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2014-08-28

ひたすらクールな進化形クライムノヴェル――ホッブズ『ゴーストマン 時限紙幣』(大谷耀&日向郁)

 

世界を熱狂させた25歳の天才、デビュー

21世紀ミステリ界に、颯爽たるヒーローがついに登場

イギリス推理作家協会賞受賞作

のみならず なんと

第2回出版社対抗ビブリオバトル堂々のチャンプ本!

 

犯罪の痕跡を消し、犯人の足取りを消し、自分自身も消す

それが私の仕事だ。ひとは私を“ゴーストマン”と呼ぶ……

 

本書のあらすじ&読みどころについては、文藝春秋・永嶋俊一郎氏によるこちらの記事をぜひお読みください。

 

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作者公式サイト http://www.rogerhobbs.com/

 

 

日向 郁(以下 日向):『ゴーストマン』ですが、まずは第一章冒頭でヤラれました。キリリとタイトで端正な文章。田口さんの日本語訳も素晴らしいし、原文もカッコいい(特に最終章ラスト1行が最高!)。1990年代のローレンス・ブロックアンドリュー・ヴァクスの愛読者だった自分としては、文章だけでグっときてしまいます。もちろんプロットもいい。プロの犯罪者がそれぞれ「何か」を企んでるけど、最終的な狙いが読めないところがじれったくて、じれったくて。登場する事件がどちらも大規模なだけに、謀略小説っぽい楽しみもアリ。

 

大谷 耀(以下 大谷):クライムノベルはもちろんのことクライムムービーも愛好する人間としては、この本の凄さは作者がベストムービーに挙げる『ヒート』を監督したマイケル・マン作品の手触りが小説にも関わらず濃厚なこと。過去編は『ヒート』に通じる銃撃戦、ザ・クラッカー/真夜中のアウトローに通じる金庫破りがあり、現代編はコラテラルに通じる緊張感がある。そして、同様に作者がベストとして挙げるニコラス・ウィンディング・レフン監督『ドライヴ』冒頭のクールでドライな空気感と、プロフェッショナルならではの説得力も担保されている。これを映画の影響を強く受けた若い作者が小説の形で表現してみせたことに、とても感銘を受けました。シーンのひとつひとつが映画的にキマっています。上記作品が好きな人には、無条件で薦められると思います。

 ただ、最大のポイントはそういう「○○を彷彿させる」という点ではないんですよね。

 

日向:まずね、色恋が出てこないところが最高! これはイチオシポイントです。この小説、誰の恋人も出てこないでしょう? 恋人、出てこないですよね? ちょっと勘違いされるけど、違うし。

 

大谷:完全な勘違い。その上、一回あるセックスに関する言及も、「失敗だった」の一言で。

 

日向:しかも「失敗だった」って女に言われてる(笑)。エロいことしたのかどうか、ちょっと気になるシーンはあるけれど。

 

大谷:「翌朝はもう仕事に出かけた」とあっさり(笑)。そういう色恋に対する執着のなさって、この手の孤独な犯罪者にありがちな、「馴染みの娼婦」がいないってことにも現れてる。

 

日向:馴染みの娼婦も、主人公に片思いする女も、母親的役割の女も、まったく登場しないものね。このテの小説にあった「お約束」的エロシーンがない。悪しき伝統がブチ切られてるのが最高!

 

大谷:女性の外見に対しても、ただ事実を言うだけで性的な目線がない。そして、都合のいい恋愛も排除。

 

日向:そうなの! そうなんですよ。そこは著者も大事にしてるポイントなのです。

 

大谷:そういうものを作者が自覚的に不要だと思ってるんですよね。

 

日向:著者インタビューを読むと、かなり自覚的にやってますね。

 多くのアメリカ産ミステリが、異様なほど古いジェンダー・ポリティックスの問題を抱えています。多くのアメリカ産スリラーでの女性の役割は、刑事か死体のどちらかです。

 そして物語でどんな役割を果たしていようが、女性キャラクターは肉体的な外見でのみ測られる。『ゴーストマン 時限紙幣』をそういう小説にはしたくなかったのです。さまざまなジェンダーや文化的背景を持つキャラクターを、できるだけ多彩でリアルに登場させたかった。

