< 55歳からの「一生モノ」入門
            まだまだ人生は変えられる、39のお楽しみ2013/>       
                    朝日新聞 「55プラス」取材班
 もし、私が50歳代前半なら、この本は、非常に参考になったはず。
平均余命からすると、今からでも何か新しいことを始めるに遅くはない。
 5年半にわたる家族総掛かりで看た認知症の母親を看送った51歳時に、残り
30年を如何に充実させるかと考えて思いついたのが、秘異郷ツアーの難易度
アップと回数。そしてパソコン+ネット世界への移動の決心。そのトレードオ
フとしての事業拡大からの転換。これで生き方が大きく変わった。
朝日新聞が、団塊世代に向けた連載を編集して4年前に出版されたもの。
  
  〜アマゾンの内容紹介より〜
<長寿大国日本。今や、定年後の人生が圧倒的に長く、ありあまる時間と体力と
お金をもてあます人が、どんどん増えています。本当に豊かな人生を送るため、
今の日本人に必要なのは、「夢中になれるほどハマる、運命の趣味や生きがい」
と出会うことー ー老後をもっともっと楽しく暮らせるように。未知の世界で、
新たな幸せを味わうために。中高年から始められる&中高年だからこそ楽しめる
「人生を変えるお楽しみ」を紹介! 2011年から朝日新聞で始まった好評連載、
待望の書籍化。初心者の体験談から費用や教室情報まで、朝日新聞ならではの
確かな取材力で実用情報も満載です>
――
▼ 図書館の返却コーナーで見つけて借りてきたが。私が55歳の頃、自宅近くに
 出来たソフトハウスの一角でパソコン教室を始めていた。そこで、糸井重里
主宰のウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』のように、「一日一文章の書き込み」
を目指した個人HPの作成をと、週に2回の割で通いだした。その頃にブログが
チラホラと出始めていた。 以来16年8ヶ月、ほぼ、欠かすことなく書き続けて
6130数回に至った。一生モノの目安の10年をゆうに超えた。
 毎日、休むことなく書き続けるのは並大抵ではないが、習慣化の力は思いの
外に強い上に、その蓄積が内的充実感を強くしてくれる実感がある。 内容は
ともあれ、全エネルギーを投入した言葉は、数年後に読み返えすと、その時点
の自らの‘魂の痕跡’を確かに感じ取ることが出来るよう…。 図書館や書店や、
ネットのテーマ探しを含め、1テーマに「2時〜4時間」は要する。秘訣はない!
あるのは全エネルギーの投入だけ。 「全エネルギー投入、1万時間」が、プロ
の目安になるが、既に1万5〜6千時間を投入した割りには、あまりに貧弱である
のは自明。年に数回は、何も思い浮かばないスランプに陥るが、そこを何とか
書上げたテーマと内容が、後で読むと、何故か出来が良いことが多い。
 この頃、新潟駅前の事務所近くに、ビデオレンタルショップがオープン。
週末に数本の「映画モノ」を借りる習慣が出来ていた。その後、地元で「蔦屋」
のビデオレンタル店が開店。その数年後には、WOWOWが開局し、加入した。
本来の「読書お宅」に、「ブログお宅」、「TV映画お宅」が加わり、そこに、
ネットサーフィンをしているため、一日の大半が、TV、パソコン漬けの日々に
なって現在に至っている。バカになるのは充分に承知。これに週一の居酒屋と
スナック通いなら、身体と脳に良いわけがない。しかし、未知の探求と、知識
をパック化する楽しみは何ものに変え難い。人生、夕暮れ時が最高というが、
日没辺りの寝入りしなの団欒も、また楽しい。<260万年来のデジタル進化の
恩恵を受けない人生なんぞ、何が人生か>である。しかし、酒とドラック並み
の虚構、妄想世界であることも事実。問題は、コントロール。それに失敗して
堕落したのが私ですか。結局、ここに至るが、確かに間口は広く、奥行きは深い。

