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2018-12-16 閑話小題 〜いや、まいりました!

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   * 貧乏夫婦

 貧乏夫婦リビングルームのソファに座っているとき、夫が言った。

「ちょっと呑みに行くから、コートを着なさい」

「まあ、私も連れて行ってくれるの?」

「違うよ。ストーブのスイッチを切るんだ。」

   * いやいや、まいった!

 今朝のこと。何時ものとおり、書上げて、さてアップの際に、全てが消去!

これまで一回経験していたが、これで二度目。それも有りかと、気持ちを切替え

他の下書きと思ったが、どれも中途半端。ならブラックジョークをと、ネット

サーフィンをしたが、優悦なジョークは、気持ちに余裕がないと見つけられない。

これ程、ガックリくることはない。で、そのままの状況の内容の概要を書いている…

人類人類たるゆえんは、4本足の前足を手にして、ここまで、進化してきた。

その中でも、指の効用は最たるもの。

・親指・・・先祖.

・人差し指・・・父.

・中指・・・母.

・ 薬指・・・配偶者.

・小指・子ども. 人差し指

▼ 成るほど、ヨーロッパでは、人差し指は「大胆」 、中指は「分別」、

 薬指は「愛情」、小指は「傲慢」と、それぞれの指にも意味があると ...

で、結婚指輪は薬指に。じゃあ、親指は? これは私の論で、信念ですか。 

改めて今度、取上げるが…

・・・・・・

6121,閑話小題 〜日馬富士事件哲学すると

2017年12月16日(土)

   * よく支えてくれたが、さらば白鵬!

 この一連の事件哲学構造主義の切口で断面を捉えると、理解しやすい。

まず構造主義意味は、【広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象

に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を 理解し、

場合によっては制御するための方法論を指す語】。

 構造を考えると、『横綱アドバンテージ』『モンゴル力士の日本角界支配

キーワードになる。『横綱アドバンテージ』は、以前、私が命名した造語

立合いの「張手」と、カチ上げ風肘打ち。横綱は使えても、下位力士はタブー

という「決めつけ」。破れば、稽古場に押しかけて、可愛がりの「シゴキ」。

これは、鬼に金棒になる。それを知った貴乃花は、貴乃岩に合同稽古制限

 そこで40回優勝のモンゴル横綱が、二人の舎弟格横綱を誘い、数年前に

追放された先輩横綱・朝青龍の追放劇と、人種差別に反発を持った怒りの蓄積

ベースに、その矛先が純粋培養育ちの貴乃花親方に…。その部屋に所属する

モンゴル力士の出席する宴会に、白鵬が二人の舎弟格の横綱を連れて押しかけ、

暴行を加えた。直接、手出しをしなくとも同罪。三人横綱の最盛期が終わった

のは、誰の目にも明らかだが、それを貴乃岩が指摘したという噂が発火点。

この三枚看板のモンゴル横綱三人の支配下にあるのが大相撲協会。

 良くも悪くも、「ポチ」でしかない。

貴乃花親方の判断は何ら傲慢でない。こうもしないと「ポチたち」に阻止され、

ウヤムヤにされるのは、火を見るより明らか。しかし貴乃花も、認識と判断に

自信がない。それは、白鵬も、協会も同じことだが。

 現・理事長は早々に次期理事長立候補の断念を表明し、『貴乃花理事長

立候補支持を表明するのが筋道。本来の古武道の原点に立ち返る時期。

 いずれにしろ、来年早々に鶴竜が。後半から再来年に白鵬は引退だろう。

もう充分、働き貢献をしたし、相撲年齢からして、明らかに限界点に達した。

この辺りが潮時。<発つ鳥、あとを濁さず>。 このままでは、朝青龍と

同レベルになってしまう。

 『よく支えてくれていたが、さらば白鵬! 国外への御退出の準備を。』

 若手に、素質のあるのが出てきている。

ー 面白味という側面では、やはり、あと二年は必要ですか、やはり!ー

 と、考えさせるだけ、一流ということ。

ところで、「逸ノ城」を協会上げて、つくり変えられないかい。

「ダメ!」ですか。素材だけでは無理。『横綱アドバンテージ』を自ら

つくれないだろう、あれでは。

 ところで、これって「哲学する」というより、「相撲談義」じゃない?

