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2013-03-01

「〈現代英国ミステリの女王〉ミネット・ウォルターズの『遮断地区』にはラムネがよく似合う」(東京創元社S)

 

 みなさんこんにちは。このサイトで「冒険小説にはラムネがよく似合う」を執筆しております、東京創元社翻訳ミステリ担当のSと申します。今回は2月27日発売のミネット・ウォルターズ『遮断地区』創元推理文庫)についてご紹介したいと思います。何回かこの「編集者のひとりごと」を書かせていただいておりますが、本記事ではいつもの「ラムネ」形式で、わりと客観的(?)にこの作品のよいところを語ってみるつもりです。自分で自分の担当した本をレビューするとはこれいかに。おつきあいいただけますと幸いです。

  

遮断地区 (創元推理文庫)

遮断地区 (創元推理文庫)

 さて、まずは『遮断地区』のあらすじを……


バシンデール団地に越してきた老人と息子は、小児性愛者だと疑われていた。ふたりを排除しようとする抗議デモは、彼らが以前住んでいた街で十歳の少女が失踪したのをきっかけに、暴動へ発展する。団地は封鎖され、石と火焔瓶で武装した二千人の群衆が襲いかかる。医師のソフィーは、暴徒に襲撃された親子に監禁されて……。現代英国ミステリの女王が放つ、新境地にして最高傑作。


 この作品の翻訳原稿を最初に読んだとき、いやーもう、本当にびっくりしました! なんでかといいますと、「ウォルターズなのにめちゃくちゃ読みやすい」から! ミネット・ウォルターズは創元推理文庫から何冊か翻訳刊行しておりますが、どちらかというと「暗い、重い、怖い」という感じの作風で、じわじわ読み進めるタイプの作家だと思っていたのです。それがまぁ、ページをめくる手がとまらないのなんのって! 仕事をさぼるわけにはいかなかったんですが、電車で読み、食事中も読み、しまいにはお風呂にも原稿を持ち込んで、1日半で一気読みしてしまいました。そういう作品を“ページターナー”と呼びますが、まさかウォルターズ作品でページターナーなんてものが存在していたとはなぁ……。


 その理由は、本書の設定にあります。あらすじにあるとおり、この作品はイギリスの団地を舞台にしています。低所得者が多く住んでいるバシンデール団地は、“教育程度が低く、ドラッグが蔓延し、争いが日常茶飯事の場所”です。通称が“アシッド・ロウ”。アシッド(Acid)はLSDという麻薬を、ロウ(Low)は通り、街区を意味しています。まぁそんな、住みやすそうとはとてもいえない荒んだ場所に、小児性愛者が引っ越してきたという噂が広まります。そして彼らを排除しようとする抗議デモが、不良少年たちの参入により、大規模な暴動に発展してしまいます。おまけにこの団地は変な作りになっていて、何カ所かにバリケードをこしらえると完全な閉鎖空間になってしまうのです! コンクリートの壁に阻まれ、閉じられた空間でいったい何がどうなってしまうのか。この予測不可能な設定と、頻繁に視点を変えることで緊迫感に満ちた現在進行形のドラマを作り上げる構成力により、読者は作品世界に没入させられてしまうのです。


 また、作品を全体をつらぬく「大いなる謎」が冒頭で提示されています。それは「誰が死ぬのか。誰が殺すのか」。ウォルターズは物語のなかに、新聞記事やジャーナリストの手記などを挿入するのを好みます。それによって客観的な視点を取り入れ、社会問題などをうまくフィクションにからめています。最初のページで、“5時間にわたる暴動で死者3名、負傷者189名”という新聞の見出しが紹介されます。それによって、ふむふむ、3人死ぬのか。誰なんだろう? というのを気にしながら読んでいくことになるわけです。


 つーかですね、物語の半分くらいまで進むと、誰が死ぬのかというより、「頼むからこの人を殺さないで!!」という気分になってきます。ウォルターズお姉様! お願いですから○○だけは助けてください!! みたいな。だってもう、みんな死亡フラグ立ちすぎなんですよ! 誰が死んでもおかしくない! 半ばくらいまで読み進むと、感情移入できる登場人物も増えてくるだけに、よけいに誰が死ぬのかわからなくなってきます。おまけに、イギリスの女性作家って性格が悪いというかねじ曲がっているというかドSっていうか……。まぁ、そこが魅力なんですが、正直、主人公でさえも殺しかねないところがあるからなぁ……。そのあたりのハラハラする感じはぜひ体験してもらいたいものです。


