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2017-07-25

ミステリに似た人〜C・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』(執筆者:ストラングル・成田)

 

 ミステリの歴史は、現実の犯罪と切っても切れない面がある。例えば、ポオ「マリー・ロジェの謎」は、現実の殺人事件をモデルに謎解きを適用した例だし、19世紀に特にイギリスで探偵小説の隆盛がみられたのも、犯罪事件に対する国民の熱狂が背景にあることは、 R・D・オールティック『ふたつの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション』ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』などの本で説かれている。

 謎解きを主題にしたより人工的な黄金時代の作品にあっても、例えば、ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』『カナリヤ殺人事件』は現実の殺人事件を下敷きにしているし、アントニイ・バークリードロシー・セイヤーズの作品にも作者が現実の犯罪を探究した痕跡が残されている。

 ミステリ(それが謎解き興味を主軸にした探偵小説であっても)は、現実の犯罪と合わせ像の関係にある。ミステリは、現実の犯罪の複雑性や多義性、非合理性を取り払って整序された、犯罪と謎解きの一種の理想郷であり、逆に現実の犯罪側からみるとそれはフィクション化された現実の歪んだ像という関係になるだろう。そんな現実の犯罪と小説の似て非なる関係を考えてみるのに、ふさわしい犯罪ノンフィクションが刊行された。

 

 チャールズ・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』は、1949年に米国で発刊された犯罪実話集。19世紀末から1936年まで若い女性が犠牲になった英米の10の犯罪が扱われている。当時、ミステリと並んで盛んに読まれていたわりに、この時代の犯罪実話集が刊行されることは珍しい。著者は、7年間の私立探偵経験もある犯罪ジャーナリストで、本書は雑誌に掲載した犯罪実話から精選された著者最初の著作という。

 川出正樹氏の解説で詳しく触れられているとおり、本書は、米国のミステリ作家ヒラリー・ウォーに強烈なインパクトを与え、その影響の下で書かれた『失踪当時の服装は』(1952) によって、「警察捜査小説」というジャンルの確立に間接的に寄与しているとのことだ。

『失踪当時の服装は』は、現実に発生した女子大生失踪事件を基に、事実と客観描写を積み重ねるドキュメンタリータッチで警察当局が試行錯誤を繰り返し謎に迫る小説で、その掟破りの結末のインパクトとともに、ミステリのスタイルに革新をもたらした。

 (ちなみに、この女子大生の失踪事件(ポーラ・ジーン・ウェンデル事件)は、先ごろ紹介されたシャーリイ・ジャクスン『絞首人』(別題『処刑人』)の基にもなっている。)

 一読すると、『失踪当時の服装は』の手法が、本書のスタイルに大きな影響を受けていることは明らかだ。

 例えば、冒頭の一編「ボルジアの花嫁」は、19世紀末のニューヨーク、上流階級の若いレディ向けの教養学校で学生ヘレンが急逝する。直前に飲んだホットチョコレートが原因にも思われる不審な死であったが、駆けつけた母親が娘の腎臓に障害があった旨を警察に告げ、死体は解剖されずに埋葬される。殺害の線を捨てきれない警察は、女性刑事を掃除婦として潜入させゴシップを収集するなど、周辺事情の捜査を始めるうちに、ヘレンに極秘結婚した過去があることを突き止める…。さらに、意外な花婿の正体やその動機、隠ぺい工作が明らかになるところなどは、佳品の短編ミステリを読むような味わい。唾棄すべき犯人像ではあるのだが、その内面に触れられることはなく、結末では犯人が電気椅子で処刑されたことが読者に告げられる。約30頁でこれだけドラマティックな展開があるにもかかわらず、事実に即して淡々と語られるので、秘められた歴史の一端に触れたような重みがある。

 その叙述は、淡々と事実のみを積み重ねるというよりも、(おそらくは著者が想像した) 関係者の会話が続くなど小説的な技法を用いた部分も多いのだが、センセーショナリズムや著者の主観は極力排除され、事件関係者の内面には立ち入らないという姿勢は一貫している。ハードボイルド小説のように、そこに描かれた事実のみから読者の感情に訴えかけるものが立ち昇るのである。

 

