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2014-06-30

ほっこりしない北欧案内(執筆者・ヘレンハルメ美穂)

 

(5)フィンランド編・後半

 

 前回「フィンランド編・前半」の続きです。

 

****

 

ヘレンハルメ(H):ミステリーで描かれているかどうかにかかわらず、目立つ社会問題、よく議論される問題はほかにありますか?

セルボ貴子さん(S):やはり、アルコールによるDV、家庭崩壊、子どもにまで及ぶ負のスパイラル問題ですね。保護される児童の数もなかなか減りません。それらの費用がかさみ、結果的に福祉関連費用で国庫が圧迫される、という状態です。予防措置も、なかなかこれといって功を奏するものはないようですね。

 雇用問題も、リストラが増えるにつれ深刻化しています。それにともなって、移民に対してピリピリしはじめてもいます。極右政党がここ5,6年力を増しているのはフィンランドも同じです。結局、組閣には加わりませんでしたが、支持率は高かったんです。

H:なるほど。フィンランドは移民・難民の多い国ですか? どこからの移民が多いんでしょうか。

S:日本ほど受け入れ厳しくはないですが、スウェーデンに比べると数は少ないです。80年代のソマリア、90年代のベトナム、またソマリアアフガニスタンミャンマーと、その時々の危機国から毎年計700名ほど受け入れて、複数の自治体に20名程度ずつ割り当てられる、という感じです。これで少なさがおわかりいただけるのではないかと思いますが。

H:なるほど、それはたしかに、スウェーデンに比べたら少ないですね。

 ご存じのとおり、スウェーデンは難民の受け入れがかなり多いです。スウェーデンに住んでいる外国人(外国生まれの人)の統計を調べてみたところ、いちばん多いのはフィンランド人なんですが、次がイラク人で、数万人単位でいます。いまはシリアからの難民が急激に増えていて、去年は約16,000人が難民申請をしたという話。人口900万人強の国としてはかなりの規模ですよね。過去を振り返ってみても、1970年代にはピノチェト政権下のチリを逃れた人々をたくさん受け入れていたし、80年代にはイラン・イラク戦争の難民、90年代には旧ユーゴから、2000年代に入ってからはアフガニスタンやイラク、ソマリアなどから、という感じで、いろいろなところからの難民がたくさん来ています。最近の統計では(2013年)スウェーデンの人口のうち約16%に当たる150万人近くが外国生まれだそうです(もちろん全員が難民というわけではありません。私もこの16%のうちのひとりです)。

S:それに比べると、フィンランドの受け入れはやはり少ないですね。増加傾向にはあるんです。受け入れ数はあいかわらずさほど多くないので、留学や結婚で残る人が増えていること、移民が家族を呼び寄せていることなどがその原因です。フィンランドには、スウェーデン語を母語とするスウェーデン系住民が5.3%いるんですが、最近、母国語がフィンランド語でもスウェーデン語でもない人の数がその5.3%を上回った、というのがニュースになりました。あとは、ソマリア人移民二世が増えてきてますね。移民二世だと、教育はフィンランドで受けていて、言葉も流暢ですが、アイデンティティー面では複雑なようです。

 規模は小さいなりに、スウェーデンと同じ問題を抱えているのではないかと思いますよ。難民申請の審査のあいだ、難民センターで何年も待たされたり、などといったこともあるようです。いちばんの社会問題としては、やはり就職ですね。いわゆる3Kの仕事に、一目で移民バックグラウンドとわかる外見の人が増えてきました。あとは、移民との価値観のちがいというか、文化的な摩擦などでしょうか。

 

ミステリー以外の人気ジャンル

 

H:ミステリーにかぎらず、フィンランド文学の作家や作品でおすすめはありますか? 人気のあるジャンルは?

S:何年か前に、ソフィ・オクサネン(Sofi Oksanen)の『粛清(Puhdistus)』がミリオンセラー級の売り上げを達成しましたね。旧ソ連時代のエストニアが受けた迫害についての分厚い小説ですが、各地で劇化されたり、映画化権も売れたりした記憶があります。

H:ソフィ・オクサネン、話題になりましたね!

S:ほかのジャンルとしては、やはり歴史もの、あとは子ども向けファンタジーなどですかね。純文学も、歴史がらみが多いんです。現代史、つまり戦争時代の話をもとに、ストーリーを膨らませたものですね。たとえば今年の大ヒット作は、トンミ・キンヌネン(Tommi Kinnunen)の処女作『Neljäntienristeys(四つ辻)』というものです。世代をまたぐ人間ドラマで、19世紀後半から約100年にわたり、4人の――助産師のマリア、マリアの未婚の娘ラハヤ、その息子の嫁カーリナ、そして最後にオンニという男性ですが――人間の運命が交錯する物語です。2月に発売されて、すでに1万部が売れているということで、フィンランドでは久々に異例の販売数を記録しています。スウェーデンの出版社が翻訳権を買ったというのがニュースになりましたし、フランクフルト・ブックフェアに向けてほかの国にも働きかけが始まっているようです。

 最近は編み物が流行っているみたいで、その関係の本をよく見かけますし、春になるとガーデニングの本がばっと増えますね。あと、今年2巻目が出て話題になっているのは、ママ2人が書いた育児本、『Vuoden mutsit(ママ・オブ・ザ・イヤー)』です。ひとりはアイスランド人と結婚してアイスランド在住ライター、もうひとりはフィンランド在住のプロデューサー兼市議で、お互いブログをやっていてコメントしあっているうちに気が合い、本を出すことにしたそうです。1980年生まれと1974年生まれの2人で、ののしり言葉連発、ときにはお酒もあおりつつ、という本音丸出しの育児記録本が、女性たちの共感を呼んでいます。もちろんまじめなテーマも扱っていて、離婚や、シングル・マザー、養子縁組の家庭のこと、ひとりで生きていく可能性を考えて投資について、といった硬派なテーマについても書かれています。子育てしやすいとされる北欧でのお母さんたちの本音を書いた本ですから、日本で読まれたらおもしろいかもしれないと思うんですよね。

 

フィンランド人の自己イメージ

 

H:フィンランド人って、ほかの北欧諸国と比べて、自分たちはどういう国民性だと思っているんでしょう。

S:なんというか、屈折していると思います。あくまでも私から見た印象ですが、アイデンティティーをスウェーデン人のようにあっけらかんと語れない、表せない。どうせマイナーな国だし、と卑下しているところがありますね。

H:スウェーデン人、あっけらかんとしてますか? アイデンティティーという面ではそうなのかなあ。北欧の中ではずっと大国というか強者でしたから、コンプレックスがあまりないというか、驕りみたいなのはあるかもしれませんねえ。

S:たとえばお笑いの人を見ていると、フィンランドではコメディアンがスウェーデン系かフィンランド系かで、路線が2つに分かれますね。スウェーデン系のほうが底抜けに明るい感じです。自分を笑いのネタにできるし。

 さきほども話したとおり、冷戦終わり近くまでソ連の一部だと西側にみなされていましたし、1980年代ごろまでは旅行でフランスやイギリスなどに行くとき「ヨーロッパへ旅行に行く」という言いかたをしていたんですよ。自分たちが欧州の一部だという意識がなかったんですね。1995年にEUに加盟して、徐々に、ほんとうに徐々に、自意識も育ってきました。21世紀のいまは、それなりに自信を持っているように見えますが、スウェーデンには引け目は感じつづけてますね。アイスホッケーの試合にそれが良く表れてます。スウェーデンに勝つと大騒ぎですよ。

H:アイスホッケーでスウェーデンとの試合になると、フィンランドでは「スウェーデンを血祭りにあげろ!」みたいなコールがかかる、という噂を耳にしまして、正直、かなり引きました(笑)。

「ヨーロッパへ旅行に行く」みたいな表現は、スウェーデンでもたまに耳にしますよ。「大陸ヨーロッパ」とか「ユーロ圏」とかいった意味で使っているのかな、と思います。デンマーク以南を指して「大陸」っていう言いかたもしますしね。ヨーロッパの一部と思っていない、とまでは言わないけど、大陸ヨーロッパの一部ではない、端のほうにある国だという自覚はあるんだな、と思います。

 国民性としてはどうですか?

S:日本人に近いと感じます。しゃべらなくても沈黙が気まずくない。ヨーロッパの中では高コンテクスト文化で、なんとなくわかる、察する、というコミュニケーションのしかたが可能ですね。言わなきゃわかってもらえない、という感じではなく、相手をわかろうとする雰囲気がビシバシ伝わってきます。もちろん日本人に比べればはっきり「No」と言いますし、ダメなものはダメで、あとあと引きずらないのは楽ですが。

 あとは、朴訥ですねえ。昔ながらの男性は「愛してる」なんて言いませんし。一度なにかを言ったら、変更がないかぎり繰り返すことはしませんし。スウェーデンはいかがでしょう。

H:スウェーデンも、欧州の中ではわりと高コンテクスト文化だと思いますよ。日本人に似てるってよく思います。でも「察する」のは下手な人が多いかもしれない、ともときどき思います。私が日本人で高コンテクストすぎるからかもしれないけど(笑)。人と対立することが嫌いで、和をもって尊しとなすところも。そうそう、さっきコメディアンの話が出ましたけど、つい最近、スウェーデンのコメディアンが「スウェーデン人は対立が嫌いでヘタレだ」というのをネタにしているのを聞きました。「でも、対立が嫌いだからこそ、200年も戦争しないでやってこられたんだ! 世界中の人がぼくらみたいにヘタレだったら、戦争は起きないよね?」と言っていて、ちょうどフィンランドの歴史について読んでいる最中だったので、これフィンランドの人が聞いたらムカつくかもなあ、と思ったけど(笑)。

S:そこはばっちり突っ込みどころですね(笑)。じゃあ、スウェーデン人は「No」というのが苦手だと聞きましたが、ほんとうなんですね。

H:ある程度まではほんとうだと思いますよ。イエスともノーともはっきり言いたくないときは、Ja (Yes) とNej (No) をまぜて、Nja…って言ったり。たとえばお店に苦情を言うこととか、苦手な人がけっこういます。でも、はっきり言うべきときには言いますけどね。合理性を重んじる人たちでもありますから……

 和をもって尊しとなすとはいうけれど、日本との大きなちがいは、その根底に個人主義と合理性があることですかね。個人主義と集団の和が両立するのが、はじめは不思議だと思っていましたが(いまでもたまに思いますが)、慣れてくるといろいろと楽です。個人主義的に自己主張する分、相手の自由も大いに尊重してくれることで対立は避けられるし、コンセンサスをとるにもちゃんと合理性に基づいた議論ができることが多いので。それが私のおおざっぱな印象です。もちろん例外はいくらでもありますが……

S:合理性はフィンランドでも強く感じますね。プラグマティックで、現実を見ている、というか。

 いま、フィンランドの高レベル放射性廃棄物処分場が日本で注目されているんですよ。うちからわりと近い町にあるので、私もよく視察の通訳をしたり、取材のコーディネートをしたりするのですが、それで見ていて思うのは、フィンランド人はほんとうに現実的なものの見方をしている、ということです。意思決定のプロセスでも、現実を受け入れて、実利を取りますね。放射性廃棄物処分場となると住民の反対がつきものですが、自治体のほうも、しかたがない、と受け入れている感じです。もちろん全員が賛成するわけではありません。が、なにはともあれ廃棄物をどうにかしなければならないという現実についてはコンセンサスが取れていて、そこからどう具体的に進めていくか、という話になっている印象です。

