダーの方より、「和太鼓の響きは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる時に聞いていた音に似ているんです。」というお話をお聞きし、いつも和太鼓の迫力のある音を聞きながらなぜか同時に癒やされている気持ちが理解できました。また、利用者の方たちにもバチを持たせてくださって「キヨシのズンドコ節」を一緒に演奏していただきました。新春から、このような感動をいただいてとても幸せに思いました。利用者様より「かっこいい」の声が上がりました。ありがとうございました。
また、「向日葵会」の皆様による舞台は、お一人お一人とても美しく品の良いまた迫力のある舞を披露してくださいました。
踊ってくださっている方々のお顔がどなたも優しいお顔で、私たちも笑顔にしてくださっているなあと感じました。舞を見ていた皆様のお顔がみるみる笑顔になり、幸せいっぱいの会場になりました。最後の曲は、皆さん一緒に縁起の良い元気の出る「繁盛節」を踊ってくださいました。向日葵会の皆様の美しさに会場がうっとり、職員が感動で涙する場面もありました。
このように、いろいろな方々による優しさに包まれて、皆様に元気をいただいている「弥生王寿園」は幸せです。
これからも皆様のご協力をいただきながら、利用者の皆様が、楽しい時間を少しでも多く持っていただけるよう職員一同「和の心」で頑張って行きますのでよろしくお願いいたします。
2011-12-31
初春の御慶びを申し上げます。
明けましておめでとうございます。旧年中は、お忙しい中「ほのぼの和風ブログ」をご覧くださいましてありがとうございました。
なかなか思うように更新ができませんが、これからも細〜く長〜くお付き合いしていただきたいと思いますでよろしくお願いいたします。
皆様にとりましておだやかな明るい一年になりますように心よりエールをお送りしたいと思います。
また、お暇がありましたらコメントを送ってください。
新年に当りまして、社会福祉法人王寿會 理事長「石原愛子」より新春のご挨拶をさせていただきます。
皆様お健やかに新しい年をお迎えのことと心からお喜びを申し上げます。今年は良い年を過ごされますよう心からお祈りいた
します。
王寿會は、平成7年6月に創立しまして17年の歳月が経ちました。
試行錯誤と暗中模索の日々でしたが、先代理事長の「真心が有れば必ず成功する」という不撓不屈(ふとうふくつ・・・どん
な困難にあっても決して心がくじけないこと。)の信念を信じ手を取り合って突き進んでまいりました。周りの方々の絶大なご
支援が何よりの力でした。今「王寿會は良い」とのご評価を頂いて心から嬉しく感謝しております。
人は、温かい心に触れ合った時どんなに嬉しく幸せを感じることでしょう。そんな心を持って毎日を精一杯働いていきたい
と思います。
「和を以って貴しとなす」は、王寿會のモットーです。この心で世の為人の為になるよう努力して行きましょう。必ず幸せ
が訪れてきます。
「笑顔で、感謝、仲良く」を忘れずに・・・・
≪ 平成24年年頭に想う 理事長 石原愛子 ≫
心は隣のデスク君
2012/01/03 22:07
新年明けましておめでとうございます。昨年もブログを楽しませていただきましたが、肝心なコメントを送ることが出来ず申し訳ありませんでした。自分も「ほのぼのブログ」様に負けないよう、出掛け先々の楽しい情報を発信したいと思っております。今年もさらにグレードアップすると思われるブログを楽しみにさせていただきます。お出かけの際は、安全第一でお出かけください。
2011-12-24
スペイン旅行記 その6 サグラダファミリア
スペイン旅行も5日目最後の日となりました。このスペイン旅行の第1の目的地は、「アルハンブラ宮殿」でしたが、次に行ってみたかった所が今回の「サグラダ・ファミリア」でした。
