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2013-06-26

第十だらだら(空港管制官はどうしゃべる?)

 

 プライベートのほうで(まるで消火器詐欺みたいな書き方ですが)いろいろとあったものだから、まるまる一年あまりもこのコラムをお休みしてしまった。もう死んだのかな、と思った読者も多かったでしょう。安心してください、まだしばらくは生きてます。

 ま、それはこっちへ置いといて……。

 

 まず、最初に断っておかなくてはいけないが、わたしは本の虫である。といっても、前世が紙魚であるとか、ご先祖様がダイオウグソクムシだとか、そういう話ではない。子供の頃から本が好きで、図書館に入り浸って日本の小説も外国の小説もずいぶん読んでいた。純粋に経済的な問題を別にすれば、本を買うことにためらいはない。

 だからというわけではないが、まだ駆け出しの翻訳者時代、航空パニック小説をはじめて訳すにあたって、とにかく参考書を買いこんだ。当時はインターネットなどまだ影も形もなかったので、調べ物をするなら図書館に行くか、専門書を買いこむしかなかったのだ。実は編集者時代に、なかなか犢觀飜瓩離僖縫奪小説を担当したことがあって、「無知による間違い」「無神経による間違い」にいささか過敏になっていたことは事実だと思う。

 で、とにかく関係の有りそうな資料を手当たり次第に買いこんだ。『世界航空機年鑑』『航空用語事典』『航空工学講座 航空英語入門』『新航空管制入門』『運輸省航空局管制方式基準』『飛行機メカニズム図鑑』等々。言うまでもなく、小説で取り上げられている事実の基本的概念を抑えていなければ、いかに辞書を積み上げても翻訳はできない。わたしは小説中に自分が知らない言葉が出てきた時に、たとえば「ボーイング707」という言葉を記号としてそのまま訳すのではなく、どんな形のどのくらいの大きさの旅客機なのかなど確認したいという性格なので、図録、図鑑のたぐいも買った。航空機の形や構造、空を飛ぶ原理などは分かっても、本ではわからないことはある。以前にも書いたが、友人の父君が日航の国際線の機長だったので、いろいろ教えてもらえたのはありがたかった。前述の豪傑訳もその方のおかげでかなり訂正することができた。

 それでも、翻訳する上で困ったのは乗務員の言葉遣いや、管制官とのやりとり。以前にも書いたことがあるが、航空管制官とパイロットとのやりとりは、すべて英語で行われる。それは英米ばかりでなく、東ヨーロッパであろうが、南アフリカであろうが、日本国内であろうが同じことだ。

 

 たとえば、拙訳『ロボポカリプス』の原文にはこんな一節がある。

 

American 1497. This is Denver approach. Climb immediately to 14,000 feet. You have traffic at your nine o'clock. Fifteen miles.

 

 これはデンバー空港の管制官が、旅客機のパイロットに呼びかけた言葉だ。

 日本国内を含め、世界中のすべての管制官とパイロットとの交信でこれと同じような言い方がされている。翻訳というものが、原文を日本国内で通用している単語と用法とに置き換える作業だとすると、この場合は日本人パイロットと日本人管制官とが実際に話しているように、「アメリカン1497。ディスイズ・デンバー・アプローチ。クライム・イメディエットリイ……」とカタカナ表記で訳出(!)すべきことになる。もちろん、そんなことは問題外だ。なぜ問題外かというと、そんなことをして、いくらカタカナを羅列しても、読者に対して、なんの情報も与えられないからだ。このあたりのことは、これまで書いてきた訳注の意味というのと、共通点があるといえるだろう、つまり訳注の意味とは、作者や訳者の知識をひけらかすことではなく、読者に対してどれだけ(小説を楽しむ上で)有用な情報を与えられるかに尽きるからだ。

 

