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2013-02-01

番外篇「twitterで決める、ホームズ作品人気ベスト10」発表!

こんにちは。杉江松恋です。


ふと思い立ってtwitter上で、#あなたの好きなホームズ作品を教えてください、とツイートしてみたところ、来るわ来るわ。ご意見がどんどん集まりました。自分だけで楽しむのはもったいないのでtogetterにまとめたのですが、さらにその中で集計してホームズ譚正典のランキングも作ってみましたよ。意外な作品に点が集まったりしておもしろかったので、みなさんにもお知らせしちゃいましょう。「twitterで決める、ホームズ作品人気ベスト10」です。



では、まず次点の作品から。同点で2つありました。9票入っています。

The Musgrave Ritual/マスグレイヴ家の儀式(回想)

シャーロック・ホームズの回想 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「当時小学生だった自分にとって、秘密の儀式の謎解きがとてもスリリングで、ホームズと一緒にその場にいるかのような感覚でドキドキしながら読み進んだ」(@donburioyajiさん)

The Adventure of the Three Garridebs/三人ガリデブ(事件簿)

シャーロック・ホームズの事件簿 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「某有名作品のネタ再利用だが、笑える内容である分元の作品よりも好き。なんといっても「ガリデブ」っていいじゃん」(@from41tohomania すいません杉江です)

私のお気に入り作品がランクインしてびっくり。ガリデブですよ、ガリデブ。マスグレイヴは暗号の謎解きのところが楽しいですよね。



それでは、ランクイン作品の発表です。



9位 10票

The Man with the Twisted Lip/唇の曲がった男(冒険)

シャーロック・ホームズの冒険―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「好きな理由を言うとネタバレの恐れありなので、殺人だけがミステリーではないことを教わったホームズ潭の懐の深さよ」(@@bolachaさん)

The Adventure of Charles Augustus Milverton/チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン(生還)

シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「グラナダ版だと『犯人は二人』がかなりうける。 二人でやむを得ず窃盗に入るわけだけど、その際にワトソンが黒覆面を用意したとか、医者はお裁縫も上手? なんといっても、ホームズ先生のラブシーン??が有ります〜」(@himarasukaruさん)

あ、言い忘れましたが、映像化作品に対する評価も加点対象になっています。「唇の曲がった男」はやはりあの真相解明の場面が鮮烈な印象を残しているようです。



8位 11票

A Study in Scarlet/緋色の研究(長篇)

緋色の研究 (光文社文庫)

「話の辻褄がぴたっと合う快感。あとホームズの奇人描写が楽しかった」(@K_misa_maguroさん)

言わずと知れた原点の作品。意外に順位が低い気もします。逆に正統派すぎて表明しにくいかな?



7位 13票

The Adventure of the Empty House/空き家の冒険(生還)

シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「トリックとかなんとかというよりも、この物語そのものが感慨深い」(@ItsumiAyaさん)

同感。同じような感想の方も多いのではないでしょうか。



6位 15票

The Adventure of the Dying Detective /瀕死の探偵(最後の挨拶)

シャーロック・ホームズ最後の挨拶  新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「ホームズがワトソンを信頼しているところと、ワトソンが自分のことよりホームズを心配しているところが好き」(@mokurenjanさん)

これもよくわかる意見ですね。本篇に限らず、ワトソンとの友情物語という側面が強い作品には人気が集中する傾向がありました。



4位 22票

Red-Headed League/赤毛組合(冒険)

シャーロック・ホームズの冒険―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「僕が初めて読んだ子供向けの翻訳では「赤毛同盟」だった。読みながらとてつもなくわくわくした記憶がいまだに止まない」(@mats3003さん)

The Adventure of the Speckled Band/まだらの紐(冒険)

シャーロック・ホームズの冒険―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「スリリングだけど怖すぎない、小学生の頃堪能した作品です」(@deltorohatさん)

はい、出ました。超メジャーどころの2作です。ジュヴナイル版でこの2篇に出会ったのがミステリー読書の初めだった、という方は多いのではないでしょうか。



2位 23票

The Adventure of the Blue Carbuncle/青いガーネット(冒険)