・・・・・・
5771,閑話小題 〜今年も多難な年
2017年01月02日(月)
  * 誰も分からない今年のブラックスワン
 去年の初頭に、まさか英国のEUからの離脱と、アメリ孤立主義のトランプが、
大統領に選出されるとは誰も予測できなかった。これは歴史的大変動を呼ぶ
ブラックスワン? 日本にとっての歴史的節目は、蒙古襲来、黒船到来、太平洋
戦争と敗戦である。アメリカがアジア進出の足掛かりとして、強く開港を求めた
結果、鎖国によって曖昧であった体制を、『国家』としての日本を外向きにも
創りかえる機会になった。そして太平洋戦争による敗戦で、アメリカの隷属国家
になって現在に至っている。それが、アメリカの経済体制の弱体化でグローバル
政策を見直すと主張した泡沫候補が大統領に選ばれたというから、日本にとって、
国家存亡の問題になりかねない。トランプの孤立主義は、EUの解体に連鎖する
可能性がある。これを切欠に中国がアメリカにかわって世界に更に進出する。
終戦後、米中の狭間で、巧妙に生抜いてきた日本。それが今年から思いもよらぬ
因縁を露骨につけられ揺さぶりをかけられる。この時代に原爆を持たない国は、
揺さぶりの最も狙われやすい対象。天気晴朗なれど波高し。その先は… ?
 ―――
 * 年末の紅白歌合戦、20年ぶりに
 年末の紅白歌合戦、この10年、いや20年間、終わりまでみることはなかった。
ところが寝室のTVを買換えたこともあって、臨場感に引っ張られて何と終わり
まで見てしまった。これが久しぶりの為か、新鮮に思えた。知らないうちに、
頭が固くなっていた自分の姿が、紅白の番組を通して見えてきた。会場の背景は、
歌に合わせたデジタル映像が主で迫力がある。視聴者が大型液晶TVであることを
前提に進行。長年の間、見続けている人からすれば、私が浦島太郎だろうが。
踊り手などのアナザーに人たちが生き生きとしているのが、高画質の画面から
リアルに映し出されていた。誰が主役ということでなく、端役を含めた全員が
主役の時代。恵まれた時代の中で、生きてこられたことを心から感謝している。

・・・・・・
5406,新年に 〜「新潟県活性」について
2016年01月02日(
  * 新年に 〜「新潟県活性」について
 去年の二日のテーマの内容を、改めて読み返してみて、
この実行は、今さら遅かった、「20年、30年前に、こうすべきだった!」
という「べき論」で、今さらの内容。乗換えの在来線を延長すら出来ない
政治家と住民に、現在進行中の新潟駅再開発の延長としての新幹線の
延長など出来ようはずがない。計画案作成で下りたのが、正解である。
 せめて、廃線になった貨物線路跡に、モノレールをつけるべきだった、
これも「べき論」でしかない。「せっかくの新幹線も、宝の持ち腐れ」。
江戸時代の「天領」だった地勢上の有利さに市民が気づいていなかった。
 それにしても、踊らされても、面白い経験だった。

 多分にもれず、家族の新年会が元旦の行事になっている。
二人ともアラフォーで、わが身の高齢を実感する。そう遠くない先に、
私が欠け、そしてと・・と、家族が、消滅していき、中心が新しい
家族に移動していく。現在、グローバル化で、「国民経済」が、破壊され
つつある。家族制度も、戦後、長子相続から、権利は皆、平等の時代に
変わっていった。その上に、パソコン、タブレットスマートフォン
ネットの時代。ますます、家族制度が、根こそぎ変わろうとしている。
 その中で、やはり、国家としての保護政策も必要である。
世界も、日本も、未踏の世界に入り込んだようだ。

・・・・・・
5041,新年にあたり −2
2015年01月02日(金)
  * 8年前の「新潟県活性化の会」の案件
 昨日の「新年にあたり」で取上げた「新潟県活性化案」を、再認識のため、
当時の随想日記をHP内検索をして、読み返してみた。 今からみると、
時すでに遅しであり、決して不可能ではないが、動き出せば地権者の利権など、
思惑が働いて、大きな難問が立ち塞がることになる。 さらにバブル崩壊後、
地方は、ますます弱体化。30〜40年前なら可能性があったが、今では無理? 
むしろ石川県の方が、関東、関西、中部地区をカバーできるため拠点基地として、
最適のようだ。 活性化案までなら良いが、これ以上は、一歩踏み込むと、
後にひけなくなる。それを前提と、そのキーマンに当初、釘をさしていたが、
本人は、私を見くびっていたようだ。 あとは、政治家に利用されて、ポイと
されるのが落ち。で、計画案が出来上がったと同時に、一切の関与を止めた。
当然の判断だが、実行段階で誰も手をあげる人はいない。しかし一年近くの
壮大?な絵図の計画を想像し、練り上げている自分が、面白くなっていた。
 あと、考えられるのが、整備場まである線路を可能な限り延長して、第二
ターミナル駅にして、廃線になっている線路あとを利用した専用バス道路か、
新交通システムで空港までアクセスすれがよい。しかし、それをするには、
新潟県の経済的体力が、あまりに消耗している。面白い、変な世界を、その間、
垣間見ただけでも、無駄ではなかった。で、どう活性化する? いずれ
関東大震災が起こるから、そのための受入れを予め宣言して、そのための
都市づくりに徹した方が良いのでは? 決して冗談でない。
 新幹線は大動脈を充分に理解していれば、空港駅までの沿線に、
交通の便の悪い、サッカー場、野球場、そして、元もと近くにある、
競馬場などに県内外の観客を誘導可能になっていた! 地元にいると、
それが見えないのである。新幹線最終駅、飛行場、港、高速道路が絡まって
いるのは東京と、新潟だけ。その表日本と裏?日本が直結していることを
開通以来30年近くも気づかない政治家と地元民。で、石川が、とって変わる。
  
