第十一回はニナ・ライトの巻(執筆者・片山奈緒美)

 
 今回ご紹介する原書は、わたくし犬好き翻訳者のカタヤマがジャケ買いならぬ表紙買いした作品。青空の下、長毛の大型犬が野原をのんびり散歩中。ああ、いいなぁ。大型犬の鷹揚な感じが出ているなぁ。このいかにもお嬢さま犬っぽい大型犬が活躍するミステリなのかなあ。のどかな雰囲気だけれど、ストーリーもゆったりとしているのかな、どれどれ……と読みはじめたら、止まらない! やった! (表紙買いした本がおもしろかったとき、まるで博打で大当たりしたかのような勝ち誇った気分になるのはなぜだろう?)
 

Whiskey on the Rocks: A Whiskey Mattimoe Mystery

Whiskey on the Rocks: A Whiskey Mattimoe Mystery

 主人公は5カ月半前に15歳年上の最愛の夫を亡くしたウィスキー。酒豪の未亡人かと思えば、とりたててアルコールとは関係がないらしく、亡夫が残した不動産会社をしらふでいたってまじめに経営している。ミシガン湖沿いのリゾート地マグネット・スプリングスの物件を中心に扱っているため、物件が増える観光シーズン前は大忙しだ。
 ウィスキーはしばしば近所のマッサージ・サロンを訪れる。友人のヌーナンに疲れた体を揉みほぐしてもらいながら世間話に興じるのだ。
 

 彼はここに横たわっていたの。いまのあなたと同じようにね。ただ、あちらは死んでいたけど。

 
 これは第1章の冒頭、ヌーナンのセリフだ。さて揉んでもらおうと治療台の上で体を弛緩させていたウィスキーは、きっと瞬時に全身が硬直したにちがいない。「もちろん、シーツは替えたわよ」とかそんな問題ではなく、さっきまで死体があった場所に自分が寝ているだなんて、想像しただけで寒気がする。
 
 ともかく、このリゾート地にふらりとやってきた30代の男性客が、ヌーナンの施術中に心臓発作で死んだという話から物語が始まる。
 亡くなった男性は偽名を使ってサロンを訪れ、施術中のおしゃべりでも自分の出身地やこれから向かう土地についても嘘をついていた。いかにも健康そうな体だったが、ヌーナンが気づいたときには死んでいた。
 すぐに男性の妻エリアナと彼女のきょうだいのエドワードが、国境を越えてカナダからマグネット・スプリングスにやってくる。男性が心臓発作で突然死するには若くて健康体だったので、警察に協力して死因を確認するためだった。また、エリアナは夫がこのリゾート地で誰かと秘密の関係を持っていたのではないかと疑っていた。そこで腰を落ちつけて調査し、夫の不倫相手を探すことにしたエリアナは、ウィスキーの会社の仲介である家を借りた。
 ところが、その借家に強盗がはいり、エリアナは頭を大理石のブックエンドで強打されて殺害される。彼女の死体を発見したエドワードはさぞかし打ちひしがれているだろうと思いきや、意外に落ちついていた。そして、警察はエドワードも偽名を使っていることをつかむ。静かなリゾート地で立て続けに人が死に、しかも当事者が身分を偽っている――いったいこの事件はどこへ向かうのだろう?
 エリアナに物件を紹介したウィスキーは成り行き上、警察の捜査に協力することになってしまった。客商売の身としては、殺人事件にかかわるのは好ましくない。おまけに不運なことに、このところ彼女の会社や仲介物件に事件が続いていた。高価な絵画が盗まれたり、リゾート地の物件には欠かせない警報装置に不具合が見つかったり、部下のミスで顧客から苦情が寄せられ、不動産業界団体から加盟店としての規約違反を問われたり。ああ、トラブルはもううんざり……というウィスキーのぼやきが聞こえてきそうだ。
 
 そんなこんなで疲れきっているところに、ウィスキーは亡夫レオの置き土産アブラの悪癖に振りまわされる。生前、レオがたいそうかわいがっていたこのアフガンハウンド犬は、正直なところウィスキーにあまりなついていない。レオは車を運転中に心臓発作を起こし、そのまま交通事故で即死したが、そのとき同乗していたウィスキーは怪我、アブラは無傷だった。アブラはその不幸な事故を理解しているかのようだ。「どうしてウィスキーが生き残って、あたしのレオが死んだのよ!」とでも言いたげに高慢ちきなお姫さまよろしく勝手気ままにふるまう。そして、あろうことか他人様のハンドバッグやら財布やらをひったくるのがご趣味ときている。そのひったくりの腕前たるや、地元の判事が「犬を裁くわけにはいかないので、なんとかならないかね」とウィスキーにアブラの管理徹底を申しわたすほどの鮮やかさだ。おまけに、たまたまひったくった財布から、なんと切断された人の指が見つかり……そう、わたしが「いいなぁ。のどかだな」と思った表紙のイラストは「ザ・ひったくり」犬の絵だったのだ!
 