あの有名な建築家アントニ・ガウディの未完作品の教会です。サグラダ・ファミリアは、聖家族贖罪教会(日本語では聖家族教会と呼ばれる。)という正式名称を持つバルセロナにあるカトリックの教会です。今現在、サクラダ・ファミリアはアルハンブラ宮殿やマドリッドのプラド美術館を抜いてスペインで最も観光客を集めたモニュメントとなっているそうで、サグラダファミリアは2005年にユネスコの世界文化遺産に指定されました。
ツアーのガイドさんによると2010年11月7日に教皇ベネディクト16世が訪れ、ミサが執り行われたそうです。ミサには司教達を含む6500人が参列し、800人の聖歌隊が参加したそうで、教皇ベネディクト16世が訪れるまでは、サクラダ・ファミリアの工事ものんびり行われていた様ですが、教皇が来られると聞いた現場の職人さんたちが、必死に工事を進め一気に建築が進んだそうです。
これまでのんびりしていたスペイン人でも必死になればこんなに早くできるのかと皆びっくりしたそうです。教皇様の権威というのはすごいですね。ガイドさんも「教皇が来られたあとサグラダファミリアに来られたお客さんは、幸せです。」と言ってました。
まず、バルセロナの町が一望できる丘に向いました。バルセロナの街を通った時にサッカー界で活躍のメッシがいる「バルセロナ」のスタジアムがありました。伝統のありそうな落ち着いた感じのでも意外とこじんまりしたスタジアムでした。
目的地の丘は、19年前オリンピックが開催された本部や競技場のある丘でした。バルセロナには、写真に写っている座薬に似たタワーがあり不評を買っているようです。バルセロナ水道局が所有しているビルだそうですが、かえっていい宣伝効果につながっているようですね。小さくですが「サグラダファミリア」も見えました。
次に、「サグラダファミリア」の全景が見渡せる、建物から少し離れた公園に行きました。観光客も多くいろいろなポーズで記念写真を撮っていました。今まで写真でしか見たことのないサグラダファミリアが目の前にあると思うと感激でした。なんともユニークな塔がたくさんある近代的な教会で、ガイドの方の説明で、これらの塔の12本が12使徒、4本が福音記者、1本が聖母マリア、1本がイエス・キリストを象徴されていることが分かりました。
東側の生誕のファサード(建築物の正面部分)では、キリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されていて、日本人で主任彫刻家の外尾悦郎さんによる生誕の門の彫刻がありました。彫刻の顔立ちや表情が私たち日本人に似ていてとても親近感を覚えました。望遠カメラで一つ一つの彫刻を見てみました。どの彫刻も、やさしさに包まれてとてもほのぼのした表情でした。また、中央の門を構成する柱の土台には変わらないものの象徴として亀が彫刻され、海がめと陸かめがいてとても遊び心があり印象的でした。
さて、いよいよ教会の中に入りました。天井から降り注ぐ自然光を受けてとても温かい感じがしました。他の教会では感じることのないやさしい心地よい雰囲気でした。虹色に光り輝くパイプオルガンもありました。
お祈りをしている方もおられましたが、私たちのような観光客も多い中、とても自然で、解放感のある礼拝堂となっていました。
ほんのりした気持ちで教会内を通り、次に西側の受難のファサードを観光しました。イエスの最後の晩餐からキリストの磔刑、キリストの昇天までの有名な場面が彫刻されていて、東側とは全く異なり、現代彫刻でイエスの受難が表現されていました。
またこちらには、お土産コーナーがあり、サグラダファミリアのいろいろなグッズが置いてありました。お値打なものから、高級感のあるものまでいろいろあって、私も記念に数点買いました。ツアーで参加する場合、時間に制限がありますので、記念品を買いたい方は、先に購入しておいた方がいいと思います。
まだまだ建築が続くサグラダファミリアですが、ガウディ没後100年の2026年をめどにメインとなる栄光のファサード完成を目指しているそうです。
教会の中だけでなく、今現在でも製作中の現場を見たくて、塔の中にある、エレベーターで最上階まで行きそこから階段で、下に下りてきました。所々開いている小窓から外を見ると、建設中の様子がわかりました。作業している様子を見ることができ、今なお新しい試みがされているのだなあと思いました。
