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2018-05-21 閑話小題 〜老いるに従い、サイコパス化する?

[] 05:24 閑話小題 〜老いるに従い、サイコパス化する? - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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   * 陰口好きは軽いサイコパス

 先日読んだ本に「内幕情報屋は、軽度のサイコという精神病」とあった。

そこで直に思い浮ぶのが、何人かの面々。特に営業屋のトップセールスへの

前フリネタの有効なエサとして最も有効なればこそ、知らずに自らが毒されて

いることに気づかない。成るほど、あの人がサイコと思うと合点がいく。

人の不幸は蜜の味だが、悪口、噂話は気をつけるべし。問題は程度になるが… 

男の風上に置けない腐った女のような一群の人たち。 そう書いている私も? 

「老いるとは、サイコパス化していくこと。変化出来なくなるからだ」とすると、

先々が恐ろしい。

 

  〜ウィキペデアによるサイコを特徴とは〜

【 犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。

 ・良心が異常に欠如している

 ・他者に冷淡で共感しない

 ・慢性的に平然と嘘をつく

 ・行動に対する責任が全く取れない

 ・罪悪感が皆無

 ・自尊心が過大で自己中心的

 ・口が達者で表面は魅力的

 極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義である。】

▼ 5人に1人に、この傾向が強いという。

 株屋、商品取引など金融系の末端?の人たちに端的に現れ出る軽い職業病。

それが今ではトップの金融庁の事務次官、国税庁長官がコテコテのサイコ?。

 ところで、最もサイコパス的なのが、政治家じゃないですか!

陰口を陰口で書くなど、自虐そのものじゃないですかい。 ったく!

 「自分は違うって?」 

「魂のシリアルキラーじゃないですか?」 ただし、すべからく、だが。

● シリアルキラーとは、快楽殺人鬼のこと。大部分の人達が、日ごと

 万引きより遥かに重い、魂の快楽殺人のミニ版を行っている。 

なら以下のことが分かるはず。馬鹿にバカというのが、一番バカか。

何かサイコの独り言のような。 老いるに従いサイコ化する?というが、

 …成るほど。

――――

5544,閑話小題 〜悪口は泥棒より悪いって知っていた?

2016年05月20日(金)

      

      ー「泥棒と悪口と、どちらが悪いか」三浦 綾子(作家)

                  『人間学入門』(致知出版社)より

  * 軽度のサイコパスだとさ

 以前、この道理を知ったとき、そこまで悪口が罪悪とは思ってなかったこと

もあって、驚いてしまった。大家族の中で育ったためか、本能的に、悪口や、

他人の誹謗中傷を言うことがタブーか知っていた。一番立場の弱い末っ子が、

まず身につけるしかない自己防御のなせる業である。それが、進級、進学に

つれて、育った環境などにより、弱者に対する虐めや、悪口を言う人の比率が

増えていった。 学校、職場、一般社会も、階層があって、そのコントロール

として、誹謗中傷と悪口が、大きな働きをしていた。 それを筆者がズバリ、

泥棒より悪口が、悪いと断じるから・・  〜その辺から

≪・時折、講演で話すんですが、「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」。

私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」と言われました。

大事にしていたものや、高価なものを取られても、生活を根底から覆される

ような被害でない限り、いつかは忘れます。少しは傷つくかもしれませんが、

泥棒に入られたために自殺した話はあまり聞かない。だけど、人に悪口を

言われて死んだ老人の話や少年少女の話は、時折、聞きます。

「うちのおばあさんたら、食いしんぼうで、あんな年をしてても三杯も食べる

のよ」と陰で言った嫁の悪口に憤慨し、その後一切、食べ物を拒否して死んだ、

という話があります。

・それと、精神薄弱児の三割は妊婦が三か月以内に強烈なショックを受けた時

に生れる確率が高いと聞いたことがありますが、ある妻は小姑に夫の独身時代

の素行を聞き、 さらに現在愛人のいることを知らされた。

それは幸せいっぱいの兄嫁への嫉妬から、そういうことを言ったのです。

この小姑の話にちょうど妊娠したばかりの妻は大きなショックを受け、

生まれたのは精神薄弱児だったそうです。 恐ろしい話です。私たちの何気なく

言う悪口は人を死に追いやり、生まれてくる子を精神薄弱児にする力がある。

泥棒のような単純な罪とは違うんです。 それなのに、私たちはいとも楽しげに

人の悪口を言い、 また、聞いています。 そしてああきょうは楽しかった、

と帰っていく。 人の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性です。

・もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、怒ったり、くやしがったり、

泣いたりする。 自分の陰口をきいた人を憎み、顔を合わせても口をきかなくなる

のではないでしょうか。 自分がそれほど腹が立つことなら、他の人も同様に腹が

立つはずです。そのはずなのに、それほど人を傷つける噂話をいとも楽しげに語る。

私たちは自分を罪人だとは思っていない。 罪深いなどと考えたりしない。

「私は、人さまに指一本さされることもしていません」。 私たちはたいてい

そう思っています。 それは私たちは常に、二つの尺度を持っているからです。≫

▼ これを読んだのは、20年前になる。元もと、噂話や、他人の中傷誹謗に

 興味がなかったが、大家族の中では、第三者の話題はタブーに近かった。

学生時代も、殆ど、批評はすれど、批判をしないのが通り相場。いい大人が、

悪口など、男が廃るという空気があった。しかし、自分が人を使う立場になると、

飴と鞭のムチを、知らず知らず使いだしていた。知人に噂話を売りにした人が

何人か存在するが、耳を塞ぎたくなるほど聞くに堪えない。長年、かかって顔が

暗く澱み、声まで変質している。あれ、万引き常習者になるが、これも悪口か・・ 

――――

2016/04/07

愛と孤独 ―池田晶子の言葉 〜?