 犯罪者はありとあらゆる体型や体格をしています。彼らを定義するのは何をやるかということであって、外見ではないのです。

 もし、ある女性が宇宙科学者なり警察官であったなら、彼女が美人かどうかは関係ないはずでしょう。彼女の性別や外見は二次的なものです。小説の登場人物も、じっさいの人間と同じく、何をやるかによって測られるべきであって、どこで生まれたかとかどんなふうに見えるかで測られるべきではないでしょう。

■編集部注:上記の作者インタビューをベースにした『ゴーストマン 時限紙幣』の紹介記事が9月4日に文藝春秋社サイトにて公開予定です。またこの作者インタビューの完全版は「エキレビ!」に近日掲載予定です。

 

日向:このインタビューを読んで最初に思ったのは「この著者はポリティカルコレクトネスを浴びて育った世代」なんだなあってことです。彼のこういう考え方が、非常によく表れてる小説ですよね。大がかりな犯罪小説なんだけど、いい意味で健全というか。

 

大谷:女性に対するフェアネスと、プロフェッショナルであることがイコールですよね。

 

日向:そう。登場人物における人種のバリエーションも豊富なんですよね。白人ばかりじゃない。主な女性キャラも白人2人にアジア系1人。

 

大谷:男も女も関係なく人種バランスも均等なとこで、結果的に犯罪を描くという目的が軽やかになってる。余計な縛りから解き放たれて。

 

日向:まさしくコレですよね。

 小説の登場人物も、じっさいの人間と同じく、何をやるかによって測られるべきであって、どこで生まれたかとかどんなふうに見えるかで測られるべきではないでしょう。

  

大谷:そうなんです! 結果的に作中の登場人物の大半は性別入れ替えて描くことが可能かもしれない。

 

日向:たぶん可能ですよね。

 

大谷:現実的ではないけど、プロである限り存在は許される。この作品世界の中では。

 

日向:余計な登場人物がいないんですよね。お色気担当とか。癒し担当とか。

 

大谷:プロとして動けない女性キャラはいないし、色仕掛けだけを求められてる女性キャラもいない。そもそも主人公からして恋愛から遠い。

 

日向:趣味だって古典の翻訳だし(笑)。食や酒に対する執着も薄いですよね。

 

大谷:いわゆる定番ですよね。趣味や酒や食に対するこだわりって。

 

日向:車や銃に対するこだわりも、あくまでも「道具」ってスタンスだし。

 

大谷:フェティッシュに耽溺する感じはまったくない。あくまで犯罪を描くための道具ですね。

 

日向:車もちゃんと理由があって選ばれてますよね。ミアータとかシビックとか。

 

大谷:唯一こだわりアイテムとして出てきた車は、過去に組んだホイールマン(運転手)のフォードのマスタング・シェルビー500GTで、それも燃やしてしまうし、そのこだわりもくだらないことになってる。

 

日向:過去の犯罪といえば。主人公が原因で計画が頓挫したこと、それが彼の足枷になってるということは序盤から明らかにされてる。でも読者には「何があったのか」が伏せられてて。失敗の理由はもちろん、同時に「どうやって成功させる予定だったのか」に興味を引かれるんですよね。黒幕であるマークスが立てた計画がまた大胆不敵でカッコいい! あの計画をコケさせたら、そりゃ恨まれるわ。

 

大谷:こんな計画がなぜ失敗するの? という興味と、全容が明らかになった時の驚き!

 

日向:ほんと、過去の犯罪の書き方も丁寧で。

 

大谷:その辺りの読者の興味をもたせようという手際が老獪です。あと、描かれる犯罪もディテールが非常に細かい。騙すことから殺すことまでとにかく犯罪を描くシーンにはいちいちリアリティがある。現実は分からないけど、作品内リアリティの水準が高い

 

日向:うん。わたしも誰かにナツメグ食べさせたい!