サグラダファミリアを上から見下ろすのも、また楽しい経験でした。
教会を出ると、当日券を購入している多くの観光客の方が、長蛇の列で並んでいて、人気のすごさが分かりました。ツアーで出かけるとこのような心配がなくていいですね。
楽しい「サグラダファミリア」の見学もあっという間に過ぎ、次にバスで、ガウディがデザインした「カサ・ミラ 」「カサ・バトリョ」という建物や「グエル公園 」を見て回りました。
「カサ・ミラ 」「カサ・バトリョ」という建物は、現在の建築物と比べても斬新的で、直線部分を持たない個性的で遊び心のある建物でした。現代になってブームになっているのが良くわかります。
また私のお気に入りは、グエル公園 のトカゲの彫刻で、なんとも愛嬌のある、また色彩的にもカラフルでとてもかわいいトカゲでした。観光客にも人気で、次から次へと記念撮影をする人でいっぱいでした。
この公園は、本来は、施主のエウゼビ・グエル伯爵とアントニ・ガウディの夢が作り上げた分譲住宅でしたが、ふたりの進みすぎた発想と自然の中で暮らす価値観は、当時理解されず、60軒が計画されていたにもかかわらず、結局売れたのは2軒で、買い手はガウディ本人とグエル伯爵だけだったそうです。
現在はガウディが一時住んだこともある家が、ガウディ記念館として公開されていて中にはガウディがデザインした家具なども集められて展示されていました。斬新的な発想は、なかなか認められない物ですね。
観光の後はお楽しみのお食事、この日の昼食は、スペイン旅行で一番楽しみにしていた「パエジャ」(日本では、パエリア)でした。バルセロナのオリンピックの時の選手村だったヨットハーバーの近くにあるお店に行きました。
お店に入ると、階段沿いに国際的に有名な方達の写真が貼ってありました。皆さんこの店に訪れた方達でした。写真にあるような、スペインの明るい雰囲気ぴったりのお店で、レストランのスタッフも品のある中にも陽気でサービス精神のある方達でした。
「パエジャ」と記念写真を撮ったりした後、食事を取りました。3種類の味(イカ墨・シーフード・パスタ)を楽しみました。どれも美味しかったですが、私は、イカ墨の「パエジャ」が一番おいしいと思いました。やはり本場の物は、最高でした。幸せ〜。
午後からは、いよいよ最後の訪問先「モンセラート」(モンセラット)へ出かけました。バルセロナ近郊にある山で、アーサー王の聖杯伝説に登場するサンタ・マリア・モンセラート修道院付属大聖堂があり、キリスト教の聖地とされている所でした。クリスチャンでない私でも「アーサー王の聖杯伝説」は、アニメで見たことがあったので、興味がありました。「モンセラート」に近づくとまるで鬼でも住んでいそうな岩山 が見えてきました。
「モンセラート」とは「ギザギザな山(のこぎり山)」という意味がありまさにその岩山が、目的地「モンセラート」でした。麓には、大聖堂を中心とした小さな観光都市があり、自然豊かなハイキングコースとなっていました。
モンセラート山を上って行くと辺りに漂う澄んだ空気の中に大聖堂が見えてきました。
モンセラットには、少年聖歌隊があり、ウィーン少年合唱団のスペイン版と言われているそうですが、あいにくこの日は、、国内外の教会に合唱の遠征に出かけているそうで、聖堂内に響く澄みきった歌声は聞けませんでしたが。
この聖歌隊は10〜14歳までの少年と、プレパラトリオと呼ばれるその1学年下の実習生の約50人からなっているそうで、実習生は週末のみ自宅から通い、聖歌隊の本学科の生徒たちはみなこのモンセラットで寮生活をしているようです。
モンセラートのもう一つの見所は、「黒いマリア様」と言われる像です。聖堂全体を見下ろすように、上階前方に奉られるマリア様は、880年、羊飼いの少年達がモンセラートの岩山にきらめく不思議な光を見つけ洞窟の中でマリア像を見つけたそうです。
願いを叶えてくれると言われているこの黒いマリア様が奉られた礼拝堂には長い列ができていました。「黒いマリア様」は、ガラスのケースに入っていますが、玉を持った右手の部分だけは、ケースから出ていてその手に触ると願いを叶えてくれるのだそうです。私たちも列について願い事をしてきました。