シャーロック・ホームズの冒険―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「途中のとぼけた雰囲気や、クリスマス・ストーリーらしい温かさもさることながら、「外見や持ち物をちょっと見ただけでその人のことをビシバシと当てる」あのホームズらしい推理がたまらなく大好きなので」(@Tomo_esuさん)

The Adventure of the Dancing Men/踊る人形(生還)

シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「暗号と謎解きがただのダジャレやヤマカンだと思ってた子供の頃、 暗号を解き明かせる論理の面白さにびっくりしました」(@kazi_hacさん)

これまた有名作品が。コメントにもあるように「青いガーネット」は、あの雰囲気が素敵ですね。そして「踊る人形」の知的遊戯の楽しさときたら!



さあ、いよいよ1位の発表です。でもその前に。

「1票も点が入らなかったかわいそうな作品たち」をタイトルのみご紹介しちゃいます。



The Boscombe Valley Mystery/ボスコム谷の謎(冒険)

The Adventure of the Noble Bachelor/独身貴族(冒険)

The Reigate Squires/ライゲートの地主(回想)

The Adventure of Black Peter/ブラック・ピーター(生還)

The Adventure of the Golden Pince-Nez /金縁の鼻めがね(生還)

The Adventure of the Missing Three-Quarter/スリークウォーターの失踪(生還)

The Adventure of the Abbey Grange/アベイ農場(生還)

The Adventure of Wisteria Lodge/ウィステリア荘(最後の挨拶)

The Adventure of the Red Circle/赤い輪(最後の挨拶)

The Disappearance of Lady Francis Carfax/レイディ・フランセス・カーファックスの失踪(最後の挨拶)

The Adventure of the Three Gables/スリー・ゲイブルズ(事件簿)

The Adventure of the Lion's Mane/ライオンのたてがみ(事件簿)ホームズ

The Adventure of the Retired Colourman/退職した絵具師(事件簿)

The Adventure of Shoscombe Old Place/ショスコム・オールド・プレイス(事件簿)



そして栄冠に輝いたのは、この作品でした!



1位 24票

The hound of the Baskervilles/バスカヴィル家の犬(長篇)

バスカヴィル家の犬―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

「荒々しい自然の中で伝説の魔犬に脅かされる良家の主やいわくありげな登場人物たち…ゴシック風な雰囲気の中に伝説が論理的に解き明かされていく過程が面白かった。小学生の時に読んだので印象が強烈だったのかもしれません」(@MiorinnaMさん)

「「バスカヴィル〜」ではもう少しで犯人を捕まえられるって所でワトソンの、英国紳士らしさが垣間見えるシーンがあって好きなんです!キュンとする!」(@n3z1m6さん)



いかがでしたでしょうか。

改めてホームズの人気の高さを再認識しました。愛されていますね。コメントを使わせていただいたみなさんには事後報告になりますが御礼申し上げます。

なお、以上のランキングは1月31日18時現在のもので、以降もツイートは続いているので順位は変動している可能性があります。さらに手計算の集計につき、数え間違いなどのミスがあるかもしれないことをお断りしておきます。

おつきあいいただき、ありがとうございました。


なお、講談社プロジェクト・アマテラスで杉江が主宰している「アマ書評テラス」では、シャーロック・ホームズ書評を募集しています。

http://p-amateras.com/project/129/bbs/1079

1行コメントからでも参加できるので、お気軽に書き込んでみてください。


2012-09-11

わが愛しのゲイ・ミステリ・ベスト5◆パート2(執筆者・柿沼瑛子)

 

 前回の〈わが愛しのゲイ・ミステリ・ベスト5〉が思わぬご好評をいただいて、またしても調子に乗って出てきてしまいました。パート1ではどちらかといえば「お手本」となるべきゲイ・ミステリのスタンダードという基準で作品を選びましたが、今回はむしろわたしの好みが入っているといいますか、ゲイをテーマに含んだ広義の意味でのゲイ・ミステリとなっております。残念ながら今回もほとんど品切れ絶版状態のものばかりですが、「ライヘンバッハ・ショック」(笑)を引きずっているみなさんに、ひとときの慰めになれば幸いです。なお作品の並びは順不動です。

 

『長い夜の果てに』バーバラ・ヴァイン

長い夜の果てに (扶桑社ミステリー)

