Hatena::ブログ(Diary)

堀井の「居間 客室 読書室」 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ようこそ ようこそ いらっしゃいました。

まあ 読んでいってくださいね。
ゆっくりしてってください。
※午前4時に日付が変わる設定です。
※キーワードの自動リンクの設定は「ゼロ」にしています。

2007 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 |

2017-12-19 閑話小題 〜長嶋茂雄・名言録 〜2

[] 06:18 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20171219061818j:image

 川上監督が、当時、例え話で、「王と長嶋に梯子を与え、登るようにいうと、

長嶋は何も考えずに脱兎のごとく登るが、王は一段一段、足場を確認しながら

登る」と、語っていた。また、広岡が講演で、「天才バッターには、右脳と左脳

の一方が異常に発達した選手が多い反面、片方は?… ところが、イチロウは、

その両方とも発達した稀有のバッター。王、長嶋とは格が違う」と語っていた。

イチロウの出現以降、往年の大選手の評価はガタ落ちをした。しかし、面白い

逸話だけは下がらない。

・ 「いいな、みんな。槇原が緊張するから完全試合なんて口にするな」

                       (本人が横にいるのに)

・ 「How old おいくつ?」

・ 「THE」をてへと読む

      →なお一茂は「とへ」

  「ONE」を”オネ”と読む

・ 「ゴルフ場はこの道の右側にあるんだ」

  見つからず、途中で「左側だった」と思いだし道をUターン。

  しかし左側を探し続けたためゴルフ場にはたどり着けず

・ 「一点でも多くとった方が勝つでしょう」

・ 「長嶋茂雄」

     ホテルでチェックインする際の職業欄に。

・ 「耳からタコがでるくらい口うるさく・・・」

・ 「失敗は成功のマザー

・ 「ワーストはネクストのマザー

       →もう何がなんだか・・・

・ ふぐの刺身を、「おいしい、おいしい」といって1人で食べ尽くし、

  「美味しかったですね〜皆さん」とご満悦。

  しかし、長嶋さん以外は誰も一口も食べていなかった。

・ 試合で負けた後、デーブ大久保がコーチから説教を受ける

  「長嶋監督の言うことを聞いちゃだめじゃないか!」

・ ゴロは自分で取る、フライはショートに捕らせる

・ 「いいかげんにしてよ。僕にだってデモクラシーがあるんだ」

       →コンパニオンの妻とのデート報道陣に追い回され

・ ストッキングを忘れたので、靴下をマジックで黒く塗って試合に

・ 「来た球を打て!」

  →バッティング指導を受けた掛布(敵チーム阪神選手)はスランプ脱出

・ 「ベースボールはイングリッシュのスポーツ

・ 「松井君にはもっとオーロラを出してほしい」

・ 「魚へんにブルー」

      →鯖の事

・ イギリス旅行イギリスにはアメリカ人がいっぱいいるんだなあ」

・ 「皆さん、がんばってください」

  →駅でたまたま新婚旅行客の一団と一緒になり、何かお言葉をと言われひと言。

・ 「ところでお前誰だっけ?」

      →入来を散々説教したあとの言葉

・ 「なんだこれ?混ぜご飯か。豆が入ってるぞ。小豆だ。もち米かな?

   なんだ?うまいな」

      →赤飯を食べた時の発言

・ 「代打、土井」

    バントの格好をしながら審判に代打を告げる。当然作戦は相手ベンチに

   見抜かれバント失敗。しかも三回もやっている

  「相手にサインがばれているのでは?」とコーチに相談する。

・ 「ラッキーセブンの3!」 

      →好きな番号を聞かれて

・ 「昨日も午前2時に寝て、午後5時には起きましたからね。

    5時間も寝れば十分です」

▼ 歌舞伎の「大見得」をヒントに、守備スタイルに取入れたという…。

 語彙不足以前とかいう以前の、何かが違うようだが、人間だれもが、何処か

足りない部分を持っている。要は、一つ「強み」に気づき、集中し続けたか。

〜取っておきは〜<「ピッチャー阿波口」→ブルペンの阿波野と川口が大あわて>

ハッピーアドバンテージ、「幸せ者は、何があっても、何をしても、何を話しても

幸福」なのです。幸福比率が3対1以上、いや、10対1以上なんでしょうね。キット!