また、礼拝堂の中には、歴史を感ずる壮大なステンドグラスが数多くありました。今までに見たステンドグラスの中で一番美しいと思いました。世界には、いろいろな地形があり、無理と思われるような人里離れた高地にもこのような素晴らしい建築物を作ってしまう人類って素晴らしいなあと思いました。
この日の締めくくりは、「フラメンコフリードリンクショー」の生演奏がありました。席は残念ながら、舞台の真横になってしまいましたが、本場の踊りの迫力は充分味わえました。場内が熱気に包まれました。
海外旅行は、これが最後になるかなと思いながら、感無量でした。と言いつつ、同じツアーに行かれた方々の中に、「マチュピチュ」に行かれたとか、「エジプト」に行かれたとかいろいろな文化に触れられている方々がいらっしゃって、また、機会があれば行ってみたいなとも思う私でもありました。
私の五日間のスペイン旅行もこれで終わるかと思いきや・・・。スペイン旅行の予告編でお話しした通り、日本を襲った台風の影響で「セントレア」に飛行機が着陸できないというハプニングがあり、フィンランドに2泊することになり、帰りが2日遅れてしまいました。今まで泊まったことがないヒルトンホテルに2泊させてもらいました。このスペイン旅行で一番いい部屋だったように思います。さすが世界のヒルトンホテルだと思いました。ホテルの中には、自由に使えるスポーツジムやサウナがありました。皆さんあまり使ってないので、それぞれ入ってみました。新しくスポーツジムの器具もなかなか性能のいいものでした。途中で外国の女性が入ってこられましたが。マイペースで続けました。とてもいい経験になりました。
職場の方には、迷惑をおかけしましたが、フィンランドの観光ができ、宿泊費食事代は、フィンランド航空さんがみてくださるということで、「災い転じて福となる。」という結果になりました。フィンランドは、治安がとてもいいということで、普通の周遊バスで、ヘルシンキ駅まで行ってみました。駅も街もこじんまりしたとてものどかな感じの駅でした。歩いている人たちも日本人よりワンテンポゆったりとしている感じで癒されました。
いろいろな経験ができ、幸せな旅行でした。健康と、職場の皆さん、家族に感謝感謝の旅行でした。ありがとうございました。
2011-11-14
スペイン旅行記 その5
憧れの「アルハンブラ宮殿」を訪れた次の日にバレンシア州を観光しました。バレンシアと聞くと「バレンシアオレンジ」を連想しますが、やはり果物や農産物をはじめいろいろな食品が豊富で、観光スポットもスーパーマーケットを大きくしたような「中央市場」や商業都市らしく「ラロンハ 」と言う「絹の交易所」(絹製品の取り引き所)がありました。15世紀末,王宮跡に建てられたゴシック様式の建物で、15世紀ころ最盛期を迎えたようです。
はじめにカテドラル(大聖堂)に訪れました。内部礼拝堂には立派なマリア像が据えてありました。13世紀に聖母マリアが現れる奇跡が起こったという言い伝えがあるそうで、とても敬虔な信者が多く、私達がカテドラルを訪れたときにも地元の方々が朝の礼拝をしておられました。カテドラルの中も歴史のある素晴らしい装飾がなされていましたが、カテドラルの外にもいろいろな国宝級の建築物・装飾品がありました。
「ラロンハ」と言う「絹の交易所」の中も観光しました。ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されてい建物で600年も前の建物とは思えないほど完全といってよいくらい保存状態が良く驚かされました。昔ここで絹が取引されていたんだと思うと感激でした。
「中央市場」は、スーパーマーケットを大きくしたような所で写真にあるように「生ハム」や肉・魚・野菜・果物が所狭しと並べられていました。もって帰れるものならいっぱい買いたいものがありました。特に果物好きな私としては、いろんな種類のお値打ちな物がいっぱいで楽しかったです。美味しそうな生ジュースがあったので早速飲んでみました。オレンジとキューイのミックスジュースでとっても美味しかったです。
