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2017-06-29 閑話小題 〜明け方,つれづれに

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   * 明方、つれづれに

・ 片方の年齢が75歳をこえた老々介護が、三割を超えたと報じていた。 

 どうも老いるに従い、社会の隅に追いやられるようである。しかし娑婆

には面白そうな、まだ経験してないことがあまりに多い。その一つがゴーグル

をつけたソニー・プレイステーションVRでのゲームの体験と、それを使った

YouTube動画での絶景観光。この齢でプレステでゲームに興じるのも変か?

・ 学生時代に、深夜の2〜3時に起きて酒を飲む「夜明けの酒」の経験

思い出した。友人が誰かと体験をしたが妙な酔いかたが良かったと聞いて、

数人で飲んでみた。 深酒をしないで泥酔状態サイケ感覚トリップをした。

水商売の人は、客や、同僚とのアフターで経験済み? これは慢性化すると、

身体も脳にも良くないはず。学生だからできた経験朦朧黄色にみえる朝日

が何とも! 今度、夜の6時に寝て、0時に起きて何処かのスナックに行って、

時間ぐらい酒を飲んでみますか? 年齢を考えると、危ないか?

 毎朝、4時に起床して、この文章を完成し、アップして、信濃川大橋を一周

してくる方が、サイケ調ですか、今度、缶ビールでも、持っていってみようか? 

これは事故が危ない。

・ 一昨日、TVで見た映画が、「強い麻薬トリップをしたグループの

 経験と、その結果がもたらす錯乱した狂喜の世界」を映像垣間見る内容。

トリップ後にやってくる反動の世界の一端に、視聴者が引込まれる筋立て。

酒類、薬物を介さなくとも、映像に波長に合わせれば、トリップに近い状態

なれる? <所詮、別世界の何かがつくり上げたバーチャル世界の住人>なら、

自ら積極的に、入り込むのも手である。で、飲酒過剰で、この始末。

・・・・・・

5583,閑話小題 〜暇とは、こんなに忙しいものか

2016年06月28日(火)

   * 暇とは、こんなに忙しいものか

 欧州サッカー選手権とプロ野球、WOWOW映画とTVドラマと、時間

足りないほどTVを観るのに忙しい。他動的で後ろ向きだが、面白いのは面白い

これにスポーツジムとポタリングパソコン読書が加わる。更に近くの‘

ツタヤ’のビデオレンタルでも借り始めたら、本当にどうなるか?

 で、レンタルは、ウィンドウショッピングに止めているが面白そうなのが

多くある。 隠居になってみて、内向きの忙しさとしても、こんなに面白い

日々とは思いもしなかった。苦しみ1に対して、楽しみ3の割合意図的

加えていることもある。これは楽しい時間スケジュールに組めば済む。

 例えば、早朝のペダリングだったり、TVで観る映画ドラマや、金曜日

シネマ通いだったり、この随想日記テーマ探しと書上げだったり・・ 

 これは75歳を健康年齢の目安に設定すると、自由に動けるのは、あと4年半! 

とすると当然、何事にも貪欲になる。 <死んで花実が咲くものか>だが、 

70歳という自覚が少ないためか。同年代の知人友人が次々と倒れるためか。

   * 2016年上半期 重大ニュース

 あと数日で、今年の上半期が終わろうとしている。世界をみると、ベルギー

ブリュッセル国際空港テロと、アメリカの大統領泡沫候補が共和党の代表

選ばれたこと。国内では、枡添都知事の辞任と、熊本地震ぐらいだったが、

先週になって、『英国のEUからの離脱』という政治的激震が起こった。

 この影響は、今後、5〜10年と続くが、日が過ぎる度に、事の重大さに

世界震撼としている。離脱自体も然ることながら、ドイツフランス

イタリアなどにも離脱の動きが大きくなる。スペインのように、英国離脱

を受けて、逆に熱が下がった、思わぬ効果もある。当初、トランプに順風と

思えたが、これまた逆のようだ。毎日の為替・株の相場から目が離せない。

・・・・・・

5218,聴覚の方が、視覚情報より根源的!

2015年06月28日(日)

       『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 

   * 聴覚の方が、視覚情報より根源的!

 全盲辻井伸行が、譜面をみないで多くの曲を弾きこなすことに不思議?と

思っていたが、「皮膚の外側全部が宇宙」と聞くと成るほど、「聴覚の方が、

視覚情報より根源的!」というのも納得できる。 〜その辺りから〜

≪ 堤◎ ー目に見えるものだけを信じることはなぜ危険なのでしょう?

佐治◎ 一耳のほうが優れているともいえます。目は見たいようにものをものを

 見る特性が顕著です。 聖書にも「神の姿をかたちづ〜てはいけない」と書かれ

 ているでしょう。神の姿が見えようとすると、自分に都合の良い神をつくりだして

 しまって、極端の場合は、その神の命令によって、という思い込みから殺傷事件

 を起こしてしまう。 それも、脳のメカニズムに関係してくるらしいのですが。、

堤◎ ーどんなメカニズムでしょう? 耳との違い?.

佐治◎ ー目は三種類の色を識別する細胞からできています.「RGB」、つまり

 赤REDと緑(GREEN))と、青(BLUE)の細胞にどういう光が入るかによって

 いろいろな色を識別します。 ところが耳の聴覚器官は、二万五〇〇〇種類

 くらいの細胞が縦に並んでいる。ある音が片側からやってきた場合、われわれ

 は二つの耳で、その方向を識別できます。ところが音が片側の耳に入って、

 次にもう片側の耳に入るまでの時間差は一〇〇〇分の一秒くらいで、神経の

 伝達速度では、間に合わない。となると、音源の方向を識別できないはずです。

 そこで・片方の耳から入ってくる音は細胞の上から、もう片方は下から入って

 きて、その合致する位置から、脳が計算して方向の認識をしている。

 しかも、目から入った信号が脳に到達する時間と、耳からの信号が脳に到着

 する時間を比べると、耳からのほうが速い。つまり、耳のメカニズムのほうが

 ある意味では優れています。人類の進化の歴史を見ても視覚情報は、母親

 胎内にいる時にはシャットアウトされている。でも、音だけは聞こえている。

 視覚情報のほうが優先されているということです。聴覚情報は、より根源的

 ということです。

堤◎ ーならば目の不自駐方の感じ方は全然違うのでしょ-か?

佐治◎ ー生まれながら全盲の人の言葉を借りると、「先生にとっての宇宙は、

 月とか太陽とか星なんでしょうけれど、ぼくにとっての宇宙は、皮膚の外側が

 ぜんぶ宇宙なんです」という。すごいですね。・・・

佐治◎ ー目が不自由で、耳は健常な人と、逆に耳が不自由で、目は健常な人

 とでは、感じている世界はまったく違うようです。  

佐治◎ ー全盲ピアニスト辻井伸行さんによると、カルテッドでの共演など、

 通常はアイコンタクトで合わせますが、彼は、相手の呼吸を耳で読むといって

 いた。われわれには五感があるが、そのなかでいちばん深いところに入って

 いくのが音情報です。≫

▼ 動物は海中から陸上に、上がって進化?してきた。海中は視覚より聴覚の

 方が生存競争有効に働くため、人間も、その流れを引継いでいるのだろうか。

ウツの対策に音楽療法があると、この書で述べているが、iPod軽音楽を聴き

ながらの早朝の自転車散歩で、その実感は確かにある。 情報端末の進化は、

聴覚、視覚情報を、より手軽に修得可能にする。

・・・・・・

4853,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー23

2014年06月28日(土)

   * 仮店舗と、本店ビルの建設

 設計も終わって、ゼネコンへの見積もり。長岡駅前の一等地もあって、小さな

規模きかかわらず、多くのゼネコン見積もり依頼があった。そして最後に、

大手大成建設と、準大手の淺沼組に絞られた。しかし、500万の金額の差で

浅沼組になった。 準大手の淺沼組社長が、山本五十六元帥の元直属の部下で、

何もあっても取れとの厳命があったと、後で聞いた。しかし、500万の差が、

実はアーケード見積もり落ちと、後で判明し、請求してきたが、話が違う!と、

トラブルになりかけたが、最後は相手側のミスと、決着。今から考えると、

建設は、一割以内の差なら、最大手を選ぶのが順当だった。ただし、浅沼組も、

悪くはなかったが。見積もり過程で、得体の知れない建設業界の不気味さを

感じ取っていた。談合で、殆どが決められる建設業界の(マフィアのような)

シンジケートであるる。それも10数年前に社会的問題になって大きく

変わったが、現在でも、それは厳然と残っている?はず。

 ところで、ビル完成まで、どうするか?で、駅前に、たまたま撤退した

ばかりの専門店街があった。その権利を、母の従兄弟の元市長がが持っていた

関係で、入店することにした。そして7ヶ月後、11月に新規オープンになる。

店舗の開店も順調にいったが、直ぐに気づいたのが、売場面積を三倍にした

割に、売上げが、思いのほか伸びない。順調に伸びたのが、学生服の売上だけ。

既に、時代が車社会に入っていて、郊外店舗への流れが本格的になっていた。

 その頃、仕入先の産地も、繊維不況で大きな曲がり角に立っていた。

それと大型店の影響で、駅前立地も本格的衰退の兆候を現していた。

その頃、チェーン店を目ざすクラブセミナーの講習に三ヶ月に一度の割に

聴講にいっていた。そこでは『早く、新業態店舗を開発し、現業を潰すべし』

と、繰返し、聞いていた。 現に、この10年間、各地で、それを目の当りに

してきた。一息を入れたとき、全エネルギーを、店舗運営と、仕入と販売に

縛られる日々に、自分の限界を感じるようになっていた。その頃、ヨーカ堂

出入りしている紳士ファッションメーカーが訪ねてきて、取引をしたいという。

ヨーカ堂に入れている商品の一部をブランドを変えるので、取引をさせて欲しい

という。 ところが、その商品が嘘のように売れるのである。要するに全国的

ホット商品ばかり。内心、「これは!」の声。新興の大手チェーンには、

短期的には闘えても、長期的消耗戦では、勝てないのではないか?である。

 本店の建替えも落ち着いた頃、ペガサスの教えのチェーン化に、実兄は、

やる気満々!私は、逆に自信が喪失。考えてみれば、私に会社の資産はないし、

縛られるものはない。引き時では?と。

 話は変わるが、本店を開店した後に、その成功の祝いに、30人を連れて、

ハワイ旅行に行くことになった。それが、長岡での花。山場であった。これが、

それまでの疲れ全てを取り払ってくれた。そういえば、同じことを新潟駅前

シリーズでも、やっていた。その時々を仕事の合間でレジャーも楽しんでいた!

・・・・・・

4486, 静かなる大恐慌 ー3

2013年06月28日(金)        「静かなる大恐慌柴山 桂太 (著)

   * 第二次グローバル化のゆくえは?

この地球規模の混迷の行きつく先は、どうなるのか?

