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2018-09-17 閑話小題 〜ヨーカ堂撤退を考える!

[] 06:02 閑話小題 〜ヨーカ堂撤退を考える! - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180917060212j:image

    * 長岡ヨーカ堂が撤退ですと!

 郊外にあるアピタにある映画館に隣接している空地に、『東京家具センター

の店舗の2階建て鉄骨が立上った。延べ2,000坪はあろうか。これで、リバー

サイド(ユニ系)周辺が格段と良くなる。かくいう私は毎週欠かさずシアター通い。

 ところで柏崎店に次いで、長岡駅前のヨーカ堂が、来春、撤退という。これで

駅周辺は大きく廃れることになる。駅構内にある専門店街『こころ』と連動して、

長岡駅前の商業施設としての機能を果たしてきた。世界最大の柏崎原発の休止は、

地元経済にとって大打撃! その結果の現象。 柏崎、長岡… 次は新潟店?

 家内は週二回、わざわざ30分かけ、イオン内のスポーツジムまでバス通い。

その一回は、バス代節約もあり、私のシネマの終わりを待って、一緒に帰宅。

その間1〜2時間は、イオンと、リバーサイドSCアピタでウィンドショッピング。 

これに月に1度の新潟通い。更に年10回、新幹線の割引券を使って、御登り。

肩に羽根がはいているように、すいすいと…  『自分は特別人種?』と勝手に

決めこんでいるから…大変なモノ。「資産をコトに替えて、あの世に逝く!」と、

何の心の制約がない。 誰に頼まれたわけでなし、こんなブログ書きに、日に

数時間も吸取られ、我が内なる世界に埋没している私は馬鹿亭主… 

 確かにブログ御宅は、間違いがないが!  

   〜ヨーカ堂撤退を専門的にいうと〜

ヨーカ堂は駅前型GMS(ゼネラル・マーチャンダイジング・ストア)から

本格的に撤退、セブン・イレブンの世界網へ本格的に重心を移動する一環!> 

百貨店と共に、疑似百貨店(GMS)の終焉の一現象。 駅構内の専門店街が

残っても、駅周辺の吸引力が激減する。 駅裏のダイエーの撤退跡の『山下家具』

に対する『東京家具センター』が、新旧の世界の差が明確に現れ出る。

ますます旧市内は、暗く淀んだ街になる。情報革命と、車社会によるダウンタウン

の衰退と、原発城下町の衰退の一現象。その重なりによる変質と歪みが加速する。

ヨーカ堂文化の支えを無くしたら如何なる! 「この20年の家内の行動要素」と、

ヨーカ堂撤退と東京家具センターオープン」が、その全てを表出している。

第四銀行北越銀行の合併。これは銀行機能のAI化と、地方経済の衰退と

大都市一極化による自然現象でもある。 特に手の平サイズのパソコンの普及に

よる行動パターンの変化は、私たちの行動方式を根こそぎ変えてしまった。

・・・・・・

4934,コトの本質 −4

2014年09月17日(水)

  * 二十世紀共同幻想は破綻した   『コトの本質』松井孝典

 二十世紀共同幻想の一つに経済成長がある。その幻想が崩壊を始め、

現在は、恐慌前夜の様相である。この潮流は、今後とも続くことになる。

何故なら、世界の中枢の脳は20世紀の共同幻想そのもの。だから、崩壊は

今後も続くのは自然の流れ。ネット社会の到来で この共同幻想は違った

カタチになってきている。新たなネット社会の内部モデルは、瞬時に世界中に

日々更新され、進化と、深化の速度は早まった。 ーその辺りから抜粋ー

≪ 二十世紀以前からの共同幻想のひとつに、右肩上がりという共同幻想

 あります。それを前提にした社会システムが非難されていますが、百年後

といわず、十年後を考えても、いまのような社会システムや、それが人間を

規定するというようなことに関する共同幻想が本当に破れないのか問題です。 

現実には、どんなに大変な問題が山積していようと、ほとんどの人は共同幻想

に閉じて生きていますから、その中に埋没しているかぎりは問題が顕在化する

ことはなく、そのままでも生きられてしまいます。その間は、その人にとって

問題は存在しないのです。共同幻想を幻想とは考えず、人間を外から見ること

ができず、その中に埋没して生きている人たちにとっては、共同幻想ではなく、

それは真理であり、人間とはそのようなものだという定義であり、そのために

生きているという価値であり、すべてなのです。神しかり、宗教しかり、

愛しかりです。たとえ宗教に関わる者であっても、突き抜けた人は、その意味

(共同幻想)をきちんと理解しています。そういうレベルの人とは議論できるし、

互いの意図を理解し合うことも可能です。それぞれの分野で突き抜けた人、

それをプロと呼ぶとすると、その人たちには共同幻想ということの意味が

理解できるからです。 人間圏をその外側から見ることができなくても、

共同幻想を、真理だとか、現実だとか、すべての人はそうあらねばならない

とか、その価値の正当性を主張するのは、やめることが必要です。共同幻想

というものは、正しいとか正しくないとか、わかるわからないではなくて、

当人がただそう思い込んで納得しているにすぎないことなのです。

しかし、逆説的ですが私は共同幻想を抱いて生きることが、逆に現在生きて

いる我々の人生を肯定すると思います。≫

▼ 己の人生を否定してでも、共同幻想を見据える視線は失いたくないもの。

 リアルな外界を可能な限り見据えて内部モデルを更新し続けることしか、

生きることが出来ないのが人間である。 自分を振り返ると、終戦直後に生れ、

高度経済成長の中バブルの波に乗って流され、その崩壊が右下りのターニング

ポイントだった。そして、おおよそ10年後、2001年の9・11テロ、2008年の9・15

のリーマンショック、2011年の3・11震災を経て、現在に至っている。

20世紀の時代と共に、その共同幻想を疑いもなく信じ、右上りと、右下りと、

その崩壊過程を生きたことになる。21世紀の姿が見え始めたが、

面白そうだが、右上がりの明るい時代ではなさそうだ。

・・・・・・

5664,シネマ評『ウフィツィ美術館』 〜?

2016年09月17日(土)

                『ウフィツィ美術館』 09/08・10:40

   * ウフィツィ美術館の歴史

 映画の内容紹介のHPに、ウフィツィ美術館の歴史が簡潔にまとめてある。

そこには欧州文化の底知れぬ奥行きの広さと深さが垣間見れる。大英博物館

ルーブル美術館バチカン美術館などに、あれだけの名画を、国内外の万民に

公開している。ある意味、国力の誇示でもある。 〜HPより〜

≪ 登場する作品の多くが収められているウフィツィ美術館は、ロレンツォの

 傍系で、ひ孫にあたるコジモ1世(1519〜1574年)によって建設された行政庁舎

がもとになっている。コジモ1世は、画家・建築家であり、同時代の画家たちを

紹介した著書「芸術家列伝」でも知られるヴァザーリに設計を依頼、1580年に

それまで分散していた役所や裁判所などを一つにまとめた建物を完成させた。

 ウフィツィとは英語のオフィスである。このウフィツィでは1581年から建物の

一部で絵画や彫刻などが部分的に公開されており、近代的な美術館としては

ヨーロッパ最古と目されている。1743年、コジモ1世の末裔であり、メディチ家

最後の人間となったアンナ・マリア・ルイーザが死去する。彼女のもとには

メディチ家が300年にわたって蒐集してきた絵画、彫刻、宝石などの美術品が

残された。彼女の遺言により、これらの宝物はトスカーナ政府に寄付される。

 1769年、ウフィツィ美術館メディチ家コレクション一般公開が始まった。

以来約250年、今ではイタリアで質・量ともにトップクラスコレクションを誇り、

世界でも最も多くの人が訪れる美術館となっている。

 本作には進行役として、ロレンツォ・デ・メディチ(1449〜1492年)が登場。

名優サイモン・メレルズが演ずる、この人物は何者か。 ロレンツォの祖父は

フィレンツェで「祖国の父」とうたわれたコジモ・イル・ヴェッキオ(1389〜

1464年)。 絶頂期のメディチ銀行を率いて建築家・芸術家を庇護した。

ロレンツォは病弱だった父の死に伴い、わずか20歳でメディチ家の当主となる。

政治・外交に長け、生前から「イル・マニーフィコ」(偉大なる)と呼ばれた。

哲学や芸術にも造詣が深く、ロレンツォの時代にヴェロッキオボッティチェリ

レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロらが活躍している。

また彼はコジモが創設したプラトンアカデミーに加わる。ボッティチェリ

絵に現われる新プラトン主義の意匠はプラトンアカデミーで培われたものだ。

 ロレンツォの死後メディチ家は失脚、追放の憂き目を見る。ロレンツォ・イル

・マニーフィコがその称号の通り、真に偉大だったかどうかは見解の分かれる

ところだが、彼の死によってフィレンツェにおけるメディチ家の黄金時代が

ひとまず幕を下ろした。≫

▼ 500年近い歴史を持つ美術館に、ルネッサン時代の美術品が管理されている。

 欧米人だけでなく、人類の遺産でもある。当時の、メディチ家の当主が、

案内役で説明する設定が良い。彼が、若き日のミケランジェロを自邸に下宿

させ、集めた彫刻の飾られた庭園を開放し勉強させた逸話がある。悩んでいる

時間があったら、ネット上でも良いから、大自然、そして、一流の芸術品に

可能な限り触れること。その触媒から精神が清められていく。で、ないと!?

・・・・・・

6030,閑話小題 〜一昨日のシネマは『ダンケルク』 

2017年09月17日(日)

   * 一昨日のシネマは『ダンケルク』 

 北朝鮮の‘僕ちゃん’が勇ましく胸を張っては見せているが、隣国の中国、

ロシアとの直接首脳会議に出ることさえ出来ない有様からしても、彼の小心さ

が見て取れる。「気違いに刃物」の武器を「核弾頭ミサイル」の保持に替えた

瀬戸際の恫喝。出来るのは、ここまで? この陰の主役はプーチン。アメリカ

大統領に泡沫候補トランプ後方支援で祭上げ、北朝鮮と対峙させるとは… 

この劇画的世界が、連日、核実験、ミサイル発射で生々しく報じられている。

しかし、2人のかけ合い漫才が何時までも続くわけがない。

 この映画『ダンケルク』をみても、直接の被害者は国民。戦争を起こさない

に越したことはないが…  映画評価は85点。  

≪【ストーリー】1940年、連合軍の兵士40万人が、ドイツ軍によってドーバー

 海峡に面したフランス北端の港町ダンケルクに追い詰められる。ドイツ軍の

猛攻にさらされる中、トミーら若い兵士たちは生き延びようと策を講じる。

一方のイギリスでは民間船も動員した救出作戦が始動し、民間船の船長は息子

らと一緒にダンケルクへ向かうことを決意。さらにイギリス空軍パイロットが、

数的に不利ながらも出撃する… 圧倒的なスケールで活写される戦闘シーンや、

極限状況下に置かれた者たちのドラマに引き込まれる。≫

 ――

   * 再び、同じテーマを書いていた

 昨日の朝、やっと書きあげたテーマ日記をアップをしようとしたが、

「もしかして以前に、書いていたのでは」とHP内検索をすると、4ヶ月前に、

ほぼ同じ内容のものが書いてあった。 ガックリしたが、気持ちを切替える

ため、スケジュールのとおり、早朝のポタリングに出て、改めてテーマを考え、

辛うじて書上げた。度々あることだが。数日前の過去の文章にも、「同じ失敗」

の愚痴が書いてあった。

・・・・・・

5299,『自分を超える 5つの法』とは 〜『自分を超える法』ー?

2015年09月17日(木)

             ー『自分を超える法』ピーター・セイジ著ー

   * 世界観をつくる

 何か成し遂げるには、土台になる世界観が強固でなければならない。

達成過程で、次々と難題が立ちふさがり挫折の機会にもなる。そこで信念、

価値観が問われることになる。自分が何に貢献しようとしているのか?