 

大谷:それだけはやめましょう(笑)。

 

日向:その辺のディテールをキッチリ書くと、余計なエロシーン入れなくてもいいのだと(笑)。

 

大谷:犯罪に関するディテールを積み上げることに対する熱意の前では、そんなシーンなんて邪魔でしかない! という確信ですね。

 

日向:色恋がメインテーマの小説ならいいのよ、エロシーン入れても。でも犯罪小説には不要。だって関係ないから。

 

大谷:物語に必要性のある男女関係もあるけど、この物語にはまったく必要性はない。でも、入れてしまうのがお約束。

 

日向:以前の小説なら、ぜったいにFBI捜査官とヤってるね。

 

大谷:出会ってすぐにちょっとお互い意識しちゃって。すぐにベッドイン。

 

日向:でもってアツい一夜を過ごしてるはず。そもそもプロの犯罪者であることと性技に長けてることに関連性はないのにね(ジェイソン・マシューズ『レッド・スパロー』みたいなのは別)。なのに、絶対にテクニシャン(笑)。

 

大谷:そんなものは本来必要ないはず。多分作者も、そういうのが馬鹿馬鹿しかったんだと思うんですよね。人口に膾炙されてる類型を破りたかった感じが。

 

日向:犯罪もセックスも両方ウマいとかおかしいし、そう描写する必要もないじゃないかって。

 

大谷:「そういうのってもういいんじゃね? 犯罪だけやろうぜ! プロなんだし!」という若い人からの叫びみたいなものを感じますね。

 

日向:「オッサンの妄想なんかいらねえよ! 非モテルサンチマンもいらねえよ! クールな小説を書いてやる!」みたいな叫びですよね。

 

大谷:そのモチベーションから生み出されたのが、ナルシシズムもセンチメンタリズムもなく、本当にクールなものだったという感動は味わって欲しいです。

 

日向:まさしく。だからこそ薦めなくちゃ!

 

大谷 耀(おおたに あき)

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ボンクラな小説・映画・漫画が日々の糧。主食は人が殺されるか、犯罪が起きるか、銃声が聞こえるようなお話。

Twitterアカウントは @myarusu

日向 郁(ひなた かおる)

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“Anything that is not straight.”

翻訳ミステリとロマンスとスポーツ(NFL, NPB, NHL, CFL, RR)を愛するライター。ジゴロな愛犬に振り回される毎日です。

Twitterアカウントは @hina_shella

 

★おまけ:『ゴーストマン 時限紙幣』担当編集者によるサウンドトラック★
(文藝春秋・永嶋俊一郎 @Schunag)

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 この小説、オーセンティックでスタンダードな枠組みに、現代のエッジと涼やかさを組み込んだ作品だと思っています。甘さはなくクールで、ときおり暴力は出現するけれどもブルータルにはならない。ということで、本になった『ゴーストマン』を読み直すときに糖度低めのジャズ系の曲を選んで合わせてみたところなかなか快調で、ご参考までにプレイリストをこちらに挙げてみました。

 では皆様、よき読書を。

#凡例:“曲名” 『アルバム題名』

 

■オープニング

“Incident on South Street”, The Lounge Lizards(『THE LOUNGE LIZARDS』)

■カジノ襲撃開始

“Figure Eights”, Buddy Rich & Max Roach(『RICH VERSUS ROACH』)

■ゴーストマン登場

“Hot Rod”, The Five Corners Quintet(『HOT CORNER』)

■以下本編用、順不同

“Boom Boom”, Atomic(『THE BIKINI TAPES』)

“Trading Eights”, The Five Corners Quintet(『CHASIN’THE JAZZ GONE BY』)

“Money Jungle”, Duke Ellington(『MONEY JUNGLE』)

“プレイガールBGM”, 大友良英(『山下毅雄を斬る』)

“七人の刑事 PLOT-2” 大友良英(『山下毅雄を斬る』)

“構造I 現代呪術の構造”, Date Course Pentagon Royal Garden(『構造と力』)

『’FOUR’ & MORE』『MILES IN BERLIN』『MILES IN TOKYO』『MILES DAVIS AT THE PLUGGED NICKEL』『COOKIN’ AT THE PLUGGED NICKEL』Miles Davis,

『THE REVOLUTION WILL NOT BE COMPUTERIZED』『DUB ORBITS』菊地成孔ダブ・セクステット

『JAZZMATAZZ, VOL.II: THE NEW REALITY』Guru

『JAZZ FOR MORE: EL DORADO』Compilation

■59章からラストへ

“Dismissing Lounge from the Limbo”, 菊地成孔ダブ・セクステット(『DUB ORBITS』)

“Loungin’”, Guru(『JAZZMATAZZ』)

“Black Byrd”, Donald Byrd(『BLACK BYRD』)

 

