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2013-06-21

見て、さわって、読んで楽しむ「しかけ絵本」(執筆者・杉本詠美)

 

 

「しかけ絵本ブーム」といわれはじめてもう何年もたちますが、その人気は単なるブームに終わらず、いまやすっかり定着した感があります。平面のものが一瞬にして立体になったり、つまみひとつで変化やいろいろな動きが生まれたりするふしぎ。本のページにしこまれた扉や蓋を自分の手で開いて、その奥に隠れているものを発見する楽しさ。ほかにも、音が出たり、光が出たり、さまざまな工夫が凝らされたしかけ絵本には、子どものみならず、大人もわくわくしてしまいますね。


 さて、「しかけ絵本」というからには、絵本の主役は「しかけ」。そして、イラストや色彩、形、素材といったビジュアル的な要素が楽しみの中心。だから、テキストはおまけみたいなもの……と思ってはいませんか? それがいくら古典的名作を題材にとったものだとしても、いえ、名作を下敷きにしたものであればなおさら、どうせ文章はプロットをざっとなぞっただけ――そう考えて、書かれている文字に見向きもしない方もいるのではないでしょうか。けれど、あらためて目を向けてみると、そこにもメインのしかけに負けず、いろいろと工夫が凝らされていることに気づくかもしれません。


“紙の魔術師”と呼ばれるしかけ絵本の巨匠、ロバート・サブダの『ピーター・パン』を訳す機会に恵まれたとき、まずテキストの多さに驚きました。6場面のすべてが大迫力の立体しかけ。その大きさは圧倒的で、それだけ見ると、もう文字の入る余地などないような気さえしてきます。けれど物語は、各場面にとじこまれた“本の中の小さな本”に、意外なほどたっぷりつめこまれているのです。それはもう「読み物」といってもさしつかえない分量。しかも、文章がちゃんとしてる! ……「ちゃんとしてる」とは、なんたる言い草。じつをいえば、わたしもしかけ絵本に対して失礼な思いこみをしていたひとりでした。もしやと思って調べてみると、絵本の原文はJ・M・バリの原作からそのままとられていることがわかりました。もちろん抜粋ではありますが、ひとつの物語としてきちんと成立するよう、丁寧に文を選びとり、自然な流れにつなぎあわせてあります。ひとつひとつの文には極力手を加えず、なるべく作品の空気をそのままに――というこまやかな気配りの感じられる仕事ぶりでした。バリの名作を訳している、という胸の震えるような喜びを感じることができるほどに!


 ほかにも、わたしが訳を担当することになったしかけ絵本のなかから、児童書の名作を用いた2つの作品をご紹介しましょう。チェコのアニメーション作家、ズデンコ・バシクのイラストによる『アリス イン ワンダーランド』と、クエンティン・ブレイクのイラストによる『チョコレート工場のひみつ』です。どちらも日本語訳にして原稿用紙で100枚以上という、読みごたえのある分量。テキストはやはりしかけに合わせて新たに書かれたものではなく、ルイス・キャロル、あるいはロアルド・ダールの原作からとられています。


 アリスの物語といえばナンセンスな言葉遊びのオンパレードで有名ですが、絵本であえてそれを取り入れようとしているものは、ほとんどないように思います。ところがこのしかけ絵本、long tail(長いしっぽ)と long tale(長い話)の掛け言葉や「翻訳者泣かせ」といわれる海の学校の下りまで登場するのです。『アリス イン ワンダーランド』にグリフォンとにせ海亀(本によっては“ウミガメモドキ”あるいは“海亀フー”とも訳されています)を描いた場面はありませんが、巻頭に「白ウサギによるワンダーランドガイドブック」なる小冊子がついていて、海の学校のダジャレづくしの教科名や、lesson(授業)とlessen(減る)の掛け言葉も、ここにしっかり収められています! しかけ絵本というのは世界各国語版を同時印刷することが多いため、締め切りはいつもかなりタイト。しかも文字数や使用漢字の制限があるなか、こんな難物に取り組まねばならないとは……。うんうんいってどうにか形にしたあとで、古今の日本語訳を興味津々で見比べてみました。身にしみて苦労を味わったあとでは、いずれの訳もじつに苦心のあとがしのばれます。たとえば先にあげた lesson とlessen の部分はこんなぐあい。海の学校の勉強時間が最初の日は10時間、次の日が9時間と減っていく、という説明のあとにそれぞれこう続きます。


