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2016-10-19

【横山秀夫『64』CWA賞結果発表】日本ミステリー英語圏進出の「その後」(5)(執筆者・松川良宏)

 

◆インターナショナル・ダガー賞、受賞作決定!

 

 この連載《日本ミステリー英語圏進出の「その後」》は、横山秀夫『64』(ロクヨン)の英訳版が英国推理作家協会(CWA)インターナショナル・ダガー賞(最優秀翻訳長編賞)にノミネートされたことをきっかけに始めたものであった。

 そしてノミネートから5か月弱が経過した10月11日(日本時間の12日未明)、ロンドンで開かれたダガー賞晩餐会においてついにその受賞作が発表された。受賞作はピエール・ルメートル『天国でまた会おう』(英訳題『The Great Swindle』)。ルメートルはこれで3度目の受賞(かつ、2年連続受賞)となる。

The Great Swindle

The Great Swindle

 

 『64』は残念ながら受賞を逃したが、晩餐会に出席した横山秀夫はその直後、日本の報道陣に対して以下のようなコメントをしている。

 

横山秀夫さん「64」、ダガー賞ならず(朝日新聞デジタル、2016年10月12日)

 

ロンドンで開かれた授賞式に出席した横山氏は、「最終候補の5作品に選ばれて光栄だった。死ぬ前にもう1回くらい作品をひっさげて(英国に)来られれば」と笑顔を見せた。

 

横山秀夫氏「64(ロクヨン)」、ダガー賞逃す(読売オンライン、2016年10月12日)

 

横山さんは、ロンドンのホテルで開かれた発表会場で「壁は厚かったが、一回で大きなものをつかんでしまうのは自分の生き方としてはイレギュラー。もう一度作品をひっさげて来られればいい」と話した。

 

横山さん「64」受賞逃す 英推理作家協会翻訳部門(日刊スポーツ[ロンドン共同]、2016年10月12日)

 

横山さんは授賞式後「残念は残念だが、特別な時間を過ごさせてもらった。最終候補に残ったことで満足している」と笑顔を見せ「日本に戻ったら次々に作品を書いていく。もう一度授賞式に来られたらうれしい」と話した。

 

 横山秀夫作品の英訳は今のところ、米国『エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン』2008年5月号に訳載された短編「動機」("Motive"、ベス・ケーリ訳)と、今回の長編『64』のみであるが、今後も英訳が続くのはまず間違いないだろう。インターナショナル・ダガー賞への再度のノミネート(あるいは、短編賞へのノミネート)を期待したいところである。

 

※長編は2006年から英語作品と翻訳作品が別々に審査されるようになったが、短編は現在も英語作品と翻訳作品が一緒に審査される。今年の短編賞には翻訳物ではイタリアのアンドレア・カミッレーリ、ベネズエラのアルベルト・バレーラ=ティスカ(スペイン語作家)の作品がノミネートされていた。受賞はアイルランドのジョン・コナリー。

 

 

◆ダガー賞晩餐会の様子と事前のインタビュー動画

 

 『ハヤカワミステリマガジン』に毎年レポートが掲載されるアメリカの「エドガー賞晩餐会」と異なり、イギリスの「ダガー賞晩餐会」はその様子が日本ではあまり知られていなかった。今回は横山秀夫とともに日本から担当編集者が同行し、その様子をTwitterで写真つきで逐一レポートしている。「こちら」のTogetterでツイートをまとめているので、ぜひご覧いただきたい。貴重な資料である。

 

 なお、ダガー賞晩餐会の前にロンドンで共同通信の取材に応じた横山秀夫は以下のように語っている。毎日新聞の「こちら」のページでこの取材時の動画を見ることもできる。

 

横山秀夫氏「驚きしかない」ダガー賞の最終候補に(日刊スポーツ[ロンドン共同]、2016年10月11日)

 

横山秀夫さん(59)が11日、受賞者発表を前にロンドン市内で共同通信の取材に応じ「驚きしかない。候補に残ったことで満足している」と心境を語った。

(略)

横山さんは海外で高い評価を得ていることについて「組織のしがらみを受けて思い悩むのは世界共通」とし、「読者に問い掛けたいのは『素の自分とは何か』。作品が自分を見つめ直すきっかけになってくれればうれしい」と語った。