 〜以下は、それを過って書いた「活性化案」と、文章。 時、既に遅し?
 これでも、膨大の時間とエネルギーが入っている。何度か東京まで行ったり、
地元の社長や識者?を集め、議論をしたり、現地を見たり、レジャー感覚で
動いていたので、それなりに面白く、無駄足という後悔は一切なかった。
絶対無理と思えても、手をつけるのが政治家だが・・ それでも、無理?
一年弱でも、こんなことにエネルギーを取られるから、このザマ?*ノωノ)ゥッ
・・・・・・
2006/11/10
提案書(案)
       新潟県知事 殿へ

我々は仮称「5年〜10年後の新潟を元気にしよう会」を結成し、
別紙(会議議事録×2通)の通り協議を重ねまして、
以下のような意見を纏めましたので、提出いたします。
実現へ向けた強力なご支援を一同より、お願いいたします。
<提案>
1 (新幹線の空港へ伸延)
 数年後新幹線が富山・金沢へ分岐すると新潟はさらなる地盤低下に
 見舞われるのではないかと危惧しています。
 我々は真剣に議論し、その対策の切り札として、
 新幹線を新潟駅から新潟港・新潟空港構内まで約10KMを伸延すべき。
 という結論に到りました。
 これにより、新潟は極東アジアの表玄関=世界へ向けた情報発信都市
 としてのインフラが有機的に連結し効果を高めることが出来て、
 多用なビジネスチャンスが発生します。
 冷戦の終了により、ロシア、中国が激変し、環日本海都市としての位置づけを
 にするためにも東京駅から「新潟空港への新幹線の構内直接乗り入れ」を
 打ち出す絶好の機会です。それも新潟駅再開発事業と共同事業として
 相乗効果を最大限に生かす必要があり、この機会を逃すことはできません。
2 (低コストによる建設費を極限まで追求)
 現在の厳しい財政を考えると、従来の建設方法にとらわれないで、
 低コストで5年以内に建設する智恵を絞るべきです。
 ー北陸新幹線の進捗に遅れをとらないことが、まず求められますー
  その具体的な事例として、
 東京―横浜間の京浜臨海線計画を参考に、
 既に新潟空港至近まで敷かれている廃線を利用するとか、
 現在空港まで3分の一ほど引き込まれている新幹線引き込み線の延長を
 最大限利用するとかし、駅舎等は市民民間企業の協力を得て、
 100億円程度で(一まるまる作戦)で建設する方法を検討すべきです。
3 (より市民の意見を聞いてほしいのです)
 上空から眺めれば、新潟は信濃川阿賀野川という二つの大河に囲まれた
「山紫水明の水の都」です。
 市民と行政が力をあわせ、豊かで誇りの持てる街を作りたいものですが、
 そのために、計画の決定権を持つ行政はもっと市民やユーザーの
 生の意見を聞いてクイックレスポンスで実施して欲しいと思います。
 例えばイギリスのTCM(タウンセンターマネージメント)を導入し、
 あるいは市民の生の意見を聞く「インターネットすぐやる課」などを
 作り、日々の行政や計画に反映させてください。

 これまでの4回の議論の中で感じたことは、地元の人たちの視点の確かさ。
「新幹線の空港乗り入れは、10年いや、20年前に開通しておくべき」
 ということは、誰もが自明なことと受け止めています。
 誰も解っていながら、新潟市、いや県全体に利益になるが、
 目先の利益や票にのみに目を奪われている政治家や企業家に、
 諦めを持っていることです。 新幹線を新潟空港まで延長するのは、
一部ゼネコンの利益誘導ではありません。新潟県を真に活性化するための
 起爆になるのです。

 新幹線の延長という僅かな工事で、イメージと機能が全く変わるのです。
 新潟駅再開発事業そのものも、この延長工事で数倍の価値が上がるのです。
 新潟県は、江戸時代の天領でした。
 江戸と直接結びついた開けた明るい水の都でした。
 決して、延長工事だけを見ないで、
 上越新幹線北陸自動車道関越自動車道磐越自動車道
 新潟空港、新潟東港、新潟西港を括りあげる事業として、
 新潟発展のため即自計画を進めることを願います。
2006年11月9日
(仮称)5年後の新潟を元気にする会メンバー
� 住所・氏名
� 住所・氏名
            以上
                まとめ文責 松下文洋
・・・・・
第四回新潟県活性化の会 ー概要
            2006年8月5日
                 ー 文責 堀井八郎
7月の28日に行われた
新潟県活性化の会」の概要を、主観でマトメてみた。
 ーー
*「環日本海拠点都市宣言」をする。
 
ー冷戦終了後、中国とロシアが自由経済を取り入れ成長。 
 この十数年で、環日本海の重要度が全く変わってしまった。
 これからは環日本海の時代である。
 首都圏から新幹線2時間圏の新潟は非常に恵まれ有利な立地にある。
 それを高らかに宣言し、全エネルギーを集中すべきである。
  