「だからお勉強というのさ」とグリフォンが言いました。「売れゆきが悪いと、どんどん割り引きになるだろ。」(脇明子訳/岩波少年文庫)

「そりゃお勉強だもの、少しずつおまけしますってわけさ」(矢川澄子訳/新潮文庫)

「それがおさらいといわれる理由さ」とグリフォンが口をはさみました。「一日ごとにさらわれてへってくのさ」(生野幸吉訳/福音館文庫)

「だから、時間割っていうんじゃないか。」グリフォンが言いました。「なんとか割っていうのは、少し減らしてくれることをいうんだよ。」(河合祥一郎訳/角川文庫)


 工夫のしがいがあるとはいえ、これひとつとってもなんと難しいこと! ちなみに『アリス イン ワンダーランド』ではどうしたかというと――。


   べんきょうすれば

   げんしょうする、

   というわけ。


 スペースの関係で、これがぎりぎりの文字数でした。この絵本では、ほかにも本文に入れこめなかった言葉遊びやヘンテコ歌が、しかけ絵本の特性を活かしてあちこちにしのばせてあります。帽子屋の歌う「キラキラこうもり」の歌は、凧に書かれてアリスたちの頭上に浮かんでいます。「キラキラぼし」のメロディーに合わせて訳してあるので(そういう形に訳したものは、ほかにほとんどないと思います!)、ぜひそこは歌ってくださいね。


『チョコレート工場のひみつ』のテキストも、ユーモアをちりばめたダールの軽快な語り口をたっぷり楽しめる物語になっています。ウンパッパ・ルンパッパ人の歌もちゃんと入っているんですよ。ぱっと見にはどこにも見当たりませんが、よーく見ると、ページの端に小さく半円形に切り取られたところがあります。そのすきまから、ちらりと別の紙がのぞいています。そしてそこに人差し指を突き出した手のマークがあって、「ここをひっぱって!」と誘いかけています。たとえばチョコレート室の場面でそれをスーッとひっぱってみると、チョコの川に落っこちたオーガスタス・ブクブトリーくんがブクブクと沈んでいくのと同時に、ウンパッパ・ルンパッパ人が登場する、というしくみ。口ずさんでクスリと笑っていただこうと、がんばって脚韻を踏ませてあるので、ここもぜひぜひ声に出して読んでください!


 いえ、じつは声に出して読んでいただきたいのは、そこだけでなく、ぜんぶです。楽しいしかけや美しいイラストだけを見て終わらず、物語そのもののおもしろさも味わっていただきたいと、(かなり長い文章ではありますが)声に出して読む、子どもたちに読んできかせる、ということを想定して訳しました。文はしかけ絵本の脇役でなく、むしろその土台となるだいじな要素だと、いまは実感しています。また、絵本の言葉を通じて児童書の名作の空気を伝え、あらためて原作を手にとるきっかけをつくれたら、という願いもこめました。見て楽しむ、さわって楽しむのはもちろんのこと、どうぞじっくりとしかけ絵本を“読んで”みてください。


杉本詠美

(すぎもと えみ)。広島県出身。広島大学卒業。訳書に、クレア「シャドウハンター」シリーズ、ヴィンチェンティ「ガラスのうし モリーのおはなし」シリーズ、レイナー『オーガスタスのたび』など。やまねこ翻訳クラブ会員。


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2013-05-17

イカ、追加入りました!――2007年出版の原著に(執筆者・吉井知代子)

 

 3月に刊行された拙訳書『科学者たちの挑戦 失敗を重ねて成功したウソのようなホントの科学のはなし』を、裏話をまじえながら紹介させてください。大昔から近代まで、科学者たちは飽くなき挑戦を重ね、ときに失敗もし、数々の発見をしてきました。そういったたくさんの科学者たちのエピソードがたっぷりつまった本です。今のわたしたちから見れば、なぜそんなことをするんだと笑っちゃうような、ぶっとんだ挑戦、びっくりの失敗も出てきます。


