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2013-07-12

1969年:『ベーグル・チームの作戦』とニューヨーク・メッツ(執筆者・ないとうふみこ)

 

 

 去る4月19日、アメリカを代表する児童文学作家、E・L・カニグズバーグが亡くなった。一番ポピュラーな作品は、おそらく小学生の姉弟が家出してメトロポリタン美術館にこっそり寝泊まりする『クローディアの秘密』だろう。この『クローディア〜』を含め、カニグズバーグの人と作品については、やまねこ翻訳クラブのメールマガジン『月刊児童文学翻訳』2013年6月号に書かせてもらったので、ぜひそちらもご参照ください。

 で、ここでは、わたしが定期的に読みかえしたくなる『ベーグル・チームの作戦』( "About the B'nai Bagels") をとりあげてみたい。これはニューヨークに住む12歳の少年マークの視点から、親子の微妙な距離のとりかたや、親が見ていないすきに子どもが成長するさまを描いた傑作だ。「ベーグル・チーム」というのは、マークの所属するリトルリーグチームの愛称。正式名は「ブネイブリス」で、チームを組織するユダヤ系友愛団体の名前がそのままつけられている。わたしは大人になってからこの作品と出会ったので、どうしても母親視点でまるで子育て指南書のように読んでしまうのだけれど、今日はいつも気になるもうひとつのポイント、「野球」という視点から少しくわしくつっこんでみたい。

 

 物語はこんなふうに始まる。

「去年の十月まで、ママには熱中するものが二つあった。野球の大リーグ戦と、兄さんのスペンサーだ」(松永ふみ子訳)

「大リーグ戦」のところは、原文では単に "major league baseball" となっているので、今なら「メジャーリーグの試合」でも通じるかもしれないが、なにしろ最初の邦訳が出たのが1974(昭和49)年。野茂英雄がまだ6歳のころだ。「大リーグ」といえば、ベーブ・ルース巨人の星ぐらいしかイメージがない時代だから、これくらい説明しなければわからなかっただろう。


 で、ある日このママが、ブネイブリス婦人会の会合から帰ってきて衝撃の発表をする。今季、青年会にはリトルリーグの監督の引き受け手がいなかったから、婦人会のメンバーである自分が監督をつとめることになった、と。マーク少年は野球が大好きで、今季もプレーするつもりだからびっくり仰天。でもそれ以上に過剰反応したのが、自宅からNY大学に通い、去年あたりからきゅうに母親のことを「ベッシー」なんてファーストネームで呼びはじめた長男のスペンサーだった。スペンサーは母親にこうつめよる。

「うかがいますけどね、あんた野球知ってるの?」

 これに対するママの反応はこうだ。(ママはこういうとき、天井の電灯のあたりを見あげて神さまに訴える。)

「この子はわたしに、このベッシー・セッツァーに野球を知ってるか、なんて申しました。このわたし、メッツのホームゲームを欠かしたことのないこのわたしに。野球の生き字引ともいうべきこのわたしにでございます」

 うふ、かっこいい。第二次(?)反抗期を迎えた、ややこしい大学生の息子にこの反撃。ちょっとうらやましいなと思うのは「神さま」というワンクッションをはさんでいることだ。神さまをクッション呼ばわりしたら、バチが当たるかもしれないけど。

 

 

 ところで、この「メッツファン」という設定、同じニューヨークのチームでも、強豪のヤンキースじゃなく新設の弱小球団メッツにしたのは、同じく弱小で前年度2勝しかできなかったという「ベーグル・チーム」に重ねたかったからなんだろう……と思ったのだが、この作品が執筆されていたであろう1968年(出版は1969年)あたりの成績を調べてみると、なんとヤンキースも65年の5位を皮切りに10位、9位、5位と低迷している最中だった。でもメッツは62年の球団創設以来、7年連続10位ないし9位(当時は10位が最下位)。はるかに上を(いや、下を)いっていた。やっぱりヤンキースよりもこの作品にふさわしい。また、この一家の暮らしているクイーンズ州ボールドウィンというところは、当時メッツの本拠地だったシェイ・スタジアムの間近だから、そういう意味でも自然な設定だといえる。

 

 さて、ママは長男スペンサーの猛反対を受けながらも、あれこれ取り引きして(大学に通うのに車を使わせないとおどしをかけたり(!))、ついにスペンサーをヘッドコーチとしてとりこむことに成功、チーム作りに着手する。会計士のパパは、ふだんから野球の試合そのものには興味がないものの、野球の本を読んだり、記録を調べたりするのが大好き。ママがながめていた前年度の記録をのぞきこむと、さっそく「エラーがひどく多いな」と指摘する。外野のエラーが失点につながっているから、まず守備をきたえたほうがいい、と。指摘を受けたママは、スペンサーとともにうまくガキんちょたちの心をつかんで、守備や走塁をきたえあげていく。モンスターな親たちの干渉もうまくやりすごしながら、ベーグルズを勝てるチームにしていくママ。そしてマークは、ママや兄さんが特別扱いをしてくれないことに気づいて、自主練習をはじめる……。

 

 ところで「エラーが多い」というパパに対して、ママの最初の反応はこうだった。

「リトルリーグですものね。ロサンゼルス・ドジャースのようにはいかないわよ。ニューヨーク・メッツにもかなわないでしょうしね」

 この部分の原文はこう。

"This is Little League. We're not the L.A. Dodgers, you know. Or even the New York Mets."

