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2012-05-21

在外翻訳者の憂鬱(執筆者・栗原百代)

 

3 不完全ペーパーレス化運動、とぼとぼ展開中

 

 在港ぐだぐだ訳者クリハラの連載も、ついに3回目。で、ふと思ったのですが、香港を舞台にした翻訳ミステリーってどんなのがありましたっけ?

 中国の玄関口として国際陰謀ものと相性がいいのかしら。ル・カレ『スクールボーイ閣下』とか、ラドラム『殺戮のオデッセイ』とか、トレンヘイル『香港大脱出』とか、これもCIAが出てくるんだから国際陰謀もの? のドロシー・ギルマンのミセス・ポリファックス・シリーズ『おばちゃまは香港スパイ』とか。ボンドが香港で麻雀したり水上レストランが爆破されたりのレイモンド・ベンスン『007/ゼロ・マイナス・テン』も!

 

 それから全世界にいる華人たち、移民を描いたもの。S・J・ローザンの私立探偵リディア&ビル・シリーズ第7作『天を映す早瀬』では、チャイナタウン生まれの生粋のニューヨーカーであるリディアがはじめて海外に出て、相棒ビルとともに香港を訪れる。

 

 ほかにも、中国返還を背景にしたスリラー、ジョン・バーデット『最後の600万秒』や、香港美女が無差別殺人を起こす謎にドイツ人医師が挑むハインツ・G・ゴンザリク『死の微笑』、陥落前夜の香港へ送られた英戦艦を描いたダグラス・リーマン『落日の香港』、香港版モジュラー型警察小説のウィリアム・マーシャル『銀行は死体だらけ』(←本作の存在は書評七福神の川出正樹氏にご教示いただきました!)などバラエティに富んでいるのに、新刊本市場で手に入るのがル・カレ、ギルマン、ローザンだけとは、なんとも残念……。香港映画と同じく、日本では最近キテないのか、香港翻ミス?! ほかに何かおすすめがありましたら、ぜひご紹介くださいませ。

 

−−−−−

 さて、前回までモノとしての本の話をしてきました。

 そしてモノとしての紙の本が完成するまでには、データから紙になる過程を経ます。

 いまや訳稿を紙で納品している翻訳者はほぼ皆無で(いらっしゃいましたら挙手を!)たいていはテキストファイルという文字データだけのファイルにしてメール送稿していると思います。

 それは原稿を書く側からの手書き → ワープロ → PC(エディタソフトなど)という書く行為と、原稿を本にする側の組版の活版 → 手動写植 → 電算写植、DTPという、双方の電子化の進行から必然のことでした。だって速くて、楽ちんで、便利なんだもーん。さりながら、その次の段階の作業はいまだに紙で行なっているところが大多数でしょう。すなわち校正刷り、ゲラのチェックというやつ。紙だからして物理的に動かさねばならず、それだけ時間と金と手間を食う、在外翻訳者にとってはこれまた鬼門なのです。

 

 このゲラ戻し以前の、原書(底本)を訳す段階からすべて電子化し、翻訳者の全作業をペーパーレス化するという壮麗なること無類の事例については、本サイトで偉大な先人が詳しく解説なさっています。きみは憶えているか、1年半前に掲載された「鎌田三平の翻訳だらだら話」〜第五だらだら(完全ペーパーレスへの道)をっ! 最近このサイトに来たから未見という人は、バックナンバーをおさらいしてくださいね。

 

 校正は本来、印刷する前の試し刷りなわけですから、紙の本の場合は紙でするべきとはいえ、時間短縮、作業効率向上、コスト削減、地球に優しくと考えると、ペーパーレスが望ましい。ところが栗原は、鎌田さんよりはるかに若輩の身ながら、誰にも恥じることのない立派な重度の老眼(!)が堂々進行中でして、PCの画面だけを見ているのが苦痛で耐えられず、紙の原書、紙のゲラをいまだ手放すことができません。

 

 ですから、原書をテキストファイル化し、単語にカーソルを当てるだけで辞書引きされ、とりあえずの意味はとれる、そして原書のテキストの上から訳していくので訳し落としがない……なんてことができるとは夢のようですが、自分としては、底本とする原書を苦労しないでも読める程度にまで拡大コピーした紙を使う、という原始的な方法に甘んじておるわけで。

 

 しかし国を越えての紙の物理的移動には困難がつきまといます。

 わたしの場合、原書は急ぎでなければ安い普通航空便(日本→香港は1週間ほど)か、EMS(国際スピード郵便、2営業日ほど)で送っていただくことが多いです。

 これで翻訳OKとのことでファイナルドラフトをPDFファイルで送信してもらえれば、お金・時間・手間を省けて、とても助かります。ただし、翻訳する側には断りなくあとで直していそうで、ちょっと怖いような(疑り深すぎ?)

 そうそう、『ヘルプ 心がつなぐストーリー』ではこんなことがありました。編集者と翻訳者で原書の同じ版を見ているはずが、どうも食いちがうところがあり、調べてみたら増刷時に2カ所だけ直しを入れていたんです(舞台となった1960年代アメリカの史実についての記述)。その後さらに翻訳のしめきり直前に(よりによって……涙)最新のデラックス版が刊行されたので、以後そちらを参照しなおしました。

 

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 あらやだ、今週も脱線しまくり。えーと、紙の本の校正としてのゲラの扱い、でしたね。初校はたいてい時間があるので、わたしはEMSで送ってもらって、ふつうに朱を入れてOCSのクーリエサービスで戻す(午前中ピックアップ→翌日中配達!)方法をとっています。OCS香港は日本語スタッフが充実していて頼りがいがあり、個人アカウントも開設ずみ。国際便なので多少面倒で時間が若干長く、費用がけっこうかかる以外は、日本にいるのとさして変わらないかも。ただし、通関という文字どおり大きな関所を越えねばならないため、繁忙期の混雑やシステムダウンで思わぬ遅れが生じることがあり、油断なりません。たまに痛い目にあうと、嗚呼やはり進むべきはペーパーレスへの道かぁ……と鎌田師匠の記事を読み返します。