 原書は2007年に英国で出版された "A Weird History of Science" という児童書ノンフィクション・シリーズの4冊、"Bizarre Biology"、"Crazy Chemistry"、"Foolish Physics"、"Outrageous Inventions"です。1冊56ページの小ぶりな本4冊が、日本語版はどーんと204ページの1冊になりました。原書の1巻が日本語版の1章になり、生物学、化学、物理学、発明の4章立てになっています。分厚くなっただけでなく、サイズも大きくなり、完成した本が届いたときは「あらまあ、立派になって!」と感慨深く手にとりました。


 ところで、みなさん、ダイオウイカはご覧になりました? 実はダイオウイカのことが本書にも出ております。ただし原書が出版されたのが2007年ですから、それ以前に起こったできごとしか著者は書けません。原文には「2005年に日本の科学者がはじめて生きているダイオウイカを写真におさめた」とあります。これをこのまま訳すだけでもよかったんです。(いや、正確には、写真が撮影されたのは2004年で、2005年というのは論文が発表された年ですから、訳は2004年に直さなければいけませんでした。)


 国立科学博物館のサイトで、窪寺恒己博士がずっとダイオウイカを追ってこられたようすをくわしく読むと、2006年12月には窪寺さんが生きたままのダイオウイカを釣り上げたことがわかりました。これはぎりぎりのタイミングで原書に入れられなかったのでしょう。この情報を訳書に入れるかどうか。昨年10月末に訳稿を納め、初校ゲラの赤入れが12月前半でした。赤入れのときに、日本の科学者の功績だからという思いもあって、「2006年には同じグループが生きたダイオウイカをつりあげたが、すぐに死んだ」という情報を入れてはどうかと提案し、採用されました。


 そして今年の1月。TwitterのTLにダイオウイカがならんだときがありました。NHKが世界初、生きたままの動画撮影に成功したというニュースが出たときです。糸井重里さん(かってにフォロー)をはじめ有名人も、親しい友人たちも、みんな、イカ、イカ、ダイオウイカってつぶやいています。そんなに人気があったのか、このイカ! ゲラの赤入れは終わっているし、どうしたものか。編集者さんに相談してみようとメールを入れたところ、ちょうどその日がリミットだったそうで、13時までに修正原稿を送れるならという返事をもらいました。大急ぎで、先に加筆した2006年うんぬんの文はとり、2012年7月に世界ではじめて生きて泳ぐダイオウイカの映像をとるのに成功したという情報を書き加えたのでした。(撮影成功から発表まで半年もかかったのは、なにか大人の事情があるのでしょうか。もうちょっと早く教えてくれれば、こんなにぎりぎりで焦らなくてもすんだのにと、自分勝手に思っていました。)


 発明、発見は日進月歩です。「原書執筆時の最新情報をもとにしています」とことわりを入れて、きっちり原文どおりの訳にするのもひとつの方法です。ダイオウイカを入れるのなら、同じく科学関係の一大ニュースとなった山中伸弥教授のノーベル賞受賞のことだって、どこかへ入れればよかったでしょうか。アーノルド・ノーベルを紹介するページはありますが、そこへ無理矢理入れる? うーん、それはおかしい。それに山中教授のことを入れるなら、これまでノーベル賞をとった日本人全員を紹介したい。しかし、それは翻訳書ではなくなってくるのでは。そもそも、確かな調査をして原稿をつくっている時間はもうなかったのですけれど。


 長々とイカ追加投入の顛末を書いてきましたが、ダイオウイカのことが書かれているのは204ページ中1ページだけです。


 さてこの本、小学校3、4年生以上が読めるように意識して訳しましたが、ところどころにふくまれるPG12なみの少々刺激的な内容は無修正です。たとえば、最初のページに出てくる絵が、その昔、馬の動脈に長いガラスの管をさし、管のどの高さまで血液が上がるかで、血圧を測っていたというモノクロの絵。またウジムシが人の傷口の悪くなった皮ふを食べているカラー写真がでかでかと登場するページもあります。ほかにも殺人現場で使われるルミノールのことや、パーティーで使われ流行した笑気ガス(亜酸化窒素)が麻酔になる話など、おもしろエピソード満載です。読者である子どもたちが楽しみながら、科学者という仕事に興味をもち、身近に感じてくれるといいなと思います。親御さんが心配なさらないように書いておくと、ガリレオ、エジソン、ニュートンなど有名どころの話もちゃんと入っています。また本文最後のページの囲みのなか、未来の戦争について書かれた2文から、子どもたちへ送られた著者の思いを読んでいただければうれしいです。