 話を戻すと、上記の英文は、アメリカン航空1497便。こちらデンバー進入管制。ただちに高度一万四千フィートに上昇してください。九時方向に他の機があります。距離は十五マイル」と訳した。ちなみに九時方向というのはアメリカン航空機から見て、左真横ということ。さて、この九時方向というのを訳注にするかどうか? 英米の軍事、警察物でも当たり前のように使われている言い方で、地面に時計の文字盤を置いたという感覚で、真正面が十二時、真後ろが六時になる。

 この表現は海外の映画やテレビドラマの中で警察官や軍人が普通に使っているので、もはや常識の範囲内だろうと勝手に思いこんでいたのだが、昨年の夏頃、意外な発見をした。新聞の読書欄で、編集者が自分の手がけた本を紹介するというコーナーがあったのだが、そこで某社の編集者が日本人作家の新作『12オクロック・ハイ』に絡んで、「12時の方向(真上)に敵がいる!」という意味です。」と書いていた。元になった古い映画『頭上の敵機』の原題が12 O'Clock High瓩覆里粘違いしたのだろうが、「頭上」の部分はHighだけですから。原題の正しい訳は「前方上空」です。ちなみに「敵機」は bandit という。この編集者は壁にかけてある時計の文字盤を見て早呑込みしたんだろうなあ。いろいろ悩んだ末に、結局、「九時方向」に訳注は付けなかった。

 

 同じように訳注は付けなかったが、ただし地の文で言葉を足した例をひとつ。同じく拙訳の『CSI:科学捜査班 鮮血の絆』の中で、連続殺人犯の人物像に決まりきったパターンなどないと説明している以下のようなセリフが出てくる。

 

Gacy was a clown, Bundy a law student, Juan Corona a labor contractor who killed two dozen for fun and profit.

 

 文字通りに訳せば、「ゲイシーはピエロだった。バンディはロー・スクールの学生だ。フアン・コロナは出稼ぎ労働者で、快楽と金のために20人(厳密に訳せば24人)以上殺した」となる。ただしアメリカ人ならともかく、ほとんどの日本人ではこの描写だけではゲイシーやバンディが誰だか分からないはずだ。話者の一定の感情がこめられているセリフに詳細な訳注を入れて雰囲気を壊すのは嫌いだし、この場合は、読者が誤解しかねない書き方なので、小生は以下のように言葉を足してみた。

 

「シカゴの連続殺人犯ジョン・ウェイン・ゲイシーは資産家でピエロの扮装をして犯行を重ねた。若い娘ばかり狙ったシアトルの殺人鬼テッド・バンディはロー・スクールの学生だった。カリフォルニアのフアン・コロナは出稼ぎ労働者で、快楽と金のために二カ月間で20人以上も殺した」

 

 原文では「二ダース」になっているのを「20人以上」にしたのは、実際の裁判では被害者は25人と認められたため。日本人の感覚だと二ダースは24きっかりであって、25ではない。このあたり、原文はアメリカ人の感覚では「嘘」でも「間違い」でもないのだろうが、日本人の感覚とはちがうので、あえて曖昧にした。

 ただ、こういう(言葉を足す)処理の仕方は訳者によっては異論があるかも知れない。あくまで娯楽読み物としての(読みやすさ、分かりやすさを優先した)工夫だということを肝に銘じて。

 

デーモン(上) (講談社文庫)

デーモン(上) (講談社文庫)

デーモン(下) (講談社文庫)

デーモン(下) (講談社文庫)

 ここで唐突に話題を変えるが――。

 『デーモン』(ダニエル・スアレース著、上野元美訳、講談社文庫)という本を手にとったとき、よくもこんな面倒くさい仕事を引き受けたものだな、と思った。誤解のないように言っておくと、呆れたわけではなく、感嘆したのだからね。もうひとつ断っておくと、翻訳者は知人である。女性だが軍事物の翻訳もいろいろ手がけている中堅どころの翻訳者。ただし、今回この本を取り上げたのはその内容に関してであって、決してその翻訳者とわたしが知り合いだからというわけではない。もっとも、翻訳書の編集者をしていて、その後翻訳を職業にして、ミステリ忘年会に何年も顔を出していると、たいていの翻訳者は知人だと言っても間違いはないのだが。