そのための行動が正しいのか? 集中する絞込みが正しいのか?等々の、

自問自答の効果的質問である。一流のアスリートに親子鷹が多いのは、

その世界観を親が子に教えこんであるため世界観は強固である。

  その世界観を分析、その作り方を提示している。

≪ ー 世界観を構成する「6つ」の要素 ー

?信念:信念には、「特定の状況に限定したもの」と「包括的なもの」がある

 ?ルールと価値観: 大切なものを実感する。ハードルを下げる

 ?上位2つのニーズ: 貢献と成長

 ?手段: ニーズを満たす行動

 ?主要な焦点: 外側に向けた焦点

 ?主要な質問: メリットの多い質問

 〜 上記を,説明すると 〜

? 信念には「正しい、間違っている」もない。60億通りの信念があるだけ

 ・・(中略)  多くの人が、「自分の世界観を正当化を主張」し、

「相手の世界観の欠陥をあげつらねよう」と、信じられないくらい大量の

 エネルギーを費やしている現実があります。

? ルールと価値観: 大切なものを実感するための「自分なりのルール」が

 世界観を左右する。世界観を構成する要素は「価値観」と「ルール」。

 そのルールを意図的に作る。自分が「感じたい」価値観のときー>ハードル

 を低く(条件を低く)。自分が「感じたくない」価値観のときは、ー>は、

 ハードルを高くする(条件を高くする)。 失敗とは何かを学んだことの証

? 6つのニーズのうち、弱い世界観を持っている人は、おおむね、

「重要間」と「安定感」を上位二つのニーズにしている。6つ上位2つを

「成長」と「貢献」に置き換えると、世界観が活き活きとしたものになる。

? 手段は、ニーズを満たす行動そのもの。行動を起こすのに必要なのが、

 「自分だけのトライアド」である。 トライアドとは‘体の使い方’

‘言葉’‘焦点と信念’すなわち、「望むアイデンティティ、望む状態、

 望む雰囲気をつくり出す手法」です。

? 焦点を、内から外側に変えていく。「矢印(−>)を内向きから

 外向きに変え、「どうすればもっと成長し貢献できるか?」を自問する

 ようになると、外部世界との関わり方が大きく変化する。

? メリットの多い質問: 弱気になった時、迷いが出た時、

 「私の戦略は何だろう? 確信の戦略は? トライアドは?」の

 自問自答。もっとも力を得られる内的対話」こそが必要。 ≫

▼ 私の自問自答は、早朝の、この文章を書いている時間と、夜半での

 ゴールデンタイムに行っている。で、この結果。それでも、何とか己を

保っているのは、早朝の習慣のお陰である。 両親を煙たがらない私に、

二人の世界観と、この世の在りようを幼児の時から、刷り込まれていた。

それが、人生で陰陽に働いていた。その刷り込みを、いかに乗り越えるかが、

人生の大きな問題になっていた。ファザコンマザコンである。それもこれも、

どのように受け止めるか。この本は起業のための創造工学書。で、以下に続く!

・・・・・・

4567, 変えてみよう! 記憶とのつきあいかた ー3

2013年09月17日(火)

       「変えてみよう! 記憶とのつきあいかた」高橋 雅延(著)

 最近、老いてきたためか、「突然死は、本人にとって決して悲劇ではなく、

平均10年近くの介護にならず済むため、むしろ幸運だった」と思うように

なってきた。しかし、いざ「余命半年!」と言われれば、生きたいと思うのが

人情。あと一年半で私も古希をむかえるが、気持ちは今だ50歳半ば。

そのギャップは埋めようがない。ある日、余命半年か、一年と宣言されるか、

悟り、それまでの一生分の濃厚に圧縮された時間を過ごして、消えていく

のだろが、くも膜下で一瞬、消えていく可能性もある。  

ー以下は、くも膜下で救急車で運ばれる当事者の生々しい場面の記述ー

  * 空白の五日間

《 くも膜下出血で私が倒れたのは二〇〇六矢月一九日のことだ。あの日は

 ー生涯忘れられないとともに、その後の「記憶のない」日々の始りであった。

その日は、翌日から、学生を引率してイギリスへの語学研修が予定されていた。

翌朝が早いため、私は成田空港の近くに宿泊することにした。例年とかわらぬ

猛暑の中、その日は夕方の五時頃、翌日から大阪に帰省する妻とともに

ホテルに、チェックインした。その後・六時をほんの少し過ぎたとき、キーン

という耳鳴りとともに、私は突然激しい頭痛におそわれた(妻の話によると、

ごく短時間だが意識を失っていたという)。仕事柄、少しは脳のことを知って

いる私は、この異常な激痛からするとたぶん、脳の血管が切れて出血が起こった

と思った。そして同時に、右足の小指がしびれてきたから、出血は脳の左半分の

どこかで起こったのではないか、と推測した。脳は左脳と右脳に分かれ、

それぞれ反対側の身体の動きをつかさどっている。だから、身体の右側に

麻痺が起こるのは、反対側の左脳にダメージを受けたからだと考えられるのだ。

左脳といえば、ことばをつかさどる部分がある。 これはへたをすると、

ことばに障害が残り、二度と教壇に立てないかもしれない…そんな不安さえ

頭をよぎった。あまりの激しい痛みに、横たわったまま身動きのできない

私の姿をみて、妻が救急車を呼ぶと言い出した。私は翌日からの引率が気に

なっていたのだが、とにかく医者に診てもらうべきだという妻の意見に最終的

には従うことにした。そして、壁に掛けていたズボンの後ろポケットから

パスポートクレジットカードを取り出してもらい、ベッド脇に置いていた

カバンの中にある大学の緊急連絡先に電話するように頼んだ。そうこうして

いる間も、激しい頭痛は止まらない。その後ようやく、二人の救急救命士

到着し(・・略) 救急車の寝台に横たわると、身体の大きい私には思いのほか

窮屈で、しかも、走行中の振動が頭にひびいた。救急救命士は、何度も私の名前

を呼ぶと同時に、血圧を測っていた。横たわっている私からも血圧計の数字が

読み取れたので、それをみていると、血圧は一五〇、一七〇、……と、

どんどん上昇していく。私はこのまま死ぬことを考え、つき添っていた妻に

かろうじて感謝のことばを言って、そのまま、意識を失ったのだった。

 これは当日のほんの一部のできごとを書いたが、おそらく多くの方は、

極めて鮮明な私の記憶に驚くのではないだろうか。実際、私は今もなお、

あの場面を、まるで自分が主役の映画を観るかのように、心の中に鮮明に

思い浮かべることができる。しかし私には、その後、つまり救急車の中で

意識を失った後の、五日間の記憶がないのである。この五日間に、月並な

表現だが、私は生死分境をさまよっていた。・・ 》

▼ 二年ほど前に、知人が突然、TVの朝ドラを見ている最中に脳梗塞で倒れ、

 救急車で病院に運ばれたが、意識が戻らないまま亡くなってしまった。

状況は似ているが、著者は生還して状況をこと細かく書きのこしている。

 知人は長年、糖尿病に悩まされていたというが、突然、脳溢血で死ぬとは

思ってもいなかっただろう。 この年齢では、「マサカの坂」はない。

2018-09-16 閑話小題 〜薬指の秘密

[] 07:07 閑話小題 〜薬指の秘密 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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               『楽天家は運を呼ぶ』高橋三千綱

   * 薬指に輪ゴムを三重に折って付けてみて

 まずは、以下の部分(p123)から

< 坪井師範が教えた「薬指の秘密」の効果は驚くべきものがあった。

 それは薬指の第二関節にそっと唇をつけることである。そこは指輪をはめる

場所で気流が心臓に通っている。そこに舌先を軽く押付け、5つ数える。

すると驚くなかれ身体が柔らかくなり、肩と腕の力が抜ける。呼吸が深くでき

やすくなり、気持ちが落ちつく。ことに緊張しているときなど効果的だ。

試して成る程と思ったら受験生などの子供に教えてやることだ。荒んでいた

親子関係がスムーズになり、子供に精気が甦る。日常の武道は案外、そんな

ところに潜んでいる。>

▼ これを読んで実行してみたが、何かピンとこない。そこで目の前にあった

 輪ゴムを3重に折って、薬指の第二関節の部分に付けてみた。20分ほどして

立ってみると、気のせいか? 重かった腰が数分の1に軽減したような。

それと動悸が少し高まったような異様な感覚… それもあってか、早朝、雨で

中止したポタリング(チャリ散歩)に、行く気になっていた。 「何なに?」

と思ったらダメ元で左手の薬指に付けてみたら良い。絶大な効果でないとしても、

何かを感じるはず。 〜ネット検索によると〜

古代ギリシアから、左手の 薬指は心臓に直結している指と考えられ、

 「心臓は人の心」とも言われていて、愛情を約束するため、結婚という

 契約のために、左手薬指につける慣わし。】

【自律神経と心臓に関わっているので、この指の第三関節を右手で握って

 揉んで下さい。そうすると明らかに脈拍が下がり、バクバクが落ち着いて

 くるのが分かります。】とある。

「何でまた直に輪ゴムを左手薬指に…」というと、10数年程前、左手の薬指に

紐を絡めた4〜5センチ大のゲルマニウム石を握って寝ていたことがあった。

これをすると熟睡できるため。「何故、輪ゴム?」 「たまたま目の前に

あったため」。 ネット写真検索をすると、左手に5本、同個所に付けたのが

あった。そこで、これを中断、5本の指に付けて30分ほどベッドでヨガの

死者のポーズで横になってみた… 薬指だけの数倍、精気が漲ったような!

 世の中は知らないで満ちている! 晴間をみて、ポタリングにでも

試してみようか。

・・・・・・

5663,『エゴの力』? 〜ドーキング

2016年09月16日(金)

               『エゴの力』石原 慎太郎 (著)

   * ドーキング説について

 『エゴの力』で、直ぐに浮かぶのがドーキング説。ネットで検索をすると、

以下の解説があった。

≪ ドーキングの仮説から導かれる結果が

 「究極の利己主義が利他的行動を生む」と

 「単純で気のいい戦略が進化の上では最も有利である」の2つの結論。

・前者は、人間の生き方にも通ずるように感ずる。賢い人は、他人を助けて

その結果が何倍もの自分の利益(満足感や幸福感も利益と勘定して)となって

戻ってきて幸福になっていく。 自分が不幸になるような利他的行動をする

ことは、世の中にはあまり無いのではないだろうか(不幸の定義にもよるが)。

古人も「情けは人の為ならず。」とことわざに残している。

・一方、単純で気のいい戦略というと、米国を思い浮かべてしまう。

米国は、外部から侵略されひどい目に合わされたという経験が無いため、

国家としては基本的には単純で人がいいようだ。単純で気のいい戦略が

最も生き残る可能性が高いというシミュレーション結果は大変興味深い。

ソ連は崩壊したが、米国は種々の問題を抱え込みながらも、これからも、

ずっと世界最大の一等国であり続けるのではないだろうか。

 ドーキンス説は、ダーウィン説と比べて、個体と遺伝子との優先関係が逆転

している。では、そのことに、どんな意味があるのか?それは、「血縁淘汰説」

との関係から判明する。ダーウィン説は、自然淘汰という発想を用いて、進化

という概念をかなりうまく説明した。しかしながら、この説明に反する現象が

見つかった。それは「利他的行動」である。たとえば、ミツバチリカオン

などでは、「自分の子を育む」という行動をとらず、「他者の子を育む」と

いう行動を取る。これは、「個体は自分の子を残すことが自分の利益になる」

というダーウィン説に反する。こうして、ダーウィン説は矛盾にぶつかった。≫

▼ 学生時代に、『人は利己主義を乗越えることが可能か?』の命題に突き

 当たった。そこで、教養課程のクラス担当の「文学」の教授に、コンパの席

で思いきって聞いてみた。その時の答えが、『一粒の麦は、地に落ちて

死ななければ、一粒のまま。だが、 死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を

愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を 憎む人は、それを保って

永遠の命に至る。」 (ヨハネによる福音書12 ..)の一説を言われた。

そして、『一粒の麦は泣いていたよ!』を加えていた。 私の解釈は、

『自分のエゴを殺せば、多くの命を助けることができる。利己主義は人間の

本質。それを乗越えるには、弛まぬ貢献の努力が必要。』

 最近、知ったのが、高名な文学研究者で、その後、新たに建てられた館に

「野口記念館」と、大学の奨学金に「野口奨学金」とあった。

  〜ネットで『一粒の麦』と検索したところ、

【聖書では「一粒の麦」とはイエスのことを指す。人はなぜ死ぬのか。

あるいは、もっと広く、生き物はなぜ死ぬのか、の問いへの大いなる答えが、

この言葉には秘められている。次の世代へ命をつなげることが、自然の持つ

「強さ」だと。個体が不老不死になると、沈滞が免れない。世代が更新される

一人の中に孤立して持たれている観念や思想はその人が死ねばそれっきりだが、

社会的に共有されていれば、どんどん広がり豊かになっていく、と。要は、

「個」にとらわれることの愚かさ、浅はかさをとがめる言葉だと思うわけ。】

とあった。 フランクルが、死の収容所で経験したことは、究極の状況で、

人のために平気で自分の命を投げ出す人たちの存在。深い信仰と、諦念と、

衝動などが、重なってのことだろうが。

・・・・・・

4933,コトの本質 −3

2014年09月16日(火)

