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第八回翻訳ミステリー大賞 決定!!

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2017-07-05

ノア・ホーリー『晩夏の墜落』(執筆者・川副智子)

 

 デビューの一作のみのおつきあい、という作家は数あれど、ダントツに記憶に残っているのは、2000年8月刊行のデビュー作『大いなる陰謀』で、ちょっと、いやかなり、ヘンな、ほかのだれにも似ていない魅力を発散していたノア・ホーリーです。同作がこのミステリーがすごい!2001年版』の栄えある「バカミス・ベスト10」の銀賞(金賞じゃなく、銅賞でもなく、銀賞4作のうちのひとつ)に輝いたといえば、当時のホーリーの渋い立ち位置をなんとなく理解していただけるでしょうか。気になる人だったので、その後の動向を横目で追っていましたが、主たる活動の場をじょじょにテレビの世界にシフトしているように見え、もう彼の作品が邦訳されることはないのだろうとなかば諦めかけていたところ、第5作 Before The Fall がいきなり《NYタイムズ》のベストセラー2位にランクイン。邦訳の機会を得ました。しかも、訳者としてはもう一度ノア・ホーリーとおつきあいできる幸せだけで充分だったのに、なんと、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)のエドガー賞・最優秀長篇賞を受賞という超弩級のおまけがついてきたのです。「バカミス」から17年(しつこい)、驚いたのなんの、喜びもひとしお、超ウレシイ。

 

 2015年夏の終わりのある夜、歴代大統領や富豪の避暑地として知られる島から飛び立ったプライベート・ジェットが、離陸後18分で大西洋上に墜落。乗員・乗客合わせて11人。死者9人、生き残ったのはふたり。墜落の謎を解くための国家機関の調査と並行して、ジェット機が海に「墜ちるまえ」と「墜ちたあと」の人間たちのドラマが展開します。

 

『晩夏の墜落』において著者は「エンターテインメント文学の資質を大きく進化させている」。これは三橋曉が解説(文庫版、ポケミス版とも)に書いてくださった、ぐっと心をつかまれる一文です。今や押しも押されぬ「脚本家」「プロデューサー」となったホーリーは、2014年にシリーズ1が開始した『FARGO/ファーゴ』コーエン兄弟の同タイトルの犯罪映画を基にした連続ドラマ)で、全脚本と製作を担当し、同番組はエミー賞ゴールデングローブ賞を総なめにしました。こちらがその紹介ページ。

https://www.star-ch.jp/fargo/season1/

https://www.star-ch.jp/fargo/

 

 テレビドラマの製作に携わってきたこの十数年は、本作でホーリーがつくりあげた独自の小説世界とけっして無縁ではないでしょう。脚本家の倉本聰氏はドラマを1本書くときに登場人物の履歴を作成するといいます。『晩夏の墜落』では、登場人物の履歴がまるで連続ドラマの一話のように組みこまれ、そのサイドストーリーをしっかりと見せてくれます。生まれ育った土地、親の職業、家庭環境、経済状況、子どものころのエピソード……。ひとりひとりの履歴を追ううちに、「アメリカの履歴」を眺めているような気にさえなるかもしれません。

 

 現在のアメリカをもっとも強烈に感じさせるのが、怒れる白人を演じて視聴者を煽るケーブルニュース専門局の看板司会者。アメリカの読者がこの人物から思い浮かべたのは、右派メディア「FOXニュース」のビル・オライリー(この4月にセクハラ疑惑で降板)のようですが、「わざとらしい髪型の背の高い男」(原文は a tall man with dramatic hair )なんていう描写があったせいか、第45代アメリカ合衆国大統領に就任したあの人の顔が頭から離れなくなってしまいました。ちなみに、墜落で命を落としたニュース専門局代表の履歴は、トランプの参謀、スティーブ・バノンを彷彿とさせます。だれがモデルであるにせよ、この両者からは、トランプ大統領を生み出すまえのアメリカの空気がビンビン伝わってくることを請け合っておきましょう。

