第16回『暗い鏡の中に』(執筆者:加藤篁・畠山志津佳)

第16回:『暗い鏡の中に』――本格ミステリーと幻想小説の美しい融合



全国15カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁
後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!



加藤:気付けばもう7月。2015年も後半戦に突入ですよ。どーでもいいけど最近、時間のスピードが速くない? 10年前の1時間と今の1時間は絶対に同じ長さじゃないと思う。人間の寿命が延びてるんじゃなくて、時間が早くなってるんじゃないか。そんな話を娘にしたら「わぁ、ジジくさぁ」と冷たく返されました。


 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』をテキストに、翻訳ミステリーとその歴史を学ぶ「必読! ミステリー塾」も今回で第16回。今回取り上げるのはヘレン・マクロイ著『暗い鏡の中に』。1950年の作品です。

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

暗い鏡の中に (創元推理文庫)


 ところで、言うまでもなくミステリーにとってネタばらしは最大のタブー。
 ちょっとだけよ、アンタも好きねえ(「タブー」からこのフレーズを連想しなくなるのは何歳からなのでしょうね?)などと言ってる場合じゃありません。ちょっとだけのつもりが、勘の良い人にとっては致命傷となることもあるのですから。
 どんなにあからさまであっても、どーしようもなくバレバレに思えても、最後の最後まで何が起こるかわからないというのがミステリーの大前提。読者は何らかのサプライズを期待して読んでいるはずですからね。
 もちろん、オチだけに頼らず、ドラマ性やキャラクター、文体で読ませる工夫に作家の方々は日夜苦闘しておられるのでしょうが、やはりアクロバチックなひっくり返しはミステリーの華。でも、それをやり過ぎて、あまりに現実離れしたものだと興覚めしちゃったり。その匙加減が難しいところですね。


 また、どこからがネタバレかというのも問題です。
 某札幌読書会の世話人が10数年前に『クリスマスに少女は還る』のネタばらしをした時は(<しつこいとお思いでしょうけど、あと10年は言い続けます)「これって、あの映画と似てるよね」って話が発端でした。


 なぜ、こんな話をいきなり持ち出したのか? 実は今回の『暗い鏡の中に』で「どこまでがネタバレか」に向き合うことになったのです。
『暗い鏡の中に』はこんなお話。

コネチカット州にある厳格な全寮制の女学院で美術教師として働くフォスティーナは、ある日突然、解雇を通告される。本人に落ち度は無さそうなのに、校長は理由を話してくれない。しかし、フォスティーナは以前から、自分が周囲から恐れられ、避けられているのを感じていた。同女学院に務める恋人のギゼラからその話を聞いたウィリング博士はことの真相を探ろうとするが、人々がフォスティーナについて語った話はあまりに意外なものだった……。


 ヘレン・マクロイという名前はなんとなく聞いた覚えはあるものの、未読でした。
 ヘレン・マクロイはアメリカの作家で1904年ニューヨーク生まれ。フランスのソルボンヌ大学に留学し、それから10年近くヨーロッパに留まり、美術評論家や新聞記者として活動したそうです。アメリカへ帰国後に精神科医ベイジル・ウィリング博士を主人公とする長編『死の舞踏』で作家デビュー。本作『暗い鏡の中に』はそのウィリング博士シリーズの第8作にあたるとのこと。
 1946年に『死の配当』などのブレッド・ハリデイと結婚(のちに離婚)す、1950年に女性で初めてMWAの会長に就任。90年には同グランドマスター賞を受賞し、94年に亡くなりました。『暗い鏡の中に』の他、『幽霊の2/3』『殺す者と殺される者』などが代表作で、『歌うダイアモンド』などの短編集もあるそうです。


 いやー、一気読みでした。全体の謎に満ちてオドロオドロしい雰囲気がアドレナリンの分泌を促すのか、とにかく先へ先へと読まされる。素晴らしいリーダビリティ。
 物語には大きく二つの謎があって、一つ目はフォスティーナが突然解雇された理由と彼女の周囲で何が起きているのか、ってこと。二つ目は物語の中盤以降の不可思議な犯罪について。
 そして、ここが問題。実は、今回のこの原稿を書くにあたり、僕は一つ目の謎については触れてもOKだろうと思い書き進めたのです。でも、完成間近となったところで、なんだか嫌な予感に襲われ、恐る恐る杉江さんにお伺いをたてたところ「残念、それはネタばらしですね」というご返事が。ガーン。そりゃないぜセニョール。
 僕としては「この本は実は○○○○○○○○の謎を巡る話なのです」と書いた方が読者の興味を惹くのではないか、正しいターゲットに届くのではないか、と考えたわけですが、これが甘かった。
 確かに改めて読んでみると、文庫カバーの内容紹介や千街さんの文庫解説、そしてマストリードの杉江さんといったプロの方々はそこへの言及を巧みに避けているのですね。
 古今の書評家や一流のレビュアーたちがこの手の地雷をどれだけ苦労して(そして、それを読者に気付かれぬように)避けてきたのか、思い知らされました。
 これがプロとアマの違いなのでしょうね。そもそも僕と畠山さんはアマの代表という立場ですらないんだけど。