長い夜の果てに (扶桑社ミステリー)

 

 バーバラ・ヴァインがルース・レンデルの別名だということは、みなさんご存じだと思いますが、 レンデル名義と比べてヴァイン名義の作品はミステリの枠は残しながらも、より自由というか、普通文学に近いというか……それに比例してなぜか〇〇テーマが増えていくような気が(笑)。

 男にも女にもモテモテな美青年だというのに、なぜか今は海岸の家に世捨て人のごとく住まうティムのもとに届く匿名の怪文書。そしてティムの前にあらわれるかつての恋人イヴォーの亡霊。物語はティムの現在と過去を交互に織り交ぜながら進んでいきます。ティムは古生物学者イヴォーに出会い、ひと目で恋に落ちますが、相思相愛になると今度は相手の存在がうとましくなっていきます。そんなところに運命の女性イザベルがあらわれ、二人の亀裂は決定的なものになり、ついにティムはある犯罪を犯すことになるのですが……。どんどん心が離れていくティムと、その心を知りながらも執着を強めずにはいられないイヴォーとの、真綿でじわじわと喉を締めつけていくような神経戦がたまりません。

 この手の年長のインテリ男を生殺しにする主人公(ティム)ってどこかで読んだことがあるぞと思ったら『孤島の鬼』(江戸川乱歩)の蓑浦だ! 『孤島』の諸戸に比べるとイヴォーはもっと精神的にはSに近いけれど、同じなのはどちらも「先に愛したほうが敗者」だということです。そしてこの物語のもうひとつの主人公ともいえるのが、ティムの「現在」を象徴する心象風景ともいえる荒涼たる海岸の描写。とりわけ冒頭の一頁たるや鳥肌ものです。この作品はBBCでドラマ化されているんですよねえ。ぜひ一度見たいものです。

『長い夜の果てに』が気に入られた方は同じヴァインの『煙突掃除の少年』もおススメ。さらにこちらは女性同士の愛だけど『階段の家』も超おススメです(個人的にはヴァイン作品の中で一番好きかも)。

 

『ゴールデンボーイ』マイケル・ナーヴァ

 

 ゲイ・ブームとやらに乗って、いろいろと探してきた本を翻訳紹介させてもらいましたが、そのなかでも心底から翻訳者冥利につきると思った仕事が、ジョゼフ・ハンセン『アラン 真夜中の少年』とこのヘンリー・リオス・シリーズです。前回ご紹介したハンセンのブランドステッター・シリーズの成功で、M・R・ズブロ、リチャード・スティーヴンソン、ネイサン・アルダインといったフォロワーが続々生まれたけれど、ミステリとしてのクオリティ、作家としての力量はやはりナーヴァが断トツだったと思います。なぜ「だった」なのかというと、ナーヴァは現役の弁護士から検事に転身するために作家活動をやめてしまったからです。残念!

『このささやかな眠り』でデビューした探偵役のヘンリー・リオスは、ゲイでありヒスパニックであるという二重のマイノリティを背負った主人公。エイズに冒された旧友のたつての頼みで、ゲイであることを暴露すると脅した同僚を殺した少年弁護を引き受けることになります。自分のセクシュアリティを否定するあまり、孤立無援におちいっていく少年。そんな少年を利用して政治的駆け引きをもくろむ裕福なゲイ、事件を利用してひともうけしようとするハリウッドの奇々怪々な人々。第一作『このささやかな眠り』が失われた恋人への静かなる祈りであったとすれば、続く『ゴールデンボーイ』はむしろもっと熱い、人間の尊厳を踏みにじるものすべて――差別、無理解、エイズに対するふつふつとした怒りを感じさせます。どれだけ負け続け、失い続けようと決して諦めないイオスの姿勢は、どんな逆境にあっても矯めることのできない人間のポテンシャルというものを信じさせてくれます。できれば最後の七作めまで訳したかったのですが、最初の四作だけでも出すことができたのはとラッキーというべきか……。

 

『首吊りクロゼット』トニー・フェンリー

 

