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2011-01-18

候補じゃないけどこれも読め! 第2回『ラスト・チャイルド』(執筆者・古屋美登里)

 

ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 節穴ですか? みなさんの目は節穴なんですか?

 

 翻訳ミステリー大賞第一次選考作品を見た瞬間、わたしは思わず呟いていました。申し訳ありません、選考に残った作品を否定するつもりなんか毛の先ほどもありません。どれも素晴らしいミステリーです。『古書の来歴』は、古書に秘められた謎をひとつひとつ物語として明らかにしていく手法が見事でしたし、『音もなく少女』では、思わず腕まくりして三人の女性を応援しました。『卵をめぐる祖父の戦争』の手に汗握る展開と最後のシーンには感じ入りました。コーリャはかなり好きなタイプです。

 しかしですよ、なぜ『ラスト・チャイルド』がない? みなさん、お忘れですか、あの素晴らしくも胸痛む結末を。妹を案じ、父母を慕う少年の気持ちを? 「ラスト・チャイルド」の本当の意味が明かされたときに襲ってくる悲しみを。土地にまつわる人の思いの強さを。ジョン・ハートの圧倒的な筆力を。

 もっとも『ラスト・チャイルド』の素晴らしさは、そうした思いを超えたところにあるんですね。失踪事件にかかわる人々の苦しみ、失われた時間への哀惜、真実を知りたいという欲求などに牽引されて、この物語は前へ前へと進んでいきます。行方不明になった妹を捜し続ける少年ジョニーと、事件を追うひとりの刑事によって解かれていくのは、いくつもの家族の歴史であり、土地の歴史であり、アメリカという国の姿でした。

 この作品を読みながら、わたしは村上春樹海辺のカフカを思い出しました。少年が主人公であったり、心に棲む「カラス」や無垢な魂を持った「中田さん」を彷彿とさせるものがあったりするからというだけではもちろんありません。目に見える表の世界の下には、いくつもの見えない物語があり、人が本当に生きているのはその裏の物語であったりするわけです。そうした、人がはまりこんでしまった裏側の世界を、この作品は丹念にあぶり出していきます。それによっていくつもの伏線がひとつにまとまるときの解放感たるや、実に清々しいものでした。

『ラスト・チャイルド』をお読みになれば、冒頭のわたしの嘆きに賛同される方も多いのでは、と思うのですが。あ、そうか。きっと、この作品を読んだ方が少なかったんですね。そうか、そうか。でしたら、すぐにお読みください。

 節穴がつぶらな瞳になること請け合いです。 


古屋美登里(ふるや みどり)1956年生まれ。早稲田大学教育学部卒。翻訳家、書評家、倉橋由美子作品復刊推進委員会会長(自称)。主な訳書にダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』(講談社)、ラッタウット・ラープチャルーンサップ『観光』(早川epi文庫)、クレア・メスード『ニューヨーク・チルドレン』、アイラ・モーリー『日曜日の空は』(以上早川書房)など。二月にダニエル・タメット『天才が語る――サヴァンアスペルガー共感覚の世界』(講談社)と、レナ・ゲリッセン他『レナの約束』(中公文庫)が出版される予定。

 

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ラスト・チャイルド (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1836)

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川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

 

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TVを消して本を読め!第十五回(執筆者・堺三保/挿絵・水玉螢之丞)

 

第15回 ホームズ譚を現代化した、野心的なリメイク作品「シャーロック」

 

 ちょうど去年の今頃、この連載で、シャーロック・ホームズについて書いていたのですが、皆さんご記憶でしょうか?

 あの頃は、ちょうどガイ・リッチー監督版の映画シャーロック・ホームズが封切られようとしてたんですよね。あの映画は、ホームズ譚の冒険物語的な要素をクローズアップした、アクション満載の冒険活劇でした。

 武術の達人であるホームズと、元軍人で銃器に扱いに長けたワトソンという、武闘派コンビとして描いてみせたところや、ホームズがワトソンに思いきり寄っかかって生きているツンデレぶりが、かなりおもしろかったですよね。

 さて、実は昨年は、シャーロック・ホームズの新釈版として、BBCも新たなテレビドラマを放送、イギリスで話題となっていたのでした。それが、今回ご紹介する「シャーロック」です。

 なんとこの「シャーロック」、現代を舞台にホームズ譚をリメイクするという、超荒技に挑戦した挑戦的な意欲作なのです。

 

 アフガン従軍によって負傷、帰国した軍医のワトソンが、ひょんなことからシャーロック・ホームズと知り合い、同居するようになって、ホームズと共に難事件に挑んでいくようになるという設定は、まさに原作そのままなのですが、それにいちいち現代的なアレンジが加わっているのが、まず何よりもおもしろいところ。

 なにせ、ワトソンはアフガン従軍でPTSDを患い、精神科医に「日記をつけなさい」と言われて、ブログを開設、そこにホームズと関わった事件について書き込み始めちゃうんですよ。