 このままでは、北陸新幹線開通を機に、金沢、富山、福井
(北陸地区)が環日本海の拠点都市になる。

日本海時代の象徴として、 首都東京から新幹線の
 新潟空港への直接乗り入れを全県総力をあげて実現をする。

新潟空港までの新幹線延長工事が、
 55億?の投資で延長工事が可能かどうか? 
 それを可能にする構想案を一般募集をする。
 採用の際には、その案に対して500~1千万円の懸賞を出す。

*まず公共事業ありきではなく、
 民間が主導をとって環日本海拠点都市としての機能
 ー流通情報基地などーの充実をはかる。

*新幹線延長工事に合わせて、特区構想を、幾つか立ち上げる。
 (高層ビル特区、流通特区、チャイナ特区、朝鮮特区・・・)
 高層ビル特区は、あらかじめ土地を沿線に買っておき、
 二倍〜三倍の値段で売りぬけ、工事代金に振り向ける。
新潟駅再開発と合わせて2015年の完成を厳守すること。
 ーーーー
以上であるが、一つの目標(新潟県活性化)に向かって
知恵を出し合って議論するのも、面白いものである。
それぞれの個性が意見として出てくるのと、
「模擬・県議会小委員会」の議論のようでもある。

・・・・・・・
2006/10/06
2012, 裸の王様を、「裸!」と言った少年が私?
        (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
 去年の暮れに学生時代のゼミの後輩からの
「新潟を活性化するには、如何したらよいでしょうか?」という一本の電話
から始まった数回の「新潟県活性化の会」の効果?が、表立ってきたようだ? 
(私の一方的な解釈だが)
昨日の地元紙・新潟日報の二面のトップに、新潟商工会議所会頭の何某が
県知事に「新幹線の新潟空港への乗り入れの要望書」を手渡している写真と
記事が載っていた。「活性化の会」の議事録を県知事も見ていたようだから? 
手順もあるのだろう。 しかし、「今頃、何をノンビリしたことを!」
「2015年までに、新潟駅再開発工事に便乗して、新幹線を空港まで
開通させなければならないの!!」というのが、みた率直の実感である。
「まずは、在来線を新潟空港まで通して、その様子見をしてから」
と、馬鹿も休み休みに言いなさい!である。でも、このノンビリした
茹で蛙の地方柄から見て、大いなる進歩ともいえようが・・
 私のHPを見続けている人は解るだろうが、表面化した瞬間に私たちの
新潟県活性化の会」の存在は消されてしまうのは、娑婆経験から
当初から解っている。「裸の王様」に対して「裸だ!」と言って誰もが
認めれば、それで少年の役は終わりである。当たり前のことに誰も
声を出さなかっただけだから・・

新潟空港への新幹線の乗り入れ」は、「真っ当な人」なら誰も解っている。
その真っ当な人間が、政治家や地元の商工業者には皆無であった!!
という事実は現状からみれば解ること。 裸の王様は誰だ?そう、
目先のことしか見えない県会議員と市会議員と、地元の代議士と、
新潟財界人である。金と票にならなかったのだろうか!!??
 だから私が呼びかけた地元商工業者の人たちは、新潟空港への
新幹線乗り入れを当たり前のことと受けとめ、諸手をあげ賛同してくれた。
「政治家も、大物?商工業者も、目先のことしか見えなかった」と、
さすがに言ってはいないが、しかし・・ 環日本海時代の到来に無頓着で
あった!のは間違いのない事実である。北越新幹線の開通を目前にして、
新潟県の置かれている危機の重大さに気づいた。
 * 何ゆえに、冷静にみることが出来るのか?といえば
新潟駅前でホテル業を25年間、営業していることと、
・全国を渡り歩いていること、
・25年間にわたり長岡〜新潟間を新幹線通勤していること、
・私が地元財界からみれば「アウトサイダー」で利害関係がないこと、
・20年間以上、成田と羽田を年二回通い続け、
 飛行場と駅(特に首都)へののアクセスの重要性を実感していること、
  もあり「新幹線の飛行場駅の乗り入れ」を客観視できたこと、などである。
 25年前に、新幹線を飛行場まで通していたら、新潟は今や「環日本海都市」
として、全く違う都市になっていた!飛行場周辺にサッカー場・野球場や、
佐渡汽船の乗り場を移動するとか・・ 新潟駅周辺の商業集積の機能と
結びつき、「独特の面白い都市」になったはずである。
 何もしなくとも、それが特区になっていたのだ。
一本、新潟島への橋かトンネルの投資を新幹線に向ければ良かったのだ。
ただ大手ゼネコンの利益にならなかっただけだ。
 改めて新潟県をみると、環日本海時代に本当に恵まれた立地にある。
「あと僅かの投資で、東京駅から飛行場の登場口まで直結でき、
それが首都圏からみたら、非常に魅力があるに決まっている!」
ということが何故解らないのでしょうか ??
「地元住民にとって、本当にプラスでしょうか?」だと?
「ボケ!」と言ってしまえばお終いだが・・
「新潟経済が発展して、初めて地元住民もプラスになるの!」