変わったものといえば、可愛いお嬢さんが「からすみ」と看板に書き日本の「からすみ」を売っていました。試食しましたが、日本のものよりあっさりしていました。お嬢さんたちの笑顔が素敵でした。
市場を出た後、バレンシアの街を散歩しながら、レストランで昼食を取りました。通りもとても整備され、のんびり歩けました。レストランで食事をしていると丁度今バレンシア地方で行っている「トマティーナ」のニュースが放映されていました。
食事の後、バスに乗って次の目的地「タラゴナ」に向いました。スペインの南地中海に面した「タラゴナ」は、古代ローマ時代に築かれ、今でも水道橋や円形競技場などの遺跡が残り、世界遺産に登録されている所です。
青い地中海と円形競技場がきれいに見えるようにいい天気だといいなと思っていました。寸前まで曇りがちだった空が、「タラゴナ」に着くと写真のようないい天気になっていました。すごく嬉しかったです。
地中海に面してバルコニー があり、 海を見下ろす遊歩道を歩いていくと観光ガイドに載っていた通り地中海の青い海と円形競技場が見えてきました。
青い地中海と古代ローマ時代の円形闘技場。とっても素晴らしい眺めでした。
遺跡が多く残っていて、ローマと一緒で地下を掘ると遺跡が出てくるそうです。一つのビルは、遺跡を生かしてその上にビルができているところもありました。考古遺跡群としてユネスコの世界遺産に登録されているそうです。観光客も多く遺跡だらけといっていいくらいの街でした。近隣の都市としては、約80キロ東にバルセロナがありました。
街を歩いていくと 12世紀に建設が始まったというカテドラル(大聖堂)がありました。
タラゴナのカテドラルは、丁度工事中でかなり古いもののようでした。ガイドさんは、マリアさんといってとっても優しいお嬢さんでした。一緒に写真を撮って下さいました。
カテドラルの近くにお土産やさんがあってとてもユニークな可愛い置物が飾ってありました。
「タラゴナへ行くのなら、お天気の日が最高です。」と本に書いてありましたがまさに絶好の行楽日和でした。
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2011-11-01
スペイン旅行記 その4
スペイン旅行3日目は、グラナダにある「アルハンブラ宮殿」に行きました。
スペイン旅行に行きたいと思ったのもテレビやネットで見た「アルハンブラ宮殿」がとてもロマンティックでクラシックギターで演奏される「アルハンブラ宮殿の想い出」の曲も宮殿のイメージにぴったりで昔から好きだったからです。グラナダの町に着いた時は、とっても嬉しかったです。「アルハンブラ宮殿」は見えないかなと探しましたが、夕暮れ時ではっきり見えませんでした。ホテルは、少し高台にあり若干宮殿のように見えました。ホテルの壁には宮殿の壁画があり「明日が楽しみ。」とワクワクしました。
旅行記を書く前に、「アルハンブラ宮殿」の歴史などを調べてみました。
イスラム教徒のムーア人がグラナダに入植し始めたのは8世紀だそうで歴史を感じますね。
「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン」は、ユネスコの世界遺産に登録されていてそれぞれの概要は次のとおりです。
・アルハンブラ宮殿は、グラナダ市の南東の丘の上に位置する古代からの砦の上にあり、イスラム時代の君主らによって14世紀に完成されたそうです。
・ヘネラリフェ は、宮殿の東のはずれに建てられた離宮で、美しい庭園です。
・カルロス5世宮殿は、キリスト教時代に入り カルロス5世がアルハンブラ内に建てた宮殿です。
・アルバイシンは、イスラム時代の街並みが残る地区で、迷路のように入り組んだ路地に白壁の家が並んでいました。