   * 地球システムと、人間圏     『コトの本質』 松井孝典

 10年ほど前、著者の本で、「地球をシステムとして捉る」の新鮮な切口は、

今でも憶えている。人間圏から宇宙、地球、自然をみるだけでなく、宇宙の彼方

から逆照射で地球を見直し、その中の一部としての人間圏、社会、文化文明を

捉える考え方は、秘境ツアーから得た感覚と似ていた。それまで、そういう

見方が、無かったことになる。仏教では、阿弥陀如来の視線が、似ている。

グーグルアースで、ネットで気楽に地球の彼方から星座や、銀河、惑星、

ブラックホールなど、宇宙の彼方まで見ることが可能である。

また、彼方から太陽や地球を見ることができる。  ーその辺りからー

≪ 地球とは何ぞやの本質はシステムにあると思ったときに、人間まで含めて

 考えなければいけないことに気づきました。いまの地球システムを考えて

みれば、人間もその構成要素のひとつに入るはずですから。 というわけで、

この頃から、人間や文明について、学生の頃のように観念的にではなく、

私自身の独自の視点から考えることが始まりました。地球をシステムとして

考える視点から、その中で人間をどうとらえるか発想でき、「人間圏」という

概念が生まれてきました。人間圏という概念を導入すれば、文明論から環境論

から人間論まで何でも語れるじゃないか、ということ。人間圏を思いついた時、

まったく新しい人間論も語れるようになりました。人間圏という概念は、

これまで誰も指摘していません。これも、衝突脱ガス、水蒸気大気とかと同様、

私のオリジナルアイデアです。それは文明論や地球環境問題を語るうえで、

なくてはならない概念です。 ≫

▼ 人間圏をつくりあげ、絶対と考えてきた人類が、ここで、大きな曲り角

 にきている。20世紀まえからの右上がり経済の共同幻想や、西洋文明的進化

が絶対だ、という考えである。今だに〔新成長戦略〕など戯言を政策目標に

しているアベノミクスが、その典型。しかし、アメリカの実質的占領国の

日本は、アメリカとの共同幻想を共にするしかない事情もある。私見だが、

人間圏には、上から? 白人圏、アラブ人圏、東洋人圏、黒人圏があって、

白人が、富の多くを支配している。それ以前に、動物圏も同じ。それが、

あからさまに残っているのがインドで、その根が差別を公認するカースト制。

・・・・・・

4566, 変えてみよう! 記憶とのつきあいかた ー2

2013年09月16日(月)

      「変えてみよう! 記憶とのつきあいかた」高橋 雅延 (著)

  * 経験も、その記憶も、受け止め方ひとつ

 どうも、家庭に引っ込むと単調な日々になる。 好きなことだけが出来る

ため充実感はあるが刺激がない。 で、週一のシネマと、TVの映画、ドラマ

の再放送、プロ野球、録画のボクシング、インターネットブログの日々。

これもいいが、平穏のため、フラッシュバックが多く出てくる。

現役なら、現実の刺激がそんな記憶を瞬時に飛ばしてしまう。が、現在は

それがないこともあって、振り回される。それも一瞬だが。人生の後半になる

ほど、思い出されてくるのが、20歳代のフラッシュバック。封印していた

記憶が次々と出てくる。そんな折、図書館で見つけたのが、この本。

「実は、私たちは不確かな記憶に振り回されている」とある。20歳代は

自立の時節で、卒業、就職、結婚など人生の大きな決断時、そのため記憶が

鮮明になる。30〜40歳代も密度は濃厚だったが、社会的基盤が出来ていた。

それもあり不安定の20歳代の方が新鮮になる。 「社会背景と、時代背景、

家庭に恵まれていたこともあって、私には良い記憶が多く、良い人生だった」

と信じていた。しかし「人間は、嫌な記憶より良い記憶が残すように出来ている」

とすると「私だけが特に良い思い出、良い経験を多く積んできたわけでない」

ことになる。「良いこと一つに、嫌なこと一つ」を、「良いこと二つに、

嫌なこと一つ」に、記憶を修正してきた。これは意識をすれば可能。

やけ酒を飲まないで、祝い酒や楽しい酒なら飲む習慣も、その一つ。

「悲観は感情、楽観は意志」という言葉もある。これも意志で可能である。 

それより、普段から上機嫌でいられる環境をつくっておくことである。 

その点、御隠居は良い。ご隠居の強みに、「嫌なことはしない、好きなこと

だけをする」がある。趣味、道楽の生活を日々心掛けることが御隠居の勤めと

割り切ればよい。しかし年齢を重ねると、病気や老人性鬱など、過去からの

色いろな返り矢が、次から次へと飛んでくる。その結果、何時の間にか、

暗い捻れた老人になっている。「ご覧の通り、そのまま結構」で、

まずは自分を納得させるしかない。

・・・・・

4191, 閑話小題 ーカテゴリーキラー

2012年09月16日(日)

   * カテゴリーキラー

 自民・民主の対立軸の間に、地方の首長が平成の維新と名うって

「日本維新の会」を立ててきた。既存の党に新しい時代の改革が不可能と見た

堺屋太一などの識者などが、大阪市政、大阪府政を建て直した松井府知事、

橋下市長を中央政治の改革に担ぎだしてきたもの。この良さは、既存政治の

しがらみがないこと。流通業界は、こういうのをカテゴリーキラーという。

既存の流通経路とは全く違うバイパスをつくるやり方で、既存の百貨店

と一般小売店という流通経路に対し、スーパー、量販店、コンビニなどを、

これまでと違った立地に新たに出店する方法。さらに最近では、その流通経路

に対し全く新しいカテゴリーキラーが出現。ネット販売である。先日、歯ブラシ

を見に電器チェーン店に行ってきたが、ネットで買えば25パーは安いことを

知ってのこと。そこには若い子連れの家族がいた。私と同じで、そこで商品の

品定めをしているだけ、買うのはネットの様子。今では、多くがスマートフォン

を持ち、その場でネット価格を調べることが可能になっている。店は現物を

みるショーウインドウとして割り切っている。恐ろしい時代である。

それと、酷似しているのが、日本維新の会である。それにしても自民、民主? 

  * 近所の人の突然死

 一昨日のこと。朝の10時前に自宅の数軒先に救急車がきた。一軒おいた所は

5軒の小さなフクロ小路になっていて、家内が言うに、「殆どが80歳以上の

老人の独居暮し」とか。10年前にも誰かが救急車で運ばれていったことがある。

「この暑さ、熱中症で誰かが倒れたのだろう」と気に留めなかった その直後に

家内はスポーツジムに出かけていった。今年は私の家が班長の番もあり、その家

の隣家の人が、その報告に来た。その話によると「一人暮らしの89歳の老女で、

一キロ先に娘夫婦が住んでいて、その娘が亡くなっていた母親を見つけて救急車

をよんだが、故人はTVを見ていた状況で、梗塞だった。昔からいうポックリ

病死である。静かな住宅地で比較的住みやすいところ。その中で、振り返ると、

けっこう、それぞれの家庭事情が垣間見れる。数年前の三条の洪水で東北電力

の御主人が流され亡くなったとか、病気を苦にした自殺をしたとか、旦那が

女をつくり出ていったとか、キリがない。そういう私も去年の春、何で!

・・・・・・

6929,どうだろう、第二次朝鮮戦争は?

2017年09月16日(土)

  * これじゃ、戦争に?

 北朝鮮が国連の制裁決議にかかわらず、再び日本上空を通り越したミサイル

を撃ち込んできた。アメリカ、中国のメンツまるつぶれである。しかし、万一、

第二次朝鮮戦争が勃発すれば、数百万単位の死者が出ることになる。それを

見越した大胆な挑発。悪いことに、アメリカには老い先短い白人第一主義の

トランプが大統領となれば… 。「もし、戦争勃発なら?」と、考えただけ

でも凍り付く思いになる。以下の記事が、もし端的に、その結果を示している。

≪ 米朝軍事衝突が起きたら…「朝鮮半島ほぼ壊滅」 

     元在韓米軍大尉が警告  9/10(日) 7:55配信 産経新聞

ワシントン=黒瀬悦成】北朝鮮と米国との緊張が臨界点に達し、軍事衝突が

起きたとき、何が起きるのか。在韓米軍で対北朝鮮軍事演習のシナリオ策定に

携わったチェタン・ペダッダ退役陸軍大尉は米外交専門誌への寄稿で、

「北朝鮮は間違いなく敗北するが、朝鮮半島の大半が壊滅する」と警告。

  ◆数時間で死者数万人

寄稿で描かれた想定では金正恩体制は国際社会の制裁で危機に陥り、体制の維持

が困難になったと判断した場合、「韓国への奇襲攻撃」で活路を見いだそうとする。

ただ、北朝鮮軍は弾薬や食糧不足などから戦闘能力は「数日間」しか持続せず、

一気に決着をつけようと、最初の数時間で南北非武装地帯周辺や在韓米軍駐屯地、

日本の海空防衛施設にミサイルで集中攻撃をかけてくるとみられる。

北朝鮮は約2500〜3千立方トンのサリンやVXガスなどの化学兵器、炭疽菌など

生物兵器を保有し、これらをミサイルに搭載して米韓の空軍基地や補給ルート

に撃ち込み、米韓の作戦遂行や兵力の移動能力の減衰を図る可能性が高い。

同時に北朝鮮のサイバー部隊121局が米韓の銀行や韓国の送電施設にサイバー

攻撃を展開。停電や通信遮断による社会混乱への対処で米韓軍や警察が人員を

割かれる状況となる。  北朝鮮による攻撃開始から数時間で死者は数万人に達し、

ソウルの大半が灰燼に帰する。数百万人が国内避難民と化すとみられる。

  ◆日米中に大量の難民

在韓米軍は初日で数百〜数千人が犠牲になるが反撃。米軍は日本や豪州、米本土

から増援部隊を数日以内に送り込む一方、航空機や巡航ミサイル非武装地帯

周辺の砲兵部隊や北朝鮮全土の空海軍基地を攻撃。数時間後、北朝鮮の陸海空軍

は事実上壊滅する。しかし、北朝鮮は沖合の潜水艦から特殊部隊を韓国沿岸に

上陸させ、非武装地帯に掘られた地下トンネルを通じて部隊を韓国領内に侵入。

トンネルは1時間に8千人を移動させることが可能とされる。韓国潜伏の北朝鮮

工作員が韓国政府要人暗殺やサボタージュなどのゲリラ戦術も展開。

最後は米韓軍に撃退され金正恩体制も崩壊するが、死者は数十万人に達する

ことが確実視される。中国に難民が流入し、日米は南北から大量の受け入れを

強いられる。朝鮮半島の復興には数十年かかる。これは北朝鮮が核兵器使用に

踏み切らない場合のシナリオで、日本や米西海岸に核弾頭搭載の弾道ミサイル

を撃ち込んだ場合、被害は桁違いに増大する。 ≫

▼ これらからみて、アメリカは現在の中東のシリア、イラク同様に 北朝鮮に

 戦争を仕掛けるとみる方が自然。とすると、現在は、「嵐の前の静けさ」か。

安倍政権、最悪のシナリオを立ててあるのだろうか。

・・・・・・

5298,『自分を超える 5つの法』とは  〜『自分を超える法』ー?

