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2017-06-21

【新連載・第1回】愛しているのは、誰のこと?――『ザ・ワン・アイ・ラブ』(執筆者:今野芙実)

 

 はじめまして。2012年に友人たちと立ち上げた女子カルチャー(という名目の好きなもの寄せ集め)webマガジン「花園Magazine」で映画や本の話を中心に記事を書いている今野芙実、またの名をばちこあるいはvertigoと申します。今後、定期的にこちらでミステリ要素のある映画作品やそれに関連する小説のレビューを掲載していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 こちらの翻訳ミステリー大賞シンジケートではミステリ「小説」に関する話題が多いと思うのですが、「映画」分野でこれは傑作ミステリ、というと皆さんどんな作品を思い描かれることが多いのでしょう? 原作があるものでしょうか、オリジナルでしょうか?またそのなかでは、どんな点が評価基準になるのでしょう? テーマやキャラクターが原作や作家の精神性に忠実であること? オリジナル作品としてのアイデアの強度? 「映像作品ならでは」の画面設計や音楽、演出面の面白さ? それとも驚きの大きさ?

 

 人によって色んなパターンがあると思いますが、小説と同様に映画においてもまず「ミステリ映画」という定義から難しいものだと思います。私はこの概念をかなり広く捉えているほうなので、その映画に何かしらの「謎」が存在していて(場合によってはそのことに最後まで気づかないことさえあるかもしれません)、どこかのタイミングでその謎や秘密の本質が見えて「そういうことだったのか」とハッとする……そんな映画のすべてを「ミステリ映画」と呼んでもよいのかな? と思っています。

 

 ただ、そうすると正統派の「探偵もの」や何等かの事件の犯人/方法/理由を見出すことに主眼を置いた作品(一般に「ミステリ映画」という単語からはそちらが連想されるでしょう)との区別が難しいかもしれません。

 というわけで、ここでは「秘密/謎/奇妙なことがドラマを牽引する映画」はざっくり全部「ミステリアスな映画」というまとめ方にして、国も時代も幅広くさまざまに取り上げていきたいと思います。名付けて、ミステリアス・シネマ・クラブで良い夜を

 

 前置きが長くなりました。こうした広い意味で捉えたとき、「愛」にまつわる話というのは最も謎と秘密に満ちたものといえるでしょう。特に、喪われた、もしくは喪失の危機にある愛はその存在自体がドラマティックでスリリング。今回取り上げるのは、まさにそんな作品です。

 

『ザ・ワン・アイ・ラブ』(THE ONE I LOVE)[2014.米]

( https://www.netflix.com/Title/70299863 )

  

 現在Netflixで鑑賞可能なチャーリー・マクダウェル監督の『ザ・ワン・アイ・ラブ』は、大変不思議で大変面白く、あたたかいのにひんやりしていて、楽しいけれどなんだかちょっと怖くなる、そんなミステリアスな作品です。原作はないオリジナルなのですが、昔どこかで読んだ懐かしい短編のような雰囲気を感じられる方もいらっしゃるかもしれません。

 

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あらすじ:結婚生活が続くうち、恋愛の最初の頃の気持ちは遠い日のことになってしまった離婚寸前の夫婦イーサン(マーク・デュプラス)とソフィー(エリザベス・モス)。普段の生活にも噛み合わなさを感じている彼ら。しかし、もう一度共にやり直そうとセラピストに紹介された山荘を二人きりで訪れます。ところが、その山荘のゲストハウスで不思議な事態が起こり、二人の関係は奇妙なことに……

 

 この「奇妙な展開」からのストーリーはここでは伏せておきますが、ほぼマーク・デュプラスとエリザベス・モスの二人芝居で、場所も非常に狭い範囲で展開するドラマにもかかわらず、ラストには「私とは?」「あなたとは?」「愛とは?」という全人類への問いみたいなところまで考えてしまっている映画、だとお伝えしておきましょう。

 

「同じ顔に見えて、全部違う」マトリョーシカ。ぎこちない男女のぎこちない諍い。くだらない遊び。夫婦の会話はもちろん、「見ている景色」「聞こえている音」のズレから「お互いに抱く違和感/言わなかったけど思っていたこと」そして「物語の展開の暗示」がそれとなくなされているという点でもミステリ的に面白いと思います。窓や扉の向こう側に見るもの、ゲストルームで見せる表情が夫婦でまったく異なることが意味することとは――

 

 この映画の冒頭で、カウンセリングを受けている妻がこんなことを語ります。

 

前は何をしていても楽しいと感じられたし、幸せにあふれてた

なのに今は……あえて楽しく過ごそうとしてる

 

 この映画が実に〈ミステリアス〉なものであると同時に誰しもハッとさせられるものだと思えるのは、「あんなにも幸せだった私たちという亡霊からは、本人たちがいちばん逃れられないということのさみしさの普遍性であるように私は感じました。

 

 わたしがすきなあなたはあなたなのか? あなたがすきなわたしはわたし? 彼らが今互いに期待する愛とはどんなものなのか? タイトルの『ザ・ワン・アイ・ラブ』が「ゲストハウス内に存在するもの」と「それにまつわるルール」として設定されることで見事な関係性の比喩になっていることにぜひご注目ください。果たして、「あの頃」の愛を取り戻したい二人の間に何が起きて、何が起きないのでしょうか? 独特の不協和音と木管楽器の使い方が印象に残る、不穏で浮遊感のあるスコアも大きな効果をあげています。

 

■よろしければ、こちらも その1
『ブルージェイ』(BLUE JAY)[2016.米]

( https://www.netflix.com/title/80117746 )

 

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 なおこの題材を突き詰めると、同じくマーク・デュプラス主演の「高校時代の恋人同士が中年になって地元の街で再会する」という『ブルージェイ』になります。こちらも狭義のミステリではないのですが「明かされること」によってそれまでの展開に納得するという点でミステリ性があるといえるかもしれません。こちらもNetflixで鑑賞可能です。

 

■よろしければ、こちらも その2
『異国の出来事』ウィリアム・トレヴァー

 

 この映画のさみしさと似ている感覚を思い出したのは、「旅」が描かれる短編を集めたウィリアム・トレヴァー『異国の出来事』を読んだときでした。これもいわゆる「ミステリ小説」というジャンルではないと思うのですが、「見えないけれど消せない傷や真相」がふっと姿を現す点、そのときに圧倒的なさみしさがある点に優れたミステリ性を感じたのでした。

 たとえば『版画家』の主人公がいくつも刷り出していく風景の中にある、まだ少女の頃に留学先であった小さな出来事への思い。『ミセス・ヴァンシッタートの好色のまなざし』の他人が何といおうと「ふたりだけが知っている」真実の痛々しさ。『帰省』で悪ふざけを繰り返していた少年が、困らせていたはずの付き添いの女性に突然感情を吐露され始めたときのいたたまれなさと恐怖……

 

 勝手な「こうだったらいいのに」「こうなるはず」の期待・予想と「そうじゃなかった」真実への失意、いやそれは自分の勝手な幻想だとわかってはいるけれど……という感情の前に、立ち尽くす人物という表現、あるいは「思っている/いたのとは違った……」感覚そのもののミステリ性、に思いを馳せながら、今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)

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 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。

 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。

 

密会 (新潮クレスト・ブックス)

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