また、アルハンブラ宮殿の敷地内には、カテドラル( モスクの跡に建設された大聖堂)や王室礼拝堂( イサベル1世とフェルナンド2世の遺骸が眠っているそうです。)・修道院などが 建っていました。アルハンブラは、異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体で、時代によって、建築様式などが異なっています。スペインを旅していると、イスラム教とキリスト教との文化の融合と言うテーマになりますね。素晴らしいと思うのは、キリスト教徒が、イスラム時代に築いてきた文化遺産を破壊することなく自分たちの文化に生かしていったことです。争いはいけないことだと思いますが、救いは、このように他民族の文化遺産でも大切にしたことで、キリスト教の考え方の穏やかさが感じ取られます。
バスでホテルからアルハンブラ宮殿まで5分くらいで着きました。アルハンブラ宮殿は、すぐには見えず、糸杉という細くまっすぐな杉林の中を歩いていくと城壁があり「裁きの門」や「ぶどう酒の門(ワイン門)」を抜けるとその中に「アルハンブラ宮殿」が見えてきました。ガイドさんは、上品で声のとてもきれいな日本人の女性とお父さんのようなジェントルマンなスペイン人の男性でした。
宮殿は白を基調としていますが、「アルハンブラ」とはアラビア語で「赤い城塞」を意味していて、「アルハンブラ宮殿」増築の時、夜を通してかがり火を燃やして工事したためグラナダ平野から見上げた宮殿が赤く染まって見えたことからこのように呼ばれたようです。700年以上も経っているのにこんなにきれいな状態で保存されていてすごいなと思いました。
まず「アルカサーバ」という 9世紀にイスラエルの君主が建てたお城に行きました。 宮殿と呼ばれていますが城塞の性質も備えていて、その中に住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えた一つの町のようで、その様子が完全ではありませんが石垣などで残っていました。その中でも一番高い「ベラの塔」に登りました。塔から下を見ると「グラダナ」の街が一望できました。天気も良くとても美しく見えました。
糸杉でできた門をくぐって「メスアール宮」へ入りました。
宮殿の中は、とてもきれいに保存され中でも壁画にあるモザイクタイルや、木組天井の模様が色鮮やかに復元され素晴らしかったです。宮殿内に敷き詰められたタイルは一枚一枚当時の職人によって作られたものだそうです。タイルや柱の一つ一つがとても丁寧に作られていてとても可愛い模様が描かれていて現代でも好まれそうな感じがしました。イスラムの文化は、色彩感覚がとても女性好みで繊細な感じがしました。
窓の装飾なども素晴らしく昔の人々の技術の水準の高さが伺えます。またその模様などからイスラム文化による建物であることがよく分かりました。700年以上もたっているなんて思えない今でも暮らせそうな宮殿でした。「コルドバ」と同様イスラムの様式が、色々な所に残っていました。
スペイン人のガイドさんの案内で次に「コマレス」という宮殿に入りました。
「大使の間」という広間に入る手前に大きな池がありました。その池に「大使の間」が水鏡のように写り、まるで水の上に建っているように見えとても幻想的でした。昔の王様、王女様も見たんだろうなと思うととても不思議で幸せな気持ちになりました。しばらくこの場を離れたくないと思いました。
ガイドさんが、一番良いポイントで記念写真を撮って下さいました。とても優しいジェントルマンなガイドさんでした。
カメラに収めようと楽しみにしていた「ライオンの噴水 」は、劣化が激しく現在修理中でした。
池を挟んで「大使の間」の反対側の広間に今工事中の「ライオンの噴水」のライオンが置いてありましたが残念ながら写真には撮れませんでした。目にしっかり焼きつけてきました。
池の周りの小路を進むと「大使の間」または「王座の間」とも呼ばれるアルハンブラ宮殿の中で一番重要な広間に入りました。「大使の間」に入ると壁から天井まであらゆる所がレースの模様のような細かい装飾が施されもう言葉では表せない豪華さに圧倒されました。「王座の間」の名前の通りありとあらゆる贅沢を施してありました。700年前の建物とは思えない豪華絢爛で高貴な感じのする広間でした。