 そんな大いなる謎である「誰が死ぬのか。誰が殺すのか」ですが、これ、見抜ける人はほとんどいないと思いますよ! まぁ、わかるように書いてあるわけではないんですが、もうほんと、ちょう意外です。びっくりするはずです(ニヤリ)。先ほどキャラクターについてちょっと触れましたが、これまた魅力的なキャラクターがたくさん出てくるのです! 最初はろくでもないな〜と思っていたシングルマザーのメラニー、その恋人のジミー。小児性愛者の家に監禁されてしまう医師のソフィー。そして暴動をなんとか鎮めようとする団地の住人たち。彼らはお世辞にも「立派な人」とはいえない人間ばかりです。でも欠点ばかりの人々が、窮地に追い込まれたときに何を考え、どう行動するのか。そこをきっちりおもしろく描いてくれるウォルターズの筆力は、やはり圧巻のひと言です。


 あとは2011年12月に刊行した『破壊者』にあったような、警察の捜査パートもおもしろいです。小児性愛者に対する抗議デモが暴動にまで発展してしまった背景に、10歳の少女の失踪事件があります。この事件から見えてくる、いびつな人間関係の暴きかたといったらまぁ……。いやもう、ほんとイギリス女流作家って性格悪……、いやそれはおいといて、すばらしいのひと言です。イヤーなお話が読みたい人にはうってつけです! おまけにこの失踪事件は暴動と同時に起きているため、警察ではどちらの陣営も人手不足におちいってしまうというのもうまいなぁと思います。本当によくできたミステリなんですよ〜。


 “新境地にして最高傑作”。作品のキャッチコピーを考えたときにまずこれが浮かび、他はあまりしっくりきませんでした。社会問題をうまく取り入れた読み応えのある作風や人物描写のうまさは変わっていませんが、がらりと雰囲気が変わったことで、より魅力が増したと思います。著者のファンのかたはもちろん、今まで「ウォルターズってちょっと……」とためらっていた人は、この機会にぜひ挑戦していただけるとうれしいです! とにかくおもしろい! いろいろ書き連ねましたが、いいたいことはそれだけです。


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遮断地区 (創元推理文庫)

遮断地区 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

氷の家 (創元推理文庫)

氷の家 (創元推理文庫)

女彫刻家 (創元推理文庫)

女彫刻家 (創元推理文庫)

鉄の枷 (創元推理文庫)

鉄の枷 (創元推理文庫)

蛇の形 (創元推理文庫)

蛇の形 (創元推理文庫)

昏(くら)い部屋 (創元推理文庫)

昏(くら)い部屋 (創元推理文庫)

2013-02-21

アンソロジー『厭な物語』ができるまで(執筆者・文藝春秋 @Schunag)

 

「後味の悪い小説」ばかりを11編収録したアンソロジー、『厭な物語』(文春文庫)が好評をいただいています。バッドエンドな小説っていいよね、という個人的な嗜好に端を発した企画だっただけに、これは非常にうれしいことです。

 

 着想のキッカケは、数年前から世の中を席巻しはじめた「イヤミス」流行りでした。この言葉は単にコアなミステリ読者のなかだけで流通しているのではなく、どうやら、もっと広い範囲の読者の心をひきつけるものであるらしい。そういう読後感を求めているひとは、自分が想像していたよりも、ずっとたくさんいる。――そう思ったのでした。ならば「後味が悪い」というのを鉤にして、普段は翻訳小説とは縁遠い読書生活を送っているかたがたに、翻訳小説の面白さを伝えることができるんではないか。ということでした。

 

 作品選定にあたってまず考えたのは、

 

・薄い本にする。

・作品の質を最重要視する。

・ターゲットは翻訳作品を読んだことのないひと。

 

 の3項目。ぼく自身はミステリおたくであるので、油断すると質よりもレア度を重視してしまいかねません。でも、それでは「すでに翻訳小説の楽しみを知っている自分のような読者」のための、内向きのものになってしまいます。――と考えたときに、最初の収録作品が決まりました。シャーリイ・ジャクスンの「くじ」です。海外小説好きの人間にとっては「一般教養」であるだろう超有名作品。しかし、それは「くじ」が恐るべき傑作であることの証拠であり、そして何より、どんな名作にも、「今日はじめて読む」という読者が存在するのです。この本がなければ「くじ」に出会わなかった、というひとが。