 本題に戻ろう。何が面倒くさいかと言うと、『ロボポカリプス』もそうだったが、本書もコンピュータ関連の用語が頻出する。コンピュータ、ゲーム、プログラミングというのは、まずそれぞれの分野で独特の専門用語が無数にある。普通名詞、ありきたりの形容詞、動詞に見えても、実はその分野で独自の意味や用法があったりする。同じゲーム会社の中でも、特定の単語の意味が部局によって異なることも珍しくないほどだ。今はネットを使っての調べ物ができるし、原作者に質問することも簡単にできるので、ある程度楽にはなったが、それでも訳者の無知、勘違いによる誤訳の危険は常に付きまとう。前にも書いたことだが、作者は自分の知っていることだけを書けばいい。知らないことは書かなければ済むからだ。ところが、訳者のほうは、作者が知っているいないにかかわらず、すべてを調べなければならない。手間と報酬を考えると、作者より訳者のほうが絶対に損だ。

 さらに、コンピュータ、ゲーム、プログラミングは、読者の知識の程度がとんでもなく多様になっているおそれがある。作品はエンターテインメントなので専門家だけが読むわけではない。たとえば、パソコンには触れたこともなく、携帯電話でメールをするくらいという人も読めば、現役バリバリのプログラマーも読むかもしれない。そうすると訳し方、訳注、読者をどのレベルだと想定するか、編集者とも相談して、かなり頭を悩ませなければならない。

 

 ここで、自分が詳しい知識を持たない分野の翻訳をする場合の落とし穴について。その分野の参考書(実は、知識のない人間に正しい参考書を選べるかという問題もあるが)を漁るなり、検索をするなりで済む場合はいいが、自分の理解が正しいのか、解釈に間違いはないのか不安が残る場合は、専門知識を持った他人に訊くしかない。

 ところが、そこに大きな落とし穴が待っていたりする。まず、専門知識を持った人物を探すのが至難の業だ。その方面の研究者学者でも、あなたが知りたいことを知っているとは限らない。ことに象牙の塔の住人だと自分が全知全能だと思いこんでいる人もいて、トンチンカンなことを教えてくれたりする(実話)。

 その方面の広い、正しい知識を持ち、ある程度は英語がわかって、専門家と一般人との違いも心得ている……という人物が理想なのだが。

 ちょっと長くなりすぎたので、次回に続く。

 

 

鎌田 三平(かまた さんぺい)

1947年千葉県生れ。明治大学文学部卒業。主な訳書にカミンスキー『CSI:ニューヨーク 焼けつく血』、バトルズ掃除屋クィン 懸賞首の男、クリード『ブラック・ドッグ』、アボット『パニック!』、レヘイン『愛しき者はすべて去りゆく』など。

 

深海のとっても変わった生きもの

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12オクロック・ハイ - 警視庁捜査一課特殊班

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ザ・パシフィック 上

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2012-01-10

第九だらだら(AKBファンの気持ちがわかるとき)

 

 半年以上のご無沙汰になってしまった。別に大病をしたとか刑務所に入っていたとか、そういう訳ではないからご安心を。まあ、誰も心配していなかっただろうが。今回はちょっと趣向を変えて雑談を。もっとも、いつも雑談といえば雑談なのだが。

 今回は「翻訳者って、どこまでやらなきゃならないの?」ということ。

 

 ずいぶん前の話だが、警察の用語集を作ったことがある。えーと、いつのことだっけと考えなければ思い出さないほど昔の話。結局、考えても思い出せなくて、本棚を引っ掻き回してしまったんだが。

 わたしが某社編集者から、とある翻訳を依頼されたと思ってほしい。あいまいな書き方をしたのは忘れたからじゃなくて、いろいろ差し障りがあるから。それはニューヨークの警察官が主人公のシリーズなのだが、なんとシリーズの第二作目だった。実は一作目は他の翻訳者の手になるものが間もなく出版されるのだが、あまり出来が良くないので翻訳者を変えることにして、それをお願いするというのだ。

