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2017-07-27

祝・第40回!『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

――疾走する狂気! もうどうにもとまらない!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!


畠山:のっけから宣伝で恐縮ですが、9/2の札幌読書会はとんでもなくスペシャルなゲストをお迎えすることになりました。競馬あるところ巨匠あり。馬の力ってすごい。

 課題書はローレンス・ブロック『八百万の死にざま』です。すでに地元読書会メンバーが「やおよろず、やおよろず…」と唱えながら書店をさまよっているとかいないとか。とにかく期待値が天井知らずで上がりまくっています。ご興味ある方、ぜひいらして下さいね!


 さて、杉江松恋『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、ジャン=パトリック・マンシェット『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』。1972年の作品です。



精神を病んで入院していたジュリーは、慈善も行う(けど胡散臭い)企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるワガママっ子ぺテールの世話係となる。ある日ペテールとともに4人組の男たちに誘拐され、策略によって誘拐犯の濡れ衣を着せられたうえに、命まで狙われて絶体絶命に。男たちの正体も目的もわからぬまま、とにかく逃げるジュリー。そしてどこまでも彼女を追う殺し屋たち。殺戮と破壊の一大ショーが始まる。


 ジャン=パトリック・マンシェットは1942年マルセイユ生まれの作家です。パリ大学在学中に政治運動に傾倒し、五月革命も経験したそうです。大学中退後はさまざまな職業を経験し、1970年代から1980年代にかけて犯罪小説を発表しました。本書『愚者が出てくる、城寨が見える』は1972年に出版され、フランス推理小説大賞を受賞しています。1995年没。


 まぁなんて変わったタイトル。インパクトは強いけど意味はよくわからないし、ジャンルの見当もつかない。ほんとにこれ、ミステリー小説? 面白いのかしらねぇ…? と思ったのは勧進元にはナイショ。じゃなんで『海外ミステリー マストリード100』に載ってんだよって話です。しかもあらためて調べてみたら、「私設応援団・これを読め!」吉野仁さんが紹介なさっているではありませんか!(全然気がついてなくてゴメンナサイ、吉野さん…と小声で謝ってみる)

 こりゃもう頭を垂れて粛々と読ませていただくしかありません……。


 なーんて殊勝なことを言ってみましたが、この本、光文社古典新訳の素敵な字の大きさと、全230頁というお手軽感。こいつは楽勝だぜ、ふっふっふ。サクサクッと読んじゃいましょ♪……とナメてかかってまたまた反省。

 読みにくかったわけじゃありません。むしろ怒涛のスピードで、わわわーっと最後まで連れてかれたって感じなんですが、とにかく読み終わってゼェゼェするほど疲れました。


 登場人物全員が見事なまでに「どっかおかしい」。特に胃の悪い殺し屋トンプソンが凄かったなぁ。やや素人臭さがある誘拐実行犯たちに比べて冷徹なプロ。その彼が文字どおり血反吐を吐きながらジュリーたちを追いつめていく終盤の盛り上がりったら、もう最高です。なんであそこまで胃が悪い設定なのかはよくわからないけど。そして職場でお弁当食べながら読んでた私も、ちょっともらいそうになっちゃったけど。


 さて、日間賀島「そし誰」合宿から無事生還(?)した加藤さんは、このお話をどう読んだかな? 絶対知らなかったでしょ、この作品は。カシオミニを賭けてもいい。(>動物のお医者さんを読んだ方だけわかって下さい)



加藤:名古屋読書会の日間賀島合宿は、おかげさまで無事終了しました。ツイッターのまとめ(https://togetter.com/li/1130893)には読書会の話題がほぼナッシングーですが、アガサ・クリスティーそして誰もいなくなったについて、とっても真面目に討論したことを、この場を借りて報告しておきます。

 参加者の皆さんと飯テロ被害者の皆さんには心からの感謝とお詫びを。

 今後も長い目と広い心でお付き合いください。


 さて、マンシェットですよ。

 僕がマンシェットを知らなかっただろうって? はっはっはっはっ、なにを隠そう、この話は岡村孝一訳から読んでいたのだ。はい、カシオミニ没収〜(ってナニこれ?)。


 この本が光文社古典新訳文庫から出た時の驚きは、まるで8年と少し前のことのように覚えているよ(日本語ヘタか)。

 創刊してすぐに亀山訳カラマーゾフの兄弟でブレイクした同文庫は、「これから海外の名作に触れよう」という前途明るい若い読者と、「今さら読んでないなんて言えない」という後ろ暗い中年読者をガッチリ取り込み、ずいぶん話題になりましたもんね。

 かくいう僕も、チャンスとばかりにカラマーゾフ読んだもの。もちろん初ドストエフスキー

 それがあまりに面白かったので、まわりのみんなに「ところでドストエフスキー読んだ? え、読んだことない? マジで? それちょっとマズいんじゃないかなあ(心配顔)」って教えてまわってたら、出てきたのがマンシェットですよ。

「へ? マンシェット?」って声が出そうになったもん。僕の「いわゆる古典の名作」ゾーンからボール4つ分くらいアウトコースに外れてる。

 なんてったって、この人を食ったような邦題。さらに本を開くと、最初の一文が「トンプソンが殺すべき男はおかまだった。」だもの。

 そのあと、この光文社古典新訳文庫からはハメット『ガラスの鍵』ジェイムズ・ケイン郵便配達は二度ベルを鳴らすが出て欣喜雀躍したけど、インパクトという意味ではこのときのマンシェットに遠く及ばなかったなあ。


