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第八回翻訳ミステリー大賞 決定!!

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2009-12-14

第1回翻訳ミステリー大賞1次投票、第7位の作品は……(執筆者・霜月蒼)

『ピザマンの事件簿 デリバリーは命がけ』

L・T・フォークス/鈴木恵訳

ヴィレッジブックス

 ご覧のようにコージー・ミステリ風の装丁の本作、コージーではあるけれど、いわゆるコージー・ミステリではない。いわゆるコージーとはちょっとちがう点がひとつあるからだ。

 コージーの読者の多くが女性なのは、作品の軸がガールズ・トークでできているせいだと思う。ところが本書の軸をなしているのは、「ボーイズ・トーク」なのである。そこが大きなちがいだ。だから男子にもおすすめしやすい。

 といっても「おい見ろよ、あのネエちゃんボインボインでウハーだな」みたいなオッサン・トークではないのでご注意。登場人物たちはそれなりにいい歳ではあるが、童貞臭さえするくらい、天真爛漫な爽快さが彼らのトークには満ちている。


 さて物語はどんなかと言えば、刑務所から出てきた元・大工の主人公「おれ」ことテリー・サルツ26歳が更生のために勤めはじめたピザ屋で、同僚のひとりが殺害され、テリーと仲間たちが謎を追う。というもの。だが、じつはこうしたミステリ部分は正直、付け足しみたいなものである。300ページあまりの本書の紙幅のほとんどは、テリーとピザ屋の仲間たちの交流で埋められている。

 だが、これがじつにいいのだ。ムショ帰りで仕事も妻も家も失くした主人公、というとダークで屈折したハードボイルドっぽい印象があるが、テリーにそういう鬱屈はカケラもない。仕事を真っ正直にやることに価値を見出すような一本気な男であって、友人が自宅にウッドデッキがほしいと呟けば、「材料だけ仕入れてくれりゃ、おれがタダでやってやるぜ」と気軽に言ってのける。周りを固める連中も、こういう男友達がいるといいよな、と思わせる、気のいい野郎ばっかりだ。そんななかに混じる17歳の美少女も、よりによって色気のまるでない「ジャクソン」なんてあだ名をつけられて、楽しげにボーイズ・トークと探偵ごっこに参加する。大人っぽいロマンスが起きたりもしない。

 どいつもこいつも大人になってないってことなのだ。そこがいい。共学の高校のクラブ活動とか、バイト帰りのファミレスでバカ話に興じてるときの感じとか、ああいうのを想像していただこう。本書はそういう小説なのだ。たいていヤなやつである警官も店主も保護観察官も、主人公の別れた妻でさえも気のいいやつらばかり。本書の唯一の不満は、たった300ページちょいで終わってしまうところだ。もっとずっと延々と、テリーと仲間たちのムダ話を聞いていたかった。


 ニューヨークやLAではないアメリカの小さな町の、洗練されていないがゆえの、のどかでまっすぐな空気。95ページのラスト1行からはじまる、アメリカン・ミステリならではの名シーンには、それが燦然と満ちていると思う。それを本書で存分に吸い込んでいただきたい。できれば、そのシーンのBGMになっているレーナード・スキナードを聴きながら。小説と音楽のマリアージュとして、これはなかなかのものなので。


 霜月蒼

レーナード・スキナード

レーナード・スキナード

※第1回翻訳ミステリー大賞1次予選順位

第1位 犬の力 上 (角川文庫)犬の力 下 (角川文庫)

第2位 ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下

第3位 ミレニアム2 上 火と戯れる女ミレニアム2 下 火と戯れる女

第3位 川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

第3位 グラーグ57〈上〉 (新潮文庫)グラーグ57〈下〉 (新潮文庫)

第6位 ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)ユダヤ警官同盟〈下〉 (新潮文庫)

