第7回:美形満載?のめくるめく腐ワールド――『死者を起こせ』(執筆者・♪akira)

死者を起こせ (創元推理文庫)

死者を起こせ (創元推理文庫)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 今回ご紹介するのは、「最近のミステリはどうも長くて読むのが大変」とか「面白くても、残酷な描写が多い作品は苦手」などとお嘆きの方に特にオススメなフレンチミステリ、フレッド・ヴァルガス『死者を起こせ』創元推理文庫)です。
 
 ところはパリ。瀟洒な家の庭に突然植えられていたブナの若木が事件の始まりだった。そこに住む引退したオペラ歌手のソフィアは、夫の言うような子供のいたずらとも思えず、なぜか胸騒ぎを覚える。そんな時、隣の「ボロ館」と呼ばれている廃屋のような古い館に、30代の若い男3人とその叔父という老人が越してくる。漠然とした不安を拭えないソフィアは、知り合いになった4人に頼んで木を掘り起こしてもらうが、そこには何もなかった。ソフィアの取り越し苦労ですんだはずだったが、その直後、なんと彼女は失踪してしまう。
 
 1ページ目からなんとも魅力的な謎で読者をひっぱっておき、個性豊かな登場人物が続々と現れ、さらには美味しそうなフランス料理の描写まで。本書あとがきにもあるように、バカンスに読むにはもってこいのサービス精神旺盛なミステリです。しかしなんといっても、ここを読んで下さる皆様方にイチオシなのはご想像の通り、ボロ館に住む男3人プラス美老人!!
 
 まず登場しますのは、中世を専門とする歴史学者マルク、35歳、バツイチ、無職。黒髪のほっそり系、服も黒ばかりで、派手な銀の指輪を何個もはめるこだわりのオシャレさん。そしてその同い年の友人マティアス、金髪碧眼、ガッシリ系の大男。職業はやはり歴史学者、でも専門は先史時代。3人組の残る1人はリュシアン、同い年、青白い顔の前髪クネ男。常にネクタイ着用の落ち着きのない彼も歴史学者。ちなみに第一次大戦専門というこれまたニッチな守備範囲。そしてラストはマルクの叔父、アルマン、68歳。妻子に去られた自称元悪徳刑事……ですがなんと!3人の独身男を向こうにまわし、この叔父さんが一番「ハンサム」と描写されている箇所が多いのですよ! 彼が作者の一番お気に入り? そうそう、書き忘れていましたが、著者フレッド・ヴァルガスは女性です。この作品を書いたときは47、8歳なので、年下よりもシニア萌え……いい趣味してますね!(注:個人の感想です)
 
 名前をもじって、叔父さんはこの3人を聖マルコ(マルク)、聖マタイ(マティアス)、聖ルカ(リュシアン)という福音書の三聖人の名前で呼ぶことに(ちなみに本書の英米版のタイトルは The Three Evangelists です)。しかしそんな大層なあだながついた彼らは3人とも、“金無し、職無し、女っ気無し”とパーフェクト<?。ルームシェアするオタクな物理学者のおにいちゃん2人のなんともイタイ日常が描かれたビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』というアメリカのコメディが大人気ですが、年齢もさることながら、こだわりをこじらせた男たちの大人げない共同生活という点ではこちらが上ではないでしょうか。歴史学者とはいえ、各人が自分の専門の時代以外にまったく興味がないという徹底ぶり。
 
“見事なまでに外界に左右されない”とまで描写されたリュシアンは、それこそ「恋愛? なにそれ美味しいの?」とか言いかねないほどのマイペース。力仕事でも料理でも、常にネクタイにイギリス製の靴を着用している塹壕フェチ。そしてもっと問題なのは先史時代専門のマティアス。彼の一番のこだわりは服を着ないこと! と言ってもさすがに外を歩く時は、かろうじてトップスは素肌に、ボトムはノーパンが基本。もちろん家では裸エプロンならぬ、全裸にサンダル履きというかなりのヤバさ。先史時代が好きだから裸なのか、はたまた裸が好きだから先史時代を選んだのかどっちなんでしょうか……。そんなエクストリームな2人のあいだで中庸な精神を保つマルクの苦労は、気の毒ながら大変おかしく、ある意味もっとも萌えどころではないかと思います。とはいえ彼も、道端で石蹴りに使っていた石をなくされて、「ああいう石を見つけるのがどんなに大変かわからないのか!」とブチ切れたりして、やはり一筋縄ではいきません(笑)。
 
 そしてこのボロ館、ボロいながらも4階建て屋根裏部屋つきなので、1階のダイニングとリビングは全員用、2階はマティアス(先史)、3階はマルク(中世)、4階はリュシアン(第一次大戦)で、屋根裏部屋は美叔父さん(現在)と、なんと年代順な部屋割り! しかもインターホンの代わりに、箒の柄で天井を叩く回数によって誰が呼ばれているのかがわかるという、合理的というか原始的なシステムも素敵ですね(笑)。
 
 物語は、ソフィアの失踪にきなくさいものを感じた3人が、元刑事の叔父さんと事件の解決に挑むというもの。生活のために慣れないバイトをしたり、捜査の過程で知りあった女性に淡い恋心を抱いたり(あえて誰とは書きませんのでぜひ本書でご確認を!)と、脇のエピソードも大変楽しめますが、実はフランス・ミステリ批評家賞最優秀長編賞、および英国推理作家協会賞も受賞した本作、ラストの謎解きで心ゆくまでカタルシスを味わってください!
 
 嬉しいことに、この「三聖人」はシリーズものとして3作が邦訳されています。2作目の『論理は右手に』では、新メンバーとして元内務省職員、今は翻訳業を営んでいるルイ(51歳)が出てきます。この人がまた、アルマン美老人以上に「ハンサム」と連呼されるので、よっぽどの美中年だと思われるうえ、いつもポケットにペットのヒキガエルを持ち歩くという、ちょっと変わった美味しいキャラ。そのおかげで(?)、三聖人の出番が少なくややさみしいのですが、苦労性のマルクがアイロンがけのバイトを始めてだんだん家事が好きになったりとか、細かい萌えエピソードはところどころに挟まれていますのでご心配なく。

 そして3作目の『彼の個人的な運命』では、ルイも登場続行なものの、それまで以上に三聖人の活躍が楽しめること間違いなし! 今度は殺人犯で指名手配されている男を匿う三聖人+叔父さん。無実を証明するには真犯人を探すしかない!と、3作中、もっとも手に汗握る物語が繰り広げられます。しかもその無実と思われる男たるや、はかなげな美青年だそうですよ! ヴァルガス先生、なんというサービスっぷり(笑)。
 
 本作に興味を持った方は、同作者の警察署長アダムスべルグのシリーズもトライしてみてはいかがでしょうか。こちらは『青チョークの男』『裏返しの男』が同じく東京創元社より翻訳されています。このシリーズ、本国では今年も新作が出されており、グラフィックノヴェル版もあったり、ジャン・ユーグ・アングラード主演でTVシリーズにもなっているようです。観たい! そして作者自身がなかなか興味深いプロフィールの持ち主なので、これはぜひ本でご確認ください。1、2作目の訳者・藤田真利子氏のあとがき、3作目の三橋曉氏による解説は、どれも情報量満載で充実の読み応えです。寒い冬、アルマン美叔父様が作ったようなグラタンとワインなどをお腹に詰めこんで、美形満載(?)の、めくるめく腐ワールドをお楽しみください!
  

akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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