・・・・・・・
今日は「新潟活性化の会」
        2006年7月28日
              ー文責 堀井八郎
これで4回目になる。
あと一回で私の役割は終了。
地域活性のデザインつくりに加わってみて、
なるほどプロセスに筋が通っているのが理解できる。
本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。
転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。

アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っているようだ。
ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・

このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない!
日本が危ない!ということと同じだが。

金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、
これに関東が直結する。金沢が環日本海の玄関として拠点都市
になって至極当然である。森元首相も、まだ当分隠然たる政治力
もあるし、それに引き換え真紀ちゃん、
あまりにも・・・?ここでは、まあいいや。

手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・
でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか?
よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。
高速道路、
新幹線、
飛行場、
港・・・

無いのは戦略構想が無いというから・・・
頭の足りない巨人と同じである。

・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、
 知事と市長が馬鹿みたいに言い続けなくてはならないの!
 そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの!
・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの!
・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて!

 これをゼロからやれ!といっているじゃないの!ホボあるんじゃないか。
 無いのはグランドデザインでしょう!

・あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの!
・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ!
・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ!
サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ!
・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも
 新潟になっていたでしょ!
新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう!
・中国特区とか、ロシア特区もできていたかもしれない?でしょ!

新潟は東京の天領だったの!
それを生かさなくては!
北海道に向けて、飛行場の近くから船が出ているでしょ!
これだって飛行場至近に貨客船乗り場を造ってやれば?

お客、お客、お客の立場で見てみたら・・
いくらでもネタはあるじゃない?
小手先のイベントを持ってくるとか、
野球場とか、サッカー場だってどうだか?

要は新幹線なの!もう一度言う!
「かなめ」は、新幹線なの!

つれづれに

イメージ 1

イメージ 2

他のブログ
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
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今日のYoutube

 昨夜の「家族の新年会」は、家内と2人の息子と例年のように、
 長岡駅前で… 二人が「アラフォー」もあってか、仕事面で大変のような。
 話は、前日の紅白で、女子グループの歌い手の一人が、終わる直前に
 気絶をしたのを見たか見なかったの話題から、職場の事やら、何やらで
 花が咲いた。 




・・・・・・

2829, 新年に、つれづれなるまま!
2009年01月02日(金)

  *年金でも貰うか
1月15日の誕生日で厚生年金が満額貰える年齢(63歳)になる。65歳かどうか迷ったが、
貰うことに。といって、月あたり20万円の厚生年金と、家内の給料と、年金が満額まで
貰えるまで減額した?万円の私の給料の総額では、一割ほど手取りが少なくなるが、
よしとした。これで会社の役員賞与を350万もカットできる。
今年は更なる経費のカットが必要である。 中小企業は辛いが、スリルとサスペンスが面白い!
早く貰わないと、今後日本の年金そのものがどうなるか分からない。「60歳までに、したい
ことを全てやってきた」という満足感があるので、金銭欲も、それほど無くなった。
次が家内が厚生年金を満額貰える年齢がポイントとなるが。そういう年齢になったということ。
 ーー
  *年始のTV番組
年始の一週間分のTV番組を見ると、どの局も地味なものばかりである。
大不況のためスポンサーが節約したのだろう。 あまり声高に言わないが、2009年は
大恐慌突入の年になり、大荒れになるのは周知の事実。といって、どうすることも出来ない。 
大荒れの中で身を委ねるしかない。
 ーー
 *新幹線がガラガラ
年末の29日・30日の新潟行きの9時前後の新幹線は、例年は座れないほどである。
それを覚悟をしたが指定席も、自由席も三分の一も乗っていない。今までなかったことである。
恐らく、高速バスとか、夜行列車とかに分散したのだろう。
 ーー
 *イスラエルが変
イスラエルの政情が変になってきた。
イラン攻撃への一つの動きなのだろうか? そのためか原油が少し値上がりに転じた。
これも計算の上なのだろう。もちろん、攻撃を事前に知った資本が原油先物を買い増して
いるはず。こういう時期は戦争に目を向けさせて、思い切った政策を採るのが常套手段である。
  ーー
  *昨夜は殿町で・・
昨夜は、長男と次男夫妻と私たちの5人で殿町の「あかちょうちん」で食事会。
珍しくタクシーで行き帰りで使ったが、運転手さんに「景気はどうですか?」と聞くと、
「最悪」という。しかし去年も元旦に同じ店を同じ時間に居たが、客は殆ど居なかった。
しかし今年は客で満席に近い状態である。 その後、隣のビルのカラオケに行ったが、
そこは、2~3組しか客が入ってなかった。年末の30日に次男が学校時代の友人と、
この店と駅周辺の居酒屋チェーンに行ったが、何処も満席で入れなかったという。
そこで駅裏まで行って、やっとは入れたという。これも面白い現象である。

 ・・・・・・・・・
2008年01月02日(水)
2464, ロールモデル
                d・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕
   「ウェブ時代をゆく」-3  読書日記