 読み進むうちに、読者は、“まるで小説のような”“小説ではありえない”との思いを行き来することになる。

 ランベスの毒殺魔」は、切り裂きジャック事件のような(実際、犯人はジャックの正体に擬せられたこともある)警察を嘲弄する、19世紀ロンドンの連続娼婦殺し。「彼女が生きているかぎり」(1924英国)は、財産取得の詭計を扱って、肉付けすれば、カトリーヌ・アルレーの小説になりそうだ。

「青髭との駆け落ち」(1924・英国)は、リゾートの高級バンガローでの金髪美女バラバラ殺人。同じバンガローには、別の黒髪の女がいた痕跡も残り、事件は混迷を極める。小説であれば、別の女性がいた理由は「不自然すぎる」と却下される類のものだが、現実の事件であれば犯人の性向を示すものとして薄ら寒く会心できるものである。

「サラ・ブリマー事件」(1910・米国) は豪邸での美人家庭教師殺し。本格ミステリ風の筋立てだが、小説であれば登場しないような犯人像と愚かすぎる偽装工作が逆に胸を衝く。

 

 いずれも、二次大戦以前の事件であり、今様のショッキング要素は少ないクラシカルな事件だが、犯罪事件を通じて人間の欲望と悪意、怒りと悲しみという普遍の真実には触れられる。

 犯罪ノンフィクションとしては、後年、MWA賞(最優秀犯罪実話賞)も受賞したトルーマン・カポーティ『冷血』(1966)のように、事件関係者に徹底的なインタビュー等を基に、加害者の死刑執行も含め犯罪の全容を冷徹に描き、作者自らノンフィクション・ノベルと称した革新的スタイルも登場するが、ボズウェルの作品はその過程に位置しているともいえる。 

 現実の犯罪がプロットの霊感源になり、犯罪を語るスタイルがミステリの手法に変革をもたらしたように、ミステリと犯罪の相補的な関係は、今後とも続いていくのだろう。

   

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

  

カナリヤ殺人事件 (創元推理文庫 103-2)

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絞首人

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冷血 (新潮文庫)

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2017-06-28

発端は重要、されど〜 E・C・R・ロラック『殺しのディナーにご招待』他(執筆者:ストラングル・成田)

 

 パーティなどで「ミステリをどこから書きはじめたらよいか分からない」とこぼす人がいるらしい。作家のH.R.F.キーティングは、こうした問いに、執筆を粥(ポリッジ)づくりに例え、アイデアというオート麦を、想像力という火で煮て、それと相反する理性というスプーンで外部から合理的思考を加えるようにかきまぜる、という言い方をしている(『ミステリの書き方』[早川書房])。

 「どこから書きはじめたらよいか」と問う人には、 E・C・R・ロラック『殺しのディナーにご招待』の発端は、とてもいい教材になるかもしれない。

 

 創元推理文庫のマクドナルド警部物第三弾『曲がり角の死体』で、秀作と銘打ってもいいロラック作品に当たったと思ったのだが、この作品で新訳は当面打止めのようだ。しからば、というわけでもないだろうが、論創海外ミステリで繰り出してきたのが、本書『殺しのディナーにご招待』(1948) 。

 とにかく発端がいい。

 ロンドンのソーホーにある人気レストラン「ル・ジャルダン・デ・ゾリーヴ」。その地下食堂で開催される「マルコ・ポーロ」クラブという文筆家のディナー・パーティに、新規会員として八人の文筆家が招待される。超一流の文筆家しか入会が許されない格式の高いクラブゆえ、招待された面々は胸を弾ませてパーティに集まるが、何か様子がおかしい。主宰者や正式会員が一向に現れないし、業界の問題児トローネも招待されているらしい。やがて、招待者たちはトローネのペテンにかつがれたらしいと結論を出し、料理を堪能してお開きになるが、その一時間後、地下食堂の配膳台の下から当のトローネの死体が発見される……。

 

 日本で最初にロラックが邦訳された『ウィーンの殺人』(1956/翻訳は1957) の解説で、植草甚一が本書の冒頭を紹介した上で、「発端の面白いもの」と評している(会長が死んでいた、と多少誤った紹介になっているが) 。