 生き残ったふたりは、一度人生から落伍しかけた47歳の画家と富豪の息子である4歳の男の子。この子がほんとうに可愛い! money をいじりすぎて身動きが取れなくなった人や、自分をこじらせるだけこじらせてしまった人のなかで、運命の偶然によって結ばれた47歳と4歳のふたりの絆は、この小説に流れるすがすがしさとなっています。

 17年を経て進化した「ノア・ホーリーの世界」を、この作家をご存じだった方もご存じではなかった方も、どうか愉しんでいただけますように。

 

川副智子(かわぞえ ともこ)

 最近の訳書はメアリー・チェンバレン『ダッハウの仕立て師』(早川書房)、マーク・カーランスキー『紙の世界史』徳間書店)。ミステリーの翻訳は久しぶり、と思っていたら、引きつづきリンジー・フェイの「ジェーン・エアもの」ミステリーを訳すことになりました。

 



■担当編集者よりひとこと■

 

「実際に空の上で読むと臨場感が違うよ」とマニアの友人が貸してくれた名作『超音速漂流』を飛行機の中で読んでガタガタ震えたことのある担当編集者です。

 このたびご紹介いたしますのはポケミスと文庫同時発売となるエドガー賞長篇賞受賞作『晩夏の墜落』。飛行機の墜落をめぐる傑作サスペンス小説です。これから世間は晩夏どころか盛夏の候、バカンス中の読書に大部の本に挑戦しようという方もいらっしゃるかと思いますが、本書を機内で読むのだけはおすすめいたしかねます(それだけ描写が真に迫っているということです!)。 著者のノア・ホーリーは『BONES―骨は語る』や、今話題沸騰のクライムドラマ『FARGO/ファーゴ』で八面六臂の活躍を魅せているマルチクリエイターだけあって、本書もまた一筋縄ではいかない凝りに凝った物語に仕上がっています。

 

 霧が立ち込める夜の大西洋に落下したプライベートジェット。乗客の子供を救い、奇跡的にこの惨事を生き延びた画家のもとへNTSB(国家運輸安全委員会)主導の調査チームが現れ……というのが本書序盤の「つかみ」。ここから『エアフレーム―機体―』『クラッシャーズ 墜落事故調査班』のように、プロフェッショナルたちの調査を主軸としたストーリーが展開される……と思いきや、“死者のリスト”なる犠牲者一覧が本文に唐突に挿入され、以降本書は「墜落にいたるまでの犠牲者たちの過去」「墜落後の生存者とそれを取り巻く人々」が様々な視点から語られる群像劇へと変貌します。

 作中で主人公の描く“災害”を題材とした絵画の鑑賞者が様々な解釈を抱くように、『晩夏の墜落』の読者もまた、百出する疑惑と怪しげな陰謀論的エピソードの数々から「墜落の真相は○○なのでは?」「それとも■■?」と翻弄されること請け合いです。なぜ、その飛行機は落ちたのか? いったい何が起きたのか? 急転直下、怒濤のクライマックスまで一気読みまちがいなしの本作。是非お手にとってお愉しみください。

 

(早川書房N) 

 

このミステリーがすごい! 2001年版

このミステリーがすごい! 2001年版

Before the Fall

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超音速漂流 (文春文庫)

超音速漂流 (文春文庫)

 

ファーゴ (字幕版)

ファーゴ (字幕版)

  

 

アキレウスの歌

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【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー

2017-06-20

カリン・スローター『サイレント』(執筆者・田辺千幸)

 

 本書を訳すことになって、まずは、このウィル・トレント特別捜査官シリーズの前作にあたる『ハンティング』を読んだ。ん? 読んだことがある気がする……。元々よくはない記憶力が最近とみに怪しいので自信はなかったが、読書録を探ってみると、おお、あった! 八年前、某社からの依頼で読んでいた。徐々に蘇ってくる記憶。そうそう、あのときも緻密な構成や、確かな文章力や、人物描写の巧みさに感心したのだった。あいにく、その企画が通ることはなかったのだが、八年たってまたこうして巡り会うことになるとは。偶然? いやいやいや、ここは“運命”ということにしておこう。

 