 

 ぼくが「くじ」をはじめて読んだのは小学校5年生のときでした。ファーストコンタクトの衝撃という点で、これを超える作品はないように思います。学研から出ていた少年少女向けのホラー・アンソロジー『世界の恐怖怪談』荒俣宏・武内孝夫)に、「くじ」は収録されていました。ラヴクラフトもM・R・ジェイムズも「猿の手」もこれでファーストコンタクトを果たしましたし、キリコやデルヴォーという偏愛画家の名を知ったのも、この本によってでした。このアンソロジーは、ぼくの人生のコースに決定的な影響をもたらしたトラウマ本なのです。つまり、『世界の恐怖怪談』は『厭な物語』のモデルなのですね。ちなみにモーリス・ルヴェルの作品もひとつ、『世界の恐怖怪談』には入っていました。

 

 これで、扇でいう「要」はできた、と思いました。次に収録を決めたのは、これも有名な「うしろをみるな」。「くじ」と同じくらい入手が容易な有名短編ですが、これまで、この作品が文字通り「最後」に入っている作品集をみたことがありませんでした。「うしろをみるな」のあとに何もない作品集を読みたい、と、かねがね思っていたのです。これで閉幕も決まり。あとは、できるだけタイプの違う厭な物語を選ればOK。

 

 なお、「スーパーナチュラル要素のある作品は除く」という基準も設けました。間口を広くとろうと思ったためです。ぼくの娘はいま中学2年生で、「怖い話」は好きだけれど「幽霊や怪物が出ると引く」とつねづね言っています。わが子のふがいなさに「何を言うか小僧、『シャイニング』と『ラヴクラフト全集』でツラ洗って出直してこい!」と叱責したくなるものの、でも、一般読者の身近なサンプルである彼女の意見は重視すべきだろうと、あくまで「現実的な厭さ」、あるいは「狂気とも解釈可能な不条理」という枠をもうけたわけです。

 

 かくして残り9編を選出。候補が複数あったのはアガサ・クリスティー(候補は「壁の中」)、モーリス・ルヴェル(「青蠅」)。とくに後者は最後まで迷い、以前に顔を出した大学のミス研での読書会で女性参加者の人気が高かった「フェリシテ」に決めました。なお、ランズデール「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」(「ミッドナイト・ホラー・ショウ」の題名でSFマガジンに掲載されたことあり)は単行本未収録、リチャード・クリスチャン・マシスン「赤」は本邦初訳で、これはどちらも昔からのお気に入りでした。

 

 フラナリー・オコナー「善人はそういない」は、アメリカ文学に関心のあるかたには超有名な作品かと思いますが、ミステリ読者にはそれほど知られていないかもしれません。しかしこれは、ヘミングウェイ「殺し屋」がそうであるように、アメリカン・ミステリの根源にある何かを持つ作品であり、是非ともミステリ読みのかたに体験してほしかったのです。なお、この「善人はそういない」とランズデール「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」にどこか似たものをお感じのかたもいるかもしれません。オコナーは南部を代表する作家であり、ランズデールも南部作家です。そこでランズデールさんにフェイスブック経由で訊いてみることにしました――あなたの「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」はオコナーの名作「善人はそういない」へのトリビュートなのではないですか? あなたはオコナーらの伝統を継ぐ作家なのではないでしょうか? と。ランズデールさんは、素早く丁寧な返信をくださいました。

 

ランズデール氏:「フラナリー・オコナーは最愛の短編作家です。オコナーやカーソン・マッカラーズ、フォークナー、トウェインといった多くの南部作家たちから、わたしは影響を受けています。あの作品を「善人はそういない」へのトリビュートとして書いたつもりはありませんが、あの作品が大好きなのは確かですし、「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」が同じ伝統に属する作品であると感じてもいます。オコナーが属する進化樹に、自分はいるのだろうとも思っています。自分はオコナーの作品を愛しているだけで、そこから何かを継承したとは思ったことはありませんし、あの作品に最大の影響を及ぼしたのは、わたしが生まれ育った場所にいる人々や、現実のできごとだったのです。フラナリーと同じく、わたしは南部人ですが、違いは、彼女は敬虔なカトリックであり、わたしは non-believer であることです。

  

 南部作家のほかにも、わたしは30-60年代のパルプ小説やペーパーバック小説の巨匠たちにも大きな影響を受けています。それにもちろん、スタインベックヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルドといった文豪たちにも。

