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2017-07-19

第40回 リュートが綴る物語―R・トレメイン『音楽と沈黙』(執筆者・佐竹裕)

 

 私事で恐縮ながら、現在の海外の小説への偏愛を形づくるのに自分が多大な影響を受けたと思われるふたりの人物がいる。

 ひとりは、中学時代の担任だった教師のT氏。強烈な個性の持ち主で、ホームルーム中に感極まって涙を流したり、じつはクラシックの音楽家でもあり、当時人気だったTV番組「題名のない音楽会」にもリュートを抱えて吟遊詩人として出演し、素晴らしい歌声を披露したりしていた。

 病弱で多感で夢見がちだったその頃の小生にとって小説は格好の逃げ道だったのだけれど、このT先生たるや、依怙贔屓というか極端というか、本好きの生徒ということだけで何かと優遇してくれていたような部分が多々あったように思えた。おかげで誰はばかることなく、いつでもどこでも読書に没頭できたのも事実。

 もうひとりは、“乱視読者”の異名を持つ英米文学者・若島正氏。もともと数学者だったというユニークな経歴を持つ若島氏には、小生がかつて編集者だった時代に「殺す時間」「失われた小説を求めて」という名物連載でお世話になったのだが、この連載エッセイで氏が取り上げられた未訳作品のひとつひとつが、とにかく面白そうでたまらなかったのだ!

 その後、このエッセイがきっかけとなって多くの作品が日本で日の目を見ることになった。マイクル・ディブディン、ギルバート・アデアエリック・マコーマック、スティーヴン・ドビンズといった、その後、邦訳が複数紹介されるようになった作家たち、シオドア・ローザックフリッカー、映画の魔Fricker)』(1991年)、ドナ・タートシークレット・ヒストリーThe Secret History)』(1992年/近刊の新潮文庫からの再刊タイトルは『黙約』)、チャールズ・ウィルフォード拾った女Pick-Up)』(1954年)など、まさに乱視読者のすぐれた視線が見つけ出した傑作たち……。この連載の一部は氏のいくつかの著作に収録されたりしていたが、現在では『殺しの時間 乱視読者のミステリ散歩』(2006年)でまとめて読むことができる。少々毛色の変わった趣味の海外文学の編集者にとっては隠れバイブルと言っていいだろう。いまなお、ここで取り上げられた作品で邦訳作業が進行中のものがいくつもあるという。

 

音楽と沈黙 2

音楽と沈黙 2

 先頃ようやく邦訳あいなったイギリスの人気女性作家ローズ・トレメインの『音楽と沈黙Music & Silence)』(1999年)もまた、その若島氏が「失われた小説を求めて」の連載で教えてくれた面白本のひとつである。

 とはいっても、正直いってミステリー作品ではなく歴史ロマンスといったジャンルに分類されるべき作品なのだけれどね。広義の意味でのエンターテインメントとしてご理解いただけたら幸いです。国も作風も違えど、『ここがホームシック・レストランDinner at Homesick Restaurant)』(1982年)や、映画『偶然の旅行者The Accidental Tourist)』(1988年)の原作『アクシデンタル・ツーリストThe Accidental Tourist)』(1985年)で知られるベストセラー作家アン・タイラーのような、主流文学(純文学?)の香りも漂わせたエンターテインメントといった印象で、そこに歴史小説の魅力を加えた作風といった位置づけだろうか。

 

 おそらく乱視読者の目をまず引いたのは、国王が謁見室の真下にある地下室に宮廷楽団を待機させて音楽を奏でさせたという、17世紀デンマークでの史実の部分だったのではないか。

 王に招かれた客人たちは、どこからともなく聴こえてくる妙なる調べに驚愕するという趣向で、じつは床の一部が開いて地下からのパイプを通して演奏を響かせるのだ。しかも楽団はフランス、イタリア、ドイツ、デンマーク、ノルウェーと、近隣の国々から集められた凄腕の演奏家ばかりなのだけれど、冬には暗く凍えそうな地下で長時間の演奏を強いられるのだから、楽士たちにとってはたまったものじゃない。高野史緒『ムジカ・マキーナ』(1995年)ばりに、芸術を追求していくと人間は恐ろしい領域に踏み込んでしまうもののようだ。

 デンマーク国王のクレスチャン4世は、60年にもわたって善政を敷いた名君として知られている実在の人物。彼の幼少時から1630年までを幾人かの登場人物の視点を通して綴られていくのがこの物語なのである。主人公のひとりである若者ピーターは、イギリス人のリュート奏者。そう、中学時代の恩師T氏が奏でていた楽器の弾き手である。リュートは日本でいう琵琶に似たギター状の弦楽器で、主に中世ヨーロッパで広く使用されていた。クレスチャンに求められ、はるばるイギリスからコペンハーゲンにあるローセンボウ城へとやってきたピーターは、謁見室「冬の間」での地下楽団に加わると同時に、国王の寵愛を受ける。というのも、彼の容貌が、国王の今は亡き親友ブロアと似ていたから。

