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2016-09-14

第32回 想像すらできない愛に溢れてる(執筆者・佐竹裕)

 

 

 海岸線の波打ち際に停められたメタリックブルーの高級車マセラティ・インディ。徐々に満ちていく潮に呑みこまれそうなそのピカピカの車体からは大音量のファンク・ナンバーがもれ聴こえ、砂浜に響きわたっている――。

 

 何という印象的な情景だろう。映画の一場面のように視覚的で音楽的。フランスの新進気鋭作家エルヴェ・コメールの長篇第3作『その先は想像しろImagine le reste)』(2014年)には、随所にこんなシーンが顔をのぞかせる。コメールは、マルセイユ推理小説賞を受賞した第2作『悪意の波紋Les ronds dans l’eau)』(2011年)が日本で紹介されるや、昨今のフレンチ・ミステリー人気の中にあって最注目株となった作家だ。

 前作もそうだったのだけれど、この『その先は想像しろ』もまた、あらすじを紹介しづらいことこのうえない。先を想像できない物語展開こそがコメール作品の真骨頂なのだから仕方がないと言えばそれまでなのだけれど。

 

 プロローグでは、たった2枚のアルバムを発表しただけで世界的な人気を誇る存在となったロック・グループのリード・ヴォーカリストが忽然と失踪したということが読者に知らされる。そして、いきなりの本篇。無関係とも思われる2人組のごろつきの珍妙なる対話のシーンへと滑り込んで行く。

 作品のメインの舞台となるのはフランス北部に位置するカレーの町。作品全体は4つの章で構成されている。カルル、ニノ、セルジュ、3人の登場人物それぞれの視点から語られる3章と、結びとなるもう1章と。

 カルルは、小学生の頃からの親友フレッドと共に裏稼業に身をやつしているチンピラ。2人はキャロルという女性に心を奪われ、彼女を連れて現在の生活からの脱出を夢見たフレッドが、彼らを手下として使っていたマフィアのボスであるシマールの金を奪ってしまったことから、カルルは巻き込まれてこの親友と逃亡する羽目になる。

 ニノは歌の才能に恵まれながら成功の機会を手にできずにいた赤毛の小柄な若者で、しがないバーでカラオケ担当の店員として働いていた。かつてカルルとフレッドに命を助けられたことがあり、彼らに借りを返すために事件に巻き込まれる。その後、ロックスターの屋敷での結婚パーティーでの演奏中に伝説の音楽プロデューサーと出会ったことから転機を迎え、〈ライトグリーン〉というバンドのメンバーとして迎えられてリード・ヴォーカリストとして世界的成功を収めることになり、2年の活動後に忽然と失踪。

 セルジュ・シマールは、フレッドとカルルを若い頃から知っているマフィアのボス。そう、大金を奪われた男だ。とある犯罪の大元締めだが、これを説明するとネタバレになって読者の興を殺ぐことになりかねないので、そこは割愛させていただく。じつは、同性愛という秘密も抱えていて、どうやら恋愛にまつわる哀しい過去を抱えているようだ。

 まとめてしまうと、2人のごろつきが最愛の女と出会ったことがきっかけとなって、マフィアの大ボスの大金を奪い、プロのシンガー志望の夢見る若者が理由もわからぬままその事件に巻き込まれる。だが、彼にも転機が訪れて世界的なアーティストへとのぼりつめ、そして謎の失踪を遂げる。となると、どうやらチンピラ2人にコケにされたマフィアのボスもからんでいるのでは? というのは想像にお任せするとして……ざっとこう書いてしまうとシンプルなプロットなのだけれど、構成と語り口の妙とで、意外性に富んだ場面に満ちた、すぐれた人間ドラマにまとめあげている。なんとも奇妙な魅力の物語なのである。その魅力を理解していただくには、つまり、読んでいただくしかない。一読陶然とさせられること必至の小説だ。

 