 本書の設定は、英国ミステリによくある特徴的な小集団内の事件なのだが、ただの文筆家ではなく、旅行家であって文筆家というかなり特殊な集団という設定も風変りだ。だから、本や出版が終始話題になるなど、一風変わったビブリオミステリの趣もある。

 珍しく、発端について長く触れたのは、いくつかのロラック作にみられるように、本書の最高潮の部分は、どうやら奇抜な発端にあったらしいからだ。

 招待者たちが探偵行為を行ったり、関係者が交通事故にあったりと物語は動いていき、マクドナルド警部の例によって地道な捜査は続くものの、登場人物の一人が200頁を過ぎて「何もかも曖昧模糊」と発言しているというとおり、トローネを殺す機会があったのは誰なのか、招待者は誰なのかといった核心に迫る部分はなかなか明らかにならない。

 結末に至れば、それなりに意外な犯人は設定されているし、アリバイトリックもあり、動機も毛色の変わったもの。それでも、モヤモヤしてしまうのは、犯人特定の決め手が薄いこともあるが、結末までに確定した事実が少なすぎて、マクドナルド警部の絵解きを聴いても、考えられうる解の一つとしか思えないところにある。謎解きに説得力をもたすためには、解決に至る過程で主要な事実のピン止めが必要だ。加えて、冒頭の奇抜な設定は何のためかという点に関して、いちおう説明があるものの、にわかには納得しがたいのも減点要素。

 冒頭のキーティングのことばを借りれば、本書に関しては、発端の奇抜さという部分への想像力が勝ちすぎた、といえるのではないか。

 

平和の玩具 (白水Uブックス)

平和の玩具 (白水Uブックス)

 白水社uブックス、サキのオリジナル完訳短編集の第三弾。既刊の『クローヴィス物語』は第三短編集、『けだものと超けだもの』は第四短編集で、本書『平和の玩具』は作者没後に編纂された第五短編集に当たる。全33編収録。最近では、『四角い卵』(風濤社) で、この『平和の玩具』から5編が紹介されていのも記憶に新しいところ。

 G・K・チェスタトンの序文、編集者によるサキ追想、訳者による貴重な書簡等の紹介「親族たちが述べたサキ」(収録の資料の全文発表は商業出版では英語を含めて世界で初めてという) に加えて、エドワード・ゴーリーの挿絵を収録した充実版。

 『クローヴィス物語』『けだものと超けだもの』の統一された意匠こそないものの、奇想や機知、シニカルなユーモア、怜悧な人間観察などサキの特徴として挙げられる要素が本書収録の短編にもたっぷり盛り込まれている。とはいえ、作品から受ける印象には、思いのほか幅があり、例えば笑いの要素をとっても、チクリとした蜂のひと刺し的なものから「バターつきパンを探せ」「謝罪詣で(カノツサ)」「ヒヤシンス」といったスラプスティックに近い作品もある。

 サキの皮肉や揶揄の対象は、社交をはじめとする中・上流階級の価値観を維持するために体面をとりつくろう人々に多く向かうが(「はりねずみ」「七つのクリーマー」等)、そのいじましいまでの必死さが、読者の思い当たるところでもあり、普遍的なおかしみにもつながっている。アイデア勝負、オチの意外性が最大の眼目というわけではないから、ときに奇想を交えた話の運びや会話の妙を何度も味わえる。

 私的に三つを挙げるなら、異色の誘拐ミステリとしても読める「クリスピーナ・アムバーリーの失踪」、誤った虎猫殺しの顛末を描いた“恐るべき子供たち”物「贖罪」、ショーウィンドウに飾られた高慢な人形に子どもたちか妄想を膨らませていく「モールヴェラ」になろうか。

 

 作品の特徴から、その作家像については、狷介とか冷笑家のイメージが湧いてしまうが、本書の序文や親族の手紙からはまったく異なる像が浮かんでくる。

 「四十になっても、オックスフォード・サーカスの新年を祝う街頭で見ず知らずの人と手をつないで輪になって踊る」人(「へクター・ヒュー・マンロー追想」)であり、「実人生では明朗快活で優しく、とても我慢強い人」(従弟の手紙) であったという。一次大戦が勃発すると、四十代半ばにもかかわらず、一兵卒として志願し、過酷な歩兵隊に従軍、戦死した。サキは同性愛者であったという説が英文壇には根強いが、訳者によると、これといった確証や相手の名すら伝わっておらず、親族は手紙の中でこれを強く否定している。

