漢<オトコ>の教科書 ベスト5(執筆者・福田和代)

 
子どものころ、『ブラッディ・ドール』シリーズ(北方謙三)は私の教科書であった。学生時代、マイ・シェーカーを手に入れて、ひそかに振り方を練習した。長じて不良会社員になると、夜な夜な大阪キタの繁華街、堂山町ショットバーに出没し、年齢も性別も不詳の怪しげな客たちとカウンターに並び、ほの暗い照明のもとでひたすらバーボンを流し込んだ。気分は『ブラッディ・ドール』、だったわけだ。


小説とはオトコを磨く教科書と、私は心得ている。
カン違いしてもらいたくないのだが、オトコとは、生物学的な雌雄とはまた別の話である。
ジェンダー・フリー男女共同参画などとも、むろん関係がない。
オトコとは、そのような表面的な現象よりも、もっと深いところで自由な生き物であり、あるいは逆に不自由に生きることを自分に課した生き物なのである。


で、漢<オトコ>の教科書を五冊ばかり選んでみた。


定番五冊じゃないかとか、マクリーンが抜けてるぞとか、いろいろなご批判は覚悟のうえで。(冒険小説好きは、読者がまたアツイからなあ……)


『悪党パーカー/人狩りリチャード・スターク
悪党パーカー/人狩り (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 23‐1))

“こんなことができるのも、彼女だけだ。彼は、この女に行きあうまで、女のために厄介ごとにまきこまれたことはなかった。これからも、二度とないだろう。”(小鷹信光訳)

いまやほとんど死語と化してしまった、「やせ我慢」の美学。
愛した妻と仲間に裏切られ、刑務所から逃げだした悪党パーカー。
冒頭近く、妻の死に顔を見ての言葉がこれなんである。こんな言葉を吐いておいて、次のシーンでは妻の死体を公園にゴミのように捨てに行くのである! この悪党〜!!
この悪党、自分より強い敵にどんどん噛みついていく。相手が強ければ強いほど、態度はデカくなり闘争心が燃えさかる。ちょっと心が弱ったかな、と思った時の特効薬にいかが。


『初秋』(ロバート・B・パーカー)
初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)
オトコもそうでないものも、生き物である限りその命には限りがある。わたしも、あなたも、いつかはこの世からおさらばする存在だ。獲得した技能も知恵も思いも、わたしたちと一緒に火葬され煙とともに消える運命だ。なんと、もったいない。
スペンサーはこの物語のなかで、ひねくれて自分の中に閉じこもってしまった十五歳の少年ポール・ジャコミンを立派なオトコに育て上げる。オトコは次の世代のオトコを育ててこそ、一人前のオトコと言えるのだ!


『深夜プラス1』ギャビン・ライアル
深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

“ただ、銃に対して彼なりの意見があればそれでいい。自分が選んだ銃に命をかける人間にとっては、銃に関する評価の基本になるのはあくまで自分自身の信念であって、他人の意見の入る余地はない。”(菊池光訳)

この小説が、これまで無類の冒険小説好きにどのように受け入れられてきたかは、同名の専門店(先日閉店されましたが)や、ショットバーが各地に点在し、今なお愛されていることを見れば一目瞭然。
これはプロフェッショナルを描く小説である。戦時中は情報部員としてフランスのレジスタンスを支援していたカントンが、ある男を守りリヒテンシュタインまで送り届ける仕事を請け負う。次から次へと襲いくる苦難と攻撃の数々。これでもか!という苦労を乗り越えるカントンに、仕事の苦労とか重ねて読んでくださると吉。


『鷲は舞い降りた』(ジャック・ヒギンズ)
鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫 NV 263)
“「そのとおりだ、ミスタ・デヴリン。一つ、おききしたい。きみはなぜ行くのだ?」
「答えはかんたんだ。そこに冒険があるからだ。おれは、偉大なる冒険家の最後の一人なのだ」”
目的はチャーチル首相誘拐。ヒトラーの密命を帯びたドイツ落下傘部隊の精鋭たちが、イギリスに降下する。
実行部隊の彼らは、いまさらチャーチルを誘拐したところで戦況がドイツに有利になるとはこれっぽっちも考えておらず、したがって最終的な目的にはまったく期待を抱いていない。陰謀によって、いやおうなくミッションに組み込まれていく彼らは、それでもミッションの完全遂行をめざして努力する――。
現実の社会には、往々にしてこの手の理不尽な命令や目標があふれているもの。「またかよ!」と思ったときには、上司に悪態をつく前に、ぜひこの本を読んで心を鎮め、「そこに冒険があるからだ」と呟きながら、新たな使命にまい進していただきたいもの。


『大穴』『利腕』(ディック・フランシス)
大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12‐18))
しめくくりはディック・フランシスの競馬シリーズから。
競馬シリーズは、そのほとんどが一冊ごとに主人公が異なる。『大穴』で登場した、もと騎手で現在は探偵事務所に勤務しているシッド・ハレーだけが、その例外だ。『大穴』『利腕』『敵手』『再起』、つごう四作において主人公をつとめている。特に、八年に及ぶブランクの後で書かれた『再起』が、シッド・ハレーものであることには、作者の強い思い入れを感じる。しかし、ここではひとまず、初期に書かれたこの二冊(『大穴』『利腕』)を取り上げたい。ここで描かれるのは、「不屈の闘志」である。
かつて一流の障害騎手として鳴らしたハレーは、レース中の事故で片腕に障害を残し、騎手生命を断たれた。義理の父親の配慮で探偵事務所に勤務するが、「感じのいい、気のきいた冗談を言う灰」のような男と言われるほど、生ける屍状態になっていたわけだ。
その彼が、どのように復活するか――ぜひ、本二作でお確かめいただきたい。
ちなみに、『利腕』のラストはあまたある冒険小説のラストの中でも、出色のできばえ。初読の際、脳天をがつんと水晶の塊でどつかれたような、すさまじい興奮を覚えたことを記憶している。いつかこれに比類するラストシーンを書いてみたいと願っているが、いまだにうまくいかないのである。


さあ、オトコたちよ。
今宵も冒険小説を傍らに、バーボンのグラスを傾けながら、魂のぜい肉を落とそうではありませんか!
 

ハイ・アラート

ハイ・アラート

オーディンの鴉

オーディンの鴉

プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)

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さらば、荒野 (角川文庫 (6022))

さらば、荒野 (角川文庫 (6022))


福田 和代(フクダ カズヨ)
1967年神戸市生まれ。神戸大学工学部卒。2007年、陸の孤島と化した関西国際空港を舞台にハイジャック犯と警察との攻防を描いた『ヴィズ・ゼロ』 (青心社刊)で力強いデビューを飾る。専門知識を活かした取材力と高いリーダビリティが話題となった。また2008年に上梓した長篇第2作、テロリストが起こす未曽有の東京大停電とそれに立ち向かう人々を描いた『TOKYO BLACKOUT』(東京創元社刊)も大好評を博した。最新作は、天才ハッカー“プロメテ”の息詰まる頭脳戦を描いた『プロメテウス・トラップ』(早川書房)、情報管理化が進むインターネット社会の“闇”を抉る『オーディンの鴉』(朝日新聞出版)、同時多発テロ現代社会のひずみを描いた『ハイ・アラート』(徳間書店)。

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