第24回 楽しいスパイもの――コミックスと映画で二度おいしい『キングスマン』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 こう暑いと読書に集中できなくて……という方、海外のコミックはいかがですか? というとバットマンとかスパイダーマンを連想される方が多いかと思いますが、実はルヘインの『シャッター・アイランド』なんかもコミック化されているんです。先月翻訳が出たばかりのダーク・ファンタジー『ロック&キー』飛鳥新社)は原作があのジョー・ヒル! ガブリエル・ロドリゲスの画はヒルの世界観をばっちり受け止めており、訳はおなじみの白石朗さんです! これが病みつきになる面白さで、続編の刊行が待ち遠しいばかり。
 

 そこで今回ご紹介するのは、マーク・ミラー作/デイヴ・ギボンズキングスマンザ・シークレット・サービス(訳:中沢俊介 小学館集英社プロダクション)。映画ファンの方にはピンときたかと思いますが、ミラーは『ウォンテッド』キック・アスの原作者。大成功した『キック・アス』に続いてマシュー・ヴォーン監督によって映画化され、またまた世界中で大ヒット。普通はまず原作があってそれが映画用に脚色され……という段階を経るわけですが、この作品は『キック・アス』撮影中、昔の007シリーズ電撃フリントなどの娯楽スパイ映画の大ファンだった二人が、「最近のスパイ映画ってシリアスすぎてイマイチだよねー」と盛り上がったことからミラーが書き始めたという、”二人がとにかく大好きな要素”を入れまくって出来た、愛が溢れる作品なのです!(原作コミックにも共同発案者としてヴォーンの名前あり) 作画はアメコミ界の大御所デイヴ・ギボンズウォッチメン)。ミラーは10代の時に故郷のグラスゴーにサイン会で来たギボンズに、将来あなたに絵を描いてほしいというファンレターを渡したそうですが、その後着実にキャリアを積んで見事夢が叶ったという、これまた奇跡のコラボなんですよ! そんな作品の内容はというと――
 

 ロンドンの低所得者団地に住むエグジーは、職にもつかず生活保護を受け、目的もなく暮らしていた。母親が同居する恋人から家庭内暴力を受けていることを知りながら、何もできず歯がゆい思いを噛みしめている。ある日仲間とつるんで自動車事故を起こし警察に捕まるが、母の兄で公務員のジャックがいつもどおり謎の特権で受けだしてくれた。実は成績優秀で人並みはずれた身体能力を持つのに、ごみ溜めのような人生からは抜け出せないと自暴自棄になるエグジー。そんな甥に人生をやりなおすチャンスを与えるため、ジャックは、自分は秘密諜報組織キングスマンのエージェントだと打ち明け、驚いたエグジーを候補生としてリクルートする。その頃、世界各地からセレブが誘拐される事件が勃発。首謀者は、人口過剰のため破滅に向かっている地球を救わんと企むある人物だった。

 
 荒唐無稽な陰謀を企てる大富豪の悪役、その右腕で、鋭い刃物の義足を持つ側近、秘密のスパイ学校での訓練、特殊なガジェットの数々、次から次へと襲いかかる大ピンチと、往年のスパイ映画の楽しさが隅から隅まで詰め込まれているこの作品、中でもスパイ教育の一環として『ピグマリオン』のように紳士へと変身する場面は、男女ともにワクワクすること間違いなしです! 読んでいて嬉しかったのは、将来に何の希望も持てず無駄に日々を過ごしていたエグジーが、修行を通してだんだん人生に前向きになっていくところ。そしてジャックの、甥を立派なスパイに育てながら自分の欠点も見つめなおすくだりも感動的です。おまけにアクションもユーモアも満載で、それなのに160ページに納まっているなんて、すごいですよね!
 


 
 そんな無敵な原作の映画化キングスマン(9月11日公開)は、ちょっと別のベクトルで大胆にパワーアップ!
 映画では主人公スパイは叔父ではなく、エグジーの亡父のかつての同僚という設定になり、悪の大富豪の右腕は、こわもての黒人から黒髪の美女に変身。しかしここで最も重要なのは、主人公の名前がジャックからハリーになったことです! しかも原作で使用された特殊メガネが黒縁メガネ型に変えられたといえば、もうおわかりですね! 『イプクレス・ファイル』に始まるレン・デイトンのスパイシリーズは、64年の映画化(邦題『国際諜報局』)で主人公がハリー・パーマーと名付けられ、仏頂面のサラリーマンスパイを演じたマイケル・ケインの人気が爆発(注)。その後『パーマーの危機脱出』(原作『ベルリンの葬送』)、10億ドルの頭脳(同名原作)と続編ができ、90年代にもキャラだけ借りたTV映画が2本作られました。