Lounge Lizards リッチVSローチ~2大ドラマーの対決+4 Hot Corner Bikini Tapes Chasin the Jazz Gone By マネー・ジャングル

山下毅雄を斬る Structure et Force  Date Course Pentagon Royal Garden Four & More Miles in Berlin Miles in Tokyo プラグド・ニッケル(Vo.1+Vol.2)

Cookin' At The Plugged The revolution will not be computerized Dub Orbits / ダブ・オービッツ Vol. 2-Jazzmatazz-New Reality JAZZ FOR MORE ? EL DORADO JAZZMATAZZ 1

BLACK BYRD

 

  

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【随時更新】私設応援団・これを読め!【新刊書評】

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧

2013-12-17

黒くて楽しい不条理な嘲笑――スパーク『バン、バン! はい死んだ』(執筆者・深緑野分)

 

 

Little Jack Horner, Sat in the corner, Eating a Chiristmas pie,

 (ちびっこジャック・ホーナー、角っこに座ってクリスマス・パイを食べた)

He put in his thumb, And pulled out plum ,And said,

 (親指をパイに突っこんで、中からスモモを取って、こう言ったんだ)

“What a good boy am I!”

 (僕ってなんてお利口さん!)

――マザーグース 「ちびっこジャック・ホーナー」

 

 ようこそ、ミュリエル・スパークの黒くて楽しい、不条理な嘲笑の世界へ。

 

 読もうかどうか迷っている方は、まず本屋に行って54ページから始まる「捨ててきた娘」だけさっと立ち読みしてみてください。たった5ページですから! もしくは90ページから始まる「ハーパーとウィルトン」を。「黒い眼鏡」も「双子」もいいですよ! 私のイチオシは「上がったり、下がったり」「ミス・ピンカートンの啓示」なんですが、これはぜひ収録順どおりに後回しにして頂きたいので、やっぱり……ぜひ購入していただいて、冒頭の「ポートベロー・ロード」からじっくりお読みになるのが一番でございましょう!

 

  私がはじめてミュリエル・スパークを読んだのは西崎憲編訳『短編小説日和』(ちくま文庫)の冒頭に収録された「後に残してきた少女」(『バン、バン! はい死んだ』では「捨ててきた娘」)でした。それを読み終わったときの衝撃といったら! そこらを歩いている人を誰でもいいから捕まえて「とにかくこれを読んでみてくれ!」と押しつけたい気持ちでいっぱいでした。

 それから『ポートベロー通り』に手を出しつつ、今回の『バン、バン! はい死んだ』が刊行されるなり喜び勇んで買ったのですが、これまたどうして、収録された15作の短編のほとんどが「後に残してきた少女」と比べても遜色のない粒ぞろいの出来だったのです。むしろ凌駕してしまっている作品もあるくらいで、私にとっては“捨て曲のないCDアルバム”のようでした。

 ちなみに本作は日本オリジナル短編集なのですが、「世渡り上手と世渡り下手」「自信家たち」「頭の中をのぞいてみれば……」という3つの章立てがいい味を出してます。

 

 ミュリエル・スパークの短編を表現するのに一番便利な単語は「不条理」「皮肉」だと思うんですが、彼女の作品はそんな一言では表せるものではありません。たった数ページの悲喜劇の中に、更なる深い深い魅力が秘められているのです。

 全体に「知的な現実主義者が真面目な顔をして、すっごくおかしな冗談をくすりともせず淡々としゃべり続けている」ような雰囲気があります。普通だったら真面目に描くべき人生の大きな転換期において、ありえない現象やふざけた出来事、滑稽で哀しい奇跡を、平然と物語の中にすりこませてくる。

 しかも読みながら「そこかよ!!」と大笑いしてしまう作品だってあるんです。この作者もしかして本当は遊んでるんじゃないかしら、と思わせられるくらいに。

 

 ただし、その不条理さがただの遊びになっていないところがスパークの本当の魅力なのでございます。

 例えば主人公の性格に込められた、私たち読者の隠しておいた秘部をこっそりと静かに刺してくるところ。

 

 あなたは「自分は賢く特別で人とは違う」と密かに信じていませんか? または子供の頃に信じていませんでしたか? このサイトを見にくるような読書狂のあなたなら当てはまるのではないでしょうか? もちろんこれを書いている私も例外ではありません。ええ、子供の頃は特によく思っていましたよ。「私はあんたたちと違う」って。

 

 短編集『バン、バン! はい死んだ』の収録作の多くには、そんなナルシスティックなコンプレックスを抱えた人物が主人公として登場します。

 冒頭に収録されている「ポートベロー・ロード」の主人公の女性“ニードル”もそのひとり。彼女は幼馴染の4人組と遊んでいた子供の頃から「自分は彼らと違う」と気づいていた少女なのですが、ある時、干し草の中から針を見つけると、仲間のひとりから「親指を突っ込んだらスモモが出てきた」とからかわれます。彼女の自惚れを見透かして、狡賢く“オイシイトコロだけ”を抜き取った人物を揶揄するマザーグース「ちびっこジャック・ホーナー」になぞらえちゃう、子供らしい意地悪な友達ですね。でも主人公はそんなからかいもまるで意に介していないような素振りを見せます。

 「自分は特別だ」を信じている人間はそれを隠しているつもりでも、周囲に感じ取られてしまうもの。自惚れを指摘されてからかわれたり嫌がらせを受けたりしても、恥ずかしいのをひた隠して平静を装わないといけない。そんな経験をしたことのある人は、ここでぐっさりとハートを刺されてしまうことでしょう。

 

 賢いと信じていた自分が実は愚かで矮小な、取るに足らない存在であること、人生は惨めであること、他人は想像以上に強かであること、世界は無関心で融通がきかないこと。ミュリエル・スパークはそう説いてみせながら、ふいに作中で奇跡を起こしてしまう。ありえないこと、突拍子もないことをさらりと出現させておきながら、平然とした顔で登場人物たちの動向を見つめている。肝心の登場人物たちはというと、これまた当たり前のように奇跡を受け入れ、その場でどうするか決めていく。そこに神の御手はなく、仰々しさもなく、ただ自分や他人の意思によって決定される世界があるだけ。

 

 なぜこのような主人公を配したのか。それはミュリエル・スパーク自身が同じく、自尊心が粉々に崩壊する経験をした女性だったからにほかなりません。

 巻末に収められている訳者あとがきを読んで、なぜスパークがこのような登場人物や表現を好んだのか、何となくでも察することができた気がしました。

 1918年に生まれ、芸術に理解のある優れた女教師や先進的な思想を持っていた祖母を慕い育った少女時代を経験しながら、大人になって結婚した後、アフリカに移り住んだことで人種差別などの現実に直面し、夫からの暴力に苦しみ、自分への誇りや自信がもろくも崩れ去っていく。少女の頃に信じた理想はただの絵空事だったと知ったに違いありません。

 けれど詩を愛し、筆の力と芸術的な直感に恵まれたスパークは、「皮肉と嘲笑の芸術」を根幹として諦めや失望を見事に作品へと昇華させました。

 

 彼女の作品に心を惹かれるのは、皮肉や嘲りの覆いの底に、諦めや喪失感が流れていながら、「それでもなお」という光が、かすかにきらめいているからです。

「ポートベロー・ロード」の冒頭で、臆することなく純粋だった少女時代を思い返している主人公が決然と意思を表します。「でも、あの頃に戻りたいと思わない」と。そこにミュリエル・スパークの前を向き続ける姿勢が現れています。

 

 純粋に悲喜劇の面白さを味わうもよし。端正な技巧に舌を巻くもよし。

 

 しかし私としては、現代に生きてなにごとかにぶつかり、自信を失い途方に暮れている人々にも、『バン、バン! はい死んだ』をオススメしたいです。あなたと同じような思いを抱え、それでも芸術作品へと昇華した女流作家がいることを知ってほしい。そして最近まで生きておられたということを実感してほしい。きっとミュリエル・スパークは皮肉な表情の奥底に隠した優しさや笑いのある活力を、与えてくれることでしょう。

 

深緑 野分(ふかみどり のわき)

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 デビュー短編集『オーブランの少女』東京創元社)が10月に発売されました! 海外を舞台にした話が多いので、翻訳好きの皆様もぜひお手にとってみてくださいませ。

 ツイッターアカウントは @fukamidori6

  

短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)

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死を忘れるな

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ミステリーズ!  vol.62

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【随時更新】私設応援団・これを読め!【新刊書評】バックナンバー

 

2013-12-13

世界最高の殺し屋という生き方――グリーニー〈グレイマン・シリーズ〉(執筆者・大谷耀)

「世界最高の殺し屋って誰?」という質問をされたら、多くの日本人はゴルゴ13と答えるのではないだろうか。もしくは、殺人許可証を持っている世界的なヒーローということで、ジェームズ・ボンドという答えもあるかもしれない。ともあれ、その金看板を背負えるキャラは中々いない。私やあなたが大好きな、翻訳小説に登場する「彼ら」ではダメなのだ。凄腕止まりでは。

 ボンクラ中学生なら誰でも一度は考える世界最強の殺し屋というキャラ設定も、「どこがどう世界最強なのか」という命題を証明する段になると途端にハードルが高くなる。「あいつは世界最高だ」とただ周囲の人間が言ってるだけでは、証明にはならないのだ。

 

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

 そして、登場したのが『暗殺者グレイマン』の主人公グレイマンことコート・ジェントリーである。生い立ちを見るだけでも只者ではない。父親が校長を務めるSWAT学校で育ち、16歳にしてSWATチームに近接戦闘を教え、18歳で道を誤りギャングの抗争で相手を射殺し逮捕。腕を見込まれ刑務所から連れ出され、CIAの非合法工作部門でせっせと人を殺し続けるも何らかの理由でCIAから「目撃しだい射殺(Shoot on Sight)」命令が出され逃亡する。対峙することになる敵曰く「世界最高の超一流の殺し屋」であり、自称でも「もっとも経験豊富でもっとも大きな成功を収めてきた人間ハンター」と大きく出ている。

 

 そんな彼が自らの生存と人質救出のため戦うのは、ベネズエラの総合情報部やらリビアの特務機関ジャマヒリヤ秘密機構やら韓国の国家情報院やら総勢12ヶ国の殺し屋チームである。チェコからフランスを目指す旅路の途中、敵を撃退していくのだが、凄まじいことに次々と負傷していくのだ。まず殺し屋チームと戦う前に、すでにグレイマンの脚には貫通銃創がある。そこからさらに全身各所を負傷していき、最終戦の際は文字通り満身創痍。しかし、万全の状態で勝つのは二流の殺し屋、多少の負傷で勝つのは一流の殺し屋、超一流は満身創痍でも多数を相手にして勝つというのを証明するのである。

 

 一作目でジェイソン・ボーン以上の逃避行を負傷しながら達成し、世界最高という金看板を掲げることになったジェントリー。彼は二作目『暗殺者の正義』でCIA工作員時代の隊長であるザックの指揮下、「目撃しだい射殺」命令撤回のためスーダンの大統領拉致を請け負うことになる。顔見世興業の一作目を済ませているので、二作目は作戦に一直線に向かう(とはいえ後述する寄り道もあるのだが)。文字でありながら映画『ブラックホーク・ダウン』に匹敵する映像的興奮と迫力の市街戦など、世界最高の殺し屋が任務を与えられたらどう振る舞うかを描く。

 

 そして、三作目の『暗殺者の鎮魂』で世界最高の殺し屋がついに「他者への怒りのみを燃料に戦う」のだ。アマゾン奥地で殺し屋チームに急襲されたジェントリーは、冒頭からクライマックス級の逃走劇を繰り広げ窮地を脱する。逃亡先のメキシコで、命の恩人エディーが麻薬カルテルのボスであるダニエルの暗殺作戦に失敗し、死亡したことを知る。立ち寄ったエディーの実家で歓待を受け、エディー含む警官の追悼集会に出席するジェントリー。だが、集会は襲撃を受け死亡者を出した上、エディーの未亡人エレナがダニエルに狙われる羽目になる。死の聖女への狂った信仰の結果、ダニエルはエレナの腹の中の赤子を供物にしなければならないと考えるからだ。無辜の人々であるエディーの遺族のため、怒りに燃えるジェントリーは麻薬組織と徹底的に戦うことを決意する。

 

 一作目二作目がジェントリーの考えはどうあれ戦闘を強制される状況だったのに対し、本作では彼に戦わざるをえない理由はない。地獄の状況下で励まし命を救ってくれたエディーに対する恩と、彼の遺族が殺されていいはずがないという憤怒がジェントリーのエンジンの燃料となる。世界最高の殺し屋が「この世を焼き払う。殺し、拷問し、穢す」とまでブチ切れるのだから熱い。

 アクションは、一作目が映像的ながらも並列化された感があったのに対し、二作目は目玉の市街戦を据えるという変化があった。本作では、『スカイフォール』の古い武器を持って洋館で敵を待ち構える篭城戦と、『誘拐犯』でメキシコの乾いた空気の中行われる銃撃戦のハイブリッドという、中盤の戦闘シーンが特に見所といえる。

 ちなみに本書の敵役であるダニエルが率いる麻薬組織は、ダニエル含め特殊部隊出身者も多く装備は軍隊並の重武装であるため架空の組織のようだが、メキシコには首領が元特殊部隊隊長のロス・セタスという並外れた武力を持つ組織が現実に存在している。そういう点がリアリティに厚みを持たせている(メキシコ麻薬戦争に興味がある方は『メキシコ 地獄の抗争』を是非)。

 

 ただただアクション全開で熱く滾り続ける物語は、その手の小説を愛好する読者だけでなく、アクション映画を好む方々にも是非是非読んでもらいたい。優れたアクション映画数本分の興奮が詰まっている。

 

 

 絶賛一色ではあるのだが、グレイマンシリーズには指摘されうるとある弱点が存在する。それはジェントリーが善人≒正義の味方である点だ。本作でエディーの遺族を守ろうとするだけではなく、二作目では計画の支障になるとわかっていても国連職員の女性を助けるし、そもそも本人が自分は殺しという汚れ仕事をやってはいるが、殺すのはそれに値する人間だけである意味で正義を行使しているのだと信じている。

 

 このキャラ造形を考える上でひとつの助けになるのが2008年の映画『グラン・トリノ』である。クリント・イーストウッド監督・主演の最後の作品であり、そこで描かれている一面は、俳優としてのイーストウッドが体現していた「国を愛し弱き者を守り、そのために暴力を行使する」というアクションキャラの終焉である。このキャライメージはある種アメリカという国そのものであるといえるかもしれない。そして、この映画以降イーストウッドは銃把を「握る」キャラを演じていない。

 最後に作品が投げかけるのは、終焉と共に次代のヒーローをどう作ってみせるのかという問いかけでもある。そのひとつの解答がグレイマンシリーズと言い切ってもいい。

 

 同行の女性が、敵の残虐な民兵とはいえ死にかけの人間は放っておけないと逃走を拒めば、即座に殺しこれで逃げられるなと言い放つ男がジェントリーではある。だが、彼は作中で無辜の民を殺すことはない。友情にも篤く仲間との信義を重んじ、「目撃しだい射殺」命令を下した母国アメリカさえ心から愛している。アメリカ的な正義の味方である男が、その超絶的な技能により悪を排除する世界最高の殺し屋になっただけなのだ。

 そして、ジェントリーが世界中を逃げまわるように、この種のアメリカンヒーローにはもう、特に911以降は居場所がないのだ。だが、それでもこのヒーロー像は決して滅ぶことはない。生きにくい現在の世界でどうにか生かしてみせたのが本シリーズなのだ。ちなみに、著者マーク・グリーニーはアメリカ在住であり、シリーズ1作目の刊行は2009年である。

 

 さて、ここまで長々と読んでいただいた奇特な方には申し訳ないのだが、実は拙稿を圧倒凌駕し冒険小説という文脈から素晴らしい語りが展開されるイベントが明日14日に開催される。語り手はグレイマンシリーズを熱烈に支持する北上次郎氏。是非、足を運んでいただきたい。


最速!海外ミステリ先読みスニークプレビュー#11のお知らせ(執筆者・酒井貞道)

Live Wire 【223】13.12.14(土) 最速!海外ミステリ先読みスニークプレビュー#11

 

大谷 耀(おおたに あき)

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駆け出しレビュアー。ボンクラな小説・映画・漫画が日々の糧なエルロイ信者。よろず仕事募集中。奇特な方はtwitterにてご連絡を。

twitterアカウントは @myarusu

 

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【随時更新】私設応援団・これを読め!【新刊書評】バックナンバー

 

当サイト掲載書評:冒険小説よ、永遠なれ――『暗殺者の正義』(執筆者・福田和代)