 普通、どんな作品でも一番売れるのはシリーズの一作目で、二作目以降はしりすぼみに部数が減っていくものだ。たとえ途中から人気が出たとしても、売れるのは一作目から。そして、読者の頭には一作目の訳者の名前が残ることになる。というわけで、二作目から引き受けるというのは、あまり美味しい仕事ではない。とはいえ、当時のわたしには(今でもそうだが)仕事をえり好みする余裕はない。

 シリーズ物となれば固有名詞の表記の統一、用語の統一などしなければならないので、一作目の翻訳をゲラで読ませてもらった。一読して気づいたのは、訳の良し悪しよりも警察関係の用語の混乱と誤解だった。警察署長が事件現場にわざわざ出向いたり、署長が部長刑事から叱責されたりしているのだ。いくらなんでも、と慌てて編集者に連絡したが、修正することは時間的に無理だった。

 

 実は、わたし自身、翻訳出版社に6年間も在籍していながら、警察小説を手がけたことはほとんどなく、警察についての知識も、それほど熱心ではない読者程度しかなかった。その当時の編集部にも警察用語集なるものはなかった。断っておくが、そのこと自体は問題ではない。日本とは異なる組織で定訳があるわけでもないのだから、用語集みたいなものがなくて当たり前。その作品、作品で翻訳者が自分で訳語を選び、それが世間の常識と乖離していなければ、それでいいということなのだ。

 用語集が必要なのは、長いシリーズ物で、たとえ一人ですべて翻訳していても訳しミスが不可避な場合。あるいはシリーズ物を何人もで訳す場合などだ。たとえば長大なSF『デューン/砂の惑星シリーズでは担当者が、主に校正の利便性を考えてだが、用語集を作っていた。わたし自身も、在職中にまったく違う分野の用語集で大変な苦労をしたことがあったのだが、これはさすがに差し障りが多くてここでは書けない。

 で、わたしの場合、その警察小説を引き受けるにあたり、自分が警察用語に詳しくないということもあって、用語集がどこかにないかと考えた。まずは翻訳出版をしている各社の編集者に「警察用語集とか参考になるリストとか御社にありませんか?」と訊いてみた。ところが、軒並み「そんなものはない。あなたが作るなら、ぜひ欲しい」という返事。はは、ちょっと脱力感。

 こうなると、何がなんでも自分で用語集を作るしかない。そこで、まずは警察絡みの翻訳小説の原書と翻訳を手当たり次第に引き比べて用語のリストアップからはじめた。これがとんでもなく体力と気力を使う作業で、まさに若い(?)頃だからできたことだ。今のわたしには、とてもそんな気力も体力も暇もない。用語を考えるにあたっては、日本の警察のことも知らなければならないので、同業の友人数人を誘って、警視庁見学にも出かけた。もちろん、パンフレット、資料などたくさんもらってきた。

 で、用語を集めていくうちに、市警組織のことが気になってきた。Detective Commander と Chief of Detectives とどっちが上なんだ? パトロール警官と刑事とどう違うんだ? ということで、警察組織のことも調べなければならなくなった。実はこの用語集作成の過程で分かったことなのだが、アメリカの市警察はニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなど都市によって組織編成は大きく異なるし、同じ都市でも頻繁に変更されることがある。だから、絶対的な組織図、絶対的な役職名などは存在しないのだという。この頃、大先輩の故上田公子女史がニューヨークに遊びに行くということがあって、もちろんお願いしてワン・ポリスプラザにも脚を運んでもらった。上田女史は、NYPD署内の壁に貼ってあった組織図を、わざわざ剥がしてコピーを取ってもらってきてくれた。これはその後の作業に大いに役に立った。

 そうやっていろいろ集めていくと、はじめは警察官の役職名と装備などの名称一覧くらいに考えていたものが、どんどん膨らんでいってしまった。警察ばかりでなく、拳銃に関する言葉、麻薬関係の言葉、ニューヨークの地名等々……。