2015年09月16日(水)

             ー『自分を超える法』ピーター・セイジ著ー

  * 法則 3 〜リーダーシップを高める

 ここで、 〜リーダーシップの「3つのカギ」と「5つの柱」〜が提示して

あるが、今から考えてみても納得できる。だが、これは、あくまで起業のケース。

「達成する方法が分かる目標」は目標として小さすぎる〕は、本当である。

パラシュートで、敵地の真只中に飛び降りた時、その対応は出たとこ勝負。

目先の問題を一つずつ解決をしていく、それが起業である。何も知らないで

右往左往しているうちに、解決策が自然と現われ出てくる。崖っぷちに身を

置いてこそ、その知恵が湧き出てくる。リーダーシップも同じ。先頭に立って、

踏んばればこそ、それが発揮できるが、その背後に、十二分の準備が必要だが。

≪ ーリーダーシップを発揮する3つカギー

 ❶「基準を上げる」 ❷「信仰を持つ」 ❸「ビジョンを持つ」

  ーリーダーシップ5つの柱ー

❶ 自分の価値観を知る

❷ 人間関係をマスターする

❸「状況」を変えるのではなく、「意味づけ」を変える

❹ 時間をマスターする

❺ 感情をマスターする  

 〜 法則3の章末の‘まとめ’より

● リーダーシップの有無は、育てたリーダーの数で決まる

● 訓練を欠かさず、「健康」「知性」「感情」「精神」の4つの基準を上げる

●「達成する方法がわかる目標」は目標として小さすぎる

●「自分中心」から「他者中心」の意識が感情面での成長

●「ビジョン」の真髄は、「成長」と「貢献」の中にある

● リーダーシップ能力を高める5つのキーワード

 「価値観」「人間関係」「意味づけ」「時間」「感情」 ≫

 〜ピーター・セージの格言〜より

● 心にとっての唯一の罪とは「自分自身自分自身を否定すること」です。

● 私たちは「意味づけを選ぶ」ことができます。

  できごとが意味を決めるのではありません。どんな状況においても

 「力をつける意味づけを探すこと」があなたを幸福にします

● 組織の責任者としてやるべきことは、「人々が持っている最良のものを

  出させること」で、それは「人々が持っている最良のものを発見させる

  こと」よりなされる

● リーダーシップとは「正しいことを行なう勇気」のことです

● ゴールを設定するときに「達成の仕方がわかっている」とすれば、

  そのゴールは小さすぎます。成長の余地はありません

● その人の人間性を試したければ、「力」を与えよ

● 目標設定する理由は目標達成するためではありません。

 「目標達成できる自分に成長するため」です

●「自分への無条件の愛」が最初にあり、その後「他人への無条件の愛がある」

● すべての中心は「愛」でなければならない

● あなたが何をしても、しなくても、あなたには「愛される価値」がある

 ――

▼ 話は少し逸れるが、「出身地だけは、起業をするな!」という鉄則がある。

 起業の地が新潟駅前で、新幹線で出身地から30分の距離があるが、

地元だったら、間違っても、ここに留まることは出来ないだろうに。

良質な?金融債権以外は、無かったこともあるが。それでも心の傷は深い。

 ー心にとっての唯一の罪とは「自分自身自分自身を否定すること」ー

と、あるが、私は、「せめて自分自身が自分を肯定するしかない」。

ある意味で、私のバイアスで、肯定の意味づけを自身でするしかないし、

せめて自分を、まず自身が愛するしかない。 まずは自分に対する

リーダーシップと、セルフコントロールが必要になる。挫折などといって

いられないのが、実は、一番の状況か。 そこに必要なのが自身の温みになる。

その元の「愛」は、両親から受け継がれる。リーダーシップの元は自身の温み!

2018-09-12 閑話小題 〜「逃げる」ことも前向きである

[] 05:22 閑話小題 〜「逃げる」ことも前向きである - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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   * 「逃げる」ことも前向き!

 なかなか含蓄のある言葉。(特に私には) 今でいう、「断捨離」。

「節目をつくる」を他の言葉に切替えると、「積極的に逃げる」こと。

前もって組込んであるシェルターがあれば、「予定挫折」になる。自分を

追いつめ、崖っぷちで開き直り立向かうこともあれば、危いと思ったら、

逃げることも時に必要である。何かを得ようとしたら、何かを捨てることも

必要。本格的情報化の時代の中、「挑戦」「戦い」「変化」が必要になる。

 

 人生の基本は『孤独』。私たちは、宇宙に浮かぶ微細な一点でしかない。

自分の人生は自分でしか守れない。 そのためには、孤立し、孤独に徹して、

新たな挑戦をし、戦い、変化し続けるしかない。ただ難しいのが逃げ方。

「事前の一策は事後の百策に勝る」の、事前の一策が必要。 人生の目標が

あればこそ、確信を持って逃げることができる。「身を捨ててこそ浮かぶ

瀬もあれ」とは、捨て身になってはじめて活路を見出し、事を成し遂げる

ことができるということ。

 

 負け戦で有名なのが、家康の「三方ヶ原の戦い」。ここで武田信玄に手痛い

敗戦をした家康は、浜松城へと逃げ帰った。 その時、騎乗で脱糞していた。

その際に描かせたというのが、通称「徳川家康三方ヶ原戦役画像」。  

結局は死ぬ身。「逃げたって」「攻めたって」所詮は同じ。逃げてこそ、

次の挑戦の機会が出来ようというもの。 何が悪いかというと、

逃げる準備がないこと! 常に頭に最悪に対する絵図があるか? 

 

 逆も言える、「頭に最善の絵図」を持っているか?

私の最善の絵図の一つが、旅先での感動、至高体験。それが無くて、何が人生。 

至福体験、至高体験の蓄積が強力な磁石となり、そこに引き寄せられる!

・・・・・・

6025,明るく死ぬために ー2、ほどほどの人生で良いのか

2017年09月12日(火)

             ―「明るく死ぬための哲学」中島義道著―

   * 人生、ほどほど上手くいって死んではならない

・「人生、ほどほど上手くいっていた私が何故に?」 6年前の会社清算。

そこに至る直前の3ヶ月前までは、心の底では、思いもしなかったが、現実は

過酷である。 その答えは簡単、「事業を始めたから。一点集中に拘ったため。

バブルの波に乗り膨張、破裂しただけのこと。」 振りかえ見れば、丁度よい

引き時ということか。

・1990年のバブル崩壊は日本にとっての歴史的節目。応仁の乱、戦国時代、

明治維新、太平洋戦争の敗戦と匹敵する事態。 その上、21世紀初っ端の

9・11テロが文明の相剋(ユダヤ・キリストイスラム教徒の争い)の号砲。

現在の中東の動乱で数百万人が欧州に難民として流出。ISによるテロが、

あいも変わらず続いている。同時に、数百年、数千年単位の、世界的大震災の

幕開けが重なっている。

・長岡空襲の廃墟の中、敗戦の5ヶ月後の1946年1月に生を受け、奇跡的経済

成長の環境下、「人生、ほどほど上手くいっていた」が、思いもよらない

「9・11テロ」・「リーマンショック」・「東北大震災」のブラックスワン

到来。で、事業清算。 これらは、私にとって、陰陽の解釈が可能。

それは、「人生、ほどほど上手くいって死んではならない」というサイン?

せっかく頂いた80年の人生。 地球自らが創造した大自然の景観に数多く

触れることも重要だろうが、人類が知り得た真理を掘下げることも必要である。

・<「ほどほど上手くいく人生」は、寝転がってでも得ることが可能。

私たちは、いや私は、この「ほどほど上手くいった人生の虚構」を追い求めて

いたのでは。だから振返ると、全てが可笑しく、馬鹿しい姿が垣間見えてくる。

「人生、ほどほど上手くいって死んではならない」ということは、

「幸福を第一に求めてはならない、真実が第一で、幸福は第二にすべし」

ということ。哲学者なら当然のことだが、一般人は? 幸福第一ですか。

 たとえ話で、「地球散策の帰路の宇宙船内の回顧で、何と想うか」だ。

自己欺瞞がないではないが…

『 実に面白かった! 節目と、どん底。 数知れない旅先の〔至高体験〕。

 更にいうと、〔未知との遭遇〕! 』 

・・・・・・

4562, ポタリ、ポタリ、ポタリかな!

2013年09月12日(木)

 4月〜11月の8ヶ月間、毎朝一時間、4年続けて雨の日以外、合計

一万キロ以上も乗り続ければ、自らをポタリスト(ポタリング=自転車散歩)

と宣言してよいだろう。4年前になるが、「電動アシストのMTB

マウンテンバイク)が、格安で、スポーツチェーン店から通販サイトで

売り出される」という新聞記事を読み買うことにした。そして乗って仰天! 

ママチャリを年に1〜2度しか乗ったことのない私が、その日を境に、

冬季間と雨天以外は、ほぼ毎日12キロは乗っている。 自転車で15分の

距離に信濃川があり、二つの大橋を一周して帰ってくると丁度一時間、

早朝の運動に最適である。ある本に、「江戸時代に舟に車輪をつけた陸舟車

というのが試作されたのが第一号」とあった。さしづめ電動アシスト自転車

を舟とすると、エンジン付きカヌー。手で漕ぐか、脚でペダルを踏むかの違い。 

この自転車に出会うまでは、自宅から300M先にある栖吉川の土手を30年近く

ウォーキングをしてきた。ところが、道路拡張工事で散歩道が数年間も交通

ドメになったタイミングに、電動アシストのMTBを購入。一気に、4キロ

程先の信濃川まで行動パターンが広がった。電動アシストのうえ、MTBの

車種が良かった。 軽くて、小さくて、小回りがきいて、6段変速ギア。 

変速ギアのついたスポーツ自転車も一度も乗ってないうえに電動アシスト。

驚くのは当然である。 東京在住の学生時代のゼミの後輩がカヌーの愛好家で、

数年前、車にカヌーを積んで新潟にきて、阿賀野川河口と、寺泊の浜辺で同乗

させてもらったことがある。それもヨットカヌー。彼の別荘が川口湖にあり、

長年、乗りこなしていた。羨ましいと思ったが、今さら私には無理。 

そこで、スポーツ自転車を陸のカヌーとみたて、電動アシストにすればよい。

早朝、電動アシストの力を借りて、信濃川の土手を飛ばすのも快感。 

乗っていると、自分がいかに軽く小さい存在で、空中遊泳をしているような

感覚になる。現在のものも限界に近づいてきたので、消費税のアップ直前の来春

2〜3月に、もう一台を買う予定にしている。クロスか、折りたたみのMTBか、

電動のついてない10数万の高級車か? それまで半年間の選定が楽しめる。

これを購入すると胸を張って、「古いMTBと、クロスバイクの二台を持って

いるポタリスト」と宣言ができる。車やオートバイで高級車といえば数百万だが、

自転車では、30〜50万も出せば超高級車、十数万なら高級車になる。

ーブログ内の検索で、以下のような文章があったが、時間の経過とともに

内容が濃くなっている。一つのキーワードで検索で過去分を拾うと、

書き遺した価値が味わえる。肌で風を切ると、頭が冴えてくるのも良い。

 低空の飛行艇のようにも・・・ 少しオーバーか!