彼の「至高体験」の倉庫には想像を絶するお宝が数知れず並んでいるが、彼は

「そんなことあったの? それがどうしたの?」と、見もしないでしょうね。

『彼がいて、僕がいる。まあ、いいじゃないですか…こ・れ・で』 (つω`●)

いや、『僕がいて、彼がいる。』ですか。   ̄ω ̄〃ゞ

・・・・・・

4295, 過去10年間を振り返り、今後の10年先を予測してみる −2

2012年12月19日(水)

 ー 2022年の年末に、この10年間を振り返った物語ふうに書いてみる。

≪ 以下の文章は、10年前に書いた2022年を想定した文章である。当時は、

 創業から30年事業経営していた会社を倒産させ二年足らずで、少し悲観的

 と思っていたが・・ まずは、当時の想定をした文章をコピーしてみる。

【 * 近い将来に欧州発の世界恐慌か、イスラエルによるイランへの核施設

 の攻撃と、イランホルムズ海峡の閉鎖がある。それに伴いNATO軍との

 戦争が勃発。原油価格が暴騰、日本経済が最初に大打撃を受ける。

 そして株価の世界的暴落で一挙に世界は不安定になる。

* 欧州経済は、ますます悪化、その煽り中国経済と社会は不安定化し、

 暴動が頻繁に発生、その矛先を尖閣列島フィリッピンベトナムの国境紛争

 を画策し、国内の不満を向ける。これに伴いアメリカも経済悪化。

 アメリカ国債と株価も暴落、一時1万3千ドルもしていたダウ平均が、

 8千ドルまで暴落する。

* 世界が不安定になる中、日本では首都圏直下型地震富士山が噴火。

 政府は、国家非常宣言を出し、銀行閉鎖。経済はハイパーインフレに転じて、

 米やパンなど食料の一部は配給制に逆戻り。IMFが、この事態に乗り込んで

 くる。10数年前、韓国がIMFの管理下に入ったのと同じ道を歩く。

 失業率は15%に、生活保護世帯は300万世帯になる。現在のギリシャ

 スペインの事態以下に、まさかなろうとは、誰も思っていなかったようだ。

 日本の国債も、それに伴い暴落、国を信じた善良な?年寄は路頭に迷う

 ことになる。

* スマートフォンタブレットなどの情報端末の性能が年々、飛躍的に良く

 なり、それが逆に一強他弱の傾向を強めていく。中古品が出回り、収入は

 半減しても最低生活は可能である。しかし、一部勝ち組生活が垣間

 見れるため、不満が溜まる一方。】

△ 以上が予測だったが、実際に起こった現実は、こんなものではなかった! 

 関東直下型地震が想定を超えた規模で、富士山の噴火に連動して首都圏

パニック状態に陥り、数万規模の死者・行方不明が出た。首都圏に住む甥っ子

一人が死亡。日本経済は世界恐慌の煽りで国家経済が破綻。そして現在、

アメリカのIMFの管理下にある。失業率は20%を超えて、近くの小学校

では夕方からの炊き出し行列の状態。リッチ層の多くはオーストラリアと、

カナダに移住していった。10年数年前からの傾向だが、リッチ層の子弟は

海外に留学をさせるのが顕著になっている。日本でのビジネス絶望的な事態。

私も実のところ、76歳まで生きてはいないと思っていた。この有様では、

生きていて良かったかどうか。今では首都圏からの経済難民が日本海側に移住

する流れになっている。中国は動乱になって内乱状態。市民武器を持った

テロ活動が始まっている。一部の共産党幹部の汚職が目にあまりに辛辣

その反発が武器を持った蜂起になっている。共産主義という名の資本主義

汚辱が、深く浸透した結果である。日本は10年前まで続いていた失われた

20年の後には、崩壊の10年が待っていた≫ 

▼ こんな物語になるが、10年前に「2002〜2012年の過去語り」を書いていた

 としたら、現実との乖離は、あまりに大きいはず。ということは、こんな

ものではないということ。それより、まず私自身、生きているかどうか。

・・・・・・

5027,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー4

2014年12月19日(金)