 さて作者のカリン・スローターだが、イギリスやオランダではベストセラーリスト一位に名を連ねたこともあり、ヨーロッパで特に人気が高い。著作は三十六か国語に翻訳され、売り上げはトータルで三千五百万部を超えているにもかかわらず、残念ながら日本での知名度はいまひとつだ。このシリーズをきっかけにもっと広く読まれるようになってほしいという願いをこめて、本書を紹介させていただこうと思う。

 

 夫である警察官のジェフリーを失ったサラは、故郷のハーツデールからアトランタに生活の拠点を移していたが、休暇で実家に戻ってきた際に事件に巻き込まれる。殺人犯として逮捕された若者が、かつてサラがこの地で小児科医として勤務していた頃の患者のひとりだったのだ。だがその若者は留置場で自ら命を絶ってしまう。死ぬ前に自白したと聞かされたものの、その若者をよく知るサラは彼に犯行は不可能だと確信する。取り調べにあたったのがレナという刑事であることを知ったサラは、彼女がまた失態を犯したのだと考え、事件の再調査を州捜査局に依頼した。かつてジェフリーの死の原因を作ったのがレナだったからだ。そして派遣されてきた特別捜査官のウィルはレナと共に捜査を開始するのだが……

 

 ウィルは常に三つ揃いのスーツをまとい、一見会計士に見えるような風貌だが、実はジョージア州捜査局きっての敏腕捜査官である。その外見にだまされて対峙する相手がつい油断してしまうところとか、まったく関係なさそうな話をしているふりをしてじわじわと相手の首を絞めていくところなどは、刑事コロンボとよく似ている……ような気がする。古ぼけたレインコートは着ていないし、もっとずっと若くてハンサムではあるけれど。犯人側からすると、これほどいやな相手はいないかもしれない。ウィルには読み書き障害ディスレクシアがあり、それをまわりの人に気づかれないようにあれこれ工夫を凝らしているのだが、非常に観察眼が鋭いのはその障害を補うためなのだろう。

 

 作者は作品ごとに、ウィルと幼馴染でありのちの妻となるアンジーとの関係や、ウィルと相棒であるフェイスとのパートナーシップなど、事件と並行して主要登場人物たちの人間模様を描いていて、本書ではサラとレナの関係に焦点が当てられている。このふたりの心理描写が絶妙で、実際に顔を合わせてはいないのに対決しているように思えてくるのだが、これが人間の弱さとか醜さといったものを突きつけられているようで、実はかなり怖い。間接的にではあるけれど夫を殺したのはレナだと考えているサラ。非は認めながらも、自分は悪人ではないと信じているレナ。同じひとつの事柄であっても、見る角度が変わるとまったく別物になってしまうことがよくわかる。

 本書では凄惨な場面を封印し、違う形の恐怖を追及したようだが、いずれの作品でも残酷な描写が多い作家である。鈴木美朋さんと交互に担当するので一息つけるものの、人間の残酷さを見せつける本シリーズの迫力は際立っている。前作『ハンティング』共々、今後のシリーズも楽しみにお待ちいただければ幸いである。

    

田辺 千幸(たなべ ちゆき)

 主な訳書はリース・ボウエン「英国王妃の事件ファイル」シリーズ(原書房)、エミリー・ブライトウェル「家政婦は名探偵」シリーズ(東京創元社)、ジム・ブッチャー「ドレスデン・ファイル」シリーズ(早川書房)など。

 二年前にダイエット目的で始めたランニングにすっかりはまり、ランニングシューズコレクターと化している今日この頃。

 



■担当編集者よりひとこと■

 

 皆様、ハーパーBOOKSイチオシ作家、カリン・スローターの登場でございます。

「ハーパーBOOKS」って何? という方のために説明いたしますと、米国の大手出版社ハーパーコリンズの日本法人ハーパーコリンズ・ジャパンから2015年に産声をあげた文庫レーベルでして、この7月にめでたく創刊2周年を迎えます。どうぞお見知りおきください。

 

 さて、今作『サイレント』『ハンティング』に続く、特別捜査官ウィル・トレントを主人公にしたシリーズの新作となっています。米国ではすでに8作目まで発売されている人気シリーズで、追いつけ追い越せの勢いで次作『FALLEN(原題)』は2017年内に刊行を予定しています。

 