 

 『64』は今後、2017年2月にアメリカ版、2017年5月にオランダ語訳版が刊行予定。また、フランス語とイタリア語への翻訳が決まっているというのは以前の記事にも書いたが、受賞作決定前後の一連の報道で、ドイツ語訳が出版予定であることも明らかになった。各地でそれぞれどのような評価を受けるのか、今から楽しみである。

 

(下のamazonリンクは順にイギリス版、アメリカ版、日本の文庫版)

Six Four

Six Four

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

 

 

 

◆インターナショナル・ダガー賞、連続ノミネート記録

 

 さて、受賞作の発表を受けて、日本のミステリーファンからは「英国推理作家協会はルメートル好きすぎだろ」などといった反応が見られた。確かに、「4年連続ノミネート、3度目の受賞、2年連続受賞」というのは驚異的である。ただ、実はこれはルメートルが最初ではない。同じフランスの作家、フレッド・ヴァルガスもインターナショナル・ダガー賞で「4年連続ノミネート、そのうちの3度受賞、そして2年連続受賞」という偉業を成し遂げている。

 フレッド・ヴァルガスの現在までのインターナショナル・ダガー賞における「成績」は、ノミネート7回、受賞4回。連続記録は、4年連続ノミネート(2006年〜2009年)、2年連続受賞(2006年・2007年)である。ただヴァルガスは、長編賞(ゴールド・ダガー賞)から翻訳長編部門(インターナショナル・ダガー賞)が独立する前の最後の年、2005年にもノミネートされているので、実質5年連続ノミネートともいえる。

 

  • フレッド・ヴァルガスのインターナショナル・ダガー賞連続ノミネート(&受賞)
    • 2005年 『裏返しの男』(ゴールド・ダガー賞)ノミネート
    • 2006年 『死者を起こせ』受賞
    • 2007年 『Wash This Blood Clean From My Hand』受賞(東京創元社より近刊)
    • 2008年 『This Night's Foul Work』ノミネート
    • 2009年 『青チョークの男』受賞

 

裏返しの男 (創元推理文庫)

裏返しの男 (創元推理文庫)

死者を起こせ (創元推理文庫)

死者を起こせ (創元推理文庫)

青チョークの男 (創元推理文庫)

青チョークの男 (創元推理文庫)

 

  • ピエール・ルメートルのインターナショナル・ダガー賞連続ノミネート(&受賞)
    • 2013年 『その女アレックス』受賞
    • 2014年 『悲しみのイレーヌ』ノミネート
    • 2015年 『傷だらけのカミーユ』受賞
    • 2016年 『天国でまた会おう』受賞

 

 カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズは英訳版も邦訳版もアレックス→イレーヌ→カミーユ、という順で刊行されたが、原著の刊行順(&作中の時系列順)は『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』である。未読の方はこの順に読むことをお勧めする。カミーユ警部シリーズはこの三部作で完結。『天国でまた会おう』はノンシリーズ作品である。

 

 

 ルメートルは2013年に『その女アレックス』で初めてインターナショナル・ダガー賞にノミネートされ、初受賞(フレッド・ヴァルガスの『Ghost Riders of Ordebec』と同時受賞)。それから現在まで毎年ノミネートされており、4回中3回受賞している。この記録を見ていると逆に、ルメートルが受賞できなかった2014年の受賞作、アルトゥーロ・ペレス・レベルテ(スペイン、1951- )『The Siege』(スペイン語原題『El Asedio』)が気になってくるが、この作品は邦訳はない。

 

 

 

◆ヴァルガス、ルメートルを生んだコニャック・ミステリー大賞

 

 フレッド・ヴァルガスピエール・ルメートルも、フランスの公募長編新人賞であるコニャック・ミステリー大賞(Prix du Roman Policier du Festival de Cognac、1984年〜2007年)を受賞してデビューした作家である。ヴァルガス(1957- )は1986年に未邦訳の『Les Jeux de l'amour et de la mort』で受賞してデビュー、ルメートル(1951- )は2006年に『悲しみのイレーヌ』で受賞してデビューしている。ヴァルガスのほうが6歳年下だが、小説家としてはヴァルガスのほうが20年先輩ということになる。

