ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

翻訳ミステリー大賞シンジケート このページをアンテナに追加

■7月31日より新サイトでの更新に移行いたします。こちらの旧サイトはまもなく閉鎖いたします■


第八回翻訳ミステリー大賞 決定!!

■各地読書会カレンダー■

※イベントカレンダーに掲載ご希望の方は事務局までメールでお知らせください。
翻訳ミステリー・イベント・カレンダー
イベント内容(案内記事リンク/=関連書アマゾン)


2011-12-28

巻の3・SFミステリーの傑作『星を継ぐもの』

星を継ぐもの 1 (ビッグコミックススペシャル)

星を継ぐもの 1 (ビッグコミックススペシャル)

星を継ぐもの 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

星を継ぐもの 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

 

 第3回目にしてSFを取り上げるとは、よほどテーマに困っていると思われるかもしれません(まぁ、ネタ不足なのは事実ですが)。でも、『星を継ぐもの』はしっかりした「SFミステリ」(原作発表当時「EQMM」にレビューが載ったというほど)なので、12月に第2巻が出たところでもあり、今回紹介したいと思います。

 月面で、宇宙服をまとった遺体が発見されます。氏名不詳のため「チャーリー」と名づけられた遺体は、骨格などから「人間」だと判断されました。しかし、一点大きな疑問が残ります。「チャーリー」が死亡したのは、約5万年前のことだと推定されたのです……。

5万年前の遺体をめぐり、物理学者のヴィクター・ハントと生物学者のクリスチャン・ダンチェッカー(そして、その他の学者たち)が仮設を立て、議論を通じて検証し、ついには「チャーリー」の意外な正体にたどりつく、というのが『星を継ぐもの』の読みどころです。様々な専門家が調査した事実をとりまとめ、大胆な仮説を展開する主人公・ハントの役割は、捜査機関のデータをもとに(そして警察が思いもつかない切り口で)犯人を指摘する「名探偵」のようです。

そうした本書を漫画化したのは星野之宣。『ブルーシティー』『2001夜物語』などのSF漫画を手がけ、1992年には『ヤマタイカ』で第23回星雲賞を受賞している実力派です。

 星野の手により、『星を継ぐもの』で重要な役割を果たす二人の登場人物――ヴィクター・ハントとクリスチャン・ダンチェッカー――が、原作どおりのイメージで描かれています。ひとつの視点に固執せず、軽やかに議論を展開するヴィクター・ハント。頑固とも思えるほどの信念を持って議論に臨むクリスチャン・ダンチェッカー。この二人が「そうそう、こんな感じ」と原作を読んだ者が同感するイメージで登場します。ちなみに、「チャーリー」の謎を解明させるべく、ハントやダンチェッカーを起用した、プロジェクトの責任者・コールドウェル(宇宙軍本部長)は、原作では食えない感じの男性なのですが、星野は艶っぽい女性にしています。この変更は好みが分かれる部分かもしれませんが、私などは原作で描かれた「人を扱ってきて、外れたことのない」というコールドウェルのキャラクターは、女性として描いた方が説得力を増すのでは? と思います。


 さて、デビューが1975年という大ベテランの星野ですから、原作を忠実に映像化してそれで良し(それ自体が、困難なことなのですが)としているわけではありません。先に述べたコールドウェルの性別の変更以上に、大胆な改変を加えています。

ご存知のとおり『星を継ぐもの』は『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』と続く「巨人たちの星」シリーズ(五部作)の第一作です。その位置づけにある『星を継ぐもの』を漫画化するにあたっては、『星を継ぐもの』の内容だけを取り上げるのではなく、次の作品で明らかになる事実などを盛り込んでいった方が、物語としてより面白味が増してきます。そうするためには、原作を全て読み通し、自分なりに再構成するという手間のかかる作業を必要とするのですが、星野之宣はそれをやってのけています。

 活字を単純に映像に置き換えるのではなく、原作小説を消化したうえで、漫画家自身の作品として描き上げる――というのがコミカライズ作品の理想形だと考えるのですが、『星を継ぐもの』は、その理想ともいえる作品なのです。

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの (創元SF文庫)


廣澤吉泰の「ここにもそこにもミステリーの影が」バックナンバー

2011-12-14

巻の2・シャーロック・ホームズを愛した人々『シャーロッキアン!』

シャーロッキアン!(1) (アクションコミックス)

シャーロッキアン!(1) (アクションコミックス)


 前回がルパンを漫画化した『アバンチュリエ』だったので、今回はアーサー・C・コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズを取り上げたいと思います。

「週刊少年マガジン」(講談社)で47号から、ホームズが犬に転生したという設定の『探偵犬シャードック』(原作:安童夕馬、漫画:佐藤友生)の連載が開始されたので、そちらにしようかと思いましたが、まだ本になっていないのでコミックスが出ている『シャーロッキアン!』にしました。なお、Sherlockianは「シャーロキアン」と表記されることが多いのですが、ここでは本書の表記に従っています。


 エル文化大学の3年生・原田愛里は、試験の答案に問題と全く関係のない自らのホームズ体験を書きます。担当の車路久教授が、最近妻を亡くしたと知り、教授を励まそうと考えたからです。そうした思い切った行動を愛里が取ったのは、ある「癖」から教授も自分と同じホームズの愛読者だと推理したからでした。その推理は前提が間違っていたのですが(指摘が外れた場面の見せ方が、実にうまい)、結論は正解で、これが契機となって二人の交流が始まります。ただし、愛里はごく普通のファンなのですが、教授はシャーロッキアンとも言うべき重度のホームズ愛好者でした。