 著者が見出したという「ロールモデル」という言葉が面白い。人間は、自然と色いろな付き
合いの中で、何人かの「ロールモデル」をさがし、無意識で真似をしているうちに自分の個性
を作り上げているものだ。技術や文化に関する知識だけではなく、人間の行動パターンでも、
巨人の肩の上に立つことが可能であるという考え方である。企業では、ベンチマーキングと
いう手法でモデルとなる会社の優位点を真似るが、何故か人間の行動パターンについてはマネを
する手法を敢えて取上げない。子供には、偉人の伝記を勧めるが、大人になると見向きもしなくなる。
「ウェブ時代をいゆく」で、「ロール・モデル」という言葉で上手く手法として提示している。
学生時代に「ロール・プレーイング」という役割演繹をゼミで一年にわたってしたことがあったが…
  それは、問題が起こった当事者として解決方法を実例を元にするものだが。

ーP-119・ 120
 著者の梅田望夫の 『ロールモデル思考法』とは、その答えを外界に求める。 直感を信じる
ところから始まる。外界の膨大な情報に身をさらし、直感で「ロールモデル(お手本)」を選び続ける。
たった一人の人物をロールモデルとして選び盲信するのではなく、『ある人の生き方のある部分』
『ある仕事に流れるこんな時間』『誰かの時間の使い方』『誰かの生活の場面』など人生のありと
あらゆる局面に関するたくさんの情報から、自分の合うロールモデルを丁寧に収集するのである。
自分の内から湧き出る何かが具体的に見えなくとも、「ある対象に惚れた」という直感にこだわり、
その対象をロールもでるとして外部に設定する。そしてなぜ自分が惹かれたかを考え続ける。
それを繰り返していると、たくさんのロールモデルを発見することが、すなわち自分を見つける
ことなのだとだんだんわかってくる。自分の志向性について曖昧だったことが、多様なロールモデル
の総体として、外部の世界からはっきりとした形で顕れてくる。そのときどきのゴールとなり
けものみち」における灯台になるのだ。

ーー
この思考法は『大事なのは、「自分はこれをやりたい」というものを見つけること。それが人生で
一番大切なようだ。・・自分が何にむいているのか、何がすきなのか、見つけるのはやさしくない。
それでも何とか見つけ出さなければいけない。』小柴昌俊の言葉からそれを見つける方法とは何か?
を著者は考えた末に外界の偉人のモデルをみつけ、その行動、考え方を真似ることを提案した。
面白いといえば面白い。無意識で誰もがしてきたことだが・・・ また偶然に、去年の同日に
彼の前著の「ウェブ人間論」の読書日記を書いていた。無意識が呼ぶのだろう?
                        ( ^_^)/バイ
・・・・・・・・
2007年01月02日(火)
2100, ウェブ人間論  -1
           (~Q~;) おはよう~~
                ファ~
この本は確かに面白いが「ウェブ進化論」ほどの衝撃度はない。しかし二人の対談からウェブの
世界の中で人間がどのように変化していくのか、多くの示唆がある内容であり、「ウェブ進化論
のフォローという面では、ベストと言える。面白そうなところの抜粋と意見は次回にするとして、
    まずはー紹介文ーを直接読んだ方が解りやすい。
    ーー
ウェブ人間論 」(新潮新書) 梅田 望夫・平野 啓一郎著
 ー内容説明ー
「ウェブ進化」によって、世の中はどう変わりつつあるのか、そして人間そのものはどう変容して
いくのか。ビジネスとテクノロジーの世界に住む梅田望夫と、文学の世界に生きる平野啓一郎が、
その変化の本質と未来を徹底討論!
   ーー
 まず 梅田望夫平野啓一郎という二人が対談したという事実が興味深い。シリコンバレー
ITを主体とした実業家と京都で中世欧州を舞台とした「日蝕」を書いた芥川賞作家の間の「距離」
はいままでの常識で考えると 果てしないものがあるはずだ。 つまり 出会うはずの無かった
セグメントに属したお二人が出会ってしまい、かように刺激的な対談を行うようになったという
点で 時代の変化を強く感じた。
 (字数の関係でカット2009年1月2日)
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以上が紹介文であるが、この本の中に多くの意見の一致点と、全く知らないことが多くあった。
検索がインターネット時代の中核技術だということは知っていたが、これほど全てを左右する
ものとは。1998年にシリコンバレーで創業したグーグルという会社だけはその重要性を誰より
も知っていたということだ。すべての中心が検索!と言われても、何かまだピンとこないが。
次回は「第一章 ウェブ世界で生きる」から、 面白いところを抜粋して考えてみる。
              さようならm(__)m ごきげんよう
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2006年01月02日(月)
1735, 内福について
         オハヨウゴザイマス  o┐ペコ
先年の暮れ、東京のある会で新潟の県民性について話した。、
新潟県は一見貧しそうだが、実情は内福な家が多いのですよ。
 特に中越地震の被災地区の辺りは、裕福なのですよ。
  間接的に雪の融け水が豊かな農産物や鯉・畜産にプラスになっている」
   といったところ、居合わせた4人が(´ρ`)ぽか~ん、 として
   「『内福』という言葉も、字も知らない。如何いう意味ですか?」という。
   子供の時から両親が「あの家は地味だが内福だ」が
    日常用語であったので、知らないということに驚いてしまった。     
                       ∥┓  ((   
                      (_)  匚P   
                       ━┻      
 そして、その場の‘主の立場’の人が、「貴方のいう内福は豊かとは違う!」と発言。
それに対して「ヨーロッパのイタリアとかフランス人も、実際の生活は実収入より
豊かな生活をしているというが、彼らは豊かではないと言うのですか?」というと、
「豊かとは思わない」という。そこで「私は家内と、この十数年で三十数回地球の秘境旅行
をしているが、これは豊かといわないのですか?」と訊ねると、「それは豊かといえる。
しかし、地味な生活に甘んじて遊びも控えているのは豊かとはいえない」との答え。
それも一理ある。
 私の従兄弟に一億以上の貯金がある?という噂がある60代半ばの独身男がいる。
見たところ地道な生活をしており、殆どお金を使っていない。この人は間違っても豊かとは
いえないし、内福とは言わない。内福という言葉を知らないことが驚きであった。
越後長岡の典型的な方言だろうかと 「検索」で調べたら、小説の一節に「以前は内福で
あったが、現在はそうでもないらしい」というのがあった。 それからみると方言ではなくて、
死語になってしまったようだ。内福は、「収入内でヤリクリしてそれなりに豊か?な生活をして
いる状態」である。これからの日本の生き方のヒントが『内福』の生き方にあるのではないか。
  書店で『300万で豊かに暮らせる方法』みたいな本がならんでいるが。
                      ヾ(●´∀)ノ" また~♪
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2005年01月02日(日)
1370, 酒についてー3
           ∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ 酒持ッテコーイ
正月早々、また酒についてを書く。
 前回書いた「作家の酒についての名言」の続きである。
  感想も含めて考えてみる。
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・酒に限らず言えることですが、人間のつくり出した
 『楽しむためのもの』を、不必要に恐がらずに、みくびらず、使いこなして、
  『楽しむ』ことを覚えれば、それだけ豊かな時間を過ごせるわけでです。
   ー豊かな人生、豊かな青春が。         -吉原幸子
                  ( ^_^)/q□☆□p\(^_^ ) カンパァーイ
   my感想ーその反対も多く過ごしてきた。 みくびったためだろうが。
・酒は、その土地の文化の結晶なのである。
              -田村隆一
  my感想ーその土地土地の酒は、景色、人間に劣らず個性がある。
    新潟の酒、沖縄の泡盛、世界各地の葡萄酒、ビール、
    そして中国の紹興酒などなど。
     そこの肴を一緒に飲む酒は、何よりも絶品である。