 この話、あらすじを読むと手に汗握るまっとうなサスペンス・スリラーみたいだけど、何かがちょっと違うんだよね。「壊れたスカーレット・ヨハンソン」みたいな主人公ジュリーをはじめとして、まともな人間はほぼ出てこない。罠にハメられた若い女性と7歳くらいの子供が、冷酷非情な殺し屋からひたすら逃げるという話なのに、なぜだか単純に彼らの無事を願うというふうにならないのが凄い。

 疾走感に脳がマヒして、「いいぞ、もっとやれ」みたいなテンションになってくる。

 畠山さんの「疲れた」って読後感もムベなるかな。


 それにしても9月の札幌読書会に行けないのは残念だなあ。せっかく誘っていただいたのに。『八百万の死にざま』なのに。ここで行けないのなら、もう一生北海道には行けない気がしてきたよ。




畠山:この機会を逃すなんて、天才的な間の悪さだと思わない? 北上さんと田口さんが投げたフリスビーなら、ドーバー海峡を泳いででも咥えて帰ってくると言われた忠犬カトーが、津軽海峡を渡れないなんてねぇ……。(ボストン・テランの新作『その犬の歩むところ』、面白かったですよ!)


 それにしても加藤さんがマンシェットに一家言あったとは、アテが外れてショック。はらたいらさんに賭けた3000点(頼むから、オバチャンにクイズダービーの説明をさせないでくれ)が全部消えたみたいな気分です。

 言われて思い出したけど、新訳のカラマーゾフはとてもよいと確かに加藤さんはみんなに勧めまくってた。でも「オレ古典を読んだ」というはしゃぎっぷりが痛々しかったので、「旧訳で読んだよ」と優しく冷水を浴びせてみたんだっけ。どうしてあの時、マンシェットを推してくれなかったかなぁ。気が利かないなぁ(←八つ当たりの見本)。


 加藤さんの「ジュリー=壊れたスカヨハ」説はうなずける。いや全員壊れてるんだけど。

 その最高潮は、ジュリーたちがスーパーに逃げ込んで火事と殺戮の一大ショーが繰り広げられるところでしょうか。精神面も物質的にもとことん壊れて崩れ落ちんばかりになります。イメージは赤。炎の赤と血の赤で真っ赤っ赤。

 この狂気と暴力の圧倒的エネルギー、これでもかというほどの徹底ぶりはすごい。本を読みながら、園子温監督の《地獄でなぜ悪い》の映像を思いだしましたね。読了後はじっとり汗をかいて、足が微かに震える感じがしました。

 誘拐や殺害計画の目的とか、各人のバックグラウンドとかはほぼどーでもよくって、ただひたすら「追う」「逃げる」に特化すると、こんなに清々しい狂気になるのかと、つい感嘆してしまいます。私も加藤さんと同じく、読み進めるうちに暴力に対する恐怖や嫌悪が薄れて、うっすら解放感すらおぼえました。そんな自分がちょっと怖くもなる。


 心理描写をせず、人物の行動を素っ気ないほどの短い文章でパッパッと切れよく表現していくことで、スタイリッシュな映像が頭の中にできあがっていきます。この行動のみを描写する方法は、ハメット『ガラスの鍵』の回で教わったハードボイルド文体のお作法ですね。正直に言うと、ハメットの時にはその良さがピンときていなかったのだけど、今回はシビれました。


 ちなみに冒頭でワタクシ、タイトルが意味わからん的なことをほざきましたが、もちろん本を読めば雰囲気がつかめるし、訳者あとがきを読むと「なるほど!」と膝を打つこと間違いなし。つまり訳者あとがきもマストリードですよ!




加藤:うん、確かに。たまにはいいこと言うじゃん畠山さん。はい、ブラックサンダー

 岡村孝一訳『狼が来た、城へ逃げろ』だけ読んでるって人も、光文社古典新訳文庫中条省平訳を読んで、続けて解説、あとがきも読むといいと思う。ずいぶん印象が変わるんじゃないかな。

 まずなんてったって、畠山さんも書いてるとおり、とにかく読みやすい。

 そして、あの岡村孝一さんのアンダーワールド感というかギラギラ感が薄くなって、ストーリーが頭に入ってくるw


 なんだか岡村訳をdisってるみたいになっちゃったけど、僕も岡村さんの訳は大好きなんですよ。岡村さんのおかげでフレンチ・ノワールの世界にハマったって人も多いと思うし。でも、ちょっとノリが良すぎるというか。

 これ書いてたら堪らなくなって、思わず本棚からジョゼ・ジョバンニ『穴』を探し出して読んじゃったよ。最初の数ページで「脱獄る」(ヤブる)、沈殿む(シズむ)、失敗る(ドジる)、逃かる(ズラかる)って編集者はルビ振り甲斐ありすぎだろ。

 あ、話が脱線れた(ソれた)。


 中条訳では、マンシェットの狂った世界が、クールというかフラットな筆致で描かれ、その異常さが一層引き立っているのも特徴ですね。

 たまにこういう話を読むと、自分がいかに既成概念のかたまりか、常識に囚われた人間かと思い知らされる。いわゆる「ネオ・ポラール」の開拓者としての面目躍如というべきか、読んで圧倒されるのは、既成の価値観、行動様式、常識をすべて捨て去って、一から新しい世界を作るという気概=パワーであり、自由さです。