 同賞からデビューした作家はほかに、1987年に『第四の扉』で受賞したポール・アルテ(1955- )、1991年に未邦訳の『La Bostonienne』で受賞したアンドレア・H・ジャップ(1957- )らがいる。ポール・アルテの英訳状況については連載「第4回」を参照のこと。

 

 

 

 

◆インターナショナル・ダガー賞、ノミネート回数ランキング

 

 インターナショナル・ダガー賞を複数回受賞しているのは、現在までのところフレッド・ヴァルガス(4回受賞)とピエール・ルメートル(3回受賞)だけである。ノミネート回数のトップ3は以下のとおり。

  • インターナショナル・ダガー賞へのノミネート回数(2006年〜2016年)
    • 1位 7回 【仏】フレッド・ヴァルガス(受賞4回)
    • 2位 5回 【伊】アンドレア・カミッレーリ(受賞1回)
    • 3位(2名)4回 【仏】ピエール・ルメートル(受賞3回)、【南アフリカ】デオン・マイヤー(受賞ゼロ)

 

 イタリアのアンドレア・カミッレーリ(1925- )は日本ではあまり知名度がないが、ノミネート回数はルメートルよりも多い。5回ノミネートされているものの、その5作のうち邦訳された作品は皆無である。

 カミッレーリの邦訳書はハルキ文庫から2冊出ている。邦訳出版は『悲しきバイオリン』が先だが、もし読んでみようという方がいたら、原著の刊行順(&作中の時系列順)に従って先に『おやつ泥棒』を読むことをお勧めする。

 

 

 南アフリカのデオン・マイヤー(デオン・メイヤー)(1958- )は今年も含め4回ノミネートされているが、まだ受賞したことはない。南アフリカにはロジャー・スミスやローレン・ビュークスなど英語で執筆するミステリー作家もいるが、デオン・マイヤーはアフリカーンス語(オランダ語の「子孫」にあたるアフリカの言語)で執筆する作家である。2012年のノミネート作『追跡者たち』のほか、『流血のサファリ』『デビルズ・ピーク』が邦訳されている。

 

 

 ノミネート回数「3回」の作家にはスウェーデンのヨハン・テオリン(受賞1回)、アンデシュ・ルースルンド(受賞1回)、スティーグ・ラーソン(受賞ゼロ)、ノルウェーのジョー・ネスボ(受賞ゼロ)、アイスランドアーナルデュル・インドリダソン(受賞ゼロ)がいる。

 アーナルデュル・インドリダソンはインターナショナル・ダガー賞の受賞こそゼロ回ではあるが、長編賞が英語作品部門と翻訳作品部門に分かれる以前の最後の年、2005年に『緑衣の女』でゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)を受賞している。

 

※第1次候補(ロングリスト)への選出もノミネートとしてカウント。2015年までは最終候補しか発表されていなかったが、2016年からまず第1次候補(ロングリスト)が発表され、ついで最終候補(ショートリスト)が発表されるという形式に変更になった。

※アンデシュ・ルースルンドは、ルースルンド&ヘルストレムでノミネート2回(受賞1回)、ルースルンド&トゥンベリでノミネート1回。

 

 

 

◆インターナショナル・ダガー賞の隠れた「4年連続受賞者」

 

 インターナショナル・ダガー賞を、実は4年連続で受賞している隠れた人物がいる。いや、「隠れた」もなにも、これは筆者が当ブログでインターナショナル・ダガー賞に言及する際にちゃんと紹介してこなかったというだけなのだが……。

 インターナショナル・ダガー賞は、作品の著者だけでなく翻訳者も受賞者となる。従来、英語圏では翻訳小説はあまり好まれず、翻訳家の地位も低かった。作品が翻訳物だと「ばれない」ように、翻訳者名が表紙に記載されないということは今でもしばしばある。

 

※日本では作家の名前を見れば、その小説が日本語で書かれた小説なのか、あるいは翻訳物なのかはほぼ判別できるが、英語圏ではカズオ・イシグロ、ナオミ・ヒラハラ、ジョー・シャーロン(チウ・シャオロン、裘小龍、Qiu Xiaolong)といった非英語圏にルーツを持つ英語作家も多いため、著者名だけではその作品が英語で書かれたものか翻訳物か判別できない。

 

 インターナショナル・ダガー賞は、翻訳者の貢献を正当に評価する。そして、そんなインターナショナル・ダガー賞を翻訳者として4年連続受賞しているのが、アイルランド人のフランク・ウィン(Frank Wynne)である。フランク・ウィンはピエール・ルメートル作品の英訳者であり、2013年に『その女アレックス』、2015年に『傷だらけのカミーユ』、2016年に『天国でまた会おう』で受賞している。――では、2014年は?

