Hatena::ブログ(Diary)

堀井の「居間 客室 読書室」 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ようこそ ようこそ いらっしゃいました。

まあ 読んでいってくださいね。
ゆっくりしてってください。
※午前4時に日付が変わる設定です。
※キーワードの自動リンクの設定は「ゼロ」にしています。

2007 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 |

2017-05-30 閑話小題 〜今日は父の44周の命日

[] 05:23 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20170530052318j:image

   * 今日は父の44周の命日

 今日父親の命日。はや44周年になる。現在の私の年齢で余命一年の末期癌

が発見され、予告通りに亡くなった。その間、千葉市郊外飲食ビルの立上げの

ため、実家で同居していたが、死の恐怖と戦う姿は実に壮絶だった。

 そのシリアスな日々の中で多くのことを学んだ。 前ぶりなく、突然襲って

くる死神。その前で人間は全く無防備のため、独り灼熱砂漠の真中に立たされた

旅人のように生への渇望に悶絶する。半面、人間の持つ、神秘的な力も現れ出る。

生きるとは、愛とは、死ぬとは、行蔵とは、創業とは如何なることかを、最後の

炎の輝きの中から、まさに‘業を授かる’一年の授業をさせて貰った。その後の

人生の大きな糧になっていた。最後に残るのは、「両親の温み」である。

 温みだけはタップリ残っているが…  さて墓参りだ!

   * 大相撲5月場所総括

・白鵬が1年ぶりの優勝に13回目の全勝で自己記録を更新して終えた。

表彰式で「ただいま帰ってきました。国歌を久しぶりに歌えて最高の気持ち

と嬉しそうだった。 次の目標は、あと二回の40回の優勝記録。

・さらに、関脇の高安が大関昇進を決めた。フィリピン人母親を持つハーフ。

色々なこともあるようだが、横綱可能性を持った逸材。あとは怪我をするか、

しないか、の問題

・さらに、若手の学生相撲上がりの、北勝富士、正力、御嶽海、宇良、石浦、

輝などが活躍した。地元の新入幕の豊山が、大負けをして再び十両になる。

一年間は、実戦の中で揉まれ土台をしっかり再構築をした方がよい。

・・・・・・

5554,閑話小題 〜父親の43周期に

2016年05月30日(月)

   * 父親の44周期に

 私も、父親の亡くなった年齢まで、あと一年になる。その一年前に胃癌

大手術を受けて、余命一年と宣告されていた。現在の私の年齢で、余命一年の

宣告を受けたことになる。手術直後、急遽、金沢から帰ってきて、千葉市郊外

千城台ビルの建設計画に着手することになる。父親から直接、創業ノウハウ

を受継ぐ貴重な経験になっていた。

 父親は、年末年始と法事以外は、酒を一切に口にしなかった。大酒飲みの

私からして、いつ、癌の余命宣言を受けても不思議ではない。新潟での事業

立ち上げた頃の営業関係の多くが飲酒過剰?で倒れ、既に亡くなっている。 

で、私の死期を75歳にラインを引いたのは、あながち間違いでもない?

 毎年、飽きもせず、父親のことを書いているが、これが私の供養。父親が、

ハッキリした具体的行動指標になってくれたのが、私のアドバンテージになって

いたようだ。 事業も、最悪の想定を課して、平常から長年かけた準備をして

おくことの必要性も学ぶことが出来た。数十年ぶり学生時代の友人が、

『お前は、用心深かった。それと、曲がりそうになるが、直ぐに元に戻る!』

という。 用心深い両親は学歴が無かった分、必死に基礎教養日常生活から

求めていた。趣味も、しかり。早寝、早起きも同じ。連合いへの別立て給与

支給と別口座預金も、実家からの継続習慣。今回の事業整理の決断も、

本能的に幼児体験と、両親の教えのベースが働いたため。その辺の下衆の

想定とは? 違っている。父親にとっての太平洋戦争と、敗戦は、それまでの

価値観根本から変わった一大イベント。 日本人は軍人が230万人、

一般人が80万人死亡したが、東北大震災の死者の150倍である。

 それでも、資産管理は、手堅くしており、何とか戦中、戦後の混乱期を、

何とか乗り越えていた。その幼児体験を、そのまま書けば、これほど面白い

舞台物語はないはず。「すざましい!」の一言。 父親は二代目だが、私の、

この随想日記は、まさに悲しいかな、<売り家と唐様で書く三代目>の現代

自覚をしているが、実家文化のお陰で、何とか軟着陸をすることが出来た。

しかし、人生を十分に楽しんだことだけは、両親に負けてない。これ、負け犬

の遠吠えか! 45年の事業人生を十二分に楽しんだのだから、両親も許す?

「日々、是、口実」ということ! そういえば、母親晩年に聞いた逸話

父親徴兵されたが、肋膜で、除隊をされた。今さら、地元に帰れなく、

 東京の同業者の一間に、一年間、居候していたことがあった> という。

父は一切、その話をしなかったが、他人には言えない話は、誰にもある。

父親に魂を通して『これ、話してよいか』聞いたところ、

娑婆のことは、娑婆判断して良い。死んでしまえば、そこまで、

此方は、此方の世界がある。』という。そう悪いところではなさそうだ。

それも、これも妄想でしかないが。 さて、花を買って墓参りだ。

・・・・・・

5189,閑話小題 〜父親の42周期に

2015年05月30日(土)

   * 父親の42周期に

 毎年、父への想いを書いた内容を読み返すと、年齢ごとの思いを書くこと、

書き残しておくことの秘儀の意味が見えてくる。父親の亡くなった年齢に、

あと二年でなる。 余命が少ないことを悟って死ぬまでの生き様、死にざまを

通して多くのことを学ぶことが出来た。 死んでしまえば、いっさい無。

物や金を残したところで、あの世に持っていけるわけでなし、あるのは暗黒の

死の不安と、人生の後悔。死を前にすると、世間とかいう壁がうき上がってくる。

そして、それが如何に、他愛がないものと思えてくる。 あの超保守的な父が、

何を思ったか、『赤旗』をとって読み始めて、自民党批判を始めていた。

それと、死に関する予備知識絶対量が必要ということも痛感した。しかし、

誰も『自分死ぬ!』とは思わない。『他人は先、我はあと』と確信している。

あの時の父の激しい生への希求が直接伝わって、「当りまえの、先ある人生

いかに素晴らしいことか」を思い知った。亡くなる直前に、『良い人生だった。

全く同じ人生を、もう一度生れ変って生きたい!』と母親に話したという。

考えつくした上での人生賛歌の総括をしたのである。 で、死に際の苦痛は例外

なく悲惨そのものだった。私のような大酒飲みは、リンゲルの効きが悪いそうな。

晩酌に缶ビール5本飲んでいた友人が先年、亡くなったが、それは酷かったとか。

                           さて、墓参りだ! 

  * 久々のジョーク

・「おい、見てみろ、日本の総理大臣が共食いしてるぞ!」

 「はぁ? 中国人じゃあるまいし、何を食ってるんだ?」

 「アメリカンドッグさ。」

・なぜ手術室から逃げたのか、お話しいただけますか? 

 病院理事患者に尋ねた。 なぜって、看護婦

『大丈夫、盲腸の手術はとても簡単なのよ!』って言い聞かせたんです。

 それで… 「彼女はね、それを先生に向かって言ってたんですよ!!」

・・・・・・

4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期

2014年05月30日(金)

    * 今日父親の41周期

 5月30日父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、

似ていることを繰返し偲ぶことになる。歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、

ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 

人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。

その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 三年前の会社整理もあって、

父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常について

まわっていた。内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を

繰り返していた。その内なる対話が、知恵の原泉である。父親が42歳時の末っ子

のため、溺愛に近い状態で育ってきた。 この温もりが心の奥にあればこそ、

多くの難関を乗り越えることが出来たようだ。いざとなると、折れてしまう人は、

両親の温もりが少ない人が多いようだ。 親の温もりが、その人の温もりになり、

それが、生きていく大きな力になる。良い時代に、良い両親に、良い人に

恵まれたことが、私の大きな財産になっている。特に、父親愛情恩恵は、

何ものにも代えがたい。

  * 内省の日々

 数日前から、ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーのテーマ

書き出しているが、ここで気づいたことは、これは内省そのものということ。

それをそのまま公開するとは、自分は何だろうと疑問がわいている。 

父の命日の想いも、内省になる。いま現在、命日の朝4時、父の魂と自分が向い

合っていると、背後の数メートルから、「なんてザマだ!」と、一喝されて

いるよう。父親が私にもとめたのは、「人生、社会の規制にとらわれず、事業

趣味も最大限に生きろ!」ということ。 しかし、この程度しか生きることが

できなかった反省と、後悔がある。酒癖の悪さで、多くのチャンスを自ら潰し、

世界を小さくしてきた自分省みることも、内省である。 それからみて、

この結果が私にとって‘ベスト’では? と・・ これは自己鎮撫になるか。

来し方を振返ると、何とも浅ましい己の姿が浮かび上がってくる。

このような人生を自嘲した歌謡曲があったが・・ 老いていくと、真面目に

なりざるを得ない。その視点で、過去を後悔するのは、所詮は老人性欝症の

なせる業ではと、内なる声もするが・・さて、これをアップして、

父親墓参りに行くことにするが、この随日も、私の法事になる。

・・・・・・

4457, 今日父親の命日 ー40周年

2013年05月30日(木)

 今日父親の命日、亡くなって40年になる。ここで毎年のように父の思い出を

書いてきたが、父も本望だろう。私も父の亡くなった71歳に、あと3年半で到達、

目先の目標に近づいてきた。私の早寝早起は、父親生活習慣を見習ったこと。

亡くなった当時は高度成長期真っ只中に、石油ショックが起きて日本中が青く

なっていた。それから日本世界も動乱が続いた。私にとって父の死と、半年後

千葉での創業と、結婚は、大きな分岐点で、父の死を引きずり悲しんでいる

暇は無かった。何事も直接跳ね返ってくる事業人生が始まったからである。

「親の死は子供に対する最大の贈物」という言葉のとおり、父の庇護が無くなり、

それから全ての責任が直接被さってきた。全てが未経験で、分からないこと

だらけ、そこで亡くなった父親を心の底で呼び出し、「どうする親父?」と一緒に

考えていた。 次から次への難問が押し寄せ、判断、決断が迫られる。

頼れるのは、浅い経験知識。それと「親父なら如何する?」の仮説の自問自答。

あの時からの40年の歳月は、やはり長い。世界日本も、そして私も変わって

しまった。情報化社会の本格的到来と、ソビエト東欧崩壊中国の共産主義

放棄が、大きく世界を変える要因になった。

 心の底で父に、「ここまで激しい変化、親父も信じられないのでは?」と問い

かけると、「私の想像を遥かに超えている。しかし、羨ましい限り。世界の果て

も気楽に見れるし、知識情報簡単に入手できるし・・ 混乱期としても豊かさ

範疇。少し先読みをし、変化を受け入れ自分が変われるかどうかだ」との返事。

過去の命日に、その時点の思い書いてきた。読み返えしてみると、成るほど思い

は残るもの。私が書いているというより、父本人が書いてと思える位だ。

両親から生まれでて、両親の元に帰っていくイメージがあるだけで充分幸せ

父を通して多くのことを学んだ。何があったとしても、両親の御蔭で、よい人生

を過ごせたと感謝している。さて、お参りだ! そういえば、母親の命日に、

このような文章を書いてない。もっと世話になったのに。

時々、夢にリアルに出てくるためか?

・・・・・・

4083, 父の命日 ー39周忌

2012年05月30日(水)

 5月30日には、毎年のように供養も含めて同じようなことを書いている。

39年といえばアッという感より、遥か古い昔に感じる。父が亡くなって5ヶ月後

千葉千城台ビルをオープン、その一ヶ月後に結婚をした。亡くなった直後は、

ショックで茫然自失だったが、数ヶ月もしないうちに激務が待っていた。

そのため父の死を悲しんでいる余裕も無くなっていた。その激務の中、ただ真正

にぶつかっていくしかない日々。そこで精神的、肉体的体力は、そのプロセスから

ついてくることを知った。人間にはイザとなると、信じられない力が潜んでいる。

極限に自分を置いて真正面からぶつかれば、何とかなるものである。 私にとって

生まれてこのかた、父の存在と影響があまりに大きかった。亡くなって気づいたが、

常に父を意識して、物事判断してきていた。だから、その時に父が亡くなった

タイミングは私にとってベストの贈り物だった。父の死と、事業の立ち上げと、

結婚と、私にとって初めて独り立ちであった。全ての計画判断実践自分

がして、結果がストレートに帰ってくるのである。それが慣れるまでは、

自由不自由性」に戸惑ったが、一度慣れると、これほど面白いものはないと

感じるようになった。 全てが自分一人の判断しか頼りにならない。とはいえ

決断しようにも自信がない。そこで自然と「自分が父だったらどうしただろう?」

の自問自答になる。そう考えると、幼児の頃から父は直接、間接的に多くの

ことを教えてくれていた。経営学とかの理論は、実践の場で直接役に立たない。

頼れるのは場当たりの直感だけである。事業を始めてから現在まで、子供の頃

からの両親の教訓が役にたったことか計り知れない。しかし終わってしまえば、

それまでだが、自分がやりたいことが創業ビジネスだったので、現在の結果は、

殆んど後悔はない。創業を幾つか楽しんだ結果、三つの経済災害で終わったが、

本心から思えるから有難い。失う哀しみは、いずれ味わう時期がくる。

順調に後継者に引き継いでもである。それなら綺麗さっぱり、根こそぎ洗い

流されてしまえば諦めがつくというもの。この結果は、ワーストでもなく、

ベターでもなく、ベストだったのかもしれない?。 世界恐慌の直前もあり、

ベスト? 父が生きていて私を批判するなら、「調子に乗りすぎて、天合を

欠いたな!」。 新潟駅前で500室は過剰だったかもしれない。

それでも父は、「その結果に押しつぶされる方が大問題撤収は、正解!」

と言うはず。 世界も、日本も、この異常事態なら当然。

・・・・・・・               

3717、閑話小題

2011年05月30日(月)

  * 今日父親の38周忌

 父親が亡くなって38周年。私には生前の父親存在があまりに大きかった

ので、亡くなった日が、第二の自分誕生日と思うほど。その時が精神的自立

の時だったようである。毎年のように同じようなことを書いているが、八人

兄姉の末っ子で、父親は特別に私を大事にしてくれていた。その意味で、私の

人生は当たりと信じている。両親の愛情の分量が、自分という存在に対して、

肯定的になれるかどうかの境目になる。父が亡くなって38年という歳月は、長く、

刺激的な日々であった。結果として、この事態(倒産)になっても、時代背景

に飲み込まれたと諦めがついている。 父から学んだことは、金銭哲学である。

『死に金を使うな、普段生活節制し、使うべき時は使うこと。事業を通して

人生を楽しむこと。趣味は大事にすること。』 大筋は、こんなものだが、

人生の何たることか、両親の生き様を通して学べたことは、本当に良かったと

思っている。この事態でも、両親の子供のころ見てきた苦労からすれば、数分一

でしかない。だから、平然?としていられる。事業を起こし、維持し、そして、

消滅させる物語は、そう甘い要素で成り立つ訳がない。その前提を知っている

から、その辺の輩の批判罵倒は無視出来る。それにしても、自分の息子に毎年、

このような追悼の文章を書いて貰える父も幸せ?である。これが私の供養である。

   * 地震保険について

・・・・・・

3352, 父の命日(37周年)

2010年05月30日(日)

 毎年、父の命日に思い出や人となりを書いていると、多くのことが記憶

彼方から思い出される。思い出し、書くことが父にとっての供養と思っている。

「過去の所業と思いが魂」と仮説を立てると、

「両親と子供の頃の思い出は魂の故里」になる。これまで書いてきたが、

父は典型的な明治人で、シャイな性格。 長男で実家の古美術商を引き継ぎ、

第二次世界大戦戦時中骨董は売れなくなったため、兵隊の戦死者が多くなり

仏壇と仏具販売で乗り切った。終戦直後古着の売買に転進、その後、衣料品

量販店に切り替え、地方では小さいながらも名をなした。古美術商時代には、

地元出身山本五十六や、ツガミの津上退助、そして野本互尊などに骨董品を収め、

時代の潮流の情報薫陶を受けたのが人生プラスにしたベースになったようだ。 

その結果、「情報の先取りと長期的視野と、転進が、人間の一生を左右する」

というのが持論にあった。それは教養によってベースが築かれることを彼らから

学んだようだ。 学歴コンプレックスも大きかったが、それがバネになった。 

日々の生活節制するのがベースで、贅沢、慢心、虚栄を忌み嫌い、清潔、

潔癖の明治人の特徴を、そのまま受け継いでいた。朝5時に起き、仏壇で祈り、

新聞を隅々まで読むのが日常だった。その辺は私も同じで、これは家の文化

(ハビトス)か。 また人に妥協するのが大嫌いで、親戚以外は、株屋ぐらい

しか周辺に近づけなかった。酒は年末年始に少し飲むだけで、外食は贅沢と

最小限度しかとらなかった。(当時は、それが一般だったが) 

年に一度の法事と、大晦日の年越しの家族従業員との宴会が晴れのときで、

その楽しかったことが、そのまま父の思い出となった。 恐らく自分死ぬ

ときのイメージは両親の手に引かれ、光の中に消えていく光景になるだろう。 

毎年、父のことを書き続けた文章を読み返すと、書き残す不思議を思い知る。

書くことは、その時点では心の記録だが、時間の経過とともに魂の記録になる。

人間の脳の思いなどアテにならないし、思い出もそうだ。しかし書き出し、

それを重ねることで、魂に熟成していくのである。音楽家音楽で、仏像師は

仏像で、作家小説で、魂の記録として刻印されるのである。

それも宇宙時間からみれば微小のこと。しかし、微小のことでも、

それに乗っている間は人生である。さて、恒例の墓参り

2017-05-29 閑話小題 〜帰りの宇宙船内で

[] 05:36 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20170529053614j:image

   * 帰りの宇宙船

 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、

宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」

と、そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間

営々としてつくり上げた「文化文明」をみること出来なかったことに後悔

する」と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの

現実社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の

極みの実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。

旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界

の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、

約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、

宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう?

観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽

八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い

子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。

ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、

早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。

「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、

いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが… 

・・・・・・

5553, 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとでしよ」」

2016年05月29日(日)

   * 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」

<「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」>は、自らの壁を

つくることになることに気づかない。この随想日記を読み返すたびに、

「要するに」が目に付いてしまう。 要約を一度する癖も必要としても、

自分の理解した枠に、せっかくの新しい知識、情報を押し込むために、

次の深化が、そこで止まる。

 最近、老いの一現象か、「面倒くさい」の思いが先立つ。しかし、何事も、

「面倒くさい」先に、面白いこと、楽しいことが待っている。乗り越えてこそ、

面白いのに、「よる年波に勝てず」と、年齢のせいにする。「面倒くさい」を

乗越えるためには、一日、週、月、年単位スケジュールを予め組むとよい。

 次に、「面白くない」。 これは老化のバロメーターである。以前は、

あれほど面白かったことが、何か詰まらない。「あれは、ああいうこと、

これは、こういうこと」と、小さな自分範疇に入れてしまう結果である。

何事も、急がしい合間に、無理をしてするから楽しいことが多い。

老いるほど、中村天風の『積極一貫』を心がけなければならない。

「あとで」と後回しにして、多くのチャンスを逸してきた。「あとで」と

後回しにした事の山積みが、あまりに多い。『20秒ルール』と法則があり、

とにかく、20秒以内に、手をつける。投手がキャッチャーからボールを

受取ってから投球に入らなければならない時間を、何事にも当てはめれば

よい。これは、上記は老化現象として、私たちの生活劣化させる。

・・・・・・

5188,人生相談という気晴らし! 〜?

2015年05月29日(金)

            『人生、しょせん気晴らし』中島義道

  * 父親とは、息子にとって「存在自体が悪」である

 父と息子の関係は、古代より続く永遠テーマである。「息子にとって、

存在自体が悪!」とは・・ 私にとっての父親は、最大の理解者で、

独立を一歩、踏出したベストのタイミングで亡くなった。私に必要だった

のは、まず父親からの独立だが、計ったように亡くなっていった。

 人生で一番に恵まれていたのは、父親の直の愛情。その温もりは、

今でも残っている。ただ、私には具体的な指示は一切しなかった。

私から、能動的に具体的な何かを求めてくるまで、何も言わなかった。

≪  Q: 父親とはどういう存在であるべきか?

六十二歳の父親です。三十歳代の息子と娘がいます。私が育った家庭環境

封建的であり、父を敬う風潮のある時代でした。しかし、その風潮も現在では

臭い子供や妻に反感を買うだけです。最近、思うのは私自身が父親として、

どんな存在だったかということです。子供たちは、大学を出たのですが就職

氷河期ということもあり、安定した職につくことなく、社会を彷徨ってますし、

結婚もしていません。私は家族幸せを考えこれまで働き、経済的な豊かさも

獲得してきたつもりでしたが、これで良かったのかと疑問が残ります。

子供たちに一体何をしてやれたのかと考えるとやりきれない思いに囚われます。

父親の役目を終える時期が近づいているのですが、父親とはどういう存在である

べきかと今頃になって悩んでおります。中島先生はどのようにお考えでしょうか?

  A: 父親は子供から忘れ去られることを望まなければならない

 今回の二つのご質問を読んで、あらためて私は「人生相談」に向いていない

なあと思かました。人生相談を持ちかける人は、たぶん常識の範囲を超えない

かぎりで、つまりあまり苦労なく実行できる範囲で、何らかのポジティヴ

回答を求めている。あるいは、ちょっと考え方を変えれば「楽になる」そんな

妙薬を求めている。とすると、私にはそういうご期待に答える素質も趣味も

ないからです。人生が何の意味もないことは自明であり、その無意味人生

の終局は死であって、永遠の無に突入するのでしょう。こうした差し迫った

大問題に比べると、どんな相談も失礼ながらちっぽけなもの、どうでもいい

ものに思われてしまうのです。と厭味を言ったうえで、お答えします。

私も一人の息子の父親ですが、「父親とはどういう存在であるべきか」と悩んだ

ことはまったくない。なぜならば父親とは、とくに男の子にとって三島由紀夫

言葉なのですがー「それ自体としての存在が悪だ」ということがよくわかって

いるからです。もともと存在が悪なのですから、善人ぶってもすぐに化けの皮が

はがれてしまう。父親は子供に何をしても、いや、何かをするほど嫌われます。

とくに、感謝されよう、尊敬されようとして何かをすることが一番いけない。

とすると、何もしないのが一番いいという結論が直ちに出ます。父親は勝手に

子供を作ったのですから、子供経済的には二十歳までは支援する義務がある。

子供に生きていくカを授ける義務もあるかもしれない。しかし、それが「義務

なのですから、何の見返りも期待してはいけない。とくに、「立派な人」に

なること、「幸福になること」を期待することが一番いけない。そんなことは、

(父親という)他人が口出すことではないのです。父親は苦労に苦労を重ねて

子供を育て上げたら、子供から忘れられることを望まなくてはならない。

子供に対する執着を断つこと、子供から独立することです。どうせ、ちょっとで

死んでいくのだから、子供人生は、子供に任せて、残された人生自分

ために使ったらいかがでしょうか?悪人悪人に徹することです。≫

▼ 父の亡くなった年齢に近づくにつれ、やはり父親が、最大の理解者で

 あったと同時に、教育者だった。いつも、待ってくれていた。傷ついて、

横たわっていた時に、ただ一言『死んでしまえ!』以外、何も言わなかった。

死ぬに死ねないから、ただ、ジッとしていた。そのジッとしている効用こそが

人生にとって大事なことである。  明日は、その父の43回忌になる!

・・・・・・

4823,変えてみよう!記憶とのつきあいかた ー4

2014年05月29日(木)

         「変えてみよう!記憶とのつきあいかた」ー高橋雅延著

   * 万能薬としての「語り直し」

 ー「事業人生の45年」の語り直しーを書き始めたが、何故か心が重い。

 気持ちの中で目的のため、多くを切り捨ててきた部分を違う視点で見ることに

なるからだ。しかし、一つのことを得ようとしたら、それに見合うだけを捨てて

かからないと、何も得ることができない。万能薬として「語り直し」も、劇薬

にもなってしまう。これまでの記憶のありようを現在の主観的経験で変えようと

するのが、「語り直し」である。  ーその辺りから

《 その人の立ち位置によって、同じできごとでも違って解釈できる。だから、

 過去のどんなできごとも、必ず違ってみることができることを、肝に銘じて

賜おくことが必要だ。その上で、ある過去のできごとについて意味づけを変える

ために、そのできごとを、それまでとちがうことばで語り直さなければならない。

世間には「時間が癒す」という言いまわしがある。ここで、見過ごされがちな

ことだが、「時間が癒す」のは、単に時間が過ぎ去るからではない。

時間が過ぎ去る間に、人はそのできごとについて何度も考え、悩み、さらには

新しい経験をする。このことによって、元のできごとの意味づけ、語りかたが

変わるからなのだ。 ・・(中略)

記憶をつくり変えたり、それを遠ざけるのは無理なことである。・・(略) 

しかし、―つねにー私たちは、自分の苦悩、自分自身の内的経験自分自身

精神の経過を処理しているわけである。それは、過去とよばれる客観体ではなく、

現在とよばれる主観的経験である。変える必要があるのは、誰か他の人間では

ない。最も大きく影響されているのは、私たち自身である。記憶をぬぐい去る

ことはできないが、記憶の有りようを変えることは可能なことを、私たちは

知っている。」・・ 》

▼ 現在、連続シリーズで書き始めたのは、「語り直し」だが、それより、

 全く忘れていた記憶の書き加えが多くなる。それが、書き直しということだが、

太い幹の記憶から、忘れていた細い幹と小枝と葉っぱ記憶が出てくる。

その記憶が新たな気づきを喚起する役割なってくる。若い時分は、誰も経験

知識の絶対量が足りなく、ただ漠然と日々を過ごすしかなかった。あるのは、

何とかなるのでは?という、儚い想いだけ。語り直しは内省そのものになる。

・・・・・・

4456, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー4

2013年05月29日(水)                                       

           『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著   

  * 1日目 "胸を開いて積極的に    

A・完全な呼吸法をする体位……40       

 1、基本体位=仰向けに寝て、脚を少し開く。両手は臍の上に置き、

  親指と一さし指で三角形を作る。「静かな一息」−>「軽く一息」で息を

  出し切りながら、足の甲と膝裏を十分に伸ばす。顎も引いてウナジも伸ばす。

 2、お腹と脚を緩めると自然に息が入る。さらに「深く一息」を入れながら、

  万歳をするように両腕を左右45度に開いて上げ、手指を開いて肘を伸ばす。

  次に、膝裏を伸ばしながら、足先を手前に引っ張るように足裏を反らし、

  足指も充分に開く。この状態を保つ。

 3、ゆっくり息を出しながら、手を元に戻して「基本体位」で「軽く一息」。

 4、もう一回、1〜3を行い、最後に「軽く一息」−>

  「静かに一息」−>「各自の一息」で整える。

B・背骨をねじる体位(腕で半円を描く)……47

 1、基本体位=仰向に寝て両足を揃え、手のひらを上に向けて腕を横に伸ばす。

  次に右手を左の手の平に重ね合わせて左脇を下に横向きになる。次いで右膝

  を曲げて床につけ、足裏を左膝上部にあてがう。右腕を顔前の床に伸ばし、

  左手は右膝にあてがってしっかりつかむ。

 2、「静かな一息」−>「軽く一息」の後、「深く一息」を入れながら

  右腕を垂直に上げ、腰を入れる。このとき、入息に合わせて指先は

  きちんと揃え、肘もまっすぐ伸ばす。

 3、息を出しながら足指を握り、左膝裏を伸ばして腰をしっかり入れて意識

  しながら、右腕を背中側に押し倒して背筋をねじる。ここで、出息に合わ

  せて、足先から手指先までの「大地のアパーナ気」の流れを感じながら行う。

  (膝が床から浮かないように注意し、首もねじって右手先を見ながら行う)

 4、戻すときは、まず息を入れながら腕を垂直に上げて腰を感じ、次に、

  ゆっくりと息を出しながら、丁寧に1の姿勢に戻す。「軽く一息」したら、

  もう二回2〜4を繰り返す。計三回。軽く一息、静かな一息、各自の呼吸で、

  息を整え手、右腕側が終了。

 5、向きを変えて、反対側も、同じことを繰り返す。

▼ 座位で呼吸する他に、仰臥の姿勢で身体を伸ばしたり、捻って呼吸する

 ことで、「大地のアパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れるポーズ。

 ヨガの実習は、前屈、反り、ねじり、直立、完全弛緩、座法の姿勢を意識的

 繰り返す実習で本来の姿に戻すことを目指すもの。特に、一日目の、二つは、

 基本中の基本である。これを身に着ければ、ダイナミックな「気」を引き出す

 ことが出来るはず。そういえば、学生時代の合気道に、ヨガ呼吸法に似た

 ところがある。合気道は相方と呼吸を合わせて気を練る。それに対しヨガ

 あくまで己独りの世界。 合気道の基本技には、「前屈、反り、ねじり、

 直立、完全弛緩、座法の姿勢」の全てが含まれている。ヨガの「大地の

 アパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れる行(ポーズ)も、20年位

 前の早朝ウォーキングの途中の橋の上で、天に両手を上げて天の気を取り入れ、

 それを、大地の底(地球の芯)に吸い込ませる呼吸をしていた。ところが、

 暫く休んでいたら、地球の芯が「ひさしぶり!」と反応してきた。

 あくまでも擬人化した対自か即自だが、現在では「球芯様」と名づけて、

 早朝のミニ・サイクリングの自転車上の自己対話の相手にしている。 

・・・・・・

4082, 老いの見本帳ーダークサイト −5

2012年05月29日(火)

    「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦 (著)  

  * 老いと勘違い 

 ここで、著者は長いページをさいて、中原文夫の「本郷壱岐坂の家」を

紹介しながら、「老いと勘違い」について書いている。

その概略を紹介しながら、現在の私の心境と、老い、そのものを考えたい。

≪ 主人公多摩川沿いで大会社でないとしても、180人ほどの会社を持って

 いる会長。 息子が社長で、妻も元気で、事業も順調である。ある日、涼子と

いう20歳の女子社員が給湯室で三人の女子社員から詰られている場面に出くわす。

その時、70年前の記憶がよび戻る。14歳の時に家に家政婦できていた、同じ年代

中山スズという娘を思い出す。別に女性として意識はしてなかったが、何故か

意地悪をする。その女性に似ていたことと罪滅ぼしの感情もあり、強引に自分

秘書にする。そして会長職もあり、仕事内容は私用が中心になる。妻とともに、

その女性を身内同様、可愛がっていた。ところが、ある日、会社で火災が発生。

息子の社長の話だと、どうも、涼子が火を放ったらしい。 彼女の話では、

その間接責任主人公会長にあるという。 総務部長の自宅に電話をしてきて

「勤務以外の時間に私用で拘束し、休日は自宅に呼びつけ調理をさせたり、

女中代わりに使っていた」という。 すべての好意が歪曲され、悪意で色づけ

されているのに呆然とする。 その彼女から電話が鳴る。罵詈雑言である。

その頃、苛めた中山スズの娘から、一通の手紙を受け取る。スズは既に亡く

なっていたが、死後に、手紙を届けて欲しいと言われていた。その手紙

内容は、あまり幸せでない生涯だったが、主人公と、その父親に対する深い

感謝言葉が並んでいた。あの二年間が人生で一番幸せだったと。そこで思う、

「俺はどういう人間なのだろう。思い当たる節もなく、他人から慕われ、

そしてまた、かくも憎まれるということは、これは立派な罪ではないか。 

・・主人公は、これ以上ないおぞましい感情を突き付けられ、縋るように

本郷壱岐坂の家とスズのことへ、思いを寄せる。スズという過去の娘と涼子

という現在の娘、それぞれ互いに感じ考えていたことが全く違っていた皮肉

綴っている。 ・・・精神科医の立場コメントは、涼子のような女性

世間一定割合で偏在している。ある種の人格障害には、まぎれもなく彼女

のように「最初は普通に見えたのに、ある時、豹変して相手に憎悪をぶつけ、

今までは耐え忍びつつ演技をしてきたと言い放つ」といった類型存在をする。

それは往々にして相手に深い精神的ダメージを与える。それによって、

もはや人間そのものを信頼できなくなってしまう。・・・ ≫

▼ 現在の私の置かれた立場は、オセロゲームで、最後のコマが黒になり、

 それまでの白が一挙にクロに変わってしまったようなもの。しかし、いざ、

そこで見据えてみると、自分より、他の人たちの豹変を冷笑し面白がっている

視線がある。人生など、全て勘違いと思い込みで出来ているに過ぎない、

その自明なことが漫画的に現れ出るからである。そういえるのは、リスク管理

していて、目先の生活に困窮しないで済んでいることもある。事業を立ち上げる

ことは、強力な思い込みを形にすることである。そこには、当然、勘違いも多く

付随するが、消化していくしかない。しかし、最後がクロになると、全ての

出来事は、クロの要素になる。といって、それも物語である。要は、後悔しない

よう務めるしかない。人生は本来、勘違いで成立している。気づきたくないが!

・・・・・・

3716, ジャズについて −10

2011年05月29日(日)

         ー 「音楽の本」三枝成彰著 より

  □ 黒人アーティストからの反撃  ー「ハード・バッブ」って何 ?

ソニー・ロリンズチャールズ・ミンガスユニークな活躍

【五〇年代中盤以降、ニューヨーク周辺のビバップの流れをくむ黒人アーティスト

 の間から、クールジャズの知的な弱々しさを圧倒するかのような、たいへんに

勢いのある力強くエモーショナル演奏スタイルが生まれてきた。これを白人

ウエスト・コースト派に対する黒人イースト・コースト派の巻き返しととらえ、

一連の傾向を「ハード・パップ」と呼ぶ。4ビートがより鮮明になり、アフター・

ピートも強調される。ハード・パップ・スタイルの特徴を一言でいえばこうなるで

あろうし、「ファンキー」とか「ソウル・ジャズ」と呼ばれることもあるが、

レッテル貼りはさておき、この時代に活躍したアーティストについて見ていこう。 

一九五六年に有名な三つのアルバムリリースされた。ソニー・ロリンズ

サキソフォン.コロッサス』、 セロニアス・モンクの『ブリリアント.

コーナーズ』、チャールズ・ミンガスの『直立猿人』である。

ソニー.ロリンズ(一九二九〜)はチャーリー・パーカー亡きあと、即興演奏

可能性をさらに押し広げたテナーサックス奏者である。

サキソフォン・コロッサス』は日本のファンが「サキコロ」などと呼ぶ定盤中

の定盤。彼の演奏は、豪快でおおらかなトーンの中に時折ユーモアセンス

感じさせ、なによりもヒューマンな魅力に満ちあふれていた。

セロニアス・モンク(一九一七〜一九八二)は、ビバップ創始者天才であるが、

孤高の道を歩む。マイルスとのレコーディングで大喧嘩をしたという逸話

残っているほど、彼のピアノスタイルはずば抜けてユニークであった。

ソロアルバムが多いのはそのため。彼は私生活でも時折、意味不明のことを

口走るような変人といわれ、七〇年代はじめに 重病で倒れたあとは、二度と

世間にその姿を見せることはなかった。しかしモンクには好き嫌い抜きで

聴ける「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」「ストレート・ノー・チェイサー

などの有名な曲もあり、その評価は後年に高まっていくことになる。

字数制限のためカット 2012年5月29日)

2017-05-28 閑話小題 〜ジョンレノンの言葉

[] 05:25 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20170528052540j:image

   * ジョンレノン言葉がよい

  最近に知った、ビートルズのジョンレノンが残した言葉が、なかなか良い。

この年齢なればこそ、感応するのか、ただ知らなかっただけか。〜その一つ〜

< ビートルズは、ほしいだけの金を儲け、

  好きなだけの名声を得て、何も無いことを知った。>

 至極、当然のことだが、レノンが言うから良いのだろう…

歌心のない私でも、学生時代ビートルズプレスリー、ナッキング・コール、

シナトラ、ローリングストーンズ、ルイ・アームストロングス、サイモン&

ガーファンケルなどの50枚位のレコードを持っていた。それら全てとステレオは、

卒業時に、全てを姉の一人にあげてしまった。その中で、印象に残っていのが、

やはりビートルズ。 ネットでジョンレノン言葉を検索をしたところ、

以下の言葉が出てきた。 現在の私が当時の私に贈りたい言葉でもある。

≪ ・ 僕がこれまで どうやってきたかは教えられるけど、

   君がこれからどうするかは 自分で考えなきゃ。

・ 根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることだ。

・ 心の中のヴィジョンは、現実になるんだ

・ 問題は、これからのことや 過ぎ去ったことを思いわずらう必要は

  ないってことなんだ。大切なのは、今この瞬間を楽しむ、ということさ。

・ 仕事は元気のもとだね。

  仕事がなければ 恐れと不安があるだけだよ。

・ 未知なる物を恐怖するからこそ、みんな夢や幻想

  戦争や平和や愛や憎しみなどを追いかけて、右往左往するのさ。

・ 愛とは僕らが出来ることを知ることなんだ。

・  希望

  それ自体は幸福の一様態にしか過ぎない。

  だが、ひょっとすると 現世がもたらし得る

  一番大きな幸福であるかもしれない。

・ 大ざっぱな言い方をすると、

  子供たちがクレージーな理由は、

  子供を育てるという責任に、

  誰も立ち向かうことができないからだよ。

・ 目を閉じてれば、生きるなんて楽なことさ。

  目を開けてるから誤解が生じるんだ。

・ みんな平和について語るけど、

  誰もそれを平和的な方法でやってないんだ。

・ 僕らは、自分のすばらしさと不完全さのなかで、

  何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。

・ 誰でも非凡な才能を持っているし、すべての人が美しいんだ。

  自分がいったい何者なのか、誰かに指摘してもらう必要のある

  人間なんて一人もいない。あなたは、そのままであなたなのだ。

・ エルヴィスの前には何もなかった。

・ 僕の言うことなんて、半分は意味もない。

  ただ君に聴いて欲しくて話しているんだ。

・ 平和を試してみよう! 僕らが言ってるのはそれだけだ。≫

▼ TVのYouTubeで改めて聴くと、半世紀を隔てた青春時代に戻った感覚

 になるが… 日本アメリカも、良き時代、真っ只中。良い時代青春

過ごしていたことを音楽から改めて知ることになる。団塊の世代の二年先に

生を受け、その世代の勢いに相乗りをし、その恩恵そのままを受けてきた。

当時の音楽時代背景もあってか、明るく、ポジティブで、楽観的で、今でも

踊りたくなるような高揚感が湧き出てくる。その音楽そのものを言葉にした

のが、上記の中に迸し出ている。 こういう時代も、あったのである。

この世代も既に定年をむかえてしまった。

・・・・・・

5552,閑話小題 〜反省すれども、後悔せず

2016年05月28日(土)

   * 反省すれども、後悔せず  (源信 往生要集)

 何ごとも、実際にやってみないと判らないし、思いどうりにならない。

だから、その結果に振り回されない様に生きるしかない。反省は経験から得る

ことが出来るが、後悔は変えることが出来ないため、割り切るしかない。

 反省とは、起きたことに対して今後に生かせる点を経験として取り入れて、

同じ失敗をしないようにすることで、それは今に生かせる。

 後悔は、起きてしまったことに対して、別の判断をしていれば別の結果が

得られたと思い悩むこと。変えられないことを思い続けることには意味がない。

思い悩んでいる人に、「その過去に立ちもどって、起こる前の時点に戻し、

あなたの思い通りの今を作り直せるなら、過去に戻りますか?」 

これにイエスと答えられるか? 「過去さえ変えられたらうまくいく」という

強い思いは、これから先に対して、確信など持っていないことになる。

その時点で、考えられるだけ考えていれば、失敗をしても、限界まで努力

したのだからと割り切れる。何事も最善を尽くし、極限まで、努力をすれば、

不安も最小になる。 後悔は、その地点の、器の小ささ、自己能力査定

足りなさの結果に対しての思い。これは、「今の自分は、そのままでは受け

入れられない」と同じことになる。 

 吉川英治が、武蔵に、<われ事において後悔せず>と言わせた。後悔する

なら、初めからしないことだ。命がけでぶつかれば、後悔も反省も無くなる。

 <自分人生、今さら後悔もあるまい、ご覧のとおり、そのまま結構>

と、割切りざるを得ないと、いうこと。タメ息の「あ〜あ」の「あ〜」は、

諦念の意味という。 で、「あ〜あ!」  何度、口にしただろう。

・・・・・・

5187,世間の捨て方 ー?

2015年05月28日(木)

               『世間の捨て方』ひろさちや

   * 「がんばればよくなる!」の馬鹿馬鹿しさ

 〜二つの愚問、「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」〜

この二つの愚問?を真面目に自問自答してきたが、これこそ、「世間奴隷

が発する問いかけ、という。「生きがいは、がんばれば出てくる」も似たもの?

我々は「幸せでなければならない」という考え方が、そもそもオカシイとは、

面白い切口である。   〜以下が、考えさせられる (P36)〜

≪ 「永遠のものなどない」が仏教の基本的な考え方です。仏教では、この世

 のすべては常に変化していると考え、どんな世の中も滅びるのは当たり前。

日本は滅びない」と考えるほうが不自然なんです。『平家物語』の冒頭に

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とありますが、この「諸行無常」

ということばに、仏教の考え方が端的に表現されています。

「すべてのものは常ではない」、つまり「あらゆるものは永遠存在ではあり

えない」ということを述べているわけです。「永遠存在がないとしたら、

この世の中は何なんだ?」と誰もが疑問に思うでしょう。そんな疑問に対して、

聖徳太子は「世間虚仮、唯仏是真」と述べています。「世間虚仮」の「虚仮」

というのは、字を見て分かる通り、「虚ろであり仮のもの」という意味

「おれをコケにしやがって」という、あのコケ語源です。早い話が、わたし

たちが生きている世間は「嘘偽り」だというわけです。そして、「唯仏是真」は、

ただ仏だけがまことであるという意味。これが仏教の基本線ですむ世間が虚仮

であるならば、世の中をよくしようなんて、思わないことが大切です。

 ・・「いい世の中にしよう」なんて、仏教の教えに反する行為です。

世間は嘘偽りなんですから、それを良くしようなんて思わないことです。

法華経』というお経では、この世の中は「火宅」であると記されています。

私たちの住んでいる全世界火事になっているという。燃えているんだから、

さっさと逃げ出しなさいと『法華経』は教えているんです。「世の中を良く

したい」という人にしてみれば「火宅だったら、それを消してやろう」という

のでしょうが、それは馬鹿げています。大火事なんですから、消火活動なんて

やっていたら焼け死んでしまうじゃありませんか。せっかく『法華経』がいい

ことを教えてくれているのですから、それに従いましょうよ。問題は「自灯明」

です。お釈迦さまは、自分自身を灯明にしなさいと教えられたのです。これは、

自分に自信を持って歩めという意味だとも取れます。しかし、それよりも

世間奴隷になってはいけない」と解釈したほうがはっきりとします。

わたしたちはあまりにも世間のことを気にしすぎるきらいがあります。

世間の人の平均や流行に常にとらわれていて、自分世間でどう評価されている

かが気になって仕方がない。でも、世間なんていい加減なものだということは、

さきほど述べた通りです。「世間奴隷になっていては、自分というものを

失ってしまうよ」とお釈迦さまはおっしゃりたかったのではないでしょうか。

人間は、つい「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」と自問

自答しながら暮らしてしまいます。でも、そうしたことを考えること自体

世間奴隷になっている証拠です。「幸せ」「生きがい」を求めるのは、

自分で手枷足枷をはめて、進んで奴隷の列に加わるようなものです。

つまらない常識にとらわれることなく、生きたいように生きたらいいんです。

勝ち組になったとか負け組になったというのは、単に世間物差しで測った

結果に過ぎません。・・・ ≫

▼ TVのコマーシャルや、番組の根にあるのは、コンプレックスの刺激が、

 隠されている。健康食品、美容品、ファッション用品など、『世間では、

こういうのが流行しています。これを使って、カバーしましょう』と!

その手段として、最近ではタブレットPCや、スマートフォンが普及した

ため、逆に世間が、狭くなって、個々への締付けが日々、強くなっている。

世間虚仮も必要だが、その過剰は、世間体コスプレになってしまう。

・・・・・・

4822,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー4

2014年05月28日(水)

   * 産能大学に編入

? ジャスコを辞めるについて、その身勝手さに非常に厳しい(精神的)

 リンチ? 実家に帰った時には首はガチガチで、半病人状態。当然だろう・・

それをみた両親が、四国旅行に連れ出してくれた。親は有難いもので、後先、

両親三人と旅行をしたのは、最初で最後の経験。 坂出でみた瀬戸内海の夕景は

今でも心に焼きついている。その時の印象と心情をメモ帳に書いたが、ホテル

部屋に忘れてきた。それを見た若い?女性が、感想を書き添えて送り返してくれた

ことが思い出されてきた。 心が傷ついていた反面、それが夕景に共鳴できる

下地になっていた。

? その後、千葉の姉の家から東京自由が丘にある産能大に通うことになる。

それまでの激務と、今度は何の束縛のない自由の中で、自分自分を律する日々。

人間は独りでは生きられないが、まず独りになって自分を律する必要がある。

独りになるとは、考えるための第一歩。それが分からないと、集団に埋もれ、

何も考えないで一生を終えてしまう。20歳前半に、その両極端な二年を経験は、

私にとって大きな行蔵になっていた。この一年間は、過っての学生時代

4年間を凝縮し、学び直すことにもなった。計算外の危機になった精神

立て直すに、混乱した脳奥から湧き出てくる思いを紙に書き出し、整理する

ことが第一歩になった。50歳半ばから13年間、こ随想日記を書き続けてきた

ベースは、この一年間の独りでの心の血を掬いがあればこそ。文章に変換する

しかなかったお陰である。書かなければ、狂ってしまうから、書くしかなかった

のである。フィールドワーク現場)の現象の中に隠れている道理を、言語

する、当時の発想法のKJ法など、情報カード化に関する書籍を読み、

実行する日々になっていた。経済社会をフィールドワークと見倣し、現象

大きく分類し、科学するのに、この一年間は、有効に働いた。

? しかし、千葉郊外の「千城台商業用地の売出しの広告記事」を見たことが、

 大きな副産物としてついてきた。それが二年後の千城台ビルの建設用地になる。

これについて、以前にも書いた。千葉県住宅地供給公社が、県の発展のため

住宅地を開発、販売する住宅地で、家付き娘の姉三人の一人が、そこに新築の

家を建て、住んでいた。そこから30分ほどに住む姉二人も、住宅地を購入し、

貸家を建てていた。そこで暇に任せて、購入希望者に対する抽選に応募した

ところ、当選。その後、父親を説得、購入させた。ここの購入条件は二年半

以内に、建設すること。ということは、二年半後に、私が、ここで何かを

始めることを意味していた。その時は、そんなことなど、一切考えず、ただ、

抽選当選すれば、半値で買える程度にしか考えていた。数年経って気づいた

ことは、予定挫折が、人生で必要ということ。そのプロセスで、必ず副産物が

付いてくるという事を肌身で感じることが出来た。高度成長期も背景にあった

良き時代の真っ只中である。「捨石の節目時節の重要性」ということ! 

決断は独りでこそ。

・・・・・・

4455, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー3

2013年05月28日(火)

        『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著

 「一週間の実修メニュー」はメニューは以下のとおり。

 シンプルだが、捩れ、反らし、伸ばしなどの要所をおさえてある。

* 1日目 "胸を開いて積極的

 A・完全な呼吸法をする体位…40 B・背骨をねじる体位(腕で半円を描く)…

* 2日目 "足腰を軽快に

 A・膝を回す体位……54    B・膝を伸ばして、足の指を活性化する体位:

* 3日目 "身体の前後両面と、手指を開く

 A・胸と背中を開き、膝裏を伸ばす体位……66  B・手の指を開く体位ー72

* 4日目と背骨にいきいきと「気」を流す

 A・膝で半円を描く体位……78  B・上体を反らせて、背骨をねじる体位 

* 5日目"胸と脇を開き、首の血行をよくする

 A・胸と脇を開く体位……90      B・首を腕ではさむ体位……96

* 6日目"身体の疲れを癒す      

 A・背骨をねじる体位(腕を大きく回す)… B・上体を反らせる体位(腕を伸ばし)

* 7日目 一週間の疲れを癒し、新しい一週間を迎えるために

▼ ヨガ教室では50分間に、以上を殆ど網羅したポーズをとる。

 他にも椰子の木のポーズ、ワニのポーズとか色々あるが、50人定員のうち、

一〜二人を除けば殆どがリピーターで、回を重ねる度に難度を上げていく。

この本に縛られることもないが、まずは従うつもり。SJでのヨガはエアロビ

感覚興味本位で参加していたが、これを自宅で実施したら少し本格的。

 30分の早朝座禅は、ほぼヨガ瞑想と同じ。これに一か二つのヨガポーズを

取り入れれば、一寸したヨガ時間帯になる。次回から、上記の具体的な内容を

書きだしてみるが、実際に夜明けに、一人、ヨガを組むのもなかなか良い。 

何気ないそれぞれのポーズに、千年、二千年の積み重ねがある。

問題は続けられるかどうか。ヨガ教室で15ヶ月続けたから自宅でも、

という気になれた。続けると何事も面白くなり、力になっていく。

4時起床で、早朝座禅ヨガね〜!冴え渡るが?

・・・・・・

2012年05月28日(月)

  * 書斎シェルター

 私の書斎スペースは7畳ほどの仏間の一角である。一角といっても三分二を

占めている。リタイア以降、ここにパソコンを一台置いて、一日4〜5時間

読書をするか、パソコンで随想日記の下書きを書いているか、iPadに向かって

いる。腰痛持ちのためジッとしているのは一時間が限度、一時間に5分はお茶

トイレにいったりして節目を作っている。BGMにパソコンに入力した音楽

ステレオから流している。またネット・ラジオ音楽放送も時々流す。

朝の4時半〜6時、9時〜11時半、夕方1時間の合計5時間書斎にいる。

途中、廊下をはさんだ前の寝室で寝転んでiPadで遊んだり、TVを見たり、

仮眠をしたりする。居間書斎、寝室のバランスは丁度良い。外出は早朝の

ポタリングスポーツジム、図書館、SCが中心になる。書斎といえば、

iPadと、パソコンの中に書斎機能がある。静かに落ち着けるシェルター

役目が書斎だが、あまり居心地が良すぎると、自閉症になってしまう。

iPadを持ち歩けば何処にいても同じ。小さな生活圏内では何処にいても

自分の居場所ができるのは非常に助かる。

   * ギリシャを合わせ鏡にすると

 ギリシャ西欧哲学発祥の地。そして現在、世界金融危機の発火点になろう

としている。東の地からギリシャをみると、とんでもない事態に追い込まれて

いるのが分かる。しかしギリシャと大して変わらないほど惨憺たるのが日本

一年しか持たない首相が改革を錦の旗にして交代するが、いざ就任、実行段階

となると周囲から袋叩きにして、反対勢力が綺麗ごとを旗に権力奪取。

その繰り返しが代々続いている。覚めた目でみれば、その一連を分かってやって

いるから始末が悪い。国民がグローバル化した世の変化を実感できないのが実態

10年前に決断しておかなければならない国家規模のリストラが出来ないジレンマ

に落ちている。その限界が、あと二年しかないというが、その行き先は、誰も

分からない。ギリシャ国民のユーロ圏に留まりたいが、耐乏生活はしたくない

国民感情日本も同じ。右上がり経済の再来の幻想に、まだ浸っている。

最後はハイパーが吹き荒れるだろうが。

 ・・・・・・・

3715, 閑話小題 

2011年05月28日(土)

  * フレンドリーの雀はメタボ

 毎朝、信濃川に冬期間を除きサイクリングに行くようになって一年半になる。

10日ほど前に、いつものベンチのところでストレッチをしていると、一メール

ほどのところに雀がきてジッとみている。外国では公園などで何度も人懐こい

雀には出会っているが、日本では珍しい。暫くすると、餌が貰えないと判断した

のか飛んでいった。ところが昨日の早朝に、同じ場所で座って休んでいると、

雀が50センチもしない自転車ハンドルに止まって、こちらを見ている。

ポケットに何かと探したが、クリスクしかない。それを一粒、地面に投げたが、

パンや菓子屑でないと思ったのか、見向きもしない。よく見ると、普通の雀の

二倍近くもありコロコロしている。もしかしたら、雀ではないのでは?と、

見直したが、やはり雀である。恐らく誰かが餌付けをしているうち、他の人

からも餌を貰って太ったのだろう。 親しそうに近くにきて見つめられれば、

何か餌を与えたくなるのが人情。 その結果がメタボである。私も近々に、

餌を与えることになるだろうが。雀と鳩は、世界中、いたるところで見られるが、

その国々で、微妙に違う。餌によるのだろう。ところで最近、本当に雀の数が

少なくなった・・ 餌といえば、アイスランドに行ったときのこと。 

ホテルの近くの公園散歩をしていた時、野生の大ガンの群れの一羽に

クラッカーを与えたところ、数十羽の群れが、私のところに押し寄せてきた。 

恐ろしくなり無我夢中で逃げたが、その時の恐怖は!早朝の朝靄の中の出来事

幻想的な思い出として残っている。

  ・・・・・・・・

3350, 新型インフルエンザの総括

 2010年05月28日(金)

 去年の4月に、メキシコで確認され日本に上陸して丁度一年が経ったが、

現在では話題にさえのらない。WHOに入り込んだ製薬会社の連中の煽動

マスコミが異常に騒ぎすぎた。一年経ってみれば日本だけが過剰反応

中の人マスクをしている姿が異様だったが、それが世界マスコミ

報じられた。その結果、毎年の冬季に発生する季節性インフルエンザの死者数

より少ない結果になったという、変な結果になってしまった。 医学者で

東京文化短期大学学長中原英臣が産経の「正論」で、新型インフルエンザ

の総括をしていた。

新型インフルエンザの想定が鳥インフルエンザに対していた為に、強毒性

 の行動計画に大きく影響された。それが、感染者が一人でも出た時点でも

 都道府県単位で学校を閉鎖をしたり、集会の中止がした。これが過剰反応

 という受け止め方と、逆に、その結果、アメリカの26分の一、カナダ

 10分の一の死亡率に収まった。

・これは、日本政府がインフルエンザの症状があったら、

 直ぐに受診する必要性を国民に訴えたこともきいている。

・さらに日本人の衛生意識の高さが大きく影響している。他人に感染させない

 ためのマスク着用も大きく影響した。「うがいと手洗い」を多くの人が

 積極的に行ったことも影響をした。

▼ 以上だが、この過剰反応、近い将来必ず起きる猛毒性の鳥インフルエンザ

 の予行練習とみれば、決して過剰ともいえなかった。その時の教訓が、この

騒ぎの中に多く含まれている。これは国家の非常事態であり、自衛隊役割

大きく求められる。この騒ぎのお陰で30年近く毎年行っていた海外旅行

急遽キャンセル、結局行かずじまいだった。これで大儲けをしたのは製薬会社

現在でも、何か?大きな疑問が残っている。当時のマスコミの対応も異常

であった。マスコミも、このことを総括したのだろうか?

  ・・・・・・・・・

 2975, 縁は異なもの

 2009年05月28日(木)

  「縁は異なもの」河合隼雄 白州正子 対談集

河合 日本の芸というのは本当に習うのが大変ですよ。 ずーとやっていて、

 しかも最後がどうなるかわからない。白州 研いで研いで、研ぎ抜いて。

 それで90歳になって精神が現われる・・ 現われないかもしれませんから。

 連載中の本に書いたのですが、読者からありがたい手紙をいただいたのです。

 「よき細工は少し鈍き刀をつかうという」『徒然草』の一節についてで、

 それまで私は「鈍き刀」の意味を「あまり切れすぎる刀では美しいものは

 造れない」というふうに思っていたわけ。でも違ったの。その方は

 「鋭い刃を何十年も研いで研いで研ぎ抜いて、刃が極端に 薄くなり、

 もはや用に立たなくなった頃、はじめての真価が発揮される」という。 

 ここでいう「鈍き刀」というのは最初から鈍き刀というんじゃないんですよ。

 本当に鈍い刀を磨いでもだめ。いい刀だから磨げる。しまいにはペロンペロン

 に柔らかくなるんですよ。兼好法師は「妙観が刀はいたく立たず」とも

 書いているけど、やっぱり「立たず」なんて言葉は「鈍き刀」じゃ

 ダメなんです。それが良くわかったの。

 ーー

 白州正子の対談を何度か読んだことがあるが、河合隼雄もたじたじなくらい

言葉の剣先が鋭い。鈍き刀を磨いでも鋭くはならない。鋭い刀を磨いて磨いて

磨きぬいて鈍くなった刀こそ・・・ よき細工に使うことが出来るという。 

言葉の奥底をみないと真の意味がつかめないというが、まあ、凄いことをいう。 

芸道能力のことを言っているのだろうが

2017-05-27 閑話小題 〜清貧は金がかかる

[] 04:59 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20170527045934j:image

   * 清貧は金がかかる

インド独立の父のガンディーは、「非暴力、不服従」を貫き、英国植民地

 インドを独立に導いたが、その暮らしぶりも清貧でしられていた。その秘書

をしていた女性が、後日、米国ジャーナリストに、面白い話を残している>と、

ある本にあった。「彼に貧しい暮らしぶりをしてもらうために、周囲がどれほど

お金を使っていたことか、しれたものでありません」。

 東芝の元社長の土光が、小さな古い一軒家でメザシを食べている映像を見た

ことがあるが、普段、宴会にまみれ、せめて家ではメザシを食べないと…の

穿った指摘もあった。関西商人は、身分以上の家をつくって住むが、そこで清貧

日常生活を過ごす習性があるとか。「恒産あって、恒心あり」で、安心できる

財産と収入があればこそ、清貧の生活を過ごせる。逆に、底浅い成金なればこそ、

派手に振りまきたくなる。700万を超えると、幸福度は上がらなくなるというが、

やはり、あるに越したことはない。増えるに比例し、他人の豊さに無頓着になる。

それに比例して、同クラスの人たちが変わってくる。人間的な品位がある人は、

明るく、邪気が少ない。清い富が理想だが、成金は、それが出来ない。

清貧は金がかかるが、清富には金はかからない。そのままで良いからである。

「で、どうした?」「どうでもないです。いや、どうでもよいことです!

どのみち、死んで三日も経てば同じこと」。要は、生き方、使い方、楽しみ方。

・・・・・・

5551, 生きる力ってなんですか?

2016年05月27日(金)

         『生きる力ってなんですか? 』おおたとしまさ(著)

 図書館で、『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』の第2弾を見つけた。

生きる力ってなんですか?』のテーマなら、以下の筆者に負けない内容を

書くことが出来るような人生を生てきたつもり。大した事業ではなかったが、

亀のように、準備15年、実業30年、合計45年を生きた経験から言える

言葉がある。何の実態のない得体のしれない事業に、誰一人、助けてくれない。

そこで、まずは、助けてくれる社員を、集めるしかない。何も無いところに、

自分のイメージを計画に落として、それを「カ・タ・チ」に移行していく。

 カ=神のカ、発想、着想。 タ=田圃のタ、枠組みつくり。

チ=血、エネルギーの投入。これを一人、こつこつ、作り上げていく実践が

生きる力」として作動する。

   〜アマゾンの内容紹介〜

≪ 新学習指導要領のメインテーマ生きる力」について各界の識者が語る。

システムが存在しない場に自力でシステムを作り出す」 ・・・内田 樹

「手足がなくて幸運でした。自分の方法を編み出せたから」・・乙武 洋匡

「いやな会社はとっとと辞めろ。女は自分で稼げ」・・・・・・西原理恵子

「正しい生活のためにちょっとの工夫ができること」・・・・・C.W.ニコル

「自分だけじゃなく地球のことも考えられる力」・・・・・・・椎名 誠

「もめごとは肥やし科と異性を学ぶ科へどうぞ」・・・・・・・高濱 正伸

エベレストに登ったのは生きる力を維持するためです」・・・三浦雄一郎

   (「BOOK」データベースより)

勉強ができるだけじゃダメ!」「じゃあ、何が必要なの?」「…」答えられない

大人のために、7人の識者が語りました。大人気シリーズ第2弾。親子で読んで

語り合えるように、子ども用のページと大人用のページに分け、ほとんど同じ

内容を、子ども用にはできるだけやさしく、大人用には詳しく書いている。

   (カスタマーレビュー

生きる力をとは、最短距離で生き延びるための付け焼き刃のマニュアルを教え

込むことではなく、いかなる咄嗟の危機が差し迫って来た時でも、丸腰の状態

で平然と対処出来る能力のことであると思う。たとえ何度失敗したり遅れを

とっても、その都度その道の先達に衒いもなく教えを請うて絶えず修正しながら、

晩年になってでも再起出来る復元力が必要であると思う。

 政治家や教師が幼児化しているのは、子どもの頃に葛藤を避けたりケンカを

しない様に教えられ、異質なものを受け容れずに大勢に迎合したり、従わない

ものを無視して斬り捨てる教育を受けてきたからであろう。

この本ではそれぞれが小児期から老年期に至るまでの自分の現体験が綴られて

おり、7人とも劣悪な家庭環境や劣等生から如何に人生の師を見つけて立ち直り、

独自路線を切り拓いていったかが簡潔に述べられており、子供よりもこれから

でも教育されるべき大人に読んでいただきたい書である。 ≫

▼ 現在の私の生きる力は、誰に頼まれた訳でもない、毎日の少し厳しい日程を

 こなすこと。どの時間帯も、充実をしているが、そうしないと、精神が大きく

揺らぐ可能性がある。 丸腰で異質なものとケンカをし続けなければならない

のが「生きる力」である。 内田 樹の、「システムが存在しない場に自力で

システムを作り出す」ことこそが、「人生生きる力」である。そこには、

血と汗と涙がつまっている。

・・・・・・

5186,修羅場の極意

2015年05月27日(水)

                  『修羅場の極意』佐藤優

  * カネがないのが最大の修羅場

 月末の運転資金が足りないなどの資金繰り修羅場経験をしないで事業を

終えることができたのは不幸中の幸いであった。現在、中小・零細の三分一が、

資金繰りに追われる修羅場状態という。身近で、倒産時の修羅場をみてきたが、

正に阿修羅、いや獣のごとく!であった。そのため先年、知人が自殺に至った。

修羅場の極意』の巻末の西原真理子と、著者との対談がリアル! 

≪ 西原: 夫が病気になって思ったことですが、人間は必ず病気になる。

 病気にならない夫も、潰れない会社に勤めている夫も、浮気しない夫も、

 この世の中には存在しません。そのとき、専業主婦だったら家の中は

 滅茶苦茶になる。夫が倒れて、自分に子どもを養う力がなければ、

 家庭は修羅場になります。専業主婦は極めて危険な仕事です。

 夫を治すために莫大なおカネがかかり、半年後にちゃんと死なせるため

 にも莫大なお金がかかりました。 最大の修羅場はおカネがないこと。

 おカネがないと、たいていの人は獣になってしまいます。おカネがないと

 男の子は泥棒に、女の子は売春婦になる危険性が高くなる。

 自分の娘と息子がそんなことになったら、人生最大の修羅場と考えている。

 それさえ避けられれば、ほとんどのことはどうでもいい。

佐藤: 西原さんの修羅場の対処法を整理すると、まず、最悪の状況を

 シュミレーションをしておく。それで、原因を理性的に分析して、

 危険な芽をつぶしておこうということですね。

西原: 子ども東大に行かせようなど高望みしない。いい子に育てようと

 いった漠然とした理想も描かない。最悪の危馨理から逆算するのであって、

 上は想定していません。

佐藤: いいじゃないですか。東大を出て超有名企業に勤め上司の顔色ばかり

 うかがって、人間としての誠実さを失っていくようなエリートはいっぱい

 いますが、そんなふうになっても仕方ないのですから。

西原: そうですね。人に好かれる、何か言われてもはね返せる強さが身に

 つけばいいなと思っています。人に好かれるって一番の財産ですよね。

 それと、女の子は他人の中傷とかにすぐへこんだりしがちですが、

 それさえ気にしないで生きていける強度があればいいと思っています。≫

▼ 普通の子女が金に困り売春する金額は世界共通で、その地域の一週間分の

 給料分で、日本では4〜5万円が相場とか。対談相手の漫画家の西原真理子

は、夫の酒乱に悩まされ、末期ガンの夫を見送った手記は、日常生活修羅場

そのものだったという。私も、事業をしている時、『起こってしまった難題に、

更に最悪を想定し、そこから対策を構築』していた。その積み重ねが、喩えば、

シェルターとか、避難ボートの準備だった。また、事業計画の段階で、最悪を

想定して、逃げ口を念入りに想定した。でも、こんな大津波(情報化社会)が

やってくるとは、思いもよらなかったのが本音である。事業で、お金は、

空気と同じで、きれた瞬間が死(倒産)である。そこから逆算しての

安楽死が事業にはある。安楽死は、自分でしか決断出来ないため、悲喜劇

繰返される。その三分の一の経験だけは、したくはなかった。父の口癖、

『金がないのは、首がないのと同じ! 万一を想定し、備えを整えるべし』

の実践が最後には救ってくれた。準備があれば、最悪を冷笑する視線が生じる。

『こんな面白いことはない!』という、自虐的な、地底からの視線である。

鼻声で、他人の不幸は蜜の味という何への、侮蔑・汚蔑の視線が面白い。

ところで事業生活45年の、どの部分を切りとっても、修羅場天国

商売、事業とは、本来そういうもの。 両方とも楽しむのがコツ。

・・・・・・

4821, 「事業人生を決心して45年」の語り直し ー3

2014年05月27日(火)

  * ジャスコ入社と、新井石龍禅師の一喝!

� ジャスコ岡田屋に入社。幹部候補の特訓のためだが、そこは激烈な仕事量と、

売場と店の急速配転で、疲労困憊の極地。 知らぬが仏とは、このこと。そこは

戦場の真っ只中。自分を鍛えるには絶好の場所だが、実際は、3K、4Kの世界

悪くいえば、当時の流通業は溜めの世界。それまでのアカデミック世界とは、

真逆環境

まずは、四日市ジャスコ岡田屋本店の配送センターへ。ここが激烈な仕事量。

三ヶ月後には、日用雑貨カーペットと絨毯売り場へ、その一ヶ月後に、神戸

ジャスコフタギの垂水店へ転勤。合併のための人事交流の尖兵である。

神戸新興住宅地の駅前店。今度は日用雑貨売場に配転され、まずやらされた

のが新兵を試す瀬戸物の叩き売り。店頭に問屋が持ち込んだ瀬戸物を自分勝手

売価で売る。あのテキヤ瀬戸物の叩き売りである。 

恥ずかしいのは一時間だけ、これがお客との駆引きが非常に面白い。

安く売れば売上高は上がらない。が、高くすれば売れない。相手が買う値で、

可能な限り売上を上げる。総売上の3割が店のマージン問屋から入る仕組み。

男はつらいよ」の寅さんが、露天で売っているのは、この方式。

その二ヶ月後が、これまでフタギに無かった靴売り場の責任者に。 

これが面白いように売れた。嘘のような話だが、数値目標の20倍の売上。

その辺りから、目の回るような配転もあって、これで良いのか、自分が事業を

立ち上げるために、これで良いのだろうか?という疑問が湧き上がる。

そして、原点を見つめ直そうと、学生時代卒論書きのため通っていた六日町

禅寺「雲屯庵」に、4日間の休暇をとって坐禅のため行くことにした。

そこには一年前にも司法試験の勉強をしていた高橋さんが、そのままいた。 

 そして、新井石龍禅師との問答。私の『思いの他、世の中が厳しいことが

解りました!』に対し、禅師の『世の中は、いつの時代も変わらない。

厳しいと感じたのは、あんたが甘いだけの話。世の中のせいにしないこと』

御言葉。ガッツンとやられた上に、たまたま慶應卒業後にハーバード大の

ビジネススクールに通っていた学生と、そこの修行僧と、高橋さんと私と夜半、

お茶を飲みながらの雑談に、私だけ、彼らの話についていけないのである。

何か根こそぎ、自分が全面否定されているような大きはショックで、迷いが更に

大きくなっていた。そして、今、学び直さないと、一生、後悔するのではと、

ここで退社をして、独りになりきる必要性を感じ、その4ヶ月後に退社を決意する。

しかし、考えてみれば、自分の身勝手で、勤務先など多くの迷惑をかけていた

ことに なる。我ながら脂汗が滲み出てくる。事業創業とは、エゴ丸出し馬鹿

丸出しのドンキホーテそのもの!漫画といえば漫画だが、何故か、後悔はない!

・・・・・・ 

4454,一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー2

2013年05月27日(月)                                          

   * まず「4つの呼吸」を理解しよう   

 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー番場浩之著 

呼吸も座禅と同じく吸い1に対し、吐きが2。ここでは、呼吸量のコント

ロールを取り入れている。その道の大家が言うのを、心を開いて学ぶのが筋。

スポーツジムのヨガ教室では、まだ、これは教えてない。

 ーまずは、その辺りからー

≪「4つの呼吸」では、呼吸量をコントロールしながら、「意識して行う入息」

→「自然と行われる出息」を繰り返す。普段の生活では、呼吸を意識することも、

腹式呼吸胸式呼吸を区別して行うこともほとんどないので、まず、お腹で

たっぷりと呼吸することからはじめ、段階的に胸にも息を充たすようにして

いきます。この呼吸がゆったりとなめらかであればあるほど、呼吸の波にゆらぎ

波動があらわれて、こころとからだの芯にに響くものとなります。

A・静かな呼吸

「静かな呼吸」では、丹田を意識して腹式呼吸をたっぷりと行います。ここでは、

胸の呼吸は行いません。鼻からゆっくりとおなかに入れ、2倍くらいの長さで、

鼻からゆっくりとなめらかに息を出していきます。普段の呼吸の40%位。

B・軽い呼吸

「軽い呼吸」は、「静かな呼吸」の要領でおなかにたっぷりと入れたのち、

胸郭下部を左右に開くようにして、胸にも息をみたします(胸式呼吸)。

胸とおなかをゆるめて、その2倍くらいの長さで鼻からゆっくりとなめらかに

息を出していきます。60%位の呼吸量。

C・深い呼吸

「深い呼吸」は、「静かな呼吸」の要領でおなかにたっぷりと入れたのち、

胸郭全体を上下・左右に開くようにして、ダイナミックに胸にも息をみたします

胸式呼吸)。胸とおなかをゆるめて、2倍くらいの長さで、鼻からゆっくりと

なめらかに息を出す。 こののち「軽い呼吸」の入息と自然な出息を行い、

続いて、「静かな呼吸」の入息と自然な出息を行います。80%位。

D・各自の呼吸

 最後に、「各自の呼吸」を行います。

「静かな呼吸」「軽い呼吸」「深い呼吸」がしっかりとした意識呼吸であるのに

対して、「各自の呼吸」は、「静かな呼吸」→「軽い呼吸」→「深い呼吸」→

「軽い呼吸」→「静かな呼吸」を行ったあとをおさめる、ゆとりの呼吸のこと。

自然とおなかに入息、ゆっくり鼻からなめらかに出息していく、やすらぎの呼吸。≫

▼「40、60、80、60、40%、フリーの呼吸量を繰り返す」、46864

 と「への字」の形の呼吸と思えばよい。 私の場合は、さざなみ、中波、大波、

中波、さざなみ、引き波をイメージして呼吸量を、それにあわせる。

これなら何処でも練習出来る。22歳の座禅体験から始まり暫く休んで、

ここで早朝座禅、瞑想の再開。 悟りにほど遠いが、面白い。

・・・・・・・

4080, 老いの見本帳ーダークサイト −4

2012年05月27日(日)

      「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)  

  * 鼻白む出来事  

 ここで紹介されていた新宿百貨店の地下のベーカリーでの出来事が、

どこにでもありそうなエピソードである。品性卑しからずの70歳すぎの老人が、

盆に乗せていた一斤のパンを落としてしまった。不思議なことに誰も、そのこと

に気づいていないようだった。そこで、その老人は素知らぬ顔をして拾い、元に

戻して別のパンを乗せ変えた。著者は呆然と、それを眺めていたが不快感

持ったという。正直に店員に話せば普通なら店の方も心得ていて、新しいパンを

取り替え、そのパンは奥に引っ込める。それが、外見に相応しくない品のない

行動に老いのイヤラシサを見せつけられてしまった。 私も雨の中、ある駐車場

から一般道に出るとき、溝の鉄板が外れてしまったことがある。大雨が降って

いなければ元に戻すところだったが、誰も居ないことを良いことに、やり過ごした

ことがある。その後の数年間、その近くを通るたびに自己嫌悪に陥った経験がある。 

今回の倒産劇の中でも、そのことだけは注意をしたが、それでも幾つか悔いの

残る部分はあったが、可能な限り自分の良心に従った。もちろん、落城に付き

ものの手の裏を返した身内や友人が数名いた。 後味が悪い切断は、一生ついて

まわる経験則が無いのだろう? 品性もあるが。最後に残るのは自分の良心との

自問自答だけ。後足で砂を蹴った思いほど嫌なものはない。しかし実は返り矢で、

自分で気づいてないのが本当のところだろう。立場変われば、薮の中で、自分の

勝手の解釈を、それぞれがしているにすぎない。老化からくる偏執は、自分の

価値観の歪曲からくる決めつけの起因が多い。老化による精神の弱体の顕在化は、

そのへんから見えてくる。著者は、「老いは、それだけで、その人の在りようを、

偏屈で意地悪で寂しい老人と決めつけられ、それも安っぽい、底が浅い不良少年

まつわる物語にされてしまう」と述べている。社会的弱者になる、ということ。

だから、早く自覚をすべきということか。静かに、温かみを持って笑い、

独り読書か、音楽を聴いて、目立たない老人も悪くないが、意地悪ばあさん、

じいさんも割り切ってしまえば楽である。 最後は、やはり宗教頼み、

こんな私を神様、お助けください!か。

 ・・・・・・

3714, ジャズについて −9

2011年05月27日(金)

 モダン・ジャズ誕生 ー�    ー 「音楽の本」三枝成彰著 より

   * マイルス・デイヴィスが生んだ 「クールジャズ」とは ?

【 そのチャーリー.パーカーのクインテット(五重奏団)でトランペット

 吹いていたマイルス・デイヴィス(一九二六〜一九九一)は、四九年から五〇年

にかけて伝説的なレコーディングをする。このレコード発明(四八)からほどなく

して録音されたこれらの曲を、レコード会社は『クール誕生』というタイトル

でまとめた。これは、その名の通り「クールジャズ」の誕生を告げたアルバム

クラシックでは馴染みの楽器チューバフレンチホルンが加えられたこの

レコード。 ここでのプレイでは、ビバップにはまだ残されていたドライブ感の

あるビートやホットな音色はきれいに消え去り、かわりにビブラートのない繊細

音色、明瞭で軽快なスウィング調のビートが生かされた。黒人音楽伝統

あるブルース的な表現も極力抑えられており、その意味では、クールジャズ

ビバップから‘黒っぼさ’を抜いた音楽、ともいえる。事実、その後のクール

ジャズは、白人中心の展開を見せる。マイルス自身も白人アレンジャーである

ギル・エヴァンス白人ピアニストビル・エヴァンスなどとともに

マイルス・アヘッド」「マイルストーン」「カインド・オブ・ブルー」など、

歴史に残る名盤を発表している。また、マイルスはそのキャリアを通じて、

モダン・ジャズの歴史に大きな足跡を残すとともに、つねに新しいアイデア

提供し続けたアーティストであった。 ヘロイン中毒から立ち直った一九五六年

には、クインテットを結成してパートナージョン・コルトレーンを迎えている。

この頃のアルバムに「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」がある。

 六〇年代後半には、テナーサックスウェイン・ショーターピアノ

ハービー・バンコックらの新進とジャズの枠を飛び出す新しい方向を模索し、

その成果は六九年の「ビッチェズ・ブリュー」で開花することになる。 

エレクトリック・サウンドの導入による、ロックジャズの融合という果敢な

試みを成功させたこのアルバムは、伝統的なジャズファンの間では賛否両論を

巻き起こしたが、マイルスの名声をさらに高めることになる。七六年には一時

引退し、再びドラッグに手を染めたが、八一年に復活。彼の音楽はより

ポピュラリティを増したものになり、ディスコでもかかるようになった。

日本のCMにも登場するなど、ジャズブァン以外にも広く名前を知られる栄光の

うちに、九一年、六十五歳の生涯を閉じた。なお、四〇年代後半にニューヨーク

においてマイルスによって起こったクールジャズは、朝鮮戦争で軍需景気に

沸くロサンジェルスなど西海岸にも飛び火し、ウエスト・コーストジャズなど

と呼ばれるようにもなった。こちらも、中心は白人ジャズメンであった。 】

クールジャズを要約すると、「ビバップから‘黒っぼさ’を抜いた音楽

 で、白人中心の展開を見せはじめた。ビバップにはまだ残されていたドライブ

感のあるビートやホットな音色は消え、かわりにビブラートのない繊細な音色

明瞭で軽快なスウィング調のビートが生かされた。黒人音楽伝統である

ブルース的な表現も極力抑えられた。この辺になると、ジャズマニアの嗜好の

範疇になる。この辺を意識して、貰った千数百のジャズの曲を改めて聴くと、

それぞれのジャンルを想定しながら聴くと、また違って聞こえてくる。

2017-05-26 『しあわせ仮説』 ー12

[] 05:34 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20170526052917j:image

            『しあわせ仮説』ジョナサンハイト

   * 「純粋な悪」を、私の中にみる

 「純粋な悪」を自分にみると、どうだろう。それぞれ人によって違うが、

この切口から、自分の姿がクリアーに見えてくる。

・せっかく頂いた平均80年の人生奇跡的偶然の積重ねの結果の私は、

「どこかの星から地球への宇宙旅行に来ている」という仮説をたてると、

何かヒントが見えてくる。ならば、地球自らがつくった大自然の美に感動し、

人間が営々としてつくりあげた文化文明の魂に触れる。前に立ちふさがる、

18歳までに植付けられた周囲からの先入観からの脱皮を一生かけて続け、

自然人間がつくり上げた光に感激、感動し、追い求める生き方。それさえ

知らない、「素朴な実在主義者」の心のありようが、私にとって「純粋な悪」。

それと世間様の共同幻想の「世間常識」。

・「和して同じず」で、群れたがる人間の習性。群れこそ、生物の生きる

ための習性であるが、反面、独り死んでいくしかないのも人間

<同じ石(人間)、少し遠目でみれば砂利じゃないか> がある。

所詮、人間など狂ってしまったサル。何をしようが、考えようが、同じじゃ

ないか?と考えていた。ところが、生きてみて、同じでないことを肌身に

沁みるほど実感をした。少しでも広く深く知りえたか、大自然神秘に触れて

感動したこそが、帰りの宇宙船に持っていけること。

 群れてないで、少しは狂ってみたら! もう遅い? いや、垂直(永遠に

繋がる感動)に立つことは今でも出来ること。 まだ遅くないのが分かる。

情念の最たる、感動、感激を求め、自ら近づいていけば良い。

 その切口は、「孤独」「知識」「瞑想」「狂い」…

世間からすると、私自身が「純粋な悪」そのものか。現にそうだもの。

但し、万人が、多かれ少なかれ、そうである。問題は、耐えられるかどうか。

 〜で、偶然、以下に続いていく。 ご帰還の宇宙船内で涙して、

<小猿に惑わされ、「純粋な悪」に捉われ、世界を殆ど観てこなかった>と涙。

 小猿を宇宙船に持込み、遊ぶのも良いが、持込は感動、感激、感謝の念だけ。

現実に溺れ、真実の何かから目を逸らすのも人生。 じゃあ、何か?

 人生への愛と、充実感。 自分をさて置いて、他人生き方に、あれこれ

いうことはない!  小猿が、元気で頭の中を飛び回っている。

・・・・・・

5550,閑話小題 〜雑念と小猿

2016年05月26日(木)

  * 雑念と小猿

 SJのスタジオ・ヨガ教室に参加して、はや4年3ヶ月になる。

前半の二年は、週2回、後半は週3〜4回、参加しているが、既に

生活習慣の一つで、足腰のセルフ・マッサージにもなっている。

それにしても、50人の集団が一同に会したヨガは、その人数分、

気が集まり、少し疲弊した気を強くする働きがあるような。 

イスラムのドームには、それがあるのでは?

ヨガの目的は、瞑想をしている時の身体と呼吸を整えること。

そこには、どうしても(気という)小猿が、彼方此方に飛び回る。ジムのの

ヨガで、インストラクターが、時どきヨガ瞑想本質について譬え話をする。 

『内側から次々に出てくる雑念は、自分の身に取り付いた小猿(気)の先。

惑わされないよう、自らを律してください!』という。成るほど、小猿は、

彼方此方飛び回り、ジッとすることなく遊びまわる。思い浮ぶ雑念とは、

小猿(気)が遊び回った先でしかない。猿に惑わされ、本来の自分

冷静に見つめることが出来ぬまま一生を終えるのが人の常。 

 世には、小猿なら未だしも、大猿になって飼主を支配しているのが多い。

その大猿の群れが、彼方此方で猿芝居をしているのが娑婆世界

猿は愛嬌があるが、服を着た猿どもは、どうもこうも!

 それより、猿にひかれた私?、貴方?  お後が宜しい様で。

  〜いつもの偶然だが、3年前にヨガについて書いていた。

――――

4453, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー1

2013年05月26日(日)

 スポーツジムのヨガに週二回参加して15ヶ月になるが、家ではやらない。

ジム内のフリースペースで常に数人がヨガやストレッチをしている。

半年前にストレッチマットを買って始めようかと考えていたが、何もしなかった。

丁度良いタイミングに、図書館でこの本を見つけた。100回以上のヨガで、

ここで取り上げているポーズの殆ど経験している。その中で、自宅用として

要約して、「どうですか!」と提示されたよう。 独り部屋でヨガをしている

姿も奇妙といえば奇妙。

  ー著者からの内容紹介ー

動かすだけで、体に自然と力がみなぎり、元気になる!!

1日5分、1週間でマスターできるように、「息の出し入れ」「体の動き」

「気の流れ」の3大要素を、徹底図解。読んでいくだけでも、ヨーガの効果が

体得できてくる!私の師匠が長年提唱し続けてきたヨーガは、インド伝統

のっとったうえで、体位法などの形のみに偏らない、呼吸を大切にして

「気の流れ」のあるヨーガでした。しかもそのエッセンスヨーガの中に、

伝統的に重要な行法をすべて濃縮した、極めて濃度の濃いものなのです。

本書で説くヨーガも、難解な体位などの実修は含まれていません。

ヨーガ独得の呼吸法の解説」と、それを通して得られる「生命エネルギー

気の獲得」そしてなによりも、こうした要素を簡単に

「1日5分、2種類の実修から」始められることが、大きな特徴となっています。

 ●4つの呼吸    ●1日目 胸を開いて   ●2日目 足腰を軽快に  

 ●3日目 身体の前後両面と手指  ●4日目 背骨にいきいきと 

 ●5日目 胸と脇を開き  ●6日目 上体を反らせる 

 ●7日目 1週間の疲れを癒し  

  ●オーダーメイドヨーガ   ●症状別のヨーガ    

 次回には、4つの呼吸法を紹介するが、なかなか良い。

 ―

 瞑想釈迦も取り入れて悟りに至ったが、ヨガとして確立したのは、

後のようだ。 「まえがき」の冒頭で〜

≪ ヨーガは、もともとインド哲学宗教のすべてに共通する宗教的

 実践法でした。仏教も例外ではなく、心を集中し統一するための実践という

意味で、ヨーガ(瑠雌)ということばが使われています。とくにインド宗教

のうえでは、グプタ王朝(4〜6世紀頃)の時代に『ヨーガスートラ』を根本

聖典とするヨーガ学派が成立し、ごれにもとついてさまざまなヨーガ流派

出現しました。そのなかでも、12〜13世紀以後に発達した「ハタ・ヨーガ

と呼ばれるものがもっとも重要で、現在行われているヨーガに直接的に影響を

与えています。「ハタ・ヨーガ」とは、肉体的な修練や呼吸の制御などによって、

心の集中、統一に適する身体と精神力を築き上げる方法です。ヨーガは主と

して健康法として人々に受け入れられていますが、本来は真の意味での

心の安泰、あるいは真実自分の発見という宗教的な目的をもった

行法であり、瞑想と深いつながりがある。≫

▼「心を集中し統一するための実践法」で、心の安泰と、真実自己発見が

 ヨガの目指すところ。ヨガ先生が言うには、「私の日常行為の殆どが

ヨガに繋がっている。歩いても座っても寝ても、靴を履く行為さえも」。

・・・・・・

5185,閑話小題 〜ヤマダ電機、46店舗閉鎖

2015年05月26日(火)

   * ヤマダ電機が5月末に46店舗の閉鎖

ヤマダ電機が5月末に閉鎖する46店舗のうち45店舗郊外型で、

 需要低迷が目立つ地域事業を縮小する。一方、今年度の新規出店数は

15店舗と従来の半分程度に抑えつつ、目玉店舗として東京駅八重洲口側に

新規出店する方針。増加傾向にある訪日外国人の需要を取り込む狙いがある。≫

 というニュースが、先日、突然発表された。

以前も書いたが、郊外店舗で欲しい商品を見て、実際に購入するのはネット

確実に二割はお買得になる。ヤマダ電機の総店舗数は国内外あわせて4,401 店舗

もあるから、僅か一%あまりだが、発表後、一週間で閉鎖とは・・

 買ってはないが、目立たない「自転車ヘルメット」をネットで調べたが、

思いもしなかった帽子に組み込む隠れヘルメットがあった。また、帽子に組み

込まれたヘルメットもあった。それらは、自転車専門チェーン店も販売してない。

 情報化は、あらゆる業態既存システムを根こそぎ破壊している。

   * カースト制度

 インドに行ったときに、まず疑問に感じたことが、『何故、カースト制度

三千年も存在し続けたのか? 階級間の争いが起きなかったか?』であった。

それに対して、階級が高いアーリア人のガイドが曰く、『それぞれ階級には、

その下の階級存在しているので、上からの差別を、そのまま下にするため、

バランスが取れている』と、平然と話していた。平等は分かっているが、肌の色、

人種宗教上からして、アーリア人が、それ以下の人種と混血にさせないため、

つくり上げたヒンズー教。分かってはいても、階級を容認するしかない、という。

考えてみたら、自由、平等、博愛理念理想であって、現実は、その逆。

日本のような島国では、実質的カースト制度が長年かけて構築されている。 

 笑い話?に、『平等の理想が困難なのは、みんなが自分より上位の人間との

平等を願うから!』がある。 なるほど、確かである。その希求は、思いの他に

強いものがある。そのため、下方ほど、他人の粗探しに精を出す「世間びと」

になる。が、それも、差別。『世間虚仮、唯仏是真』というが、せめて、自分も、

世間びと」の自覚を。ところで、老いるたび、社会の隅に押しのけられていく?

・・・・・・

4820,閑話小題 ー22年ぶりの車選び

2014年05月26日(月)

  * 22年ぶりの車選び

 日常生活の中で、TV、パソコン、車の位置づけは大きい。

この年齢になれば、便利で、面白そうで、実利的であることが第一になる。 

年金生活者ということがあるが、これが最後の車の買物?となると、大いに

迷いが出る。しかし、選定のための中古センターまわりは、なかなか面白い。

 22年間、乗っソアラの車検の見積で、修理費など30万といわれていた

経費がマフラーの交換が加わり、50万以上の見積になった結果、急遽、買替え

を決め、先週、連日、市内と見附三条中古センターをまわった結果、

メーカー直の販売所に比較的良い車があることを知る。まず、ソアラクラス

三ナンバーの大型車か、普通車セダンか、スポーツタイプかと判断に迷った。 

まわって思い知ったのは、22年も乗っていた車より、どの車も、遥かに良い!

ということ。「このソアラは当たり!」という思い込みが、過剰に縛られる

ことになっていた。

 日産トヨタというと、先代のソアラと、その前のコロナを加えると、

35年以上もトヨタ車を乗ってきたため、トヨタ系を選びたくなる。 

また、車は家内名義になるため、どうしても最安の選定に引っ張られる。

こういう時に、偉そうなことをいっても、森の生活サバンナ年金生活の差

が出てくる。歳からして、あと?年しか乗れないから、可能な限り良いものか、

逆に安いものか、大きな迷いになったが・・ 何の制約もなければ、年齢を

考えても、トヨタスポーツ車にするが、中古でも結構な値がする。

今更、遠出も、スピードも出さないため、考えた末に止めた。

 で、決めたのが、トヨタの「マークXジオ」、走行距離57千キロの格安

ワゴンタイプ。一応スタイルも気に入った上に、実用的が判断基準

オーナーは、もちろん家内。で、ますます頭が上がらない。産業廃棄物とは、

よく言ったもの。で、車選定も一歩手前の己と似たのを探し出す!

・・・・・・

4079, 老いの見本帳ーダークサイト −3

2012年05月26日(土)

      「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)   

  * 第一章 孤独な人       

 孤独は、老人に一番、似合っている。老いれば老いるほど、人間は頑固に

なると同時に、愛想がなくなり殻に篭るようになりがちになる。この章で紹介

している老人は、比較的強い人たちで孤独世界にドップリとつかっている。 

私も長く生きるほどに、この中の誰かに似た人になっていくのだろう。

いや、既にそうか?「長生きはしたいが、歳はとりたくない」という絶対矛盾

が誰の心にもあるのだろう。理想的老人は、孤独でなくてはならないようだ。

社会的にも、経済的にも弱者に追いやられ、孤立せざるをえないのが老人。

≪ 菊蔵は、他人の不幸が嬉しいのではない。まだ自分無関係にはなり

 きっていないがどんどん遠ざかりつつある「世間」で生じた惨たらしい

出来事が、孤身の自分の気楽さと寄る辺なさとをマゾヒスティックに際立たせて

くれるから、「また、子供が落ちて死んでいないかな」などと思わずには

いられないのである。 そこに孤独晩年の鬱屈と醍醐味とがある。・・

わたしとしては心の深いところで共感したくなってしまう。わたしはこの章で、

自分の憧れる、あるいは好ましく思う老人たちを紹介してみようとした。

すると、どの老人も孤独な影を携えた人ばかりではないか。 老いに伴って、

心身の能力は衰えていく。もちろん人生経験を踏まえて円熟したり豊かになって

いく要素もある。 が、おしなべて衰えは我々に違和感困惑を与えてくる。

自分自身がマイナス方向へ変貌していくという実感は、孤独感に通じるだろう。

家族や友人に囲まれていてもなお、ある種の頼りなさや不安、無力感孤独

が、多かれ少なかれ付いて回るのではないか。 老人となることは、死に

近づくことでもある。また、馴染み深い人や大切な人がいち早く彼岸

旅立ってしまう機会も増えてくるだろう。死とは、おそらく究極の孤独である。

だからこそ恐ろしい。だからこそ祈りが求められる。孤独であっても、淡々と、

あるいは瓢々と、あるいはふてぶてしく生きていく老人たちに興味が向いて

しまう理由には、そのように死への不安が伏在しているからなのかもしれない。

もちろん自身の孤独癖が大きく関与しているからでもあるのだが。≫

▼ 友人や、連れ合いにも先立たれ、誰も見向きもしなくなった頑固一徹

 老人が長生きの果てに待っている結末か。逆に90歳半ばを超えて元気で、

あと10年は生きると仲間たちと運動している老人も、何か変である。年寄の

愚痴と、悪口、噂話ほど醜いものはないが、それは、孤独を更に際立てる。 

とぼしい行蔵の棚卸孤独を増すだけ。 人生の終え方は難しい。  

・・・・・・

3713, ジャズについて −8

2011年05月26日(木)

 モダン・ジャズ誕生 ー�    ー 「音楽の本」三枝成彰著 より

  * ビバップキーマン、 チャーリー・パーカー

【 四〇年代に出現した、ビバップスタイル以後に続く流れを総称して、

 モダン・ジャズという言い方もする。それほど、ビバップスタイルの出現

革命的だったのだ。そのビパップの"スポーグスマン"的役割を担ったのが、

トランペット奏者デイジーガレスピー(一九一七〜一九九三年)。

クレオパトラの夢」で有名なピアニストバド・パウエル(一九二四〜

一九六六年)も、のちのジャズメンに多大な影響を与えた

(アルバムバド・パウエル芸術』『アメイジングバド・パウエル』など)。

 だが、最大のキーマンといえば、その飛び抜けた才能を死後になってようやく

正当に評価されたサックス奏者チャーリー・パーカー(一九二〇〜一九五五)

があげられる。 ジャズという音楽において、ペルギー人が発明したとされる

管楽器サックス(サキソフォン)が果たす役割は、他の音楽に対して比較

ならないほど大きい。バリトンテナーアルトソプラノと四種類があるが、

いずれもジャズと切り離すことができない大切な楽器である。 このように

ジャズにとって命ともいうべきサックス演奏家として、あえて代表をあげる

なら、のちに触れるジョン・コルトレーンカンザス・シティ出身のこの

チャーリー・パーカーをおいてほかはない。サックスを、それこそ自在にはね

回る鳥のごとく縦横無尽に操る早業から、‘バード’名称をミュージシャン仲間

につけられたパーカー。芸術肌のミュージシャンのご多分にもれず、彼は酒と

麻薬に溺れ、34歳の非業の死を遂げるが、ジャズに新し息吹を吹き込んだ

天災であったことは間違いない。 】

▼ それぞれの楽器で、その時代ジャズを特徴づける奏者が出てきてきて

 いた。パーカーはサックスである。モダン・ジャズでのサックス役割

大きい。モダン・ジャズは、更にクールジャズへと変っていく。

 ・・・・・・・

3348, 閑話小題 

2010年05月26日(水)

  * 何か凄い夢をみた!

 一昨日の夜半に、変わった夢を二つ立てつづけにみた。これ以上の不愉快

ない夢をみた。これは不徳のなせること?もう一つが夜空の星雲をみている夢。 

それが壮大なスケールで美しく今だかって見たことのないイメージ

何かの宇宙映画映像が頭の隅にあったのだろう。 神の目線のような、

夢でしか経験できない内的な経験である。もっと近づいて見ようとするうちに

夢が終わってしまった。 宇宙に浮いて立体的に星座の星をみている夢は初めて

だが、こんなリアルで壮大な夢をみたのに驚いている。「アバター」や

2012年」をシアターでみたのもあるか。3Dの映画やTVで、これに近いか、

それ以上の経験もできるのだろうが。脳の奥行きの深さを夢で知らされた

思いである。こんな夢をみるとは、お迎えが近いのかもしれないゾッとする

内的経験であった。内面宇宙ということ? 

  (字数の関係でカット2011年5月26日