 救いのない話ながら、読後すこし時間が経つと、読書ってこんなに面白いんだ、そして翻訳小説ってこんなに見たことのない世界がみられるんだって、幸せな気分に浸れる本。

 お勧めです。


■勧進元・杉江松恋からひとこと


 フランス・ミステリーの歴史の中で、1970年代の〈ネオ・ポラール〉と呼ばれる作品群は特異な色彩を放っています。デュマやバルザックなどが主戦場とした新聞連載小説を母体とするロマンス小説の系譜がフランス・ミステリーにはありますが、それが大きく変貌したのは第二次世界大戦後でした。1930〜50年代のアメリカ犯罪小説の翻訳が再開、現在も続く〈セリ・ノワール〉叢書にはそうした作品や、フランス作家による模倣作が多く収録されました。そうした〈暗黒小説〉の系譜に〈ネオ・ポラール〉の作家たちは新たなものを付け加えました。そこにあるのは強烈な現状批判です。1960年代の熱い政治の時代を経たことで、先鋭的な犯罪小説が多数生み出されることになりました。そうした作家たちを主導したのがA・D・Gとマンシェットの二人だったのです。


 現在では絶版ですが、マンシェットの長篇第三作『地下組織ナーダ』を読んだときの衝撃を今も覚えています。NADAとはスペイン語で「無」、反体制的組織が暴走し、壊滅に到るまでを非情極まりない筆致で描いた作品であり、テロリストだけではなくその取り締まりにあたる警察官もまた残酷な殺人者として描かれます。本当にすべてが無に帰する幕切れは古今東西のミステリーを通じて最高のものではないでしょうか。もし本書を読んで感銘を受けた方があったら、ぜひ同作も手に取っていただきたいと思います。二作を併読することにより〈ネオ・ポラール〉の熱さを感じることができるはずです。


 二年前に現在の〈セリ・ノワール〉叢書編集長を務めるオーレアン・マッソン氏が来日された際、〈ネオ・ポラール〉の世代の意義について質問したことがあります。マッソン氏は〈ネオ・ポラール〉運動の結果として小説が政治プロパガンダの色を帯び過ぎてしまった弊害があるとし、「だけどマンシェットは頭からそれを信じていたわけではなくて、『お仕事』として書いていたんだ。彼と彼の作品は別物だ」と付け加えていたのが印象的でした。まだまだ一面的にしか紹介されていない〈ネオ・ポラール〉世代、そして1980年代以降のフランス作家については、体系的な邦訳紹介の機会が持たれることを望みます。


 さて、次回はP・D・ジェイムズ『女には向かない職業』ですね。こちらも期待しております。






加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

●「必読!ミステリー塾」バックナンバーはこちら




穴 (ハヤカワ・ミステリ 1104)

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地獄でなぜ悪い [DVD]

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八百万の死にざま

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2017-06-29

第39回『A型の女』(執筆者:加藤篁・畠山志津佳)

――私立探偵小説新時代、心優しきバツイチ男アルバート・サムスン登場!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!


加藤:いつの間にやら6月も終わり。週末にはもう7月ですよ。2017年も後半突入ですよ。

淫行矢のごとしと申しますが(一度だけスピーチで本当に「インコウヤノゴトシと申しますが」って言ったのを聞いたことがある)、ホントにこの半年、自分は何をしていたのだろうと不思議になります。

 そして6月の話題といえば、なんといっても藤井聡太四段の破竹の連勝。凄かったですねー。まさに前人未踏、空前絶後、超絶怒涛の中学生棋士。将棋を愛し、将棋に愛された男。

 それにあの大人びた言動はどうでしょう。今の時点で畠山さんよりずっと落ち着きがあるし語彙だって豊富だもんね。(奥ゆかしい僕は自分を引き合いに出したりはしません)



 そんなわけで、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、インディアナポリスの私立探偵アルバート・サムスン・シリーズ第1作『A型の女』

 将棋の世界が新しい時代に突入したように、私立探偵小説の新時代到来を象徴するような一作です。1971年の作品で、こんなお話。



「適切な質問と安心価格」がモットーの私立探偵アルバート・サムスンのもとを訪れたのは16歳の少女だった。大富豪クリスタル家の一人娘エロイーズは、血液型から自分が両親の子供ではないことを知り「生物学上の父を探してほしい」というのだ。久々に舞い込んだ仕事だったにも関わらず、気乗りしないサムスンだったが、やがてその調査はクリスタル家とその財産をめぐる深い闇に踏み込んでゆくことに……。


 このミステリー塾も今回で39回。これまで、ハードボイルド系私立探偵小説としては、ハメット、チャンドラー、ロスマクが取り上げられてきましたが、ついにリューインにバトンが渡ったかと思うと、なんだか感慨深いものがあります。


 作者のマイクル・Z・リューインは、1942年生まれのアメリカ人作家。とはいえ、本格的にミステリー作家として活動するようになったのは、奥さんの祖国である英国に移住してからだったそうです。

 まだまだお元気で、シンジケートの最高レベル(田口さん)とは懇意なんですって。


 そのリューインなどに代表される1960年代の終わりから70年代にかけて隆盛をみせた新しい私立探偵小説群を、故・小鷹信光さんは「ネオ・ハードボイルド」と名付けられました。

 日本ではリューインのほか、ロバート・B・パーカーのスペンサーや、ローレンス・ブロックのスカダーなどが人気でしたね。

 ネオ・ハードボイルドの特徴は、一世代前のやや画一化されたタフでクールな探偵像とはちょっと違った、様々な個性と自由が与えられたこと。また、戦後の多様化したライフスタイルが描かれるとともに、舞台も全米に広がっていきました。