布施由紀子のイチ押し本

シェイクスピア・シークレット』

ジェニファー・リー・キャレル(Jennifer Lee Carrell)/布施由紀子訳

角川書店 

発売日:2009/5/30


 自分の手がけた作品はどれもいとおしい。原文を隅々まで読み、著者の思いに寄り添いつつ、登場人物と何か月も苦楽をともにするのだから、当然、思い入れは深くなる。肩凝り、腰痛、眼精疲労と闘い、文字通り体を張って仕上げるのは、まさに産みの苦しみ。だからもう、ほとんどわが子のようなものだ。訳書は多くないのに(いや、だからこそ)1冊を選ぶのは、思いのほかむずかしかった。けれども今回は、そのなかでもいちばん手のかかった“末っ子”をイチ押しとさせていただくことにした。


シェイクスピア・シークレット』は、アメリカ人の女性シェイクスピア学者の手になる少々毛色の変わったミステリーだ。ノンストップ・スリラーの形を借りて、研究者がシェイクスピアとその作品にまつわる謎をフィクショナルな形で解いてみせる、アカデミックな思考実験小説なのである。物語の主人公ケイトも、著者と同じハーヴァード大学出身のシェイクスピア学者で、こちらのほうは、ロズという名の恩師の反対を押し切って演出家に転身、ロンドンのグローブ座の演技監督に就任したという設定になっている。


 そのケイトが2004年の夏、グローブ座で『ハムレット』の稽古に取り組んでいると、突然、ロズが訪ねてくる。彼女は、重要なものを見つけたので助けてほしいと言い、小箱をケイトに渡す。そして、それをあけたら「あなたはその先にあるものを追わざるをえなくなる」と告げる。詳しい話を聞くため、ケイトはロズとべつの場所で待ち合わせをするが、彼女は現れない。ほどなく、ショッキングな事件が起きて、ロズが遺体で発見される。事故死かと思われたが、他殺であることが判明。しかも、彼女はハムレットの父親と同じ方法で殺害されていた。重要なものとは何か。ロズを殺した犯人は誰か。その動機は? 小箱に隠された秘密とは? ケイトは自分を頼ろうとしたロズの思いに応えるため、解明に乗り出す。シェイクスピアの戯曲が関係していることがわかってくるが、ケイトの身にも見えない魔の手が迫ってくる……。


 シェイクスピア本人については、あまり多くのことがわかっていないため、別人説がびっくりするほどたくさん出ている。墓はあるが、実際にそこに遺体が埋葬されているのかどうかも、わけあって確かめられていない。また、彼の作品のなかには、上演記録は残っているのに、原稿の現存しない戯曲があり、その内容も謎のままとなっている。さらに、『ソネット集』に歌われた黄金の美青年と黒い貴婦人についても、実在の人物をモデルにしているようだが、それが誰だかさっぱりわからない。


 著者は、こうした謎の数々と、17世紀イングランドで起きた火薬陰謀事件やカトリック教徒への弾圧、スペインの新大陸進出といった史実をたくみに絡め、まるで大胆な仮説のような、あっと驚く物語を紡ぎ出していく。そのパワーがすごい。ネタバレになるから書けないのだけど(=読まないとわからないって意味です)、幻の戯曲の謎がまさかの展開を経て、思わぬところへとつながっていく。著者がシェイクスピアにまつわる素材を料理していく、その手並みに舌を巻く。


 原題は『骨とともに葬られて』(Interred with Their Bones)。戯曲『ジュリアス・シーザー』のせりふ、「人の悪行は死後も生きながらえるが、善行はしばしば骨とともに葬り去られてしまう」からとった言葉だ。最後までお読みいただくと、この言葉が二重、三重の重みを持ってずしんと胸に響いてくる。脇筋として語られる、17世紀の、そして19世紀の恋人たちの物語も心に残るだろう。そこに著者の熱い思いがこめられている。


 自分で言うのもなんだけど、紹介しているうちに、また読みたくなってしまった。この本をきっかけに、シェイクスピアに興味を持ち、劇場へ足を運んでみた人もいると聞く。もしかすると、それが著者の狙いだったりするのかもしれない。