吉井知代子

(よしい ちよこ)。兵庫県在住。大阪市立大学卒業。訳書に『キノコ雲に追われて』(あすなろ書房)、『救助犬ベア』(金の星社)、「ポップ・スクール」シリーズ(アルファポリス)ほか。やまねこ翻訳クラブ会員。


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2013-04-12

『サティン入江のなぞ』――フィリパ・ピアスの知られざる傑作。(執筆者・ないとうふみこ)

 

 

 フィリパ・ピアスの名をきいてすぐにぴんとこない人でも、『トムは真夜中の庭で』の作者といえば、「ああ」と思い当たるのではないだろうか。1958年に発表された『トム〜』は、主人公が親元を離れて親戚のもとで暮らす設定といい、イギリスの豊かな自然を背景にしている点といい、英国児童文学の伝統を豊かに受け継ぐ物語だ。


 このフィリパ・ピアスに『サティン入江のなぞ』(1983年)という作品がある。『トム〜』に比べるといささか地味で複雑な物語であるせいか、さほど広く読まれているようすはない。しかし色合いは違うものの『トム〜』に少しもひけをとらない傑作で、埋もれさせてしまうにはまったく惜しい作品なのだ。邦題で「なぞ」とうたっているように(原題は The Way to Sattin Shore)ミステリー風味も強く、大人が読んでこそ深く味わえる部分もたくさんあるので、今日はこの作品をご紹介しよう。

 主人公は10歳の少女、ケート。兄ふたりと母、そして母方の祖母であるランダルおばあちゃんとともに暮らしている。父はいない。ケートが生まれたその日に海でおぼれて死んだ、とケートはきかされている。より正確には、溺死事故の知らせをきいた母が産気づいて、月足らずのケートを産み落としたらしい。でも母も祖母も、父のことをくわしく語ろうとはしない。

 

 実は、近所の教会の墓地に父の墓があることをケートは知っていた。1年ほど前にたまたま見つけたもので、ケートの生年月日と同じ死亡年月日、そして「アルフレッド・ロバート・トランター」という名前がきざまれている。父の墓のありかを知っていることは、なぜか母にも祖母にも話していないケートだけの秘密。なにかいやなことがあったとき、ここを訪れて心を静めるのがケートは好きだった。ところがある日いつものように墓地を訪れてみると、なんと父の墓石がなくなっているではないか! うろたえたケートは、長兄のランに相談するが、父の名前はケートが見たという「アルフレッド・ロバート・トランター」ではなく「フレデリック・トランター」だから、そんな墓石などはじめからなかったにちがいないとつっぱねられる――。


 わくわく感に満ちた『トムは真夜中の庭で』とくらべると、『サティン入江のなぞ』には、不穏な空気がただよっている。なにしろ第1章の章題が「暗闇からの視線」だ。それは同居している母方の祖母、「ランダルおばあちゃん」の視線。おばあちゃんは玄関ホールの左側の部屋に終日こもってドアを半開きにし、たえず人の出入りを見はっている。孫娘のケートが学校から帰ってきても声もかけずに、ただ目を光らせるだけ。いったいおばあちゃんはなにを見はっているのか。なにをおそれているのか。作者は小さなエピソードをつみかさねて、この一家の秘密を少しずつ明るみに出してゆく。

 

 たとえばケートが墓石の問題に遭遇する前に、こんな場面がある。ふたりの兄、ランとレニーが、ささいなことからけんかになり、本気で取っ組み合いをはじめると、おばあちゃんがいう。

「けんかと取っ組みあい――親ゆずりなんだよ……」

 さらにだめを押すようにもう一度。「わるい血を受けついだんだよ……」(高杉一郎訳 以下同様)

