俺は酒に酔うとよくゴルフの話をする。
俺は酒に酔うとよくゴルフの話をする。
この日も俺は鈴木相手にゴルフの話を延々としていた。
ゴルフってのはパー4が多い。パー4ってのは4打で入れろって事だ。
4打だ。何故4打か解かるか。これは言うなれば起承転結を意味してるんだ。
起で起こし、承で受け、転で転じ、結でまとめる。
そしてこの起承転結で1番重要とされているのは、承の部分だって事はあまり知られていない。
そう、つまり大事なのはいつだって第2打目なんだ。
1打目ぽしゃっても、2打目でやり直しがきくんだ。人生だってこれと同じだ。
例えるなら、1打目は10代から20代前半にかけての学生時代。
2打目はそっから30代あたりまでの社会人としての始まり。
3打目は脂の乗りきる40代、50代、そして4打目、人生の集大成の60代以降。
俺はな、1打目しくじった。他の奴らより少し出遅れた。
でもな、やり直しはいくらでもきく。俺にはまだあと3打あるんだ。まだ終わっちゃいねー。
こっからだ。こっから挽回してきっちり4打目でカップにボールを入れてやる。
お前見てろよ、馬鹿野郎。
そんな俺の熱弁を尻目に鈴木は退屈そうに新しく買った携帯電話をいじっている。
人生とはゴルフだ、俺はもう一度自分に確かめるように言った。
鈴木はちらっと俺の方を見てその後、邪魔くさそうにこう言った。
「あのさ、その話3回ぐらい聞いてんだけどいつも思うんやけどあんた、
1打目OBだから、またボール最初っからちゃうん。挽回無理やろ。」
俺は少し腹が立った。しかしいつもの鈴木ならここで話が終わるはずがこの日は違った。
「でも、無理に4打で入れようとせんでもいいんちゃうん。
5打かかっても6打かかってもいいやん。あんたはあんたやん。」
それを聞いた瞬間、身体中に稲妻が走った。
俺にはない発想。逆の発想。何故だか急に身体が軽くなるのを感じた。
俺は初めて鈴木がいとおしく思えた。
「俺の人生のキャディーさんになってくれ。」自分でも驚くほど素直になれた。
鈴木は間を入れず「やだ。」と答えた。しかし答えは別にどうでもよかった。
俺は目の前のグラスの氷をカランカランと鳴らしマスターを呼び、
いつもよりほんの少し強い酒を頼んでみた。
店のステレオからは大好きなボブディランが流れていた。
熱が40度あった朝
熱が40度あった朝、上司は風邪ひとつひいたことなくて、「会社で倒れろ」という人だった。
片道1時間で二回乗り換えの通勤は、とてもじゃないけど無理だった。
ものすごく贅沢というか、薄給にはとんでもない無駄遣いなんだけど、駅に向かう途中でタクシー停めた。
行き先指定するも、既に意識朦朧。
「すみません、実は今日、とても体調が悪くて、会社に着くまでシートに横になってもいいでしょうか」
って聞いたんだ。
無口で眉毛の濃い、白髪混じりのスポーツ刈りの運転手さんは、バックミラー越しにこちらを見て、
「着いたら起こしますから、どうぞ」とだけ云った。
そうはいってもさ、眠れるわけもないんだけどさ。
でも気分的に少しはラクだったな。こうしてるだけで会社に着けるんだな、って。
で、気づいたんだ。
運転手さんは、もの凄く気をつけて、アクセルとブレーキを踏んで、シフト換えるにも、
できるだけショックのないように、そーっとそーっと操作してくれていた。
バックミラー越しに様子を確認してくれているのも、感じ取れた。(吐かれたら困るとかそういう感じじゃなくて)
頭は朦朧としてたけど、なんか、そこだけはすごくよく分かったんだ。
そろそろ着きますよ、と声を掛けられて、そっと運転してくださってありがとうございました、って云ったら、
いいえ、なんにもしてませんよ、って、やっぱり笑わないで云う。
自分、その時はホテルのレストラン勤務業だったんだけど、
そういう、なんでもかんでも儀礼的に用意された言葉やマニュアルで片づけられるもんじゃない、
なんていうかな、その時24才くらいだったけど、とても大事で渋いことを教わった気がした。
それから半年くらいたって、別の場所でまた同じ運転手さんのタクシーに乗れたとき、びっくりしたよ。
あのときは、って御礼云ったら「そんなこと、ありましたかねぇ」って、やっぱり笑わないで、
バックミラー越しに答えてた。
少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。
担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。
クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。
私は、A君の言葉を忘れない。
「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」
A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。
俺は小さい頃、家の事情でおばあちゃんに預けられていた。
俺は小さい頃、家の事情でおばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地にきて間もなく当然友達もいない。
いつしか俺はノートに自分が考えたスゴロクを書くのに夢中になっていた。
それをおばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み〜」
おばあちゃんはニコニコしながら、「ほーうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがて俺にも友達ができ、そんなことも忘れ友達と遊びまくってた頃
家の事情も解消され、自分の家に戻った。
おばあちゃんは別れるときもニコニコしていて
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」
と喜んでくれた。
先日そのおばあちゃんが死んだ。
89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみみるとそこにはおばあちゃんの作ったスゴロクが書かれてあった。
モンスターの絵らしきものが書かれてあったり、なぜかぬらりひょんとか
妖怪も混じっていた。
「おばあちゃんよく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。
「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に
「義弘(俺)くんに友達がいっぱいできますように」
人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
おばあちゃん、死に目にあえなくてごめんよ。
今日は残業の予定だったのが早く帰れることになった。
今日は残業の予定だったのが早く帰れることになった。帰宅し、おどかしてやろうかと
ほんの悪戯心で、音を立てないように細心の注意を払い、こっそり家の中へ。
したら嫁、何かふんふん歌いながら洗濯物たたんでたw しめしめと思い、
そっと距離を詰めると、嫁が歌ってたのは「一休さんテーマソング」だった…
吹く寸前でこらえ、面白いので離れてしばらく聞いてたら、歌詞もめちゃくちゃだし、
おかしくてもう俺、笑いの発作を止めるのに必死だった。
(ちなみに嫁は不思議ちゃんではなく、ごくごく普通人。だから余計面白かった)
そして歌はラストの部分へ。どうしめるのかと思っていたら、
「好き好き好き好き好きっ好き♪あ・い・し・て・る♪好き好き好き好き好きっ好き♪
○、○、○(俺の名)♪ ○、○、○(俺の名)♪たらったったったたー!♪」
なんか、「そうくんのか!」って意表つかれるやら、ノリ良く後奏部分まで歌ってんのが
おかしいやら、もう嫁が何かすげえ愛しいやら、でもおかしいやらで、こらえてたのが
崩れ、もう一気にふがっと吹き出してしまった。そしたら嫁がまたものすごく驚いて
「フギャアァァァ!!!」(←本当にこう叫んだ。毛を逆立てる猫の如しだった)
もうなんか可愛くて愛しくて、「いつから〜、いつから〜…!」とジタバタ暴れる嫁を
抱きしめて、しばらく爆笑した後、「俺も本当に愛してるよ」と言いました。
嫁、涙目顔真っ赤で「もー!」だって。
真面目に言うのと違っぽくてスマン。おしまい。
ごめんね、もう動けないみたい。
ありがとう。ごめんね、もう動けないみたい。自分でもどこが病気か解からないよ。
この前の車検の時、ディーラーの人の話してました。もう古くて部品がないみたい。
最近は初めてあなたに会った時より運転が上手になって、気持ち良く走れました。
私の癖も、全て知っていてくれていた。
いつも週末は砂埃だらけのわたしを洗ってくれて、その後はドライブの日々でしたね。
助手席に乗る人は時々入れ替わりましたね。あの香水がキツイ人、あなたの趣味?
ごめん、実は嫌いだったんだよ。
初めてあなたに会った夜、一緒に駐車場で寝た事。
フロントバンパーをぶつけられた時、泣いてくれた事。
あまり高くはないけどオイルの交換はあなたがしてくれた事。
一晩中調子の悪いところを探し続けてくれた事。
同乗者がいない時、流す音楽はいつも静かな曲だった事。
急いでいても、信号の無い場所、わたろうとしてる人に道を譲る事。
まわりから古いから別のにしろと言われても、拒否し続けてくれた事。
あなたと一晩中走り続けて朝を迎え、空き地で缶コーヒーを飲んだ事。
あなたとの10年は ほんとうに ありがとう