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第八回翻訳ミステリー大賞 決定!!

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2011-03-01

候補じゃないけどこれも読め!第6回『黒竜江から来た警部』(執筆者・鈴木恵)

 

 ぼくが翻訳者として、読者のみなさんにお薦めしたいのはこれ。

 

 一口でいうと、イギリスで行方不明になった娘を捜しに中国からやってきた男が、中国人不法就労者の若者と息の合わない二人三脚を組み、ノンストップでブルドーザーのように突っ走る物語。

 

 まずは設定がいい。中国では人を顎で使うような暮らしをしていた男(泣く子も黙る公安局の警部!)が、言葉も肩書きも通じない異世界へ放り込まれて、徒手空拳で真相に迫っていくのだ。ポイントは、東洋ではなく西洋が異世界になっていること。逆の設定はよくあるけれど、その手のものはぼくらから見ると、映画《ランボー》を筆頭に、たいてい不愉快だ。ありがちな設定をひっくり返して、カルチャーギャップを笑いにしているところが、たいへん好ましい。

 

 次にキャラがいい。主人公はどこかあのフロスト警部を髣髴させる、無教養でガサツで自分勝手な男なのだが、甘やかされ放題のバカ娘を助けたい一心で、あらゆる困難を突破していく。こんな男を好きにならずにはいられません。息の合わないコンビを組む相手が、気弱な愛妻家の若者というのも、たいへんバランスがよろしい。たんに中国人をおちょくっているわけではないのだ。

 

 最後に翻訳がいい。この物語にぴったりな、なんと言ったらいいか、元気のいい翻訳。この文体がなかったら、これほど面白くは読めなかったはず。翻訳物を食わずぎらいしている読者も、これを読めば認識を改めてくれると思う。すごい本はほかにもたくさんあったけれど、ぼくはこの作品に「翻訳ミステリー大賞」を取ってほしかった!

 

 設定よし、キャラよし、翻訳よし。暗く重たい帰郷ものミステリーに疲れたら、ぜひこれを読んでほしい。

 

◇鈴木 恵(すずき めぐみ)文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『ロンドン・ブールヴァード』『ピザマンの事件簿/デリバリーは命がけ』『グローバリズム出づる処の殺人者より』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@tweetingsuz

天国からはじまる物語

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ロンドン・ブールヴァード (新潮文庫)

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グローバリズム出づる処の殺人者より

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2011-02-08

候補じゃないけどこれも読め! 第5回 《ファージング》三部作(執筆者・野口百合子)

 

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

 

 去年はこれでしたねえ。これがあったので、初めて『週刊文春』のベストテンにも投票しちまいました。

 

ファージングI〜III』は、それぞれを単独作品と数えなければ大賞候補になっていたことでしょう。正統派フーダニット風の『英雄たちの朝』で幕を開け、『暗殺のハムレットで緊迫感あふれるサスペンスに突入し、『バッキンガムの光芒』で感動のフィナーレを迎える――そして三作を一つにまとめあげているのが、ナチス・ドイツが勝利し、早期に講和を結んだ英国をファシズム政権が支配しているという歴史改変された舞台と、共通する主人公である刑事カーマイケルの勇気ある闘いです。『英雄たちの朝』の途中でちょっとタルいな、と思った方がいたとしても、ぜったいに挫折しちゃダメ! 『バッキンガムの光芒』を読めば、最後までつきあって本当によかった、と思うこと請け合いですから。

 もう一つ、この小説の魅力をつけくわえるとすれば、ジェイン・オースティン風の英国風俗小説の面白さを存分に取り入れている点でしょう。カーマイケルも、ナチスに知られれば致命的な影の部分を抱えたなかなかのヒーローですが、ユダヤ人と結婚したルーシー(I)、女優のヴァイオラ(II)、社交界デビューを控えたエルヴィラ(III)といったヒロインたちもまた、階級社会の中で自らの人生を選びとっていく魅力的な女たち。骨太の物語の中にも、女性作家らしい感性が生かされています。あれもこれも、いいものばかり詰まった福袋のようなファージング、ぜひお見逃しなく。