そう楽観的ではないだろう。ーその辺りから

≪ 第一次大戦後には各国間の貿易が再開され、金本位制への復帰が進むなど、

 戦前世界への回帰が模索された。しかし29年に始まる世界恐慌から、各国は

保護主義やブロック化へと雪崩をうって、保護主義やブロック化へと突入して

いった。世界経済を統合するグローバル化の動きは、世界経済を分断する

グローバル化の動きに急速に切り替わり、貿易をめぐる国家の「経済戦争

が激しくなった。それが第二次世界大戦へつながっていった。 そして、

それは第二次世界大戦で終わりをとげた。 それでは第二次グローバル化は、

どのような結末を迎えるのか。まず、当時と現在とでは状況が違う。

第一次当時は、予期せぬ経済変動に対し、各国経済はあまりに弱かった。

しかし、現在は先進国を中心にした労働者保護する制度や、銀行預金者を

保護する制度が幾重にも張り巡らされている。・・加えて、当時の金本位制度

という国際金融システム問題があったといえる。多くの点から考えても、

現在のほうが遥かにショックに強いといえる。しかし、それがいえるのは先進国

だけ、新興国は遥かに弱い。二度のグローバル化に共通しているのは、輸出を

中心に成長する新興国が急激に台頭してくること、そして一たびショックが

起きると大きな打撃を受けるのも新興国であること。 世界はいつも、弱い鎖

から切れていく。アメリカで始まった現在の危機は、欧州に飛び火をした。

それも経済力の弱いギリシャに火がついた。これが別の地域、特に輸出を

伸ばして急成長をしてきたBRICsなどの新興国へと波及したとき、

危機の複雑さは一挙に深まっていく。≫

▼ 著者は、100年前のような二つの大戦が起るかどうかまでは言及してない。

しかし、中国北朝鮮のような新興国が現に存在している。内部の基盤が

危うい国は、それをカバーするために世界大戦やむなしと考える危険がある。 

それだけでない、スマートフォン(小型パソコン)が一般大衆に普及したとき

の危険性は計り知れない。政府より大衆の方が、情報を知り抜いてしまうからだ。 

20、30年前なら数億、十億円もしたコンピューターが、誰もが持ち活用

した時の社会的影響想像を超えるだろう。大きな政府をつくったとして、

ネットで結びついた力の終結は誰も予測不能だろう。静かに恐慌は進んでいき、

混沌は当分の間、続く。 隠れた正体は、「情報化社会の本格的到来」である。

・・・・・・

4112、閑話小題 ー血圧

2012年6月28日(木)

   * 血圧

 血圧が高めのことは知っていた。しかし毎日これだけ運動をしていれば

大丈夫のはずと、たかをくくっていた。ところが、家内が先週末、ドラッグ

ストアにある血圧計ではかったところ、思いのほか高かったと聞き、一昨日、

スポーツジムにある血圧計ではかったら、何と165もあった。ヨガを終えた

直後なので血流が良過ぎたのか、それとも・・ そして昨日、一時間半の

運動の後、怖々とはかってみたところ、130だったので、ホッとした。

しかし、これでも高いようだ。ジムに通い始めた頃には月に一度は見ていたが、

だいたい130代だった。ネットによると、≪ 日を変えて何回か血圧を測定し、

いつも拡張期血圧が90mmHg以上、あるいは収縮期血圧が140mmHg以上であるのが

血圧の診断目安≫という。これからすると、私は、ぎりぎりセーフになる。 

塩分と糖分に関しては、意識的に最小にするようにしてきた。体重も30年間、

体重も増えることもない上に、身体が重いと思ったことはない。

  * 欧州世界恐慌の瀬戸際 (同じことを繰り返して書いているが)

 ギリシャのやり直し選挙で緊縮派の勝利で、目先の世界恐慌火種を何とか

消した。しかし、スペイン国債金利が7%を超えた。UCBなどが融資を決定

をし何とか、これも乗り越えつつあるが、何時までも続くわけでない。 一度、

火がつけば、世界の6京(6千億ドルの10倍)の不良債権が表立ち、世界中

の企業と銀行連鎖倒産が出ることになる。これはリーマンショックなど

比べようのない事態。そのため何があっても目先、乗り越えざるを得ない。

次の目標はロンドンオリンピックの終了だが、微妙である。先日も、スペイン

銀行28行の格付け引き下げがあった。ドンヨリした暗雲が世界中を覆って

いる中、国内政治は大混迷。消費税を上げないと日本はもたないが、引き

上げれば経済は大打撃。 これほど酷い政治と経済の惨状をみるとは! 

それも、まだ本格的世界恐慌は始まっていないのに、である。 悪いことに

内税のため、増税は実質は経費アップになる。その上、売上減は必至になり、

中小零細企業は大打撃。もう私にとって影響は少ないが、一歩、ひいた目で

みても恐ろしい。ある朝、何処かの株式市場で暴落が発生、その日を境に

世界経済は大混乱に陥る。解っていても手立てが無いから、ことは深刻。 

・・・・・・

3746, 閑話小題

2011年06月28日(火)

   ◆ エイズ並みの、恐ろしい性病

 人間、ギリギリに立つと、本性が出てくるもの。その中で最もリアル

出るのが「他人(ひと)のせい」にする悲しいサガ(性)。人間には、

「あなた群」というのがあって、色いろな気持ちや体験を通して培った感覚や、

体の細胞たちからの記憶が、人の中に蠢いている。過去の色いろな感情や

感覚が、塊になって、その時々の感情や感覚を仲間として同居していて出番を

待っている。その一つが「他人(あのひと)のせい」病である。さしずめ、

今回の倒産劇の「三つの震災」を倒産理由にしている我が内なる、それである。

そう書きながら、これらの八割が原因と脳の奥からの声が聞こえてくるが・・

原因や責任転嫁は動揺から生じることが多い。「他人のせい」は、メビウス

輪で、「原因は自分にもある」ことに気づかなくしてしまう。東北震災も、

あれは数百年に一度の天災が原因である。そこまで、想定できないのは自明

それを政治は言明できないという恐ろしい事態である。

   ◆ 3D仕立の靴下とスポーツシャツ

 「父の日」に、次男からプレゼントが送ってきた。ネットショップから

だが、包装を開けてみると、靴下二足。白系と黒系の無地もので、よく見ると、

立体的な足の形をしたモノで、足の部分ごとに縫い方が違っている。

 それも、縫い目がない。足にピッタリ密着するようになっている。 

分かりやすくいえば、足袋ハイソックで、指先、踵、そして土踏まずの箇所が、

それぞれに合わせた織り方になっている。一度、TVで、その製造マシーンを見た

ことがあった。スポーツジムで、それを履いてみたが、脚が全体が適度の締め

付けで軽快な感じがする。一度履いたら、運動に欠かせなくなる。これなら

2〜3千円を出してでも買いたくなる。ところで昨日、ジム用の着替えの

スポーツシャツをと専門店にいったところ、何と「3Dシャツ」のコーナー

があった。やはり立体的に上半身の形になっているシャツが並んでいた。

それも乾燥が早いシロモノである。それが千円というので、さっそく買ったが、

これも良い。元々あったのだろうが、ベトナムで、トレード・オフをし価格

ダウンしたのが店頭に並んだので、目に入ったが。これも、デフレの一現象


 

2017-06-28 閑話小題 モンテッソーリ教育 −1

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  * モンテッソーリ教育とは

 天才将棋少年藤井君の秘密の一つが、幼児期の「モンテッソーリ教育

にあったという。そこで調べてみると、知的障害児の感覚教育知的水準

上げる効果から、貧困層の健常児への独特の教育に発展し、この教育法が欧米

社会に広がったという。要するに天才教育である。家内には私の持ってない、

異様な能力がある。聞くところによると、直ぐ上の兄が、生まれて間もなく

死んでしまったため、両親が、我がまま放題に育てた。それが、習い事にも

現れて、バレー、小唄、習字など、次々と本人の気分に従って、1〜2年で、

変わっていった。その辺に、変な能力? 異常な位の好奇心の元にあるのでは

と、思ってきたが、それを当人が、自分で、してきたことになる。ただし、

受験勉強で、そのエネルギーの全てを使い果たして、この有様』と宣う。

知的好奇心と、マスコミに取り上げられる流行に対する直感は、異様に強い。

この教育法を読むにつれて、武澤ゼミの基本が、ここにあったと、気づく

ことになる。知識にしろ、経験にしろ、私たちは小さな世界に閉じ込めれれて

いる。まず、その認識をして、外にも内にも、その壁を壊さなければならない。

 その前に、その壁に入らない教育法が、これである。

  〜ネット検索によると〜

≪ 20世紀初頭にマリアモンテッソーリによって考案された教育法。

 イタリアローマ医師として精神病院で働いていたモンテッソーリは知的

障害児へ感覚教育法を施し知的水準を上げるという効果を見せ、1907年に設立

した貧困層の健常児を対象とした保育施設「子どもの家」において、その独特な

教育法を完成させた。以後、モンテッソーリ教育を実施する施設は「子どもの家」

と呼ばれるようになる。

 1907年ローマに最初に誕生した「子供の家(Casa dei bambini)」は、

瞬く間に欧米を中心に世界各国に広がった。特にアメリカ合衆国では2度に

わたってモンテッソーリブームが起こり、アメリカ全土にその教育法が普及。

現在、アメリカの私立をはじめ数百の公立学校でもプログラムが導入され、

3000ヶ所のモンテッソーリ子供の家があるといわれる。日本には1960年代

紹介され、モンテッソーリプログラムを導入する幼稚園モンテッソーリ

教育を専門に行う「子供の家」が創設された。

 ☆ 自発性と「敏感期」

常に子供を観察し、そこから学ぶ姿勢を貫いたモンテッソーリは、感覚教育

同様に重要と説いたのは、子供の中の自発性を重んじることである。どの子供

にもある知的好奇心は、何よりその自発性が尊重されるべきで、周囲の大人は

この知的好奇心自発的に現われるよう、子供に「自由環境」を提供すること

を重要視した。また、子供を観察するうち月齢、年齢ごとに子供たちの興味の

対象がつぎつぎ移り変わる点に着目し、脳生理学に基づき、さまざまな能力

獲得には、それぞれ最適な時期があると結論付け、これを「敏感期」と名づけた。

モンテッソーリ教育の特徴の‘一面とされる一斉教育を行わない教育形態’は、

この子供たちの「自由の保証と「敏感期」を育むモンテッソーリ理論の視点に

立つものである。 モンテッソーリは、集中して遊んでいた子ども玩具に夢中

になり、目を輝かせていた幼児を見て、挫折しかけた研究の道を再度探求する

こととなった。敏感期の子どもに触発され、モンテッソーリ教育が構築されて

いったのである。 … 次回につづく ≫ 

▼ 家内の両親が、本人を大事にするあまり、自由気ままに育てた結果が、

 この自発性。それが、「敏感期」に本能の向くまま、習い事を替えさせて

行ったようだ。何度か、家内に言ってきたのは、『幼女少女期まで、多くの

習い事させてもらったのが、何よりの財産。 両親に感謝しなさいよ!』と。

何を言っているのか理解できないのが、本人の限界。一生を幼女そのままの

好奇心を持ち続け、亭主を盾に、続けるのでから、たまったものではない。

が、秘異郷を主とした海外ツアーに50回以上も行けたのも、幼女のままの

性格だったこともある。 痛し痒しとは、このこと。

「普通の痛さじゃないから、たまったものじゃない、ったく!」 だが。

・・・・・・

5582,閑話小題 〜まさか、離脱派が勝つとは! 〜?

