「編集者イチオシの翻訳ミステリで世界一周! 翻訳ミステリ13の扉」とは?(東京創元社S)
みなさんこんにちは。このサイトで「冒険小説にはラムネがよく似合う」を連載しております、東京創元社編集部のSです。今回は編集部を代表して、8月1日から小社公式サイトに設置した「翻訳ミステリ13の扉」をご紹介いたします。
■翻訳ミステリ13の扉 http://www.tsogen.co.jp/13doors/
「翻訳ミステリ13の扉」とは、2012年6月〜9月刊行の作品のなかから、我が社の翻訳ミステリ編集者が自信を持っておすすめする13冊をピックアップした特設サイトです。「なんか翻訳ミステリをまとめて紹介できたらいいですねー」「んじゃ特設サイト作ろっか」という軽〜いノリからはじまった企画なのですが、実現に至るまでは思った以上に大変でした……。しかし担当編集者はそれぞれ、「生み出した大事な本をより多くの読者に届けたい!」という熱い思いを抱えております。このサイトをきっかけに、ぜひぜひ翻訳ミステリへの新たな扉をひらいてみてください!
さて、次にサイトの簡単な内容説明をしたいと思います。まず一番上の地図にある国旗にマウスのカーソルをあてると、黒いフキダシが飛び出します。それをクリックすると、それぞれの書籍の詳細へ移動します。編集者の個性が爆発した(?)コメントをじっくり読んで、どの作品を読もうか決めてください。また、本のカバーなどをクリックすると、あらすじなどを紹介したページを見ることができます。読書の参考になれば幸いです。
その他、思いきって「全冊購読キャンペーン」なるものをやってみることにしました。「13の扉」で紹介している13冊全部をお買い上げの方から抽選で20名様に、〈東京創元社オリジナルグッズ詰め合わせ〉をプレゼントしちゃいます! みなさま奮ってご応募くださいませ!
そして、各書籍の著者の公式サイトなどを紹介する簡単なリンク集をつけました。ほぼ日本語ではないのですが、「アイスランド語ってこんな表記なの!?」とか、眺めて楽しむだけでも結構おもしろいのではと思います。また、「マンケルってこんなすてきなおじさまなんだ〜」「ノイハウスさんって美人!」「コリータくんってイケメンなの?」などなど、著者の顔を見られる絶好の(?)チャンスです! ぜひぜひクリックしてみてください。
また、編集部から読者のみなさまにお願いがあります。ぜひ、この「13の扉」をみなさんで盛り上げてください! 具体的には「Twitterで感想をつぶやいてね!」というお願いです。ハッシュタグ「#tsg13doors」をつけて、13冊の感想を投稿してください。つぶやきはまとめて小社webマガジン「webミステリーズ!」などでご紹介する予定です。また小社公式Twiterアカウント(@tokyosogensha)でリツイート、リプライなどさせていただきます。なお、「13の扉」Twitter用特製アイコンをプレゼントしておりますので、こちらもどしどしダウンロードしてくださいませ。この時期にしか手に入らないレアものですぞ!
小社刊行物のなかには、残念ながらこの13冊からもれてしまったものもあります。しかしそれらの作品も「かわいい我が子」なので、他の作品もTwitterなどでご紹介していきたいと思います。ご注目ください。
と、いうわけで。東京創元社、いろいろ頑張っております! どうぞよろしくお願いいたします!!!
明るくチャーミングな本格、クェンティン『迷走パズル』を読め(執筆者・風野春樹)
1930年代の精神病院が舞台の推理小説と聞いて、最初はいったいどんなおどろおどろしい話なんだろうと思っていたのである。何せ、精神医学史をちょっとかじった者からすると、20世紀前半といえば精神医療の暗黒時代である。今の精神科医がふだん使ってるような抗精神病薬が登場するのが1950年代。電気ショック療法(かつて懲罰的に使われたことがあるので評判悪いけど、実はかなり効果があって今も現役の治療法なんですよ)が登場するのが1938年。
本書が書かれた1936年に使われていた精神科治療といったら、マラリア療法(わざとマラリアに感染させて高熱を出す。下手をすると死ぬ)とかインシュリン・ショック療法(インシュリンを注射して低血糖発作を起こさせる。これまた下手をすると死ぬ)とか、聞くだに恐ろしげな治療法ばかり。しかも、この小説がかつて〈別冊宝石〉に訳されたときのタイトルが『癲狂院殺人事件』。これはもう、陰惨で狂気に満ちた探偵小説としか思えない。
ところが実際読んでみると、これがからっとして明るい、なんともチャーミングな本格推理小説なのだ。
主人公は妻を亡くして以来酒におぼれ、アルコール依存症の治療のために療養所に入院した演劇プロデューサーのピーター・ダルース。入院して3週間が過ぎ、治療も終盤に差し掛かったころ(行われた治療は「水治療、体操、紫外線治療」だという)、彼は療養所長であるレンツ博士に呼び出され、療養所内で起きている怪事件の調査を依頼されるのである。退院に向けたリハビリにもなるし、患者同士の方が話しやすいだろうから、と博士は言うのだけど、一介の患者にそんな大事なことを依頼するというのは医者としてどうなんだと思わずにはいられない。まあ、そこには目をつぶらないと話は始まらないのだけれど。
登場する患者たちは、高名な指揮者や投資家の老人、花形フットボール選手などなど。療養所内には映画館やスカッシュコートがあり、毎夜のようにダンスパーティが行われているなど、かなり優雅な雰囲気である。拘束衣もあるにはあるが、ふだんは使われずに施錠された物置に保管されている。おまけに、探偵役のピーターは、療養所内で恋人まで見つけてしまう! 楽しそうじゃないですか、精神病院。
太平洋を挟んだ日本で、夢野久作が『ドグラ・マグラ』を発表したのは1935年。『迷走パズル』のわずか1年前である。『ドグラ・マグラ』と『迷走パズル』では、小説の長さも重量感も対極といっていいほど違っているが、舞台となっているのはほぼ同時代の精神病院なのだ。
『ドグラ・マグラ』では「狂人の開放治療」が描かれていたけれど、裏を返せばそれは閉鎖的な治療が当時は常識だったということ。それに対して、『迷走パズル』の療養所は、拍子抜けするほど開放的である。
狂気の世界そのものに切り込もうとした夢野に対し、クェンティンはほとんど体の病気と同じように、さらりと心の病を描いている。その違いはまるで、その後日本で発達する哲学的で難解な精神病理学と、アメリカ流のプラグマティズムから生まれたマニュアル的診断基準の違いのようでもある。
念のために書いておくと、もちろんアメリカの精神病院がみんなこの小説みたいだったわけではない。当時のアメリカでも、州立精神病院には数多くの患者がひどい環境で収容されていた。小説に出てくるような私立療養所に入院できたのはごく一部の富裕層だけで、病状も比較的軽めの患者だけだったろう。
それでも、心の病に対する偏見が現代よりずっと強かった戦前という時代に、精神疾患を蔑視も神聖視もしない、明るくて風通しのいい精神科療養所を描いた推理小説が書かれていたということは、なんだかとても素敵なことのように思えるのである。
風野 春樹(かざの はるき) |
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精神科医兼SFレビュアー。鳩サブレーを愛する男。「本の雑誌」で「サイコドクターの日曜日」、「こころの科学」で「精神科から世界を眺めて」連載中。瀬名秀明『希望』(ハヤカワ文庫JA)の解説書きました。 絶賛放置中の日記サイト http://psychodoc.eek.jp/diary/ twitterアカウント http://twitter.com/hkazano/ |
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