 メッツファンなのに、「メッツにすらかなわない」とちょっぴりけなしている。弱小球団ファンの自虐的な心性が描かれた一節だ(笑)。

 

 少し気になったので、当時のメッツとドジャースのエラー数を調べてみた。(ソース:Baseball-Reference.com http://www.baseball-reference.com/leagues/NL/1969.shtml

 ドジャースは、1963年から66年までの4年間で3回もナ・リーグを制覇した、当時随一の強豪チームだ。たとえばリーグ優勝した1966年には、9位のメッツよりエラーが20個以上少なかった。ところが翌67年、ドジャースはシーズン成績8位と順位が落ちこみ、エラー数もなんとリーグワースト1。メッツも相変わらずシーズン最下位ながら、ドジャースよりエラーが3個少なく、ここから少しずつ上昇の気配を見せはじめる。本書が執筆されていたであろう1968年には、メッツはやっぱり9位だったもののエラー数でドジャースを11個下まわった。

 そして本書が出版された1969年、驚くべきできごとが起こる。

 メッツは、エラー数をリーグベスト2位にまで良化させ、100勝62敗という驚異的な成績をおさめて初優勝を果たしたのだ! 球団創設以来7年間、底辺をさまよっていたメッツが、8年めでいきなりの優勝。しかもリーグ優勝決定戦を勝ちぬいてワールドシリーズに進出すると、そこでもボルティモア・オリオールズを破って優勝してしまった。世にいう「ミラクルメッツ」である。 "About the B'nai Bagels"が出版された年にそんなことが起こっていたなんて。カニグズバーグはどんなに驚いたことだろう。

 

 カニグズバーグはあまり自分のことを語らない作家だったので、本当に野球ファンだったのか、あるいは単に小説の設定として野球を用いただけなのかということは、たとえば『トーク・トーク カニグズバーグ講演集』などでもひとことも触れられていないし、ウェブで調べてもひっかからない。

 でも『ベーグル・チームの作戦』のつぎの一節を読むと、きっとスポーツファンだったにちがいないと思えてくる。それもおそらくは、弱小チームをじりじりしながら見つめていたにちがいない、と。あるとき、リトルリーグのよさは、きれいに勝ち、きれいに負けることを教えることだと言われたママは、こう反論する。

「負けてばっかりいると負け犬になっちゃうのよ。ファイトをなくすのよ。(中略)きれいに勝ち、きれいに負けるなんて、そんな生やさしいこと以上のものを教えてやらなくちゃ。勝負を気にするようにさせなくちゃ。負けた時にはがっくりくるようじゃなくちゃ」

 そして「がっくりはしてもあきらめたりはしないようにするの」と。

 子どもが相手でも、きれいごとでまとめたりしないカニグズバーグの言葉は、やっぱり痛快だ。そしてかっこいい。1969年、まるでママの声にこたえるかのようにメッツが負け犬を返上して優勝したとき、カニグズバーグは何を思ったのだろう。それを確かめるすべは、もうなくなってしまった。けれど「ベーグル・チーム」の子どもたちが負け犬を返上して、優勝戦を戦うにいたるてんまつは、今からでも読むことができる。「成長のほんの一部分だけが、みんなの前と家族の前で起こる。あとの大部分は、ひとりでいるときに起こる」という名言にいたるマークの力強い成長ぶりを、ぜひ本書を読んで確かめてみてください。


    * * *


 さて、2011年9月から1年11カ月にわたって続いてきたやまねこ翻訳クラブの「読書探偵」応援企画は、「読書探偵作文コンクール」の専用サイトの開設にともない、今回をもって終了いたします。これからは「応援」ではなくやまねこ有志を中心とする事務局の主催。こちらのサイト(http://dokushotantei.seesaa.net/)にコンクールの情報やレビューを掲載します。みなさん、どうかブックマークして、ひきつづき「読書探偵作文コンクール」を応援してください。よろしくお願いします!

ないとう ふみこ

(内藤文子)。東京都府中市出身。上智大学卒業。訳書に、ボーム『完訳 オズのブリキのきこり』、ステッド『きみに出会うとき』など。中学のころからの野球好き。2009年にメジャー移籍(?)。ボルティモア・オリオールズを応援している。埼玉県在住。


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ベーグル・チームの作戦 (岩波少年文庫)

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