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2010-02-20

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第6回(構成・杉江松恋)


 お届けしてきました三津田信三さんインタビューは今回で最終回となります。幼少のころからの「濃い」ミステリー体験に始まり、独自の本格理論を積み上げた読書歴や、ホラーという新ジャンルを発見した経緯など、触発されることの多いインタビューでした。三津田さんには改めて感謝を申し上げます。

 さて、最終回はやはりこの話題で締めくくりたいと思います。


 (承前)


――そろそろこのインタビューも終わりに近づきつつあります。最後に、最近読んでおもしろかった翻訳ミステリーを教えていただきたいと思います。いかがでしょうか。


三津田 まず昨年は、ドイツのヤングアダルト小説であるクリスティアン・ヴァルスツェック『人形遣いの謎』とギジェルモ・マルティネス『ルシアナ・Bの緩慢なる死』が面白かったです。どちらも純粋なミステリではありませんが、とても楽しめましたし、色々と考えさせられもしました。


――渋いところを挙げられましたね。ギジェルモ・マルティネスは私も読んでおもしろかった本の一つです。ラテン・アメリカ文化圏の作品はこのごろ当たりが多いかな。いわゆる本格ジャンルではいかがでしたか?


三津田 本格物ではパーシヴァル・ワイルド『検死審問ふたたび』、D・M・ディヴァイン『災厄の紳士』、ジム・ケリー『水時計』が甲乙つけがたい出来でした。『検死審問ふたたび』は前作より良かったですね。ディヴァインもミステリとしては前年の『ウォリス家の殺人』のほうが優れているかもしれませが、『災厄の紳士』は前半から後半へと物語が一転するのが素晴らしい。『水時計』は現代本格の優秀作です。舞台設定と謎の提示(死体の発見)が魅力的でした。


――『水時計』は私が解説を書いたのですが、あの二番目に発見される死体がいいですね。大聖堂の、普段なら人が近づかなかったような屋根のところに白骨死体があるという。あれなどもまさしく、大聖堂でしか起きなかった事件の話です。


三津田 サスペンスでは、ほとんど話題になりませんでしたが、アンドリュー・パイパー『キリング・サークル』がお気に入りです。もっとも本作、出だしも中途もホラーっぽいのですが、そのままホラー小説として結末をつけていれば、ひょっとして傑作になったかも……と惜しまれる作品ではあります。ロバート・ゴダード『遠き面影』は、相変わらず読ませられました。ただミステリとしては、不満が残りましたけど。


――ゴダード、巧いんですけどね。読者が慣れてしまったということなのかもしれません。


三津田 ホラーではアンソロジー『ゴースト・ストーリー傑作選』とヤングアダルト『船乗りサッカレーの怖い話』が、とても楽しかったです。『船乗り〜』は『モンタギューおじさんの怖い話』の姉妹編でして、今年中に三作目が出るらしいので、もう待ち遠しくて。


――おお、クリス・プリーストーリー。デイヴィッド・ロバーツの挿絵がまたいいんですよね。


三津田 ここ数年で振り返りますと、古典を中心にした本格物の良作が多かったように思います。マイケル・ギルバート『大聖堂の殺人』、マイケル・イネス『霧と雪』、さっき話題に出たエルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』、セオドア・ロスコー『死の相続』、スーザン・ギルラス『蛇は嗤う』、ヘンリー・ウェイド『議会に死体』、ディクスン・カー『ヴードゥーの悪魔』、ノーマン・ベロウ『魔王の足跡』、オースティン・フリーマン『証拠は眠る』などなど。


――『霧と雪』は三津田さんがお好きな多重解決の話でもあります。


三津田 意外だったのは、『大聖堂の殺人』が無視された(?)ことです。古典ミステリの良いところと悪いところを持った作品ですが、少なくともグリン・ダニエル『ケンブリッジ大学の殺人』よりは評価されるべきだろうと(笑)。『ケンブリッジ〜』は結末の手前までは良いのですが、肝心の解決がアレでは……。


――幻の名作と呼ばれる作品には幻だったわけがあるな、と思いましたね。


三津田 『死の相続』は完全なB級ミステリですが、まぁ面白いのなんのって。カー『ヴードゥーの悪魔』よりもヴードゥー教のあつかいが上手く、S・A・ステーマンよりは遅れるもののアガサ・クリスティよりも早く例の設定を用い、二人の有名な日本作家が長篇で使用した二つのメイントリックに先例をつけているという豪華さですから、これは凄い。とはいえあくまでもB級ミステリなので、これから読まれる方は、そこのところを理解しておいて下さいね。