 

野口百合子(のぐち ゆりこ)1954年神奈川県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。出版社勤務を経て翻訳家。主な訳書に、クルーガー『煉獄の丘』『二度死んだ少女』ボックス『神の獲物』『震える山』(以上、講談社文庫)テイラー『狡猾なる死神よ』『死者の館に』創元推理文庫)オルソン『やさしい歌を歌ってあげる』武田ランダムハウスジャパン)ウッディウィス『冬のバラ』(ソフトバンク文庫)ほか多数。

 

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神の獲物 (講談社文庫)

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無限記憶 (創元SF文庫)

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SS‐GB〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

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SS‐GB〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

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2011-02-01

候補じゃないけどこれも読め! 第4回『時の地図』(執筆者・黒原敏行)

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

時の地図 下 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-2)

時の地図 下 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-2)

 

 ハーイ、私、未来からやって来たあなたです。フェリクス・J・パルマの『時の地図』を読んで、あんまり面白かったから、ある有名な方法でタイムリープしてきたのね。読もうかどうしようか、今あなたが迷ってるのを知ってるから、強力プッシュで奨めようと思って。

 

 舞台は一九世紀末のロンドンで、金持ちの青年が貧しい娼婦に恋するんだけど、彼女は切り裂きジャックに殺されちゃう。その頃、西暦二〇〇〇年への時間旅行を体験させる会社が大評判で、青年はその会社に過去へ連れていってほしいと頼みにいく。恋人が殺される直前に戻って、殺人を阻止するためにね。

 

 というのが発端で、さあそこから、ところが、ところが、ところがの連続。時間旅行やパラレルワールドというSF的な仕掛けを駆使したファンタジーで、ある登場人物の名前がギリアムなのは作者の目くばせだと思うけど、テリー・ギリアムっぽい華麗でダークなファンタスマゴリアの世界が展開して、もう楽しいったらありゃしない。

 

 ヴィクトリア朝ロンドンの悪の華咲く裏町探訪、ライダー・ハガードばりの秘境探検、未来の苛烈な最終戦争、H・G・ウエルズら実在の人物の活躍、ジャック・フィニィ風ロマンス(といえば、こうして未来人の私が手紙を書いている理由もわかってくれるよね。これは私から私への自己愛的「愛の手紙」ってわけ。うふ)。

 

 ミステリーの要素もちゃんとあるよ。途中であなたは「でも、この小説で起きることって結局――」と思うんだけど(断定してごめん、でも私は知ってるから)、それが終盤でまたどんとひっくり返される。そのひっくり返しをもたらすのが一種の不可能犯罪で、びっくり仰天の謎解きがあるんだ。

 

 そしてラストで、ああこの世に物語というものがあってよかったという至福の喜びがこみあげる。幸福な読後感という点でもこの小説はお奨めです。この喜びに導かれて、コニー・ウィリスの『犬は勘定に入れません』、サラ・ウォーターズの『半身』『荊の城』、ミシェル・フェイバーの『天使の渇き』(絶版だけど)といった他の疑似ヴィクトリア朝小説に手を伸ばすのもいい。知っている世界なのに新しいパラレルワールドを訪問するためにね。

 というわけで、ぜひ読んでみて。何しろあなた自身が面白さを保証してるんだからハズレっこなし! 読んでくれないと未来が変わって、このロト6の……むにゃむにゃ。

 じゃ、そろそろ自分の時代に帰るね。例の有名な方法で。さようなら……さようなら……土曜日の実験室……。

 

 

黒原敏行(くろはら としゆき)1957年和歌山県生まれ。東京大学法学部卒。翻訳家。主な訳書に、フェイバー『天使の渇き』、バート『ソフィー』、マイクルズ『儚い光』、フランゼン『コレクションズ』、マッカーシー『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』『血と暴力の国』『ザ・ロード』『ブラッド・メリディアン』、コンラッド『闇の奥』、シェイボン『ユダヤ警官同盟』、ほか多数。

 

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半身 (創元推理文庫)

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ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

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