・・・・・・

2013/07/29

スポーツ自転車の勧め! ー4               

   * マウンテンバイク    「自転車で痩せた人」高千穂 遙(著)

 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。 舗装されてない山道などを

走るため、特徴は丈夫かつ軽快さである。ただ値段の安さに惹かれ買ったが、

私の毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。

  ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー

《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の

 マリン郡で、ヒッピー達がビーチクルーザーや実用車などに太いタイヤをつけ、

急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。同時期に

カリフォルニアでも同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、

一つのジャンルの大量生産で一般に広がっていった。MTBの定義は、

【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の

乗用に対応して、軽量化並びに耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等

の向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、用途に

よって様々な形態が存在する。】である 》

▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。

 それとママチャリと同じく、普段の生活でも使えるマルチのところがよい。

親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場では、

丈夫でない見た目だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家は「モドキ」

とか「ルック車」などと呼んでいて、良いイメージはない。その見分けは

デザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのもある。

私のようなスポーツ車初心者に向き。 まずは軽く小回りがきき、乗りこなし

スムースが入口になる。 次は、クロスバイクにするつもりだが、折畳み式

も捨てがたい。スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな

生活の中で、これはソロで出来る手軽な趣味になる。 早朝に加えて午後から

ポタリングの習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に

使うことも考えてよい。趣味としてポタリングにするとなると、違った切り口

が出来てくる。それより、まず事故に気をつけなくては。これまで色々なMTB

を見て、デザインが違うとしか思ってなかったが、実は、使用目的が違っていた。

――

スポーツ自転車の勧め! ー3 ー2 ー1は、

字数制限でカット(バードウォッチにコピー)          

・・・・・・

2013/06/25

電動アシスト自転車に乗って、はや4年

 電動アシスト自転車を乗って3年8ヶ月になる。ーまずは、その時の文章より 

   ー3131,期待どおりの電動自転車 2009年10月31日(土) 

≪ 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗した。

 自宅は長岡駅裏から徒歩10分にあるが、長岡駅前から歩いて20分のところ

にある大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところのジャスコに15分、

ユニ系SCのアピタまでは20分。そして、その先にある長岡大橋から駅前近く

まで戻って、家に着いたのが50分後。万歩計をみると2500歩になっていた。

50分というと5500歩になるから、半分近くになる。疲れは、ウォーキング

と同じぐらい。 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。

一日一万歩を目指しているので、自転車にはほとんど乗ることはなかった。

そのためスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの

自転車を乗った驚きは大きい。一対二のアシストというと、人が一の動力を

かけると二倍の加速がかかる。自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要する

が、その時にペダルに力が二倍加わるのは、何か異様な感がする。

コースは線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、

大きな橋までの登り坂とか、起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの

道路でペダルをまわす時の加速も三分の一で済むのだから、非常に楽である。

 ところで、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた

長男が「すぐに、盗まれるよ!」というのも分かる。小型のためボックスカー

に、簡単に乗せる事が可能だからである。一年ほど前に、家内に電動自転車を

買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。あと

数年先がよいと思うよ」といって、買うのを止めた経緯もあった。

スーパーや、駅前などは当分は置けないが、その時はその時。≫

▼ これを書いた翌日から25年続けていた早朝ウォーキングを、ポタリング

(ミニサイクリング)に切り替えた。同じ一時間で、コースは東バイパスから、

長岡大橋を渡って、日赤前の土手を通って、大手大橋から、土手を走り、

長岡大橋に戻り、同じコースを逆コースで帰ってくる。 冬期間(12〜3月)

と雨天を除くと、ほぼ毎日、乗っている。大よそ、年に200日として7百回以上、

一日、14キロで1万キロ、地球を半周も走ったことになる。 スポーツチェーン

のネット販売で59800円で買ったが、中国産だが私にとって大当たり。

現在は値下げで49800円。もうボロボロだが、何とかあと一年使って買換える

つもり。まず故障するのはブレーキと、蓄電池周りの固定器具。

 パンクは三月に一度ぐらい。来年には、一ランク上のナショナルのものを

買うつもりだが・・ 自転車には、シティ、クロス、ロード、マウンテンタイプ

などがある。 私のは車輪の小さなマウンテンタイプ。来年の購入予定は

ナショナルのクロスタイプのもの、どうなることやら。iPodで音楽を聴き

ながらの早朝サイクリングは良い。雨が降ると溜息が出るほど。

最近の週末は天気の具合をみて、昼も同じコースを走っている。

・・・・・・

2013/03/27

閑話小題 −つれづれに

 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど散歩する姿

はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さを凌いでいるが、

日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。 毎日15キロ、

一年200日として三千キロ。三年間で9千キロ走ったことになるが、自転車は

ボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電で二日持ったが、劣化で

一日が限度。この買換は一年後の予定?だが、持つか?  あと一年で4年で

一万二千キロ、地球の4分の1周を走ったことになるのだから良しとするか。

 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの脇の

花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根を

そば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ 

メスからの求愛である。これで春の訪れを知るとは・・・

・・・・・・

2012/08/21

つれづれに

   * 大手大橋にて

 先週土曜日の早朝、何時ものようにポタリング(ミニ・サイクリング)の

大手大橋で、ヒキチャリをしながら歩いていると、後ろから声をかけたれた。

車椅子に乗った隻手の男性で、恐らく交通事故で右腕を根元から切断、下半身

麻痺で自走式車椅子。私の電動アシスト自転車に興味を持ち声をかけてきた。

電動アシスト自転車が如何に良いか説明すると、自分の車椅子が電動切替え式で、

背後に電動モーターがついていて時速6キロという。何度か薄暗い中、かなりの

スピードで走っているのを見たことがあった。人それぞれの運命と人生がある。 

ところが昨日の朝、いつものコースの信濃川の土手を走行していると、

屋根つきの休憩所で30歳前後の男女二人が、その電動の車椅子を畳んでいた。

本人は不在で、まさか聞く訳もいかないし、そのまま遣りすごしたが。

その前に何か(熱中症とか?) あったのだろう。ポタリングを始めて4年目

になるが、続けていると色いろある。そういえば、雀が少なくなった。

去年の大雨で河川敷の雑草地に水が使ったせいだろうか。

燕も少なくなった。多いのはカラスだけ。 

・・・・・・

2012/06/15

閑話小題 

  * 自転車のパンク

 4〜11月まで八ヶ月間、毎朝一時間もポタリングをしていると、

年に二回はパンクをする。たまたま土砂降りの時にパンクをし、ズブ濡れで

自転車を引いて帰って来たこともある。それも付きものと割り切っている。

一回のパンクの修理代が千〜千二百円で、店によって違う。昨日もパンクを

したので近くの自転車屋で修理をした。世間話に、市内の自転車屋の数を

聞いたところ、「百軒あった店が今では三十軒になってしまった。4kのため

次世代が店を継ぎたがらない」という。店売りの自転車はHCや、スーパー

大量販売するため、価格競争に負け、修理だけとか。パンクの修理時間は平均、

20分。それで千二百円は悪くないが、私の見立てでは一日4〜5人。

奥さんがパートなら兼業商家なら何とか?

・・・・・・

2012/04/14

閑話小題

  * ポタリングを再開

 早朝のミニ・サイクリング(ポタリング)を再開した。冬期間を除いた

4月〜11月の間、一時間かけ信濃川の二つの大橋を一周する。6時過ぎから

7時過ぎにかけての時間帯だが、何とも清々しい。電動アシスト自転車の効能で、

午後の二時間のスポーツジムを加えると、三時間も運動している。平坦な習慣の

組み合わせのためかアッという間に一週間が経ってしまう。電動アシスト自転車

の使用目安を5年と決めているので、半分使え終えたことになる。電動自転車は、

お薦めである。手段(自転車)が、目的(朝の運動)を変えてしまう

(ウォーキングからポタリングへ)典型的事例になる。これからはスマート

フォンとタブレットPCの普及が、ビジネスや生活パターンを根こそぎ

変え始めているが、手段の進化は、人間生活を間違いなく良くしてくれる。

・・・・・・

2011/11/08

閑話小題 ー自転車からの風景

  * 焼鳥屋、鳥梅

 私の幼稚園の頃の、一番初めの友達が、近くの焼き鳥屋の息子であった。

幼稚園の一年間と、小学校の二年の三年間である。ある日の午後、そこに

遊びに行くと、今から思うと焼鳥の串さしの仕込みを、御父さんがしていた。

子供なりに、仕事の場には近づいてはならないことは知っていた。

ところが手招きをして、その一本の焼き鳥を差し出してくれた。そして、

食べて驚いた。その美味いこと。ガムのようで噛んでも噛んでも、噛み切れ

ないが、その味わいと香りは、今でも強烈な記憶として残っている。その後、

成人になって長岡にUターンをしてから1〜2度、飲みにいったことがある。

私の幼馴染は何があったか分からないが、店から引退し、姉さんと、奥さんが

店に出ていた。その店の前を二月ほど前に早朝のポタリングの帰りに通ったら、

店の看板が無くなっていた。そこで、姉さんらしき女性が、店の前で掃き掃除

をしていた。そこで、長岡の夜の博士と自認している?人に聞いてみたところ、

「この春に閉店したが、その閉店の日に行ってきた。姉さんも高齢と不景気

で止め時と言っていた」という。それにしても、幼稚園時代の記憶の原点の

一つの店が閉店とは、時代の変わり目である。

・・・・・・

3777, ポタリング

2011年07月29日(金)

  最近、面白い言葉ーポタリングを知った。 −ネット辞書によるとー

【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光名所

 などに自転車を用いる「散歩」的なサイクリングをいう。 散走とも言う。

サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】

 中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、チト

違うようだ。毎朝、ウォーキング代わりに、信濃川まで一時間、自転車で散走

をしているが、サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリング

という言葉があった。「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。

自転車は野球帽を少し深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。

また電動アシストなら、エネルギーは普通の自転車の三分一か、五分一で済む。

 近くのSCや図書館に気楽にいけるのも良い。この御陰で生活が一変した。 

イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、目的は自転車に

乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行を

する場合につかう。 東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの

場所に行くことが出来る。 現在、早朝の信濃川のポタリングが主だが、

今度は午後などに折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングする

のも面白そう。そうこう考えると、周囲に面白いことは、山ほどある。

ただ気づいていないだけである。ベストの敵はベターというが、その通り。

それにしても「ポタリング」という語感がよい。 これから少し与太るで、

「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。陰鬱の時、少し与太らないと

やってられない。 でも、自重の時期である。で、自転車でヨタルしかないか。

 少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、安い折りたたみでも買うか? 

でも、車で一時間で何処かあるのか考えると?

2018-09-11 心に残った言葉 〜とにかく全部書け! 〜2

[] 10:14 心に残った言葉 〜とにかく全部書け! 〜2 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180911101402j:image

  * とにかく「毎日書き続けろ」!

 「いま、ここ、わたし」は、過去、現在、未来も同じく永遠に垂直に立ち上がる。

一テーマを書き続けた後、5年、10年、15年後に読返すと、何気なく書いた内容が、

読返す度に違った視点に変化する。何もかもを書きだすプラス、マイナス面がある。

22歳から24歳にかけての具体的日常の細事の記録こそ、半世紀を超えた魂の宝。

 人生の変り目の感情と理性そのままの心象風景の記録は、現在の自分の心底で

共鳴する一番の話し相手。例えば「1968年10月」「青雲寮」の検索で、当時を呼び

出し可能になる。 この随想日記は、「とにかく一テーマの自分で納得する文章を

書きつづける!」が、目標。旅行中は、身近な人に頼んで、書き下ろしていたのを、

コピペをしてもらって凌いでいた。「とにかく毎日書きつづけろ!」 

全部じゃないとしても!