――同人誌「クラシック・ミステリのススメ」を作ったときには、ゾンビ小説ということでやたらと執筆者から人気があった作品です。まあB級ですが、よくぞ訳してくれた、と思いましたね。


三津田 『魔王の足跡』もB級ミステリですが、あの「悪魔の足跡」に挑戦したというだけで嬉しくなりました。フリーマンは地味ながら、本格度がずば抜けています。中学生のときは正直あまり面白いと思いませんでしたが、今はその味が分かって楽しめます。


――昔は「倒叙型探偵小説の元祖」みたいな教条主義的な紹介をされていましたから、その辺が逆に敬遠される元になっていたのかもしれません。しかし、よく読んでいらっしゃいますね。


三津田 現代の本格物でも、ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』やギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』、そしてポール・アルテなどが活躍しているのですが、いまひとつの印象です。久しぶりに感心したのが、『水時計』だったわけです。


――最近の本格物がいま一つである理由をどう受け止められていますか。


三津田 おそらく先人のミステリと比べて、特に目新しさが感じられないからでしょう。むしろ同じ土壌で書いている。その最たる例が、ポール・アルテだと思います。日本では評価がやたらと高いですが、僕はいつも首をかしげてしまって……。これなら日本の本格ミステリ作家のほうが、よほど優れた仕事をしているじゃないか、と思います。海外の本格は80年代前後が、もしかすると良かったのかもしれませんね。ウィリアム・L・デアンドリア『ホッグ連続殺人』とかジル・マゴーン『騙し絵の檻』とか。


――ジル・マゴーンはもっと訳してほしい作家ですね。デアンドリアもいくつか未訳が残っているはずです。


三津田 最後に、この数年でもっとも興奮した本として、アルベール・サンチェス・ピニョル『冷たい肌』を挙げておきます。これから手に取ろうという方は、一切の予備知識なしで読まれることをお薦めします。帯も見ないほうが良いです。本作は映画化の話があったのですが、どうなったんでしょうね。観たいような、観たくないような(笑)。


――そういわれると気になるなあ。私も早速読んでみます。いやいや、たくさん楽しいお話を伺うことができました。お忙しい中、本当にありがとうございます。


三津田 今回のインタビューでは、大変お世話になりました。子供のころや、ここ数年の読書体験を色々と思い出すことができて、とても有意義でした。楽しかったです。ありがとうございました。


(インタビューを最初から読む)


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(プロフィール)

三津田信三 みつだ・しんぞう

編集者を経て2001年『ホラー作家の棲む家』(講談社ノベルス、『忌館』と改題し講談社文庫に収録)で作家デビュー。ホラーの怪奇性とミステリーの論理性とを融合させる新しい作風を開拓し、注目を浴びる。2006年、『厭魅の如き憑くもの』(現・講談社文庫)を上梓。同作の主人公・刀城言耶を主人公とするシリーズは多くのファンから支持されており、最新作『水魑の如き沈むもの』(原書房)は第10回本格ミステリ大賞の候補作となっている。

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

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検死審問ふたたび (創元推理文庫)

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災厄の紳士 (創元推理文庫)

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水時計 (創元推理文庫)

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遠き面影(上) (講談社文庫)

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遠き面影(下) (講談社文庫)

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ゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇

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霧と雪 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

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魔王の足跡 世界探偵小説全集 (43)

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ケンブリッジ大学の殺人 (扶桑社ミステリー タ 9-1)

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騙し絵の檻 (創元推理文庫)

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冷たい肌

冷たい肌

2010-02-06

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第5回(構成・杉江松恋)


好評の三津田信三さんインタビュー、第五回をお届けします。三津田信三さんを知る人なら、誰もがうずうずと気になっていたのではないでしょうか。お待たせしました、今回はまず、三津田さんが愛するホラー・ムービーの話題からお届けします。


(承前)


――前回、ちょっとクズ・ホラーの話題が出ました。三津田さんを語る上でホラー・ムービーのことは欠かせないと思いますので、ちょっとお聞きしたいと思います。率直にいって、クズ・ホラーのどこがおもしろいんでしょうか? 少し直球すぎる質問ですか?(笑)

三津田 うーん、クズ・ホラー映画にもピンからキリまでありまして。みんなキリだろうと言われそうですが(笑)。脚本や演出が酷いという以前に、「お前ら映画作りは素人以下だろ」と呆れるような作品が、本当にゴロゴロしてますからねぇ。他ジャンルの映画で、そこまで酷いものは、おそらく滅多にないのではないかと……。


――なんでまた、そういうカオスな事態になってしまっているんでしょうか。ホラー・ファンがそれだけ多いということですか?