 そんなわけで、ごめんよ畠山さん、全部書き直しだって。
 残念ながらボツになったけど、貴女のあの渾身のギャクは僕のなかで永遠に生き続けるから。許してちょ。


畠山:ミステリー塾をナメてた。この歳になって赤点追試になるとは……。
 しかもあと10年も過去の過失についてネチネチ言われ続けるの? うわーやだやだ。


 確かにフォスティーナが解雇された理由は「まさか!?」のネタなんですよね。
 解雇の理由も教えないなんてライトフット校長感じ悪い! と最初は思うのですが、いくつもの証言が集まるにつれ苦渋の決断をした校長先生に同情したくなります。
 つい人事担当者になった気分で読んでしまいましたよ、このケースにおいて問答無用の解雇は妥当なのかと。仕事ができないとか勤務態度が悪いとかなら是正の努力ができるでしょうけど、「そそそ総務のFさんが後頭部で饅頭食ってます!」なんて言われたらどうしたらいいのか。
 ああ、もちろんフォスティーナは後頭部に口なんかついてないし、眉間に目があるわけでもないし、行燈の油も舐めなければ、水をかぶって男になるわけでもありません。でもそれくらいインパクトのある話。
 それが多感で不安定なお年頃の女子を預かる学院で起こるのですからそれはもう大騒ぎです。あっちこっちでギャーギャー言ってるうちに死人まで出てしまったから無気味さMAX。
 怪異か人為(トリック)か――。「この世にはね不思議なことなど何もないのだよ」と言ったのは百鬼夜行シリーズの京極堂こと中禅寺秋彦ですが、さてこの物語は不思議の世界と現実のどちらに着地するのだろうと期待値もMAXにして読み進めました。


 興味深かったのは謎解きに挑む恋人たちの背景です。ウィリング博士は“なんでも論理で明らかにしようとする”アメリカンで、ギゼラは“オカルトチックな現象に抵抗のない”ヨーロピアン。へぇぇ、米と欧でそういう気質の違いがあるんだー、と今更ながらのなるほどザ・ワールド。加えて現代的でありつつも世の中には解明されていない謎があることも承知しているライトフット校長がいい中立軸になってくれるので、読者は超常現象的なものの否定と肯定の間を振り子のように行ったり来たりさせられます。


 時代を感じさせるものもありましたね。ギゼラはドイツ人でオーストリアからの亡命者。そういう立場の人が戦後まもなくのアメリカで暮らしていて感じる精神的な負い目であったり、自活する女性に対する蔑視であったり。それから「非嫡出子」に対する偏見なども垣間見えました。マクロイはそういうものをさらりと書き表している感じがして、繊細だなぁと思うのです。


 読み終わっての率直な感想は「え? そこで終わるの?」。真相はCMの後! じゃなく?
 なな、なんかちょっともやーっとする。いやこのもやっとさがマクロイの持ち味なんだろうか? でも初めて読むからわかんない。これでいいの? いいんですか?
 ああ、こんな時は別の作品も読んでみようというわけで、『歌うダイアモンド』に突入した畠山でありました。


加藤:そう、この話の魅力は何といっても本格ミステリーと幻想小説の見事な融合だと思うのです。
 合理的に説明できないことをあくまで否定するステリー脳と、スーパーナチュラルにちょっと惹かれるファンタジー脳のせめぎ合い。これが不思議と気持ちいい。
 この相反する両者をうまくけしかけながら、最後まで走り切ったヘレン・マクロイは凄いと思う。
 誰が犯人なのか、その目的は、そして方法は? というミステリー的な問いかけがある一方、これとは別に、そもそもこんなことがあり得るのか? これは人間の仕業なのか? という、およそミステリーっぽくない疑問で読者を引っ張る。


 そうして考えると、畠山さんがエンディングに「もやっとした」のは、ミステリー脳が勝っているからだと思うのです。
 快刀乱麻のキレ味で謎解きを進めるウィリング博士ですが、ヘレン・マクロイが初めてで、彼女の作風を知らない僕は、必ずしもウィリング博士が正しいわけでもないのかも知れないと期待しながら思いながら読みました。
 今でも、ウィリング博士には証明できない、不思議な何かが存在したのではないか、と思いたがっている僕がいる。
 そう思ってしまうのは、僕の頭が名古屋読書会の課題本「シャイニング」漬けになってるからか、B型蟹座の特性か。
 それに、そもそもウィリング博士の謎解きは、どー考えても強引なんだもん。