H:そういうところは、スウェーデンにも共通していると思います。

S:フィンランド人はとにかく、なんでもプロジェクト化して、プロジェクトチームを作って、スケジュール設定をして、コツコツと進めていくのが好きですね。とあるスポーツでフィンランドがなかなか国際大会で勝てないので、フィンランド人はそのたびにプロジェクトチームを発足させて対策を話し合うが、そのあいだに練習を積んでいる他国にやっぱり負けてしまう、なんていうジョークを耳にしたこともありますよ。日本とは少しちがった意味で、会議大好き国民ですね(笑)。

H:わかります! スウェーデンの職場も、会議とコーヒーブレイクが頻発するところが多いですよ(笑)。

 たとえば、フィンランドの国民性をよく表わしていると思う言葉はありますか? これ、今回の北欧諸国に関する記事でさんざん引き合いに出しているんですが、スウェーデンでは「ほどほど」「ちょうどいい」というような意味の「ラーゴム(lagom)」がスウェーデン独特で、ほかの言語にはうまく訳せない、とスウェーデン人は思っています。日本語の「ほどほど」にかなり近いとは思うんですけどね。極端なことを好まないメンタリティーがよく表れていると。

S:これはフィンランド人にはないですね! スウェーデン語系フィンランド人にはありそう。うーん、フィンランドの国民性を表わす言葉、なにかあるかなあ……

 あ! ありました! 「カヴェリア・エイ・ヤテタ(kaveria ei jätetä)」。「仲間は見捨てない」という感じですが、この言葉の持つ意味の熱さ、重さがうまく訳せずにいます。冬戦争でソ連と戦ったときも、この精神で独立を死守しました。

H:そういうところは、突き詰めるとすごく個人主義的でドライなスウェーデン人には、ちょっと欠けているような気もしますねえ。あ、もちろん、やさしい人たちですし、親しくなると友情は深いと思うんですが。

 エスニックジョークみたいなものはありますか? ノルウェーでは「スウェーデン人ジョーク」というジャンルが確立していて、スウェーデン人がさんざん馬鹿にされているそうなんですが。フィンランド人もきっと、スウェーデン人を馬鹿にしてますよね。

S:うーん、そうでもないかも。フィンランド人は、逆輸入フィンランド人ネタが好きかもしれません。そうすると自虐ネタですね。日本人と一緒で、外からこういうふうに見られている、というのにとても関心を示すんですよ。

 

日本でのフィンランドのイメージ

 

H:外からこういうふうに見られているといえば、フィンランドって、日本ではとても評価の高い国ですよね。かわいい、おしゃれ、などというイメージで女性に人気があると聞きますし、いまはフィンランドの教育がとても注目されている印象を受けます。もちろん、高福祉社会という意味でも(これは北欧全体に共通するかと思いますが)。実際にフィンランドで暮らしてみて、日本での評価と現実とのあいだにギャップは感じますか?

S:高福祉イコール高負担なのは北欧共通だと思いますが、日本ではいい部分だけ強調されて、研究者でもなければ実情は詳しく知らないですよね。たとえば公立ヘルスケアでは長々と待たされることが多くて、行列の長さは解消されていないところのほうが多いと思います。

H:そうですよねえ。そのへんはスウェーデンも同じで、お医者さんにはなかなか診てもらえないし、医療費は無料だとかたまに言われてるけど無料じゃないし、等々、日本で流布しているスウェーデン像には納得のいかないことがたくさんあります。日本でそんなイメージだから、ミステリー小説を読んで、北欧も理想の社会ではないんだな、と新鮮に思う方が多いみたいですね。

 フィンランドの教育は、スウェーデンでもかなり評価が高いんです。スウェーデンの学校教育、かなりの崩壊状態にあるので。いいところもたくさんあるとは思うのですが、学力という面ではたしかに相当まずいようです。実際のところ、どんなふうに感じられますか?

S:うーん、先生の能力によるかなあ。先生個人の裁量できる範囲が広いんです。教科書なども決められます。教え方としては、原因と結果、論理を究明させることに力を入れている印象がありますね。「1+1は?」と問いかけて、「2」と子どもが答えると、「どうして?」と聞いたり。テストも記述式が基本で、丸暗記では対応できない風になっていますね。

 でも、最近はフィンランドも落ちてきていると思いますよ。好景気の時もあったのに予算は削られたままですし。先生が少なくなってきていたり、生徒数が増えてきていたり、そのうえさまざまな学習障害と診断される子どもが(これは昔ならスルーされていた部分をあえて診断してみたらかなりの確率でなにかに当てはまってしまう、という面もあると思いますが)どんどん増えていたりと、課題はたくさんあると思います。

H:スウェーデンでは教師に対する尊敬心の薄さが問題になっていて、日本人の私からするとたしかにびっくりすることも多いのですが、そのあたりはどうですか?

S:フィンランドの先生はまだ尊敬されているといいますが、それもだんだん落ちてきているんじゃないでしょうか。体罰はもってのほか、法律で禁止されていますから、デコピンでも犯罪です。逆に子どもがそれを利用して脅したり、という話を聞きますね。

H:ああ、そのへんは同じですねえ。

 

「スウェーデン系フィンランド人」の話

 

H:たいへん失礼な話ですが、フィンランドがおしゃれでかわいいと日本で人気なんだ、という話をスウェーデンですると、「ええっ? どうしてフィンランド?」と不思議がられます。マリメッコとか、ムーミンとか、というふうに話をもっていくと「ああ……でもムーミンはスウェーデン語で書かれたんだよ」って絶対言います(笑)。

S:まあたしかに。あまり知られていない事実かもしれませんが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンは、スウェーデン語系フィンランド人で、母親がスウェーデン人でしたし、スウェーデン語で作品を書いたんですよね。

H:フィンランドフィンランド語とスウェーデン語が公用語ですが、実際にスウェーデン語が使われる場面というのはあるんでしょうか? 西部のごく一部にスウェーデン系が多く、そういうところでは2か国語表記を採用しているけれど、あとは基本的にフィンランド語のみ、というのが私の漠然とした理解なのですが。あ、あと、ヘルシンキも2か国語表記が多くて、旅行したときはかなり助かりました。

S:そのとおりです。西岸のいくつかの町、首都圏周辺の町には、スウェーデン語系の人が多いところがありますが、完全にスウェーデン語しか話さないという人はほとんどいなくなっているのではないでしょうか。さきほどもちらっと話に出ましたが、スウェーデン系フィンランド人の割合は5%程度で、その他の外国人と同じ割合になってしまいました。

 

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フィンランド南西の町、トゥルクにて。通りの名前もフィンランド語とスウェーデン語、両方あります。上がフィンランド語、下がスウェーデン語。ちなみにこれの意味は「城通り」、その名のとおり、中心街からトゥルク城へと続く道です。

 

H:それでも、学校ではスウェーデン語が必修なんですよね。

S:小学校3年生から外国語1として選択可能ですが、そこでは圧倒的に英語を選ぶ人が多いです。スウェーデン語は、義務教育のあいだに必ずどこかでやることになっていて、ふつうは7年生(中1)で外国語2として履修しますね。中学では3年間やることになります。高校でも必須科目ではありますが、高校卒業資格試験では必須ではなくなりました。

H:なるほど、中1から学ぶ人がほとんどで、しかもあまりモチベーションが上がらないなんて、まさに日本の英語教育みたいですねえ。学校でスウェーデン語を習う件に関して、不要論が出てきている、と聞きました。また、そもそもスウェーデン語に対する反感が強くなってきていて、スウェーデン語を話す有名人が脅迫されたこともある、という記事を最近読みました。このあたりの現状を教えていただけますか?

S:右翼の人たち以外は、反感までは行っていないと思いますよ。そこまでの嫌悪感を耳にすることはありませんので、ご心配なく……

H:じゃあ、脅迫云々は極端なケースなのかな。

S:でも、スウェーデン語を必修ではなく選択制にしようという提案が出されていることは事実です。ただ、スウェーデン語の利点は、スウェーデン語ができればノルウェーでもデンマークでも通じるし、デンマーク語が必修なアイスランドともコミュニケーションがとれる、ということで、北欧の一国としてのアイデンティティーにもかかわっているんじゃないですかね。

H:でも、実際のところ、コミュニケーションは英語じゃないですか? 私はスウェーデン人とデンマーク人に接する機会が多いですが、彼らのあいだでは、しばらくはそれぞれの母国語で会話しているけど、込み入った話になってきて理解が難しくなったら、いつのまにか英語に切り替わってます。

S:なるほどね。そうですよね。私もスウェーデンに通訳で行くと全部英語で済んでしまいます、みなさん英語が上手なので(笑)。

H:以前、ヘルシンキに行ったとき、さきほども言ったとおり街の標識などはスウェーデン語も併記されていていっさい困らなかったのですが、ふと、スウェーデン語で話しかけたらどのくらい通じるんだろう、通じたとしても「やな感じ」って反感を買ったりするんだろうか、と悩みました。まあ、でも、英語が問題なく通じるので、結局3秒ぐらいしか悩まなかったんですが(笑)。考えてみると、フィンランド語は英語に近いわけではないのに、フィンランド人はみんな流暢に英語を話せて、すごいですよね。

S:ほとんどのテレビ番組が吹き替えではなく、字幕で見ているからだと思いますよ。昔は子ども番組でもそうでした。いまは子ども向けの番組なら吹き替えにすることも多いですが。あと、最近の男の子はかなりの確率でゲームをやるので、それで英語を覚えることが多いみたいですね。

H:そんな中で、もしスウェーデン語でフィンランドの方に話しかけたら、反感までは抱かれないけど、苦手意識があるからあまり話してはくださらない、という感じですかね。

 スウェーデン系住民は旧支配階級だから、お金持ちのイメージがある、と聞いたことがありますが、ほんとうでしょうか。

S:たしかに、旧支配階級に繋がる家柄のスウェーデン系フィンランド人が、富をいまだに独占している、というイメージは多少ありますね。実際、一部にとんでもないお金持ちがいるのはほんとうですよ。いまでもヘルシンキのお金持ちスウェーデン系社会では、たとえば事業で失敗すると、フィンランドのスウェーデン系社会が小さすぎるので、しばらくほとぼりが冷めるまでスウェーデンに留学したり転職したり、っていうことがありますね。あと、かわいい女の子が「私、同じスウェーデン語系の、ある程度余裕がある家柄の人としか結婚しないわ」とか言ったり。

H:うわー、いまだにそんなことが。

 さきほど少し話に出ましたが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンの評伝を読んだところ、スウェーデン系の芸術家は主にスウェーデン系どうしで付き合うことが多かったようで、驚きました。そういう描写があったのは主に戦前の話だったと思いますが、ひょっとして、スウェーデン系とフィンランド系とのあいだには、いまでもそんな壁があったりするのでしょうか。

S:そうなんです、戦時中あたりだと壁はかなりありました。いまはそれほどではないですし、フィンランド系とスウェーデン系のカップルなんかもたくさんいますけどね。

 そのトーベ・ヤンソンの評伝にも、トーベの弟ラルスが鬱になって、友だちと「ヨット」で逃亡しようとした、というエピソードが出てきます。が、当時困窮していた、とくに労働者階級のフィンランド人の家庭では、ヨットなんて見たこともない家がほとんどだったわけですよ。トーベの両親ともに芸術家で収入は少なかったかもしれませんが、それでもヤンソン家はお手伝いさんも雇えていたわけですし、保守派、ブルジョワ系の考え方は脈々とありますね。そんな中で、トーベは左翼の人とばかりお付き合いすることになって、お父さんは苦虫噛みつぶしていたことでしょうね(笑)。