 なにしろ、すべての登場人物が、端役にいたるまで恐ろしく魅力的なのである。たしかに多分にデフォルメされたキャラクタライズかもしれないが、とにかく、いい。

 子どもの頃から犯罪に手を染めながら、どこか他人事のような客観性を拭えず、自分自身の想いすら意識できていないカルル。誰にも手に入れられないほどの大スターの座につくという夢を叶えながら、自分がそんな器ではないという気持ちを消すことができずにいて、自らが犯した罪に身を滅ぼされる日をどこかで待ちつづけているニノ。周囲の脅威となる存在でいるために自分を演出し続けてきて、大切なものを失った復讐にのみ生きがいを見出そうとする、やはり自分の求めているものを見つけられずにいるセルジュ――各章の主人公となる3人は言うまでもないのだが、カルルの親友フレッドの強烈な存在感。彼とカルルを無自覚に虜にしてしまう運命の女(ファム・ファタル)キャロル。自分には偉大なアーティストの特別な色が見えると言ってニノにスター性を見出す伝説の老音楽プロデューサー、マイヤーリンク。そして、彼の秘書として家政婦として特別な存在(?)として付き従っている謎の女性ローザ。

 マイヤーリンクのニノが所属することになるバンド〈ライトグリーン〉のメンバーも、揃いも揃ってアクの強すぎる面々。なかでも唯一プロ経験のあるピアニスト、マルセルがいい。最愛の妻を失った哀しみを、忘れようとするのでなく慈しむようにそっと抱きしめ続けている、心優しき巨漢。ニノを優しく見守り、彼の秘密を暴こうともせずに協力する好人物。

 じつは、コメールはそんな濃いキャラクターたちそれぞれに、個人差はあれど愛のエピソードをひとつずつ与えている。この作品は巧みに構成された犯罪サスペンスであると同時に、みごとに紡がれたさまざま愛の物語である。登場人物それぞれの抱える、恋人、友人、親子の物語。とどのつまりは、あらゆる形の愛を根底に持つ物語なのである。

 

 さて、本題。世界的に成功したバンドが登場するからには、この作品にはむろん音楽もたくさん登場してくる。ニノが日銭を稼ぐカラオケ・バー「ル・パラディーゾ(Le Paradiso)」では、酔客たちが、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア(Hotel California)」(1976年)やトム・ジョーンズのヒット曲を歌い、ニノがザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング(London Calling)」(1979年)、クイーンの「伝説のチャンピオン(We Are the Champion)」(1977年)を客に薦めつつ、自身もジェームス・ブラウンの「座ってないで踊れよ(Get Up Offa That Tning)」(1976年)やテンプテーションズの「マイ・ガール(My Girl)」(1964年)を歌う。時折客演参加するパーティーバンド〈フシギノタビ〉をバックに、ウィルソン・ピケットの「ミッドナイト・アワー(In the Midnight Hour)」(1965年)、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ(〔Sitting on〕The Dock of the Bay)」(1967年)、ジェームス・ブラウンの「セックス・マシーン(Sex Machine)」(1969年)をシャウトしたりしている。

 そして冒頭に書いた、海に呑みこまれていくマセラティ・インディから流れていた歌声。それはフレディが持ち込んだジェームス・ブラウンのCDである。

 彼がカルルに見せたジャケットでは「ジェームス・ブラウンがマイクを手に、膝をついている」そうだが、熱狂的なJBファンというわけでもない小生が確認したところ、JBのオリジナルのアルバムで当該の写真が使われているのは、『セイ・イット・ラウド(Say It Loud)』(1968年)のみ(だと思いますが詳しい方ご教示くださいー)。アルバム1曲目のタイトル曲はいちばんファンキーなナンバーではあるけれども、小説での記述のように、ドラム、ベース、ギターに、オルガンが入ってきてさらにホーンが加わるという順番のアレンジでもない。しかも、子どもたちのコーラス隊がシャウトに参加している。JB御大お得意の「Good God!」のシャウトが無数に入るとなると、「マザー・ポップコーン(Mother Popcorn)」か、前述の「座ってないで踊れよ」あたりのファンク・ナンバーのように思えるのだが、どうだろう?

 

 じつはJB、1969年の「ゲッティン・ダウン・トゥ・イット(Gettin' Down To It)」では、ライトグリーンがライヴで演奏した(ことになっている)、ボビー・ヘブ1966年の大ヒット曲「サニー(Sunny)」も取り上げていた。マイヤーリンクをもって、本物のソウル・シンガーはジェームス・ブラウンオーティス・レディング、ニノ・フェレールの3人だけだと言わしめる存在。そんなことからもコメールはJBファンなのかなと想像を膨らませられるが、つまりは、ライトグリーンはニノの即興詞からのオリジナル・ナンバーだけでなく、有名曲のカヴァーもしているバンドということがわかって、このバンド像を想像するうえでとても興味深い。