・深まってくる秋とともに飲みたくなるのはやはり日本の酒である。
   一人で部屋で仕事から解放されたあと、魚のひらきなどを焼いて飲む。
   この時のものさびしさは、やはり捨てがたい。
              -三木卓
   my感想ーそれで二日酔いをしたら馬鹿?

・女を口説くときは酒はあったほうがいいものだが。
  が、酒を飲むときは、女は要らないサカナである。
              -荻昌弘
   my感想ー?   ?!    クゥーッ!!”(*>∀<)o(酒)"

(字数の関係でカット2009年1月2日)

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2004年01月02日(金)
1003, 「2004年日本経済」ー読書日記
  ー円高デフレの恐怖が襲来する。

この人の本はバブル発生時から一貫して「日本経済悲観論者」である。
 中長期的に振り返ってみると、この人のいうとおりになっている。

  ー印象に残った順に列記してみる。
・2005年のペイオフが一つの鍵になる。金融再々編成によって残る大手銀行は二行になる
 可能性も。メガバンク国有化は、日本経済の信用を損なう、そうなる前に再編成をさせる。
・いまのデフレとは、銀行の信用デフレが発端である。 銀行がその役割を終えてしまった。
・さらにリストラ、倒産はつづく。日本経済は根幹から音を立てて崩れはじめている。
 給料はまだまだ下がり続ける。
アメリカは内部崩壊をはじめてきた。この円高ードル安は、日本では更にデフレ圧力になる。
・EUも深刻なデフレに向かっている。 ドイツ経済が日本化をしていく。元東ドイツの住民
 が社会主義的な政策政党に票を入れ始めた。 その為ドイツ経済は競争力を無くし始めた。
 日本の生産地が中国に移動したのと同じ現象がドイツと元東欧諸国と同じになってきた。
円高は100円を割る可能性を含んでいる。79円も割る可能性も十分考えられる。
  この水準を割り込めば日本経済は完全に息の根を止められる。
  この大不況の中、何とか持ちこたえられたのは輸出のおかげである。
  円高はドル安になるといくことである。この輸出が円高で激減する可能性 がある。
  またアメリカの国債を持たされた日本は実質の回収が落ちることになる。
                                   等々である。