         『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆 (著)

   * 悪魔憑き 〜ミシェル・ド・セルトー著『ルーダンの愚依』 

 映画で幾つか悪魔憑きの場面を見たが、実際に、具体的事実

を読むのは初めて。 ー以下は、実際にあった内容?ーだから、驚きである。

≪ ミシェル・ド・セルトーの『ルーダンの愚依』がはじめて全訳された。

「ルーダンの慰依」は、十七世紀フランス田舎町の女子修道院で起きた、

歴史上最も有名な集団的悪魔憑き事件。十七人の修道女からなるウルスラ

修道院に、数週間前に亡くなった告解師の亡霊があらわれた。霊はしばらく

修道女のベッドの脇で泣いた。 別の亡霊が次の日真っ黒な球のかたちで

修道院の食堂にあらわれ、二人の修道女を乱暴に地面に押し倒し、肩に乗った。

やがて修道女たちの肉体と精神に奇妙な変調があらわれ、次々に判断力を失い、

全身がすさまじい痙攣に襲われた。教会の上層部は動転し、調査をした結果、

この事件の犯人は悪魔だと判断した。「悪魔祓い」が専門僧の手で行われた。

 悪魔に名を名乗れと命じると、「神の敵」という。悪魔にとりわけ狂った

院長の体から出るよう命じると、院長は暴れ回り、吼え、歯をきしらせ

奥歯が二本抜けた。悪魔と問答を続けているうち、悪魔を彼女の体に

入れたのは、ユルバン・グランディエという別の教会の司祭であると判明。

「彼女たちは叫び、グフンディエを探そうとして、修道院の屋根に駆け上り、

また肌着だけで木のうえに、それも枝の先までよじ登ったのです。

そこで恐ろしい叫び声を上げながら、風や雨に耐え、何も食べずに4〜5日も

留まっていた」。この悪魔憑き事件は、たちまちヨーロッパ中に知れわたり

ルーダンの街に何千人もの野次馬が押しかけた(修道女が教会の尖塔に上り

宙を飛ぶなどのウワサが広まった)。野次馬は何日も泊りカけで狂える

修道女を見物した。修道女は吼え叫び、土の上でころげまわり、足や手を

絡み合わせ、足の裏をくっつき合わせたりした。卑猥なようすで舌を出し、

つばを吐き、冒涜的な言葉を吐きちらかした。・・

 修道女たちとグランディエとの対決が行われ、グランディエが否認しても、

彼が悪魔に使われている証拠が次々に出てきた。六人の悪魔とグランディエが

署名した「契約書」すら出てきた(「神を否認して悪魔に仕え、できる限りの

悪を尽し、なろうことなら人間でなくなり悪魔になることを願う」)。

グランディエは、ルイ十三世直々の指名による特別法廷で魔法使いとして

裁かれ、一ヵ月余の審理を経て、膨大な証拠(悪魔との契約書など)によって、

火刑による死刑が宣告された。 刑は一万人以上の見物客の前で執行。

裁判中に、修道院長と修道女の一人が、無実のグランディエを告発して罪に

おとし入れたと告白したが、その告白も、魔法使いの魔力を証明するものと

され何の影響も及ぼさなかった。この異常な事件は、欧米では繰り返し検証の

対象となり数々の論文小説が書かれた。 映画も(カヴァレロヴィチ

「尼僧ヨアンナ」、ケン・ラッセル「肉体の悪魔」)作られ、オペラ

(ペンデレツキ「ルーダンの悪魔」)作られている。・・ ≫

▼ 信じがたい事件だが、事実?なのだろう。神の存在証明は、難しいが、

こういう憑依なら、でっち上げ易い。しかし集団となると、誤魔化しは難しい。

17Cのフランスで、17人の修道女が集団の悪魔憑きの物語となると?

やはり信じがたい。信仰心を深めるための法王庁の戦術も考えられるが・・

・・・・・・・

3920,精神力ーその偉大な力 ー10

2011年12月19日(月)

  * 人間の4つのベース 〜「精神力ーその偉大な力」ダン・カスター著

【 大生命力宇宙にある無限エネルギー)は、人間を通して

 4つの方法で自らを表現したいと望んでいます。

・一つは創造を通して・第二はリクレーション―娯楽で・第三はあなた

 通した愛の表現で・第四には精神的に、知的に成長することを望んでいます。

 この4つの枝が等しい長さを持つギリシャ十字架を思いなさい。

この十字架あなたの人格を代表させましょう。創造、遊び、愛、知恵の4つが

基本の十字架こそ、大事なカタチになります。仕事=創造と、遊びの重要性の

重要性と、愛を持って何事にも取り組むこと。そこて知的成長こそ、あなた

魂に再充電をしてくれる。それは、あなたの深い本質を表現を与えることになる。

だから学び続けなければならないのです。あなたは大生命力宇宙エネルギー

への畏敬と、その親しい交わりこそ求めるべきこと。知性と推理が成長すること

こそ、大生命力あなたを通して現れ出てくることになります。仕事も、遊びも、

愛も、学びも、健全でなくてはなりません。心の絵図に従って宇宙エネルギー

は流れ込むので、自我理想はバランスがとれ、かつ健全であることが求められる。

そして、古い自我イメージを、この新しい自我理想に置き換えなさい。

これが人格造成の技巧です。理想の見地からあなた自身を考えなさい。 】

▼ ここでは、「力、遊、知」に「愛」が加わったバランスを人格形成

 自我理想にしている。その年代で、重心が変わってくる。還暦もすぎると

何になるのだろう?これも、それぞれの人生を如何に過ごし方で変わってくる。

バランスも、一つは極端に突出したり、へこんだり、している。私の場合、

「愛」が欠けていた? 八人姉兄の末っ子で、愛情を充分に受けたが、

与えるのは不充分だった?

・・・・・・

4660, 知る悲しみ ー『極道辻説法』は、シマゲジゴーストライター

2013年12月19日(木)

  * 今東光の『極道辻説法』は、シマゲジ作ー『知る悲しみ』島地勝彦著

 図書館でみつけた島地勝彦著「知る悲しみ」。 

例の「水の上を歩く? 酒場でジョーク」島地 勝彦・開高 健 (著)の、

元プレーボーイ編集長の島地の著書。

「知らない悲しみより知る悲しみのほうが上質である」とは、言い得て妙だが、

何と『極道辻説法』の「和尚前白」は島地が東光に憑依して書いたと告白する。

生臭坊主の名回答も、シマゲジ創作とは・・ ーその一節を書き出してみるー

・矢野「いまインターネットなどで『今東光語録』が箴言集のように扱われて

 いるが、私などから見ますと、どう考えても大僧正の興味のテリトリー外の

 テーマなどが書かれてありまして、ずばり訊きますが『和尚前白』は大憎正

 が書いたもの?