 わたしはオタクでもコレクターでもAKBのファンでもないつもりだが、用語集を作る作業の過程で、彼らがのめり込んでいく気持ちというのが多少は分かった気がする。

 ここでお断りしておかなくてはいけないのだが、翻訳者がいちいちそこまでしなければいけないのか、という問題がある。

 結論から言えば、そこまでする必要はない。

 前にも書いたことだが、翻訳は舞台演出のようなものだ。その一冊、そのシリーズの中ですべてが完結している舞台だから、他の芝居との整合性を考える必要はない。翻訳者が考えるべきなのはその世界の中で整合性がとれているか、使われる言葉が読者に違和感を感じさせないかということに尽きる。

 ただ、この場合は、わたし自身が警察関係に詳しくなかったので、勉強のつもりでというモチベーションがあった。もうひとつ、あまり他人に言えることではないのだが、一作目がそういう出来だったので、わたしはちゃんとした翻訳をしたい、一作目の訳者とは違うところを見せたいという力みもあった。

 作った用語集は、異論や間違いがあれば指摘してくれと各社の編集者に配った。

 この警察用語は同業者の金子浩氏がデジタル辞書の形にしてくれて、自分のブログにアップしてくれたので、ご覧になった方もいらっしゃるだろう。ただ、警察関係の用語というのは、まだ楽なのだ。コンピュータ関連だと、地獄ですぜ、あーた。その話もいつか。

 件のシリーズは売れ行きが芳しくなかったのか、数冊で終わってしまった。では、用語集を作ったのは壮大な労力の無駄だったのか? そうとばかりは言えない。それをきっかけにして、警察小説の翻訳依頼がいくつも来た。9点に及ぶCSIのシリーズも手がけさせてもらった。もっともテレビドラマのCSIシリーズは、現実の警察とは違うというのは承知している。鑑識課員にすぎないメンバーが犯人逮捕に同行することは現実にはありえないという話だ。実際の鑑識では容疑者がどういう人物かを知らないで作業を進めなくてはならないという。

 CSIの翻訳の時は、さすがに古い警察用語集では足りず、簡単な鑑識用語集まで作ってしまった。

 うむ、やっぱりある種のオタクかもしれない。

 ただ、どこかであの用語集を参考にして翻訳をしてくれている訳者がいるかも知れないと思うと、ちょっと嬉しい。

鎌田 三平(かまた さんぺい)

1947年千葉県生れ。明治大学文学部卒業。主な訳書にカミンスキー『CSI:ニューヨーク 焼けつく血』、バトルズ掃除屋クィン 懸賞首の男、クリード『ブラック・ドッグ』、アボット『パニック!』、レヘイン『愛しき者はすべて去りゆく』など。

 

 

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2011-04-26

第八だらだら(続・訳注という地雷)

 

 前回は訳注について、途中までしか書けなかったので、今回はその続き。(と思ったが、またずるずるになってしまった。反省^^;)

 前回は訳注を本文中に吸収させるという方法を書いた。その時も書いたが、セリフの中では難しいが、地の文の中なら比較的容易なため多用されている方法だ。それでも、どこまで書くかという問題は残る。訳注、というか小説中に登場する名詞等は、その本の、というよりその出版社の読者がどれだけ知識を持っているかによって処理が大いに異なる。

 

 たとえばスパイ冒険小説の読者であれば、ある程度の軍事や銃器の知識は持っているだろうから、訳注よりもむしろ正確な名称を書くことのほうが重要だ。スパイ冒険でも映画原作であれば、読者は幅広くなるので、ハードルをかなり低く設定したほうがいい。読者は機関銃とサブマシンガンとの違いも知らないのかもしれないから。(ここで気がついた。あなたが今、それを知らないからといって、焦る必要はない。翻訳者であろうと予備軍であろうと、その違いを知る必要がないまま一生過ごせるかもしれないのだから。必要なことは、仕事の上でいざサブマシンガンが出てきた場合に、なんだかよく分からないけど、そのまま訳しておこう、と思わないで、誰か知識のある人間に確認することだ。なんなら、わたしにメールで質問してもいい。即答できないかもしれないが、必ず答えます)また、同じミステリでもコージー・ミステリと本格謎解きでは読者層もその知識もかなり違うだろう。