 その「ネオ・ハードボイルド」のムーブメントのなかで、マッチョだったりアル中だったり肺ガン恐怖症だったりという「クセがすごい」探偵が多く書かれていったなか、アルバート・サムスンはいたって普通なのが逆に新鮮に映ったものです。

 暴力を憎み、銃を嫌う、心優しきバツイチ男。とはいえ、ただの平和主義者ではなく、自分の信念や正義を押し通すためには、ビックリするくらい軽々と法を犯してしまうような破天荒な一面も持っていて、そのせいで窮地に陥ることもしばしばだったり。そんなアンバランスでアンビバレンスで、ときどきアンビリーバブルなアルバート・サムスンを好きにならずにいられませんでした。


 畠山さんはこんなサムスンをどう感じたのかな?




畠山:こんにちは! AB型の女、畠山です。

 よく二重人格とか変人とか言われますが、なぜこの科学技術が進んだ国で未だに血液型や星座で性格づけをしようとするのか不思議に思います。私が二重人格で変人で落ち着きも語彙もないのは断じて血液型のせいではありません!(なんか釈然としない)


 さて『A型の女』です。つねづね強そうな名前の人だと思っていたマイクル・Z・リューインです。どうして名前にZがつくと強力な感じがするのでしょう。まぁコテコテの昭和世代ですからね、空にそびえるくろがねの城でパイルダーオンしちゃうんですね、気分が。45年ぶりの新作劇場アニメがとても楽しみです。アフロダイエースの胸のミサイルはどう表現されているのだろう……?


 で、そのリューインですが、言い訳しちゃうと、「ネオ・ハードボイルド」の肩書でやや敬遠していたというのが正直なところです。男臭くてゴツゴツした感じなのかなぁ、と。

 ごめんなさい、小鷹さん……読んでみたら全然違いました。男臭いどころか、むしろ草食系といってもいいような、ソフトで、知的で、どこかほっとけないタイプの探偵アルバート・サムスン私、大好きになりました。

 きわめて常識的で健全なものの考え方、真面目、時に頑固なほど職務に忠実、こういう人には誰でも好感を持つと思うんですよ。私が依頼人なら、キザったらしい人とか暗い人より、感じのいい人に頼みたいもの。(今ケンカ売った? アタシ)

 ところがこの人、関係者への接触とかヤバイ橋を渡っての証拠集めとか、とかく肝心なところでドジを踏むので、危なっかしくて見ていられない。この人に仕事を頼むより、まず助手になってやらねばならん! とつい鼻息が荒くなってしまいました。


 こんな具合で少々のズッコケをいれながらソフトにまとまるお話なのかと思っていたら、ラストはぐいぐいきましたねぇ! 見過ごしてしまうような小さな情報から次々と真相が明らかになるミステリーならではの快感、人物が壊れていく様子のド派手な描写、息つくヒマがありませんでした。

 探偵がさっぱりしている分、事件の悲惨さが際立ちましたね

「きっと“A型の女”が犯人もしくは重要参考人で、探偵が女を探すお話だろう」という当初の見込みはあっさり否定されましたが(笑)、十二分に堪能です。


 アルバート・サムスンよりもドン引きするほど口の悪いリーロイ・パウダー・シリーズ(フロスト警部にヤル気を注入したようなタイプで、かなり迷惑な人だと思うw)の方がお好みという方も多いようだけど、加藤さんはどっち?




加藤:ちなみに僕はB型です。血液型をあまり気にしたことは無かったけど、学生時代に体育会のいつもの仲間7、8人で飲んでて、全員がB型だと分かったときにはドン引きだったなあ。「俺はお前らとは違う! 断じて違う!」って全員が言ったもん。


 さて、元祖ごった煮モジュラー型警察小説のパウダー警部シリーズももちろん面白いけど、僕はやはりサムスンシリーズが好きだなあ。とくにシリーズ第4作『沈黙のセールスマン』がお気に入り。

 また、当時の僕には、サムスンが「仕事」として探偵と向き合い、経営努力をちゃんとするところが新鮮に映ったものでした。

 暇に倦んだサムスンが、イエローページに広告を出そうか看板を新調しようかと考えているところから物語が始まるのがこのシリーズのお約束。

 思えば、常に仕事がないことに不安を感じるという当たり前の感覚を、マーロウやアーチャーが(スペードは言うに及ばず)持っていなかったことを、今さらながら不自然に思ったものでした。


 そんな大好きアルバート・サムスンシリーズですが、一つ文句をつけるとすれば、第一作のこの邦題はどうなのよ。

 ぶっちゃけ、『A型の女』ってなんだかパッとしないと思いません? 確かにエロイーズの血液型が話の発端であり全体のキーではあるんだけど。この話の面白さがイマイチ伝えられていない気がして、なんだか残念。

 きっと、この本が出た当時(1978年に出たポケミスは皆藤幸蔵訳)が、血液型性格診断の最初のブームだったのではないかと。ちなみに原題は『Ask the Right Question』です。


 そういえば、ついこの前は『Hidden Figures』の邦題が「内容と違う」ってツイッターで炎上した挙句に変更したって事件がありましたね。そっち系に疎い僕からしたら、アポロ計画マーキュリー計画も、舘ひろし猫ひろしくらいの違いしかないと思うんだけど、思い入れのある人にとっては許せないものなのかも。


 印象に残っている邦題といえば、ちょっと古いけどトレヴェニアンの『夢果つる街』北村太郎さんの訳文にも痺れたけど、この邦題もしみじみ良かったなあ。こちらの原題は『The Main』(物語の舞台であるカナダ、モントリオールの町の名前)でした。

 数年前に、ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が映画になったときの邦題裏切りのサーカスにも驚いたっけ。絶対に悪いピエロが出てきそうなんだもん。


 こうしてみると、邦題って難しいですね。僕らみたいに言いたい放題の無責任な消費者を相手にしなけりゃいけないんですから。編集者の皆さんの苦労をお察しいたします。

 畠山さんは何か印象に残っている邦題はある?