 前回のゲイ・ミステリ・ベスト5で、どうしてこれを取り上げなかったのかというお声を一番多くいただいたのが、意外にもこの作家でした(笑)。とても原題のまま訳せないお下品な原題の第一作『おかしな奴が多すぎる』もいいのですが、わたしはむしろ二作めの『首吊りクロゼット』が好みです。というのもこの作品にはニューオリンズの描写がたっぷり出てくるんですね。

 主人公マットはニューオリンズ旧家の出身、インテリアショップを営む誇り高きゲイですが、母親の不動産の処分をめぐって不動産業者と対立、その不動産業者がよりにもよって、下半身むきだしの首吊り死体となって発見されたからさあ大変。生前被害者と言い争っていたところを目撃されていたマットは、持病のてんかんの発作で肝心な部分の記憶がない。というわけで気を失うまでの道筋をたどり、ニューオリンズの通りを巡り歩くのですが、あの街の持つ異国情緒と優雅さと猥雑さが混然一体となった、独特の雰囲気が実によく出ています。フランスの血を引く名家のお坊ちゃまで元検察官でありながら、今はインテリアショップを営み、年下の恋人にふりまわされ、幼なじみの女性に結婚を迫られる(笑)マット・シンクレアは、実にニューオリンズという街にぴったりなキャラクターだったなと思います。

 おりしもこの作品が発表された80年代後半はエイズが猖獗を極め、おちゃらけと悪ふざけの下に、そこはかとなく流れている「滅び」の感覚といいますか、「歓楽極まりて哀感多し」などという漢詩を連想させる無常感が、コミカルなお下劣さと見事な対比をなしています。

 

『ある奇妙な死』ジョージ・バクスト

  『ある奇妙な死』

  ジョージ・バクスト

  乾信一郎訳

  早川書房(ポケットミステリ1102)

  1970年2月刊 (amazon.co.jp未登録商品)

 

 こちらもトニー・フェンリーに並んで、どうしてこれを取り上げなかったのかという声が多かった作品です。というのも1967年に発表されたこの『ある奇妙な死』はゲイ・ミステリの嚆矢ともいわれる記念碑的名作だからです。モデル兼俳優(実は男娼)のベン・ベントリーが不審な事故死を遂げ、「いまその美しい顔には死化粧が施されていたが、悪の花はなお、そのすえた臭いで生前関係のあった男女をひきつけている」(裏表紙紹介文より)。事件を担当するのは赤いジャガーに乗った洒落者の黒人刑事ファロウ・ラブ。黒人でゲイというハンディを乗り越えたこの敏腕刑事は、あろうことか容疑者の一人である作家のセスに恋をしてしまうのです。

 容疑者に恋してしまう探偵というシチュエーションは「赤毛のレドメイン」をはじめとしてよく見られる古典的パターンですが、この「探偵の恋が肯定的に描かれている」ということが(必ずしもハッピーになるわけではない)それ以降のゲイ・ミステリにとって非常に重要な「お約束」になっていきます。そうした意味においてもまさにこの作品は嚆矢といっていいでしょう。

 ギリギリねたばれを許してもらえれば、この作品は三部作の第一作であり(残る二作は未訳)、ファロウはこの事件にかかわったばかりに、警察を辞めざるを得なくなり、彼自身も破滅への道をたどることになります。ジョゼフ・ハンセンはこの結末に納得がいかなかったことが、ブランドステッター・シリーズを生み出すきっかけになったとあるインタビューで答えていますが、そう意味においても、まさしくゲイ・ミステリの「原点」的作品でもあります。ちなみにファロウ・ラブは1990年代に突然劇的な復活をはたし、さらにシリーズ二作が上梓されています。

 

『かくてアドニスは殺された』サラ・コードウェル

 

 今回このベスト5に選ぶべきかどうか一番悩んだのがこの作品でした。というのはゲイが隠れテーマだと紹介すること自体がネタばれになってしまうケースが、ミステリには結構あるのですね。それでもケイト・チャールズ『災いを秘めた酒』デイヴィッド・ハント『魔術師の物語』を抑えて、どうしてもこれが紹介したくて選ばせてもらいました。