 クレスチャンにはキアステンという溺愛する妻がいるのだけれども、貴族の生まれではないために正式な女王にはなれない。王の深い愛にもかかわらず彼女はかけらも王を愛しておらず、じつはドイツ人の愛人がいることを隠しているのだ。

 奔放でわがままで残酷なキアステンに仕える侍女が、美しく心優しいエミリア。彼女に一目惚れしたピーターは一途に想いを打ち明け二人は愛し合うようになるのだけれども、エミリアを可愛がるキアステンが、この仲を裂こうと画策する。

 かくして、王と妻、王に雇われる楽士と妻の侍女、この2組が絡み合う愛の駆け引きを中心に物語は進んでいく。加えて、貧窮する国家の再建のために奔走する王の現地視察による懊悩、エミリアと家族との確執と不思議な能力を秘めた末弟との姉弟愛、富の力のみを信じる皇太后の黄金への異様な執着、現在の生活を失いたくないキアステンの母の予想だにしない策謀、国王と親友ブロアとの友情とその終焉……と、てんこ盛りの人間ドラマが、デンマーク、イングランド、アイルランドという国をまたがって展開していく。

 いやはや、そのドラマ展開が、それぞれの視点で素早く切り替えられて目まぐるしく進められていくものだから、これはもう歴史ロマンスというより恋愛サスペンスと称していいほどなのである。

 

 国王クレスチャン4世ばかりでなく、その甥にあたる英国王チャールズ1世も、キアステン・モンクも、その後釜となる愛妾ヴィーベケ・クルーセも、実在した歴史上の人物。史実の隙間を縫って、まるで見てきたかのような臨場感とリアリティとで縦横無尽に物語を紡いでいくトレメインの手腕は、みごととしか言いようがないだろう。

 イギリスの作曲家でありリュート奏者でもあったジョン・ダウランドも実在した人物で、実際には本作の時代を数年遡った1598年から8年間、デンマーク王クレスチャン4世にリュート奏者として仕えていたという。青年楽士ピーターの造型はおそらくこの高名な作曲家を参考にしているのかもしれない。このダウランド作曲による「涙のパヴァーヌ(Lachrimae)」は、まさに本作のテーマ曲だと言えるのだ。国王クレスチャンを、自らの心を慰めるため、作中、何度となくピーターはこの曲を奏でる。

 その旋律に歌詞をつけた「流れよ我が涙(Flow, My tears)」としても知られている楽曲だけれど、フィリップ・K・ディックの代表作のひとつ『流れよわが涙、と警官は言ったFlow My Tears, The Policeman Said)』(1974年)のタイトルがここからとられたことも、つとに有名。パヴァーヌという楽曲ジャンルそのものの起源についてはというと諸説あるのだけど、もともとスペインで生まれた舞踊のための曲が派生したものとも言われている。キース・ロバーツの『パヴァーヌPavane)』(1968年)は、16世紀イギリスを舞台とし女王エリザベス1世に焦点をあてた改変世界ものSFの傑作で、女王がこの舞曲を愛していたと伝えられることからタイトルとなっている。もちろん、ラヴェルの歴史的名曲「亡き王女のためのパヴァーヌ(Pavane pour une infante defunte)」なども頭に浮かぶことだろう。ほかにも、作中にはやはり高名な作曲家でヴァイオル(伊名ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者のアルフォンソ・フェッラボスコ2世の楽曲や、ジプシー音楽への言及も頻出する。

 

 じつは、トレメインのもうひとつの代表作にして本作よりいち早く邦訳刊行されていた『道化と王Restoration)』(1989年)にもまた、乱視読者の心を釘付けにしたであろう場面が、物語前半に用意されている。17世紀のイングランド。時の国王チャールズ2世の道化となる医師予備軍の主人公ロバートは、ある晩、親友の医学生仲間ジョンに呼び出されて、生きたまま心臓がむき出しになっている男に会わせられ、金を払って心臓に直接触らせてもらうことになる。触られてもまったく痛みは感じないという男の言葉から、あらゆる感情の基盤であるはずの器官がそんなにも鈍感であることを知る、というものだ。

 この後、ロバートは国王の愛人と偽装結婚させられ断じて妻に手を出してはならないと命じられるが、妻に恋してしまうことに。王の道化となって富と名誉と贅沢な暮らしを手にし堕落していった男が、大きな挫折を知って本来の自分の歩むべき道を見つけるという、一種の成長小説にもなっている、これまた巻措くあたわずの一気読み本。ひねりを加えた悪漢小説の一種として、フラナリー・オコナーの名作『賢い血Wise Blood)』(1952年)すら想起させる。

 マイケル・ホフマン監督、ロバート・ダウニー・Jr主演で1995年に映画化され、日本では『恋の闇 愛の光(Restoration)』というタイトルで公開された。ちなみに、不思議な力を宿した赤ん坊を描いたトレメインのファンタジー短篇を原作とした、『Rickey リッキー(Rickey)』(2009年)という映画化作品もあるという。

 

 いやはや、T先生と若島先生の存在なくして、こんな作家の作品と出会い、その味わいを理解できることもなかったのかと思うと感慨ひとしお。いつかはリュート演奏をマスターして、吟遊詩人の跡を継ぎたいとも思う、今日この頃なのでした。

 

YouTube音源

●"Lachrimae" by Hopkinson Smith

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*アメリカのクラシック・ギタリスト、ホプキンスン・スミスによるジョン・ダウランド作曲「涙のパヴァーヌ」。BRQヴァンター・フェスティヴァルでのリュート演奏。

 

●"Fantasie" by Jan Akkermann

D

*ジョン・ダウランド作曲「ファンタジー」。オランダのプログレ・バンド出身ギタリスト、ヤン・アッカーマンによる1974年のTVショーでのリュート演奏。

 

●"Fantasie" by Jan Akkermann

D

*ライラ・ヴィオルという珍しい楽器による、アルフォンソ・フェッラボスコ2世作曲「アルメイン(Almaine)」。演奏はスペインのヴィオル奏者フェルナンド・マリン。

 

◆関連CD【CD】

●"Songs from the Labyrinth" by Sting

Songs from the Labyrinth

Songs from the Labyrinth

*スティングによるジョン・ダウランド作品の歌唱集。2006年に発表。

 

●"Tabernakel" by Jan Akkerman

流浪の神殿<FUSION 1000>

流浪の神殿

*ヤン・アッカーマンのソロ・アルバム第2作『流浪の神殿』(1973年)。ジョン・ダウランド作品を2作取り上げている。

 

◆関連DVD

●『恋の闇 愛の光』

恋の闇 愛の光 [DVD]

恋の闇 愛の光 [DVD]

●『Rickey リッキー』

Ricky リッキー [DVD]

Ricky リッキー [DVD]

●『偶然の旅行者』

 

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

  好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

 

 

ここがホームシック・レストラン (文春文庫)

ここがホームシック・レストラン (文春文庫)

アクシデンタル・ツーリスト (Hayakawa Novels)

アクシデンタル・ツーリスト (Hayakawa Novels)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

賢い血 (ちくま文庫)

賢い血 (ちくま文庫)

 

殺しの時間-乱視読者のミステリ散歩

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ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

 

フリッカー、あるいは映画の魔

フリッカー、あるいは映画の魔

シークレット・ヒストリー〈下〉 (扶桑社ミステリー)

シークレット・ヒストリー〈下〉 (扶桑社ミステリー)

●↓『シークレット・ヒストリー』再刊版!

黙約(上) (新潮文庫)

黙約(上) (新潮文庫)

黙約(下) (新潮文庫)

黙約(下) (新潮文庫)

 

閉じた本 (創元推理文庫)

閉じた本 (創元推理文庫)

 

【連載エッセイ】ミステリー好きは夜明けに鍵盤を叩く バックナンバー

2017-06-08

第39回 ひからびた骨に血肉を与える調べ―T・ボウマン『ドライ・ボーンズ』(執筆者・佐竹裕)

 

 音楽好きでなくとも、フィドルという楽器の名前を聴いたことがある方は少なくないと思う。言ってみればヴァイオリンの別称。すぐさま浮かぶイメージというと、ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)』(1964年)や、ユダヤ系俳優トポル主演でのその映画化作品(1971年)だろうか。おもにクラシック音楽に使われる場合にはヴァイオリンと呼ばれることが多いし、カントリーやブルーグラス、フォーク・ミュージックだとフィドルと呼ばれがちだという印象があるけれども、厳密には異なるものなのかもしれない。そもそもフィドルというのは英語で、ヴァイオリンというのはイタリア語からきた言葉だという。そう思うと、カントリー・ミュージックが根づいているアメリカなどでは英語由来のフィドルという呼称が用いられるってのにも、なんとなく納得がいくではないか。

 相変わらずの長い前置きだけれど、今回の主役が、じつはこのフィドルなのです。

 

 

 このフィドルくんがひっそりと(でいながら重要な意味を持って)存在感を主張している作品というのが、2015年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀新人賞を受賞したトム・ボウマンのデビュー作『ドライ・ボーンズDry Bones in the Valley)』(2014年)。ペンシルベニア州の田舎町を舞台にしたシリアスな人間ドラマだ。

 主人公は、ペンシルベニア州北東部の谷間にあるワイルド・タイム群区で警察官を務めるヘンリー。彼の元幼馴染とも言える町のはぐれ者ダニーが、世捨て人で認知症の老人オーブニーに散弾銃で撃たれたと知って老人の家を訪れると、山中にある若者の死体の件でやってきたのかと逆に問われることに。そこには雪解けで露わとなった遺棄死体があった。片腕が失われていて、検視の結果、フリントロック式のマスケット銃で撃たれたものと判明。殺人事件の重要参考人としてオーブニーは連行されてしまう。一方、事情を聴くためにダニーを探していたヘンリーの助手ジョージがやはり射殺死体となって発見される。

 遺棄された死体にまつわる殺人事件を中心に、シェール・ガス利権をめぐる掘削業者の干渉、ドン・ウィンズロウの『ザ・カルテルThe Cartel)』(2015年)よろしくメキシコの麻薬カルテルと覚醒剤密造者との癒着と、この辺境の田舎町が孕んでいるさまざまなトラブルが、ヘンリーの前に立ちふさがる。さらには、古くから町に居ついてきた家族の秘密を守ろうと頑なな住民たちの抵抗もあるなか、ヘンリーはマスケット銃を手掛かりに町に秘められた過去を探りあてようとする。

 ヘンリーは過去にとある悲劇を抱えていて、それは後半になるまで小出しにしか語られない。じつはシェール・ガスにかかわる環境問題につながるのだけれど、最愛の妻ポリーを失ったことも、想像はできてもその理由はなかなか読者に知らされないのである。小説の結構のバランスが悪いと言われても仕方ないくらいなのだけれど、その間じっくりと語られていくワイルド・タイム群区の人間関係のエピソードは多分にスリリングだ。

 

 解説の霜月蒼氏が指摘されているように、『沈黙の森Open Season)』(2001年)で初登場した猟区管理官ジョー・ピケットのシリーズでおなじみのC・J・ボックスの一連の作品などと同様に、本作は〈田舎ノワール(Country Noir)〉(Rural Noirとも言う)の位置づけになるのだろう(ダニエル・ウッドレル、トム・フランクリンといった作家の作品なども)。ただし、『ドライ・ボーンズ』が評価されたのには、それだけでない大きな背景があるように思える。それは、アイルランド系アメリカ人という人種にかかわるもの。霜月氏も、ヘンリーが直面するのは“前近代的な「アメリカ」のありよう”であり、そこには“最初期の移民にまでさかのぼる白人の歴史がある”と指摘されている。

 周知のとおり、アイルランド人は18世紀から19世紀にかけて、イギリス国教会からの宗教的虐待やジャガイモ飢饉など、迫害と貧困から逃れて新天地を求めてカナダやアメリカへと渡っていった。とはいえ、その大半が根付いていったのは、辺境の地であるペンシルベニア、ヴァージニアといった州であり、そこでもまだ初期のアイルランド移民は、アメリカ人のうち圧倒的多数であったイギリス系民族からの差別、プロテスタントからの宗教的弾圧等を一身にうけるという憂き目にあってきたのである。

『ドライ・ボーンズ』で描かれる主人公・ヘンリーにかかわる物語は、まさにそのような土地に住みつづけ大半を占めるアイルランド系アメリカ人の物語。差別的問題も解消されず、アイルランド系は警察官や軍人など、危険に直面する職業にばかり就かせられていたという、かくのごとき歴史的背景が登場人物たちに重くのしかかっている空気感が、行間からひしひしと伝わってくるのだ。

 

 唐突にフィドルが主役だと述べたのは、じつは、そんなアイルランド移民の町の物語を象徴するひとつの道具として登場するからなのである。じつは、主人公のヘンリーはフィドル奏者でもある。フィドルはアイルランド民謡には欠かせない楽器のひとつ(アイルランド民謡といっても、一般的に知られているとしたら古典民謡に現代風なアプローチを試みてグラミー賞まで受賞しているチーフタンズくらいかもしれないけれど)。移民とともにアメリカ大陸へと流れ着いたアイルランド音楽は、古典民謡から派生したフォーク・ソングの要素をアメリカ音楽に注ぎ込んだわけである。それはアメリカならではのバンジョーといった楽器と出会い、カントリー・ミュージックやブルーグラスの源泉をつくりあげる。主人公の奏でるフィドルは、歴史背景をも含めたそんな人種的なバックグラウンドを象徴する。アイルランド移民であるということ、移民の一族が住み続ける町、それをとりまく生活様式、音楽、人間関係。

 

 当然のことながら、要所要所にフィドルが活躍するような楽曲が実際に登場してくることになる。ヘンリーが最初にフィドルを学んだ年寄りの師匠とのレッスン・シーンでは、「赤毛の少年(Red Haired Boy)」、「エドワード・イン・ザ・トリートップ(Edward in the Treetop)」というアイルランドのフォーク・ソングや、敗戦とともに祖国へ帰るアイルランド人兵士を歌ったカントリー・ソング「ボナパルツ・リトリート(Bonapalts Retreat)」が、課題曲として採りあげられている。少々ぼけてしまっている老人オーブにせがまれてフィドルを弾いてみせるシーンでは、「ショウヴ・ザット・ピッグス・フット・ファーザー・イン・ザ・ファイアー(Shove That Pigs’ Foot a Little Further into the Fire)」、「ビリー・イン・ザ・ロウグラウンド(Billy in the Lowground)」を。そのヘンリーの演奏に刺激されて老人もまたぼそぼそと、「ザ・スティル・ハンター(The Still Hunter)」という曲を弾いてみせる。これは作中のヘンリーやリズ同様に聞いたこともなく、調べがつかなかったのだけど。ちなみに「ショウヴ・ザット〜」は、アカデミー賞をにぎわせた映画「コールド マウンテン(Cold Mountain)」(2003年)の中で「Ruby With The Eyes That Sparkle」と改題され、フィドル奏者スチュアート・ダンカンとダーク・パウエルの二人による演奏が使われていたので、聴きおぼえのある方もいるかもしれない。

 ダンス・ミュージックを奏でるには、フィドルバンジョーさえあればいい――命の恩人であるエド&リズ夫妻とときおりおこなう練習も、ヘンリーにとって大切なひとときだ。診療所を営んでいるリズはバンジョー奏者で、ほぼ親指と人差し指で引くクローハンマー奏法に秀でたプレイヤーだという。そして、いまは亡き最愛の妻ポリーとの出会いを回想するシーンも胸を打つ。アイルランド民謡で使われる代表的な打楽器バウロンを叩いている女性に、そっと近づきフィドルの演奏を重ねるというものだ。

 ついでながら、ヘンリーとときに敵対し、ときに哀しみを共有する保安官ダリーもまたトロンボーンを吹くという噂があり、殺された助手ジョージと関係があったと思われる大柄な女性トレイシーは1960年代のフォーク歌手のように美しいアルトで歌う。そしてアメリカ南東部によく生息するミルクヘビまでもが、ワルツのリズムで身体をくねらせるのだ。

 

 すでにお気づきのように、この小説の美しい情景を彩るものとして、このようにつねにアイルランドから流れ着いた歴史ある音楽の調べが息づいている。そもそも、小説自体のタイトルに使われた「ドライ・ボーンズ・イン・ザ・ヴァレー(Dry Bones in the Valley)」もまた、よく知られたトラディショナル・フォーク・ソングのタイトルから取られている。そのまた元となったのが、谷間に満ち溢れるひからびた骨に神が命を吹き込み、血肉や皮膚を与えて生き返らせるという、旧約聖書のエゼキエル書の一部。閉ざされてきた過去の記憶を白日の下に晒そうということの暗喩であるのかもしれない。

 アイルランド移民の末裔は、アメリカの総人口の1割以上を占めるという。そしてその背景には逆境から新天地を求めてアメリカやカナダに渡り、そこでもまた不運を背負わされたという苦難の歴史もあった。そう思うと、アイルランド民謡の陽気な旋律は幸福を求めたものであって、それでもそこはかとなく哀愁を感じてしまうのは拭い去れない歴史的悲劇によるものだ、と思うのは少々考えすぎなのだろうか。

 

 余談になるけれど、先ごろ『背信の都Perfidia)』(2014年)で新たな四部作をスタートさせたノワール界の狂犬ジェイムズ・エルロイ。『ブラック・ダリアBlack Dahlia)』(1987年)に始まる〈LA四部作〉、『アメリカン・タブロイドAmerican Tabloid)』(1995年)に始まる〈USA三部作〉の全作を通して関わり、エルロイが真の主人公として描く悪徳警官ダドリー・スミスもまたアイルランド人。もちろん、LA四部作の時代の申し子ジョン・F・ケネディの一族もまたアイルランド系アメリカ人だ。そして、いまさらながらではあるけれど、ハードボイルド小説の祖・レイモンド・チャンドラーもしかりである。 

   

YouTube音源

 

“Dry Bones in the Valley" by Bascom Lamar Lunsford

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*本書のタイトルとなったアメリカン・フォークのスタンダード曲。法律家でもあったフォーク・シンガー、バスコム・ラマ―・ランズフォードの歌唱で。

 

“The Red Haired Boy” by Bug Tussel Bluegrass Band

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*バグ・タッセル・ブルーグラス・バンドなるセントルイスのグループによる、アイリッシュ・トラッド「赤毛の少年」の演奏。

 

“The Red Haired Boy” by Ryan Spearman

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*ライアン・スピアマンなるアーティストが、同じく「赤毛の少年」をクローハンマー奏法のバンジョーで演奏している。

 

“Shove That Pigs' Foot a Little Further into the Fire” by Bruce Molsky with Sharon Shannon & Jim Murray

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*NYの人気フィドル/ギター奏者にしてヴォーカリストのブルース・モルスキーに、辣腕のセッション・ギタリスト、ジム・マレイらが加わった「ショウヴ・ザット・ピッグス・フット・ファーザー・イン・ザ・ファイアー」の演奏。

 

“Billy in the Lowgrand” by Wayne Henderson, Martha Spencer & Jackson Cunningham

D

ヴァージニア州のギタリスト、ウェイン・ヘンダースン、スペンサー・ファミリー・バンドのマーサ・スペンサーに、マンドリン奏者ジャクスン・カニンガムが加わった、2010年のライブより「ビリー・イン・ザ・ロウグラウンド」の演奏。

  

◆関連CD

“Bonapalts Retreat” by The Chieftains

6: Bonaparte's Retreat

6: Bonaparte's Retreat

*アイルランドの古典民謡を現代風にアレンジしてグラミー賞まで獲得し、いまやアイルランドを代表する国民的バンド、チーフタンズが、アイルランドのスタンダード曲をタイトルに選んで1976年に発表した6枚目のアルバム。

 

“Starch and Iron” by Rayna Gellert and Susie Goehring

Starch & Iron

Starch & Iron

*「エドワード・イン・ザ・トリートップ」を取り上げた、フィドルとギターの女性コンビによる2005年のアルバム。

  

◆関連DVD

屋根の上のバイオリン弾き

コールドマウンテン

コールドマウンテン [DVD]

コールドマウンテン [DVD]

 

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

  好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

 

 

沈黙の森 (講談社文庫)

沈黙の森 (講談社文庫)

ウィンターズ・ボーン

ウィンターズ・ボーン

密猟者たち (創元コンテンポラリ)

密猟者たち (創元コンテンポラリ)

合本 背信の都【文春e-Books】

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ブラック・ダリア (文春文庫)

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アメリカン・タブロイド〈上〉 (文春文庫)

アメリカン・タブロイド〈上〉 (文春文庫)

アメリカン・タブロイド〈下〉 (文春文庫)

アメリカン・タブロイド〈下〉 (文春文庫)

 

 

【連載エッセイ】ミステリー好きは夜明けに鍵盤を叩く バックナンバー

2017-05-23

第38回”33”の回転と復讐は――『メソッド15/33』(執筆者・佐竹裕)

 

 先日、なんと55周年を迎えたという銀座の老舗バーでユニークなイベントが催された。数多のCM曲やドラマの主題歌、もしくは往年の人気TVドラマ「寺内貫太郎一家」(向田邦子原作)の頑固親父役でおなじみの作曲家・小林亜星さんが、手回しの蓄音機で昔懐かしのジャズのSP盤をかけるというもの。カートリッジ部分にも使用するのは竹針だけに1枚かけると交換。さもないとレコード盤が削れていっちゃうからだとのこと。いやあ、そんな儀式めいたところもいいもんです。

 さすがにそこまで徹底しちゃいないだろうけど、このところのアナログ盤ブームたるや凄まじい。レコードを知らなかった若者世代にまで広がっていて、たいていの話題作は国内外を問わずデジタルとアナログとの両方でアルバムが発売される。日本では唯一と言われるアナログ盤プレス工場のある会社・東洋化成に見学に出かけたこともあるのだけれど、広報担当の方によると引きも切らずにオーダーが入ってくる状況だとのこと。こんなことならCD盤に切り替えてアナログを大量に処分なんかしなきゃよかった……って、あとの祭りか。

 

 ここで我ら世代にゃ常識だろう講釈をば。一般に流通しているLPと呼ばれるアナログ・レコード盤(Vinyl)は直径12インチで、回転数が1分間に33と1/3回転だ(3分間に100回転ということ)。シングル・ヒット用に両面1曲ずつ収録されるEPと呼ばれる通称ドーナツ盤は直径7インチで、回転数は1分間に45回転。もともとは発売元の規格違いによる差異だったようですが。ちなみにSPの回転数は1分間に78回転。アナログ音楽世代としては、これら33、45、78という数字にはやけに敏感に反応してしまう。

 とまあ、まるで強引とも思える導入ではあるけれど、米国の女性作家シャノン・カークのデビュー作『メソッド15/33Method 15/33)』(2015年)を書店で見かけたとき、まず最初に目を引いたのが、この“33”という数字だったことは否めない。ただしこの数字、監禁ものサスペンスであるこの小説のヒロインにとっては回転数ではなく、脱出&復讐のための道具にふられた番号にすぎないのだけれど。

  

『メソッド15/33』は、誘拐監禁ものという暗鬱なテーマながら、圧倒的に痛快なエンタテインメント小説である。ヒロインは16歳の女子高生。わけあって名前はあえてふせておく。しかも彼女は親愛なるボーイフレンドの子どもを身籠っている妊婦でもある。ある朝、通学途中に銃を突きつけられ「抵抗すると腹の中の子どもを殺す」と脅されて、栗色のバンに引きずり込まれてしまう。このあたりが事件自体の重要なポイントとなる。つまりは、誘拐犯は妊娠していることまで知っていて拉致したのである。

 とはいえ、一見すると普通の女子高生なわけだけど、ひとつ特異なことというと、(じつは犯人も知らないことに)彼女は超人的な記憶力と自身の感情のオンオフ・スイッチを有する一種の天才少女だった。囚われの身になった瞬間から、脱出と復讐、彼女はそれだけを目的に自身の感情をコントロールし、そのために利用できるあらゆる周辺情報を取り込んでいく。緩んだ床板、赤いニットの帽子、ビニール、バケツの金属製取っ手……それらすべてに道具番号をわりふって頭の中に整理していくのだ。

 

 一方、多発する少年少女の誘拐事件を専門に追いかけるFBI特別捜査官ロジャー・リウの視点からも、誘拐事件の様相が描かれていく。ヴェトナム人の父とニューヨーカーの母との混血である彼も、異常なまでの記憶力をもつ特殊な人間だ。かつて少年時代に最愛の弟が誘拐され、リウはその特殊な能力を使って独力で弟を救出するという体験をしていた。この事件が原因となって心に傷を負ってしまった弟のことを憂い、誘拐事件全般に執拗なまでの復讐心を燃やすようになった。彼とパートナーを組む強面女性捜査官(なぜか仮にローラと呼ばれている)。彼女もまた常人とは桁違いの嗅覚を身に付けているので、いわば超人コンビが捜査にあたっているわけだ。そう思うと安易なヒーロー物のような印象を与えるかもしれない。けど、作者はそうした特殊な感覚相互作用に関してもきちんとした文献にあたっていて説得力ある描写を心がけているようだ。

 

 小説の結構としては、17年後に成人したヒロインが事件発生時を振り返って語っているというもの。もちろんヒロインが叡智を振り絞って冷静に“脱出/復讐計画”を実行に移してめでたしめでたしという、いたってシンプルな構図が物語の中心にはあるのだけれど、要所要所に興味深いエピソードを織り込むことで読者をまったく飽きさせない。思いがけなく読者を裏切ってくれる展開も用意されている。いやはやしたたかな新人作家の登場である。

 

 さてさて、本題。じつは作者カークには3人の兄弟がいてそれぞれアーティスティックな道(彫刻家、セラピスト、ミュージシャン)に進んだという。冒頭の謝辞に記されているように、末弟マイクルというのは、サンズ・オヴ・カラルなるヒップ・ホップ・グループの中心人物で、プロデュースとラップを担当しているM・C・カポーンというアーティストらしい。彼のプロデュースしたナンバー「ヘイト・ワッツ・ニュー・ゲット・スクリュード・バイ・チェンジ(Hate Whats New Get Screwed By Change)」はyouTubeで聴くこともできるのだけれど、まさにこの歌詞のなかから、ヒロインが脱出/復讐のために自らを鼓舞する言葉が選ばれたという。作者本人が言うように、彼の音楽観が作品全体に大きな影響を与えているのだ。文体が持つ心地よいリズムのビートもまた、そんな影響があるのかもしれない。

 作中もっとも音楽的な場面は、まさにヒロインが誘拐犯を罠にかけてしとめる準備を進めるところだ。実際には獲物を仕留める重要な道具のひとつとなるラジオから、狂おしいまでのオペラのフレーズが部屋に響きわたるところ。オーケストラが指揮に合わせて、賛美歌のロック・ヴァージョンを炸裂させる瞬間のために身構えている。この表現の臨場感たるや、凡百のスピーディーなロックよりも説得力ある表現なのだ。

 それと対極をなすように、より具体的に歌詞を記して使われる楽曲が4つ。エストニア出身の女性シンガー&ソングライター、ケルリの「ウォーキング・オン・エア(Walking On Air)」は、計画決行の章のエピグラフとして歌詞の一部が引用される。疑問を捨てる強さがあれば自分の世界に火をつけられる、と。同じくその4章あとでは、女性シンガー、カレン・ぺリスを擁するイノセンス・ミッションの「ゴー(Go)」の引用が(「不可能なことなんてないんだから先へ進んで行こう……」)。

 

 物語の後半では、サンタナと元ハウス・オブ・ペインエヴァーラストが共演して大ヒットした「プット・ユア・ライツ・オン(Put Your Lights On)」。お腹の子の父親であるレニーの存在を語るのに、「わたしの頭に手をおく天使がいる……」と。

 そして事件がすべて片付いた17年後、元捜査官リウとともに彼の選んだナンバー、ニューハンプシャー出身のシンガー&ソングライターであるレイ・ラモンターニュの「トラブル(Trouble)」をヒロインは聴く。生まれたときから山ほどのトラブルや悩みを抱えてきたけれど、彼女がいつもぼくを救ってくれた……。

 また、子どもの頃にヒロインが猫を飼いたがって、母親が好きなジャクソン・ブラウンという名前をつけて何とか飼うことを認めさせようとしたり、生まれてくる子供にディランという名をつけたいと考えたりと、音楽好きのマインドをくすぐる小ネタもさりげなく挿入されていて、音楽というものを道具として巧みに使いこなしていることがわかる。

 ここで話を戻すけれど、実際に作中で“15”と“33”(33日目に決行という意味でもあるけど)が表すのは道具にふられた番号で、それぞれ“黒い鉛筆削り”と“水”である。その2つの数字を象徴的に“脱出/復讐計画”の名称にあてているわけだけど、その実際の利用法については先を読んでもらうしかない。ともあれ、水もレコードもともに振動やら何やらをを伝えるものとして、あながち無関係というわけでもないだろう。なあんて。

 

 理不尽にも監禁された囚われの身にありながら、狡知に長けた主人公が策略を弄して脱出するスリリングな小説というと、ミステリー・ファンの話題をさらったピエール・ルメートルの『その女アレックスAlex)』(2011年)の前半部、鼠に襲われる恐怖と直面させられる場面をすぐさま思い起こした方が多いと思う。さらには、これまた一気に人気作家の座を手に入れたジョン・ハートの『終わりなき道Redemption Road)』(2016年)。こちらは、少女誘拐監禁犯を射殺した女性刑事の物語だった。監禁場所という密室でいったい何が行われていたか。思いもよらない真実を抉り出すサスペンスの秀作だった。

 そもそも監禁を扱ったミステリー作品は数多い。「ヒッチコックマガジン」の1959年創刊時に編集長を務めた小林信彦の初期純文学作品にも、そのものずばりの『監禁』というのがあったけれど、とにかく真っ先に思いつく小説といえば、人気作家が熱狂的なファンに監禁されるスティーヴン・キングの名作『ミザリーMisery)』(1987年)だろう。そのキングが絶賛するジャック・ケッチャムの『隣の家の少女The Girl Next Door)』(1989年)、ジェフリイ・ディーヴァーの『監禁Speaking In Tongues)』(2000年)に『静寂の叫びA Maiden’s Grave)』(1995年)、ジュリア・フォーダムのヒット曲のタイトルに使われた、イアン・マキューアンの初期長篇『異邦人たちの慰めThe Comfort Of Strangers)』(1981年)などもそうだった。大部さだけでなくその驚異的な面白さで話題を席捲したチャールズ・パリサーの物語小説『五輪の薔薇The Quincunx)』(1989年)でも、主人公の少年を取り巻く数々の謎と事件の中で、監禁場所からの逃亡という手に汗握る場面があったと記憶している。

 

 とまあ枚挙にいとまがないのだけれど、最近だと、フランスの新鋭サンドリーヌ・コレットの『さささやかな手記Des nœuds d’acier)』(2013年)が印象深い。この作品についてはあらためて別の機会に取り上げさせていただくけれど、さらには『ミザリー』へのオマージュとも言えるS・A・ボディーンの『監禁The Detour)』(2015年)なども邦訳紹介されたばかりだ。弱冠17歳のベストセラー作家が被害者となる誘拐監禁もののストレートなサスペンス作品である。

 作者のシャノン・カークはペンシルヴァニア州イーストン生まれ。文豪ウィリアム・フォークナーの冠がかぶせられ未発表の作品を対象にした〈ウィリアム・ウィズダム・ライティング・コンペティション〉において、2012年に未完の長篇『The Extraordinary Journey of Vivienne Marshall』、翌年に本作のもととなったらしい中篇『15/33』、さらに翌年の2014年に未完の普通小説『The Impossibility of Interplanetary Love』と、3年連続で最終候補に選ばれている。マサチューセッツ州で弁護士を営み、ロースクールで教鞭もふるっている。少々エキセントリックな両親に、芸術への興味だけでなく、ボブ・ディランとサンタナがいかに天才であるか教え込まれた幼少期をだったという。むべなるかな、ですね。

 

YouTube音源

"Hate Whats New Get Screwed By Change" by MC Capone

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*シャノン・カークの実弟マイクルが所属するサンズ・オヴ・カラルの「ヘイト・ワッツ・ニュー・ゲット・スクリュード・バイ・チェンジ」。

 

Kerli - Walking On Air

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*エストニア人のシンガー&ソングライター、ケルリの「ウォーキング・オン・ウォーター」。

 

"Put Your Lights On" by Santana featuring Everlast

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*サンタナとエヴァーラストの共演による「プット・ユア・ライツ・オン」。大ヒットしたアルバム『スーパーナチュナル(Supernatural)』(1999年)に収録された。

 

"Trouble" by Ray LaMontagne

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*2004年のデビュー・アルバム『トラブル』の表題曲をアコースティック・ライヴで。

  

 

◆関連CD

『No-Plan-B』by Sons Of Kalal

No-Plan-B-Prerelease

No-Plan-B-Prerelease

*M・C・カポーンが所属するサンズ・オヴ・カラルのデビュー・アルバム(2008年)。

 

『Love Is Dead』by Kerli

Love Is Dead

Love Is Dead

*「ウォーキング・オン・エア(Walking On Air)」を収録したケルリのデビュー・アルバム(2008年)。

 

『Glow』by The Innocence Mission

Glow

Glow

*「ゴー(Go)」を収録した米国のインディー・ロックバンド、イノセンス・ミッション1995年発表の3rdアルバム。カレン・ぺリスの繊細なヴォーカルが優しい。

 

『Trouble』by Ray Lamontagne

Trouble

Trouble

*ニューハンプシャー生まれのフォーク歌手、レイ・ラモンターニュのデビュー・アルバム(2004年)。

 

◆関連DVD

『悪魔のセックス・ブッチャー(Three On A Meathook)』

*誘拐犯の兄弟と対話したヒロインが、かつてボーイフレンドのレニーと観たこのサイコパス映画を思い出す。映画の中で被害者が刺殺されるシーンでチャイコフスキーの音楽が重なるというのだ。ウィリアム・ガードラー監督による1972年の作品。



佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

  好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

 



メソッド15/33 (ハヤカワ文庫NV)

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ミザリー (文春文庫)

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隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

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監禁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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異邦人たちの慰め (Hayakawa Novels)

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