「次作まで待てない」という方は、猟奇っぷりが半端ない、1話完結の『プリティ・ガールズ』もおすすめです。背筋の凍る残忍さと密度の濃い人物描写に、気づいたらはまってしまう人続出の人気作家。田辺千幸さんと鈴木美朋さんの二人三脚で、日本でも続々刊行予定です。

 

 また、翻訳ミステリー大賞の授賞式でプレゼンが時間切れになった我が社のイチオシ、ダニエル・シルヴァの新刊『ブラック・ウィドウ』も7/22にいよいよ発売です! どうぞお楽しみに。

f:id:honyakumystery:20170615133417j:image:w250

※表紙は変更の可能性がございます。ご了承ください。

 

f:id:honyakumystery:20150810140013j:imageハーパーコリンズ・ジャパン_イチオシ_170615.pdf 直

【↑ダニエル・シルヴァ『ブラック・ウィドウ』紹介フライヤーのダウンロードはこちら】

 

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(ハーパーBOOKS編集部:担当N) 

 

 

 

 

 

【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー

2017-06-07

ボストン・テラン『その犬の歩むところ』(執筆者・田口俊樹)

 

 

 せんだっておこなわれた第八回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの『イチオシ本バトル』では、ボストン・テランの本作『その犬の歩むところ』が見事第一位に選ばれました。改めてお礼を申し上げます。推してくださった方々には心からの、推してくれなかった方々には形ばかりの。

 

f:id:honyakumystery:20140423120552p:image2017文藝春秋_イチオシ本バトル.pdf 直

(↑イチオシ本バトル・当日配布資料)

  

 さて、この本。とてもとても面白いです。でもって、いい話なんですよね、これが。アマゾンの紹介記事をパクると「傷ついたひとたちの悲劇と救済を描く感動の最新作」。まさにそのとおりです。でもって、「救済」ってところがいいですねえ。これでもかこれでもかって、人間の嫌な面を描いた作品、最近よく眼にします。今という時代が時代ですから、予定調和っぽいめでたしめでたしなんて、誰も書きたくもなきゃ読みたくもないんでしょう。そういう気持ちは私もわからないではありません。でも、マイナスではなく、プラスの感情を呼び覚まして、読者をびっくりさせるのが、やっぱ小説の王道なんじゃないでしょうか。『その犬の歩むところ』はその王道を行ってます。

 

「ギヴ」という名の犬が主人公なんで、いわゆる犬ものですが、そんじょそこらの犬ものではない。描かれ方もちょっと変わってます。なにしろ、この物語の語り手自身が「この物語は伝統的なやり方では語られない」と作中言ってるくらいなんですから。どんな話なのか、どんな描かれ方をしてるのか、気になりました? でも、あらすじを紹介するのはあえてここではひかえたいと思います。というのも、とにもかくにもさきが読めない話で、そこがまたこの小説の読みどころだと思うからです。ただ、犬好きにはたまらないシーン満載です。犬好きならずとも、犬という美しい動物の善良さ、健気さ、愛らしさにはきっとぐっとくると思います。それは訳者として請け合っておきます。

 

 あと――俗っぽい宣伝になるのを承知で言えば――うるうるとくるところもけっこうあります。私の場合、それはシーンというより、書かれていることばそのものに喚起されて、けっこううるっとなりました。たとえば、重要な登場人物のひとり、アンナという女性がハンガリー動乱を逃れて伯母と一緒にアメリカに移住するくだり。その苦労が静かに淡々と描かれるんですが、なんかもう込み上げちまって込み上げちまって。もうひとつ、そのアンナに名もなき老婆が頼みごとをするくだり。この老婆はアンナを救ってくれた人なんだけれど、子供もいなけりゃ身寄りもない。そういう老婆がアンナに頼むわけ。自分が死んだら墓碑銘にはこんなふうに刻んでくれって。「ただひとこと“母”」と彫ってくれって。そのひとことに託したお婆さんの万感の思い。いいですねえ。