H:あと、トーベ・ヤンソンの評伝では、彼女がスウェーデン語で作品を書いていたので、フィンランド語に訳されるまでに時間がかかった、という話もあって、これも驚きました。フィンランドにはスウェーデン語で作品を書いているスウェーデン系の作家がけっこういますよね。でも、彼らの作品がフィンランド語に訳されることは稀なのでしょうか。

S:スウェーデン系フィンランド人の作家の作品は、スウェーデン市場向けにスウェーデン語で出版しているシルツ&セーデシュトレムス(Schildts & Söderströms)という出版社があって、フィンランド語の翻訳版もそこが出版しています。この出版社も、トーベ・ヤンソンやトーベの最初の女性の恋人ヴィヴェカたちと付き合いのあった人々がやっていた会社です。夏にヨットでクルーズに行ったりね(また出た、ヨット!)。スウェーデン語系、みんなつながっている感じですね。スウェーデン語も読めるフィンランド人がそれらの作品を読んで、これはフィンランド語の市場でも行ける、と判断されると、フィンランド語にも翻訳される、というプロセスだと思います。最近だと、チェル・ウェスト(Kjell Westö、フィンランド語読み)なんかがその例ですね。サスペンス系の作品も書いている作家ですが。

H:シェル・ヴェストー(スウェーデン語読み)はスウェーデンでも人気があって、最新作は権威のある文学賞、アウグスト賞にノミネートされたり、スウェーデン公営ラジオが主催する小説賞を獲得したりしていますね。

 はじめにお話したとおり、フィンランドのミステリーは残念ながらあまりスウェーデン語に訳されていないんですが、逆にスウェーデンのミステリーはフィンランドでたくさん見かけますか?

S:ヘニング・マンケルは人気ですね。マルティン・ベック』シリーズもいまだに人気がありますし、『ミレニアム』シリーズはもちろん売れました。ほかにはオーサ・ラーソン、マリー・ユングステット、カミラ・レックバリ、アンナ・ヤンソンなどをよく見かけます。あっ、女性ばかりでしたね。男性だと、オーケ・エドヴァルドソンなどでしょうか。美穂さんが翻訳されたケプレル、ルースルンド&ヘルストレムも人気ですよ! ノルウェーのジョー・ネスボも人気ありますね。翻訳もの自体、けっこう多いです。英米の作品もね。

H:やっぱり有名どころはひととおりそろっていますねえ。スウェーデン、フィンランドの作品の紹介、もっと頑張ろうよ、と言いたいです……

 

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フィンランド西岸の町、トゥルクの書店にて。ペーパーバックコーナーにはミステリーがずらり。ダン・ブラウンスティーヴン・キングなどに加えて、スウェーデンものもちらほら。前回セルボさんに挙げていただいた、レイヨ・マキ(Reijo Mäki)も目立っています。あっ、『三秒間の死角』も発見。フィンランド語のタイトルが『コルメ・セクンティア』……(前回の冒頭、フィンランド語についての話をご参照ください)

 

フィンランドの好きなところ・嫌いなところ

 

H:北欧の中でもこれがフィンランド独特、と言えることって、なにかあるでしょうか。私にとっては、フィンランドというと真っ先にイメージするのは、サウナ大好き、っていうことですが。

S:たしかに、サウナはほかの北欧諸国ではそこまで盛り上がらないですよねえ。戦争しても設営ですぐサウナ作りますからね、フィンランド人は。海外のオフィス拠点にもサウナ作ります、絶対に。フィンエア―の新社屋屋上にも立派なサウナがあります(笑)。

H:やっぱり……日本人にとってのお風呂みたいなものですかねえ。こちらにいると、日本人の友だちには「家探しをするときの必須条件はバスタブがあること」という人が多くて、うっすらと同胞感を抱きます(笑)。(付記:ちなみにセルボさんのご自宅にもちゃんとサウナがあり、おお、やはり……と感嘆したことをご報告させていただきます。)

S:あと、コーヒーとアイスクリームの一人当たり消費量も世界一だったような。うろ覚えですが。

H:北欧ってどこもコーヒー派ですよね。

 フィンランドフィンランド人に初めて接したとき、驚いたことってありますか? いまでも驚くこと、慣れないこと、とか。

S:シャイなことでしょうか。私がフィンランドに来てから13年経って、フィンランド人もだいぶ外国人慣れしてきたと思いますが、昔は英語でしゃべるのも恥ずかしがる人が多かったですよ。

H:はっきり言って「フィンランドのここが嫌い」と思うところはありますか?

S:やっぱりここもアルコールですかねえ(笑)。週末にドカ飲みして前後不覚になる無礼講さとか、お酒を強要してくるところとか、いやですね。あと、煙草のポイ捨ても。

H:もうすっかり「フィンランド=アルコール」の図式が脳に刻み込まれました……(笑)。逆に「ここが好き」とアピールしたいところは?

S:朴訥で、素朴で、派手さはないですが、二枚舌とか本音と建前とかいったこともなく、真っ向からぶち当たってくれるところ。頼れる、信じられる人たちだと思います。

 

H:今回はほんとうにありがとうございました。フィンランドについては知らないことだらけだったので、とっても勉強になりました。

S:こちらこそ。スウェーデンのこともいろいろわかって面白かったです。前から思っていたんだけど、スウェーデン語もできるといろいろと便利なので、勉強しようかな。

H:やりましょう!! で、ミステリーの翻訳をするのです!(笑) あっ、その前に、フィンランドの作品をぜひもっと紹介していただかなければなりませんね。期待してます!

 

****

 

 実ははるか昔、中学生のころに、フィンランド語は猫の言葉』という本を読んで以来、フィンランドは気になる国のひとつでありつづけていました。思えば外国(しかもマイナーな国)やその言葉に興味をもつようになったのは、あの本の影響も大きかったかもしれません。いまでもよく覚えている本です。

 激動の現代史を生き抜いてきたフィンランドは、言葉の問題もあり、その豊かな文学がなかなか外国に紹介されにくい国ですが、今年は大きな飛躍のチャンスになるのではないかと期待しています。

 

 今回、北欧各国についてお話をうかがって、思ったこと……

「なんか、スウェーデン、けっこう嫌われてる?」

 あっ、いやいや、そんなことはないですね。ごくあたりまえのことの再確認ですが、北欧の国々は似ているところがたくさんあり、基本的な価値観は共有している、それでいてどの国にも独自の個性がある、とあらためて実感しました。昔はいろいろあったのにいまは平和で、ときにライバル心をむき出しにし、ときにはジョークで笑い合いながら、仲良く共存している姿を見ていると、世界中がこうなれたらどんなにいいだろう、と思いもします。

 どの国の記事でも、話はミステリーからだいぶ脱線してしまっていますが、連載の最初にも書いたとおり、私たち個人の視点から見た北欧社会のようすを少しでも感じとっていただき、本を読むときの楽しみが増えたと思っていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

 逆に、北欧に興味があってこれらの記事にたどり着いた方々がもしいらっしゃったら、ぜひ一度、ミステリーを手に取ってみていただきたいと思います。ミステリーは「社会を映す鏡」であり、とくに北欧のミステリーは意識的にそういう方向をめざしてきたのが大きな特徴です。読んでみると新たな発見があると思いますし、なにより難しいこと抜きにして面白い作品がたくさんありますよ。

 それでは5回にわたり、長々と失礼いたしました。

 ありがとうございました!〜 Tack så mycket! (SWE) - Mange tak! (DEN) - Tusen takk! (NOR) - Kiitos paljon! (FIN) 〜

 

セルボ貴子さん プロフィール

 2001年よりフィンランド西岸のポリ在住。英語、フィンランド語の通訳・翻訳、フィンランドに関する執筆などで活躍。目下、初の書籍共訳の最終段階にあり。共著書に『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社

ウェブサイト:http://wa-connection.net

Twittertwitter.com/takakosuomessa

ブログ:http://japani.exblog.jp

 

ヘレンハルメ美穂。スウェーデン語翻訳者。最近の訳書は、ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』、セーデルベリ『アンダルシアの友』など。スウェーデン南部・マルメ近郊在住。ツイッターアカウントは@miho_hh

 

粛清

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Lang: A Novel of Suspense

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フィンランド語は猫の言葉

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住んでみてわかった 本当のフィンランド

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背後の足音 上 (創元推理文庫)

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背後の足音 下 (創元推理文庫)

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■月替わり翻訳者エッセイ バックナンバー

2014-06-23

ほっこりしない北欧案内(執筆者・ヘレンハルメ美穂)

 

(4)フィンランド編・前半

 

 お次はスウェーデンの東の隣国、フィンランドです。とはいえ、前回のノルウェー編でも話に出たとおり、スカンジナビア三国の言葉とフィンランド語はまったく系統のちがう言葉ということもあって、スウェーデンは隣国なのにあまり情報が入ってこないのです。なかなかいい作家がいるという噂は耳にするのに、スウェーデン語に訳されているミステリー作品がどう考えても少ない。調べてみたところ、なぜかドイツではけっこう訳されているのに……

 これはぜひともフィンランド語のできる方、できればフィンランド在住の方にお話をうかがわなければ、と考えていたところ、フィンランド語の翻訳や通訳を手がけていらっしゃるセルボ貴子さんと知り合う機会を得ました。ここぞとばかりにすがりつき、しがみつき、図々しくもフィンランド西岸・ポリのご自宅まで押しかけて、話が尽きず午前1時過ぎまでセルボさんを夜更かしさせる大迷惑ぶりを発揮しながら、お話をうかがってきました。

 折しも今年のフランクフルト・ブックフェアのゲスト国はフィンランド。今年はムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの生誕100周年にもあたっています。来るにちがいない、いや、すでに来つつあるのかもしれないフィンランド・ブームを、ご一緒に先取りいたしましょう。

 

フィンランド語は宇宙の言葉!?

 

ヘレンハルメ(H):フィンランドのミステリーなんですが、どんな作家がいるかあらかじめお伺いして、何人か教えていただきましたよね。フランクフルト・ブックフェアに向けて翻訳が進んでいる作家の名前も挙げていただきました。でも調べてみたら、この中で作品がスウェーデン語に訳されている作家って意外と少ないんですよ。隣国だし、歴史的なつながりもかなりあるのに……ドイツ語訳は多いんです、なぜか。

セルボ貴子さん(S):そうですよね。ドイツ人は北欧のミステリーが好きみたいで、ドイツ語には豊富に訳されています。フィンランドは歴史的に親ドイツの傾向があるので、それも関係しているかもしれませんね。つねに脅威であるロシアに対抗するため、ドイツと手を結んで、第二次大戦は敗戦国となりました。

H:20世紀のフィンランドの歴史はまさに激動ですよね……そのへんもあとでじっくりうかがいたいのですが、まずはフィンランドの人気ミステリー作家についてうかがわせてください。ぱっと思い浮かぶ名前は?

S:イルッカ・レメス(Ilkka Remes)、レイヨ・マキ(Reijo Mäki)、レーナ・レヘトライネン(Leena Lehtolainen)、ハッリ・ニュカネン(Harri Nykänen)、セッポ・ヨキネン(Seppo jokinen)、マッティ・ロンカ(Matti Rönkä)、マルック・ロッポネン(Markku Ropponen)、ユハ・ヌンミネン(Juha Numminen)、ピルッコ・アルヒッパ(Pirkko Arhippa)、エーヴァ・テンフネン(Eeva Tenhunen)あたりでしょうか。このへんは、よく人気サスペンス・ミステリー小説リストに載っていて、書店でもいい位置にある作家たちです。あと、オウティ・パッカネン(Outi Pakkanen)は少し昔の人ですが、とてもいい本を書くと通の知人がおすすめしていました。私はこの中で読んだのは5人で、全部はまだ手が出せていないんですが……あと最近の人ではアンッティ・トゥオマイネン(Antti Tuomainen)が人気が出てきているとか。

H:おお、馴染みのないフィンランドの名前がたくさん……北欧ミステリーの登場人物の名前が覚えにくいとおっしゃる読者の気持ちが、いまわかった気がします(笑)。

S:フィンランド語は、スウェーデン語やノルウェー語のようなスカンジナビアの言葉とは、まったく系統がちがいますもんね。むしろハンガリー語エストニア語と親戚です。

H:それもあって、スウェーデン語への翻訳があまり進まないのかな、と思います。

S:フィンランドは19世紀初めまでスウェーデンの属国で、いまもスウェーデン系フィンランド人がいますし、スウェーデン語も公用語で、みんな学校で習いますから、スウェーデン語ができる人は多いです。けど、逆はあまりないんでしょうね。

H:ほんとうに全然ちがう言語なので、フィンランドに来たとたん、さっぱり見当もつかなくなるんですよ。たとえば数字ひとつとっても、スウェーデン語はエン(1)、トゥヴォー(2)、トレー(3)と英語に似ていてわかりやすいんですが、フィンランド語はユクシ(1)、カクシ(2)、コルメ(3)って……初めて聞いたときはびっくりしました。「どこの宇宙語!?」って。自分に馴染みがないからって宇宙語扱いするのは失礼きわまりないとわかってはいるのですが……正直、ほんとうにそういう感じでした。とにかくフィンランド語はすごく難しいイメージがあります。

S:発音は、母音が多いので、日本人にはとっつきやすいと思いますよ。ただ、格変化が30近くあって。in TokyoがTokiossa、from TokyoがTokiosta、等々。単数か複数かによってもまた変わるので、とっても面倒です。

H:聞いただけで目眩が……

S:フィンランド語でひとつ、面白いと思うのは、「彼」「彼女」がないことですね。どっちも「Hän(ハン)」で、性別の区別がなく、名前を見ないとわかりませんし、名前がなければ文脈で判断するしかありません。日本語みたいな女性言葉や男性言葉もあんまりないので、そこからの判断も難しいです。

H:それはすごい。スウェーデン語も性別による言葉遣いのちがいや敬語がほとんどなくて、セリフから年齢や性別を判断しにくい言語だと思うのですが、小説の登場人物なら「彼」か「彼女」かははっきりしているから、さすがに男性か女性かわからないというのはめったにないですね。

 フィンランド語はどうやって勉強されたんですか?

S:13年前にフィンランドに引っ越してきたんですが、その年に、職業安定所経由で受けられるフィンランド語コースに3か月通いました。無職の場合に受けられる無料の語学コースで、補助金も出るんです。ロシア人にまじって勉強しましたね。あとは、なんというか、多文化センター、というふうに呼ばれているところで、語学コースを安い授業料で受けられます。そこに行ったり、夫の伝手で家庭教師を頼んだり。大都市なら、大学の夜間コースに行く人も多いですけどね。

 2年目に翻訳(英日)で知人の産休のあいだの仕事を引き受けるために起業しまして、出産や子育てでばたばたしたりもしていたのですが、そのあいだも新聞やテレビで勉強したり、フィンランドの文豪、ミカ・ワルタリの小説を音読してもらって書き取りしたり……そうそう、ワルタリが書いたミステリー『パルム警部(Komisario Palmu)』シリーズ、私にとってはフィンランド語で読んだ2冊目の本がこのシリーズのものだったんですが(フィンランドに来て2年目の話です)、これはフィンランド・ミステリーの古典と言っていいと思いますよ。

H:ミステリーに話を戻してくださってありがとうございます(笑)。

 

ミカ・ワルタリ『パルム警部』シリーズ

 

H:ワルタリは私、不勉強きわまりないことに全然知らなかったんですが、教えていただいて調べたら、フィンランドの代表的な作家ですね。あっ、ミカという名前ですが、男性ですよね。

S:そうです、ミカはミカエルの略なんです。で、アキはホアキム(Joakim)の略称なんですよ! よく日本人にアキやミカって女性みたいと言われますが!(って、もろに映画監督カウリスマキ兄弟の名前ですが……)

H:ああ、そうなんですか! それは知らなかった。ミカ・ワルタリは、ミステリーだけでなく、いろいろなジャンルで書いていたみたいですね。

S:歴史小説が有名です。夫は「フィンランド吉川英治」と呼んでいます(笑)。いちばん有名なのは、古代エジプトを舞台にした歴史小説『エジプト人(Sinuhe egyptiläinen)』、本人も最高傑作と言ったそうで、邦訳も過去に出ています。すごく面白いですよ。『パルム警部』シリーズの3冊も有名で、フィンランド・ミステリーの原点と言っていいのではないかと思います。若者は知らないかもしれませんが、中年以降ならみんな知っていますね。1960年代に映画化されて、見ている人が多いですし。この映画化がとにかくすばらしくて、もう本と映画が結びついているというか、切り離しては考えにくい状態です。1作目の映画化作品は、フィンランドの映画史に残る傑作です。ファンがたくさんいて、パルム警部シリーズのロケ地をまわったりするんですよ。

H:映画化が1960年代ということは、小説はそれよりも古いんですね。

S:3冊で完結しているんですが、1作目『スクロフ夫人を殺したのはだれか?(Kuka murhasi Rouva Skrofin?)』が1939年、2作目『パルム警部の誤算(Komisario Palmun erehdys)』が1940年、3作目『(仮)星の定めですよ、パルム警部(Tähdet kertovat, komisario Palmu)』が1962年。映画は1960年、61年、62年です。そのあとに、ワルタリが書いたのではありませんが、映画だけの4作目が69年に作られています。

 

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ミカ・ワルタリ『パルム警部』シリーズ。右の2冊は生誕100周年だった2008年に合わせて発売されたもので、新装丁は映画をイメージさせるデザインになっています。

 

H:実際、どんなシリーズなんですか? パルム警部というのはどんな人物なんでしょう。一匹狼系とか、冴えないおじさん系とか、いろいろあると思いますが。

S:冴えないおじさん系です(笑)。叩き上げ系というか。古ぼけたコートを着ているのが、ちょっと刑事コロンボのような。独身ですけどね。(なので「うちのカミさんがね……」はありません。)古典的な探偵をモデルとしていて、パルム警部の捜査を部下の「私」が記録しているという設定は、シャーロック・ホームズっぽいかも。イギリス風の山高帽をつねにかぶっているところは、ポワロやメグレ警視のようでもあります。頑固で、自分の古いやりかたに固執していて、若者に困惑していて、葉巻とコニャックが大好き、学歴コンプレックスがあり、独学でラテン語など学んでいて、音痴で本人もそれを気にしている、というキャラクターです。

H:それはたしかに愛着の湧きそうな主人公ですね。

S:完璧じゃないところが読者の同情を誘いますね。歌が下手だったり、若者のことがわからなかったり。弱きを助け、強きをくじく、人情派なところもあります。

 内容としては、地道な警察捜査と、パルム警部が発揮するポワロのようなひらめきの組み合わせで、1作目と2作目は典型的なフーダニットの作品です。社会の暗部を描いた、現代のどんより社会派ミステリーに比べると、まるで時代劇のようで、安心して読めるというか、ほっとする作品ですね。

 3作目は、映画監督がワルタリに執筆してほしいと頼んで、映画のために生まれた作品なんです。1960年代当時の若者文化(革ジャン着てチューインガム噛んでふらふらしてる不良たち。心根は善いのですが)に、古い時代の昔ながらの刑事がぶつかることによる、衝突や困惑なども描かれています。若い部下のほうが階級が上がって、パルム警部が追い越されたりもします。パルム警部は古いやりかたに固執しつつ、謎はきちんと解くんですよね。若く生意気な部下と衝突しながらも、かわいがったり。最初の2冊のほうがフィンランドでは評価が高いと思いますが、これもなかなかです。

H:とっても読んでみたくなりました!

 パルム警部以外で、だれでも知っているミステリーの主人公というと、ほかにだれかいるでしょうか?

S:ハルユンパー刑事シリーズでしょうか。作者であるマッティ・ウルヤナ・ヨエンスー(Matti Yrjänä Joensuu)は、2011年に他界したのですが。ベストセラーになるだけでなく、テレビドラマシリーズにもなると、やはり強いですよね。かなり暗い内容ですけど……

H:ヨエンスーはスウェーデンでも知られているほうかもしれません。スウェーデン推理作家アカデミーのマルティン・ベック賞(翻訳ミステリー賞)をとってますね。1980年代の話ですが。

 

レヘトライネン、トンプソン、『白雪姫』三部作

 

H:さきほど、ミステリー作家の名前をたくさん挙げてくださったんですが、私、あの中ではレーナ・レヘトライネンしかよく知らなくて、いま焦りの気持ちでいっぱいです。あとはマッティ・ロンカやアンッティ・トゥオマイネンも書店で見かけますが、そのくらいでしょうか。日本ではレヘトライネンが訳されているほか、フィンランド在住のアメリカ人、ジェイムズ・トンプソンが高く評価されているようです。フィンランドでも彼らは有名ですか? 作品、お読みになったことあります?

S:はい、両方とも読んでいます。トンプソンは外国人で、現地人の配偶者がいるところは、私たちと同じですね。英米圏の読者に向けて英語で書かれているので、住んでいる人にはあたりまえのことがたくさん説明されています。移民に対する感情とか、ラップランドの過疎地の雰囲気とか、フィンランドメーデー前後の飲んだくれカルチャーとか、社会福祉の制度についても……ですので、ある意味、フィンランド・ミステリーの入門編として最適かもしれません。

H:そういう説明があるからこそ、国際的に受け入れられた面もあるでしょうね。もちろん、もともと英語で書かれているという言葉の利も大きいと思いますが。

S:私自身は、1作目はそういう説明的なところがくどいと思ってしまいましたが、2作目からは引き込まれました。時事問題が反映されているのも興味深いですし(2000年代以降の右翼政党の台頭を描いていたり、大富豪の娘さんが誘拐された実際の事件を利用していたり)、メーデーで飲んだくれている話とか、とっても身近で面白いです。

H:フィンランド語訳も出ているんですか?

S:カリ・ヴァーラ警部シリーズはジム・トンプソン(Jim Thompson)の名で3作目までがフィンランド語訳で出ています。どうしてでしょうね、同姓同名のレーサーとか格闘家とかいるからでしょうか。でも、Jim Thompsonの同姓同名の推理小説作家もいるんですよね、50年ぐらい前に活躍した人ですが。なにはともあれ、現代のジェイムズ・トンプソンの人気はそれなりにありますが、ベストセラーのトップ10には入っていないかな。トップ10に入るのはフィンランドの作家のものですね。

 レヘトライネンはちょうど最近50歳を迎えたということで、新聞にインタビューが載っていましたが、とても幅広く活動している人です。長く続いたマリア・カッリオのシリーズは、女性のキャリアという観点からも楽しめますし、新しいシリーズも出ています。脚本も手掛けていて、今年秋に出る新作は、とある有名な画家の評伝の戯曲化だそうです。本人が思うところの自分がほんとうなのか、それともメディアや周囲が作り上げるものがほんとうなのか、ということに焦点をあてたものだそうで、刊行されたらすぐに読みたいと思っています。

H:レヘトライネンはミステリーだけでなく、いろいろな分野で活躍しているんですね。北欧ってそういうケースが多いような気がします。貴子さん一押しのミステリー作家っていますか? フィンランドのミステリーに興味のある人がいたら、どの作家、または作品を勧めますか?

S:ワルタリの『パルム警部』シリーズは当然ですが、現代のものでしたら、レヘトライネンは外せませんね。あとは、30代前半で筆も乗っているサッラ・シムッカ(Salla Simukka)が、今後もいいものを出してくれるのではないかと思います。ヤングアダルト・ミステリーの『白雪姫』三部作(Lumikki-trilogia)が大人気で、数十か国に版権が売れているんですよ。三部作の結末がこの3月に出たばかりで、全部読みました。主人公が、高校生なんですが、宣伝文句が「フィンランドのリスベット・サランデル」です。

H:フィンランドのサランデル……それはどういう意味で?

S:個性的で、頭脳明晰、護身術を習っていて強いんですよね。高校生としては、まあリアリティーのある設定だと思います。過去にいじめられていたことがあって、ものすごくひどいことをされていたりもします。そのせいで、一匹狼としてあまり人と関わらず、ひとり暮らしをしていて、演劇専門の高校に通っているんですが、そこで事件に巻き込まれる、という話です。いろいろな童話をモチーフにした物語になっています。主人公のお父さんがスウェーデン系フィンランド人という設定で、昔の童謡がスウェーデン語で出てきたりしますよ。

H:これも面白そうです……1作目のスウェーデン語版が出るのは今年の秋の予定だそうです。待ち遠しい……

 

フィンランドの歴史

 

H:そもそもミステリーというジャンルの人気は、フィンランドではどうなんでしょう。スカンジナビア三国ではどこでも人気ジャンルのようなんですが。

S:人気ありますよ。ちょうどいまごろ、夏休み前によく売れるみたいですね。

H:ああ、やっぱり。イースターとか、夏とか、長い休暇の前にミステリーをたくさん売ろうというキャンペーンが張られていることが多いですよね。北欧って冬が長いから、冬の夜長に読書しているんだろうと昔は思っていましたが、実は冬ってけっこう忙しくて、日常に追われているから、夏の休暇でゆっくりできるときにまとめて読書、という人が多いように見えます。

S:本が売れる時期といえば、あとは父の日やクリスマスなど、プレゼントとして本を買う時期ですね。父の日やクリスマス商戦を見込んで秋にキャンペーンを張っているのもよく見かけます。フィンランドは、スウェーデンもそうですが、父の日が11月なので。

H:おっしゃるとおりですね。クリスマスはまだわかりますが、父の日のプレゼントとしてもミステリーが人気なんですね。

S:あとクリスマスシーズンや父の日シーズンに人気があるのは、フィンランド独立に関する歴史もの、戦争もののハードカバーです。30〜40ユーロして、自分で買うには高いけど、プレゼントとしては買いやすい、と言えばわかりやすいでしょうか。歴史オタクがごろごろいます(笑)。兵役があって軍隊経験のある人が多いから、身近っていうのもあるのかな。フィンランド内戦、冬戦争、継続戦争あたりについての本は、毎年飽きずに新しいものが出ますね。内戦はいまだに引きずっている家庭も多くて、同じ一族に赤衛軍、白衛軍が両方いたりすると、もうこれはちょっとしたタブーですが、みな内部に抱えるものを解決したいという気持ちはあるので、こうして途絶えることなく本が出るのだろうと思います。

H:なるほど……歴史の話、ちょっと聞かせていただけますか。すごく端折った流れとしては「スウェーデンの支配→ロシアの支配→独立→内戦→第二次大戦、ソ連に侵攻されて孤軍奮闘→ドイツと手を組んでしまう→ドイツを追い出そうとするもラップランドを焼き払われて大変→敗戦国扱いに→でも驚異の復興」と理解してるんですが、まちがってないでしょうか。ぜひ補足してください。

S:そうですね、もう少し詳しく(笑)フィンランドは12世紀から19世紀まで、ずっとスウェーデンの一部だったんですよね。ところが19世紀初頭、スウェーデンとロシアの戦争でスウェーデンが負けて、フィンランドはロシアの自治領みたいな扱いになりました。

H:ロシア時代は、フィンランド語が公用語になったりと、スウェーデン時代に比べてけっこう自由が認められたので、フィンランド文化が大きくクローズアップされはじめた時代ですよね。

S:で、1917年、ロシア革命に乗じて独立しました。ところがソビエト連邦に参加したい「赤衛軍」と、非共産主義の保守派「白衛軍」とのあいだで内戦が勃発。1918年のことです。ドイツやスウェーデンの支援を受けた白衛軍のほうが勝ちました。その後、第二次大戦のときには、ソ連に侵攻されて、いわゆる「冬戦争」が始まりました。1939年から1940年にかけての冬ですね。ソ連という大国を相手に、圧倒的少人数だったにもかかわらず、「一寸の虫にも五分の魂」的な底力を発揮して、独立を守り切りました。

H:フィンランド孤軍奮闘・ど根性伝説ですよね! でも、結局、ソ連へのカレリア地方割譲という結果になってしまったわけですが。

S:周辺国は自国の戦争で手一杯だったり、ソ連やドイツとの開戦が怖かったりで、ほとんどフィンランドを助けてくれなかったんですよね。で、フィンランドはドイツに接近する道を選びました。1941年、ドイツのソ連侵攻にともなってフィンランドもソ連に宣戦布告。いわゆる「継続戦争」です。

H:ここでも独立を守り切ったんですよね。ほんとうに根性あるなと思います。

S:この戦争のせいで、第二次大戦ではドイツや日本と同じ「枢軸国」のひとつとみなされ、敗戦国扱いで終戦を迎えました。フィンランドはソ連の一部になることはなく、共産主義国にもならなかったけれど、戦後はソ連にへこへこして(当時のケッコネン大統領がそれはもう涙ぐましい努力で)、しかも戦争賠償金を払いつづけ、なんとか平和を守り抜きました。そのため長いこと、冷戦終わり近くまで、非共産国なのに事実上、東側陣営の一部とみなされていたんです。そのイメージの払拭に一生懸命だった時期もありますね。北欧理事会に加盟したり、EUに加盟したりして、そういうイメージも薄れてきましたが、ロシアが怖くていまだにNATOにも入っていません。ただウクライナ情勢で少し空気は変わりつつあるかもしれませんね。

H:そういう歴史があると、ぶっちゃけスウェーデンのこと、けっこう嫌いなんじゃないかと想像するんですが、どうなんでしょう。昔は支配されていたし、戦争のときには助けてもらえないしで。

S:たしかに、スウェーデンに対しては歴史的に複雑な感情を持ってますね。ロシアよりは近しい存在ですよ! でも、学校でスウェーデン語が必修で、それに対するいやがりかたが、日本人の英語苦手意識を思い起こさせます。とくに男子がね、けっこういやがってますね。

 でも、嫌いというよりは、「200年もこっちに代理戦争させて自分たちは繁栄してうまいことやりやがって」という、してやられた感が残っているのでは。

H:してやられた感。まあ、たしかにそうですよねえ。スウェーデンがここ200年、一度も戦争することがなく、第二次大戦でも中立を保てたのは、フィンランドがある意味緩衝になってソ連と戦ってくれたから、という面があると思いますし。そのせいで、戦後しばらく経つまで、スウェーデンとフィンランドの経済格差もかなりあったんですよね。冬戦争や継続戦争も、スウェーデンから義勇軍が行った話はスウェーデンでは有名ですが、フィンランドにしてみれば「それだけじゃん!?」じゃないですか? 恨まれててもおかしくなさそう。

S:いやいや、恨みの対象はロシアのほうでしょう。「カレリア地方返せよっ!」っていうね。カレリア地方はフィンランド人の心のふるさとですからね。

 

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フィンランド人のソウルフード「カレリアパイ」。ライ麦のパイにミルク粥のフィリングを入れたもの。日本人にとってのおにぎりに近い。

 

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こんなふうに具を載せて食べました(セルボさん宅にて)。かなりおいしい。フィンランドで多いのは、刻みゆで卵にバターを混ぜたものをトッピングする食べかただそうです。

 

 スウェーデンとのつながりは、やはりかなり強いですから、身近に感じている人も多いですよ。スウェーデンに移住した親戚がいるとか、仕事でよく行くとか。そうそう、スウェーデンの王室のニュースはみんな、それなりに親近感を持って追っているんです。こちらは共和国で王室がないですしね。

H:ほかの北欧の国はどうですか? デンマークやノルウェーでは、フィンランドって、どうも「遠い国」「よく知らない」という感じみたいですが。

S:そうですね、フィンランドでも、あとの国は遠くてそこまでイメージを持つに至っていない気がします。デンマークは1500年代にユトランド半島からフィンランド南岸のトゥルクを攻めたりしていますが、まあ中世の話ですし。デンマークはビールをよく飲むとか、レゴとか……ノルウェーはリッチだとか……その程度じゃないかな。

H:さきほど、フィンランド・ミステリーのドイツ語への翻訳が多いという話で、歴史的にドイツとのつながりが強いと教えていただきましたよね。いまの歴史の説明でもかなりはっきりしたと思うのですが、もしかして北欧というかスカンジナビア諸国よりも、ドイツのほうに親近感があったりするんでしょうか? 北欧で唯一ユーロに加盟しているのも、ひょっとしてそんな背景からだったりしますか?

S:第一次大戦以前からドイツに近い傾向はあったかもしれませんね。ドイツから皇帝を迎え入れようという動きもありました(実現しませんでしたが)。ドイツの軍歌なども、戦時中はたくさん取り入れていましたし。かといって、スカンジナビア諸国より近いとか、そういうことではないと思います。EUやユーロは……寄らば大樹の陰、ですね。スウェーデンはEUに加盟しつつ貨幣は維持、とうまくやっていますよね。

H:スウェーデン、ノルウェー、デンマークと貨幣が全部ちがって、けっこう面倒ですけどね……

 

フィンランド人男性は質実剛健!?

 

H:さきほど、フィンランド人男子がとくにスウェーデン語必修をいやがっている、というお話がありましたけど、それって、フィンランドではスウェーデン人男性がなよなよしていると思われている、と聞いたことがあるのですが、そのせいだったりしますか?

S:そのせい、と言えるかどうかはわかりませんが、なよなよイメージは事実ですよ! スウェーデン人男性に対しては、とてもステレオタイプなイメージがありますね。おしゃれで、なよなよしていて、細い。フィンランド人男性のほうが男らしさを大切にするというか、男はこうあるべきというイメージに縛られているような気がします。

H:そうなんですね。ノルウェーのミステリーの話をしていたときに、男女がかなり平等なので、警察小説を読んでいてもジェンダー差があまり感じられない、という話になって、フィンランドも似たような感じかなと想像していたんですが、どうなんでしょう。

S:そのへんが、フィンランドはまだちょっと保守的でして、軍隊へ志願する女性や女性の警官も増えてはいますが、イメージとしてはやはりまだ男性マッチョ警官が多そうですね。レヘトライネンが書いているシリーズのマリアはまさに、男性たちの中で小柄ながら奮闘する有能な女性警官、というテーマです。まわりの男性たちは、はいそうですか、と簡単に受け入れられるわけではなく、葛藤していますよね。同僚として大事に思いながらも、いざというときになると、やっぱり女だしな、という迷いも出る、という感じで。

H:なるほど。まあスウェーデンでも、女性差別がまったくないわけではありませんし。人の意識というのはそう簡単には変わらないものですよね。女性警官の存在に男性がとまどったり、差別的な感情を抱いたりしている描写というのは、たまに出てきます。でも、やっぱり日本に比べると男女平等はすごく進んでいると思います。逆に言うと、女性だからといって特別扱いされることもありません。レディーファーストなんて、ほとんど体験できませんし、重い荷物の上げ下げを手伝ってくれるのが女性だったり、デートも完全割り勘だったり(笑)。女性たちも強いですし、男はこうあるべき、女はこうあるべき、という意識をとにかく排そうとしている社会だと感じますから、そういう意味でも男性は弱そうに見えるのかもしれませんねえ。

S:フィンランドだと、デートでは男の子が払うべきという雰囲気がまだありますよ。それに、男なら黙って耐えろ、みたいな意識がけっこう強いかも。以前、若者を対象に、暴力をふるわれたことがあるかどうか、などについてアンケートをとった結果を見たことがありますが、女の子は暴力をふるわれたらすぐだれかに報告するのに、男の子はひっぱたかれてもじっと耐えている、という内容でした。とくに女の子にひっぱたかれたら、じっと耐えるのみですね。女子供に手は出せない、みたいな。

 年配の人だと、女性の上司という存在にまだ慣れていない人もいますし、給与の面でも、男性の1ユーロは女性の80セント、という表現があります。日本と比べればかなり平等だと思いますが、まだ障壁は大きいですね。

 

フィンランドの社会問題

 

H:女性に対する暴力や差別というのは、スウェーデンのミステリーでとてもよく扱われるテーマなんですが、フィンランドでも女性差別やレイプ、DV、人身売買・強制売春などが問題としてとりあげられることはありますか?

S:ご存じかもしれませんが、フィンランドの問題はアルコールです。

 スウェーデンやエストニア行きのフェリーで、免税のアルコールを大量に買い込む人がたくさんいて、目を覆いたくなる光景です。アルコール依存による家庭崩壊もたくさんありますね。レイプなども犯罪として当然ありますが、人身売買、強制売春などは、社会問題になるほど話題にはのぼらないですね……

H:アルコール、そんなにひどいんですか? アルコール依存はスウェーデンでももちろん問題ですし、デンマークやドイツでお酒を大量に買っているのもよく見かける光景ですが、いちばんの問題というふうにはとらえられていないと思います。でも、DVとかレイプとか、お酒が引き金になっていることも多いですから、深刻な問題ではありますね。

 それにしても、どうしてフィンランドでアルコールがそれほど問題になるんでしょうね。じっと耐えて感情を抑えがちなメンタリティーによるストレスで、アルコールに走ってしまうんですかね?

S:そういうメンタリティーといえば、フィンランドって学校での銃乱射事件がいくつかあって、すべて男子によるものなのですが、ひとりでずっと悩みを抱え込んでいる、おとなしいタイプの若者たちばかりですね。フィンランド人の男性の、悩みも抱え込んで発散しないというあたりが、こういう事件に結びつくのかなと感じています。溜め込んで溜めこんで、ある日一気に爆発するような。

H:銃乱射事件、何度かありましたよねえ。当時、フィンランドには平和なイメージしかなかったので、衝撃でした。

 ほかに、ミステリーに描かれている社会問題というと、どんなものがあると思いますか? そもそもフィンランドのミステリーって、積極的に社会問題を描こうとするものでしょうか。

S:ええ、フィンランドでも、ミステリーが傑作として評価されるためには社会性が大事ですね。というか、ミステリーにかぎらず、芸術全般に言えることかもしれません。1950年代以降、芸術にも社会性がうるさく(とりわけ左翼の側から)要求されることが多くなりました。文学賞の審査員にも、作者がいかに現代の問題を自分の目を通して掘り下げているか、という視点が、つねに求められているとかいないとか。

 描かれている問題としては、いまなら、移民、格差社会、貧困のスパイラル、ゲイ・レズビアンなど性的指向マイノリティー、などでしょうか。

H:同性愛などのセクシャル・マイノリティーがテーマ、というのは、彼らに対する差別、ということですね?

S:そうです。都会ではそのへん、かなり自由になっていると思いますが、地方に行けば差別はありますね。最近も、ゲイを描いた絵で有名な画家、トム・オブ・フィンランドの絵をモチーフにした記念切手が、この秋に発売されることになったのですが、これに反対する右翼系政党の主導で署名運動が起こる、などということがありました。(付記:どんな切手かはこちらで見られます。)

H:その件はスウェーデンでもニュースになっていました。反対するなんてフィンランドは保守的だなあ、という感じで報じられていたけれど、そもそもこういう切手を発売しようとしているのも同じフィンランドなわけですから、まあ人々の見かたはいろいろということですよね。

S:制度上でも、フィンランドでは同性カップルの教会婚は認められていません。祝福は受けられますが。スウェーデンは同性の教会婚も認められていますよね。

H:そうですね。

S:フィンランドだと、登記所に行って事実婚として登録するのがふつうだと思います。養子縁組も認められています。けど、やっぱりスウェーデンに比べると少し保守的なんじゃないかな。この件に限らず、いろいろとスウェーデンのあとを追いかけている感がありますね。

 

****

 

 次回「フィンランド編・後半」に続きます!

 

セルボ貴子さん プロフィール

 2001年よりフィンランド西岸のポリ在住。英語、フィンランド語の通訳・翻訳、フィンランドに関する執筆などで活躍。目下、初の書籍共訳の最終段階にあり。共著書に『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社

ウェブサイト:http://wa-connection.net

Twittertwitter.com/takakosuomessa

ブログ:http://japani.exblog.jp

 

ヘレンハルメ美穂。スウェーデン語翻訳者。最近の訳書は、ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』、セーデルベリ『アンダルシアの友』など。スウェーデン南部・マルメ近郊在住。ツイッターアカウントは@miho_hh

 

ミイラ医師シヌへ (地球人ライブラリー)

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The Priest of Evil

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To Steal Her Love

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Harjunpaa and the Stone Murders

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雪の女 (創元推理文庫)

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極夜 カーモス (集英社文庫)

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住んでみてわかった 本当のフィンランド

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■月替わり翻訳者エッセイ バックナンバー

2014-06-16

ほっこりしない北欧案内(執筆者・ヘレンハルメ美穂)

 

(3)ノルウェー編・後半

 

 前回「ノルウェー編・前半」の続きです。

 

平等意識の強いノルウェー

 

ヘレンハルメ(H):ちょっと話を戻しますね。もうひとつ、スウェーデンの警察ものを読んでいて思うのは、もともとフラットで平等意識の強い社会なので、階級や年齢などの序列が小説の中でもあまり問題にならない、ということです。ないわけじゃないんだけど、話のメインにはならない。ノルウェーも似たような感じだろうと想像しますが、どうでしょうか。これが日本の警察ものだと、お偉いさんとの軋轢、上層部からの圧力、下っ端がなかなか表立って活躍できない、などといった話がもっとたくさん出てくると思うのですが……

青木さん(A):はい、まさにそのとおりです。ノルウェーは歴史的にスウェーデンよりもさらに平等意識が強いですね。スウェーデンは貴族階級がいましたが、ノルウェーはデンマークやスウェーデンの支配下に置かれ、自国はみんなが農民という意識が育ちました。

 相手が上司であってもファーストネームで呼ぶのが当たり前ですし、思ったことはストレートに発言するのが自然です。ネスボの主人公ハリー・ホーレは、上司を「ボス(Sjef)」と呼んでいますが、行動は破天荒で、上司に遠慮はまったくありませんね。

H:なるほど、歴史的にスウェーデンよりもさらに……というのは考えたことがありませんでしたが、たしかにそうですよね。でも、相手が上司であってもファーストネームで呼ぶことや、部下であろうと、新人であろうと、思ったことははっきり言い、上司も耳を傾ける人が多いことなどは、スウェーデンも基本的には同じだと思います。

A:階級差もそうですし、ジェンダー差が少ないのも北欧ミステリーの特徴ではないでしょうか? 日本では、小説やテレビの世界では女性警官が活躍しますが、現実では女性警官の割合は10%と聞いています。警察の記者会見で、女性警官が話しているのは見た記憶がありません。ノルウェーでは、女性警官が現実に活躍し、そして小説で描かれていても違和感がないです。おそらくスウェーデンもそうですよね。

H:おっしゃるとおりですね。

 

ノルウェーとほかの北欧諸国

 

H:ノルウェー人はスウェーデンにコンプレックスを抱いている、という話がちらっと出ましたけど、ノルウェーとほかの北欧諸国とのちがいや関係について、ちょっと聞いてみたいと思います。ノルウェー人がほかの北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランドアイスランド)について抱いているステレオタイプ的なイメージはありますか?

A:スウェーデンに対しては、愛憎入り混じる感情があると思います。北欧の兄貴的な存在だけど、スノッブで鼻につくというイメージもあり。とにかくつねに意識していますね。でもスウェーデンのほうにはあまり相手にされてないという自覚もあって、新聞に「スウェーデン人はノルウェーの国王の名前すら知らない」という記事が載ったことも。ノルウェーをけなすスウェーデン人のコメントを載せて、自虐的に喜んでる感じです(笑)。

H:喜んでるんですか(笑)。デンマークに対してはどうですか?

A:デンマークは、陽気な国民性、酒の安い国、というイメージ。デンマーク人はスウェーデン人よりノルウェー人の方が好きだ、とノルウェー人は思っています。ノルウェーは14世紀から19世紀までデンマークの支配下にありましたが、ずいぶんとゆるい支配だったので、恨みめいたことを口にする人はだれもいません。明るいデンマーク人のことは大好きで、またデンマーク人もノルウェー人が好きと思っているところがいじらしいですね。でも、この前、デンマーク在住の日本人の方に聞いたら、デンマーク人はあまりノルウェーに興味がないみたいで、ここも片思いか、と思いましたよ(笑)。

H:ノルウェーはスウェーデンにも支配されてた時代がありますよね。

A:そう。19世紀から20世紀初頭にかけてですね。でもそのころは、ノルウェーはかなり独立に向けてスウェーデンに抵抗していたので、同じ支配でも、スウェーデンのことを、特に年配層は「気に入らない」と思っているところがあります。

H:なるほど。加えて、第二次大戦のときに中立国だったスウェーデンは、ナチスドイツとの戦争を回避するため、ドイツに占領されたノルウェーをあまり積極的には助けなかったんですよね。そのことでスウェーデンを恨んでいる面もあるのかもしれない、と想像しますが、どうなんでしょう。とくに年配層は。

A:「恨んでいる」というのはちょっと強すぎる表現かもしれません。うまく立ち回ったと思っている、という感じかな。スウェーデンに関してはほんとうに、愛憎入り混じる感情があると思いますが、それでも「北欧の代表は?」と聞かれると、それはまちがいなくスウェーデンと認識しています。戦後の北欧型福祉モデルを立ち上げたスウェーデンの後を、ずっと追いかけてきたので。産業面においても文化においても「スウェーデンの方が優れている」という認識があると思います。ウィンタースポーツは唯一、うっぷんを晴らせる機会ですが。

