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2010-09-21

初心者のためのパレツキー入門(執筆者:山本やよい)

 25年前、早川書房の編集者から、「いまアメリカで話題の、女性探偵が主人公のハードボイルドがあるんですが、訳してみませんか」というお話があった。

「あの〜、わたし、ハードボイルド、苦手なんですけどォ……」

「じゃ、ハードボイルドだと思わずに訳しましょう」

「へ……?」

 と、まあ、わけのわからないやりとりを経て訳すことになったのが、シカゴの私立探偵V・I・ウォーショースキーが活躍する、サラ・パレツキーのデビュー作『サマータイム・ブルース』だった。ちなみにこの作品、アメリカで出版に漕ぎつけるまでに、いくつもの出版社に持ちこんで、そのたびにことわられたという。ことわった数々の出版社は、いまごろきっと、悔しがっていることだろう。

 ウォーショースキー・シリーズは現在、14作出版されている。13作目まで翻訳済み。14作目の『Bodywork』のみ未訳。


 最初に読んでいただきたいのは、やはり『サマータイム・ブルース』。V・Iの世界を知るうえで、ぜったいに欠かせない作品である。このほど、新版として、池上冬樹氏の解説つきで装いも新たにお目見えした。いったんひきうけた仕事は最後までやり抜く、暴力にも権力にも屈しない、弱い者、虐げられた者のために奔走する。その一方で、掃除は苦手、整理整頓も苦手。隣人のミスタ・コントレーラスに叱られてばかり。そんなV・Iとの出会いは、ぜひともこの作品から!


 2作目の『レイクサイド・ストーリー』は、大好きないとこの死をきっかけに、V・Iが海運業界がらみの事件を追うというもの。キャスリーン・ターナー主演で映画化されたが、赤いハイヒール・フェチのV・Iと、やつれた老女といった雰囲気のロティを見て、

「ちょっと違うんじゃないの?」と思った記憶がある。


 8作目『バースデイ・ブルー』で40歳の誕生日を迎え、9作目『ハード・タイム』で刑務所にぶちこまれ、11作目『ブラック・リスト』では、9.11後のアメリカ社会に生きるV・Iの姿が描かれている。デビュー作では30代だった彼女が、シリーズと共に年をとってきて、40歳を越えたあたりから老後への不安を口にすることが多くなっていたが、最近は吹っ切れたのか、昔の元気なV・Iに戻ってきたように思う。

バースデイ・ブルー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

バースデイ・ブルー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ブラック・リスト (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ブラック・リスト (ハヤカワ・ミステリ文庫)


 この9月に翻訳出版された『ミッドナイト・ララバイ』でも、「絶対にあきらめない!」と宣伝コピーにあるとおり、V・Iは40年前の事件を徹底的に追いかける。警察に尋問されて、「わたしがとった行動の理由をいちいち説明するよう、警察やFBIから求められるのには、つくづくうんざりだわ。ここはイランなの? それとも、アメリカ?」といったセリフには、最近のアメリカの情勢に対する著者の苛立ちが皮肉たっぷりにこめられている。


 長篇のほかに、早川書房が独自に編纂した短篇集『ヴィク・ストーリーズ』もある。長篇に比べると軽いタッチなので、気軽に読んでもらえると思う。


 それから、シリーズ以外の長篇が2作出ている。『ゴースト・カントリー』と『ブラッディ・カンザス』。


『ゴースト・カントリー』は不思議な能力を持ったホームレスの女性が登場する、なんとも幻想的な物語。


『ブラッディ・カンザス』のほうは、シカゴ以外の場所を舞台にして書かれた唯一のもので、カンザスの大地に生きる人々を重厚な筆致で描いた力作である。じつをいうと、個人的には、パレツキー作品のなかでもっとも強く印象に残っている。とくに、マイラ・シャーペンというバアサマのキャラが強烈で、いまだに夢でうなされるほどだ。

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)


 シリーズ最新作『Bodywork』に、「そろそろ田舎へひっこんで、ミスタ・コントレーラスと犬2匹と一緒にのんびり暮らそうかなあ」というV・Iのひとり言があり、「ん? シリーズが終わってしまうの?」と焦ったが、最後まで読んでみたら、そういう展開にはなっていなかった。颯爽としたV・Iの活躍がこれからも楽しめそうで、とりあえずホッとした。この翻訳は来年あたりお届けできると思う。V・Iはますます元気。お楽しみに!