 

 ランズデールとオコナーを前半と後半に。集合住宅の孤独たるハイスミスとルヴェル。辺境の異界たるジャクスンとソローキンを並べ、カフカの悪夢から折り返し点たるクリスチャン・マシスンを経てローレンス・ブロックへ。クリスティーで離陸、フレドリック・ブラウンで彼方へ飛翔――。そんなふうに流れるなかで、さまざまな「厭」を味わっていただければと思います。そして、気に入った作品の書き手を追いかけていっていただければ、それ以上の光栄はありません。

(執筆者・文藝春秋 @Schunag )   

 

くじ (異色作家短篇集)

くじ (異色作家短篇集)

新装版 シャイニング (上) (文春文庫)

新装版 シャイニング (上) (文春文庫)

新装版 シャイニング (下) (文春文庫)

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ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

烈しく攻むる者はこれを奪う

烈しく攻むる者はこれを奪う

 

【編集者リレー・コラム】各社編集部発のひとりごと【不定期更新】

2012-11-30

往事茫々 4 翻訳者と吞む(執筆者・染田屋茂)

 

 

 こういう思い出話を書いていると、ときおり後ろめたさを感じることがある。要は、当時といまの翻訳業界の落差(格差)である。あの頃はいうなれば「翻訳バブル」、初版部数も重版の頻度も仕事の数もいまよりはるかに多かった。そんな頃の話を得々と書いていていいものだろうか、氷河期に頑張っている現役の翻訳者の方々は不快ではないだろうかという思いが頭の隅を離れないのである。

 と言い訳めいた前ふりをしてから、お酒の話を始めることにしよう。まだ安月給の編集者に同情してだろう、当時はずいぶん翻訳者の方がご馳走してくれた。ふつう接待といえば出版社側がするものだが、無知というか幼さというか、それほど不自然には思わなかった。そのくせ翻訳者になってからは、担当編集者にやれ銀座の文壇バーだ、やれ高級天ぷら屋だ、と連れていってもらって涼しい顔をしていたのだから、なにをかいわんやである。せいぜい今後はささやかな社会奉仕でもしないと、いい死に方はできないかもしれない。


 翻訳者の方々それぞれに定番があって、たとえば小倉多加志さんには西新宿の台湾料理、沢川進さんには南千住の老舗うなぎ屋、中村保男さんには神田の鳥なべ屋で何度も呑ませていただいた。どれも繰り返し訪れても飽きない店だった。いまと違ってグルメ情報誌などない時代だったから、おかげでずいぶん自分の世界が広がったように感じたものだ。

 もちろん、呑みながら聞くお話も楽しかった。談論風発、長年女子大学で教えられていた小倉さんから、冬の雨の日などに教室に入ると学生の化粧の濃密な香りがむっと押し寄せてきて息が詰まると伺って妄想をふくらませたり、ジャズ喫茶を経営したことのある沢川さんが日本ではなんでビル・エヴァンズではなくビル・エバンスと表記するんだと憤る姿に原音表記にこだわる姿勢を学ばせてもらったりした。


 そんななかでも印象が強烈なのが、小泉喜美子さんだ。『弁護側の証人』で知られた推理作家だが、翻訳のほうは本格的に始められたばかりの頃で、こちらも大ベテラン翻訳者よりはいくぶん気楽に接することができた。就業時刻が終わる頃に電話があったり、わざわざ会社においでになったりしてお誘いがかかる。まだ仕事があるのに困ったなとつぶやきながらも、いそいそと出かけていった。場所は新宿のゴールデン街が多かったが、ほかにもあちこち連れまわしていただいた。一度きりだが、全盛期の「青い部屋」にもお供したことがある。戸川昌子さんのやっていた伝説的なシャンソンサロンで、三島由紀夫、美輪明宏などが常連だったという、レズビアンバーのはしりである。車座のような配置の席に座って呑みながらシャンソンをライブで聞くいかにも都会的で、少々怪しい雰囲気のある店だったが、あいにくの暗い照明のために酔眼では有名人の姿を見つけることはできなかった。同年代で、しかも女流推理作家同士だった戸川さんと小泉さんが打ち解けて話していらしたのが記憶に残っている。