畠山:そうだなぁ、タイトルも内容もどストライクなのはボストン・テランの『音もなく少女は』。原題はシンプルに『Woman』なんですよね。

 タイトルや装丁というのは、とにかくたくさんの人に訴えかける魅力が必要なんでしょうね。新規読者の獲得とコアなファンの満足を両立させるのってとっても大変そう。日々頭を悩ませている関係各位の努力に敬意を表し、もしちょいと残念な邦題だと思うものがあったらそれもネタにして未読の人に薦めてみるのも手かもしれません。(その点で私は映画『死霊の盆踊り』は傑作だと思うのだけど)


 加藤さんも触れていましたが、サムスンは「職業としての私立探偵」をきちんと実現してくれていて、個人事業主として良心的な仕事でいかにメシを食っていくかを日々考えている姿や、ときどき自分にご褒美で食事を奮発したりもする(しかもあくまで庶民的なメニュー)生活感はとてもよく理解できて、好感が持てます。

 同時に、中途半端な幕引きを嫌い、自分の中で筋が通るまで事件にこだわりつづける姿勢は、紛れもなくハードボイルド!……と、言いきっていいのかな? 私のハードボイルド観はかなり曖昧模糊としているのだけれども。

 ここにきて私はようやく、善き隣人として付き合えそうな私立探偵に出逢えたという気がしています。

 リューイン作品に手をつけていなかった罪滅ぼしに、この一か月は「強化月間」としてあれこれ読みまくっております。アルバート・サムスン・シリーズ、リーロイ・パウダー・シリーズ、そしてノンシリーズの『そして赤ん坊が落ちる』は登場人物がリンクしているのですね。

 先ほど私はアルバート・サムスンを、ときどきドジる、ほっとけないタイプと言いましたが、そんな彼がリーロイ・パウダーの『夜勤刑事』に登場すると、頼りになる腕のいい私立探偵ぶりでなかなか面白いし、伏せている恋人の名前が他のシリーズでいとも簡単にバレバレになっていて驚いたりもしました。それでもサムスン・シリーズでは頑なに伏せつづけるので、楽屋裏を覗いているような秘密の喜びがあります。これ、たまりませんね。

 サムスン・シリーズはどこから読んでもいいのですが、前作を読んでいたらわかる小ネタが紛れ込むので、順を追うとより楽しめるかも。


 しかーし! サムスン・シリーズ、パウダー・シリーズともに、ほとんどが入手困難であるのが残念でなりません。この衝撃はロス・マクドナルドが手に入らないとわかったとき以来でしょうか。由々しき事態です。出版社ひしめく東京方面に向かって巻きずし加えてみようかなぁ……(節分が年に4回あることをコンビニの「夏の節分」企画で初めて知りました。)




■勧進元・杉江松恋からひとこと

 一九七〇年代に小鷹信光氏が提唱されたネオ・ハードボイルドという概念は、日本においては二つのことを生み出しました。一つは、私立探偵というキャラクターの再発見です。ステロタイプな探偵像、それこそ「マルタの鷹」でサム・スペードを演じたハンフリー・ボガートを鋳型とするような探偵のキャラクターはこの流れの中で陳腐なものと見なされ、乗り越えられていったとしていいでしょう(一九八〇年に放映された「探偵物語」で松田優作演じる工藤俊作が以降の私立探偵像に大きな影響を与えました。同番組原案は小鷹さんですから、その方面でも足跡を残されたことになります)。リューインやスティーヴン・グリーンリーフといった〈ネオ・ハードボイルド〉の作家たちがアメリカ本国で潮流を作ったのか、それとも群として見なされる存在ではなかったのか、という検証は必要ですが、〈探偵のキャラクター化〉という観点では後続作家に与えたものは大きそうです。ちなみに、〈ネオ・ハードボイルド〉以降の作家たちがキャラクター化された探偵を配せざるを得なくなったことが連作の凋落を招き、単発作品主流の時代を招いたのではないか、という意味の指摘を法月綸太郎さんから受けて、思わず膝を叩くほど納得したことがあります。