・・・・・・

3552, 何に出会うかを、成長と呼ぶ

2010年12月16日(木)

「何に出会うかを、成長と呼ぶ」 ある雑誌新聞広告にあった言葉である。

実際に出会った人、著書を通して出会った人、宗教的啓示で触れた何もの。

大自然の荘厳な景色から受けた感動、絵画音楽を通して感じた作者・作曲家

の魂など、出会いそのものが成長になる。マイナーの何ものかの出会いは、

マイナー成長ということか。その中で、書物を通して崇高な教えや啓示などの

出会いは、一番身近で誰もが出会う機会になる。最近は、ネットやテレビや

映画などからも多くの出会いが可能になってきた。長年の風雪の中で、これまで

読み継がれてきた古典には、何かがある。その辺から多くのことを学ぶことも

出会いになる。65年間に多くの出会いと別れがあった。自分経験してきた

蓄積が新たな出会いを呼び込むのである。 最後は自分の「死」の直感という

厄介な何に出会うのだろうが。それも刷り込まれたイメージでしかない。

出会いといえば、感動が伴なった経験である。人はどれだけ、感動、感激に

出会えるかで人生の豊かさが決まってくる。ところで、この出会いに関して、

本当に豊富であった。その蓄積が、さらなる上質な感動の場面を作上げる。

感動した対象に対し我われは何だろうか?と知りたくなる。それが、考える

キッカケになる。もう一つ、出会いの中で、宗教がある。知識を持ってしまった

人間は、いずれは死ぬ運命にあることを身近の人の死を通して知ってしまう。

それは二人称の死で自分の死とは違うと分かっていても、長年かけて、知人の

遺体と焼却を目の当たりにすると、二人称の死を一人称の死に重ね合わせて

しまう。出会いこそ人生であり、生き方が変る。未知との遭遇、無知との

遭遇、人生には色いろある。

・・・・・・

5024,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー2

2014年12月16日(火)

         『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花隆(著)

   * ドーキンスの『神は妄想である

 ランダムに、印象の強い順に取り上げてみる。ここで、ドーキンス

「神の定義」が、簡潔に書かれている。何か現時点の私の考えそのままと

思わせられる内容。自然界の、動植物の美しさは誰が創ったか? 自分自身

起こる因果応報リアルさは、神が与えたのでは?とか、いま、ここにある

自分という存在不思議さ等々、考えるほど不思議なことばかり。 

 ーまずは、その一節からー

≪ リチャード・ドーキンス神は妄想である』は、無神論を説く本という

 より、神の存在を信ずる有神論者に対する激しい批判の書。 一口に神と

いっても、さまざまな神がいるから、まず定義が必要になる。ドーキンス

単なる宇宙創造神を信じる人にはあまり目くじらを立てない。ドーキンス

はっきり否認するのは、創造されたあとも被造物のその後の運命をいまだに

監視し、影響を及ぼすような超自然存在。 「人の祈りに応え」たり、

人の罪を赦したり罰したりするなど、主体的意図的に行動する神。奇跡を行う

ことで世界に干渉する神。人間のすることや考えることを常にウォッチして

それに対応して行動する全知全能の人格神ドーキンスが信じるのは

存在するものの整然たる調和のなかに自らを現している神であり、人間

運命所業に関心をもつ神ではない」というアインシュタインの神。 

あるいは、「もし〈神〉という言葉によって、宇宙支配する一連の物理法則

意味するのであれば、そのような神は明らかに存在する。この神は情緒的な

満足感を与えてくれるものではない」という、カール・セーガンの神。

 要するに、ドーキンスは汎神論的な神ないし、理神論的な神は認める。

しかし、「ここに、悪く書くことをいっさい許されない一つの考え、ないし

概念がある。けっして許されないのだ。なにゆえに? ―許されていないから

許されないのだ!」というような盲目的信仰には激しく反発する。 ・・≫

▼ 共同幻想などと、格好よいものでなく、妄想というところがよい。

 所詮、全てが夢幻でしかない。死んでしまえば3日も経てば、300年前に

死んだのと同じことになる。としても、知識を持ってしまった猿は、自他とも、

共同幻想でコントロールをするしかない。せめて、自分だけは汎神論を持って、

自然界を走り回りたいもの。で、出会うのは神秘的神? 偶然だが、3年前の 

 3917, 精神力ーその偉大な力 ー7 <2011年12月16日(金)>

精神力ーその偉大な力」ダン・カスター著 

* 『まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと』に続く!と、

7年前の<2007年12月16日(日) 2447, 四四太郎の霊日記>に続く。

・・・・・・

3917, 精神力ーその偉大な力 ー7

2011年12月16日(金)

「 精神力ーその偉大な力  ー 」 ダン・カスター著

   * まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと

ヤコブ聖書に書いている、「汝が乞うても受けないのは、誤り乞うからだ」

 それを別の訳にすれば、「あなたが求めるが受け入れられないのは、間違った

 求め方をするからだ」ということ。「その人を許しなさい。そうすれば

 天にいます貴方の父、すなわち大生命力は、あなたを許して下さる」

◎傷ついた否定的過去の記憶では、大生命力エネルギー自由な流れを妨げる。

 それを愛と信念をもって書き換えねばなりません。「なんびとかに、また、

 なにものかに反抗して抱く全てのものをゆるせ」といったキリスト言葉は、

 非常に実用的である。

◎もし彼を許さなかったら、私自身を不愉快な体験に、そしてまた、その人に

 結びつけておくのです。彼を思うたびに、不愉快な体験を繰返すことになる。

 もし、私が誰かを傷つけたとして、彼が私を許せば、彼は解放されたことになる。

 その許すということは、彼の側の精神活動です。怒りは憎しみは、恨まれた人

 より、恨んだ人を傷つけるものです。賢い、常識的な考え方は、愛し、理解し、

 そして許すことです。「神よ、彼に祝福を」とだけ、心の底から言いなさい。

◎私たち各自は、毎日、静かに座って自分向かって次のことを言い、それを

 まじめに務めるがいい。「・・ 私たち各自は大きな無限の大生命力の一部で

 あって、大生命力実在の一部である。その大生命力の中で、すべてを生き、

 動き、そして実在している。これは真理だから、私が行なったあらゆる過ちに

 ついて私自身を許す。そして多少とも私を害したあらゆる人を私は許す。

 許すなら、あらゆる体験から善いことのみが私に来ると知るから。

 私が行なった一つ一つのあやまちは、より大きな理解と、より大きな機会への

 踏み石だから、過去のあらゆる体験を私は祝福する。どんな過去の体験も、今日

 あるいは未来において私を害さない。私が許れたいよう、私はことごとく許す」

自己啓発の、このようなセミナーに出席して感化を受け、日常の考え方と、

 祈りに取り入れたら、心の傷は和らぐだろう。20歳代半ば何度も何度も、

この本を読んで救われていた。こういう経験があったから、何人かの鬱病相談

にのれたのだろう。現状でも平然?としていられるのは、自分で見つけ、何度も

読んで一人で手当をした経験があるためと、再確認をしている。数ヶ月前に、

地球の芯からの声が聞こえてきたのは、こういう経験があったからである。

芯の声は大生命の声、魂の声である。

・・・・・

4657, 閑話小題 ーゴミ箱周辺で蠢く人々 ー2

2013年12月16日(月)

  * ゴミ箱ネズミカラス

 古ビルは、どんなに安くとも買うものではない。それなりでしかないから。

まず内臓(設備)が腐りかけて、メンナンスのコストと、交換が莫大にかかる。

一般的建物撤去コスト土地相場の総額から差し引いた更地値で売りに

出されるため、一見格安勘違いをする。そのことが長期物件投資経験

少ないと分からない。バブル時に古ビルで大損をした経験があるからこそ

分かった知識。それに税制の問題がある。テナント率の低下で物件価値

下がっても、税金は下がらない。日本のビル建設償却は、実態価値下落と

かけ離れていて、所有者にとって絶対的に不利。それがランニングコスト

押し上げる。(逆もあるが)これが大きい。知らないことは罪悪。

その無知のお陰で、このザマ。「万一の備えが長期投資絶対条件!」 

バブルになると、それが見えなくなる。10年前になるが、新潟駅前の古ビルを

買いまくっていた人がいた・・ 本体に火がついた今、どうなったことか?

ところで、私が手がけた六棟のビルは、売出と同時に即売。設計段階から、

転用を前提につくってあった。

・これは西武鉄道堤義明が著書で「私が手がけたホテルは、

 全て事務所に転用可能」と述べていたのをヒントに、

・私の父親からは「ビルは長期物件時代の変化に対応できる基本設計

 にすること」と教わっており、

設計事務所の当時社長のビル建設の基本が、「ビル設計は神の代行」

 の理念建物に入っていたことで、再利用しやすい建物のため。 

話を元に戻すと、山の中腹からみえる津波本体の到来を前にした海辺の人が、

何とも気の毒。ある日突然、株式か国債の暴落から始まるが、それまでは

小春日和がつづく。純資産10億以上の金持の多くは、既に外国資産避難

を終了とか。何処かのゴミ箱ではカラスネズミが長閑に戯れている。

国が滅ぶとは、こういうこと。あとは素ウドンを啜りながらの楽しい

東京オリンピックが待っている! 丁度、後期高齢者だが、元気かどうか? 

・・・・・・

5754,マシュマロテスト 〜?

2016年12月16日(金)

          『マシュマロ・テスト』ウォルター・ミッシェル

   * 彼らは、どうして耐えたか

 マジックミラーでコッソリと観察された二個貰えた子供たちの耐え方の

観察が幾つかあるが、これがいじらしい。独身時代女性職場で、何とか

先延ばしで耐えた?が、それが、ここで紹介されている子供の姿に二重写し

思い出される。フラフラとすると、『この人と一生、添えられる?』と、

対象に集中すると、一週間ほどで、『い・や・だ、ヤ・メ・ト・コ』。

外見だけでなくて、品性教養、人柄のバランスが、揃っていれば、

『こ・れ・が・い・い』になったのだろうが… その時々の自分に丁度良い

人が現れるが、そこはあくまで仮の場。

 ここ一番(ジャンプ)の旬のタイミングに、家内と出会えたから、

これが私のレベル! (ハアー?)という誰かの声? 

 〜その内容とは    

≪・組んだ腕の上に顔を載せて横を向く子

 ・顔を背けて、御褒美と向き合うのを完全に避ける子

・褒美をチラチラみて、待つ価値があることを確認する子

・「待っていれば二個、貰えるんだ」と自分に言い聞かせている子

テーブルの向こうの縁まで、遠ざける子

・うまく先延ばしできる子は、気をそらし、自分経験している葛藤と

 ストレスを和らげるため、ありとあらゆることをしてした。≫

アウシュビッツのような?死体(したい)の山中の当時が、いじらしい!

――

▼ 金沢時代の衣料チェーンの社長が、男社員だけの席で、

『女は煽てれば逆上せ上る、殺せば化けて出るが、群れるとサル集団になる。

 現場サルと割切ってしまえば、何とことはない』と宣っていたが、当に、

その言葉通り。 人生を振返ると、男どもこそ、当てはまる道理

 40年前の話だが、関西への出張などの列車の席の過ごし方に慣れない時、

着くまでの時間が本当に長くつらかった。で、如何したか? 腰骨を立てて、

きちっと座る。そして、到着時間を考えないこと。その方が、遥かに楽。

海外ツアーのエコノミー席の過ごし方のコツが20回目辺りから分かってきた。

・食べものは最小に、飲み物は多めに飲んでトイレに足繁く通う。 

・行先の観光本や旅行代理店から貰ったパンフレットを何度も読み返す。

・今では、座席前のモニターで、TV映画が幾つかみることが出来る。

 落ち着いたとき、何をみるか決めておく。

・「高速移動の乗物は脳が最大限に活性化する、それをプラスにて楽しむ」と

 自分に言い聞かせ、経過時間を可能な限り気にしない。ゆめゆめ嫌な時間

 と思わない。

回数を重ねるうちに、御褒美は観光だけでなく、飛行機内の瞑想タイムも含まれ

ていることを自覚する。これは、人生過ごし方と同じ。 忘我の世界に入れば、

そこは別世界。 隣席の家内存在すら、「孤」の外に追いやることが出来る。

手っとり早い「合理的高質な瞑想タイム」になる。 この応用が夜半0〜4時の

「死者のポーズ」の瞑想タイム。瞑想なら良いが、時に「妄想」に? ったく!

