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2016-04-21

第21回:サークルの枠組みを超えた学生団体を描く中国ミステリ『烏鴉社』(執筆者・阿井幸作)

 

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 今回は新生活が始まる4月にちなんで、変わった大学に入学したために普通の大学生が自分の人生を一変させる事件に巻き込まれてしまう学園青春ものの中国ミステリ小説『烏鴉社』(2015年)を紹介します。ただし決して明るい内容ではありません。

 

 大学に入学したばかりの陳遅は初日に先輩の李志から「うちの大学はパソコンや携帯電話の紛失、暴力事件、果ては殺人事件まで奇妙な事件が起きる」という話を聞く。その言葉通り、新学期が始まって早々陳遅はルームメイト(注:中国の大学生は大体、校内の寮で共同生活をしている。)が寮から飛び降りて死ぬという事件に遭遇する。警察は事件性なしと判断したが、警察と協力して捜査をしている烏鴉社と呼ばれる大学サークルのリーダー・張奇焱はこれを他殺と見る。この事件をきっかけに陳遅は烏鴉社に参加し、犯罪者を背後で操る『猟銃』と呼ばれる黒幕と対峙することになるのだが……

 

 本書で特筆すべきは学生団体でありながら大学の枠を超えて活動する烏鴉社という組織です。ミステリ小説の中で大学のサークル、特にミステリ小説研究会が学内の事件の解決を依頼される、または事件に首を突っ込んでいくという展開はあるでしょうが、この烏鴉社は事件を解決するために設立された探偵事務所のようなサークルです。しかも少人数で奇妙奇天烈な人材ばかりいるような弱小サークルではなく、団員に上級・中級・下級という階級分けがされるぐらいの大所帯であり、更に警察からの信頼も厚いため捜査権も持っていないのに学内のみならず学外であっても臆せずに調査活動をします。

 

 烏鴉社にはリーダーの張奇焱以外に名探偵と呼べる人材もまた個性的な学生もいないので事件を解決するだけならば張奇焱一人いれば十分です。しかし探偵組織を配置することによって人海戦術での捜査が可能になり、また烏鴉社の成果によって張奇焱個人ではなく烏鴉社の構成員全体に対して権威付けができ、例えば学生寮の一斉捜査という超法規的なこともできます。大学での捜査をスムーズに、そして長期的に行う上で自治組織のようなサークルの烏鴉社が生み出されたわけですが、これは作者が完全無欠の名探偵でも助手が不可欠であり大学を舞台にする場合は情報収集のために警察のような大量の人員が不可欠だからというリアリティの上で考え出されたものであるかもしれません。しかし実質は張奇焱一人に頼りきりの団体なので彼が卒業したらどうなるのだろうという不安が作中では描かれます。

 だから主人公の陳遅がこの烏鴉社のリーダーである張奇焱に実力を認められてやがて彼の後継者として育っていく……という話になれば良かったのですがこの本には和気藹々な交流は描かれません。

 

 作者の騰騰馬は中国のミステリ専門誌『歳月推理』と『推理世界』が主催した華文推理グランプリの第1回目で『衆里尋她千百度』(2011年)(訳:大勢の人の中から彼女を探し回る。もとは宋代の詩の一節で、中国の検索エンジン「百度」の社名の由来でもある。)が三等賞を受賞しています。この話は男子大学生がクリスマスイブに金持ちのボンボンと行方をくらました恋人を探し回るという話で、25の章で構成されていてゲームブックのように各章の終わりに「○○なら2に進む。☓☓なら25に進む」という選択肢がついています。選択肢に従いページを前後にめくっていくうちに恋人が何らかの犯罪事件に巻き込まれていると気付く仕掛けになっているのですが、主人公はあらゆる場所で恥をかいても必死に恋人を探し、ついには恋人のために善か悪かの二者択一に迫られることになります。

 

 騰騰馬は恋愛に対して暗い情念を燃やす学生を書くのが好きなのか、本書の陳遅も愛の為に狂います。烏鴉社に入団した彼は一目惚れした女性が実は張奇焱の彼女であることにショックを受け、次第に張奇焱さえいなければという恨みを募らせて彼の殺害を企てるのです。そしてダークサイドに堕ちた彼はこれまでの事件の裏で暗躍し、犯罪者に完全犯罪の計画を授ける『猟銃』とコンタクトを取り、張奇焱を学園祭の観衆の前で射殺することを決意します。

 

 さて陳遅は張奇焱を継ぐ探偵になるのか、それとも『猟銃』に操られる犯罪者になるのかは本書を読んでもらうとして、ここでは作中で『猟銃』が考え出した完全犯罪のトリックについて触れたいと思います。

『猟銃』は自分の手を汚さず、自分が考えたトリックを無償で他人に提供する知能犯で、彼の言う通りに犯行を実行すれば絶対にばれないという自信を持っています。ですが一話目に登場するトリックは降雨と傘を利用した時間差トリックで読者を驚嘆させる内容ではあるものの、それが完全犯罪として成立するとは到底思えないのです。

 トリックが現実に再現できるのか否かというのはミステリを語る上であまり気にしてはいけないでしょうが、これから殺人を犯すという一世一代の行為を考えている犯人にとって他人から教えてもらったトリックがこのレベルだと果たして納得するのか、そして躊躇わずに実行できるのかと疑問に思いました。特に陳遅に授けられたトリックに至っては、真っ暗闇の中で至近距離から相手を射殺するという極道の鉄砲玉みたいな方法で(注:拳銃は既に用意している。)、これは陳遅をはめる罠ではないかと思ったぐらいです。

 ただ、知能犯が作った欠点だらけに見えるトリックのおかげで、この程度のトリックにすら気が付かず『猟銃』も捕らえられないから学生団体に捜査を協力してもらう不甲斐ない警察にリアリティが増しています。

 

 実は本書は続き物で、陳遅が大学にいられなくなって『第一部完』となり終わります。そろそろ『推理世界』で第二部の連載が始まるらしいのですが、状況が一変した烏鴉社の活動をどのように描くのでしょうか。作品から作者の騰騰馬が本格ミステリを書きたいという意気込みが伝わってくるので、きっと常識の枠に囚われないものを書いてくれるでしょう。

 

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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