H:そうですよね。スキー競技に関しては、スウェーデンはノルウェーにかなわないし、またそういう自覚もあると思います。もう素直に白旗を上げて代わりにノルウェーを応援している感じがしますよ。ノルウェーが不振だと「ざまあみろ」とか口では言うけど、なんだかんだ言ってノルウェーの選手を目で追っているような……

A:あと、スウェーデンの若者の失業率が高くなるにつれて、オスロへ働きに来るスウェーデン人が増えていて、ノルウェー人は「スウェーデン人の方がサービスいいね」と上から目線で褒めています(笑)。カフェ、レストランなどスウェーデン人労働者が多いんですよ。

H: そうですよね。ノルウェーのほうが物価も高いぶん、お給料がいいので、オスロで働いているスウェーデン人はたくさんいますよね。学生の夏バイト先としても人気らしくて、夏はオスロでバイトしてくる、という話をけっこう聞きますし、外食産業だけでなく、医師や看護師がノルウェーへ流出しがち、という話も聞いたことがあります。

 でもそれはノルウェーだけでもなくて、デンマークのコペンハーゲン空港はスウェーデン国境に近いこともあって、お店はスウェーデン人店員だらけですし、アイスランドで乗馬をしたときはガイドさんがスウェーデン人の夏バイト学生で、異国情緒20%減でした。スウェーデン人は自分たちのことを「北欧の出稼ぎ要員」と言いますよ……。

A:そうなんだ(笑)。それでも、やっぱりノルウェー人、スウェーデンに対する憧れはかなりあると思いますよ。さっきも話した、スウェーデン語を使うのがカッコいい、みたいな意識もそうだし、服装やライフスタイルもスウェーデンのほうが洗練されている、とノルウェー人は思っていると思います。

H:洗練……?(笑)

A:実際、ストックホルムに行ったとき、スーツにネクタイの男性が多くて驚きました。ノルウェーではほとんどいないので……。フォーマルで洗練されている、と感じましたね。

H:そうですか……フォーマルですかね? うーん、スーツにネクタイ率、日本に比べたらものすごく低いと思うけど、ストックホルムにはその率が高い界隈もあるのかもしれませんねえ。洗練されているんですかね……?(疑問符多発)

A:スウェーデンに影響されて、温かいランチの習慣もノルウェーに入ってきましたし。

H:温かいランチですか?

A:もともとノルウェー人って、昼食は家から持参した、紙に包んだオープンサンド程度のものですませることの多い、さびしい人たちなんですよ(笑)。それが何年か前から、「スウェーデン人はどうやら温かいランチを食べているらしい」という話が広まりまして。温かいランチ――まあ要するに、きちんと調理された、できたてあつあつの昼食ということですね。それで、お昼休みにデリで食事を調達したり、会社に食堂ができたり、学校の休み時間に外に出て買い食いしたり、という光景がよく見られるようになりました。オスロのような都市部を中心に、一部の学校が有料で給食を出すようになったり。

H:へえ〜、なんかそれちょっと異文化です! スウェーデンではもちろんサンドイッチですませるケースも多いけど、レストランのランチタイムは混雑しますし、学校給食もあるのがふつうですし……。

A:やっぱりスウェーデンは進んでいる。

H:その程度で進んでいると言っていいんでしょうか。

A:ノルウェーとちがって文明化されている。

H:そんな自虐的にならなくても……(笑)

 気を取り直して(?)アイスランドフィンランドはどうですか?

A:アイスランドは、近い国の割にはあまり知らないかもしれませんね。ただ漠然と、神秘的な自然と純朴な国民というイメージかな? 私自身は、人々がとても親切で、ノルウェー人以上に素朴だと感じました。アイスランドでは中学でデンマーク語を習うので、ノルウェー語で話しても通じますし、それで人々との距離感も縮まった印象です。

 フィンランドに対するイメージは、はっきり言って、遠い国でよく知らない、っていう感じですかね。暗くて、酒飲みで、よく銃を撃っているイメージ。「おしゃれな国」などという日本人のフィンランド観を聞くと、ノルウェー人は心底驚くみたいです(笑)。

H:そうですよね。驚かれますよねえ……(笑)

 とくに私はスウェーデンの中でもフィンランドからいちばん遠いところに住んでいるせいか、フィンランドに対しては心理的な距離があると感じます。デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語は似ていますが、フィンランド語はまったく系統のちがう言葉なので、そういう意味でも異文化で、あまりよく知らないし、なじみがない国というイメージです。ああ、でも、スウェーデンに住んでいる外国人でいちばん多いのはフィンランド人ですし、地域によってはとても身近な国と感じているかもしれません。

A:ノルウェーだとほんとうに、フィンランドは完全に別物扱いですね。興味もないし、遠い国のイメージです。やはり根幹は「スカンジナビア」という枠組みだと思います。

H:それはありますよね。言葉も母国語のままでわかりあえるし。なんだかんだ言ってもスカンジナビア三国、仲いいですよね。身内というか、兄弟みたいな感覚で、スウェーデン人はノルウェーやデンマークの悪口を言いはするけど、かといって北欧以外の国からノルウェーやデンマークの悪口を言われるとちょっとかばいたくなる、みたいなところがある気がします。

 ご存じかもしれませんが、スウェーデンには「ノルウェージョーク」と呼ばれるジャンルのジョークがありまして、たいていはノルウェー人がいかに素朴で間抜けかを笑う内容です。

 

Q:ノルウェー人はどうやって50クローネ札を偽造する?

A:500クローネ札のゼロをひとつ消す。

 

Q:イエス・キリストはどうしてノルウェーで生まれなかったのでしょう?

A:賢者が3人も見つからなかったから。

 

 そういう、ほんとうにどうしようもないやつです。ノルウェーにも似たような感じで「○○人ジョーク」が存在するにちがいない、と踏んでいるのですが、いかがでしょうか。やっぱり「スウェーデン人ジョーク」ですか……?

A:はい、「svenskvits(スウェーデン人ジョーク)」という立派な(!)カテゴリーがありますね。なぜかはわかりませんが、「スウェーデン人は馬鹿だ」というオチのようです。例を挙げると、

 

 スウェーデン人の乗ったボートに穴が開いた。

「助けて! 沈んじゃうよ!」とあわてたが、素晴らしいアイディアが浮かんだ。「そうだ、もう1つ穴を開ければ、水が流れ出るよ」

 

Q:どうしてスウェーデン人はトイレのドアを閉めないか知ってる?

A:鍵穴からのぞかれないため。

 

H:やっぱりね。予想どおりでした(笑)。

A:そんなジョークを言い合えるのも、結局は仲がいいからこそですよね。

 

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5月17日のナショナルデー(憲法記念日)の行進。1814年、ノルウェーはデンマークからの独立を果たし、当時としてはひじょうに民主的で革新的な憲法を制定。すぐスウェーデンに支配されてしまい、最終的な独立は1905年までおあずけになりましたが、そのあいだも憲法は守られました。2014年は憲法制定200周年。愛国心はスウェーデンに絶対負けません!

 

スカンジナビア諸語と、ふたつのノルウェー語

 

H:実際、ノルウェー人にとっては、スウェーデン語やデンマーク語はどのくらいわかるものなのでしょうか。どちらのほうがわかりやすい?

A:話し言葉はスウェーデン語の方がわかりますね。

H:やっぱりそうですよね。私からしても話し言葉はノルウェー語のほうがデンマーク語よりもずっとわかりやすいです。どこの方言かにもよるけど。

A:方言、激しいですからねえ。通訳をするときなんか、方言、さっぱりわからなかったりして怖いです。来る前にどこの出身の人か探りを入れて準備しておきます。しかもノルウェー人、外国人だから標準語で話してあげよう、なんて配慮はしてくれないですからね。そもそも方言を話すのが恥ずかしいという考えがなくて、政治家もニュースキャスターも方言を話しています。標準語に直したりしません。

H:それはスウェーデンも同じですね。

A:で、書き言葉はデンマーク語の方がわかります。いまのノルウェー語は、もともとデンマーク語の書き言葉にノルウェー語的な要素を取り入れた、ブークモールと呼ばれる言葉が主流なんです。

H:たしかに、書き言葉はデンマーク語にそっくりですよね。私、ぱっと見ただけじゃ見分けがつかないことがあります。

A:以前、ノルウェー語をエンタメ風に見せる番組で、「スカンジナビア人、だれがいちばんほかの言語を理解できるか?」という企画がありました。優勝したのはノルウェー人でしたね。デンマーク語は歴史的に結びつきが深いですし、スウェーデン語は、スウェーデンのテレビがノルウェーでも見られるので、それを見ているノルウェー人が多いことが原因かと思います。

H:そうでしょうね。スカンジナビア三国に興味があってどの国の言葉もわかるようになりたい、と思ったら、話し言葉はスウェーデン語に近く、書き言葉はデンマーク語に近いノルウェー語を勉強するのが、いちばんいいのではないかとよく思います。

 そういえば、さきほどちらっと話に出たブークモールについても、うかがいたいと思っていました。ノルウェーには、ブークモールとニーノシュク、2種類の書き言葉があって、どちらも公用語なんですよね。

A:はい。ブークモールはさきほども言ったとおり、デンマーク語にノルウェー語の要素を加えた書き言葉で、「本の言葉」という意味です。1814年にノルウェーがデンマークから独立したとき、ノルウェー語の書き言葉を確立しようという動きが高まりました。で、デンマークの影響を受けたブークモール派と、西ノルウェーに住んでいた独学の言語学者が体系化した、デンマーク語の影響を排したニーノシュク(「新ノルウェー語」)派の二陣営に分かれて、激しい論争が繰り広げられたんです。

 1940〜50年代に、労働党が中心になってこのふたつを統合しようとしたんですが、激しい反発に遭いました。折衷ノルウェー語で書かれた学校の教科書を、親が黒ペンで塗りつぶす、なんていうこともあったみたいです。といっても、たいしたちがいじゃないんですよ! bok(本)に定冠詞をつけたら、bokenになるか、bokaになるか、ぐらいのちがいです。

 そんなこんなで、そのあとに政権に就いた保守党はもうこの論争を放置してしまって、それでいまだに2つ、公的な書き言葉が認められているという状態です。いまでもニーノシュクをメインに採用している自治体は、西ノルウェーの田舎の人口の少ないところです。全国での使用比率は、ブークモール:ニューノシュク=9:1、といったところでしょうか。

H:なるほど……それでも、ニーノシュクなんて要らない、とはならないんですね。

A:ニーノシュク強硬派がいますからね。彼らは、ニーノシュクのほうが純粋なノルウェー語、と認識しています。だから、廃止となると抵抗勢力が強いんだと思いますよ。でも、本音ではみんな、ちょっと面倒だと思っているんじゃないでしょうか。ノルウェーでは高校でニーノシュクの授業とテストを受けなければならないのですが、いやがっている人が多いですね。国営放送は20%、ニーノシュクを使わなければならないという決まりがあるのですが、実際調べてみたら守られておらず、10%程度だった、という記事を読みました。民放ではほとんど使われていないようです。

 それに、ニーノシュクだと本が売れないんですよ。文法が微妙にちがったりするので。ごく一部にニーノシュクで書いていて売れている作家がいますが、例外的だと思います。

 

ノルウェー人の自己イメージ

 

H:ノルウェーと北欧諸国の関係についておうかがいしましたけど、では、ノルウェー人の自己イメージってどんなふうなんでしょうか。ノルウェー人はどういう国民性だと、ノルウェー人自身は思っているのでしょう?