 シャーロッキアンとは「『シャーロック・ホームズ』物語を実際に起こった事実だとして、作中のさまざまな謎や矛盾に合理的な解釈を与えることに喜びを感じる熱狂的ファン」(単行本1巻の裏表紙より)のことです。ホームズ譚には謎・矛盾がたくさんあります――「『最後の事件』から『空家の冒険』の間の“大空白時代”には何があったのか?」「ワトスン博士が負傷したのは肩か足か?」等など。そうしたホームズ物語の謎の検討を通じて、登場人物の周囲の問題が解決されていく――これが本書の基本的な構成です。例えば、こんな具合に……。


 愛里のバイト先の書店に、老婦人が『シャーロック・ホームズの冒険』を手に訪れます。作中に誤植があるというのです。「唇のねじれた男」の冒頭部分、夫人がワトスン博士に「ジェイムズ」と呼びかける場面があります。ワトスンのフルネームは、ジョン・H・ワトスンなので「ジェイムズ」は誤植ではないか、との指摘です。しかし、他の版元の本を調べても同じで、出版社に問い合わせても、原文がそうだとの回答。店長は、浮気相手の名前じゃないかと軽く答えますが、それが意外な影響を及ぼします。 

 老婦人は末期ガンで闘病中の夫のため、夫の好きなホームズ物語を読み聞かせていたのですが、店長の話を伝えると、悲しそうな顔になり興味を示さなくなってしまったというのです。夫は、ワトスン夫妻に理想の夫婦像を抱いており、それだけに「浮気相手の名前」という説は受け入れがたかったのでしょう。思い悩んだ愛里が、車教授に相談したところ、教授はその疑問を解明する説を彼女に伝え、それを聞いた夫婦は心の平安を得ます。卓抜した知見が、個人的な問題を解決するという『美味しんぼ』以来、脈々と受け継がれているタイプの作品なのです。

 愛里は、当初教授をはじめとする、シャーロッキアンを「重箱の隅をつっつくようなつまんない細かい事を……ゴチャゴチャ言ってる人たち」と思っていました。それは、ひょっとしたら、読者の方々が一般的に抱いているイメージかもしれません。しかし、その後「ホームズ物語の中から……人が生きる上で大切なメッセージを読み取って……教えてくれる」人だと見方を変えていきます。

 読者もきっと、本書を通じて、そうした思いを共有することだと思います。

『シャーロッキアン!』は、現在掲載誌の「漫画アクション」(双葉社)では、第3シーズンに突入しています。そろそろ第2巻が刊行されるかと思うと、非常に楽しみです。



廣澤吉泰の「ここにもそこにもミステリーの影が」バックナンバー

2011-11-02

巻の1・アルセーヌ・ルパン躍動す。『アバンチュリエ』

アバンチュリエ(1) (イブニングKC)

アバンチュリエ(1) (イブニングKC)

「ミステリマガジン」でコミックレビュー(小財満氏と隔月交代)を担当している廣澤吉泰と申します。海外ミステリは勉強中なのですが、杉江松恋氏から「翻訳ミステリのコミックはありますかね?」と聞かれたのがきっかけで、まずは試しにと書いてみることになりました。海外のコミックを原語で読むような語学力はないため、翻訳物に材をとった、日本の漫画を取り上げていきます(現時点では、それほど作例がないので、これから出てくることを期待するしかないのですが……)


 さて、第一回で取り上げるのは、森田崇『アバンチュリエ』です。これはモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズを漫画化したもので、現在も「イブニング」(講談社)に連載中の作品です。

 本書の特徴は、極めて原作に忠実な漫画化が行われている点でしょうか。それは描かれているルパンが「若い」ということに現われています。私などには、ルパンといえば、シルクハットを被って、片眼鏡をかけた紳士然としたイメージがあります。これはジュブナイル版の表紙絵や、アニメ「ルパン対ホームズ」などからできあがったものなのですが、実はルパンは初登場となる「アルセーヌ・ルパンの逮捕」の時点で25歳。本書の題名であるAventurier(冒険家という意味のフランス語)という呼び方がしっくりくる、やんちゃなルパンの姿こそが原作本来のものといえましょう。

 ルパンファンである森田崇は、原作を尊重しつつも、ルパンの部下のキャラクターを立てるなどの工夫をしています(そのあたりが、サブタイトルでうたわれた「新訳アルセーヌ・ルパン」たるゆえんでしょうか)乳母のビクトワールは、原作より若く設定されて、盗みの手助けなどをするし、シャロレという名を与えられた部下は「獄中のアルセーヌ・ルパン」で重要な役割を果たします。こうした“ルパン・ファミリー”ともいうべき仲間の存在は、物語にふくらみを持たせています。

 第1巻に収録されているのは「アルセーヌ・ルパンの逮捕」「獄中のアルセーヌ・ルパン」「アルセーヌ・ルパンの脱獄」と「王妃の首飾り」の前編まで。ルパンの過去が語られる「王妃の首飾り」中編以降が収録された、第2巻は11月22日に発売予定です。


 ちなみに、森田には『ジキルとハイドと裁判員』(小学館ビッグコミックス/全5巻)という作品もある。異形の生物の力により、事件の真相を見抜くことができるようになった若手判事が、裁判員たちを自らの望む結論に誘導しようとする……という設定の作品。主人公と他の判事、裁判員との駆け引きが読みどころです。『アバンチュリエ』を読んで森田崇に興味を引かれた向きは、ぜひこちらにも手を伸ばしてください(って、いいのかな翻訳ミステリに関係のない作品を薦めてしまって……)

ジキルとハイドと裁判員 1 (ビッグコミックス)

ジキルとハイドと裁判員 1 (ビッグコミックス)

アバンチュリエ(2) (イブニングKC)

アバンチュリエ(2) (イブニングKC)