以下の文章は、16年前に書いた、50年前の日記の内容。具体的メンバーの名前と、

一日の記録が記されているにすぎないが、私にとって銀色に輝く青春の魂の記録。

しかし、もっともっと具体的な心象の全てを書いておけば良かった。

その中でも、比較的に具体な一日の描写があった。当時の非日常のため、詳細な

記録になったのだろう。 書きのこしてないと、忘却の彼方に消えていたはず。

――――

< 2002/10/27

 ある時間の断片ー7 

          1968年   9月21日

9時起床。11時に図書館に行く。

13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。

そして八王子のセミナーハウスへ。何人かの自家用車に分乗して、

近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウス。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。

メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。

宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。 …石川譲治と同室。

それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入った感覚。

空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。

課題は「遊び」。

「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」

「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」

私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び

ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。

何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、

武澤先生がこられる。

その後夜半の12時半に寝る。

―――

ー感想ー

日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。

背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中

でもあった。歌ももう二度とこういう時期は来ないというほど名曲が

生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。

夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋

に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という

禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、

また新しい世界への旅たちの直前であった。

この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。

いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でも合った。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。

そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が

付いてなかった。寮にゼミに教授クラブに友人に恵まれていた。

赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を

する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、

戦略的思考をする事など数えればきりがない。

人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。

馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。

ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、

あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。

友人が吹き付けるようによってきて一人になれないのが悩みでもあった。

あの孤独の都会生活で最後には友人が吹き付けるように集まったのは

本当に良い青春の財産だ。 >

▼ 孤老化している使用後の現在と、雲泥の差があるが、当時は当時。

 「未来とは、今である」 当時の、日記を読み、毎日、17年分の

 テーマ日記の幾つかを再読するにつけ、とにかく、毎日、書きつづけて

きて良かったと実感する。他のノートもあり、こっそりと胸の内を書いては

いるが、やはり、公開を前提にして書上げる内容が違ってくる。その方が、

偽善の内容になっていくところが絶妙である。公開すると、それが即、

見抜かれるため、シリアスかつ、露悪に成りざるを得ないのである。

エゴまるだしの「このバカが!」と思われてこそ、面白い筋立てになる。 

・・・・・・

5658,『エゴの力』? 〜総論

2016年09月11日(日)

          『エゴの力』石原 慎太郎 (著)

   * 『エゴの力』? 〜総論

 「エゴ」といえば、日本人にはマイナーな印象だが、包丁と同じで、使い方

次第でプラスにもマイナスにもなる。綺麗ごとで人生を切り開けない。

「健全なエゴを如何に内に育てる必要性」を著者は説く。江戸幕府は士農工商

身分制度の中で、エゴを抑えることが美徳とされた。考えないこと、他人と

同じであることが、第一とされていた。<エゴイスト>は、社会から抹殺される

環境にあった。  =アマゾンの内容紹介=

《 織田信長もイチローもヘミングウェイも…成功する人物はみんな真っ当な

“ジコチュー" 「怯むな」「おもねるな」「諦めるな」悔いのない人生を送る

 ための新たなバイブル!【人生を決めるのは神でも仏でもない。己の感性だ】

・思いつきが報いられる組織は伸びる ・織田信長こそ完璧な自己中心主義者

・感性を磨きたければ趣味を持て ・強固な自我で老いと向き合う名選手たち

・恋心というエゴの恐ろしさ ・浪費こそが最大の貯金

・日本という国の「エゴの資質」 etc…

恋愛、結婚、進学、就職、転職、起業…人は人生の岐路で悩んだ時、第三者の

助言やマニュアルを頼ろうとするが、結局何を選択するかを決めるのは自分自身

その人の「エゴ」である。つまり、失敗しない人生を送るには強くて健全なエゴ

を育てるしかない。博覧強記の著者が古今東西の文献、偉人の足跡からその人物

のエゴが光り輝いた感動的瞬間を蒐集。人生の定理とともにエゴという力の

蓄え方がよく分かる画期的自己啓発エッセイ

▼ 私の身近にも、「エゴの塊」のような人がいる。エゴイストほど、それを

 オブラートに巧妙に包む知恵がある。エゴとは、その人の感性というが、

理性ー>悟性ー>感性の三重構造のベースを、自ら明確にしておくべきである。

個性は、この三重構造のベースそのものと言える。創業、起業は、「エゴイスト

に徹しなければならない。そのカエリ矢が、今になって次から次へと、突き

刺さってくる。だから、日々が面白いのも事実。極限を超えようとする時に、

エゴが顔を出してくるのは、誰もが経験すること。エゴを蔑む人は、極限に

立ったことの無い人だ。俗にいう、「世間様たち」「行動範囲数十mの人たち」。

家内に言わせると、そういう人が実に多いらしい。 ジムと近所のSM以外、

何処にも行きたがらない人たち。 そういえば、最近の私も似たようなものか。

・・・・・・

4928,パワレルな知性 ー6

2014年09月11日(木)

     * 人間の持つ二重性    『パワレルな知性』鷲田清一

 「ひとりの人を理解するまでには、少なくとも1トンの塩をいっしょに

舐めなければならない。」と、須賀敦子に諭したイタリア人の姑の言葉が、

古典や人とのつき合い方についての根本を示している。人間は、40億年の

生命の進化の歴史を背景に持つ複雑怪奇な生きもの。自分の中にある

グレーソーンに多くの何かが隠されている。 ーその辺りからー

≪ ・・白黒つけられないこと、グレイゾーンにあることこそ、じつは大きな

 意味をもっているのではないかとおもってきた。「噛みきれない想い」を

抹消しないこと、それが思考の次のステップの火床になるのではないか、と。

そのことを日常のさまざまな局面で確かめてみたかった。わたしは子どもの

頃から、物ごとを見るとき、表面上の意味とは反対の意味を背後に透かし

見る癖があった。その癖の源となったのは、幼少期のある体験である。

 わたしは、京都の下京区という下町の生まれである。お寺が多く。

そこを通り抜けると島原という花街があるという土地柄で、わたしは子ども

のころ、若い修行僧や芸妓さんとよく道ですれ違った。修行僧は冬でも裸足

に草履履で、服装もきわめて簡素で、逆に、芸妓さんはきらびやかなきもので

着飾っていた。子どものころのわたしは、「お坊さんは寒いのに可哀相やなあ」

とおもい、「芸妓さんは優雅やなあ。おいしいもの食べ、きれいなきもの着て」

とおもったものだ。 しかしその後、そうした表面的な印象とは逆の面が

見えた出来事があった。

・一つは、祖母から「お寺さんは貧相な格好に見えるけど、わたしらが知らん

 『浄土』という、この世にはない幸福を知ってはるんよ」と言われたこと。

・もう一つは、芸妓さんがお座敷に出る前に地味な洋服姿で銭湯に行き、

 帰り道にお宮に参って「早う故郷に帰れますように」と祈っている姿を

 見たことである。

貧相の極みに見えた修行僧の心にはこの世ならぬ幸福があり、豪奢の極みに

見えた芸妓さんの心には寂しく哀しい想いがあった。わたしはそのことを

知って、「物ごとって、見た目だけやないんやなあ。わからんもんやなあ」

と、世の中に対する見方が少し変わった気がした。わたしが哲学の道

進んだのも、子どものころから身についた‘物ごとの裏側を見透かす癖'

が遠因となったのかもしれない。・・・ ≫

▼ 実家が衣料小売商をしていて、4階建ビルの3Fに4〜10歳まで育った

 ため、日常が戦場真只中! その上に両親を含めた10人家族と、住込み

従業員が4Fと2Fに同居していた。更に猫と、猿と、犬が、同居とくれば、

まさしく小説の世界。そこで、子供ながらに、様々な不条理の場面を見てきた。

子供でも、裏と表が分かるのである。そこでは、まずは自分を自分自身で守る

しかなかった。その中で姉たちは、成績優良だったから、いま考えると不思議。

その末っ子となれば、「沈黙こそが金」を身につけざるを得なかった。

全てがグレーゾーンで、裏も表も、斜めも、底もある生々しい世界で、娑婆

そのもの。それが、その後の社会経験の中で、危険な場面を乗越えるノウハウ

になっていた。 直感的リスク管理が、幼児時代に身についていたことになる。

人間科学を学び続けて知ったことは、『人間の持つ多重性』である。 

幼児、少年時代の、この体験の上に、学生時代の寮生活と、武澤ゼミの

ケーススタディ」が加わっていた。今回の節目の一連の構えを備えていた

のも、それらの蓄積があればこそ。人間の持つ多重性の奥底を知ればこそ。 

で、この結果、この様だから、何を言わんか。それにしても、見え過ぎるのも、

面白い反面…?奇妙なもの!

 後記)ところで、読み返してみたところ、私の内容の方が中味が濃い? 

    いや、丁度よい? 悪い?

・・・・・・

6024,明るく死ぬために 〜1、まずは内容紹介から

2017年09月11日(月)

        『明るく死ぬための哲学』中島義道 (著)

 この春に出たばかりの、中島の本。「どうせ死んでしまう」と、死に対して

異常なほど恐れ慄き、逆に直視して、どこまでも堀下げている。死のイメージ

は暗く、絶望に満ちている。あれだけ気丈の人が、目先に余命を告げられると、

その恐怖に、恐れ慄く。数十年、いや、一生かけて自問自答して、自分自身

土台を構築をしておくべき問題である。「人間は死なない。なぜなら自分が

死ぬことを見ることができないから」というエピクロスの言葉が実に納得できる。

 成るほど、70歳を過ぎると、後方から前方に回って近づいてくるというが…

  ー内容紹介ー

 私が住んでいる世界、私が見ている世界は「このようにある」のではない。

客観的世界のあり方と、「私がある」というあり方はまったく異なるのだ。

「私がある」とは、私がこの世界には属さないということである。

では私が死ぬ、とは果たしてどういうことなのか?

私が死ぬとき、私は新しい〈いま〉に直面する――。

子どものころから死とは何かを問い続けてきたカント哲学者が、

古希を迎えて改めて大難題に挑んだ哲学的思索。

 はじめに

1章:古希を迎えて

2章:世界は実在しない

3章:不在としての私

4章:私が死ぬということ

  =Amazonビュアーより=

《 中島哲学に最も共感を覚えるのは、それが死を ―とりわけ「私の死」を―

 モティベーションとしている点である。「哲学の最大問題は死である」という

中島の言葉には全く同感であるし、ともすればタブーになりがちな死を真正面

から論じているのは哲学だけであろう。「死がなければ哲学もなかった」と

ショーペンハウアーも言っている。

 一般常識によれば死とは「世界から私が消滅し、私の死後も世界は存続する」

ことを意味する。しかし中島はその残酷さに耐えられなかった。そして二つの

突破口を見出す。

・一つ。世界はそもそも実在しない。よって私が死んでも私は何も失わない。

・もう一つ。私はそもそも実在しない。実在しない私が消滅することに意味はない。

 中島は自分が消滅して世界が存続するよりも、自分の死とともに世界が消滅

する方がまだ救われるというようなことを言っている。しかし自分は全くそうは

思わない。どうせ自分が消滅するなら、むしろ世界は存続してほしいと思う。

そのせいもあるのか「世界は実在しない」という中島の一方の戦略は、それが

正しいか否かは別にして、少くとも自分にとって死の解毒剤とはなりえなかった。

 むしろもう一方の「私は実在しない」という戦略の方が、自分にとっては

はるかに有効だと思われた。もっとも「私は実在しない」という議論自体は、

それほど目新しいものではない。サルトルは対自存在としての私を「無」として

定義したし、永井均の自我論もとどのつまりは<私>を身体や記憶とは無関係な

「世界の原点」として位置づけている。ドーナツの穴はドーナツを食べても

何一つ傷つかない。 しかしながらもう一つ、中島の指摘していない突破口が

あるような気がする。それは「私にとって死は実在しない」というものである。

 死は必ず他人に訪れる。私が死ぬとき、私はもうそこにはいない。エピクロス

が言うように「死があるときわれわれはなく、われわれがあるとき死はない。

よって死とわれわれのあいだにはいかなる関係も成り立たない」。

私と死はあくまでも無関係にとどまる。そもそも私が死ぬことは証明されていない。

未来は常に不確定であり、私と他人はあくまでも別人である。しかるに今まで

死ななかった他人が一人もいないという過去が、私の死という幻想を未来に描き

出す。死の絶対的確実性は、過去と未来の同一視、他人と自分の同一視という、

実は何の根拠もない二つの倒錯に由来する。 その倒錯は、おそらくは言語に

よってもたらされた(この点では中島と一致する)。死は言語というプログラム

において不可避的に発生したバグである。死が誕生した経緯をひもとけば、

それが幻想に過ぎないことが分かるかも知れない。もっとも分かったところで、

それを消すことはできない。死を忘れるということは、人間であることをやめる

ということだ(それでも死を忘れることができれば、人生はどんなに明るく

楽しくなることだろう)。

――――

▼ これまで、挫折し、打砕かれた時、〔どうせ、死んで無に帰すのだから〕と、

 解毒剤にしてきたが、解毒剤そのものが、激痛の元になる? 平均80数年の地球

滞在が終盤に至ろうとする現在、「世界は世界として、ありのままにいて欲しい」

というのも、観念でしかない。「そこそこの人生なら、その真逆の人生が良い」

と、死は教えてくれる? それを信じて疑ったことにない私に、最後の最後に、

『神が教えてくださった!』 何を?『ほどほどの人生は、ほどほどにしろ』と。

・・・・・・

5293,「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー?

2015年09月11日(金)

      ー私は「言葉」を諦めないー(新潮45/5月号)

            〜心肺停止になって考えたこと! 中村うさぎ

   * 自分とはいったい何者なのか?