 ホームズは完璧な人格障害者で、スリルを感じないと生きていけないため、無償で警察に協力している、自称「探偵コンサルタント」。情報機関に勤める兄マイクロフトのことを「権力の走狗」として毛嫌いしている(でも、マイクロフトのほうは弟のことが心配で、24時間体制で監視している)有様。

 そして、宿敵であるモリアーティは、まさにホームズとコインの裏表のようなサイコパスで、スリルを求めて「犯罪コンサルタント」をしているうえに、ライバルが欲しくてホームズにちょっかいをかけてくるという、バットマンとジョーカーの関係をさらに病的にしたような設定となっています(このモリアーティは、今までにないくらい恐いキャラです)。

 

 ストーリーのほうも、原作のモチーフをふんだんに取り入れながらも、独自の展開や解決へとたどり着く、オリジナルのものになっています。

 たとえば、第一話の「桃色の研究」は、タイトルからわかるように、原作第一作の『緋色の研究』を元にしているのですが、殺人事件のシチュエーションは原作通りなのに、犯人の正体や動機はまったく別物なのです。

 前半の場面で、得意げに「この女性はドイツ人だね。その床に書かれた文字は、ドイツ語で『復讐』という意味だ」と話しかけてきた検死医に対して、「何をバカな。この女性はカーディフ(イギリスの一都市)に住んでるイギリス人だ。これはレイチェルと書こうとして途中で息絶えたんだよ」とホームズが切って捨ててしまったあたりで、見ている私の方も、「こりゃ、原作とは全然違う事件だ!」と俄然身構えてしまいました。

 とはいえ、いろいろ変えているからといって、原作を尊重していないということではなく、「現代に合うようにするにはどこを変えるか」を考え抜いた様子が見られるところが、この作品の良いところでしょう。

 何より、ホームズの推理方法自体は、原作とまったく変わっていないところが良いです。証拠を細かく観察し、演繹的な推論と消去法で、一見とっぴに思える結論を導き出していくあたりの描写は、すごくがんばってます。

 また、ファン向けの細かいくすぐりも満載で、中でも、ワトソンの負傷箇所が足か肩かについても、ちゃんと新説を提示してくれてるところなんかも、すごく笑えました

 ホームズ役には、映画「つぐない」「ブーリン家の姉妹」にも出演していたベネディクト・カンバーバッチ。まさに、イギリス的な二枚目といった感じの好男子です。

 一方、ワトソンを演じるマーティン・フリーマンは、映画銀河ヒッチハイク・ガイドレンブラントの夜警」などに出ていた、生真面目そうな雰囲気の人。なんと、今年撮影予定の映画版ホビットの主人公、ビルボ・バギンズ役に決定しています。

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 個人的には、脇を固めるハドソン夫人とレストレード警部が、すごく「いい人」っぽくて大変好みです。

 あ、ちなみにベイカーストリートイレギュラーズの少年たちはいませんが、その代わり、ロンドン市内のホームレスの人々がホームズの重要な情報源として活躍するという設定になってます。このへんも現代的ですね。

 プロデューサー兼メインライターは、スティーヴン・モファットとマーク・ゲイティスの二人。彼らは、長寿ドラマを現代的にリバイバルして人気を博している「ドクター・フー」のライター(モファットは第5シーズンからプロデューサーも)です。

 しかも、モファットのほうは、『ジキル博士とハイド氏』を現代を舞台にリメイクしたテレビドラマ「ジキル」の製作者でもあります。

 まさに、ホームズ譚を現代化するのにぴったりの人物だと言えるでしょう。

 パソコンに携帯、科学捜査やネット検索が当然という21世紀のロンドンを舞台に、ホームズとワトソンのコンビが活躍するというこのシリーズ、現在製作中の第2シーズンでは、アイリーン・アドラーやバスカヴィル家の犬も登場予定だとか。

 早く日本でもテレビ放送やソフト化が決まるといいですよね。

  

 さて、「新釈」とは少し違いますが、ここのところ、ホームズの原典も「新訳」がいくつか登場しています。

 日暮雅通訳による光文社版が2006年から2008年にかけて出版されましたし、現在、創元推理文庫深町眞理子訳による新版の刊行を続けています。

 現代的な訳文によって、印象が変わっているであろうホームズ譚を、もう一度じっくり読み直してみるのも、おもしろいかもしれません。

 

〔挿絵:水玉螢之丞

 

BBC公式ドラマ・サイトhttp://www.bbc.co.uk/programmes/b00t4pgh

Sherlock (TV Series 2010) [予告編]

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〔筆者紹介〕堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。今年の仕事は、『ウルフマン』(早川書房)のノベライズと『ヘルボーイ 壱』、『ヘルボーイ 弐』(小学館集英社プロダクション)の翻訳。

ブログ http://ameblo.jp/sakaisampo/

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コナン・ドイル伝

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