2012-04-19

　
書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

　わーわーわー、大変に遅くなってしまってすいません！　三月は異常事態で、ミステリの新刊が極端に少なく、特に文庫の点数が激減という異常な月でした。どーなっちゃうの？　この先どーなっちゃうの？　と心配していたのですが、四月に入って元に戻ったのでひと安心。これが一時の異常現象であったことを祈りつつ、今月もいきますよ、七福神！　
（ルール）

この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった／胸に迫った／爆笑した／虚をつかれた／この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
挙げた作品の重複は気にしない。
挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
掲載は原稿の到着順。

酒井貞道
『マシューズ家の毒』ジョージェット・ヘイヤー／猪俣美江子訳
創元推理文庫

　題名から予想される通り、金持ち一族で起きる毒殺事件を扱っているのだが、この一族が揃いも揃って曲者ばかり。捜査官であるハナサイド警視らが手こずるのはもちろん、当の一族同士もいがみ合って、互いのムカつく行動にキリキリ舞い。かと思えば、この反応はどう考えてもツンデレですよこいつアイツのこと絶対好きだよな的な言動も挟まり、人間模様がとても楽しく読めてしまうのである。そして事件の構図もなかなか頓知が利いていて面白い。完成度や人間描写の深度も、前作『紳士と月夜の晒し台』を上回る。クラシック・ミステリ好きは必読でしょう。

千街晶之
『居心地の悪い部屋』岸本佐知子編訳
角川書店

　瞼を縫われた男と縫った男の会話、頭の傷口から溢れ出す人生の思い出、電話の向こうで進行しているらしいただならぬ事態……。底無しの不安がじわじわと心を黒く蝕むような短篇ばかりなのに、読み進めるうちに何故か心地良さに浸っている自分に気づいてしまう、摩訶不思議な海外奇想小説アンソロジー。ミステリ集として編まれた本ではないけれど、江戸川乱歩が言うところの「奇妙な味」の範疇に入る作品は多く収録されていると思う。

霜月蒼
『３秒』マルク＝アントワーヌ・マチュー／原正人訳
河出書房新社

　ぴぃんと静かに張った緊迫と、クールなアートの眩暈感覚――マジカルなグラフィック・ノヴェル。とある部屋に佇む男と、背後で拳銃を発射する男。その光景から発する光が金属や鏡や電球などに反射、旅客機から宇宙にまで巨大なギザギザを描いて飛散。それにそって読者の眼／認識もギザギザに飛び回るのだ。読んでいるとマジで息が詰まる。核にあるのは歴とした犯罪なので、これはクライム・フィクションだし、視界の変容で起きる小さなドンデン返しの連続は泡坂妻夫『生者と死者』を思い出さずにおれない。映画《メメント》にも似てます。ミステリ・ファンは是非是非是非。

川出正樹
『骨の刻印』サイモン・ベケット／坂本あおい訳
ヴィレッジブックス

　舞台はスコットランド沖に浮かぶ嵐の孤島。摩訶不思議な焼け方をした死体の検証のために訪れた法人類学者を待っていたかのように、閉鎖的なコミュニティで次々と殺人事件が起きる。ばっちりときまった道具立ての上で、”骨に刻まれた真実の声”を聞き取ることのできる法医学者の名探偵が、丁寧に配された布石をたどりばらまかれた赤い鰊を見やぶって、論理的に解き明かす。おおっ、これぞ本格ミステリ。前作『法人類学者デイヴィッド・ハンター』から待つこと三年、ようやく渇を癒すことが出来たぜ。

北上次郎
『インフォメーショニスト』テイラー・スティーヴンス／北沢あかね訳
講談社文庫
　　
　行方不明になった女性を探しにアフリカに赴くというものだが、主人公も女性。このヒロインがやや理解しがたい点は残るものの、緊迫したアクションの頻出に票をいれたい。

吉野仁
『シンデレラの罠（新訳版）』セバスチアン・ジャプリゾ／平岡敦訳
創元推理文庫

　そんなの旧版で読んだよ、という人も必ずこの新訳版を手に取るべし。理由は最後まで読めば自ずとわかる。他にミステリ作品集ではないものの、どの短編も、めまいのするよな気分が胸に張りついて離れない、岸本佐知子訳編『居心地の悪い部屋』（角川書店）が最高。「潜水夫」なんて、これハイスミス作、って嘘つかれたら信じちゃう。

杉江松恋
『結婚は殺人の現場』エレイン・ヴィエッツ／中村有希訳
創元推理文庫

　三月ではなく四月の刊行なのだがぎりぎりのタイミングで読んでしまったのであえて挙げる。鉄の神経お許しを。だって、デッドエンド・ジョブ・シリーズの新刊が三年半ぶりに出たのだから、仕方ないじゃない。とある事情から逃亡中のヘレンが、ワーキング・プアの生活の中で迷惑なことに殺人事件に巻き込まれてしまうというこのシリーズ、今回の彼女の勤め先はブライダルサロンで、結婚にまつわるさまざまな人生模様も浮き彫りになる。というかこれを読むと、結婚するのが怖くなるかもしれないね。