 ネオ・ハードボイルドという作品群が日本の読者に与えたもう一つの影響は、ハメット・チャンドラー・(ロス)マクドナルドという、いわゆるハードボイルド・スクールの三作家の再読が進んだことです。もちろんそれ以前から御三家としてそれらの作家を奉る動きはありましたが、神格化して褒めたたえるのではなく、それらの偉大な先人の作品を査読し、どういった要素が一九七〇年代以降の作家に継承されたかを検証する動きが産まれたのです。この動きは後に〈ノワール〉ブームが起きた際に一旦変化します。〈ハードボイルド〉という狭いジャンルから〈犯罪小説〉という広い定義へと作品群を解放して読むことによってさまざまな発見があるのですが、その話題は後日に譲りましょう。御三家のうち、もっとも重視されるべきはロス・マクドナルドの一人称私立探偵小説だと思われます。これについては先日、若島正氏がツイッターで非常に触発される発言をしておられました。6月27日のこのツイートからの一連の発言をぜひご覧になってください。「わたしたちは、小説の細部を読むことで、表面には浮かび上がってこないArcherの推理を読むのだ」という指摘は実に鋭い。『夜明けの睡魔』の瀬戸川猛資を引き継ぐ形で前出の法月綸太郎氏はロス・マクドナルドの論理性を評価しましたが、それは「事実の推移を追っているだけに見える小説に、実は作中のタイムラインを読者自身が再構成して読むように仕向けられている企みが秘められていることに気づく」というスリリングな読書体験へと導くものでした。表面で語られていることだけではなく、物語内時間・物語内論理で小説は動いていきます。一人称で見えることのみを書いてすべては語らない、という技法をミステリーで意識的に用いたのはハメットですが、マクドナルドはそれを完成させた作家といえます。そしてネオ・ハードボイルドの私立探偵小説を読むという行為は、最終的にはこのマクドナルド的技法の発見へとつながったのでした。


 アルバート・サムスンというキャラクターについてほとんど触れずにきましたが、上で畠山さんが指摘されているとおり、彼は「調査に失敗する」私立探偵でした。捜査はだいたいうまくいかず、さまざまな迂回路を進むことを強制されます。実はその失敗こそが重要なのです。物語の表面で起きていることではなく、水面下で進行しているタイムラインが重要なのであり、それを発見したときに事件は解決する、という形式をサムスンの物語は、特に前期において採っていました。その完成形が『消えた女』でしょう。サムスン・シリーズの新作が刊行されていた時代に評論家の池上冬樹氏が「サムスンがパソコンを使うこと」についての危惧を表明しておられましたが、これは決して表面的な問題ではなく、その下にある「サムスンが試行錯誤することによってタイムラインが浮上する」という物語の特質を意識されたものだったでしょう。後にリューインは警察官リーロイ・パウダーを主人公に採用し、複数の捜査が同時進行していく、いわゆるモジュラー型の捜査小説を著わします。これもサムスンの私立探偵小説とは無関係に存在するのではなく、「水面下のタイムライン」に着目したリューインの創作法が生み出したものと見なすべきだと私は考えます。


 ご存じの方も多いと思いますが、『誰か Somebody』に始まる宮部みゆきさんの連作は、アルバート・サムスン・シリーズへの尊崇の念から始まっています。この連作が象徴するように、一九九〇年代以降の日本ミステリーにリューインが与えた影響は多大なものがあります。現代ミステリーを読む上で決して無視できない偉大な山脈の一つとして、リューイン作品を推薦する次第です。


 さて、次回はジャン=パトリック・マンシェット『愚者が出てくる、城寨が見える』ですね。こちらも期待しております。





加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N


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●アルバート・サムスン・シリーズ


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2017-05-25

第38回『ジャッカルの日』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

――大統領暗殺計画! 暗殺者VS警察 緊迫の攻防

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!




畠山:みなさまこんにちは。杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に読み、ミステリーの徳を積む「必読!ミステリー塾」。今回はフレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』。舞台はフランス、キーパーソンはあのドゴール仏大統領です。

 仏大統領といえば、先日の大統領選は興味深かったですね。新大統領はエマニュエル・アク…(それは毛糸洗いに自信)、サク…(緑の胃薬)、マカ…(美味しいですよね)、ミク…(1000分の1mm)、マキ…(消毒しましょう)、ホカ…(寒い時に)、マクロンさん。

 微妙に間違いやすい苗字もさることながら、夫人と坊やに留まっていた私のエマニュエル概念に大統領という新たな項目が加わったことも、特筆に値します。

 それにしても39歳ですってよ、奥様! 日本ならまだ、一人前のオトナの証しである介護保険も払ってない年齢ですよ。


 ああ、すみません。最初から脱線しました。

 それではまいりましょう。『ジャッカルの日』、1970年の作品です。こんなお話。


ジャッカルの日 (角川文庫)

ジャッカルの日 (角川文庫)


 フランスの秘密軍事組織OASはシャルル・ドゴール大統領暗殺のために殺し屋を雇った。ブロンドで長身のイギリス人、コードネームは「ジャッカル」。

 虎視眈々と大統領を狙う凄腕の暗殺者と、その正体を突き止めんと懸命の捜査を続けるフランス司法警察のクロード・ルベル警視。

 追う者と追われる者の息詰まる攻防。果たして決着は如何に!


 フレデリック・フォーサイスは、1938年イギリス生まれの御年78歳。

 19歳で英空軍入隊。除隊後にジャーナリズムの世界に入り、ロイター通信やBBCの特派員を経験しました。ナイジェリアで起こったビアフラ戦争の取材で現地入りし、ノンフィクション『ビアフラ物語』を執筆。続いて小説としての処女作『ジャッカルの日』を発表しました。

 本作をはじめ、ジャーナリストと元ナチの秘密組織の闘いを描いた『オデッサ・ファイル』、ギニアのクーデターという実話をベースにした『戦争の犬たち』など、軍事や謀略をドキュメンタリータッチで描いた作品が有名です。

 のちにMI6(秘密情報部)の協力者であったことを告白し、昨年末には自伝『アウトサイダー 陰謀の中の人生』が出版されました。

 ときどき小説はもう書かないと宣言するけど、なんとなく復活するのがパターンのようです。


 いやぁ、実は私、フレデリック・フォーサイスは映画で満足してしまっていて、全然本を読んだことないんですよ。今回初めて小説を読んで大反省。もっと早く読めばよかった! めっちゃくちゃ面白いですもん!