SauleSaule 2010/09/23 10:34 パレツキーと同世代のファンです。彼女の作品をずっと追って来て、「Hardball(邦題「ミッドナイト・ララバイ」)も出版後すぐに読みました。同世代の感想を一言。

今回の「Hardball」で描かれたのは、40年も昔の殺人事件でした。公民権運動の只中の1966年のアメリカで、それも、シカゴでのキング牧師のデモ行進に参加していた女性活動家が殺された事件です。本の最初の「謝辞」で、パレツキーは、自身、この時期のシカゴで子供たちの教育にかかわるボランティアをやっており、このときの経験が、自分のその後の生涯を決定した、と書いています。彼女自身のその社会運動の体験に加えて、ヒロインのヴィクについては、ヴィクと父親の関係が大きくとりあげられています。ヒロインのヴィクは、母親がイタリア系移民の音楽教師、父親がポーランド系移民の警官と設定されていますが、本書「Hardball」に使われる、下層の移民の家庭から初めて大学に進んだヴィクに、父親が書いた手紙が感動的です。実は、殺人事件の捜査の過程で、当時、シカゴ警察に在職していたはずの父が、人種差別が深く絡むこの事件にどのように対応したのかというのが、事件の解決以上にヒロインを悩ませる問題として設定されています。これについては(いわゆる「ネタバレ」になりますが)、ヴィクの父トニーは、白人による黒人運動家殺害を隠蔽しようとするシカゴ警察内部の問題を指摘して、その後は昇進の道を絶たれることになりました。ただし、ヴィクは、問題の指摘以上のこと、つまり、問題解決に向けて動くことまで父親に期待したと思われるのですが、すでに、貧窮の中で養うべき・かつ愛する家族を抱えていたトニーは、それ以上のことはしませんでした。このことが、手紙の中で語られます。「わたしは、悔いのない生活を送ってきたが、いくつかの選択はせざるを得なかった。家族で初めて大学教育を受け、今、何も束縛なく自由に出発するきみが、今後も自由であることを!」(意訳)という手紙です。
この手紙、それから、事件捜査の過程でヴィクに協力し、結局自らも殺されることになるシスター・フランシスが、「She worked her whole life for social justice and civil liberties ・・・」(「彼女は生涯を社会正義と市民の自由に捧げた」)と回想されるところが感動的です。
社会正義と市民の自由、アメリカでは、公民権運動がその象徴であり、かつ頂点となったのですね。同時期のヨーロッパを、フランスでの68年革命を始めとする既成秩序への「異議申し立て」が席捲していたのでした。欧米、特にヨーロッパの動向は日本にも大きな影響を及ぼしました(大学紛争)し、社会史の泰斗、ウォーラーステインは「68年」を現代史の転換点として位置づけてもいます。このときの運動の主目標は何であったか、この運動で獲得されたものは何か、そのときに中心となって運動した人たちはその後どうなったか、その後から現在に至るまでこの時期の運動はどのようにその国の社会に影響したか、について、アメリカ・ヨーロッパ・日本で大きな違いがあるように思われます。
アメリカでは、昨年のオバマ対ヒラリー・クリントンの対決でオバマが勝利し、そのときに、しばしば引用されたのは、公民権運動、というよりも、キング牧師でした。ヨーロッパでは、その後、現在に至るまでの間に、男女同権はほぼ定着し、市民の権利の問題は、児童・障害者・移民・高齢者・性的マイノリティなどへと分野が移っていると思えますが、日本では、男女同権どころか、男の中でさえ、成功者・正規雇用者と、失敗者・非正規雇用者との格差が広がり、そして、「一億総中流」と言われた時代(1970・80年代)に比して、前者(成功者・正規雇用者)のサークルが縮まりつつある印象を受けます。
話が逸れましたが、推理小説という枠の中で、アメリカ社会の市民運動と、そして、その担い手となった自分の世代のあり方についての回顧を果たした女性の小説として、私はこの「Hardball」に感銘を受けました。

一言じゃなかったですね。長くなってすみません。