 

 わたしが翻訳をはじめて間もない頃、そういうことを痛感させられた出来事があった。故人になってしまったが、かつて文春に松浦氏という名物編集長がいらした。方向性もはっきりせず、出だしで蹴躓いた文春文庫の翻訳部門を立て直した方だ。翻訳者としてはまだ駆け出しで、それほど実績を積んだわけではないわたしが、松浦氏の依頼ではじめて文春文庫を訳したとき、「伝説のゲラチェック」を受けた。これは当時すでに中堅であった吉野美恵子さんや佐々田雅子女史なども受けたことがあって、その地獄の責め苦については広く語られている。

 わたしの場合は、午後一に文春本社に出向くと、初校ゲラと研究社大英和を抱えた松浦氏と会社近くの喫茶店に直行。松浦氏が真っ黒になるくらい鉛筆のチェックを入れた初校ゲラを広げて、膝突き合わせての推敲が始まる。日本語の誤用、誤訳や訳し落としならまだいい(?)。「おっしゃるとおりです。わたしのミスです。申し訳ありません」で済むから。松浦氏の本領はもっと深いところにある。「ここはちょっと文章が硬くないですか?」「この訳文だと別の意味にも取れて読者が誤解しませんか?」「この訳だと作者がわざわざこの単語を使った意味が消えてしまいませんか?」「たしかに辞書にはそう書いてありますが、ここでそれをそのまま書いて読者に理解できますか?」ベテランの編集長が駆け出しの翻訳者相手に、口調は丁寧ながら一発一発骨に響くような指摘をしてくるわけだ。

 こちらはそう言われるたびに、その場で大英和を引き、脂汗を流し、顔を真赤にしながら必死で訳語を考える。その時に言われたことで印象に残った言葉は「早川や創元の読者だと翻訳を読み慣れているからこういう書き方でも理解してもらえるでしょうが、文春の読者だと、生まれてはじめて手にとった翻訳小説がこの本だという場合があります。そういう読者にも違和感なく受け入れてもらえるような文章を望んでいるんです」

 わたしは目からウロコが落ちた思いがした。中学生の頃から早川創元の小説を山ほど読んで、その後の経験もあってすっかり翻訳小説人間になっていたわたしは、自分の世界を鉄槌一振りでぶち壊されたような気がした。本の虫だったわたしの青春時代はなんだったんだろうね?

 それ以降、この言葉を常に肝に銘じて翻訳をすることにしている。ま、あくまで理想としてなのですが。

 そうこうしているうちに、夜になって喫茶店から追い出され、人気の無くなった編集部で推敲の続きをして、ついに終電の時刻になって、慌てて松浦氏と二人で東海道線の最終に飛び乗って……ここまでで推敲が済んだのは半分だけ。翌日、またその続きをして、まる二日かけて一冊分が終わるとこちらは精神的に打ちのめされ、プライドはズタズタになり、心身ともに疲れきって、その心理的ダメージは一カ月近く続いたものだ。本気で、もう翻訳をやめようかとなんども思ったもんね。

 他社の仕事が間に入ったりしたが、その文春文庫の仕事が四冊続いた。おもしろいもので、一回そのゲラチェックを受けると、自分なりに頭の中に翻訳理論のようなものがばくぜんと出来上がる。次の仕事の時にはその理論に従って翻訳していくのだが、頭で考えたとおりにはなかなかいかない、そこで実際の翻訳作業をしながら、理論を修正していく。その時に、ああ、翻訳ってこういうことなんだ、と学ぶ喜びみたいなものを再発見してわくわくした覚えがある。悲しいことに、大学の英文科ではそんな喜びを味わったことがなかったね。