今現在でもきれいですが、当時は色の付いたステンドグラスで飾られて金箔も施されていたようで如何に豪華であったかとびっくりします。このような所に来られて本当に幸せに思いました。もっともっとゆっくりしていたかったですが、ツアーの宿命で皆さんに遅れないように行かなければならず、とても名残惜しかったです。本当に見るところがいっぱいでデジカメのバッテリーを3つ持っていって正解でした。
「大使の間」を出るとグラナダの町がよく見える回廊がありました。ここから宮廷内の王様たちはお城の外を見ていたんですね。
回廊を抜けると「二姉妹の間」という女性のための部屋がありました。
「大使の間」同様とっても華やかでそれでいて清楚な感じがする女性的なお部屋でした。
「二姉妹の間」と名づけられたのは、広間の中央に大きな二枚の大理石がしかれ左右対称にお部屋が作られているからだそうです。窓から入る光がとても繊細で柔らかな光が差し込んでいました。
「二姉妹の間」を出ると「ライオンの中庭」があり、本来なら、中庭の真ん中に「ライオンの噴水」があるのですが今は工事中でした。本で見ると噴水の周りに白大理石でできた12頭のライオンの口からも水が出ていてその顔と姿が丸っこくてなんとも癒される感じに映っていました。ライオンは実際に見ましたが、とても愛嬌のある顔をしていました。昔なら王様とその王族たちしか入れなかった所に私たちがいると思うと感動でした。
建物を出ると「パルタル」という庭園に出ました。昔は、美しい邸宅や豪華な宮殿が立ち並ぶ緑地だったそうですが、現在は、残された「貴婦人の塔」と呼ばれる建物や池や庭園が広がっていて素敵な散歩道になっていました。
時折小鳥の鳴き声がして、きれいな花々や歴史のある建物を見ながらの散歩は、時間の過ぎるのも疲れも忘れるほどでした。
「パルタル」の庭園をしばらく歩いていくと「ヘネラリーフェ」という「パルタル」とはまた感じの違う洗練された庭園が広がっていました。ここは、王様が宮廷の雑務から解放されて憩いの時を過ごした別邸だったそうです。木々が整然と立ち並びバラや王様を癒したであろう花々が咲き乱れていました。そして池や噴水が心を癒すように流れかなり歩いてきた私たちの心も癒され疲れが半減しました。「ヘネラリーフェ」の小高い丘に登るときれいに咲いた花の向こうに今歩いてきた「アルハンブラ」の宮殿や塔がグラナダの町と共にすべて展望できました。
この雄大な景色を見ながら、文化遺産の宝庫を目の当たりにした満足感でいっぱいになりました。
帰り道は、糸杉がまっすぐに並び、小川には水が流れ、気持ちのよい空気が流れ本当に疲れを癒してくれる散歩道になっていました。こんなにすばらしい所に来る事ができ、とても満ち足りた気持ちでバスに戻りました。
その後、グラナダで有名な陶器「リヤドロ」のお店に行きました。私はよく知りませんでしたが、お店に行くと写真にあるような何ともいえない愛くるしい表情の柔らかい感じの作品がたくさん並んでいました。値段を見ると何万もするものばかりでしたので目の保養に見るだけにしました。今思うと一つくらいお値打ちなものを買えばよかったかなと思っています。
陶器ではありませんが、こちらで有名な寄木細工のお土産を買って次の目的地「バレンシア」へ向かいました。























































































































































































































































































































