 世間を馬鹿にしているところが、いやに同調できる。『閑』という字が

ある。門の中に木がある状態、その木を己とすると、『独』の状態。

それを自分の中で守ってこそ、自分と他者との分別が可能になる。それが、

出来てない、他人志向的傾向の強い人たちを世間様と定義つけている。

 大方八割?の、世間にまみれた人たちに揉まれ、そこで、己とは何者なのか

を自覚するのは、並大抵でない。世間を見下しながら、そこに依存をするしか

ない己の心情を、以下で明晰に表現している。 〜その辺りから抜粋

≪ 自分もまた俗世間を馬鹿にしており、誰よりも高みにいる気でいたわけだ。

 なのに、そんな自分が世間から排除されたことにこれほどまでに傷つくとは!

私のこれまでの世間への侮蔑は単なるポーズに過ぎなかったのか? それとも、

私が世間を拒絶するのはいいが、世間が私を拒絶するのは許せない、と、

そういう理屈なのであろうか? 

 おそらく、そういうことなのだろう。 私のとどまるところを知らぬ

ナルシシズムは、自分を高い高い場所に押し上げ、超然と世間を見下ろして

いるつもりだった。なのに、その下々の世間から「おまえなんかいらない」

と言われたことで、私は激しい屈辱感を味わい、同時に、自分がずっと見下して

きた世間からの評価をいかに必要としていたか、強烈な痛みとともに思い知った

のである。これほどまでに尊大にして卑屈な人間を、私は他に知らない。

私は己の愚かさに呆れ果てているが、それは自己卑下と-か謙遜とかいった

ものとはまったく別の次元のものだ。

 私はいったい何者なのだろう。この問いに、またもや私は立ち返る。

何度も自分に問いかけ、一度も答えを得られなかった問いだ。これからも

たぶん、答えなんか見つからないに違いない。その答えを見つけるには、

私はあまりに己を知らな過ぎるのだ。 私は何者なのかを突き止めることが

私の人生の大命題なのだとしたら、これはもうきわめてパーソナルなテーマ

であるから、世間から承認されたり評価されたりする類のものではあるまい。

 私がその答えを見つけたとしても、誰の役にも立たないからだ。

 ならば、私は世間から排除されようが拒絶されようが痛くもかゆくもない、

ということになる。人がどう思おうと、私は自分のテーマを変えるつもり

はない。私は私にしか興味がないのだ。

 そんなふうに考えたら、なんだかちょっと気が楽になってきた。

おそらくこれからも私は態度を改めることなく、世間を馬鹿にし続ける

だろうし、そんな世間から許しをえたいとも思わないからだ。

世間が私を必要としなくても、私が私を必要としている限り、私は私の

ために生き続ける。それがどんなに傲慢なことかわかったうえで、あえて

そういう生き方を選択する。

 このように私が世間と隔絶した場所で生きようとすることと、私が本気の

言葉を諦めずに人々に投げかけ続けることは矛盾しているように思われるかも

しれない。が、私が言葉を投げかける相手は、決して「世間」ではない。

 私が言葉を届けたいのは、わざわざお金を払ってまで私の文章を読んで

くれる人々だ。その人たちの心に何かが届けばもうそれ以上は望むまい。

私はずっと「私とは何者なのか」という問題に拘泥し続け、その答えを得る

ためになりふり構わず生きてきた。「私」を解析することで、広く「人間」

というものの核心に迫れるのではないかと思ったからである。

 私は「人間」を知りたかったのだ。 私とは何かという問いから始まって、

人間とは何かを突き止めたかった。・・・ ≫

▼ 現在の、私の心情に、重なる部分が多い。数十万人?に向けて書く

 内容だから力が入りようが自然と違ってくるのだろうが、この湧き出て

くる力は、心拍停止から蘇った経験があればこそ。そう、4年前の一連の

出来事が、『脱皮』だったことを、彼女の脱皮した文章から、自覚した。

 『脱皮』といえば、51歳の時、母親を見送って、さて如何するか?

と考えたとき、還暦までに、死ぬまでの大よそ30年分のしたい事を

可能な限り、やり尽くすと決めた。 その時も『脱皮』であった。

だから8割?の有象無象を無視できる! 人生、良いように出来ている。

・・・・・・

4561, 2050年の世界 ー4

2013年09月11日(水)

         「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 

                  英『エコノミスト』編集部 (著) 

本書は(第一部:人間とその相互作用)(第二部:環境、信仰、政府)

(第三部:経済とビジネス

(第四部:知識と科学)それぞれ5章の合計20章から成る。

人間、宗教と政治、経済、知識と科学の、4つ括り。

次回からは後半ほど面白いため、20項目の一番最後から????と

逆向きに取り上げる。 ーまず目次からー

  (第一部:人間とその相互作用) 

? 人口の配当を受ける成長地域はここだ ? 人間の病気の将来

? 経済成長がもたらす女性の機会  ? ソーシャル・ネットワークの可能性

? 言語と文化の未来

 (第二部:環境、信仰、政府)

? 宗教はゆっくりと後退する     ? 地球は本当に温暖化するか

? 弱者が強者となる戦争の未来    ? おぼつかない自由の足取り

? 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか

 (第三部:経済とビジネス

? 新興市場の時代      ? グローバリゼーションとアジアの世紀

? 貧富の格差は収斂していく ? 現実となるシュンペンターの理論

? バブルと景気循環のサイクル

 (第四部:知識と科学)

? 次なる科学        ? 苦難を越え宇宙に進路を

? 情報技術はどこまで進歩するか  ? 距離は死に、位置が重要になる

? 予言はなぜ当たらないのか

▼ これを見ていると、人口の推計以外、どれもこれも、この程度ではない?と。

 日本一つ取り上げてみても、40年前の1973年は高度経済成長の真っ只中、

石油ショックで茫然自失。12年後にバブルが発生、5年後にバブル崩壊。

そして、失われた20年を経て、リーマンショックと東北大震災。現在は

1000兆円の借金を抱えている。明らかに10年後は国家破綻国の可能性が大。

まして、40年後は・・・ それでも、叩き台として想定するのは必要である。

最終章の「予言はなぜ当たらないのか?」の答えは、「土台無理のテーマ」。

情報化によるグローバル化で、世界が平準化していく結果は、誰も想定出来ない。

・・・・・・

4186, 閑話小題 ーヨーカ堂の正社員削減

2012年09月11日(火)

   * オスプレーを一番必要としているのは日本じゃないかい?

 政府がトラフ地震の被害情報を発表してから、次の大震災に対しての被害想定

が表立ってきた。道路が寸断された災害地に対する緊急の救済にヘリコプター

が一番有効に働くが、短距離しか有効に働かない。問題は中距離からの輸送。

そうオスプレーのような中距離の大量空輸が可能な緊急輸送手段こそ必要になる。

被害地の近くに飛行場は無いのである。問題は数千、数万の命に関わる問題、

危ないとかいっている場合でない。尖閣列島などの領土問題でもしかり。

もし戦闘になった時に最も必要になるのは中距離輸送。 オスプレーの着陸は、

別に住宅密集地にする必要がない、問題はコース。ヘリ機能はコースを如何

ようにも変えられる。こういう意見は、この国では口に出せない。

出せば袋叩きになる。何かがおかしい!

   * ヨーカ堂の正社員削減

 ヨーカ堂が現在の正社員8600人を4,000以上削減すると発表し、

パート比率を90%に引き上げるという。それだけ、経営状況が悪化している

ということだ。 ヨーカ堂グループは、セブンイレブンを持っているので、

グループとしての経営体質は良いが、その発生の元のGMSの業態のヨーカ堂店舗

を多く抱えている。それが正社員比率を一割まで減らすというから驚き。 

店舗も一割削減するため均衡縮小になる。情報機器が高度化しているため、

それほど店舗レベルの質の低下は避けられるのだろう。

地元の長岡駅前のヨーカ堂は、私と家内の目からみて死に体の店。

ファッション、雑貨に買いたくなる商品が皆無。

そういうこと!

2018-09-07 閑話小題 〜野良ネコの話

[] 07:36 閑話小題 〜野良ネコの話 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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 最近のテーマで < 〜何やってんのか!〜 3日間×160人に対し、

老人一人×20分>をテーマにした。そこで何故、子供が、あのボランティアの

老人にだけ反応したのだろうか?の疑問が頭によぎった。幼児は捜索隊の犬に

怖れたが、野良猫には安心したのである。何故に? そう老人の終いの生甲斐

のボランティアの積重ねからくる人間の温みを直感したのでは? と。

野良猫といえば20年程前の記事を思いだした。

< 千葉駅前の伝説の猫 〜駅前で通勤の人たちの誰にでも愛されていた

 伝説の猫の話。人好きで、誰にも擦り寄っていき、旧知のように愛されて

いた猫。> ただそれだけの話だが、何故か頭に残っている。猫と人間の間

には、何万年か、数千年の付き合いがある。 ネズミを捕るからである。

犬が外敵の番犬なら、猫は家内のネズミを駆除する役目と愛玩。

過って幾つかのテーマを書いてはずと、HP内検索をすると、やはりあった。

 昼は従順な雄犬に、夜は奔放な雌猫のようなのが多く居る!

 

  〜 その幾つかから面白そうな順に… 〜

――

2011/07/04

野良猫の話

 ゼネコンは慢性供給過剰状態が30年以上続いている。 

某ゼネコンの担当で、4棟を一緒に手がけたMさんから聞いた話だが、

その本社の営業会議で上司が営業の不甲斐なさを責め立てるに、

「野良猫でさえ自分の餌は探してくる。それさえ出来ないのは野良猫以下だ!