 実際に事業現場に立っていると、この内容は決してオーバーに思えない。
 新潟駅前の夜は、火が消えてしまったように静まり返っている。
 何処の会社も経費節減の為に2時間以内は日帰り圏にしてしまった。
 この数年間でビジネス客は3分の1に減ったという統計も出ている。
 「2003年日本経済」では副題はー世界恐慌の年になる!であった。実際のところは恐慌には
 ならなかった。だから「今年は、この人のいう通りにはならない」と考えるのはおかしい。
 この本では人口の問題には触れてない。 数年先から、本格的な人口の減少が続く。他には
 若い人の質の低下の問題がある。まだ何とか持っているのは、団塊の世代が踏ん張っているから。

 こと日本に関しては悲観的材料が多すぎる。生存対策をまずは第一にしなくてはならない時代。
 この情報化社会は世の中を激変させている。健康食品も本も、インターネットで注文するよう
 になった。 近く「ユニクロ」があっても、わざわざインターネットで注文をする。
 電化製品も必ず「価格ドットコム」で最低値段を調べて、近く大販店で値段交渉をするよう
 になった。 まさかこんな時代をみることになるとは思ってもいなかった。
 大不況になっているのではなく、違う時代への過渡期の整理過程と見るべきなのだ。
 整理されないよう自分を変えていくしかない。 会社も自分も社会もである。
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「2004年日本経済」ー円高デフレの恐怖が襲来する。
   出版社: 東洋経済新報社 ;
    
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 2003年01月02日(木)
 629, 英国人はまず道具を揃える

  今回-パタゴニアの添乗の人がイギリスに詳しい人で色々のことを教わった。
  その一つに
 「イギリスではゴルフやハイキングをする時は思い切った良いものをまず揃える」
 「まずは形から入る!」 この言葉がいやに説得力があった。長い歴史の中からの知恵を
  感じ入った。しっかりした道具を買ってしまえば簡単には止めることができない。
  覚悟ができると言う事だろう。目的を見定めて手段のしっかりしたものをそろえるという事。

  道具だけ揃えて持つことを趣味にする人がいるが、それはそれで趣味なら良い。
  チャーチルが持ち物は若い時から超一流のものしか持たないことにして
  いたという逸話を思い出したが、今回の内容と関係ないか?!
  機能優先であまり物に拘らない生き方をしてきた事が果たして良かったのか?
  少し疑問があった矢先に聞いたので印象に残ったのだろう。
  ブランドものは値段の価値のあるものが多い。といって、それだけを追いかけている人を
  見ると疑問を感じる。ブランド=価値と勘違いをしてしまうからだろう。 
  しっかりした道具を揃えることとは意味が全く違うが。

   道具はすぐ揃えるが、三日坊主の人があまりに多い。
   私の場合三日坊主の経験は少ない、学生時代の英会話があったが。

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2002年01月02日(水)
288、捨てる技術

   捨てる技術という本が数年前、ベストセラーになった。それに対し、立花隆が全く
  正反対の立場であった。その本を読み数年前、思い切って本を八割かた捨ててしまった。
  そして後で後悔した、といってさっぱりしたことも事実だ。矛盾が残った。
  先日図書館で野口悠紀雄の「超」整理法3を借りてきて読み、感じるところがあった。 
  パソコンの「ゴミ箱」の考え方である。-とりあえず捨てるのである。 後で拾いなおす
ことができる。「バッファー」という概念である。ショックを吸収するための緩衝器である。
「廃棄バッファー」が重要だという。ベストセラーの「捨てる技術」と立花隆の反論の中間の
?方法である。具体てきにいうと「多分必要でない書類を」収容する封筒をまず作ること、
  次にこれを収容する箱を作ることである。 要するに「保存ごみ」である。保存することに
よって捨てることができる。捨ててしまった中に宝があったのに?といつも疑念が残っている。
  分ければ、資源になるのに?とかも。 「到知」という雑誌を捨てようかどうかかどうか迷って
いたが、そうだ自宅の倉庫に整理しておいて置けばいい!とか、新しい考えが出てきた。
  新聞の切り抜きもしかり、「随想日記の保存分類ごとに封筒を作り」に放り込んでおけばいい。
  ホームページを立ち上げ、運営してきづいたことは、ホームページの本質は、ストックでなく
フローであるということだ。それがそのままストックになっていく楽しみだ。  
捨てる技術がそのままシステムでできることだ。

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1月2日 1969年

 朝8時にたたき起こされる。9時過ぎに店に出発。新年の初売りの手伝いである。
初めは支店で一時間位働く。雪のためか人の出は少ない。その後本店で17時過ぎまで手伝う。
18時に帰宅をする。 食後団欒。22時過ぎのNHKの「出会い」という番組がよかった。 
最後の出た新婚の話がよい。その愛が美しく、人の気持の神秘的な美しさがよく出ていた。
 その前に出ていた40歳位の女性の20年前に話もよかった。
 よい正月の話として記憶に残るだろう。年賀はがきが友人から届いている



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