 2014年には、彼が英訳した『悲しみのイレーヌ』はノミネートはされたものの受賞には至らなかった。ただ、実はこの年の受賞作であるアルトゥーロ・ペレス・レベルテThe Siege(スペイン語原題『El Asedio』)の英訳者もフランク・ウィンであった。彼はフランス語→英語の翻訳家であり、スペイン語→英語の翻訳家でもあるのである。

 英国推理作家協会のインターナショナル・ダガー賞のページには、今年の受賞者としてピエール・ルメートルと翻訳者のフランク・ウィンの写真が同じサイズで掲載されている(リンク)。

 

 インターナショナル・ダガー賞を複数回受賞しているのはフレッド・ヴァルガス(4回受賞)とピエール・ルメートル(3回受賞)しかいないと書いたが、正確にいえば、ほかに翻訳者としてフランク・ウィンが4回(かつ4年連続)、Sîan Reynoldsが4回受賞している。Sîan Reynoldsはフレッド・ヴァルガス作品の英訳者である。

 

 

◆『64』の英訳者、ジョナサン・ロイド・デイヴィズの訳業

 

 横山秀夫『64』の英訳者であるジョナサン・ロイド・デイヴィズ(Jonathan Lloyd-Davies)の訳業もここに記しておこう。主なものは以下のとおりである。

 

 

 鈴木光司『エッジ』英訳版は、ギリアン・フリンゴーン・ガールという強敵をおさえて2012年度シャーリイ・ジャクスン賞(長編部門)を受賞している。

 

Edge

Edge

Gray Men

Gray Men

Nan-Core

Nan-Core

 

 

◆来年のインターナショナル・ダガー賞へのノミネート資格がある作品は?

 

 インターナショナル・ダガー賞はイギリスで1年間に出版された翻訳長編で、かつ出版社がエントリーの届け出をした作品が審査対象となる。その届け出が可能なのは英国推理作家協会によって公認された出版社に限られるが、同協会は公認出版社の一覧や、公認されるための条件をネット上では示していない。そのため、どの作品がエントリー資格を持っているのか、筆者にはよく分からないというのが正直なところである。(一方でアメリカ探偵作家クラブは、公認の出版社[=エドガー賞に作品をエントリーすることが可能な出版社]の一覧をネット上で公開しており、公認されるための条件等もサイトで示している。たとえば自費出版系の出版社や、設立されてから日が浅い出版社などは公認されず、従ってそのような出版社から刊行された刊行物はエドガー賞の審査対象にはなりえない)

 次回のインターナショナル・ダガー賞の対象は2016年4月〜2017年3月にイギリスで翻訳出版された長編である。その条件に当てはまるものとしては、たとえば松本清張『聞かなかった場所』の英訳『A Quiet Place』(イギリス版 2016年6月刊)があるが、これを出版したBitter Lemon Pressが作品をエントリーする資格を持っているのかは不明である。

 

A Quiet Place

A Quiet Place

聞かなかった場所 (角川文庫)

聞かなかった場所 (角川文庫)

 

 このように、「ある作品のエントリー資格の有無」はよく分からないのだが、エントリーされた作品を知ることはできる。ダガー賞の公式サイトで、エントリーされた作品の一覧が公開されているからである。来年のためのエントリーもすでに始まっており、インターナショナル・ダガー賞へのエントリーは2016年10月16日現在までに23作品(リンク)。日本の作品では、誉田哲也ストロベリーナイトの英訳『The Silent Dead』(ジャイルズ・マリー訳、2016年5月刊)がエントリーされている。ストロベリーナイトは姫川玲子刑事シリーズの第1作。第2作ソウルケイジの英訳出版も決まっている。