 加えて、音楽について印象的なのは、音楽プロデューサー、マイヤーリンクが、アーティストの結婚披露パーティーの階上である屋敷の片隅に追いやられて演奏していたニノの歌声に導かれ、件のニノ・フェレールの歌をリクエストする場面だろう。

 フランスにおけるブルーアイド・ソウルの祖と言っていい偉大なシンガーの代表曲「黒人になりたい!(Je voudrais etre Noir)」と「アンチブルジョワ・ブルース(Le blues anti-bourgeoi)」を知っていますか? と尋ねるプロデューサーにたいして、1968年のヒット曲「イングランドの王様(Le Roi d’Angleterre)」も「マドレイラ通り(La Rua Madureira)」も歌えます、と答えるニノ。無伴奏での歌声を聴いたマイヤーリンクは、自分の直感が正しかったことを確信することになるというシーンだ。

 ニノの視点から描かれた第2章は、ひとつのバンドのサクセス・ストーリーとして独立して読める章なのだが、なかでもこの場面はクライマックスのひとつかもしれない。

 

 コメールは、とある大作家の名作ミステリのテーマを思わせる異色の前作『悪意の波紋』でも、フランク・シナトラの「レディは気まぐれ(Lady Is a Tramp)」(1958年)、「ニューヨーク・ニューヨーク(Theme from New York, New York)」(1980年)、Mの「自分と向き合って(Keep It to Yourself)」(1981年)、バリー・マニロウコパカバーナ(Copacabana)」(1978年)など、幅広い音楽を取り上げ、ラヴレターを公開してしまった元彼女との思い出のひとつとしてポーティスヘッドのCDを登場させている。なかなかの音楽マニアのようだ。

 物語の要所要所を彩り、登場人物それぞれの愛の物語を飾ってくれるこうした音楽の数々もまた、コメールのみごとな手腕によって読者の想像をかきたてる道具として機能している。まるでそれを象徴するかのような主人公の一人、そう、ニノというアーティストの存在。彼とその仲間たちの行く末は……作者の言うように、読み手が思い思いに想像してよいのだと思う。

 

 ちなみに、数年前にはジェームス・ブラウンの伝記映画『ジェームス・ブラウン最高の魂(ソウル)を持つ男(Get On Up)』(2014年)が公開されている。JB役のチャドウィック・ボーズマンの熱演が話題になったことも記憶に新しいのでは。

 

YouTube音源

"Sunny" by Bobby Hebb & Ron Carter

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*ニノのバンド〈ライトグリーン〉がカヴァーしたことになっている、ボビー・ヘブの1966年の大ヒット曲。この映像は1972年のアコースティック・ライヴでのロン・カーターとのデュオ・ライヴ。

 

"Joe le taxi" by Vanessa Paradis

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*モデルでもあり人気シンガーでもあるヴァネッサ・パラディ、1987年のヒット曲。

 

"Nuit de folie" by Début de Soirée

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*デビュー・ド・ソワレのヒット曲。

 

"Papa Chanteur" by Jean Luc Lahaye

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*ジャン=リュック・ラエー、1988年のヒット曲。

 

●"Je voudrais etre Noir" by Nino Ferrer

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*ニノ・フェレール、1966年のヒット曲「黒人になりたい!」。

 

"Le blues anti-bourgeois" by Nino Ferrer

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*1970年のヒット、「アンチブルジョワ・ブルース」

 

"La Rua Madureira" by Nino Ferrer

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*「マドレイラ通り」

 

 

◆CDアルバム

“Say It Loud" James Brown

*「マイク片手に膝をついている」ジャケットのアルバムと言うと、これ以外にないようなのですが……

 

“It's A Mother" James Brown

*「マザー・ポップコーン(Mother Popcorn)」収録、1969年発表のアルバム。

 

“Gettin' Down To It" James Brown

GETTING' DOWN TO IT

GETTING' DOWN TO IT

ボビー・ヘブのヒット曲「サニー」をはじめとするカヴァー曲の多いアルバム。

 

Good God; Heavy Funk Covers...

Good God; Heavy Funk Covers.

Good God; Heavy Funk Covers.

 

 

◆関連DVD

 

ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』

ミック・ジャガー製作、ケイト・テイラー監督による2014年の伝記映画。ジェームス役には「42 世界を変えた男」のチャドウィック・ボーズマンが。

 

ブルース・ブラザース

*JB出演の音楽映画の名作。

   

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

  好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

 

 

 

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