 ケートの母親は、これに対してひとことも言いかえさない。

 

 ケートの父母、あるいは父とランダルおばあちゃんのあいだになにかがあったのだな、と読者には(少なくとも大人の読者には)察しがつく。母とランダルおばあちゃんという実の母子のあいだに流れる緊張感も読み取れる。娘婿に複雑な感情をいだいていたおばあちゃん。夫の肩を持てなかったケートの母。作者は、子どもの読者に遠慮することなく、大人のかかえる問題をしっかりと描き込んでゆく。だからといって、わかりやすくだれかを悪人に仕立てることもない。母は、いつも目のはしにケートをとらえて、なんとか助け船を出そうとする愛情深い母親だし、終始難攻不落に思えるおばあちゃんも、自分なりの仕方で家族を愛している。大人になってからこの作品に出会ったわたしは、登場する大人たちの複雑さに心をつかまれた。

 

 同時に作者は、子どもの読者に対しても誠実に物語を進める。10歳のケートの視点から見て、わからないことにむりやり解説を加えはしない。先ほどの兄たちのけんかの場面でも、ケートは、「おばあちゃんは、なにを言おうとしたのだろう?」といぶかるだけ。幼いころからこの環境で育ってきた彼女にとって、おばあちゃんがなにかに神経をとがらせているのも、母が父について語ろうとしないのも、ひいては父がいないのも、いつもどおりのこと。疑問や悲しみの対象になりはしなかった。

 

 

 ところが父の名前入りの墓石が消えたのをきっかけに、ケートの「いつもどおりの世界」がゆらぎだす。それがこの作品を推し進める力だ。といっても、ケートが探偵役となって謎を解き明かすのとはまた少し違う。あくまでも思春期の入口に立つ10歳の少女として、やむにやまれぬ思いから自分の世界を広げていくうち、これまで母と祖母の意図したとおりにしまい込まれていた秘密が、おのずと白日の下にさらされていくのだ。冬から夏へと季節がめぐり、ケートが半年間の成長を積み重ねるのと歩調を合わせるようにして。

 

 それを象徴するのが、"The Way to Sattin Shore" という原題にもとりこまれている場面。ケートは長兄のランから、かつて溺死事故があったのが自分の知らない「サティン入り江」という場所だったことや、父には「ボブ伯父さん」という兄がいたことを初めてきいて、とある重大なことがらに思いあたる。いても立ってもいられなくなったケートは、翌日学校をさぼって、まだ見ぬサティン入江へと自転車を走らせる。はっきりしたもくろみがあっての行動ではないし、じっさい、なにも手がかりが得られるわけではない。でも、母にも祖母にもだまって思いきった行動をとることが、物語のさらなる展開につながるのだ。陽光と冒険心にあふれた、すがすがしいシーンだ。

 

 謎の多くは当事者である家族の口から語られるので、いわゆる「謎解き」を期待すると若干の肩すかしを食うかもしれない。それでも読み進めるにつれてぐいぐいひきこまれずにはいられない。つぎつぎと明かされる家族の過去にときには打ちのめされながらも、現実を正面から受けとめていくケート。しかし最後の最後、とても10歳の少女には抱えきれないほど重い秘密が明かされたとき、それを救ったのも大人たちのひとりだった。……なんて深く、強い心……いや、そもそもそんなことが可能なのか?……でもやっぱり……。再読以来、こんな自問自答が頭のなかをぐるぐるめぐっている。既読の方、どうかわたしの話し相手になってください。

  

 子ども向けのハードカバーしかなくて、ちょっと入手しにくいのが難点だけれど、大人にもぜひ読んでほしい傑作。願わくは岩波少年文庫版か、YA向けあるいは大人向けの普及版が出ないかなとひそかに願っている。


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ないとう ふみこ

(内藤文子)。東京都府中市出身。上智大学卒業。訳書に、ボーム『完訳 オズのかかし』、ステッド『きみに出会うとき』など。現在はオズシリーズ第12巻『完訳 オズのブリキのきこり』に取り組み中。やまねこ翻訳クラブ会員。埼玉県在住。