 

 脱線ついでに、ゲラ絡みでひとつ。先日某オンライン上で、訳者校に、こすると消せるタイプの赤ペンを使うと、編集者があとで鉛筆書きに消しゴムをかける際に消えてしまう、摩擦に弱く不安、と話題になりました。わたしは一度どなたかにお尋ねしてOKだったので以後は断らないで使ってました。すみません。お心当たりのかた、ご確認くださいませ。

 

 スケジュールの組み方しだいとは思いつつ、どうしても再校はぎりぎりになりがちです。たとえば『ヘルプ』では、もともと版権取得から出版までに時間がなかったこともあり、初校はしっかり期間をいただいてゲラ読みし、再校を短縮する戦略となりました。

 白ゲラ(素ゲラ、空ゲラとも? 無記入の校正刷りのこと)を送ってもらい、こちらでも素読みをして待機しつつ、直前に校閲・編集からのギモンを箇条書きにしたものをDocファイルで受けとって考えておき、電話校正で解決しました。忘れもしない、真冬なのに熱い熱い正味2時間(あれSkypeじゃなかったし……電話代……すみません!)でした。電話をいったん切って休憩中に飲んだお茶、ポカリスエット並みに吸収された(笑)

 その後もPDF添付メールやファクスを駆使して、時間が許すかぎり校正を重ねました。

 

 在外モンの再校訳者校のもうひとつの例として『リヴァトン館』を。うう、先に謝っておこう。文庫化なのに直しが多くて、どうもすみません……(でもでも、判型が変わり、さらに一巻本が上下本になれば、おのずと多くなりますよね? って誰に訊いてんだ)。

 これは四六判ハードカバーのやや拡大コピー(A4サイズ)に直しの朱を入れたものを原稿として入稿。初校は国内にいるときとほぼ同じ作業。そして再校では、出校と同時に白ゲラのPDFデータをメール送信してもらい、重度の老眼訳者・栗原が、日本と比べて高温多湿の気候のためか厚く重い現地の用紙にプリントアウトして素読み。校閲・編集のギモンの入ったチェックゲラは、訳者校戻しの前々日にハイテク編集者さんから、なんと鎌田方式のコメント付きPDFファイルでもらったのですが、ローテク訳者のPC環境が追いつかず(コメント付きPDFをいじくるとフリーズ……)それでも閲覧はできたので、このチェックゲラへの答えを自前プリントアウト素読み再校ゲラに書き足すかたちで再校訳者校を完成させました。ふう。

 

 とはいえ、最大の難関はその多くのページに朱の入った再校訳者校をどうやって戻すか。今日終わったものが明日には日本になきゃいけない。こんなときはメール送稿。そうして、訳者校を戻すためだけのゲラの電子化を敢行しました。これぞ不完全ペーパーレス化です。

 その作業も恥ずかしいぐらいローテク。わたしの複合機ではスキャンは最大A4サイズ、一度に20枚まで。なので朱の入ったページのみを2ページずつ貼り合わせ、そうすると自動給紙がうまくいかない(重送されてしまう)から1枚ずつ手動で送る。腕が固まるぅ。腰がしびれるぅ。こうして、パソコンでPDF化したファイルを五月雨式に編集者さんにメール送信し、どうにか間に合った! というときには燃え尽きて白い灰。なんだかなぁ、在外翻訳者との仕事がいかに危険かをアピールして墓穴ずんずん掘ってるぞ、わたし。

 

 ともあれ、「自炊」作業の大変さは少しわかったような。こんなことをしなくてすむ、紙の本と電子本の共存共栄がデフォルトとなった世界の実現を! そして、そのころには本の製作過程も、時間と空間の壁を、国境をも自在に乗り越えられるものに進化していることでしょう。

 

※写真:九龍サイドから見た香港島・中環(セントラル)。中央のビルが高さ415.8mの國際金融中心二期(IFC2)、その右後方にヴィクトリア・ピーク。「香港島はいわば海に突き出した山であり、ガイドブックには金持ちほど高所に住むと書いてある。」――S・J・ローザン/直良和美 訳『天を映す早瀬』より

 

栗原百代(くりはら ももよ)。東京生まれ、2009年秋より香港在住(時期不明ながら東京に戻る予定)。主な訳書として、フィクションではヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』、モートン『リヴァトン館』、ストケット『ヘルプ 心がつなぐストーリー』、ノンフィクションではジジェクポストモダンの共産主義』、ヒース『資本主義が嫌いな人のための経済学』、ピカディ『ココ・シャネル 伝説の軌跡』(共訳)など。

 

殺戮のオデッセイ〈上〉 (角川文庫)

殺戮のオデッセイ〈上〉 (角川文庫)

殺戮のオデッセイ〈中〉 (角川文庫)

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殺戮のオデッセイ〈下〉 (角川文庫)

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天を映す早瀬 (創元推理文庫)

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■月替わり翻訳者エッセイ バックナンバー

 

1ファン1ファン 2012/05/22 21:05 自分が読んだ中ではトニー・ケンリック「ネオン・タフ」とフィリップ・ドリスコル「大誘拐」が香港を舞台としておりました。別にお薦めではありませんが……。そこそこ。

栗原百代栗原百代 2012/05/28 14:10 ご教示くださりありがとうございます。チェックします。

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