 もしかしたら、世界中の本格ミステリーファンの方々を敵に回すことになるのかも知れないけど、僕にはウィリング博士の推理が、幽霊や宇宙人の仕業だというのと同じくらい非現実的というかファンタジーに思えるのです。ヘレン・マクロイはそんな僕のような読者のための配慮を忘れず、あの「もやっとした」エンディングになったのではないでしょうか。


 とまあ、僕がこうして珍しく熱く語っている時点でマクロイの術中にハマっているということなのでしょうね。いや、本当に堪能させていただきました。
 畠山さんの見解やいかに。


畠山:思わずB型蟹座についてググってしまった。どうやら感受性が強いらしい。そして「自分は長文を書くけど他人の長文は飛ばして読む」タイプなんですってよ。どうりで普段から噛みあわないと思った。


 幻想小説本格ミステリを融合させたという点では本書は確かに「ここだよな」という着地点ですね。人の為せる部分と不思議な力を認めることで気持ちが収まる部分が渾然一体となった感じ。
 ウィリング博士にとってはやや旗色が悪いところもあったので、他の作品も読んで切れ味抜群の姿を見てみたいと思います。
 ではどんな作品を読んだらいいか。そんな時はコチラです。深緑野分さんの愛溢れるマクロイ入門から次の1冊を選んでみるといいかも。


 いろいろ思いを巡らして最後に残るのはフォスティーナが可哀想で仕方がないってこと。彼女の幸薄い人生を考えるとやるせない気持ちになります。申し訳ないけど、ギゼラのリア充ぶりが恨めしかったもの。
 フォスティーナのモデルになった実在の人物(作中でたっぷり言及されていますが、この場では名前を伏せますね)はどんな人生だったんだろう、心休まる幸せな時間はあったんだろうか。そんなことも考えてしまいました。
 今頃思ったんだけど、もしかして「フォスティーナはX−MENのハシリ」と思って読んだらめちゃ面白かったんじゃ……。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか(知らないに決まってる)短編集『歌うダイアモンド』にはSF仕立てのものもあってちょっと驚き。なんという取扱品目の豊富さでしょう。
 この中に収録されている『暗い鏡の中に』の短編バージョン『鏡もて見るごとく』は微妙に違う決着の仕方でした。すっきりしたい派の方はこちらが好みかも。それから長編とは違う性格付けになっているサブキャラがいますので比較して読むのも面白いです。
 私はこのすっきりバージョンを読むことで逆に長編の結末の良さが分かった気もします。当初「もやっと」感じたものが、時間が経つにつれゆっくりと「余韻」に変わりました。


 でもそれって鈍すぎるし遠回りしすぎじゃないのかと我ながら思うのです。
 先日千葉では『歌うダイアモンド』を課題書にしての読書会が行われ、ツイッターなどを見る限りではかなり突っ込んだディスカッションがなされた模様。多分私達のこのうすーーいやりとりを千葉読書会に参加された方々がはせせら笑っておられるのではないだろうか。仕方がない。この際だからさらに恥を上塗りしておこう。
 表題作『歌うダイアモンド』は、そのタイトルと『暗い鏡の中に』の作風から、てっきり「身につけた人が次々と不幸になる呪われた宝石」の話だと思ったのですが1mmもかすらなかったことを主に千葉方面に向かってご報告しておきます。

勧進元杉江松恋からひとこと

 ヘレン・マクロイは、日本では長く実態が把握できない作家でした。名作と言われる『暗い鏡の中に』以外の作品がなかなか手に入らなかったためで、最近の刊行によって長篇が多数紹介され、大きく印象が変わった観があります。特に出版業界を舞台にした『幽霊の2/3』が復刊されたのは大きく、1940年代後半から1960年代前半にかけての全盛期の作品はどれも必読です。マクロイ作品は立ち上がりが遅く、小説の前半部だけを紹介すると平凡な作品と誤解されかねません。その魅力は物語の要素が整理され、独創性の高い謎が姿を表してくる中盤から後半にかけての展開にあります。前半にセンセーショナルな謎が準備されている『暗い鏡の中に』はむしろ例外的であり、マクロイ初心者向けというべき作品でしょう。本書が気に入った人はぜひ他の作品も。熟読を必要とするがその分見返りも十分に大きい、マクロイならではの小説世界を楽しんでください。


 さて、次回はジム・トンプスン『おれの中の殺し屋』ですね。これまた楽しみにしております。


おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)

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加藤 篁(かとう たかむら)


愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)


札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

どういう関係?

15年ほど前に読書系インターネット掲示板で知り合って以来の腐れ縁。名古屋読書会に参加するようになった加藤が畠山に札幌読書会の立ち上げをもちかけた。畠山はフランシスの競馬シリーズ、加藤はハメットやチャンドラーと、嗜好が似ているようで実はイマイチ噛み合わないことは二人とも薄々気付いている。

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