2016年06月27日(月)

   * 欧州サッカー選手権と、EUの離脱問題

 今回の英国のEUからの離脱問題。欧州サッカー選手権の最中の熱い時期の

タイミングが良くなかった。英の自国内も含めた、欧州同士のサッカー試合を

通した代理戦争のような試合が行われている最中の離脱成否の国民選挙である。

何とか抑えてきた抑えてきた愛国心郷土愛欧州連邦を崩す切欠になるのか。

 英国ユーラシア大陸の位置関係と、日本アジア大陸の地勢上の立ち位置

から類推してみると似ている。日本大陸から大挙して押し寄せて、街の一角

に住んだとしたら、当然、離脱をしたくなる。 中国韓国フィリッピン

インド人が、近くのアパートに住んで、大声で深夜、騒いだとしたら、それは

拒否反応を示しす。現に自宅前のアパートの何世帯が、住人である。

我慢できないレベルではないが、数倍になったとしたら、考えるだろう。

それも犯罪が激増するとしたら・・ 

 離脱問題が、大した問題でないのか、想像を絶した大問題なのか、二日間、

新聞、TV、ネット情報を通して考えてみたが、これはパンドラの箱が開いた

リーマンショック以上の大問題。プラス面に光が当てられたグローバリズム

の問題が、マイナス面に表出した一現象である。これでトランプアメリカ

大統領に選出される可能性が出てきた。EUは、解体もありうる。それと、

スコットランド独立もである。

 ソ連邦解体と、中国共産主義政策の放棄と、情報社会の到来をみた上に、

EUの壮大な生成の実験と、その崩壊過程?まで目撃できるとは! 驚き。

アメリカ不良債権も、各国政府、金融機関の金庫の中に押し込まれたまま。

何かの切欠で表立った時、世界恐慌は表立つ。今週は、先週に続いて見もの!

まず株式と為替から。現役だったら、夜も寝れないだろうに。

アベノミックスは、株安、円高の潮目で、失敗が露呈してくる。娑婆は面白い

・・・・・・

5217,神学と物理学哲学三位一体

2015年06月27日(土)

              『立花隆の書棚』立花隆・蒼田純一写真    

   * 神学と物理学哲学三位一体論 

 書店の店頭で数ヶ月前から黒表紙の『立花隆の書棚』という分厚い本が並んで

いた。面白そうだが買うのを控えていたのを図書館で見つけ、さっそく借りた。

  その「まえがき」の内容が良い!

≪ 「やはり、若い才能というのはあるもので、昔のいい本にもう一度出会う

 のも悪くないが、若いブリリアントな才能の持ち主と出会うことは嫉妬の対象

にこそなれ、なかなか賛嘆の対象にはならなかった。しかし、七十を過ぎて、

素直に、何でも、よいものはよい、と言いたくなった」 ・・・(略)

 『20歳の君へ』の中で、キリスト教三位一体説を取り上げ、父なる神と、

子なる神と、精霊なる神が一体であるとはどういうことか、それに対する異論から、

最初の異端アリウス派が生まれたという話をした。

イエス・キリスト=神」とする正統的な三位一体論に対して、歴史上、

異論を唱える教派が何度も出ては、異論とされてきたのである。現代においても、

アメリカで最も有力な教派(ユニテリアン)が同じ見解の下に集団を作っていて、

アリウス派現代版と目されるということを指摘した。

現代三位一体論を考えるなら、今こそ、神学と物理学哲学三位一体論を

やるべきだと思う。それは、光とエネルギーと物質の三位一体論であり、これは

物理学の公式で書き表せば、E=mc2アインシュタイン相対論と、E= hνの

プランク量子力学から導き出せる。これがこの本を書きながらたどり着いた

一つのことである。・・ 光とエネルギーと物質は、結局は同じものであり、

われわれ自身も、われわれを作ったものも、われわれが作り出してきたものも、

すべてこの三位一体説の中にあるのである。≫

▼ そもそも光とは? エネルギーとは? 物質とは何か?を知らなければ

 ならない。結局は同じものというが、それは何か?である。 猫ビルなどの

書棚の写真を見ていると、本という媒体という物質。そこに込められた著者の

エネルギー。光は情報・知識ということか。 あるいは、人間そのものも、

肉体が物質、エネルギーが行為、光は情報・知識になる。どれもこれも磨き

続けないと、劣化を始める。 問題は行き先の設定。それぞれ違ってくるが。

・・・・・・

4852,「事業人生を決心して45年」の語り直しー22

2014年06月27日(金)

  * 本店ビルの建替えへ

 そうこうするうちに、地元百貨店の二社が大手チェーンのニチイと、ヨーカ堂

傘下になっていた。そのニチイ傘下に入った隣地の百貨店と数軒の店舗の共同開発

ビル計画が立ち上がっていた。当地は、その四角にあり、要になるため、当然、

参加の打診があった。私が生まれ育った旧ビルも30年も経って寿命もきていた。 

私は当初、共同ビルに参加には賛成だったが、共同ビルの設計は当然、大型店に

都合よいレイアウト。即刻、参加取りやめになったが、この機会に新ビルを

建替えることになった。私には千葉千城台ビル立上げの経験がある。

この設計過程と、ビル建設の二度目のチャレンジになった。設計会社は千葉と同じ

設計事務所と、担当を同じにした。30年前に、そこで、父が木造店舗から、

新ビルの立上げを、身近に見ていた幼児体験もあった。これに、千葉でのビルの

経験を加えての設計の立案、この建物は、その後の建物でのベストの傑作の設計。 

扇状の四つ角のビル。柱は最小に、ビル売却を前提において、テナントビルなどに

転用可能に、考え抜かれたレイアウトになっている。二階以上のフロアーと地下を

メインの1Fと分離できるテナントビルへの転用可能である。

この建替プロセスほど、人生で面白かったことはなかった。 父の魂が私に乗り

うつって建てたような建物。現在は予備校として稼動しているが、実兄が、通り

相場の3〜5割高で売却が出来た。その買った人物が、その後に取組んだホテル

創業のスタッフだった因縁があった。ニヶ月でコンビ解消をしたが・・その人も、

私から傑作作品と聞いていた 面白いものである。 10年後には、異種の

ブラックスワンの出現で・・? 話は戻るが、新規ビル建設で旧ビルを壊すことに

なったが、私の手で壊すのも大きな因縁。仮店舗への移動のため、閉店売出しで

一切を整理をした最終の夜、二階で全員で冷酒で乾杯。旧ビルへの御別れで、

飲みほした茶碗を一斉に床に叩き付けた。ところが、全ての茶碗が割れない。

長年の熱湯で強固になっていたため。茶碗にも年季が入っていることを教えられた。 

 ところで、敷地ギリギリの鉄筋ビルの解体を、どうするかに非常に興味があった。

何と各フロアの真中に5m程の穴を開け、上層から壊したコンクリートと鉄筋を

1Fに落とし、運び出す。5Fの後は、4,3,2Fと。

・・・・・・

4485, 怒らないって本当は恐い! ー2

2013年06月27日(木)

                 『怒りの作法』小川仁志 著

 * 日本人はなぜここまで怒らないのか

何故に日本人は怒らなくなったのか、その理由を幾つか取り上げている。

 ーその部分を抜粋ー

・ 三木清は『人生ノート』の中で、「他の感情から比べ、否定的

とらえられるのは、怒りが憎しみと混同している点にあるとしている。

三木は憎しみは負の感情しかないが、怒りはそれとは違う正のエネルギー

秘めた感情。  したがって、まず怒りに課せられた誤解を解くことから始める

必要がある。感情とは内側から生じてくる一種のエネルギーであって、それを

うまく放出することによって、人間人間らしくふるまえるのである。

・ なぜ怒りだけが抑圧されるかというと、そのイメージは、ほとんど常に

暴力的言動に結びついているため。怒っている人の原因を聞くと、理解が出来る。

しかし、その言動は否定することになる。互いの主観をみとめ、話し合い、

理解するのが人間たる由縁だが、暴言や暴力に頼り、他者から理解してもらう

ことを諦めてしまうため現代人は動物化しているといわれる。

・ 権力者は、怒る人間より従順人間を好みます。自らの保身のためである。

長年かけて教育を始めとした啓蒙活動で人間の怒りを去勢し、従順な国民を作り

上げてきた。・・・ 怒りという正常な感覚の一部を奪われてしまった人間は、

他の感情ー喜と哀と楽も歪なものになっていく。笑えない子供、泣けない大人、

楽しめない人間。極端までに怒りを嫌悪する現代社会は、こうした「異常現象」

が顕著になっている。人間は、怒りそのものを抑圧されることによって、

喜怒哀楽という自然を失い、不自然な存在に歪められていく。

・「風土」論にみる日本人とは?といえば、 和辻哲郎風土論がまっさきに

上げられる。彼は世界の気候をモンスーン型、砂漠型、牧場型の三つに分けた。

モンスーン型は、温暖湿潤なため温厚と同時に忍従的のため従順人間になる。

これに対し砂漠型は、厳しい自然に抵抗するため攻撃的になる。また牧場型は、

自然を囲い込んで征服しようとするため、合理的に物事を考えるようになる。

日本モンスーン型、アメリカ欧州牧場型。砂漠型はアフリカモンゴル

中国アジアに属するが服従しないという点では特殊。農村的なるものの

エートスは、共同体を重視するため近所と波風を立てないことが、求められる。

 あの人は、どう思うかということばかりが気になり、常に頭の中に、自分

睥睨する他者の視線が紛れ込んでいる。 現在の日本の社会制度はほぼ農村

出身者によって作られたもの。たとえば、学校。あれは目立たないことを教え、

人と違う意見や行動を封じ込める場所。まさに教室という名の農村

もう一つ、気候と関連するものに地形がある。 小さな島国の日本人は、

外部に対して、まず慌て動揺する。

・ 個人主義化が、歪んで怒れなくなったことも注目すべきである。

30年前の1982年頃は丁度個人主義が満開に達し、日本中が浮かれ出した。

思想界では、ポストモダンというバラバラの個人を前提とした考え方が隆盛を

極めていた。一緒に共通の夢「大きな物語」を追いかける時代は終わったと・・

 それ以降、個人主義が拍車をかけていった。 そして誰も怒らなくなった。

権利意識だけ高まった人を怒って面倒になるなら、自分の夢を追求した方が

ましだからです。

▼ 怒れなくなった若者、切れる老人が多くなったのは、正しい怒り方が

 出来ないからである。デフレ時代の恵まれない時代背景に、どう怒ってよいか、

ただ呆然として立ち竦み、怒りの沈殿が、個々の中で憎しみに変わろうと

している。そういえば、北朝鮮の女アナウンサーコメントは常に怒った内容。

そして威嚇したもの。内向きの統制が目的のためもあるが、明らかに支離滅裂

とはいえ、その対極にあるような日本も間違いなく変。

何のポチは怒りを悪と洗脳されたか。

・・・・・・

4111、閑話小題 ー民主党

2012年6月27日(水)

   * つれづれに

 民主党は一度、解党するしかない。欧州発の世界恐慌が迫っている中、

日本は数年限定の大連合を結集するしかない事態。欧州も刻一刻と危機が迫る。

国債と株式の暴落は、一度暴落が始まると、あとは歯止めが利かなくなる。

その時が世界恐慌である。その影響を一番受けるのが弱体化している日本になる。 

その上、アメリカ中国も、非常に危険な事態である。その結果、際どい金融

政策もありえる。それを隠すために、戦争を中東で仕掛けてくる可能性が強い。

イスラエルによるイラン攻撃か、シリア攻撃か、北朝鮮の暴発にみせかけた

挑発か、中国の内乱も十分考えられる。80年前の世界恐慌は第二次大戦で、

それまでの世界の仕組みを叩壊し、その再建を新たなエネルギーとして利用した。 

ソ連と、共産中国の台頭、そして欧米の西側世界の制覇である。今度の、

それは、新資本主義中国と、インドの台頭になる。 要は、資源である。

その先導は電気自動車と、新エネルギーと、食料の確保。原発は危険としても

残すだろう。想像を絶した世界の混乱と、創造に向けての動きが始まった。

私も不摂生のため、長くて十年。 混乱の中で新しい創造の芽を見ることが

できるかどうか。スマートフォンタブレットPCが、更に時代を大きく

動かすことになる。

   * 民主党の分裂茶番劇  (上記の文を書いて気づいたこと)

ー 民主党の分裂劇は要するに、こういうことだろう。

【 反自民連合の民主党が政権を取ったが、政索公約はを殆んど空約束

 終わった。このままでは自民党か、維新の会とかいう関西系弁護士の新興勢力

に取ってかわってしまう。近々、総選挙になれば惨敗は明らか。特に、小沢

チルドレンは、殆ど落選する。ならば、原発再開反対、消費税増税反対を公約

に掲げ、民主党の隠れ分党をし、出来れば過半数か、三分の二を残したい。

さあ、芝居の始まり。恐慌と大災害の中では消費税の増税など当り前のこと。

その前のすべき国家的リストラなど、この国の体質では無理なのは自明のこと。

宗主国アメリカの間接占領を再びしてもらわなけば不可能なのが現実

自民党だけには、二度と権力を与えてはならない。】が、筋立てである。 

政治はマツリゴトである。国民全体のレベル以上の政策は無理ということ。

・・・・・・

3745, ジャズについて(?) ー「ジャズ完全入門!」?  −16

2011年06月27日(月)

             ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー ?

 三枝成彰の「音楽の本」でのジャズの章の記述は、非常に分かりやすい

内容で、15回に渡り書き出し繰り返し読んでいる。しかし、それは熱狂的な

長年のファンの記述と実感ではない。 そこで図書館から数冊、ジャズ関係

文庫本を借りてきた。その中で聴手の立場の知りたいポイントが書いて

あったのが、この本である。 その「はじめの」の中の次の部分は、

聴き手として知りたいと思っていた部分が要約してある。

【  *「ジャズは、それぞれが個性的ミュージシャンたちの

                     ‘演奏’を聴く音楽である」

 これは、音楽ファンにとっては当然のことのように思えるけれど、枝葉を

はしょって突き詰めてしまえば、これはかなりジャズ本質に追った鋭い答だし、

他のジヤンルの音楽は、実は必ずしもこの言い方には収まり切らない要素を少し

ずつ含んでいる。たとえば、ジャズと同じように熱心なファンに支えられている

クラシック音楽は、バッハベートーベンモーツァルトといった昔の作曲家

たちの作品を、カラヤンとかグールドといった現代演奏家たちの手によって

再現されたものを聴くことが一般的なので、演奏を聴くことは、同時に作曲

された作品を聴くことでもある。 別の言い方をすれば、クラシック音楽演奏

は過去の作品の解釈、再現でもあり、ちょっと図式的な理解ではあるけれど、

紙に書かれた楽譜を実際の音として人に聴かせる、目的のための手段、といった

側面もある。つまりクラシック音楽では、どんなに個性的演奏をしたとしても、

演奏者だけが音楽主人公ではない」というところが、ジャズとは大きく

異なっているのだ。また常日ごろおなじみのポップス歌謡曲は、親しみやすい、

あるいは心に染みわたるメロディの美しさが音楽の魅力になっていることが多く、

お気に入りのミユージシャンが歌い、あるいは演奏する好みの楽曲を聴くという

のが普通の楽しみ方だろう。・・・ 要約すれば、ポピュラーミュージック

世界では演奏能力や歌唱力に加え、人々にアビールする曲想、歌詞の力が、

とりわけ現代では、アーティストの人的魅力が備わっていなければ、ファンに

対して通用しないところを思い出してもらいたい。 それらに対してジャズは、

多くの人たちが誤解しているように「曲」を聴かせることだけが演奏の目的でない。

またその演奏している曲目にしても、メロディがよくわからない(この部分を

アドリブ」という)ものを延々と吹きまくるばかりで、いったい何をどう聴いて

いいやら見当もつかない、というのが一般の印象ではないだろうか。

ところが、この何をやっているのかよくわからない「演奏」部分こそが、

ジャズ本質とも言うぺき肝であり、聴きどころなのだ。 だから多くのジャズ

マンたちは、いかに人と違ったやり方で、この「演奏」をカッコよく仕立て

あげるかに、それこそ全身全霊を傾けているのである。・・・ 】

▼ ジャズマンは、「曲」は、自分の「演奏」の素材として、自分

 個性の 表出として、オリジナリティを証明するための利用対象にしている。

曲にメロディがあっても、何処かがずれているが、それでよいのである。

その個性的演奏ジャズの持ち味である。従って、聴手の方から、理解しない

限り何が何だか分からないという。もちろん演奏者には、個性を売りにできる

内容がない限り、ジャズのファンはのっけから相手にしない。ジャズを聴き

ながら、これを読むと、この世界が、こんなに深く面白いとは、知らなんだ。

2017-06-27 閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」ー? 宇宙人の時代〜4

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   * 宇宙人の住むシェアハウス

 私の好きな日曜日午後の番組、<自宅について行っていいですか>の、

慶応学生の自宅が面白かった。

・ある学生主体になって一軒家を借り上げ、シェアハウスにして、

そこに10数人、一部屋に2〜3人と住んでいる。22歳の慶応学生

二段ベットの下に、彼女と寝ていて、その上に男の学生が寝ている。部屋の隅

には、虫が数千匹と、蛇とトカゲと、ベランダに鶏を飼っている。着るものと

いえば短パンに、半袖のTシャツのみ。虫は食べるのも好きで、蛇、トカゲの餌

にもなる。常識人からしたら、この学生は、奇人変人もいいところだが、これは

人間世界の話。生き物レベルに落とせば、これはこれで納得?これも我々(私)

宇宙からの地球への来訪者という視点を得たから。その彼女は、ネットで、

この人物生き方を知り、転がり込んで同居をしている。 両親以外に、彼の

生き方肯定する三人目という。現代雑居房というところか。野蛮のどこが

悪いか?の根本的問いかけを、生き方で示しているような。独り唸ってしまった。

・もう一つが、「三人姉妹」というスナックの家族。ママと娘2人と開いている

家族の部屋からの実況。この部屋にレギュラータレントが入り込んで中継を

する企画。もちろん、毎週、違って、これもまた型破りで面白い。何れの家にも

人生がギュッと詰まった感がある。家内が、『都会の人には、それぞれの人生

詰まっているのね!』とあきれ顔で言うので、『もし、東京駅で、同級会の後、

泥酔してフラフラして、ディレクターに声をかけられ、最終新幹線で仮に帰って、

ここで人生を語れば、決して他の登場人物に遜色ないはず。』と返答すると、

妙に納得。私も宇宙からの客?のためか。TVを買い替えてから、臨場感が、

ディープになったため、毎日がエキサイティング。 特にユーチュブが。

・・・・・・

5934、閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」 ー3 初老男の夢

2017年06月14日(水)

   * 初老男の夢

 先日、録画していた「家、ついて行ってイイですか? スペシャル」

を見たが、どれも面白いディープな内容。 そういえば1〜2年前、ここで

テーマとして取上げ、書いたはずと、ネット内検索をすると、やはりあった。

我ながら、真面目な視線に驚いている。 

 スペシャルの<アパート室内、ゴミ屋敷>、銭湯から出てきた初老の男の

「切なさ」が直に伝わってきた。 室内のゴミの一つずつが、本人にとって

意味価値)があるという。

自分の描いた絵画と花を共に売るのが夢だったが、両親の介護に追われ

せざるを得なかったため、夢は叶わなかった。周囲に「外で働くのは大変だ」

と言われたが、両親の介護は並大抵でなかった。父親からは、介護の専念は

立派な仕事… 」と言われていた。そして見送ったが現在、天涯孤独? 

「この部屋にあるものは、私にとって、どれもこれも価値もの。ビールの空缶

の絵もよくみると、素晴らしいデザイン。絵の参考になる素材になるため捨て

られない。」と。 「花屋といっても、リアカー生花を積んで、行商する

もので、そこに、自分の描いた絵画を乗せ、一本200円の花でも、私の絵画

気に入って共々1000円を払ってもらえれば…」と、何ともいじらしい夢。 

ここで16年以上、書き続けてきたテーマ日記も、この部屋のお宝に比べると、

遥かに劣る?のでは? どんな仕事より、人生犠牲にした「両親の介護」と、

見送り」に勝る仕事は無い。 家内に、「あなたも『私の家』から追い出さ

れると、アパートの一室で、こんなゴミまみれになるのよ!」。「あんなの、

何もしない言い訳に過ぎない」と切って捨てる。 これでも、20数年前に、

我家の母親認知症介護を5年半、一家総がかりでしていた経験がある。

 住人の人生を支えてきたのは、小さな夢と、両親を介護をし、見送った自負

と愛の残像である。

―――ー

2016/09/01

「家、ついて行ってイイですか?」 ー2

   * ぬいぐるみに話かける男

 ときどき見る番組、「家、ついて行ってイイですか?」だが、偶然、

見るほうが多い。そこでは人生多様性と奥深さを見ることが出来る。

 先日みた、「ぬいぐるみ」に話しかける青年が印象に残った。そこで、

「家、ついて行ってイイですか?」「ぬいぐるみ」と検索したところ、違う

人がネット上で、「ぬいぐるみ依存自分は変か?」の問いかけがあった。

なりすまし」? それともTVに出た人とは関係ないかどうかは不明

都会には、地方出身孤独な群集が多い彼らは過去を引きずり、面白く、哀く、

ほろ苦く、温かく、複雑な人生劇場を生きている。〜まずは問いかけ〜

≪ 20代後半の男。

 家に3歳くらいのときに買ってもらった手の平サイズの子猫ぬいぐるみ

あります。名前もあります。小さい頃は肌身離さず持っていて、さすがに年齢を

重ねるにつれて肌身離さず持つことはなくなりましたが、捨てることは出来ずに

今も大事においてあります。さすがに20数年持ってるとボロボロになって背中

とか綿が丸見え状態で全身の毛も半分くらい抜けています。汚くなってるので

洗濯したいけど洗濯したら多分頭と体ちぎれる可能性あるので、もう出来ない。

そんな子猫ぬいぐるみですが、学生時代はあまり置いてある場所から出したり

することもなかったんですが、社会人になってからたまに出してきて撫でたり、

話しかけたりしています。ただ、毎日じゃなくて3日に1回のこともあれば、

1週間に1回、1カ月に数回の時もあるし、忙しいときは1ヶ月全く触らない

こともあります。 でも、ここ最近触ったり撫でたりしていると癒されるし、

昔と違った感じでまたものすごくかわいいと思うようになっています。

他の「ぬいぐるみ」は別に欲しくもなんともないんですが、この「ぬいぐるみ

だけは特別というか愛着がすごくあるんです。小さいころに持ってたぬいぐるみ

もこれだけです。他人から見たらただの汚いボロボロのぬいぐるみですが、僕に

とっては小さいころから一緒に暮らしてきたので家族みたいな感じです。

捨てろと言われても絶対に捨てることは出来ません。

 将来的に一人暮らしもしたいと思っていてその時には連れていくと思います。

ただ、客観的に見るといくら家の中でプライベート空間とはいえ、かわいいと

思いつつ20後半にもなってぬいぐるみ撫でたりしているのはちょっとまずいん

じゃ・・て考えたりもしてしまいます。いい年した男がぬいぐるみを可愛がって

いるて、精神的に子供というか・・ でも、止められません。 いい年して

ぬいぐるみを持っている、可愛がっている男性をどう思いますか?

キモイというかドン引きて感じですか?男女問わずよろしくお願い致します。≫

▼ 青年ぬいぐるみに語りかける実演を見て、「大の男が気持ちが悪い!」

 とも思わず、自然に受入れることが出来たのは、この随想日記が、ヌイグルミ

に近い存在と思えたため? 親元を離れ、大都会で暮らす孤独は、慣れるまでは

本当に辛く侘しいもの。しかし、青年期に親元から離れ自立することは、人生

重要な必要条件になる。だから、地元から上京した時は、同郷の友人より、都会

で新たな友人を見つけ、新たな自分をつくるチャンスである。

 私が以前に書いたはずの、「家、ついて行ってイイですか?」をブログ内検索

をすると、以下のようにあった。 読返してみて、「いま、ここ、わたし」は、

垂直に立って、現在と、過去と、未来ループして、多くの時空を飛びまわる

ことが出来るということに気づいた。だからこそ、止められない。何度も経験

することは、過去の文章に、「あなたは誰?」と見知らぬ誰かを実感する。

「いま、ここ、わたし」が、それぞれの場面に吸い込まれているため。

――――

2016/04/12

「家、ついて行ってイイですか?」 ー1

   * 最近のTVは、実に面白いのが多い。

 その時どきのウェーブがあるが、最近のTVは、面白いのが多い。

『Youは何しに日本へ?』『家、ついて行ってイイですか?』『世界街歩き』

火野正平 こころ旅』など、軽い目線で、街や村の道路で声をかけたり、

街歩きをする番組などである。チョッとした旅行をしたいが、面倒だったり、

通りすがりの人の私生活人生を生(なま)で覗いてみたい気持ちを代行

して、ズカズカと入っていく面白さは格別。

 『家、ついて行ってイイですか? 』を検索すると、以下の内容説明があった。

< 終電を逃した人に「タクシー代を出すので家について行ってイイですか?」

と声をかけ、家を見せてもらいインタビューをおこなう。 深夜、急に訪れる

片づけられていない素のお宅は、その人の人生ドラマが 散りばめられた宝箱。

そして誰しもが、一見フツーでも 、ぜんぜんフツーじゃない 人生ドラマ

持っている! そんな素敵な市井の方々の人生譚を覗いていきます。>

 昨日見たキャバクラ嬢や、美容師変態ギャルキャラクター実態に、

お笑い5人のスタッフが、呆然と声を失う。最近、見始めたばかりなので、

過去分を動画Youtubeで見ると、あるある面白い人生が。

 『YOUは何しに日本へ?』の検索には、

< 空港に居合わせた外国人永住帰化した人物なども含む)に

「YOUは何しに日本へ?(Why did you come to Japan?)」と問いかけその返答

の様子や、気になる返答をした人に密着取材を依頼し来日した目的を果たす様子

放送する。番組内では性別・年齢問わず名前ではなく外国人はすべて"YOU"

(複数ではYOUたち)と呼称するが、密着時には混同を避ける意味もあり個人

も使われる。基本的には半日から数日間の密着であり放送も一度限りだが、

長期の旅行研修に密着する場合、放送回をまたいだり、しばらくしてから

後日談が放送されたりするケースがある。基本的に密着時はYOUの日程に合わ

せて行動するため、出先の店舗施設ではその場で撮影交渉を行うことが

ほとんど。> 

 それぞれの分霊に、これまで生きてきた触媒が取囲んで自分形成している

姿が浮き上がる。死ねば、その分霊ともども消滅する。その分霊は、これまで

も、今後に、人類が存続する限り浮かび上がってくる。人生は、その触媒

質量形成されるが、そこには両親の格差で、大きく左右されるが、可能

限り、そこからアップスケールし続けるかどうかもある。その触媒で、一番、

手軽なのが、書籍と、TV、友人、ネットなどがあるが、自然との触合いも

欠かすことが出来ない。情報化時代、「閑」と少々のお金こそ財産になる。

2017-06-26 閑話小題 〜驚異の天才将棋士

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  * 驚異の天才将棋士

 中学三年の将棋の藤井4段が、負けなしの28連勝で歴代トップに並らんで、

今日、29連勝に挑戦する。これが、いかに凄いかを大相撲に例えると(幕下

でない)幕内付け出しの新弟子(実際にはない)が、横綱を含めた上位力士に

28連勝をしている歴史的所業。新入プロ棋士としては自閉症か、発達障害

の感がするが。彼の練習相手は、かなりレベルの高い将棋ロボット? 

とすると、ソフトの進化につれ、数年後に、もっと凄い子が出る可能性が? 

小学4年の時に、羽生名人の角落ちの勝負としても、勝ったという。

羽生は白鵬に値するから、それだけの力量があったということ。

TVの特集で、親方にあたる師匠プロ棋士に練習試合で、勝っていた。

 〜ネットで彼の記録を検索すると〜

【 ☆ 脚光をあびることになった数々の記録

 ・最年少棋士

藤井四段が14歳2か月でプロになるまでは、加藤一二三九段の14歳7か月が

最も早い記録でした。この記録は62年間破られることなく続いていました。

その加藤九段藤井四段のプロ公式戦の最初の相手となったのは感慨深い

ものがあります。

 ・プロ入り初年度を全勝

プロ入りした初年度を全勝したケースは、清野静男(1949年度・9勝0敗)

以来、67年振り。(藤井四段は10勝0敗)

 ・新人連勝記録

デビューから10連勝。1995年松本佳介(現六段)、

1996年の近藤正和(現六段)。

なお、中学生棋士のデビュー後の連勝は、羽生三冠、渡辺竜王の6連勝。

 ・最多連勝記録

神谷広志八段の28連勝(1986〜1987年にかけて)。

なお、藤井四段の28連勝は対アマの2局を含んでいる。(2017年6月21日現在)

 ・他にも…

竜王戦、棋王戦の挑戦者決定トーナメント進出と史上最年少での予選通過。

第67回NHK杯戦に史上最年少での本戦出場。新しい風が吹く時、過去の記録に

光が当たる。 これは、イチロー選手がメジャーリーグで長年破られなかった

記録に光を当てたのと似た状況である。】

▼ 去年の暮れに、シネマで、29歳で逝った実在の天才棋士の村山聖の映画

『聖の青春』をみていた。  〜映画案内によると〜

《幼少期より「ネフローゼ」という腎臓病気を患っている村山聖は、完治

しない身体と戦いながら将棋界最高峰の「名人」を目指していた。大阪師匠

の森のもとで七段まで上り詰めた聖だが、彼の前に同世代の天才棋士の羽生

が立ちはだかった。羽生に負かされた聖は、その側で将棋をしようと上京。

周囲に迎合しない強烈な個性は時に摩擦を生むが、将棋に没頭して結果を出して

いくその姿勢に、みなもいつしか彼を支えるようになる。そんな時、聖の身体に

癌が見つかる…》 将棋界を知るにはうってつけの映画

 村山聖も極端な内向きだが性格が強い青年。将棋一点にエネルギーを集中

すればこそ、天才棋士になれた。電脳の匂いは、しなかったが、如何だろう。

・・・・・・

5581,お別れの作法 〜?

2016年06月26日(日)

     <「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法 >矢作直樹(著)

  * お別れの作法

 引続き、死に関するテーマの本になる。『死』は、はまると面白い

窓口は広く、底が深い、人類永遠テーマであるからだ。「死後の生」を

信じてないが、なくては困る。言語脳を持った人間は、イメージを持つことが

可能になった。その一つが死後の世界。死後の世界もまた妄想だが。それを

集団で強固に持てば、その世界の有無に関わらず、共同幻想として一個人を

取込んでしまう。その最たるのが一神教。 世の中には、人知を超えた不思議

がある。だから、面白いのである。

  〜まずは、アマゾンの内容紹介

≪「死後の生」があるからこそ、逝く人にも、送る人にも、なすべき大事な

ことがある。医師として大勢の死に逝く場面に立ち会い、ときに他界の存在を

かいま見て理解した、生と死の意義。死は終わりでない。新しい生命への

旅立ちである。旅立つ魂を見送る臨床医の温かいまなざしの書。

 ―――

誰もに必ずいつか訪れるその日を、どう迎えるか。あなた自身が死を意識

するようになった時、あるいは、あなたの大切な人の死を、意識せざるを

得なくなった時、そして、大切な人を亡くしてしまったあなたにも、

知っておいてほしいことがあります。

 ―――

「死後の生」があるからこそ、 逝く人にも、送る人にも、なすべき

大事なことがあります。医師として大勢の死に逝く場面に立ち会い、

時に他界(あの世)の存在をかいま見て理解した、生と死の意義。

 ―――

30年以上、医師として常に死と向き合う現場に身を置き、常識を超える

幾多の現実を体験して理解した、魂や「あの世」の存在の可能性と、それを

理解したからこその、「お別れ」に関する逝く側、送る側それぞれの、

なすべき大事なことを紹介します。人に「死後の生」が存在することが

理解できると、あなたの生きる、今、この瞬間の捉え方が変わります。

お別れは、亡くなった方を弔う儀式であると同時に、あの世への感謝

気持ちを表現する場であり、さらには生きている私たちが新しい明日を

始めるための区切りなのだと感じます。

 ―――

魂の不滅を理解すると、「意味のない人生などない」ことがわかり、

死に臨む態度が変わります。私は医師として、大勢の死の場面に立ち

会ってきましたが、今まさにこの世にお別れを告げようとしている人は、

まるで何かを見つけたような、ちょっと驚いたような表情に変化する方が

少なからずいらっしゃいました。

何かを見て、顔をほころばせたように思えた方もいらっしゃいます。

そんな表情を長年目にしていくうちに、死が幸福であるとは言わないまでも、

死ぬことが一概に不幸なことだとは思わなくなりました……。 》

―――

▼ 余命告知をされると違うのだろうが、そのの恐怖感が、歳を重ねる度に

少なくなっている。死に関する知識の積重ねもあるのだろう。男性の平均

寿命の80歳までは生きたい?が、あと4〜6年か? それで、充分?満足。

魂の不滅というより、遺伝子が、何処で周りまわって生延びていくことを、

輪廻転生と仮説をたてると、何故か納得する。プッツンで一度、チャラ!

そして、新たな両親から分霊を頂き、触媒を通し新たな自分をつくっていく。

一度、チャラになることを何故に恐れるのか、その知識が少ないためだ。

・・・・・・

5216,借金人間 製造工場

2015年06月26日(金)

       『借金人間 製造工場―“負債"の政治経済学

                 マウリツィオ・ラッツァラート (著)

  * 借金苦は権利書と共に、サラバ!

 公立、私立大学の6割が奨学金を受けていて、平均300万。旅たち時点で、

既に借金人間である。日本の国債が1千兆円、一人当たり750万の借金

負わされている。社会全体がローンとクレジットに覆われ、国家予算全体が

国債で半分が賄われている。国家も、社会も、個人も借金人間の塊だ。

 ーアマゾンの案内が、ミニ概要になっている。

≪ “負債"が世界を支配している!  私たちは、借金しているのではない。

金融資本主義によって、借金させられている! 欧州で話題のベストセラー!

現在、国家の“負債"も、個人の“借金"も、世界的に急増しつづけており、

国家財政にとっても、私たちの人生にとっても、最大の脅威となっている。

 では、なぜ“負債/借金"は、それほどまでに増大しつづけるのか?

書は、今ヨーロッパで注目される社会学者哲学者が、経済学から、ニーチェ

ドゥルーズ/ガタリフーコー哲学までも駆使しながら、“借金/負債"とは

何かを、古代ギリシャから現代までの歴史をさかのぼり考察し、現在では、

グローバル資本主義による個人・社会への支配装置として機能していることを

明らかにした、欧州で話題のベストセラーである。本書は、現在、最も世界的な

注目を集めている問題をあつかっている。とくに興味深いのは、それを表層的な

経済問題の議論を超えて、ダイナミックに歴史的考察を深めていることである。

 哲学者にして社会学者でもある著者にとって、社会的なもののパラダイムは、

象徴的交換ではなくて、“債権者/負債者"の関係にほかならない。

「各個人を、借金を背負った経済的主体に変えること」―これが、我々が現在

生きている経済システムである。 “借金人間"こそが“経済的人間"の新たな

相貌、と著者は喝破する。“借金人間"である我々は、

・住居を得る権利を持っているのではなく、住宅ローンの権利を持っているだけ。

教育を得る権利を持っているのではなく、学歴を得るために奨学金を組む

 権利を持っているだけ。

・現在の経済システムにとって、負債(借金)は、社会的コントロールの願っても

 ない道具である。それは“人々の未来を所有する"ことを可能にするからである。

 つまり“人々の予測不可能な行動"をあらかじめ封じ込めることができる。

・そして、“借金は返済するべきだという倫理を製造すること"の背後に、

 “罪悪感の製造"を見る。

著者は、マルクスニーチェフーコードゥルーズ/ガタリなどを援用しながら

考察を深める。最も刺激的なのは、現在、われわれは、負債永遠に手を切る

ことができないというところだろう。これは、著者のテーゼの中で最も注目すべき

指摘であるが、人類の歴史において“負債(借金)"とは、太古の社会では“有限"

なものであったが、近代化の過程で“無限"なものへと移行し、さらに金融資本

主義の誕生によって、けっして完済することのない“借金人間"が創り上げられて

いったというものである。こうして我々は、借金を背負い返済しつづける

“現代のシジフォス=☆"となったのである。    ――『ル・モンド』評

 ☆ 【シジフォスとは、ギリシャ神話で、狡猾 な コリントスの王。

  ゼウスの怒りにふれ、死後、地獄に落とされて大石を山頂まで 押し

 上げる罰を受けたが、大石はあと一息のところで必ず転げ落ちたという。】≫

▼ 消費社会において、常に2割増の過剰消費の欲望が掻き立てられる仕組みに

 なっていて、そこにローンという落し穴が組み込まれ、蟻地獄に陥っていく。

私の事業が装置産業のため、長期ローンの恐ろしさも知らず、結果は、このザマ。

ホテル4棟のオーナーではなく、最大時に23億の借金の土地屋敷の権利書を

持っていただけ。で、整理をして、初めてそのことに気づく。しかし、

「ただ権利書と相殺しただけ」も事実。だから、これで良かった!が実感で、

何も命を奪われることもない。 経験しなければ、この道理を実感できない!

・・・・・・

4851,「事業人生を決心して45年」の語り直しー21

2014年06月26日(木)

 * 旧社員の入替と、パート化

 数ヶ月で冬物を大成功させ、その勢いで翌年の春、夏物まで勢いよく商品が

回転した。しかし、次の秋物が、2期目に入ったにも関らず不調に終わって、

その影響で、次の冬物の不調につながった。一シーズン失敗すると、あとの2期に

大きく影響を及ぼす恐さを肌身で知る。その時、何であれシーズン単位の成功が、

シーズンの成果の絶対条件!そのため仕入の成功と、良質な知識と情報

営業成績を左右することを知った。「利は元(仕入れ情報)にあり」である。 

仕入れには、『10、4、2、1の原理』がある。導入期に10の商品を幅広に

展開。最盛期は、それを売れ筋を4を、次に2、最後は1に集中させていく。

見切り時期には、導入期と最盛期の売残り品に、メーカ処分品を加えて格安で処分。

それを円滑にするには、担当者の仕入、販売、在庫調整の即断が可能な権限現場

に落とさなければならない。スーパーの生鮮食品と同じで、売りきって何ぼである。

それは、月単位か一日単位か、の違いだけ。そこで数値責任を明確にした部門別

管理が必要となる。最初の一年間は、日々、そのため互いの対話が続いていた。

熱くなる反面、冷静な客観性が求められる。そこには、商品、数値、担当、顧客

を鳥瞰する目線が必要になる。 だから、難しいといえば非常に難しい。

その道10年、20年の経験の前任が、未経験者な私には絶対無理!と断言する

のは当然のこと。その中で、数ヶ月で、以前より客足が増えたのには、彼らも

驚いたはず。店は繁盛して何ぼの生き物。 ところが、数ヶ月もしないうちに、

残留の社員が次々と辞めはじめた。全く素人の私が仕入れた商品に呆れ、新しい

伝票システムマニュアル日報、朝礼など、次々と変る中、過って辞めていった

社員達の中傷があった。辞めていった穴埋めに、パート・アルバイトカバー

するしかなかったが、皮肉なことに、それがプラスになっていた。新規のパートで

応募してくるのは、結婚をして、子供小中学生になり手が離れ始めた、過って

の販売経験者が主。筋金入りで、生活費の補填という目的を持っていて、去って

いく人達より遥かに良質。新しいマニュアルや、部門別管理の徹底は、入替わった

人が即日、戦力にする仕組みでもある。新システムは、人件費などの経費などの

激減効果になっていた。その頃、石油ショックの影響もあって、就職事情が大きく

変わり、翌年の新卒に上質の人材が多く含まれていた。 新システムに直ぐに

馴染んだ彼らが、1〜2年で、即戦力になっていた。事業人生を決心して

10年間で得た経験と知識が、瀬戸際の中で、完全燃焼をしていた。

・・・・・・

4484, 怒らないって本当は恐い!

2013年06月26日(水)

               『怒りの作法』小川仁志 著

 生家が大家族で商売をしていたこともあり、自分の感情を顕わにすることは

絶対タブーの中で育った。それもあって『情念の話術』ーヒトラーの魔力 ーを

学生時代に読んだ時、私の常識と全く逆の内容に驚いた。この本でナチス大衆

誘導の手法を教えていた。「大衆は女子供のようなもの。喜怒哀楽を込めた情念

で煽って集団催眠にかける手法。右手を胸につけ右上にあげる。演説で大声を

振り上げ怒りの感情を大衆に訴え扇動する。それらの手法を日常の話術や、行動

エネルギーの源泉にせよ。喜怒哀楽エンジンとみたてフル回転し行動の

アクセルにせよ」というのだから・・ 当時の私にとって、これは性格を変えて

しまうほどのインパクト。私が怒りっぽくなったのは、これ。これを人知れず

ノウハウにしたら、突然狂ったと思われる。喜怒哀楽の中で一番疎んじられている

怒りこそ日本人に欠けている。(仏教の影響もある)これを、コミニケーション

の扉を開くための道具とすべしというのも納得できる。コミニケで怒りの訴える

強度が一番高い。 もし人種差別の場合、笑って抗議しても、泣いて抗議しても、

怒りほどのインパクトはない。問題は、その表現の仕方である。

これが『怒りの作法』の中で貫かれている主旨である。 怒りこそ感情の主。

逆に人間関係を一瞬に破壊してしまう薬にも毒になるしろもの。 

そこに作法が必要になる。ここで、アリストテレスの「怒りは、

しばしば道徳と勇気の武器なり」という言葉を紹介している。

《 それはまさに「正しく怒る」ことである。「怒らないこと」でなく、

 「正しく怒ること」が大事ということ。アリストテレスの「中庸」という

思想を見ると、このことがわかる。中庸とは最も望ましい状態のこと。

怒りに対する「穏和」を意味する。つまり、然るべき事柄に対し、然るべき人に、

然るべき仕方で、然るべき時に、然るべき間だけ怒る。これが賞賛すべき怒り方

であって、こうした怒り方の出来る人を穏和の人という。怒ることは、必ずしも

悪いことではない。しかし、現代人は怒ることを出来るだけ避けようとする。

もっと怒るべきなのに。(p3)》

 以前は、今に比べれば、穏和に怒ってくれる人が多かった。でも現代は違う。

怒りを抑えることが良いとされ、それが沈殿してしまう。

そして爆発し全てが破壊する。 怒らないって、本当は恐い。

・・・・・・

4110は、私が "日本自殺"ー10完全な本を作った

2012年6月26日(火)

 「極端な平等主義自殺イデオロギー」とするなら、情報化が正に平等意識

をもたらす働きをする。日本の民主主義は戦い勝ち取ったのでないため、公平と

平等の見境がつかないのが実情。社会主義は、理念として極端に求めた結果、

集団自殺の道をまっしぐらに歩む結果となった。社会主義圏の崩壊である。

競争による優勝劣敗のシステムは組み込まれていなけらば進歩は無くなって

しまい、その結果として悪貨が良貨を駆逐することになる。

その辺の没落の歴史は、正直に歴史の中に現れ出ている。 

   * 自殺イデオロギー     

 ー次の部分は、現時点の惨状を予測した「自殺イデオロギー」である。

【 諸文明の没落の歴史を辿っていくと、我々は没落の過程で必ずといってよい

 ほど不可避的に発生してくる文明の「自殺イデオロギー」とでも呼ぶべき

ものに遭遇する。それは文明の「種」により、また時代によってさまざまな形を

とってはいるが、それらに一貫して共通するものは極端な平等主義イデオロギー

この平等主義イデオロギーは、共同体解体、社会秩序を崩壊させ、大衆社会化

状況を生み出しつつ全社会を恐るべき力で風化し、砂漠化していくのである。

まずわれわれは、戦後「民主教育」のなかにひそむ「自殺イデオロギー」を

平等主義の観点から吟味することにしよう。日教組イデオロギーに代表される

戦後「民主教育」は、差別反対、人間平等の名の元に、実は画一主義と均質化を

教育世界にもたらした。 生徒の成績表に「オール3」をつけたり、

「オール5」をつけたりする教師や、成績をつけるという行為自体が人間差別

につらなるとして学籍簿への記入を拒否した「民主的」教師たちの行動は、

ある意味戦後民主化教育」のイデオロギーを最も単純な形で表現したもの。

「オール3」教師や「オール5」教師は、臆面もなくこう言ってのけたものだ。

人間は全て平等である。 出来の悪い生徒ができるのは社会に責任があり、

社会が悪いからで子供には何の責任もない。子供は皆同じように努力したのだ

から、全部同じ点をつけるのが正義である」と。人間能力は決して規格品の

ロボットのように平等にできているものではない。人間はその顔形と同じ

ようにまさしく千差万別の多様な才能、資質を持っており、それこそが、

人間社会の素晴らしい魅力と活力を生み出しているのである。最も人間

教育とは、このそれぞれの子供が持っている多様な個性を思う存分

伸ばしてやることを大前提としなければならないはずである。・・・ 】

▼ アメリカによって与えられた日本憲法と、民主主義の矛盾が、現在の日本

 の自滅の原因になっている。 フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代

市民主義の諸原理で、自由を優先にすれば平等が無視されるし、平等を優先に

すれば自由を制約せざるをえなくなる。「日本自殺」は、潔癖といえるまでの

平等主義がもたらしたもの。エリート教育差別として否定する。これでは優秀

子供の才能の発育が抑えられてしまう。結果がどうであれ、自主独立で生きて

きて良かった! 子供たちだけでなく、社会そのものが極端な平等主義、平凡

主義に毒されていた。その社会常識より己の主観を育て、

それで判断することが毒されない道だった。

  ・・・・・・・

3744, 閑話小題

2011年06月26日(日)

  ◆ 長寿の秘訣 ー?

 NHKが放送していた「長寿の秘訣について」を、以前書いた。

しかし、何か疑問が残ったのは、「飢餓状態の方が良いのなら、アフリカ

中東などの慢性?飢餓国家の平均年齢が高いはずでは?」である。

問題は少な目ということである。考えてみたら、充分に餌を与えられた

実験用の猿はメタボ気味で7分目の方は、溌剌としていたのは、その3割減

だったからである。本当の飢餓状態では、当然ながら早死にする。 

以前、モロッコの片田舎で80歳位の老人に年齢を聞いたら、40歳という。 

聞き違いかと聞き直したところ、「生活が貧しく、まともな食事が出来ないので、

この年齢で、老いた風貌になってしまった」と、泣き出しそうに話していた。

腹7分目ならよいが、栄養失調は良くないのである。

  ◆ エアロビックス ー?

 昨日は、スポーツジムで、エアロビの「ZUNBA」に初参加したみた。

40坪位のスタジオに100人以上が集まり、要は、「洋風の阿波踊り」。

中高年も含め、奇声を発してジュリアナ東京?のタコ踊りを、エアロビックス

の場をかりてドンチャン騒ぎをするのである。変わった衣装を着た男の

インストラクターに乗せられ、その「追いかけ」7〜8人の若い? 

女性たちが先導する中、場は最高潮に盛り上がる。 カーテンで真っ暗な

中で電気が点滅する中、若い女性から主婦、そして中高年まで、狂ったように

踊って?いや、エアロビをしている。 隣の人とブツカリそうな密度の中で

ストレスを晴らすように。・・これは健全欲求不満解消のランチキ騒ぎ。

まあ、考えたもので、健全といえば健全。熱気に呆気にとられ 一番後ろで

フラワー・・・ 健全な共同発狂の場も、ニーズなのだろう。 新興宗教は、

そのへんのニーズを知り尽くしている。昔、踊る宗教というのがあった。

とにかく三回参加をしてから判断?と思ったが、これは無理だ。 

今度、独りカラオケでも行ってくるか。 

2017-06-25 閑話小題 〜シネマ感想

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   * 「タップ ザ ラストショー」ー映画感想 

 期待してなかった分だけ面白かった。ラスト30分のショーが、タップダンス

に興味のない私でも、引込まれていた。このショーだけでも、観る価値十分。 

NHKのニュース枠で、水谷豊インタビューで、「出演者の大方を、俳優

タップダンスをさせるか、タップダンサー俳優にするかで、ダンサーを選ぶ

ことにした」と語っていた。流石に、そのダンスには心を打つ何かがあった。

 苦労の末、やっと開演にこぎつけるが、何故か、涙が溢れ出そうになる、

筋立てはさすが。何ごともプロ世界は厳しい。 

  〜映画の紹介より〜

≪「相棒」の杉下右京役でおなじみの俳優水谷豊監督デビュー作。

水谷が40年前から思い描いていた天才タップダンサー主人公の企画を、

自身の初メガホンにより映画化

 とある理由から大きな怪我を患い一線を退いたタップダンサー・渡新二郎

天才の名をほしいままにしていた栄光の時代から10数年を経て、渡は足を引き

ずり、酒におぼれる毎日を送っていた。そんな渡が旧知の劇場支配人・毛利

から「最後のショーを演出してほしい」という相談を持ちかけられる。最高の

舞台劇場を閉めたいという毛利の思いに、渋々依頼を引き受けた渡のもとに、

さまざまな事情を抱えたダンサーたちが集い、タップへの思いを若きダンサー

たちに託そうと決意する渡の止まった時間が再び動き出す。監督の水谷は

主人公・渡役を演じ、岸部一徳、北乃きいらが脇を固める。≫

▼ 評価は90点。邦画としてはベストに近い。 『相棒』の主役をしている

 水谷豊だったから、少し甘いが。ハリウッドのドンパチかと、迷ったが、

数回に一度は邦画を挟む方針に従って決めた。メインのダンサーの演技はいま

イチだが、その分、タップダンスカバーしていた。それにしても、自宅で

みる映画を含めて年に300〜400本は、見過ぎ? どのみち、夢幻なら、

映像世界で、広く味わえばよい。 もしかして重症の映画オタクですか? 

小さな肉体に閉じこまれ、短い人生時間の中で、気楽にドロップ出来るのが

映画なら、それも良い? これだけは何もかもが面白く感じるのだから… 

 娑婆娑婆の甘塩っぱさも悪くはないとしても。

タップといえば、スペインジプシーフラメンコと、アルゼンチンタンゴ

のショーを思い出すが、これらと比較するのは野暮というもの。

 あれはあれ、これはこれ。

―――

2003/09/06

遥かなるアルゼンチンタンゴ

 先日、NHKのBSTVで「遥かなるアルゼンチンタンゴ」の

時間番組を放送していた。昨年末にアルゼンチンに行って、本場の

アルゼンチンタンゴのショーに感激した余韻が残っており丁度よいタイミン。

(感想文は後にコピー

番組アルゼンチンタンゴの歴史や由来、超一流のタンゴの踊りを交えた

内容の濃いものであった。アルゼンチンタンゴは踊りだけでなく、歌も庶民の

悲哀と愛を歌い続けてきた。バンドネオンといわれるアコーデオンやバイオリン

など中心としたタンゴオーケストラもある。

ー以下はその放送に流れるナレーションを纏めたものである。

 禁断の踊りの魅力に満ちた哀愁の漂う街ブエノスアイレス

その隅々までタンゴの一部になっているようである。

パリの街の売春宿の踊りとして有名になった時、時の法王が、そのあまりの

過激さに、「タンゴ禁止令」をだした。その時パリにやってきていたカシミール

アイーンが、法王に直訴をした。そして法王の眼のまで実際におどって見せた。

それをみた法王が感動して、禁止令を撤回したという逸話が残っている。

 この世界中を魅了している踊りの歴史は深くはない。

南米アルゼンチンブエノスアイレスに、世界中の踊りや歌を携えて

船乗りたちがながれてきた。そしてそこの男女が互いを誘惑しあった踊りである。

キューバのタバネロや、スペインフラメンコが混ざり合い出来上がっていった。

執拗に互いの身体を密着しあった踊り、それをアルゼンチンタンゴ

いうようになった。

 男女が誘惑しあうタンゴの原点はいつの世にも変わることはない。

変な気取りを全て捨てて鳥のように誘惑しあう姿が美しい。

男女が身体を離して踊るのではない。

二人は密着しあって一つになる踊りである。

彼らはタンゴから人生そのものを学んだ。

 ブエノスアイレス犯罪が少ないという。

男女の欲望はタンゴをとおして発散できるし、出会いの場が多い。

ダンス場が街のあちこちにあり、入場料はマンドリン(飲み物付き)で

200円ばかり、眼が合えば一時の恋人になる。

音楽の続く3分間はお互いに相手にゆだねる。

全く知らない人でも、ダンデーな男と艶やかな女になれる、

それがアルゼンチンタンゴである。

ー以上であるが、何よりも男女の誘惑しあう踊りがイヤラシクも何もない。

スペインフラメンコは一人踊りか、集団で踊るかだ。

それに対して、男女二人が体を密着して誘惑しあう。

―――

2002年12月21日(土)

617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4

 アルゼンチンタンゴがすばらしい!

昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が

女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。

その踊りが西欧の人達に認められていった。

従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが

時間以上にわたって繰り広げられた。

全く期待をしていかなかったのが良かったのか、

初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。

 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。

今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。

辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。

この旅を締めくくるに最高のイベントであった。

写真を見てもらえれば解るはずだ。

よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。

この旅行は心に多くのものを残してくれた。

―――

5215,閑話小題 〜私の高度成長時代 〜?

2015年06月25日(木)

   * 欧州旅行、一ヶ月

 大学の『海外旅行研究会』という愛好会が企画した40名参加のツアーで、

当時の参加費は30日間で、32万円。他を含めると40万円。現在換算で300万相当。

その前年に、海外旅行規制が大幅に緩和され、非常に好評だった前年のツアー

に続いての企画。当時、親しくしていた友人から、この企画に参加しないかと、

誘われていたが、「私とは別世界」と、決め込んでいた。ところが、たまたま、

軽井沢の山荘で、アルバイト仲間との仕事が終わった後の4人のティータイムで、

近々、海外旅行の予定が無いのが私だけだった。

 その時、「自分も行こうと思えば可能のはず。そう、父親が幼稚園の頃から、

晦日にお年玉をもらったのを、積立預金してくれた10数万を、高校時代に選ばせ

買った『科研』の株式が値上がりをしていた。あれを売って残りを父親に借金

すれば可能なはず」と、その夜半に思い立ち、バイト終了後、実家にとって帰った。

まず母親を説得、そして父親を説得した。 その一ヶ月は、馬小屋のような寮生活

とは全く違った世界に浸った。20歳の年齢で、国内旅行経験も、海外情報

知識も殆どない中での欧州を十数カ国の旅行。20年間の固定観念が根こそぎ

壊され、帰国後、数ヶ月は茫然自失。その頃、父が、突然、私の寮を訪ねてきて、

生活の実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。友人関係が、自ずと金持ちの

子弟に代わっていった。その友人達は、スカイラインGT、イタ車カルマンギア

などのスポーツカーを持っていた。彼らのお気に入りが、逆に私のボロ寮の部屋。

一度も、見たこともない底辺の漫画的世界に、逆に安らぎを感じた?

 軽井沢の別荘地で見た富豪の邸宅群、そして、友人の私生活を見るにつけ、

「事業を興し勝組になる」という思いが強くなっていった。そして、学生時代

の最終の4年に、武澤ゼミに入会することになる。 事業の最後はクラッシュ?

だったが、後悔はない。 高度成長時代の右上がりは熱気が溢れていた。

この温もり、時代が変わって抜けることはない。良い時代に奇跡的生きてきた。

 逆目線でみれば、「この馬鹿が出来上がった原因は、この旅行と時代」になる。

・・・・・・

4850,閑話小題 ー自動車ウォッチングで見えてきたのは

2014年06月25日(水)

  * 閑話小題 ー自動車ウォッチから見えてきたことは

 22年乗ったソアラ寿命も果て、中古の『マークXジオ』を入替えたが、

後悔をしないため、一週間、地元中古センターを10軒以上を見て回った。

そのため、私にとっては、一応ベストに近い選択であった。

 これはホンダの多機能車の『オデッセイ』を意識したワゴン車。その差異は、

ターゲット団塊の定年層にしたもの。座席が三列で、二列、三列目は座席を

倒すと荷台になる。展示場で、隣にあった『マークX』と、ギリギリ迷ったが、

昨秋に製造中止になり値崩れをした、Xジオの方にしたが、気持ちのどこかに

セダンの方が良かったのではないか?」と、引っかかりが残っていた。 

一週間、気持ちを集中して中古車を見て回った結果、あることが見えてきた。

車を選定するに、まず予算。次は何年乗るか? 年齢からみて、7〜8年。

それなら中古車で充分。次は、安全を考え、中型車のセダンスポーツタイプ、

ワゴン。次は、ひと目で車種が分かりにくく、「屋敷」とのバランスがとれた

外形のものを基準にして、最終的に、これに決めた。ソアラに比べ少し重いが、

半月後の現在、殆ど後悔はない。毎日の信濃川へのポタリングで、信号待ちや、

大手大橋で引きチャリをしながら、通過する自動車ウォッチグが、最近、面白く

なっている。その車の選定には、様々な要因が重なっている。それがボンヤリ

眺めていると、面白くて飽きないのである。 そこで気づいたのが、6割が

軽自動車と小型車。雪国もあるが、中型車以上のセダンが意外と少ないこと。

7割がワゴン、SUVか、それに類するもの。それも、ミニバンと、ワゴン

が目立っている。セダンは、車種全体からみたら大よそ15%で7台に1台。

中型車以上で4台に1台の割合。ワゴンミニバンハッチバックなどの比率

も、3対1には驚いた。 何か「いい年をワゴンタイプは、いかがなものか」

という引っかかりがあったが、これはこれで?と、納得。 それにしても、

22年で、時代も車も、変わったもの。この程度のことさえ知らない。

人は、それぞれ違った色のサングラスをかけているが、その自覚がない!

・・・・・・

4483, 電動アシスト自転車に乗って、はや4年

2013年06月25日(火)

 電動アシスト自転車を乗って3年8ヶ月になる。まずは、その時の文章より 

   ー3131,期待どおりの電動自転車ー 2009年10月31日(土) 

≪ 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗した。

 自宅は長岡駅裏から徒歩10分にあるが、長岡駅前から歩いて20分の

大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところのジャスコには15分、

ユニ系のSCのアピタまでは20分。そして、その先にある長岡大橋から駅前

近くまで戻って、家に着いたのが50分後。万歩計をみると、2500歩に

なっていた。50分というと5500歩になるから半分近くになる。

疲れは、ウォーキングと同じぐらい。 これまでは月に一〜二度ママチャリ

乗るぐらい。一日一万歩を目指しているので、自転車にはほとんど乗ることは

なかった。そのためスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシスト

自転車を乗った驚きは大きい。一対二のアシストというと、人が一の動力を

かけると二倍の加速がかかる。自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、

その時にペダルに力が二倍加わるのは、何か異様な感がする。コースは線路の下

をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋までの登り坂

とか、起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの道路ペダルをまわす時の

加速も三分の一で済むのだから、非常に楽である。ところで、通販で注文して

送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が、「すぐに、盗まれるよ!」

というのも分かる。小型のためボックスカーに、簡単に乗せる事が可能だから。 

一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って

直ぐに盗まれてしまった。あと数年先がよいと思うよ」といわれ買うのを止めた

経緯もあった。スーパーや、駅前などは当分は置けないが、その時はその時。≫

▼ これを書いた翌日から25年続けていた早朝ウォーキングを、ポタリング

(ミニサイクリング)に切り替えた。同じ一時間で、コース東バイパスから、

長岡大橋を渡って、日赤前の土手を通って、大手大橋から、土手を走り、

長岡大橋に戻り、同じコースを逆に帰ってくる。 冬期間(12〜3月)と雨天を

除くと、ほぼ毎日、乗っている。大よそ、年に200日として7百回以上、一日、

14キロで1万キロ、地球を半周、チリ辺りまで走ったことになる。

スポーツチェーンのネット販売で59800円で買ったが、中国産だが私にとって

大当たり。現在は値下げで49800円。もうボロボロだが、何とかあと一年使って

買換えるつもりである。まず故障するのはブレーキと、蓄電池周りの固定器具。

パンクは三月に一度ぐらい。来年には、一ランク上のナショナルのものを買う

つもりだが・・  自転車には、シティ、クロスロードマウンテンタイ

などがある。 私のは車輪の小さなマウンテンタイプ。 来年の購入予定は

ナショナルクロスタイプのもの、どうなることやら。iPodで音楽を聴き

ながらの早朝サイクリングは良い。雨が降ると溜息が出るほど。

最近の週末は天気の具合をみて、昼も同じコースを走っている。

・・・・・・

4109, 閑話小題  ーつれづれに

2012年6月25日(月)

  * タクシー運転手「声」の投書内容

 昨日の朝日新聞の『声』に、タクシー運転手の投書が気になった。

連休明けから景気がおかしいとか、野田政権の改革なき増税とか、原発再稼動

への批判ばかり。実際にタクシーの売り上げも悪い」という内容。もともと5月

連休明けに売り上げの一段落ちは恒例だった。としても、今年の落ちは厳しい。

実際に事業を無理をして続けていたら、今ごろには深手で力尽きていたはず。

一年先までの資金繰りが読めた事業だったので、早々に見切りをつけたが、本当に

決断をして良かったと実感している。ホテルの買い手が直ぐにつき、5つの新潟

駅前物件が処分出来たが、現時点では無理だろう。消費税が内税ということもあり、

経費の5パーの負担は限界を超える。その上に、値上げによる売上げダウンは

避けられない。とはいえ、増税以外に収入を増やす手立てがないのも事実

民主党も自壊段階に入った上、小沢も完全に終わり。あの自民党の面々を見ると、

石原か橋下しかいないのだろう。現場の先端は震撼としているのだろう。

   * 原監督の件で、マスコミはダンマリ

 土日のワイドショー原監督下ネタで大騒ぎをするかどうかみていたが、

殆ど扱いは無かった。読売の渡辺恒夫が恐ろしいのか、影の話合いがあったのか?

 一局を除いて、どのTV局も扱い無し。誰がみても後ろに暴力団が関係して

いるのは分りきったこと。ということは早かれ遅かれ原監督プロ野球から追放

になるのが自然の流れ。巨人のスター選手なら、下ネタの2〜3はあって当然だが、

警察に相談しなかったのが致命的。うやむやに闇の中に葬り去られるか、

恐喝犯が逮捕されるか、見もの。 恐喝の二人のうち一人が交通事故?数年前に

死亡しているという・・ 事件が事件だけに、それも事故かどうか? 

おまけに、リークしたのが元球団代表の清武なら、これ以上面白い筋立てはない。 

やはり当分は、これが槍玉に上げられ、その間に、消費税が可決される。

現役の巨人監督スキャンダルなど、これまで聞いたことがない。

それも輝かしい功績があり大スターである。

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3743, 閑話小題

2011年06月25日(土)

  * エアロビックス

 スポーツジムで週二回は「エアロビ」に参加する。だいたい30〜50人が、

スタジオで色々なプログラムをこなしている。15〜20分の休憩をおいて何かが

30〜50分の間行われている。けっこうメニューがきつく、年代が高くなるほど

参加者が少ない。男の参加者は数名で、片隅で小さくなっている。いい歳をして

恥ずかしいが、それでも気を入れて何とかついていっている。 年代が高い人や

メタボの人は、スタジオ外のランニングマシーンや、サイクリング・マシーンの

間の空間で、インストラクターの指導で、12人がステップ台とマシーンを

交互に使うイージーラインというプログラムをこなす。それをエアロビックの

参加者が冷たい?視線で、行列に並びながら見ている構図になっている。

このところイージーラインの25分のプログラムを5分の休憩をおいて続けて

参加してきたが、この梅雨の湿気で一回限りにしている。 

 ところで、一昨日は、スローヨガに初めて参加をしてみた。キツイと覚悟を

して参加したが、意外と楽であった。 これまで「らくらくエアロ

「バランスボール」「シェイプボクシング」「ステップ30」「スローヨガ

など10回以上は参加した。 最後の、「スローヨガ」を除いて、他は、ついて

いくのにやっとだが、3回をこなすと力の抜き方が分かる。それにしても、

あの熱気は凄い。時どき、それに参加している自分が可笑しくなって笑いを

堪えている。今日は、「ZUMBA」というプログラムに参加するつもりだが、

ドンチャン騒ぎをエアロビに取り入れたものと、説明書にあった。面白そう

だが、65歳の男が昼間からドンチャン・エアロに参加してよいものだろうか?  

ここまで、くれば同じか! そういえば、6月に入ってから、どうも私のいる

時間帯では、2〜3割位は減った気がする。不景気が影響しているのだろうか。

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3378, 生涯に直面する四つの不条理 −2

2010年06月25日(金)

       「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著

 まずは、家柄などで絶対的な差がつき、就職時の時代背景が良し悪しが大きく

一生を左右し、男社会の中、男か女かでハンデがつき、老歴期までの準備の蓄積

の格差がつく不条理を著者は述べている。何度か書いたが、選りすぐり前の

最終の中学校の同級生を見ると、その時の成績順が、人生生き方を決めている。

一番が慶応教授、二番がレコード協会専務理事、三番が・・ そんなことは、

この齢になると、どうでもよい。冷静に考えてみると、元もと格差があったが、

街中の学校区ということで集まっていただけ。地元には新潟大学の付属の

小中学校もある。学校、医者、弁護士などの先生子供や、大手企業勤務の

子供が行く学校。子供なりに、腑抜けたイメージ嫌悪感を持っていた。

最近になって知ったことだが、私の卒業した中学校にわざわざ越境していたと

数人から聞いた。それほどの学校ではないが、振り返ると、それなりの素材が

いたようだ。 次に、社会人への転換期の時代背景も大きい。私の学生時代

東京オリンピックが終わり、高度成長期の真っ只中であり、夢さえ持てば

チャンスが幾らでも転がっていた時代だった。歴史的にみて黄金の時代。

もう、あのような急激な右上がりの時代はない。歌謡曲は時代を表すというが、

次から次へヒット曲が生まれた。 ところが現在は卒業学生の四分の一が

就職できない時代の巡り合わせ。不条理である。そうこう考えると、両親の

質と良好の関係と、時代背景と、男女差で、大方が決まるという不条理がある。

その不条理を撥ね退けて成長するには並大抵の努力と幸運が必要。秋葉原と、

先日の広島マツダ無差別殺人は、これらの不条理が本人に覆いかぶさった

結果である。 一つ間違えると、二度と日の目に会えないのが現実である。

結局、教育自分が教師と生徒の役割をバランスを持って果たすことだが。 

現在ネットという世界ができた。これが果たして不条理を乗り越える役割

とチャンスを与えることになるだろうか? 運命宿命人生を決定する。