『かくてアドニスは殺された』が日本で翻訳されたのは1981年で、その当時といえばボーイズラブなど影も形もなく、その手の情報は唯一JUNE文学ガイドから仕入れるしかないような暗黒時代でした。それがミステリならたとえネタばれになろうと、みなこぞって情報を紹介し、紹介された側も必死にその本を探し、読みあさったものでした。この作品はいわばその時代のメモリアルでもあるのです。ま、一番の理由はわたしがサラ・コードウェルの熱烈なファンだからなのですが(笑)。

 イタリアへのバカンスに出た若き女性弁護士はジュリアは、アドニスもかくやとばかりの美青年に一目ぼれ、猛烈なアプローチをかけるのですが、なんとその美青年を殺したかどで逮捕されてしまいます。旅先で受難にあった彼女を助けようとするオックスフォード大学のリンカーンズ・イン法曹院に集う若き弁護士たちと指導教授、などというといかにもお固そうですが、わたしは『動物のお医者さん』にあてはめて楽しく読んでいました(天然ボケのジュリアはさしずめ菱沼さん)。みんな頭のいい人たちなのに、佐々木倫子のキャラクターのごとくどこかトンチンカンで、それを締めるのがヒラリー・ティマー教授(性別不明というところがまた憎い)。ユーモアにあふれた会話や手紙のやりとりにくすくす笑っているうちに浮かびあがってくる、秘められた悲しい恋。もうすでに十分ネタばれしているような気もしますが、この先はぜひともご自分の目で読んで確かめてくださいませ。


柿沼 瑛子 (かきぬま えいこ)

1953年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学科卒業。主な訳書/アン・ライス『ヴァンパイア・クロニクル』シリーズ、エドマント・ホワイト『ある少年の物語』など。共編著に『耽美小説・ゲイ文学ブックガイド』『女性探偵たちの履歴書』など。最近はもっぱらロマンスもの多し。

 

江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼 (光文社文庫)

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階段の家 (角川文庫)

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動物のお医者さん全12巻 完結セット (花とゆめCOMICS)

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【テーマ・エッセイ】なんでもベスト5【毎週更新】バックナンバー

2012-07-24

ベルリン限定・冷戦下スパイ小説ベスト5(執筆者・古山裕樹)

 

 ベルリンの壁が崩れたころは高校生だった。翻訳ミステリーに興味を抱いたのもそのころだ。だから、 数々のスパイ小説に出会ったころには、「冷戦が終結したのでスパイ小説もおしまい」なんて烙印を押されていたのだ。……どんな烙印を押されていても、その魅力が損なわれることはなかったのだけれど。

 とはいえ、冷戦期がスパイ小説にとって栄えやすい時代だったことは確かだろう。直接の武力衝突を避けるべくスパイたちが暗躍し、東西対立という分かりやすい構図が存在し、ベルリンの壁というシンボルが存在した時代。

 冷戦期スパイ小説とは、ベルリンが東西に分かれていた時代の小説と言ってもいいだろう。

 そんなベルリンを舞台にした、冷戦期のスパイ小説を五作選んでみよう。

 それではまずジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』を……というのが順当な流れというものかもしれない。だが、せっかくなので『寒い国〜』以外で5作を選んでみたい(過去の記事を検索したところ、『寒い国〜』は何度も言及されているようなので)。

 

 条件はこんなところでいいだろう。

 

・主な舞台はベルリン。

・作中年代はドイツが分断されていた時代。

・諜報機関員が重要な役割を担っている。

 

 まずはトム・ギャベイの『凶弾』

 1963年6月。引退した元CIA諜報員が、現場に呼び戻される。西側への情報提供を申し出た東ドイツ高官が、他の者には話せない、と彼を指名したのだ。その内容は、なんとベルリンを訪問するケネディ大統領を狙った暗殺計画だった……。

 本書の最大の魅力は、主人公の一人称の語りにある。はみ出し者の、シニカルな視線と軽妙な語り口。その心地よさにどっぷりと浸って満喫したい。そしてもちろん、錯綜した謀略と謎の迷宮がある。小さな伏線とその回収が積み重ねられ、史実が巧妙に組み込まれ、クライマックスのケネディ狙撃の瞬間に向かって突き進む。暗殺は失敗すると分かっているのに(少なくともベルリンでは)、「もしかして……」とドキドキさせるところは、『ジャッカルの日』に勝るとも劣らない。

 刊行当時それほど話題にならなかったけれど、これは隠れた名作だ。ぜひ読んでいただきたい。

 