A:これもなかなか複雑ですね。「ノルウェーは小国だから」と謙遜しつつ、「ノルウェーは世界で一番暮らしやすい国」と思っている節があります。個人主義、自由と平等を愛し、寛容である(と思いたい)。シャイかもしれないが、一度打ち解けると、友情は深い(と思いたい)。

 ほかの北欧諸国に比べ、自国の自然への誇りが強いと思います。壮麗なフィヨルド、神秘的な北ノルウェーなど、観光客は来ても当たり前、とあぐらをかいている節がありますね。

H:いやー、実際、ノルウェーの自然は圧巻ですもんね。息をのむような雄大さで。スウェーデンは、少なくとも南のほうは、ひたすらのどか、という感じなので、あのダイナミックさはうらやましいです。

A:その一方で、莫大な石油ガスにより、世界的にリッチな国になった国ゆえ、「北欧のカタール」と自嘲しています。豊かな自然資源の上で、人々(特に若い世代)は苦労しなくても生活は保障され、競争力の低下を懸念する声はよく耳にします。甘やかされた、とよく表現していますね。

H:それについては、さっき話したジョー・ネスボの『蝙蝠男』に、面白い一節がありました。基本的にオーストラリアが舞台でノルウェーについてはさっぱりわからない小説なんですが、オーストラリア人に「ノルウェーってどんな国?」と聞かれて、ハリーがこんなことを言うんです(スウェーデン語版からの粗訳です)。

 

 ハリーは語った。フィヨルドと、山と、そのあいだに住む人々について。他国との連合、抑圧、イプセン、ナンセン、グリーグ。自分では進歩的で先見の明があると思っているけれど、ほんとうのところは一次産品の輸出に頼るばかりのいわゆるバナナ共和国とそう変わらない、北の小国。オランダやイギリスで木材が必要になったとき、ノルウェーには森と港があった。電気が使えるようになったとき、ノルウェーには滝や急流があった。そのうえ玄関先で石油まで見つかった。「ノルウェー人がボルボやツボルグみたいなものを生み出したことは一度もない。ただひたすら、国の自然を輸出してきただけだ。これまでずっと、頭を使わないですんだ。ケツの毛まで金でできてる国なんだよ」

 

A:そのとおりだと思いますよ(笑)。ノルウェーの北海油田は1969年に発見されたんですが、それまではスウェーデンより貧しい国だったんです。それが急に豊かになったんですよね。いまの経済状態もきわめて良好で、失業率は3.3%。

H:ひゃあ……スウェーデンは2014年2月の統計で8.5%だそうですよ。なんたるちがい。

A:石油が枯渇したときに備え、石油基金というお金を貯めていますが、国民一人当たり、1000万円以上の貯蓄に相当するようです。

H:ええっ!(目眩)うらやましすぎますよ……分けてほしいですね……

A:その豊かさゆえ、ネスボの言うとおり、あぐらをかいて甘えているのが問題かもしれません。学校を中退し、すぐにNAVと呼ばれる社会事務所で手当てをもらう若者の存在がクローズアップされています。Navから取ったnaveという動詞が昨年の流行語大賞でした。

 最近も、ノルウェー人とスウェーデン人を比較して、ノルウェー人は仕事を探すとき、どこかに1通履歴書を送ってはのんびり結果を待っているけれど、スウェーデン人は同時に何社にも送って効率的に仕事探しをしている、という話を聞きました。石油産業にもスウェーデン人が進出しているらしいので、そのうち乗っ取られるんじゃないかと。

H:私の個人的な印象でも、ノルウェー人はスカンジナビアの中でもいちばんマイペースでのんびりしているイメージがあって、リッチな国だからかなあと思っていました。ある程度までは当たっているのかもしれませんね。スウェーデンやデンマークは企業などを見ていても商売上手、宣伝上手だなあと思うけれど、ノルウェーはそのへんあまりがつがつしていないから、ノルウェー・ミステリーもスウェーデンやデンマークに比べてあまり注目されないのかな、なんて思っているんです。

 

マイペースで純朴なノルウェー人

 

H:ノルウェーの国民性をよく表わしていると思う言葉、言い回しや慣用句などはありますか? たとえばスウェーデンでは、ちょうどいい、中庸、ほどほど、というような意味の「ラーゴム(lagom)」という言葉がスウェーデン独特で、極端なことを好まない、ほどほどが好きなメンタリティーをよく表わしていると言われています。

A:「シッペルターク(Skippertak)」でしょうか? 意味は「短期決戦」みたいな感じです。

 ノルウェー人は、例えば金曜午前締め切りの仕事に、すぐに取りかかりません。木曜午後くらいまで放置しますが、最後の最後で、すさまじいパワーで仕上げます。仕事を依頼する側としては、ハラハラですが、最終的には帳尻をあわせますね。

H:ええっ! ちょっと、ノルウェー人! デンマーク在住の友人と話したときに、デンマークは心地いいというような意味の「ヒュッゲ(hygge)」だろう、あとは 「Slab af!(リラックスして!)」ともよく言う、という話になり、ほどほどで心地よいのがいちばんと考えるメンタリティーはやっぱりデンマークとスウェーデン似通っているのかねえ、なんて結論に達していたのですが、それなのに、ノルウェーがいきなりこれですか……でも、なんとなくノルウェー人らしい気もします(笑)。

A:ノルウェーとの付き合い、もうずいぶん長いですが、とんでもなくマイペースなところ、残業しないように仕事は最小限しかしないこと、などには、いまだにびっくりさせられますね。あと、家族と自然が大好きなところも。”Nordmann ble født med ski på beina”、「ノルウェー人はスキーを足に付けて生まれる」もよく知られた表現ですね。

H:そもそも青木さんはどういうきっかけでノルウェーとかかわるようになったんですか?

A:90年代初めにオーロラツアーでノルウェーを訪れたのがきっかけです。オーロラを見に行くツアー、いまは人気がありますが、当時はまだレアだったんですよ。結局、オーロラは見られなかったのですが、ノルウェー人の純朴さ、人のよさにすっかり魅了されてしまいました。それでノルウェー語の勉強を始めて、何度か留学もして、いまに至ります。詳しくはこちらのブログ記事に書いたので、読んでみてください。

H:なるほど、オーロラツアーがきっかけだったんですね。ほんと、人生ってどう転ぶかわからないですね。

A:以来、ノルウェーとの付き合いは、もう20年以上にもなるので、気分は倦怠期の夫婦でしょうか。もうノルウェー人に対するキラキラした憧れは残念ながら、薄まってしまいましたが……

H:けど、好き嫌いを超えた愛着みたいなものが生まれたんじゃないですか? 日本を好きか嫌いかって聞かれたら、そういう次元ではなく母国だから特別だと私は思いますが、母国でなくても長くかかわっていると、だんだんそういう境地に近づいていくような気がします。それはある意味、倦怠期の夫婦に近いのかもしれませんけど(笑)。

A:でも、ひとつの国を理解するって、ほとんど終わりのない作業ですよね。私のようにノルウェー在住でない者は、情報や新しい動きについていくのに必死です。

H:青木さんは日本にいながらにして、ノルウェーの新聞を購読してチェックしてらっしゃるんですよね。さすが、知識が幅広くて深いと思いますよ。でも、ほんとうにおっしゃるとおりですね。語学も終わりがないと思いますし、私はスウェーデンの社会についても、文学についても、まだまだ知らないことだらけだと日々痛感しています。いまだに驚くこともたくさんあるし。でも、新たな発見がたくさんあって、面白いですね。

 5月には、ノルウェーで開かれたノルウェー語翻訳者向けのセミナーに出席してらしたんですよね? どうでしたか?

A:いつもはノルウェーにツッコミ入れる私ですが、手放しで素晴らしいセミナーでした!

 オスロ郊外のフィヨルド沿いのホテルに、各国から150人のノルウェー語から母国語への翻訳者が招待されました。主催はNorla(Norwegian Literature Abroad)という団体で、スポンサーはノルウェー外務省です。3日間のセミナーは、外務大臣のユーモアたっぷりのスピーチで始まり、名だたる作家や言語学者なども続きました。他には、様々なジャンルごとのセミナーが開催されました。私は児童文学や絵本、言語事情やミステリーなどのセミナーに参加しました。

 ミステリーのセミナーは、ジョー・ネスボの英語翻訳者と、ノルウェーのミステリー作家の対談形式でした。「グロテスクな描写ばかりではなく、ミステリーは社会批判が大事」という主張がいかにも「北欧」という印象でしたね。また、「本当に面白い作品は、まだ翻訳されていない」という言葉を聞いて、「え? 教えてください!」って叫びたい気持ちでした。

 また多数の作家が参加するワークショップにも参加しました。いろいろな国の翻訳者と作家が直に意見を交換したり、「ここはどう訳せばいいのですか?」と聞いたりする機会を得て、実り多かったです。

 さらにさらに、実際的な催しとして「エージェントカフェ」が挙げられます。大手出版社を中心にエージェントが並び、それぞれ興味のある出版社のエージェントと直接、話したり、作品を見せてもらったりすることができました。やっぱり北欧的だなぁと感じたのは、出版社のエージェントに「こんな作品ありますか?」と尋ねると、「うちからは出てないけど、○○社から出ているよ」と簡単に教えてくれたことです。競争相手というより、横並びで仲良しなんですよね。

 いずれにしても、ノルウェーがいかに自国の作品を海外に普及させようとしているかという熱意が伺えるセミナーでした。ノルウェー語はまだまだマイナーですし。もちろん、ノルウェーには潤沢な資金があるからこそ、実現できたセミナーだったと思います。

H:ものすごくうらやましいお話です! スウェーデンもそういうセミナー、じゃんじゃん開催してほしいのですが。しかし潤沢な資金というところでつまずきそうですね……

 

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ミステリーセミナーにて

 

A:今回こうしてお話して、スウェーデンのことをいろいろ知ることができて面白かったです。やはりスウェーデンとノルウェーは、似ているところも多々あるけど、いろいろな意味で「スウェーデンの方が進んでいる」と感心しましたね。

H:えっ、そういう結論!? ノルウェーもスウェーデンに負けず劣らずミステリーのさかんな、素敵な国だから、日本にももっと紹介しましょう、というところに持っていきたかったんですが(笑)。青木さん、ぜひがんばってください! お願いします。

 

****

 

 今回、日本に住んでいらっしゃる青木さんとはスカイプでお話したのですが、食事の時間を忘れるほど話にのめり込み、気がつけばかなりの時間が経っていて驚きました。

 日本での北欧のイメージや、北欧関連ビジネスの数々についてお聞きして、逆にびっくりしたこともたくさんありました。スウェーデンが「イケメン大国」と言われているとうかがって、「はあっ!?」と素っ頓狂な声をあげてしまい、笑われました……。あ、イケメンは実際、たくさんいらっしゃるんだと思いますよ。私に縁がないだけで……

 

 次回はフィンランドに移ります!

 

青木順子さんのサイト

「ノルウェー夢ネット」http://www.norway-yumenet.com

twitter https://twitter.com/norwayyumenet

ブログ http://norway-yumenet.la.coocan.jp/wp/

 

ヘレンハルメ美穂。スウェーデン語翻訳者。最近の訳書は、ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』、セーデルベリ『アンダルシアの友』など。スウェーデン南部・マルメ近郊在住。ツイッターアカウントは@miho_hh

 

The Bat: A Harry Hole Novel (1) (Harry Hole Series)

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