 そんな平穏とは無縁な毎日、一見、元気に仕事をこなしているように見えるウィスキーだが、実はまた夫レオの死から立ち直っていない。レオが大切にしていたアブラといまひとつ心を通わせられないのも悩みの種だ。だから、以前からアブラに異常な関心を示していた変質者にアブラを誘拐され、のちにアブラが家に帰ってきたとき、ウィスキーが「レオの一部を取りもどした気分だ」と語る場面にはほろりとさせられる。
 
 また、この作品の脇をかためる登場人物たちがおもしろい。冒頭に登場するウィスキーの友人ヌーナンはスピリチュアル・カウンセラーで、誰かがどこかで止めないと、どこまでもディープなスピリチュアル世界について語りつづけるし、ウィスキーの部下オデットは、まるで超能力者のように電話の声だけで相手の人となりを言いあてる名人。そして、アブラに手を焼くウィスキーを見かねて、アブラのしつけ係を買って出るのがウィスキーの隣家の少年チェスター。著名なシンガーで留守がちな母とふたり暮らしの彼は、まだ8歳ながら妙に大人びていて、やすやすとアブラを手なずけ、ウィスキーのアブラに対する態度に意見する。どの人物も個性豊かで、それぞれの顔を思い描けそうなくらい、くっきりはっきりとキャラ立ちしているのだ。
 
 表紙の犬につられて買ったペーパーバックでたっぷり楽しませてもらったこの作品はウィスキー・シリーズ第1作で、現在5作目まで刊行済み。第1作のみkindle版も手にはいる。

題名(AmazonJPリンク) 刊行年など 表紙
Whiskey on the Rocks 2005: 本作・kindle版あり Whiskey on the Rocks: A Whiskey Mattimoe Mystery
Whiskey Straight Up 2006 Whiskey Straight Up (A Whiskey Mattimoe Mystery)
Whiskey and Tonic 2007 Whiskey and Tonic: A Whiskey Mattimoe Mystery
Whiskey and Water 2008 Whiskey and Water: A Whiskey Mattimoe Mystery
Whiskey with a Twist 2009 Whiskey With a Twist (Whiskey Mattimoe Mystery)

 
 著者ニナ・ライトミシガン湖畔と犬をこよなく愛しているといい、静かな湖畔リゾートの町で起こる事件とウィスキー(とアブラ)の物語はまだ続くのではないかとおおいに期待している。
 
ニナ・ライト公式サイトhttp://www.ninawright.net/index.html
 
■片山奈緒(かたやま なおみ)翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリの訳書はリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズ。自他共にみとめる犬好きで、犬がらみの書籍の翻訳にも精力的に取り組んでいる。最新訳書は、事故で記憶を失い、車いす生活になった元英国軍人を救った奇跡の介助犬の実話『エンダル』(アレン&サンドラ・パートン著)。

片山さんのブログ「ただいま翻訳中!」→
Twitterアカウント@naolynne
 

愛犬をつれた名探偵 ペット探偵 1 (RHブックス・プラス)

愛犬をつれた名探偵 ペット探偵 1 (RHブックス・プラス)

スプライト

スプライト

 

早川書房 11月の新刊

 
『最後の音楽』/Exit Music (2007)
イアン・ランキン(著)/延原 泰子(訳)
ISBN:978-4-15-001841-2/刊行日:2010/11/10
定価2,205円(税込)/ハヤカワ・ミステリ


〈ハヤカワ・ミステリ1841〉クリスマス近づく夜、エジンバラ城脇の寂しい道で、ひとりの男が撲殺された。被害者は、ロシアから逃れてきた亡命詩人。引退を翌週に控えたリーバスは、なんとしても事件を解決せねばと焦る。捜査線上にはあの宿敵カファティの影も浮かんできた。しかし外交と政治の迷路にはまり、思うように捜査は進まない。最終日は容赦なく迫ってくる。そしていつものごとく直感を信じ、自分流に行動するリーバスに、まさかの厳しい処分が…。リーバスは有終の美を飾れるのか?イギリス・ミステリ界が誇る孤高の刑事、最後の事件。


最後の音楽―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

最後の音楽―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


『盗まれた貴婦人』/Painted Ladies (2010)
ロバート・B・パーカー(著)/加賀山 卓朗(訳)
ISBN:978-4-15-209173-4/刊行日:2010/11/10
定価1,995円(税込)/ハヤカワ・ノヴェルズ(46判上製単行本)


スペンサー、歴史の闇に挑む! 原点回帰のハードボイルド・アクション


17世紀の名画『貴婦人と小鳥』が美術館から盗まれた。犯人からは絵に身代金を払えとの要求があり、美術史教授プリンスが受け渡しに向かうことになる。その護衛を務めることになったスペンサーだったが、受け渡しは悲惨な失敗に終わった! 絵は戻らず、プリンスは命を落としてしまう。
スペンサーは依頼料を美術館に返し、自らの手で事件に片をつけるべく動き出した。調査の糸口を探し、美術館の顧問弁護士や絵の保険を受けていた保険会社の請求担当者、さらにプリンスの教え子らに聞き込みを試みるものの、事件の全容は杳として知れない。そんな中、スペンサーのオフィスを武装した男たちが襲撃する。間一髪、スペンサーが撃退した彼らの腕には、奇妙なことにアウシュヴィッツ強制収容所ユダヤ人捕虜に彫られたものと同じ刺青が……。点と点とをつなぐ線、それは『貴婦人と小鳥』のたどってきた激動の来歴そのものに隠されていた――。 シリーズ初期を思わせるアクションとサスペンスに満ちた注目作。