 まあ、六年間、翻訳小説の編集者をしていながら、翻訳のことは実は何も分かっていなかったんだというお粗末なんだが。

 松浦氏は伝説の編集者なので別格のところはあるが、翻訳という商売を考えたとき、とにかく編集者というのは第一の読者なのだから、その意見は(たとえずっと年下であろうと、生意気であろうと、うそつきであろうと、中日ファンであろうと)大いに尊重すべきだと思っている。なにより、その出版社の読者層、その本の想定読者を心得ているのは当の編集者なのだから。

 断るまでもないことだが、編集者は決して万能ではないし、司令官でもないのだからその意見に盲目的に従うべきものでもない。翻訳者は出版社の下請けではなく、対等の取引相手なのだから。

 あ、そうそう、知っている人も多いと思うが、わたしは一度、どうにも腹に据えかねる編集者をひとり殺したことがある。

(ここで、次回に続くとやったら、さすがに怒るだろうね)

 

 本筋からは逸れるし、翻訳とは関係のない話だから、興味のない人はどうぞ他のページを読みに行ってください。この先の文章が、たとえつまらなくても決して文句を言わないように。

 いろいろ差し障りがあるので全て仮名にするが、十数年前、中堅翻訳者のA女史が訴訟を起こすかもしれないと言い出したことがある。聞けば、B出版社のCという編集者がセクハラ的態度をとったというのだ。その行動を腹に据えかねたA女史はCをセクハラで訴えるという。Cの同僚の女性編集者も味方になってくれたそうだ。ただし、わたしはC氏とは面識がなく、すべてA女史から聞いた話である。また、わたしがA女史から個人的に相談を受けたわけではなく、彼女がわたしを含む同業者グループにアドバイスを求めてきたのだ。

 わたしは訴訟には反対した。決して編集者の肩を持つわけではなく、セクハラ訴訟というのは水掛け論になりやすく、労多くして得るものは少ないと思われるからだ。また訴訟の過程で、女性編集者も板挟みになって、その人も気まずい思いをすることになるだろう。時間も手間も大いに浪費されて、たとえ勝っても負けても得にはならないだろう。だから、訴訟は考えずに、とりあえずB社の残った仕事は女性編集者を通して進め、嫌であれば以降B社の仕事は受けないという形を取ること、というのがわたしのアドバイスの概要。(ね、言ったでしょ? わたしは筋金入りのヘタレだ、って)それでも気持ちが収まらないというのであれば、ちょうど今書いている小説の中で、その編集者を思いっきり残虐な方法で殺します、それで我慢してくださいと申し出た。

 そして、ナースの友達(いたのですよ、その時はナースのお友達が)に、一番苦しい死に方はどういう死に方だろうと相談し、小説の中で、さすがにB社の名は出さなかったが、Cという苗字だけそのまま使って、その男を(ただの脇役なのだが)持てる技法の限りを尽くして思いっきり痛くて、おもいっきり苦しくて、おもいっきり苦痛が長引く死に方で殺してやった。

 具体的には、30メートル落下してコンクリートの床に叩きつけられて脊椎が折れ、肋骨も折れて肺を突き破り、大腿部開放骨折、腹腔内出血、多発外傷で意識があって激痛に苛まれながら身動きもできず、出血多量で徐々に死に近づいていくその目の前で時限爆弾がカチカチカチ……。

 専門家のアドバイスを取り入れ、オリジナリティも加味したその殺し方は、件のナースから「分かる人が読んだらたまらないわ」という意味不明の褒め言葉を頂いた。

 わたしの殺し方で気が済んだのか、A女史は訴訟を起こさなかった。C氏がどうなったか、今どうしているかは知らない。

 

◇鎌田三平(かまたさんぺい)1947年千葉県生れ。明治大学文学部卒業。主な訳書にカミンスキー『CSI:ニューヨーク 焼けつく血』、バトルズ掃除屋クィン 懸賞首の男、クリード『ブラック・ドッグ』、アボット『パニック!』、レヘイン『愛しき者はすべて去りゆく』など。

 

 

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