三津田 最大の原因は、ホラーは低予算でも作れるうえに、当たれば大きな市場だからです。なんせジョージ・ロメロやトビー・フーパーやサム・ライミといった先例があるうえ、新しいところでも「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「パラノーマル・アクティビティ」が成功している。


――なるほど。ホームビデオ一台でも大丈夫、自分でも撮れてしまうのではないか、と思い込む人が出やすい環境にあるわけですね。


三津田 もちろん、こういった作品はお金がない分、監督やスタッフが創意工夫しているからこそ、面白い映画になっているんです。ところが、そんな簡単なことも理解できない、才能の欠片もないアホウどもが、まぁ次から次へとホラーを撮るものだから、この世はクズ・ホラーであふれていますよ。それをチェックする身になって欲しい……って、別に観なければいいんですけど(笑)。


――そうですよ。なんで観るんですか(笑)。できれば実例を挙げて、どういう風にホラー映画にはまっていらっしゃるのかを教えていただきたいのですが。


三津田 観る理由は、たったひとつしかありません。クズの中に埋もれてしまった作品で、たま〜に傑作を見つけるからです。よほどのマニアでない限り知らない作品ですね。これを一度でも経験すると、もうやめられなくなります。けど、ここではクズ・ホラーの紹介を(笑)。


――どきどき(笑)。


三津田 「ドライブイン殺人事件」(76/アメリカ)は、最初にドライブインシアターでカップルが殺される。この殺害方法が首の切断で、まぁチープな映像なんですけど、B級ホラーっぽさが漂っていて、「おおっ、ええやんか」と初見では不覚にも喜んでしまいました。それから刑事の捜査が延々と続くのですが、これが面白くない。銃撃戦まであるのに、少しも盛り上がらない。「なんだ最初だけか」と失望したのですが、僕が甘かった。ごめんなさい。予想できませんでした。この刑事の捜査、本筋と何の関係もないんです。意味が分かります? 刑事は確かに事件を追っていたのですが、まったく無意味だったという展開で……。


――もしかして尺の水増しですか? それはひどいなあ。

三津田 いえ、悲しいかな、非常によくあることなんです。「夕暮れにベルが鳴る」なんかも同じですよ。


――ああ、たしかに。結構メジャーな作品でもやりますね。


三津田 ところが、「ドライブイン殺人事件」は最後でまた面白くなる。今度は映写室の中で殺人が起こるので、江戸川乱歩『緑衣の鬼』ばりに、影絵シーンで見せてくれるのです。しかも、たった今、殺人が行なわれている。すぐ映写室に飛び込めば、犯人を捕まえることができる。で、刑事が駆けつけるのですが……。ここから僕の知る限るでは、ミステリ映画史上他に例を見ない恐るべき結末が、あなたを待っています。普通はこんなこと考えないし、もし考えついても即座に却下します。このアイデアを出したのが監督か脚本家か、その他のスタッフか知りませんが、「誰も止めなかったのかよ」と言いたいです。同じアイデアを僕が小説で使ったら、ささやかな作家生命が確実に終わるでしょうね。


――そんな最終兵器が展開されていましたか(笑)。実験精神にも程があるというやつですね。さて、ちょっと本題に戻りまして、ここからはまた翻訳ミステリーについてお聞きしたいと思います。三津田さんがお考えになる、翻訳ミステリーの素晴らしい点というのは何でしょうか?


三津田 小説を読むことで異文化に触れられ、しかもそれがお話に関わってくる面白さが、まず挙げられると思います。本格物の場合は、その国や地方の歴史や文化が、もろにトリックと結びついているとかですね。


――一昨年だか読んだエルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』はまさしくそういうお話で、アフリカの殖民地でしか成立しないトリックの作品でした。ああいうのを読むと、翻訳ミステリーファンは得したなあ、と思うんです。


三津田 ただ、翻訳物を敬遠する読者が、まず口にする理由も同じじゃないですか。そんな知らない国を舞台にした小説なんて、いかにも読むのが面倒そうだって。そういう読者が、拙作の刀城言耶シリーズを読んで下さっているか分かりませんが、異文化との遭遇という意味では、ほとんど同じではないでしょうか。多くの読者にとって、昭和二十年代から三十年代の地方って、まぁ外国みたいなものですから。外国人の名前が覚えられないから、という人もいますが、律儀に読む必要はありません。僕も中学生のころは、ひとつの記号として名前を形で覚えて、他の登場人物と区別していましたからね。この技(?)を習得すると、何の問題もなく読めますよ。


――養老孟司さんは、日本の子供が漫画を読むのはページ全体を一種の象形文字として理解しているから、漢字を使う民族らしくていいんだ、ということをおっしゃっていましたね。それと同じで、読みとか意味はいいから、とにかく外国人の名前は象形文字として形で覚えろと。


三津田 はい。中学生で創元推理文庫や早川文庫に親しんだ人は、おそらく自然と身につけた技ではないかと(笑)。それと海外の作家は、ジャンルにこだわらない傾向があり、とにかく面白い作品を書いてやろうという人が多いので、本読みなら無視できるはずがないんです。仮に自分には合わないと思う作品があっても、実は他に100パーセント自分好みの小説を書いている――そういう作家が海外にはいますからね。


――ジャンルにこだわる作家のほうが少数でしょうね。ポール・アルテぐらいなのでは。主流文学じゃないから何をやってもいいんだ、という割り切りがあるのか、時としてとんでもない異形の作品が出てくることがあります。


三津田 僕はジョー・R・ランズデール、ダン・シモンズ、デヴィット・マレルなどが好きですが、必ずしも全作品が面白いわけじゃない。まったく好みではない小説もあります。シモンズのハイペリオン・シリーズでも、一作目は大好きでしたけど、あとは読みながら、もういいやって思いましたし(笑)。また彼が書いたミステリは、いまだに読んでいません。別にシモンズには、ミステリを求めてないからでしょうね。けど、新作が出ると気になる。読まず嫌いで翻訳物を敬遠するのは、非常にもったいないと、声を大にして言いたいです。

――よくわかります。


(つづく)


Drive in Massacre [VHS] [Import]

Drive in Massacre [VHS] [Import]

2010-01-30

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第4回(構成・杉江松恋)

 三津田信三さんをお招きしての「週末招待席」もいよいよ折り返し点。前回は本格ミステリー好きが高じていった読書遍歴についてお聞きしました。今回はさらに踏みこんで、自著とミステリーの関係についてお話をいただきたいと思います。


(承前)

――ここで定番の質問なのですが、三津田さんが作品を書かれる上で影響を受けた作品やシリーズについてお聞きしたいと思います。


三津田 ディクスン・カーと横溝正史とお答えすれば、やっぱり……で丸く収まると思うのですが(笑)、実は刀城言耶シリーズに限ってお話をしますと、この二人は(表現は少し間違っていますが)むしろ反面教師でした。


――それは意外ですね。正史とカーでずぶずぶ、と答えていただくと非常に収まりのいいインタビューになったのですが(笑)。これはぜひ訳をお聞きせねば。


三津田 カーは怪奇小説がとにかく好きで、それが自作にも現れています。しかし小説家としての彼は、根っからの本格ミステリ作家だったわけです。なので某長篇と某短篇、それに一部の作品の細かい箇所を除くと、どれほど怪奇色があろうと、カー作品は最後に合理的な結末を必ず迎えます。怪奇と恐怖は、あくまでも装飾にしか過ぎません。


――そういう意味では徹底していますね。


三津田 一方の正史は、戦前に怪奇と幻想と耽美に彩られた作品を書いていましたが(最高傑作は「鬼火」です!)、戦後は長篇本格探偵小説の執筆に邁進します。このとき正史は、明らかに戦前の文体を捨てている。


――逆に、戦後の作品から入った人は由利先生もの以外の戦前の作品を読むと違和感があるでしょうね。


三津田 横溝正史というと、おどろおどろしいイメージが強いですが、その多くは映像作品の印象ですね。戦前に比べると、短篇と長篇の差を考慮しても、戦後の作品はかなりあっさりしています。以前なら絶対ねちっこい描写をしたところを、さらっと流している。なぜなら戦後の正史にとって最大の関心事は、いかに優れた本格物を書くか、それしかなかったからです。


――戦争が終わって自由に探偵小説を書けるという解放感があったのでしょうね。今読み返すと、どの作品からも執筆ができる喜びを感じます。行間に充溢するものがあり、それが作品の奥行きにもつながっているように思います。


三津田 もちろん作品によっては、怪奇幻想を離れたところで、正史特有の物語性が見られるものもあります。でも、それが本格物のプロットに、ちゃんと組み込まれている。正史が何処を目指していたのか、とてもはっきりしていると思います。


――そういう作家だからこそ、自分が書きたいものが求められる作品ではなくなってきていると感じて、長期間にわたり断筆をしたのでしょうね。書き手としてぶれがなかった。その真っ直ぐさを、同じ作家としてどう感じられますか?