 また、邦訳のある作品ではピエール・ルメートル『死のドレスを花婿に』(英訳題『Blood Wedding』、英訳:フランク・ウィン)がエントリーされている。仮にこの作品が来年ノミネートされれば、ルメートルは5年連続のノミネートということになるが、果たしてどうなるだろうか。

 

The Silent Dead (Reiko Himekawa)

The Silent Dead (Reiko Himekawa)

ストロベリーナイト (光文社文庫)

ストロベリーナイト (光文社文庫)

 

 ほかに日本で知られた作家では、ラーシュ・ケプレルの未邦訳作品『Stalker』(スウェーデン語原題同じ/ヨーナ・リンナ警部シリーズ第5作)、ネレ・ノイハウスの未邦訳作品『To Catch A Killer』(独原題『Die Lebenden und die Toten』/刑事オリヴァー&ピア・シリーズ第7作)などが現在までにエントリーされている。

 ラーシュ・ケプレル(スウェーデン)のヨーナ・リンナ警部シリーズは日本では第3作まで邦訳されている。

 ネレ・ノイハウス(ドイツ)の刑事オリヴァー&ピア・シリーズは日本では第3作『深い疵』、第4作『白雪姫には死んでもらう』、第1作『悪女は自殺しない』の順で邦訳されており、今月末、第2作の邦訳『死体は笑みを招く』が刊行される。

 

催眠〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

催眠〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

深い疵 (創元推理文庫)

深い疵 (創元推理文庫)

 

 

 

◆前回の記事の補足――アメリカの編集者が日本の東野圭吾ファンに薦める作家は?

 

IN★POCKET 2016年 9月号

IN★POCKET 2016年 9月号

 

 前回紹介した『IN☆POCKET』2016年9月号(9月15日発売)の巻頭特集東野圭吾は海外でも大人気! 加賀恭一郎、NYへ行く。」から拙稿東野圭吾による現状打破〈ブレイクスルー〉・日本ミステリー英訳出版の現在」と東野作品の英訳者、アレクサンダー・O・スミスへのインタビュー東野圭吾作品翻訳者から見た、日本語英訳の難しさと魅力」の2つがネット上で読めるようになった(講談社のネットメディア「現代ビジネス」への転載/タイトルは変更されている)。拙稿は当連載の「出張編」のようなものとして楽しんでいただければと思う。

 

 

 ネットで読めるようになるのはこの2つだけだと聞いているが、特集はほかに以下のような内容で構成されている。

 

  • アメリカ、韓国、中国、台湾の東野作品担当編集者(あるいは出版責任者)へのQ&A
  • 英米の書評の抜粋紹介
  • 文藝春秋の海外版権担当者に聞く『容疑者Xの献身』エドガー賞ノミネート(2012年)前後のエピソード
  • 各国版の装幀比べ

 

 拙稿では東野作品のアジアでの人気についてはあまり触れていない。これは各国編集者へのQ&Aおよび「各国装幀比べ」を見ればアジアでの人気については十分に知ることができるからである。また拙稿ではたとえば、東野圭吾が「日本のスティーグ・ラーソン」などと評されていることに言及していないし、各作品が具体的にどのような言葉で評されているのかも紹介していない。これも、特集内のほかの記事を読めば分かるからである。拙稿はあくまでも「特集記事のうちの1つ」ということを前提に書いたものなので、やはり『IN☆POCKET』本誌で特集全体を読んでいただけると幸いである。

 

 前回の記事で以下のように書いた。

 

アメリカの編集者への質問、「日本の東野圭吾ファンの読者にオススメする、アメリカの作家を教えてください」に対する回答などは、国内ミステリーファンにも翻訳ミステリーファンにも非常に興味深いのではないだろうか。なんと答えているかは、ぜひ現物を入手して確認していただきたい。

 

 すでに2016年10月号(10月14日発売)が書店には並んでおり9月号はバックナンバーになってしまったので、この答えだけはここに書いておこう(もっとも、9月号の入手はまだ可能である)。アメリカの東野圭吾担当編集者、キース・カーラは以下のように答えている。

 

質問3 日本の東野圭吾ファンの読者にオススメする、アメリカの作家を教えてください。

 