・島地「今日はすべて告白しよう。あれは全部オレが書いたものだよ。

 しかしよく分かったね。読み込んでいるなあ、矢野は」

・矢野「ただ『速記録』で実際に大僧正が語った回想や時評をうまくリライト

 されているのもあります。ですから島地さんの全くの創作ばかりとは言い

 切れない。今日は漢幸雄さんが収集した『和尚前白』を持参してきました

 ので、どれが完全に島地さんの創作なのか教えてくれませんか」

・島地「いいとも。(『和尚前白』を読み進めながら)第一回からオレの文章。

 確かに。このころからうまいなあ、オレは。(国連総会の演説を取り上げた

 回を示し) これもオレ。高校野球の話、これもオレだ。この回は大僧正

 話をまとめたもの。これもオレじゃないかな。ほんとに大僧正が愚依してる。

 いま読んでも面白い!」

・矢野「スポーツ外国小説テーマのものやアル・カポネの話も

 みんな島地さんの創作なんですね」

・島地「もちろん、そうだよ」

・矢野「このインタビューを読んでひっくり返る人、いっぱいいますよ。

 いま島地さんは『乗り移り人生相談』という連載をされていますが、

 まさに当時から大僧正に乗り移ってたことになりますから」

▼ 私もひっくり返った一人。島地が今東光に憑依しないと、あれだけの

名回答は出てこない。そうすると、この本の題名「知る悲しみ」に通じてくる。

「知らない悲しみより、知る悲しみの方が上質」としても、読者の一人として、

知らない方が良かったと思うのが人情。ここで紹介されている

エロアーカイブ」は興奮した。飼犬の秋田犬と夫婦の3P?を生々しく

書いてあるが・・ 今度ここで紹介しようか?ー【スカトロマニア

犬のロッキー恋人にした私の妻ーと検索すると出てくるが、お勧め

できない。成るほど、「知る悲しみ」そのもの・・ 上質かどうかは別!

・・・・・・

5757,閑話小題  〜ファーストクラスラウンジ

2016年12月19日(月)

   * ユーチュブが変わっていた

・久しぶりにYouTubewoをみたが、様変わり。ネット社会日進月歩である。

ドローンに搭載した4Kカメラによる空からの映像が壮観。また野生動物

近づいて揶揄う映面も迫力がある。玩具の小型ドローンで、家庭の犬猫

揶揄う画面が面白い

グーグル・グラス映像も以前とは違っている。 興味のある電化製品

商品説明を売場担当がコト詳しくする説明をする映像もある。これは売場で

聞くのと遜色ない。 

・他にはソニーパナソニックアンドロイドTVが面白い。これはパソコン

機能をTVに融合したもの。YouTubeに、「4K・築地」と入力すると、4K

で録画した築地マグロ解体の場が出てくる。やはり、長生きをせねば。

   * ファーストクラスラウンジ

 先日のTVで、ファーストクラス飛行場待合ラウンジをレポーターが

実際に入って撮影していたのを家内が録画をしていて是非、見てみたらという。

ゆったりしたラウンジに、顧客1人にサービス員1人が召使のように付きっ切り

で応対する。パックツアー専門の私はエコノミークラス。で、10回に1度?は、

エコノミー席がダブルブッキング無料格上げすることがある。 

 一度だけ、ツアー添乗員の計らいで、ファーストクラスにまわしてもらった

ことがあるが別に何とことはない。 ベテラン添乗員から以前に聞いた話。

<「エコノミー席」が格安にできるのは、ファーストクラスビジネスクラス

の代金の肩代わりで料金をカバーしているが、エコノミー席で飛行機全体の

バランスをとるための「重り」の役割がある。格安エコノミーが「重り」には

驚いた。「重石でも何でも安けりゃ良い」は貧乏人の発想か。以前に書いたが、

飛行機は社会の縮図が露出する。 世の中は残念ながら格差社会。

  * 鼻風邪

 この時節、必ず鼻風邪になる。早朝の仏間一角の書斎コーナーで、全身を

エスキモーのように防寒着でくるみ、電熱機と電気アンカで暖をとるが、例年、

冷気で鼻風邪になるのが通例。3晩、風邪薬を飲んで寝ると直ぐに治るが、

それもつかぬ間。風邪は万病のもと… 年末だから寒くて当然としても…

・・・・・・

5392,自分史の書き方  ー?