 もうひとつ言っちゃおう。ギヴのほかに「モリソン」って犬も出てくるんですが、この犬がすごくすごく可哀そうなんですよ。それとそのモリソンと大の仲よしだった幼い兄弟も。編集担当の永嶋さんもその場面ではゲラに「泣いた」と書いておられたけど、私も号泣ですわ。ただ、公正を期して言っておきますと、私、映画の『ビリギャル』なんか見て泣いちゃったんですよね。いいですか、俗っぽさここにきわまれりみたいなあんな話に。だから、実を言うと、寄る年波で自分の涙腺にはあんまり自信はないんだけど。ま、それでもね。

 

 新聞を開くと、テレビをつけると、ネットを漁ると、嫌なニュースばかりが眼につく昨今です。不寛容が世界じゅうに蔓延しているみたいに見えます。本書はそんな時代に抗って生きる人々と一匹の犬への賛歌です。どうかご一読のほどを!

   

田口俊樹(たぐち としき)

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 翻訳歴だけは長い東京都調布市在住の老翻訳者。孫三人。四年前に老犬の介護経験あり。現在エルモア・レナードの『ラブラバ』を新訳中。趣味は競馬と麻雀。パチンコからは二年前に撤退。このところなぜかことあるごとに思い出すことば――「田口さんのどこを叩いても“努力”ってことばは出てこないですよね」(by 故・東江一紀)。

(Photo © 永友ヒロミ)

 

◆あわせて読みたい(WEB本の雑誌 掲載記事)


■担当編集者よりひとこと■

 

 

 ええ、泣きましたよ。泣きましたとも。ただまあ僕は大学の頃に授業のない午前中に遅い朝飯を食いながら再放送の『三匹が斬る!』を観て涙目になったりしていたのでアレですけれども。

 

 ボストン・テランは編集者としての僕にとって重要な作家です。まだ駆け出しの頃に担当したデビュー作『神は銃弾』で、訳稿を読んだ途端に頭をぶん殴られたような衝撃を受け、異様な原文と格闘し、訳文について翻訳者(田口さんですね)と突っ込んだやりとりをして、はじめての「このミス」1位の栄誉に浴し、いまだに『神は銃弾』について熱く語ってくださる読者がいる。いろいろな意味で、『神は銃弾』は僕にとって名刺のような一冊でありつづけています。

 

 そんなテランに「暴力の詩人」という二つ名をつけたのは『死者を侮るなかれ』のときだったでしょうか。しかしテランは第四作『音もなく少女は』で、「暴力の詩人」から脱却します。苛烈な暴力や白熱の銃撃戦は影をひそめ、文体も抑制され、リアルで日常的なできごとを描く。それが『音もなく少女は』で、こちらも多くの読者――とくに女性――の支持をいただきました。『その犬の歩むところ』は、この『音もなく少女は』の延長線上にある作品です。

 

『神は銃弾』『死者を侮るなかれ』と、『音もなく少女は』『その犬の歩むところ』。一見すると大きな隔たりがありますが、しかし、読んでみるといずれも間違いなく「ボストン・テランの小説」という印象を受けます。「ボストン・テラン的なるもの」が歴然としてそこにあるのです。

 

 それは何なのだろうかと考えると、おそらく、「弱い者」を描いていることなのではないか。もっというと、「弱い者」が容赦なく強大な何かと立ち向かう姿を通じて、そこに崇高な何かを現出させることなのではないか。地べたにいる者たちの地べたの苦闘が何か大きくて崇高なものとなる瞬間を、ボストン・テランは書きつづけていて、それがこの作家独特の感動の源泉になっているのではないかと思うのです。

 

 最後に。僕は完全なる猫派ですが、本書の気高い孤高の雑種犬ギヴ君にはすっかり心を持っていかれました。犬好き勢は問答無用で必読の本書ですが、猫派の紳士淑女にも是非お手にとっていただけますよう。

 

(文藝春秋・永嶋 @Schunag ) 

 

 

音もなく少女は (文春文庫)

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死者を侮るなかれ (文春文庫)

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神は銃弾 (文春文庫)

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暴力の教義 (新潮文庫)

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凶器の貴公子 (文春文庫)

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三匹が斬る! DVD-BOX

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続・三匹が斬る! DVD-BOX

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続続・三匹が斬る! DVD-BOX

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【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー