驚きの共感を味わえるのがミステリー劇の醍醐味・・・・極私的ミステリー劇ベスト5・その3(執筆者・松坂健)

(承前)

第4位 十二人の怒れる男(レジナルド・ローズ)
 これまた知らぬ人のない名作。十二人の陪審員たちが、ひとりの少年の殺人をめぐって白熱した論議を繰り返すドラマ。
 シドニー・ルメットが演出したヘンリー・フォンダ主演の映画は何度見ても面白い。ちなみに、我が劇団でも一度上演。やはり、台本の出来がいいと、見られますな。
 僕が見た舞台で傑出していたのが、石坂浩二が主演・演出したバージョン。観客席をコロシアム状に配し、舞台装置は、中央に置かれた大きなテーブルだけ。十二人がそこに座って論議を交わす。観客席から出演者の顔が公平に見られるように、時々、陪審員1号から12号までを時計回りでぐるぐる動かしていくという趣向だ。
 この公演が行われたのが真夏。しかし、演出家石坂浩二はあえて、劇場内の冷房を止めてしまったのである。まだ冷房装置などない1950年代の法廷の陪審員室の暑苦しさを再現したのである。この演出、賛否両論あったけれど、僕は賛成派。最後に、意見の一致をみたところで、雨が上がって廷吏が窓を開ける。その時に劇場のクーラーが入って、一陣の風が僕たちの頬をなでる。あの時の爽やかな気分は今も忘れられない。こんなことも劇場でしか体験できない醍醐味じゃないかな。


第5位「東海道四谷怪談」(鶴屋南北
 日本特有の怪談劇で歌舞伎の十八番。
 ここで挙げたいのは、まだ勘九郎と名乗っていた頃の現・中村勘三郎民谷伊右衛門を演じた1994年のもの。勘九郎が渋谷のBUNKAMURAを使って始めた実験的なコクーン歌舞伎の第一弾がこれだった。
 ものものしい正調歌舞伎の演出を避け、軽快で見世物精神溢れる四谷怪談を見せてくれたものだ。
 舞台の客席側に大きなお濠をつくり本物の水を張った装置が話題だった。この水の中でチャンバラをやるは、例の戸板返しもやるわ、水の飛沫がばなばん客席に飛ぶので、前から3列目くらいまでは蝙蝠傘が配られて、それを開きながら見るという趣向が話題を呼んだものだ。
 とにかく、派手。ケレンたっぷり。でも、スピード感に溢れていて、中村橋之介(お岩)以下の役者連中のいきいきとしていたこと。僕はこのお芝居で、舞台のエネルギーは客席までまきこむものだということを実感できたものだ。
 その観劇の日、僕には明日までに仕上げなければならない原稿があった。お芝居など見ていられる状況ではなかったのである。でも、勘九郎コクーン歌舞伎のエネルギーは、どうやら僕にアドレナリンを大量に注入してくれたのか、家に帰っても興奮さめやらず、そのまま上機嫌で原稿に取り組んだら、すーっと書き上がってしまったのを覚えている。それほどのエネルギーが芝居にはあるのだと感じたものだ。


 以上、案外、平凡なセレクションになってしまったかもしれないが、読書という「個人的営為」では決して得られない、作品と舞台とと観客のエネルギー交換があるというのがお芝居の魅力であることを伝えたかったのである。まして、驚きのあるミステリー劇なら、エネルギー交換はハイブリッドなみの性能の良さ。みなさん、たまには書を捨て(なくてもいいけど)、たまには芝居小屋にでも足を向けてはいかがだろう。


 松坂健

驚きの共感を味わえるのがミステリー劇の醍醐味・・・・極私的ミステリー劇ベスト5・その2(執筆者・松坂健)

(承前)


第1位「罠」(ロベール・トマ)
 我が劇団でも処女公演と十周年記念公演と二回トライさせてもらったお芝居。
 もうネタを知っている方も多いと思うが、このラストで陰画と陽画が見事に反転する鮮やかさは、やはり並みではない。役者さんたちに聞くと、何度やっても、新しい伏線みたいなものが発見できる、というくらい緻密に練り上げられている。
 僕が実際に舞台を見たのは二十年以上前のことで、千石の三百人劇場でのもの。どの劇団がやったかも忘れてしまったが、どんでん返しのところで、客席にあー、というような溜息のような声がこだましたことを、覚えている。結構、ケレン味の強い演出だったけれど、実に最後の決め台詞の絞り出しが上手だった。あの時、客席に満ちていた興奮というのが忘れられない。
 なお、この台本は白水社の『今日のフランス演劇』第3巻に収録されていて、最後の部分だけ天地逆に印刷されているという洒落た趣向になっている。
 ちなみに、昨年、パリに行った折、演劇書専門の書店に行って、トマの台本を探したのだが、書店員がトマの名前にぴんとこない様子。「あの映画になったユイット・ファムの作者だよ」というと、あー、それならと「八人の女」の台本を出してくれただけ。どうやら、トマの名前はむしろ日本で生きながらえているようだ。

第2位「暗くなるまで待って」(フレデリック・ノット)
 言わずと知れたオードリー・ヘプバーンの映画で有名な作品。盲目のヒロインが3人のギャングに囲まれ脅かされる物語。彼女の味方は唯一、彼らと互角に戦える環境を与えてくれる「暗闇」だけ、という設定が見事。
 僕は舞台は二度見ている。最初のは、初期のきちんとしたお芝居だけをやっていた頃の劇団四季がやったもので、当時、浅利慶太氏の奥さんでもあった影万里江が主演。悪党たちを水島弘とか日下武史が気持ちよさそうにやっていた。しかし、この劇はクライマックスで客電(観客席の照明)を全部、落として暗闇をつくるのがミソなのだが、この当時は消防署の監査が厳しく、緑色の非常灯の消灯が許されなかったため、完全な暗闇がつくれず、ずいぶんとしらけてしまった思い出がある。
 二度目は銀座博品館での南果歩の主演。これは悪人連中の演技がお粗末で困ったものだなあ、と思っていたのだが、そこは演出の妙。実にテンポ良く話を進め、どこを強調すべきかわかった演出で、この物語を休憩なしの1時間半で見せてしまった手際に驚いたものだ(ちなみにテレンス・ヤングの映画版でも2時間を超えている)。結構、複雑な仕掛けがあるストーリーをきちんと観客に理解させるのだから、演出力とはこういうものかと納得させられたものだ。ちなみに、この時の観客席は非常灯もちゃんと消え、隣の人の顔もわからないくらいの暗闇が再現された。こんなスリル、読書じゃ得られないよね。ちなみに、映画はどうだった、って? 劇場で見た人ならわかるけど、いくら真っ暗闇の場面でもスクリーンだけはぼーっと光っているんだね。何も映っていないだけの話。映画は結局、光の産物。だから、このお芝居は完全な暗闇がつくれる小屋で見ることだ。
 ところで、原作者のノットさん、ヒッチコックの「ダイアルMを回せ」とこれ、そして”Write me a Murder”と3つの名作を残しながら、晩年は没落して二束三文で台本の上演権を売ってしまったとか聞いたことがある。ちょっとかわいそうな話だ。

第3位スルース(探偵)(アンソニーシェーファー
 妻を寝取られた探偵作家と寝取ったイタリア男の葛藤劇。随所に、ミステリーについての含蓄を織り込みながら、苦い苦い現実を描いたサタイアだ。
 ローレンス・オリヴィエマイケル・ケイン主演の映画は、もはや”神話”の領域だろう。あの映画に出てくる迷路とかおもちゃの数々、ミステリーオタクを喜ばせたものだ。ときに、あのセットに飾られていたMWA賞のポー像はドロシー・ソールスベリー・ディヴィスから借りてきたのだろうという説を都筑道夫さんが立てていたけれど、本当だろうか。誰か検証して欲しいものだ。
 ということで、これも劇団四季がお得意にしている。初演は渋い水島弘の探偵作家、イタリア男に北大路欣也だった。僕がまだ学生だった頃だったけれど、これは映画に比べても遊び心が少なくて、おやっと思ったものだ。
 この戯曲にはミステリーに対する様々な皮肉や中傷がたくさんあるけれども、最後は「探偵小説は高貴なる魂の高貴なるリクリエーションである」(探偵作家が引用する英国で有名なミステリーについての警句とか。政治家フィリップ・グェダラの言)という作者アンソニーシェーファーの気持ちがちゃんと通じるから、それが素晴らしいじゃない。 マイケル・ケインジュード・ロウのリメイクについて。僕は好きなんだけど、これについてはまた別のところで議論しようじゃないか。

(つづく)

今日のフランス演劇〈第3〉 (1966年)

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暗くなるまで待って [DVD]

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ダイヤルMを廻せ! 特別版 [DVD]

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驚きの共感を味わえるのがミステリー劇の醍醐味・・・・極私的ミステリー劇ベスト5・その1(執筆者・松坂健)

 のっけから私事にわたってしまうことをお許し願いたいのだが、僕の家内がフーダニットという名のミステリー劇専門の劇団活動をやっていることはご存じの方が多いと思う。今年2009年で活動10年目、板に乗せたお芝居も20近くの演目数を数えている。中には、若竹七海さんのオリジナル台本が3編、辻真先さんのものが2編含まれていることが、我が劇団の誇りでもあるのだけれど、それ以外でもクリスティのものやフランス。ミステリー劇の鬼才、ロベール・トマなどの作品にも取り組んでいる。
 どうして、こんな劇団を作ったかの経緯については、実は、ついこの間の日本経済新聞10月16日付け朝刊の文化面(最終ページ)に大きく取り上げられたので、お読みになった方も多いと思うが、要するに、観客のみなさんを驚かせたい、その稚気から出発したようなものだ。
 ミステリー劇の醍醐味は、なんといっても様々な驚きが、同じ瞬間、大勢の他人と共有できることにある。どんでん返しのその瞬間、観客席にわっと沸きあがるものがある。
 だったら、それは映画でも同じじゃないと言う方がおられるかもしれないが、その驚きの共有が、舞台の上の役者さんたちまで伝染して渾然一体となる「臨場感」は、お芝居の世界にしかない。読書で味わうどんでん返しの興奮はあくまで、個人の内のもの。ある驚きを見知らぬ人と共有できて、それが、「その時・その場・その人たちだけ」が味わえる再現性のないものだというのが、貴重なのだと思う。
 「みんなの驚きが、我らの喜び」
 そんな単純なことで、劇団活動を続けてきたわけなので、今回のマイ・ミステリー・ベスト5もミステリー劇にこだわらせていただいた次第。

(つづく)

最新海外ミステリーニュース20091103(執筆者・木村二郎)

010/2009 CWA Historical Dagger Award winner
The Crime Writers Association of Britain announced on October 29 in London that Philip Kerr won the 2009 CWA Ellis Peters Historical Award for IF THE DEAD RISE NOT (Quercus, 2009), the sixth Bernie Gunther novel.


(補足)Ellis Peters Historica Award はCWA(一般に、英国推理作家協会と訳されてい ます)が主催で、エリス・ピーターズの文芸遺産相続人や出版元(Headline Books と Little Brown Book Group)がスポンサーで、3000ポンドの賞金がついています。2009年度の対象作品はイギリス版で2008年9月16日から2009年9月1 5日までとなっています(アメリカでは2010年に刊行予定)。