 冒頭はやや苦労しました。フランス内部の分裂の背景が、聞き慣れない組織名や略称とともに語れていくので、ちょっとばかり遠い目になりかけたのですが、登場人物たちが具体的に行動を始めると、俄然引き込まれます。


 ドゴール大統領は、実際には暗殺されることなく天寿を全うされたのですが、着々と決行準備を進めるジャッカルの超絶プロぶりをみていると、ひょっとしたらこの小説ではパラレルワールド的に大統領は暗殺されてしまうかも! それじゃSFか……!? まぁいいじゃんそんなこと、ジャッカルが失敗するのはあり得なさそうだもん、と思えてきます。

 それに対して、暗殺計画を防ごうと必死の努力をする警察がまたいい!

 無能な上層部(これはお約束)にイラッとしながら、独力で築いた横の繋がりを駆使し、長年の経験で培った論理的思考と勘ばたらきで煙のようなジャッカルの存在にじわりじわりと迫っていく姿。VIVA現場たたきあげ! ですよ。

 警察の奮闘ぶりをみると、やはり暗殺計画は阻止されるのかもしれない、いいい一体どーなるんだ!? と私の心は木の葉のように揺れ動くのでした。


 フォーサイス作品には一家言ありそうな加藤さんのご意見や如何に。ひょっとして名古屋読書会の一大イベントで気もそぞろとか? 何番目に殺されるのかもう決まった?




加藤:2011年にスタートした翻訳ミステリー名古屋読書会も次回でめでたく20回。ここまで大過なく回を重ねてこられたのも、ひとえにシンジケートのご支援と、遠くからお運びいただいたゲストの皆さん、参加者の皆さん、そして僕の日頃のおこないのおかげ〔原文ママ/編集部〕と心から感謝しております。

 ■ 20 回 記 念 企 画 「 そ し て 誰 も 日 間 賀 島 合 宿 」 は こ ち ら。


 そして、ついに来ました『ジャッカルの日』!

 御存知、大御所フォーサイスの代表的傑作にしてポリティカル・スリラーの金字塔!

 いやはやなんとも、再読して驚きました。こんなに面白かったっけ!?

 もし未読の方がいたら、貴方は超ラッキー。いますぐパソコン(スマホかな?)を閉じて、本屋さんに走るしかないのであります。もうアマゾンに注文する時間すら惜しいのです。


 どのくらい面白かったかというと、先日、2019年ラグビーワールドカップ日本大会の組み合わせ抽選会があったばかりなので、これを好機と元ワラビーズ(オーストラリア代表)の名フランカー、ジョージ・スミス選手と、彼の代名詞ともいえるプレー「ジャッカル」について書く気マンマンだったのに、もうそんなボケすらどうでもよくなってしまったくらい。

 再読の僕がこんなに楽しめたのだから、初読の方は腰をきっと抜かすにちがいありません。


 畠山さんが指摘している通り、ジャッカルによらずとも、ドゴール大統領が誰にも殺されることなくその生涯を終えたことは史実として承知のうえなのですが、それでも読書の興味が削がれることはありません。

 凄腕の殺し屋ジャッカルと、彼を追うフランス司法警察の、息が詰まる駆け引きが凄い。とんでもなく高いレベルのスポーツの試合を見ているようなあの感じ。

 もはや勝ち負けを超越しているというか。


 史実を知っていても楽しめるといえば、ナチスによるチャーチル誘拐計画を描いたジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』も凄かったですよね。絶対に無理だとわかっていながら、シュタイナ中佐と仲間たちの無事と作戦の成功を願わずにはいられない。

 そうそう、昨年のNHK大河ドラマ『真田丸』が盛り上がっていたときもそんな感じでしたね。関ケ原を目前にしてツイッターでは、「今年は西軍が勝つに違いない」というネタのつぶやきを沢山見かけました。でも、それより驚いたのは、「西軍が負けるとかネタバレ酷い」というつぶやき。

 ネタバレとは何なのか、しばし考えさせられてしまいました。



 

畠山:んまぁ! いぢわる大好きな私としては、そんな人の耳元で「赤穂浪士全員切腹」とか囁いてみたい。怒られるかな? プププ


『ジャッカルの日』は語り口といい、状況や手段の淡々とした紹介から少しずつ人間性に迫っていくという構成といい、まるでノンフィクションのよう。そのせいか、たとえ暗殺の事実はなくても、この暗殺計画自体は本当にあったのではないかと錯覚しそうになります。

 何歩もリードしていたジャッカルが、警察の手を恐れたOASに暗殺計画の中止、残金不払い、前金も返してね♪ みたいな素振りをみせられたときに初めて、素顔に近いものを見せたのが印象的。やや超然さを失っても、幻滅するより「あ、この人けっこう一般人♪」と親近感を覚え、(暗殺者だけれども)なんとか仕事を全うさせてやりたいと、ついつい願ってしまいます。

 同時に中間管理職の悲哀たっぷりなフランスのルベル警視が、じわりじわりとポイントを稼いでジャッカルを追いつめ始めると、俄然かっこよく見えてくるんです。たとえ見た目が冴えない中年オヤジで、家で奥さんの尻に敷かれていようとも。何度心の中で「なんてクレバーなんだ! ルベルさん!」「ダンナのカッコよさに気づけよ嫁さん!」と叫んだことか。

 もうね、アレですよ、ルパンと銭形警部。華麗に逃げ切るか、泥臭く捕まえるか。読者はどちらとも決め難くハラハラのドキドキになるのです。

 特に第二部の最後の一文なんて最高の盛り上がり。鼻血噴きそうになりました。


 せっかくなのでしばらくぶりに映画も観てみました。記憶があやふやだったので、小説をふまえてあらためて観ると、見事なほど小説に忠実なので驚きました。情報量が多いので小説を読んでから観るのをお奨めしますね。全然理解度が違うと思います。

 とても納得できたのは、ジャッカルが狙撃用に特注する銃の形態。文章だけではピンとこなかったので、映像を見て「ほほーー! なるほどこりゃええわ!」とそのコンパクトさに感心しました。コンパクトすぎて、それで弾とどくんかいな? とも思ったけど(笑)

 あ、あとルベル警視の雨に打たれた子犬のような表情は、めっちゃキュートですよ!

 ぜひ小説と映像を併せてご堪能ください。


 それにしても、日間賀島の「そし誰合宿」、いいねぇ。

 電車など使って1〜2時間でそういう場所があるっていうのが羨ましい。そりゃ北海道にも魅力的な島はあるけどね、遠いのよ、遠すぎるの。島に着く前に誰かいなくなっても不思議じゃないくらい遠いの。ああああ、スケールの小さいところが羨ましいなぁ(←買いましょう、全国からの顰蹙)



加藤:スケールが小さく悪かったな。

 日間賀島は行ったことないけど(ないんかい)、それはそれは楽しい夢の島らしいぞ。駐在所もタコらしいぞ。


 さて、話を戻して『ジャッカルの日』。

 とにかく、この本を読んで痺れまくるのは、追う側と追われる側、狩るものと狩られるもの、そしてプロとプロとの手に汗握る駆け引きです。

 物語の舞台である1963年は、アメリカのケネディ大統領が暗殺された年。そして、ドゴール大統領もそれまでに何度も命を狙われており、仏当局による警戒レベルは最大級。この1963年時点でのドゴール大統領は、おそらく世界中で最も殺すのが難しい人間なのですね。

 しかし、そんなことをモノともしない殺し屋ジャッカルは、その超高額ギャラに見合う仕事をするために入念な準備を始めます。

 その淡々と話が進む序盤を経て、いよいよジャッカルが動き出し、それを察知した仏政府が司法警察のルベル警視を引っ張り出してくる中盤あたりからの展開は、もう目も眩むようなスピード感と臨場感で読んでいると呼吸が荒くなるくらい。

 どちらが追う側なのか、どちらが狩られる側なのか、読んでいてもう分からなくなってくる。


 また、個対組織の対決、またはその対比も本作の読みどころではないでしょうか。

 当時(今もか?)政府レベルでは犬猿の仲のフランスとイギリスだけど、警察の現場レベルでは相手の苦しい立場を慮って協力を惜しまないところが気持ちいい。

 ルベル警視の要請に応えてジャッカルの身元を追うスコットランドヤードの刑事たちには胸熱なのであります。

 2つの国の警察官たちが寝る間を惜しんで仕事にあたるところが恰好いいのですね。そして、その仕事のほとんどは、ひたすら電話を掛け、名簿をチェックし、そして足を運んで確認するといった地味な仕事だったりする。でも、その一人一人の小さな仕事の積み重ねが少しずつジャッカルへの距離を詰めてゆくという展開が素晴らしい。

 もしかしたら、その地道な捜査が、現代のITネイティブの若い読者にはピンとこないところもあるかも知れないけど、そんなことはこの傑作にとってのほんの僅かな瑕疵にもならないと断言したいと思います。


 いやはや、内容をほとんど忘れていたとはいえ、再読でこれほど楽しめたのはちょっと凄い。ありがとう、『海外ミステリー マストリード100』。




■勧進元・杉江松恋からひとこと


『ジャッカルの日』の素晴らしさを語るときに忘れてはいけないのは、ミステリーならではのエッセンス、知的好奇心をくすぐる仕掛けが随所にあることだと思います。ジャッカルはプロの暗殺者ですが、物語の中で暴力を行使する場面は最低限に留められています。彼は知力によって標的に接近しようとするのです。そのアイデア量の豊富さも魅力の一つでしょう。だからこそ悪漢対探偵の古典的な図式だけで引っ張るスリラーではなく情報小説の側面も備えた新しい時代のミステリーとして、作品は世に受け入れられたのでした。1975年に『ミステリイ・カクテル』(講談社文庫)を発表した渡辺剣次は、古典的名作の価値は認めつつ、読まれるべき作品のリストは常に更新されなければならないと考えて、試案としてその時点での現代版ミステリーベストテンを作成しました。その中には当然『ジャッカルの日』が含まれていたのです。この作品の新しさ、ジャンルを豊穣にする可能性を評価していたからでしょう。読むたびに驚きのある作品ですし、後続への影響も計り知れないものがあります。現在でいえばジェフリー・ディーヴァーのような作家たちの中にもフォーサイスの遺伝子は受け継がれているのではないでしょうか。


 さて、次回はマイクル・Z・リューイン『A型の女』ですね。楽しみにしております。




加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N


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