三津田 正史は探偵小説が禁止されていた戦中、人形佐七捕物帳シリーズを書いて糊口をしのぎました。作家としては江戸川乱歩よりも遙かに器用だったと思います。それが断筆したわけですから、相当な考えというか、思いがあったのではないでしょうか。自分では長篇本格探偵小説が書けなかった乱歩が、戦後に探偵小説の講演行脚をしたときの心境と、もしかすると近いものがあったかもしれません。


――戦前の正史は海外作品の翻訳も手がけているのですが、そのうちの一つ『二輪馬車の秘密』を読むと、後半部をばっさり切って枚数を節約するなど、実に器用なところを見せています。編集者としての素質もあったんですね。だから、やろうと思えば時勢に合わせた作風に転じることだってできたと思います。それをしなかったんですね。


三津田 僕はホラー作家としてデビューしましたが、ホラーの中にミステリ要素が入っていると言われ、作中には無意識に出てきてしまうなぁ……と、自分でも思っていました。近親憎悪を抱いているはずなのに(笑)。


――血筋は争えないですね(笑)。


三津田 最初に書いた「作家三部作」が大して売れなくて、どうしようかと試行錯誤を重ねた習作を書いているとき、超常的なホラーと合理的なミステリの融合という矛盾する作風に辿り着いた。ホラーは民俗学のテーマを用いて、時代設定は昭和二十年代から三十年代にして――という風に、わりと自然に決まっていきました。


――たどりつくべきところにたどりついたと。


三津田 このとき、真っ先に浮かんだ先人が、ディクスン・カーと横溝正史でした。でも、この二人と同じでは意味がない。そもそもホラーとミステリの融合にはならない。それで言葉は悪いのですが、反面教師になっていただいたわけです。


――なるほど。反面教師というのはつまり、その作家を分析して研究するということでもありますから、裏返しの形で尊崇したともいえますね。


三津田 そう受け止めていただければ幸いです。実際に影響を受けた作家では、先に名前が出たクリスチアナ・ブランドでしょうか。作中で事件のディスカッションを行ない、どんでん返しにこだわるところなど、そうかもしれません。


――結末に至る前に、可能性を徹底的につきつめていく過程に本格ミステリーとしての価値を感じます。


三津田 あと刀城言耶の推理がぶれるのは、ホラーとミステリの融合を模索している作風のため、当然というか言わば必然の設定ですね。ただし、コリン・ディクスターのモース警部シリーズに影響を受けているのも確かです。


――刀城言耶とは正反対に近い個性のキャラクターですが、モースと言われると少し納得します。


三津田 モース警部で感心したのは、「考え過ぎる名探偵」を創造したこと。そのため推理が二転三転してしまう。大好きでしたね。唯一の難は、推理過程が一番面白くて、肝心の結末が印象に残らない点でしょうか(笑)。でも、それが気にならないほど途中の経過が面白くて、とても楽しんで読んでいました。


――『キドリントンから消えた娘』の結末なんて、どんでん返しがありすぎてまったく覚えていないです。ときどき迷いますよ。あれ、結論はなんだったんだっけと。


三津田 ホラーのほうですが、デビュー作『忌館 ホラー作家の棲む家』に多大な影響を与えたのが、エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』とピーター・ストラウブ『ゴースト・ストーリー』です。


――お、これは意外なタイトルです。


三津田 内容に類似点は、おそらくないと思います。共通しているのはメタ嗜好だけで。ただ上手く説明できませんが、この二作を読んだとき、『忌館』のような作品を書いてもいいのだ、と安心したと言いますか、背中を押してもらったような気分になりました。


――ミステリーに比べて、ホラーはより実験が許されるジャンルではないかと思うのです。それこそ投げっぱなしの結末であっても構わないし、ストーリーらしきストーリーがなくても小説としては成立する。そういう意味でマコーマックとストラウブに勇気づけられたというのは、よく判る気がします。


三津田 今回のご質問は「自作に影響を与えている作品・シリーズ」ですが、今までに読んだ本と観た映画のすべてが、作家・三津田信三の血となり肉となっているという実感を、数年前の執筆中に感じた覚えがあるんです。そこには、もちろんクズ・ホラーもふくまれますよ(笑)。


(つづく)

忌館 ホラー作家の棲む家 (講談社文庫)

忌館 ホラー作家の棲む家 (講談社文庫)