 そうですね、有名なアメリカの犯罪小説家でプロットのスタイルが似ている、ジョン・ディクスン・カーエラリー・クイーン。それにアガサ・クリスティもお薦めです。もっと新しいところでは、心理描写や動機を盛りこむタイプの北米の作家、ルイーズ・ペニー、ジャクリーン・ウィンスピア、ウィリアム・ケント・クルーガーがあげられるでしょう。

 

 東野圭吾という作家がアメリカでどのように見られているかが分かる興味深い回答である。東野圭吾の作風はどこか黄金時代の作家を思わせる、というのは英米で比較的多くのミステリー読者に共有されている感覚のようだ。『悪意』が英訳された際、米国『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に載ったレビューには、東野圭吾ドストエフスキー流の心理的リアリズムと、アガサ・クリスティーやE・C・ベントリーを思わせる古典的な探偵小説の謎解きとを融合させる作家だが、『悪意』はその最良の例だ」(拙訳/リンク)と書かれている。これは同紙で長年書評の執筆を務め、ロス・マクドナルドの評伝『Ross MacDonald: A Biography』(2000年エドガー賞最優秀評論・評伝賞ノミネート)を執筆したことでも知られるトム・ノーランによる評である。

 

 

 また編集者のキース・カーラは「『容疑者Xの献身』がハリウッドで映画化されるとしたら」という質問に、探偵役の湯川学(ガリレオ)にベネディクト・カンバーバッチ(シャーロック!)、刑事の草薙にデイヴィッド・テナント、湯川と対決する数学者の石神にアルフレッド・モリーナ、という配役案を出している。

 ――と、特集記事の内容を書いてしまうのもさすがにここまでにしておこう。重ねて申し上げるが、非常に充実した特集になっているので、ぜひ『IN☆POCKET』本誌を読んでいただきたい。

 

 なお、キース・カーラは2012年のインタビューで彼が最初に担当した東野作品、容疑者Xの献身についてこんなふうにいっている。「『容疑者Xの献身』の真相は見抜けなかったし本当に驚いた。ミステリーを読んでいて真相に驚いて声まであげたのは、12歳の時にクリスティーの『そして誰もいなくなった』を読んで以来だったよ」(ブログ「Janet Reid, Literary Agent」、2012年10月1日付けエントリー)。

 

 

◆まだまだ尽きぬ「その後」の話題

 

 『64』のインターナショナル・ダガー賞ノミネートをきっかけに、以前の寄稿「日本のミステリー小説の英訳状況」(2013年11月)の「その後」を紹介するということで始まった当連載、同賞の結果を載せた今回をもって終了――とできれば綺麗だったのだが、話題はまだ尽きそうにない。文中で「次回以降」に紹介すると予告したものだけでも、東野作品の英訳状況(『IN☆POCKET』でほぼ書いてしまったが)、島田荘司とジョン・パグマイアのEQMMプロジェクト、Bento Books&早川書房による企画「ハヤカワ・ワールドワイド」があるし、それ以外にも清涼院流水が主宰する英語圏進出プロジェクト「The BBB」の進展、集英社の日本小説英訳・電子出版レーベル「Shueisha English Edition」の休止と復活、桜庭一樹赤朽葉家の伝説』英訳版のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞ロングリスト入り、アンソロジー『HANZAI JAPAN』のローカス賞ノミネート、英国ディテクション・クラブと本格ミステリ作家クラブの交流、などの話題がある。

 というわけでこの連載はもうしばらく続くが、どうかお付き合いいただければ幸いである。

 

ミステリーズ!  vol.79

ミステリーズ! vol.79

 

※英国ディテクション・クラブと本格ミステリ作家クラブの交流については、10月11日発売の東京創元社ミステリーズ!』2016年10月号(vol.79)に芦辺拓によるレポート大英図書館で「本格」を語ろう」が掲載されている。

 

     

松川 良宏(まつかわ よしひろ)

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 アジアミステリ研究家。『ハヤカワミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。論創ミステリ叢書『金来成探偵小説選』(2014年6月)解題執筆。ほかに「日本作家の英米進出の夢と『EQMM』誌」(『本格ミステリー・ワールド2015』)、「日本作家の英米進出の現状と「HONKAKU」」(『同2016』)。マイナーな国・地域の推理小説をよりメジャーな世界へと広めていくのが当面の目標。

 

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