 そのオマージュたっぷりのハリー役を演じるのは、裏切りのサーカスにも出ていたコリン・ファース。ミラーとヴォーン両方が出演を熱望し、その期待に見事応え、アクションシーンもほぼ全て自分でこなしたとか。今回輸入BDのメイキングで確認しましたが、確かに本人がやってました! それを知った上で観たら絶対にえええええっ!と驚くシーンがありますので乞うご期待!! 対する悪のIT長者はサミュエル・L・ジャクソン、そしてある重要な役でマーク・ハミルが出ているのですが、この役は原作を読んでいるとさらに面白いんですよ! 前述のデイヴ・ギボンズの起用と同様、配役はほぼすべて、監督と原作者の二人が好きな人に出演してもらったとのことで(もちろんマイケル・ケインキングスマンのボスとして出演)、各自の出演場面がどれもこれも納得の存在感で、製作者のものすごい愛を感じます!!!
 

 じゃあ今回の腐萌えポイントはそこなのか? と言われると、実はそれだけじゃないんですねえ。原作と違って血縁関係のない師弟愛もその一つですが、最強は映画オリジナルキャラのマーリン(マーク・ストロング)です!<とキッパリ言い切る
 キングスマンの新人教育係兼メカニック兼コンピューターのプロで、クライマックスでは○○コスプレもするという、狙われたら男女ともに高致死率の最終兵器、スーパー色気担当エージェントですので、皆様どうぞ期待してくださいませ。
 

 劇中の”Manners maketh man(マナーが人を作る)”というハリーのキメ台詞は何かを思い出す…とずっと気になっていたのですが、ミネット・ウォルターズ『遮断地区』創元推理文庫)に出てくる老女の「人はその行動で判断されるの」という一言でした。低所得者団地に越してきた家族が小児性愛者だという噂がたち、あるきっかけから大規模な暴動に発展するという物語。本編はもちろん、上の言葉をタイトルに使った巻末の川出正樹さんによる熱のこもった解説は必読ですので、未読の方はぜひ。本国での刊行より10年後の2011年にロンドンで起きた暴動はイギリス各地に広がりました。開始から数日後に暴動が波及したロンドン南部のペッカムは、原作の『キングスマン』でエグジーが住む場所です。『遮断地区』は架空の住所ですが、住人の生活環境や治安など類似点も多いと思います。
 
 そのように、現代英国の問題点もうかがい知ることができる『キングスマン』ですが、原作、映画ともに作者二人が目指した”楽しいスパイもの”であることにはかわりありません。私は先に映画を観たのですが、原作を読んだら――
 
「え? あのシーン、映画オリジナルなの!? ていうか、原作のこの凄いシーン、映画に使わなかったの!!!??? でもってラストがあああ!!!!!」
 
 ――と相当びっくりしました! そのぐらい各自別ものとして楽しめるので、どちらか気に入った方はぜひ両方とも堪能してみてくださいね!!
 

 
(注)もともと視力の悪いケインでしたが、パーマー役で披露した黒縁メガネ姿が英国で大人気を博し、メガネアイコンとして一躍ときの人に。97年のコメディ映画オースティン・パワーズはまさにこのキャラのパロディで、2003年の3作目には父親役としてケインが出演。余談ですが72年の映画 PULP (劇場未公開・邦題『悪の紳士録』)でかけていた大きめのメガネは、ケインの大ファンだったジャーヴィス・コッカー青年が愛用し、のちにイギリスの国民的ポップバンド、PULP を結成したという逸話もあるほどです。ハリー・パーマーは現在も本国ではカルト人気を誇り、V&A博物館やナショナル・ポートレイト・ギャラリーにはポストカードが売られていますので、渡英の際にはぜひご確認のほど。
 


監督:マシュー・ヴォーン
原作マーク・ミラー
製作:Marv Films
出演コリン・ファースマイケル・ケインサミュエル・L・ジャクソン
   タロン・エガートンマーク・ストロングマーク・ハミル
配給KADOKAWA ©2015 Twentieth Century Fox Film Corporation R+15
公式サイト:kingsman-movie.jp
9月11日(金) 全国ロードショー

   

akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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