 サキは、保守主義者で愛国者でありながら、上流中流の価値観には皮肉と揶揄の手を緩めなかった。そのアンビバレンツがゆえに作品には品格と毒が同居しており、今後も特異な輝きを放っていくことだろう。

 

 本書によれば、ミステリと観光は、同い年だそうである。1841年、ポー「モルグ街の殺人」をもってミステリが始まったのと同じ年、英国のトマス・クックが禁酒運動大会開催の団体ツアーを組み、これが近代観光業(ツーリズム)の端緒になったという。クリスティー作品に観光の要素が多く含まれることは周知の事実であり、本書は、観光の観点からクリスティーの作品を分析し、20世紀大英帝国の変容を明らかにする面白い切り口の論考だ。著者は、作家で都市計画史・観光史家の専門家。

 確かに、作品史をたどれば、『青列車の秘密』『オリエント急行の殺人』は、旅行と切っても切れないものだし、自身の失踪事件後、『ナイルに死す』などに反映される中東への旅は、第二の伴侶の考古学者マローワンを得るなど、作者の転機にもなっている。

 

 しかし、戦後は? 著者の分析によれば、戦中の『書斎の死体』『動く指』あたりから、作品の舞台は田園ミステリに比重が移ってくる。当時、英国政府が行っていた国土計画にもこの田園重視の姿勢が反映されているというから面白い。50年代から60年代に書かれたミス・マープルシリーズ七編のうち、マープルの暮らすセント・メアリー・ミードを舞台にしているのは一作のみというのは意外な感じがするが、著者の指摘によれば、英国のユートピアであった田園も、『予告殺人』(1950)にみられるように、「よそ者が跳梁跋扈する失楽園へと変容していく。ミス・マープルの晩年の旅は過去への旅になる、という指摘も大いにうなずけるだろう。

 クリスティーをダシにして観光や大英帝国の変容を語るというのではなく、クリスティーの作品史・生涯に即して語るという筋を通しているので、クリスティーの作品に親しんでいても彼女の生涯に不案内な読者は、作品と人生の意外なほどの結びつきについても概観できる。ミステリも時代の産物である以上、同じ時代を呼吸しているものであり、二次大戦を挟んで50年以上書き継がれたクリスティー作品は、今後とも同時代史の恰好の素材を提供していくことになるのだろう。

  

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

  

ミステリの書き方

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クローヴィス物語 (白水Uブックス)

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青列車の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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予告殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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荷風とル・コルビュジエのパリ (新潮選書)

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2017-05-31

「奇妙」に関するコンセプト・アルバム〜中村融編『夜の夢見の川』他(執筆者:ストラングル・成田)

 

 

『夜の夢見の川』は、『街角の書店』に続く〈奇妙な味〉の短編アンソロジー。本邦初訳5編を含む12編を収録している。シオドア・スタージョン、G・K・チェスタトンといったビッグネームもいるが、半数以上は、ミステリファンにはあまり知られてない作家の作品。SF作家が多いものの、作品は、ほぼすべて現実の世界を舞台にしている。

 編者の中村融氏は、本書と前作との違いについて、「短めの作品を並べた前作に対し、読み応えのある中編を要所に配したこと」「比較的新しい作品を交ぜたこと」に加え、前作の「グラデーションのような配列という趣向を排したこと」などを挙げている。しかし、前作で「作品の選び方は大事だが、作品の並べ方はそれ以上に重要」と書いていたように、本作の並べ方もまた秀逸で、読後は、充実したコンセプト・アルバムを聴いたような趣がある。

 冒頭は、重金属ギターが空気を切り裂くようなハード・ロック(クリストファー・ファウラー「麻酔」)で始まり、最後は、曲調の転換と変拍子を擁するスケールの大きいプログレッシヴ・ロック(カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」)で終わる、という具合に。途中には、バーレスク風の曲もあれば、メランコリックでリリカルな曲もある。前作同様、「奇妙さ」のバラエティを盛り込みつつ、知られざる個々の作品のクオリティは高い。