 小泉さんは築地の洋服屋さんのお嬢さんで(つい最近まで築地を歩いていると、ビルの3階か4階ぐらいに弟さんが継がれた「杉山洋服店」の看板が出ているのを目にしたが、いまはどうなっているだろうか)、歌舞伎座は目と鼻の先だから、自然歌舞伎にも詳しかった。根っからの都会派で、レイモンド・チャンドラーとハードボイルドを愛し、ウィットやユーモアのないミステリを嫌っていた。翻訳がしたくて飛び込みで出版社をまわっていたら運よく早川書房で下訳者として採用され、ついでにそこで働いていた敏腕編集者に配偶者として採用されて結婚。だが、出版社を辞めてハードボイルド作家となった夫は妻に創作と翻訳を禁じる。その禁を破って文芸誌に応募した小説が、入選は逃したものの選考委員の推挙で単行本として発売され好評を得る。以降、筆を断つが、このこともしこりとなって後年離婚。その後、創作と翻訳の二本立てで仕事を再開……と、ドラマにできそうな経歴である。考えてみると、P・D・ジェイムズも、ジェイムズ・クラムリーも、ジェイムズ・エルロイも、本邦初紹介作品はすべて小泉さんのお仕事だった。「翻訳家」という肩書きは必ずしも似合わない人だったが、運を引き寄せるのも才能のうちだったのだろう。

 お酒は豪快な呑み方で、なにしろ長っ尻だった。夜も更けてくると目が据わってきて、「帰りたければいつでも帰っていいのよ」と凄みのある声でおっしゃる。そういわれるとなおさら帰りづらくなり、始発電車までお付き合いすることになる。呑み疲れてきたときの定番の話題が「元カレ」「元カノ」ならぬ「元テイ(亭主)」。嫌いになって別れたわけではない、いまでもよく電話でアドバイスしてくれる……等々、まるで「現テイ」ののろけのようなお話を何度聞かされたことか。


 つい先ごろ、青山南さんのエッセイ集『ピーターとペーターの狭間で』を読み返していたら、中の1章がそっくり小泉さんの話に割かれているのに改めて気づいた。小泉さんと青山南さんではなんとなくミスマッチのような気がするが、何度か一緒に呑みにいった仲らしい。小泉さんが1985年に新宿の酒場の急階段で転落して、享年51歳で亡くなったの知って、青山さんはその亡くなり方に「小泉さんの無頼というか、粋さをかんじる」と書いている。その章の後段のくだりがおもしろい。青山さんは翻訳家の先輩に敬意を表して、「翻訳の基本とされる、“訳す前に最低3回読みなさい”精神はホントにみんな実践してる」のかと訊いたことがあるという。それに応えて、小泉さんいわく。「読むもんですか。あたしは一回も読まずにぶっつけ本番よ。だって読んじゃったらおもしろくないし、おもしろくなかったらどんどん訳していこうって気持になれないでしょ」。たしかに、それに類した言葉は何度か耳にしたことがあった。それはちょっと乱暴じゃないでしょうか、と口に出かかる一方で、なんとなく小泉さんらしいなと納得していた部分もある。青山さんの言葉を借りれば、「小泉喜美子は翻訳という仕事を、無頼で粋な小泉喜美子的にやっていた」ということなのだろうか。

 たまに深夜、じゃああたしのうちで呑み直そうということもあった。ずうずうしくお邪魔すると、文字どおり本の山に囲まれたこたつで読書に勤しむ内藤陳さんが、なにも言わずににやりとチェシャ猫のようなスマイルで迎えてくれた。その内藤さんも昨年鬼籍に入られた。まさに、往事茫々である。


*誠に曖昧な記憶で書いていますので、間違いは多々あると思います。お気づきになられた方がいらしたら、ぜひご教示ください。次回以降で訂正させて頂きます。


染田屋茂(そめたやしげる)編集者・翻訳者。早川書房(1974〜86)、翻訳専業(1986〜96)、朝日新聞社出版本部(1996〜2007)、武田ランダムハウスジャパン(2007〜)。訳書はスティーヴン・ハンター『極大射程』(新潮文庫、佐藤和彦名義)など30冊ほどあるが、ほぼすべて絶版。


往事茫々 1 翻訳者と出会う

往事茫々 2 翻訳者と話す

往事茫々 3 翻訳者を読む


弁護側の証人 (集英社文庫)

弁護側の証人 (集英社文庫)

さらば甘き口づけ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

さらば甘き口づけ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ピーターとペーターの狭間で (ちくま文庫)

ピーターとペーターの狭間で (ちくま文庫)