2015年12月19日(土)        

                『自分史の書き方』立花 隆(著)

 東京札幌などで深夜タクシー運転手さんが、時おり、自分の身の上話を

してくれるが、これはショート・ショートの自分史でもある。大都会の乗客も

運転手も、一期一会の出会いを知っているから、真実の会話が遣り取りできる

のだろう。酔いが醒めても、覚えているのは、そのため。自分の人生とは

何だったのだろうは、永遠の課題である。自分史を彩る、エピソードを、

可能な限り書き出しておくことが必要になる。

≪ 人間不思議に、60歳を過ぎるあたりで、自分史を書いてみたくなるらしい。

還暦という、生まれてから60年目にやってくる人生の大きな区切りを目前にする

辺で、誰でも「自分の人生っていったいなんだったんだろう」と立ち止まって

考えたくなるものらしい。 しかし、自分の人生はなんだったのだという大きな

問いを立ててても、そんな抽象的あいまい曖昧な問いにそう簡単に答えられる

わけはない。その問いに答えるためには、まず、人生っていったいなんなの?

という問いに答える必要がある。 その問いに対する答えは意外に簡単だ。

とりあえず、人生とは「一人の人間がこの世に生を受けたあと、その人の上に

時々刻々起きてきた『一連の事象の流れ』」といった程度の暫定的定義で充分。

 とするなら、そのような「自分の人生を構成する一連の事象の流れ」を具体的

につかむことにこそ、「自分の人生はなんだったのだ」という問いへの答えが

あると言うべきである。そして、よく考えてみればそれを具体的につかむため

になにより必要なことは自分史を書くことだ、ということになるだろう。

 別の言い方をするなら、「自分の人生がなんだったのかを知りたければ、

『まず自分史を書きなさい』」ということである。自分史を書きながら、自分の

人生のさまざまな岐路となった場面を思い起こす。そして、その前後の状況を

思い出しつつ、ああでもない、こうでもないと記憶を呼びさまし、その前後の

あれやこれやの記憶を反笏してみる。 あのときの、人生の岐路に立って下した

自分の決断、判断は正しかったのか。あるいはあのときの自分の行動・言動

などがちがうものになっていたら、別の人生が展開する可能性があったのか。

そしてそのほうがよかったのか。それとも、よくよく考えれば、すべては

ほとんど必然的に起きるべくして起きたことだったのか、などと考えをめぐら

して、後ほぞ悔の念で膀をかんだり、自分の人生に妙に納得したりするわけ。

そのように思いをめぐらすことこそが、自分の人生はなんだったのかを考える

ことそのものになるわけだ。先回りして言っておけば、こういう問いに対して、

堂々めぐりの記憶の反駁をいくら続けても、「自分の人生はこれでよかったか」

という問いに対する、正しい答えには、決してならないだろう。いずれに

しても、歴史的時間の中でリアルに起きたことだけが、起きたことであり、

それは今さら変えられないことなのだから、自分の人生がこれでよかったか

どうかは「言うてせんなきこと」に属すると言えるだろう。しかし、人生

ふり返るというのは、結局のところ、「考えてもせんなきこと」を考えること

であり、「言うてせんなきこと」を心の中でつぶやいてみるという行為である。

還暦を迎える頃になると、みんなそうせずにはいられない気持ちが湧き上って

くるものらしい。つまり、それはそのあたりの年齢が、自分史を書く適齢期だ

ということである。本書は、その年齢にさしかかった人々に読んでもらいたい

と思って書いている。≫

▼「自分の人生は、これでよかった?」の問いは、永遠の問いであり、

 良くもあり、悪くもありで、考えてもせんなきことを考えることである。

そこで、簡単な手立てとして、身近な他者の粗探しを始める、その辺の

『世間人』に成り下がっていく。あのゾンビたちである。縦に貫く蓄積が

ないため、身近な人の、それを見つめるしかない、あの方々に陥る。