「麻酔」は、ブラジル・ナッツで歯が割れた男が歯医者で遭遇した事件。今後、歯医者の治療椅子に座ったら思い出さずにはいられないトラウマ作。

 ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」は、いじめられっ子だった同級生の生涯をかけた蒐集にまつわる奇譚。とぼけた味わいながら、何かが胸に刺さったような余韻のある作品。女性作家キット・リード「お待ち」は、母子が迷い込んだ田舎に伝わる異習を描いてシャーリイ・ジャクスン「くじ」を思わせるような衝撃作で、古典的な風格すら漂っている。ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」は主婦の満たされない心象風景と「銀仮面」的テーマを結びつけてじっくり読ませる。ロバート・エイクマン「剣」は、見世物小屋の少女に魅せられた少年の奇怪な体験で、この世の深淵を覗き込ませる。「夜の夢見の川」は、護送車の事故から逃げ出した若い女がたどり着いた館での異常なできごと。緊迫感に満ちた滑り出し、夢魔と官能が入り混じる展開、一冊の書物を媒介に時空が歪んでいくような結末、いずれもがスリリングだ。

 

「奇妙な味」は、もともとチェスタトンらの短編ミステリにある「無邪気な残虐」とでもいうべき傾向を江戸川乱歩がこう呼んだものだが、本書の作品群が扱う「奇妙」さは、必ずしもこうした傾向の作品にとどまらないから、本書の「奇妙な味」はその拡張版ともいえよう。

「剣」の主人公の少年は、「たいていの場合、われわれは自分の本当にほしいものがなにかわかっていない、さもなければ、それを見失う」「そしてわれわれが本当にほしいものは、総じて人生にはぴったりと当てはまらない、あるいはめったに当てはまらない」(中村融訳)と述懐する。この言葉は、本書の幾つかの短編の登場人物にもぴったりと当たっているようにみえる。なにかわかっていない本当にほしいもの、名付けようのない不定形な欲望が周囲と摩擦を起こすとき、「奇妙」という火花がスパークするのかもしれない。

 

 エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事4』は、価値のないもの専門の怪盗ニック・ヴェルヴェット全集の第4弾。刊行も順調で、あと2巻で完結予定。訳者の木村二郎氏にもなんとか完走しきってもらいたいものだ。本書収録の15編中、初めて訳される短編が6編。巻末リストによると、45作目から59作目の作品に当たる。

 既に、シリーズ40作を超え、各編工夫を凝らしても、繰り返しのマンネリズムは避けられない。そこで、新キャラとして投入されたのが、本書の巻頭「白の女王のメニューを盗め」に登場する女怪盗サンドラ・パリス、と筆者はにらんでいる。

 このサンドラ、『鏡の国のアリス』にちなんで「白の女王」と呼ばれ、モットーは「不可能を朝食前に」、元女優でプラチナブロンドの美女。単に彩りを添えるというのではなく、作品に怪盗同士のコンゲーム的駆引きという新しい要素が追加され、シリーズに新たな魅力をもたらしている。冒頭作以外にも、いくつかの短編で、このサンドラが登場するから、ニックとの対決あるいは協調も、お楽しみの一つ。

 それと、これも、マンネリ打破の一つなのか、第一作から登場するニックのガーフレンド、グロリアとの関係にも変化が生じてくる。なんと、「枯れた鉢植えを盗め」事件では、17年もニックと一緒に暮らしたグロリアに別の求婚者が現れ、彼女は家を出ていってしまうのだ。ニックとの仲がどうなってしまうのか、こちらも目を離せない。

 ニックは全米各地を飛び回るほか、スペインやカリブの小国に出かけるなど舞台の目先を変え、内容面でも、不可能犯罪(「白の女王のメニューを盗め」「図書館の本を盗め」「消えた女のハイヒールを盗め」)あり、フーダニットあり、宝探しありといった具合に、本線の「盗み」以外にも数々の趣向を凝らしている。盛り沢山すぎて謎解きの納得度が十分でない短編もあるが、衰えを知らないアイデアの数々には、ひょっとして、ホックはしばしばニックを雇っていたのではないかと疑われるほどである(アイデアに「価値がない」とはいえないからそれはないか) 。

  

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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