・・・・・・

5389,自分史の書き方  ー?

2015年12月16日(水)

            『自分史の書き方』立花 隆(著)

 15年前から、随想日記として一日一文章を書上げ、ブログに公開してが、

この中で書いた「思い出話」や、50回以上に渡って書いた、「準備を含めた

45年間の事業総括」が、自分史を書上げるとしたら、そのまま資料になる。

それと多感な22〜25歳の頃の日記も、ここで公開してある。

 この年齢の視線で逆照射し、俯瞰した自分は、赤面の至りのことばかり。

20歳時に志をたて、それに向かい捨身で生きてきたことは確かである。

その過程悲喜劇の中で、何とか、日々を過ごしている小さな己の姿が垣間

見ることができる。その姿が、何とも愛おしくもある。

  〜以下の、アマゾンビューの批評がわかりやすい〜

≪ 立教セカンドステージ大学における受講者の皆さんの自分史を引用しながら、

その書き方を示した本。ただし、自分史の書き方を指南した部分より、受講者

自分原稿そのものが実に面白い。特に「親子二代で書き上げた自分史」は、

太平洋戦争が始まる前からの個人の記憶が克明に描かれており、当時の人が

日常、何をどのように記憶していたかという貴重な記録の集積である。

「語り継ぐ」ことは、いつかはできなくなるため、「書き継ぐ」ことが極めて

重要になるとよくわかる。世の中の物価ニュース、また、その当時は

「記録するに値しない」思われる「今」の日常が、わずかな時間であっと

いう間にかけがえのない記憶になることが、この本を読むとよくわかる。

 もう一つは、誰の人生にもどんな人生にも、語るべきドラマやストーリーが

あるということ。「今」はただがむしゃら、必死、夢中、逆に絶望の淵という

人生で、「時間」がそのいかなる過去をも俯瞰すべき物語に変えてくれる。

「年齢を重ねていくということは大したものだ」ということを雄弁に語る自分

の力に魅了される。 自分史を書くためには、自分についての資料が欠かせない。

自分に関する資料は、ネットでは調べられないことも重要だ。同じニュース

100人聞いてもそのとらえ方は100通りである。そして、時間が経つと

そのとらえ方も変化していき、その人固有の記憶となる。仮に自分史を誰かの

為に書かなくとも、年齢を重ねるその度に「自分俯瞰しなおす」という

行為・作業が欠かせなくなる。時間というのはとても不思議なもので、意識

して過ごさなければ(自分で記録をしなければ)今日という日も1年前、

5年前と同じようにあっという間に色あせてしまう。

「あれから僕たちは何かを信じてこれたかな?」という歌詞で始まる

夜空ノムコウ」という歌がはやった時があった(これも10年以上前)。

それを確かめるべくして、執筆された受講生もいたのだろうか。

「これまでこうだったから、これからはこうだろうな」という見方あり、

「これまでこうだったから、今後はこうしてもいいのではないか」という

見方あり。自分は10年後、20年後人生をどのように俯瞰するのだろうか。

そう考えられる程、すべてのサンプルが優れている。一読を勧めしたい。≫

▼ ここで、<年齢を重ねていくということは大したものだ>とあるが、

 これは「経験を重ねていくことが大したものだ」ということ。実際に経験

してこそ解ることがある。<「語り継ぐ」ことは、いつかはできなくなるため、

「書き継ぐ」ことが極めて重要になる>は、社会に一歩踏出した前後に、

書いた日記を読み返すたびに、思うこと。あのまま、何で書き続けなかったか、

書いてなかった部分の詳細の「いま・ここ・わたし」は、断片的に書いていた

部分を除いて、スッポリと抜けてしまった。 実は、当時の日記帳は厚くて

余白のページが、まだまだあったため、気が向くと(数年間隔で)書き足して

ある。時おり、それを、ここで書いてみるつもりだが・・