盗まれた貴婦人 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

盗まれた貴婦人 (ハヤカワ・ノヴェルズ)


そして誰もいなくなった/And Then There were None (1939)
アガサ・クリスティー(著)/青木 久惠(訳)
ISBN:978-4-15-131080-5/刊行日:2010/11/10
定価798円(税込)/クリスティー文庫


アガサ・クリスティー生誕120周年記念 新訳版が期間限定カバーで登場 無気味に流れる童謡の調べに乗り、孤島に招かれた人々が、一人また一人と殺されてゆく


その孤島に招き寄せられたのは、たがいに面識もない、職業や年齢もさまざまな十人の男女だった。だが、招待主の姿は島にはなく、やがて夕食の席上、彼らの過去の犯罪を暴き立てる謎の声が……そして無気味な童謡の歌詞通りに、彼らが一人ずつ殺されてゆく! 強烈なサスペンスに彩られた最高傑作! 新訳決定版! (解説 赤川次郎/装幀 真鍋博[1976年4月刊行のハヤカワ・ミステリ文庫『そして誰もいなくなった』の装画を復刻しました])


そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

■人気連載「アガサ・クリスティー攻略作戦」バックナンバーはこちらをクリック


『五匹の子豚』/Five Little Pigs (1943)
アガサ・クリスティー(著)/山本 やよい(訳)
ISBN:978-4-15-131021-8/刊行日:2010/11/10
定価903円(税込)/クリスティー文庫


アガサ・クリスティー生誕120周年記念 新訳版が期間限定カバーで登場
名探偵の前に立ちはだかる時間の壁


16年前、高名な画家だった父を毒殺した容疑で裁判にかけられ、獄中で亡くなった母。でも母は無実だったのです……娘の依頼に心を動かされたポアロは、事件の再調査に着手する。当時の関係者の証言を丹念に集める調査の末に、ポアロが探り当てる事件の真相とは? 過去の殺人をテーマにした代表作を最新訳で贈る! (解説:千街晶之/装幀:真鍋博[1977年2月刊行のハヤカワ・ミステリ文庫『五匹の子豚』の装画を復刻しました])


■アガサ・クリスティー攻略作戦 第二十一回(『五匹の子豚』の回)はこちらをクリック


『アースバウンド―地縛霊―』/Earthbound (1989)
リチャード・マシスン(著)/尾之上 浩司(訳)
ISBN:978-4-15-041229-6/刊行日:2010/11/25
定価861円(税込)/ハヤカワ文庫NV


〈巨匠中の巨匠マシスンが放つ、本格ゴースト・ホラー〉その家に入ってはいけない! 美しき恐怖が待っているから。『アイ・アム・レジェンド』『運命のボタン』の巨匠が紡いだ、幻の名作


夫の不倫で険悪になった夫婦関係を修復しようと、かつてハネムーンで訪れたローガンビーチに別荘を借りたクーパー夫妻。だが妻のエレンはその家にただならぬものを感じる。いっぽう夫のデイヴィッドは、エレンの外出中に突然訪ねて来た若い美女マリアンナと知り合いになった。あからさまに誘惑するマリアンナに魅かれるデイヴィッド。だが近くに住む老婦人の話がすべてを一変させた……巨匠が描く、本格ゴースト・ホラー


アースバウンド ―地縛霊― (ハヤカワ文庫NV)

アースバウンド ―地縛霊― (ハヤカワ文庫NV)


『騙す骨』/Skull Duggery (2009)
アーロン・エルキンズ(著)/青木 久惠(訳)
ISBN:978-4-15-175111-0/刊行日:2010/11/25
定価882円(税込)/ハヤカワ・ミステリ文庫


〈スケルトン探偵シリーズ〉メキシコののどかな村で見つかった、少女の白骨、ミイラ化死体の銃創、先住民の古い骨が隠す秘密とは?


妻ジュリーの親族に招かれ、メキシコの田舎を訪れたギデオン夫婦。だが平和なはずのその村では、不審な死体が二体も見つかっていた。銃創があるのに弾の出口も弾自体も見当たらないミイラ化死体と、小さな村なのに身元が全く不明の少女の白骨死体だ。村の警察署長の依頼で鑑定を試みたギデオンは次々と思わぬ事実を明らかにするが、それを喜ばぬ何者かが彼の命を狙い……スケルトン探偵が一片の骨から迷宮入り寸前の謎を解く。


騙す骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 エ 3-11)

騙す骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 エ 3-11)