と、罵倒されてきた」と、愚痴を聞かされたことがあった。

その時、「この人は何も分かってない、野良猫は都会の中、野生の本能を

使って食扶持を探している。生き馬の目を抜くゼネコンの営業は、とことん

飢えた野獣の感覚を研ぎ澄まさないと、その中で勝ち抜けない」という比喩を

言ったのである。 大手ゼネコンの中で、中堅ゼネコンの営業が、修羅場の

闘いの中で、獲物を獲得するに野良猫の感覚を持たなければならない。

この厳しい環境の中で、営業は大変である。ここで同じ話をしても、その言葉

を解釈出来る人と、侮辱されたという受け止め方しか出来ない人が分かれる。

私の知人が大手の??を早期退職をして、「独立をしたいので助言をして欲しい」

と頼まれたことがあった。その時に、長年、大組織を背景にした人が果たして

一匹狼になれるものか、本人も、相談された私も疑問であった。振り返ってみて、

よくぞ、こんな失礼なことを言ってしまったと冷や汗ものだが、

「高級住宅に住む宅上犬が、飼い主の家から出て野良犬になるようなもの、外に

出れば、餌を自分で探さなければならない。外でゴミ箱もあさらない事態もある。

その覚悟があれば、上手くいく」と、偉そうに。 

 それでも本人は嫌な顔をしないで?聞いていた。 そのまま、その道に突き

進み、経験を生かして第二の職業で自己を確立している。そういえば、以前にも

同じような相談を受けた人が、もう一人いた! その人も二転三転の後、

第二の人生をハッピー・リタイアーをした。

 ギリギリの野生の立ち返り、見栄も外見もかきすて、ただ成功させるに、

どうしたら良いか、考え、準備し、身体が宙に浮いた状態で、計画をこなして

いくかどうかで何とか自立出来る人が1〜2割、いや、もっと確率は低い。

それほど自立するのは難しい。だから、野良犬、野良猫という例え話で、創業

のシビア(動物的野生)の必要性を、経験から説くが、その覚悟を反応でみる。

本人は「頭を垂れて自分の方から聞きにくるかの第一歩からして計画のチェック

をしにきているに過ぎない。」で、初めは上手くいっても、私のように震災三つで、

はい、さようなら!である。 何かをやろとしたら、準備、準備、準備が全て。

準備さえしてあれば、野良猫でも野良犬でも、なれる。 野良犬、野良猫を宅上

で軽蔑し、頭で考えていただけで準備なしに、やれば結果は火を見るより明らか。 

否定の視点でしか対象を見ることが出来ないから、その中心点と、その奥にある、

血と汗を感じ取ることが出来ない。場数を踏むか、多くの事例を見て消化して

きたかが、大きく左右する。それとて死んでしまえば皆、同じ。

――――

2013/04/03

隠居大学ーよく遊びよく遊べ −2

              『 隠居大学ーよく遊びよく遊べ 』 

                    天野祐吉、お相手 横尾忠則

  * 第一時限 ー猫の自由に学ぼう 横尾忠則

 横尾の『猫の自由に遊ぼう』が面白い! 気の向くまま、飼主に気兼ねする

こともなく、自由気ままに時間を過ごす。これを御隠居と二重合わせにしている。

専業主婦の家庭は、亭主が犬型で、主婦が猫型に自然になっている。

家内をみると、つくづくと猫の生き方を見て取れる。亭主は会社で赤くなったり

青くなったり。しかし、猫型の主婦は、給料を持ち帰ってくれれば、我関せず。 

亭主は、リタイアー後も猫になりきれず、切れた首輪をつけたまま外をうろつく。 

元何某の肩書きなど何にもならない。リタイアをして新しい環境に直ぐに適応

するために、長年かけた準備が必要になる。

 以下の対話は、なかなか面白い。

≪ 天野: 猫型人間とか犬型人間とかいうが、誰にでも心の中に両方を養って

 いるじゃないかと。子供の頃は、だいたい猫型の方が偉そうにしているが、

 大人になって組織の中で働くようになると犬の方が成長していく。

横尾: 猫は、僕にとってアーティストの見本です。猫は妥協しないし、

 犬みたいに尾っぽを振らない。自分に忠実で、他人に忠実でない。

 アーティストは自分以外に忠実になっていけないのです。

天野: ぼくの場合ですと、二〇年前にふっと気がつい。自分の内側をのぞいて

 みたら犬ばかり肥大していて、猫は息も絶え絶えになっていった。動物虐待

 もいいところだなあと思って、それから犬的部分の猫に栄養を与えるようにして。

 そして猫が元気を取り戻してきたら次第に「なんで真面目に働いでばかりいたんだう。

 こんなことのたために生れてきたのか?」という思いがどんどん強くなってきたん

 ですね。そして、これって、多くの隠居候補の人に気持ちに近いと思う。

 世の中のルールに従うことも、あるいは働くことも大切なんだけど、でも隠居

 生活を送る上では、猫の自由をもう一度学びなおす必要もあってよいんじゃないか。

それで『猫の自由に学ぼう』を隠居大学の校訓その一にしたいと思ったんです。≫

▼ 私の中の犬猫は、首輪をつけたままの野良犬と野良猫。一応、自由に放飼い

 をしていたが、何時も喧嘩ばかりで、札付きの嫌な奴である。どうも酒を飲むと、

表立って出てくるから困ったもの。 青年期までの猫、成年期の犬、そして老年期

に猫に戻るという説が何とも珍妙である。両者とも野生動物を人間に都合の良いよう

改良されたもの。「犬は家につき、猫は人につく」というが、今さら男は新しい

人間関係の構築は難しい。縦社会で生きてきた男達は、横社会には向いていない。

家では嫌われ、紐のきれた首輪をしたまま街中を彷徨うか、猫を被るしかない。

 誰?それ!

―――ー

2015/10/13

野良猫と、飼い猫、どちらが幸せ?

 飼い猫と野良猫、どちらが幸せだろうかを考えるとき、野生ライオンと、

動物園のライオンの、どちらが幸せかを考えれば直ぐ答えが出るだろう。

初めてケニアのサファリ・ツアーで、野生ライオンを見たときの驚きを今でも

鮮明に憶えている。動物園のライオンと全く違ったサバンナの野生ライオンは、

全身張詰めた緊張でオーラが漂ったような空気を張巡らせた。

動物園のそれは、緊張感のない、虚脱した飼犬のような動物。猫は数千年かけ

野生の猫を、飼い猫に人工的につくられた。そのため、飼い猫と野良猫を比べ、

飼い猫の方が遥かに、長生きするし、適応しやすい。飼い放しの外猫と、

卓上の猫と、どちらが「猫らしい」のか考えると、難しい問題になる。

このことは犬にも言えるが、話が長くなるから止めておく。

 で、人間の生き方を、飼い猫か、野良猫の生き方から考えると面白い。

人間が人間たらしめているのが、「言葉」という情報手段の獲得である。

そして、それを記録する「文字」の発明。これで間接情報を子孫代々に

書き送ることが可能になった。そして、今ではネット時代である。

それが、プラス面だけでなく、マイナス面でも働くため、問題は大きい。

人間は元々野生猿が進化した生き物。野生猿と、文化的側面を持つ人間の

両側面を持つ存在である。結果として、文明・文化を身に付け、本性は野生味

を持って人生を全うする生き方が人間らしい生き方になる。 人+間で人間。

人の間で生きていくしかない。 野良猫の世界では、猫間の自然ルールがある。

飼い猫のように御主人様の顔色を窺がっていればよい世界とは違う。まずは餌!

 新たに会社を立ち上げる創業は、一見、面白そうだが、実は野良猫的要素が

絶対必要条件になる。新規事業や、独立の相談を何度か受けたことがある。

サラリーマン人生の人なら、大方、「飼い犬が野良犬になる覚悟があるかどうか

を何度も自分に問いかけて、その覚悟がありなら、24時間、寝ても覚めても、

目標に邁進すればよいですよ」と進言する。大部分が、野良猫、野良犬の言葉で、

心中、怒ったり、迷いが出る。覚悟がない限り、創業など、大小にかかわらず、

するべきでない。他人の失敗のあげ足取りをしていた方が飼い猫的で無難。

 ある某フラのOB会らしき飲み会の隣席で、その話題の質の低さに、唖然とし

聞いた。 何もしない、できなかった老壮年達の傷の舐めあいも、飼殺しされた

?系の恨み節となると、哀愁を超えた煉獄の地響きそのものになる。

――――

2018/04/01

閑話小題 〜猫の格言

   * 猫の話

 数日前のポタリングの道すがら、信濃川の大橋の袂の歩道に猫の死骸が

転がっていた。一人のウォーカーが立ち止まって、生きているかどうか、

見ていた。気持ちがいいものでないと思い、そのまま通過した。どうも、

自動車道で轢かれた後に、歩道に放置されたように思えた。もう一つの大橋を

一周して、その場所に様子見に戻ると、カラスが二羽、その猫を啄んでいた。

よく見ると、頭に血が付いていた。

 私の実家は犬派で、名前は全てコロ。猫は一度だけ、小学生の頃、「タマ」

という三毛猫を飼っていたが、ネズミをガリガリ食べていたのをみたが、その

直後に捨てられてしまった。

 猫と犬の数を調べたら、<「平成29年全国犬猫飼育実態調査」による飼育頭数

は、犬が892万頭、猫が952万6000頭で、長年にわたって多かった犬を2017年に

初めて猫が上回りました。>とあった。マンションは、犬より猫が飼いやすい

ためだろうか。庭には、夏を中心に近所の猫の遊び場になるが、問題は糞。

姿を見る度に、小まめに足を強く踏み鳴らして追払っているため、少なくなって

いる。10年ほど前に隣りの貸家に愛猫家がいて、庭にネットを張り、数匹飼って

いたことがあった。そのため、庭は猫の集会所状態。10年近く、住んでいたが、

近隣の苦情がたて続いて、引っ越していったことがあった。 猫も曲者だが、

飼主も苦情対策には強か? 

 動物写真家、岩合光昭がネコ目線で世界中のネコを撮影する姿を、岩合自らが

ネコに語りかける様子を紹介するNHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」がある。

人気番組・日野正平のNHK-BS「にっぽん縦断こころ旅」の、冬場や、季間の穴を

埋めるように、年中、放映されているが、猫目線から、世界各地を見つめる光景

が好きで見ている。 そこで猫の格言から、人間から見た猫の世界を眺めてみた。

ところでアフリカの所どころで猫を見かけない地区があったので、聞いたところ、

直に食用になるためという。 …鳩もしかり。

――

  ―猫の格言―

・ネコ科の一番小さな動物は最高傑作である。

              レオナルド・ダ・ヴィンチ

・トラを抱きしめる喜びを知りたがる人間のため、神はネコをお創りになった。     

              フェルナンド・メリー

・犬を飼うことは出来る。だがネコの場合はネコが人を飼う。

 なぜならネコは人を役に立つペットだと思っているからだ。

              ジョージ・ミケシュ

・ネコを嫌う人には気をつけろ

              アイルランドのことわざ

・人が拒絶を理解するには、ネコに無視されればよい。

              アノン

・自分の家が大好きだからネコが好きだ。

 しばらくしたらその二つは見える魂になる。

              ジャン・コクトー

・惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽とネコだ。

              アルベルト・シュバイツァー

・我々は心の奥深くに同じ欲望がある。ネコはそれに沿って生活している。

              ジム・デイヴィス

・ネコの目には、全てのものはネコに属していると映っている。

              英語のことわざ

・どれだけ多くの時間をかけても、猫との良き思出は消えない。どれだけ

 多くのテープを使おうと、ソファに残されたネコの毛は取り除けない。

              レオ・ドウォーケン

・ネコの飼い主が知っているように、誰もネコを所有していない。

              エレン・ペリー・バークリー

・ネコを嫌いな人は、来世ではネズミとして戻ってくる。

              フェイス・レズニック

・この世でどうネコに接するかが、天国でのステータスを決める。

              ロバート・A・ハインライン

・ネコも当然男の親友になれるが、ネコはそれを認めてはくれない。

              ルイス・J・カミュティ

・ネコはどこに座れば我々が不便になってしまうか、

 その正確な場所を数学的に計算できる。

              パム・ブラウン

・ネコは気にかけてくれる。例えば本能的に、我々が何時に仕事に行かない

 といけないのかを知っており、目覚し時計がなる20分前に起こしてくれる。

              マイケル・ネルソン

・ネコは人間に対する意見を持っている。殆ど何も言わないが、全部を

 聞かないほうがいいのは確かである。

              ジェローム・K・ジェローム

・ネコのようにミステリアスに書けたらと思う。

              エドガー・アラン・ポー

・ネコの愛より偉大なギフトがあろうか。

              チャールズ・ディケンズ

・ネコは絶対的な正直さを持っている。

              アーネスト・ヘミングウェイ

・僕は家にいるどの猫とも喜んで立場を変えていい。

              ジョージ・ネイ

・イスタンブールで会った男が、絶対に神はネコだと言った。

 どうしてそれがわかるのかを尋ねたらこう言った。

 「神に祈っても、無視されるから」

              ローウェル・トーマス

・犬は自分を人間だと思っている。猫は自分を神だと思っている。

 犬は呼ばれたら、すぐに来てくれる。  

 猫はメッセージを取って去り、あとになって帰ってくる。

                    メアリ・ブライ

・猫の持つ清潔さ、愛情、忍耐力、尊厳さ、勇気の質を考えると、

 何人が猫になる能力を持っているだろうか

              フェルナンド・メリー

・夫に出ていってもらった。うちのネコが夫にアレルギーだったので

                    ビル・ダナ

・ネコのトレーニングは難しいと聞いていた。そんなことはない。

 我が家のネコは僕を2日でトレーニングした。

                    ビル・ダナ

▼ 猫と人間の付き合いは1万年にわたる。その間に、ペット用として

 改良?されてきた。その神秘性、優美性により愛され、東洋では幸福の

象徴にされてきた。幸福論を考えるに、猫を凝視すれば、そのヒントが

次々と現れ出てくるはずだ。またネズミを捕るため、航海の共に使われ

もしてきた。エルミタージュ美術館では、常時、60〜70匹も飼われて、

ネズミ対策、顧客対策にしているという。昔から多くの芸術家に愛され、

アトリエで飼う画家が多いとか。

 逆に嫌猫家のため「野良猫対策」で検索したところ、超音波とライトや

猫が嫌う匂いの粒状の薬品など様ざまのものがあった。

 ところで人間には、猫タイプと、犬タイプがあるようだ。

男生は犬タイプが、女性は猫タイプが…比較的多いが。生きかたとして

猫が理想?だが。飼犬なら、犬も悪くはない? いや猫ちゃんですか。

 二あ〜 ワンで、代々、我家のベランダではインコが鎮座している。