 それから数年後のドイツを舞台にしたのが、ロス・トーマスの『冷戦交換ゲーム』だ。

 東ベルリンに潜入中の諜報員パディロは、米ソの情報機関どうしの密約によって、窮地に陥る。酒場を営むマッコークルは、組織に裏切られた友の窮地を救うためにベルリンへと向かう……という物語は、冷戦を背景にしながら、東西対立よりも遙かに入り組んだ対立/協調の図式を描いてみせた。

 中盤の舞台となるのは、東ベルリン。敵と味方とどちらでもない連中とが入り乱れる中、パディロはいかにして「壁」をくぐり抜けて、「東」から脱出するのか。それが物語の大きな読みどころになる。

 

 時代は下って、1980年のできごととして描かれているのが、ジョン・ガードナーの『ベルリン 二つの貌』である。

 主人公の英国情報部員ハービーが東ドイツ国内に築いた諜報網をめぐる、東西の駆け引きを描いた物語だ。最後までどんでん返しが続く展開と、登場人物たちの腹の探り合いで読ませる。いかにも冷戦期スパイ小説らしい一冊である。

 700ページを超す長大な作品であり、じっくり腰を据えて堪能したい(……が、同じくハービーが活躍する『マエストロ』の暴力的な分厚さには遠く及ばないのが恐ろしい)。

 

 レン・デイトンの『ベルリン・ゲーム』の背景は1980年代初頭。東ベルリンに潜入した英国情報部員バーナード・サムスンが思わぬ事態に遭遇する物語であり、彼を主人公に冷戦の終焉間際までを描く長大なシリーズの第一作でもある。

 主人公がベルリンに向かうまでが妙に長く、そして夫婦の会話などが丹念に書き込まれているのだが、それもそのはず。夫婦の関係は、このシリーズでの重要な要素なのだ。主人公の妻も英国情報部員であり、組織内に内通者がいるとなれば、たとえ妻であっても疑わざるを得ない。そんな状況に置かれた男の、過酷な運命の物語である。

 

 最後は、冷戦の終焉を描いたマイケル・ドブズの『ウォール・ゲーム』。1990年刊行の本書は、そのタイミングにおいてきわめて不運な作品である。

 

「ウォール・ゲーム」の執筆を開始したのは冷戦時代のことだった。そして、書き上げたのは、東欧諸国の数百万の人々に自由と解放が約束されてから数か月ほど後のことである。(著者あとがき)

 

 そのため、本書では、史実とは異なるシチュエーションでベルリンの壁が崩壊する。

 冷戦が終わろうとしている時代、だが「壁」は残ったまま。そのことに不満を抱くベルリン市民の感情。米ソ首脳それぞれの思惑。ソ連指導部内の権力争い。東に内通する夫と、かつて東から脱出してきた妻。父の故郷ベルリンに赴任したCIA局員と、人妻との恋。幾つものドラマが並走しながら互いに絡み合う。その中心にあるのが、ベルリンの壁そのものなのだ。

 もちろん、クライマックスの場はベルリンの壁。『寒い国〜』のあのクライマックスとも響き合う、しかし時代の違いを感じさせる光景が描かれる。

 

 ……と、『寒い国〜』を入れずに5作を選んでみた。スパイ小説という枠から離れてみれば、イアン・マキューアン『イノセント』、ハモンド・イネス『ベルリン空輸回廊』なんて作品も思い浮かぶ。

 ちなみに、ここに挙げた作品の一部で活用されるのが、ベルリン地下のトンネル。都市の地下に広がる秘密めいた空間に心惹かれる方ならば、河合純枝『地下のベルリン』、ディートマール&イングマール・アルノルト/フリーデル・ザルム『ベルリン 地下都市の歴史』といった書物も楽しめることだろう。特に前者は、淡々とした記述の合間から著者の地下偏愛がにじみ出る好著である。

 

古山 裕樹(ふるやまゆうき)

書評家。「ミステリマガジン」などに書評を執筆。1973年生まれ、川崎市在住。

はなはだ滞り気味のblogはこちら。

http://bookstack.jp/blog/

 

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

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ジャッカルの日 (角川文庫)

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地下のベルリン

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