     『幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 ー』池田 晶子(著)

   < 孤独の味わい方 >

  * 他人の悪口が気になる人へ

《 人間には、自分の中の気になるものを、自分の外に見つけ出すという妙な

 癖があります。自分の中のそれが気になるからこそ、他人の中のそれが気に

なるのですね。 よくあるでしょう、誰かの悪口を言っているその人が、

自分が悪口を言っているその人にそっくりだということが。つまり、人間は、

自分の中にあるものだけを他人の中に見る。裏返せば、人間は、自分の中にない

ものを、他人の中に見ることはできない。当然ですよね、だって、ないものは、

ないんだから。ないものは、気になるはずがないんだから。 》〜『人生は愉快』

 ☆ 時間薬の効果で言えることだが、5年前の会社清算の一連が、当事者と

しての内なる記者の目線でみえた現象の面白さは格別であった。

 プラモデルの趣味の人に、それが壊れたとて、喪失感は少ない。それは、

楽しんだ結果でしかないから。所詮、悪口とは、その人間そのものの影!

――――

2003/11/25

965, 悪口についての一考察

 悪口については、随想日記の中では何回も書いている。

しかしテーマにしたことは無い、一番イヤなテーマであるからだ。

昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ−スの松井は中学校二年生以来、

悪口を言ったことがないという。(所詮は勝ち組が言っているから注目

している部分もあるが)

それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。

本音でいうと

 可能な限り言わないようにしている。その為には嫌いな人のいる場には

 極力行かないようにしている。例えば、ライオンズとか商工会議所などである。

 痴呆名士志向の子狐的人間である。  地方で頑張っている人はこういう

 傾向が強いから始末が悪い。自分より肩書きや収入が多い人間には媚び

へつらい、下の人間には尊大な人だ。 仕方ないのは解っているが。

「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない

  人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。

 自分を理解しろと必死になるが、嫌な人を理解しようとはしない。

 それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。

  〜辞典には

 ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に)

 いう言葉」とある。

 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。

 悪口とは事実に反してと書いている。

 

 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。

 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。

 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は虚言罪で天国の門は間違っても

 叩かれないことになる。

  ☆ 思いつくまま「悪口」について頭に浮かんだことを書いてみる。

・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく

 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に

 人を殺す。

・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。

 したがって根は深い。ただ自分で気がついてないのだ。

 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。

・悪口にも色いろある。

 本人に面と向かっていう悪口と

 陰でいう悪口がある。

・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、

 商売でもっているんだ!でも酷いもんだよ!

 サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、

 『その対象の奴より、言っている本人を張り倒したくなるよ!! 

 まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』            

                         ー続く

ーーーー

2003/11/26

966, 悪口についての一考察 −2

 どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉があると。

しかし、悪口は楽しいのである。これが人間の悲しい性である。

4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。

片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは私の悪口を

言っていたのがミエミエであった。そして「人の悪口は楽しい!」といって

いる姿に唖然とした。そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口だが。

 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。

虚飾などどうでもよい?見えるのは裸の猿の狂った姿である。

大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。

人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。

さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近く読み続けているから

知らないうちに外部化しているのだろう。

表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。

同級生のスナックのママに説教をされたが、その道の専門家いやアマチュア

ということは知らないようだ。

 ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。

ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライド

 など微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。

ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、

「悪口はいけません」とのたまう。

この二面性を持っているのが人間の姿である。

悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。

ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー

「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっていうような奴」

「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」

「痴呆迷死」「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」

「たかり」「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス

 悪口はまるで無尽蔵である。

嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に

渦巻いているドブから発するガスである。

 

 ー インターネットで調べた内容をコピー ー

  「悪口をやめよ 」

 ヤコブ4:11〜12

 箴言26:17〜28

 マタイ5:21〜24

  ー皆川尚一牧師ー

 悪口をやめよ!

兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、

自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。

もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者である。

しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、

救うことも滅ぼすこともできるのである。しかるに、隣り人をさばくあなたは、

いったい、何者であるか(ヤコブ4章11〜12節)。

 「兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない」(11節)。

 ここで「悪口を言う」(カタラロー)というギリシャ語は「逆らう」(カタ)

という語と「言う」(ラロー)という語が合わさって出来た合成語で、

「逆らって言う」とか「反対して言う」という意味です。

しかし、この語の使い方は、面と向かって相手に逆らって言うのではなくて、

今そこにいない人の悪口を言う場合に使われます。

だから日本語では「陰口をきく」とか「中傷する」とか「ざんげんする」とか

言います。顔と顔を合わせて相手に反対したり、悪口を言ったりする場合には、

相手の人は自分の考えを説明したり、自分のやり方を弁明したり、相手に

反論したりできますから、ある程度公平だと言えるでしょう。しかし、今そこ

にいない人のことを悪く言う場合には、言われる人は弁明できず、反論も

出来ませんから、悪いうわさは毒ガスのように人から人へと伝わります。

二、三人のヒソヒソばなしやいわゆる井戸端会議からゴシップが流され、

話に尾ひれがついて、あること無いことが発展して人の名誉が汚され、信用が

失われ、せっかく築かれかけた良い人間関係が壊れていくのです。だから陰口

ほど質(たち)の悪いものはありません。

  しかし、クリスチャンになってもこの悪い行いは、なかなか改まらない

人が多く、このために教会の親しい交わりが汚されるので、使徒ヤコブは、

特にクリスチャンお互い同士が陰口をきかないで、愛の交わりを育てるのに

心を配って行こうと呼びかけているのです。そこで大切なことは陰口をきく

のは恐ろしい罪だということを認識する必要があります。

それは「神の律法に違反する罪」と「神の大権を犯す罪」の二つです。

2018-05-20 閑話小題 〜ドローン  その後

[] 06:19  閑話小題 〜ドローン  その後 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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    【 ドローン?   NHK [BSプレミアム]

            2018年5月12日(土)18:30〜午後19:30

   * ドローンで超絶景を

【 詳細: 急上昇に急接近!縦横無尽ドローンが真冬の北海道・

 道東を飛びまくる。ミッションはただ一つ、“超絶景”を撮ることだ。

 ドローンを操縦するのは、ドローン撮影のエキスパート、請川博一。

 極寒の芸術・流氷、雪の湿原を疾走するSL、冬の花火、氷の滝…。

 はたしてどんな超絶景が私たちの前に現れるのだろうか!?】

▼ ドローンの進化が止まらない。中国の某企業がドローンの世界シェアの7割

 を占めている。今では、空飛ぶ自撮りロボットとして爆発的に普及している。

元もと軍事用無人飛行機の転用で進化したもの。それが、小型化ヘリのような

形の「自撮り棒」の要素を持たせて進化していった。3〜4ヶ月前に、テーマで

取上げたが、進化は止まらない。今ではユーチュブ投稿動画の主流である。

 前は、ドローンの機能と、空からの目線について取上げていたが、今では、

空目線からみた新たな対象、三カメとして絶景の動画が世界中から、投稿される。

 流氷の船上からの空撮が素晴らしい。まずは、国内の北海道・道東である。

――――

熊: 個人HP内、検索で過去文を読むとさ、八つぁんって、閑だね。

大家: でも一度書いてしまえば、何時までも残るだろう。それと、所詮、

 人間なんて同じことを繰返して考え、行動しているだけなら、吐き出せば、

 それが土台になり、次のステップ台になりますよ。そろそろ、御前らも、

 ブログを始めてみたら。私は歳だから気力がわかないがね。

寅: 確かに分かってはいるがね。俺さえ、こんなバカのことを書いて、

 恥ずかしくないかいとか、間違い字を見つけると… 

八: そういえば、まだブログについての実感を書いたが、掘下げた

 ことが無かったな。数日内に集中してみようか。

大家: スマ―フォン、タブレット・PCは、その点、非常に有効だね。

八: 折角なら、自分の基地、墓、サテライトとして、ツイッターより、

 ブログを構えた方が良いよ。17年、1日につき、2〜3時間のエネルギー

 を入れてきたベースと、その裏ずけは、大きな財産さ。1年で千時間、

 10年で一万時間、17年で1万7千時間だもの。

大家: その割には内容が、小さな枠の中で、大したことがないね。

 私なら、こんな下らないことなら、他のネットサーフィンで読み手として、

 遊んでいた方がマシさ。

八: アルプスなどの大自然の最中で、ゴーグルを かぶり、ドローンで、

 自分が融合した「いま、ここ、わたし」の姿を撮影したとして、どうです、

 それを誰かにも見せたいとか、その生中継を公開したいと思わないですか。

 そのためのベースが、ブログですよ。として、4k撮影機を購入してまで、

 と思わないのが私の限界。 <世界は未知で満ちている。それを更に実感

 出来る窓口が今のところ、「4k大型TV+4kカメラ+ドローン+ゴーグル」か。

大家: 少々のお金と、勇気と、時間と、それが可能なインテリジェンス

 (地頭力)があればね。

熊: 俺らのような者には関係ない話。

八: 毎朝さ、これを書いた後、自転車で信濃川の二つの大橋を一時間かけ

 一周してくるのを10年続けているけどさ。毎日、している奴って私だけ。

 朝陽が昇る中、大手大橋を西側から東側に向かい、ヒキチャリをして歩い

 ていると、霊界にいるような至福な気持ちになるんだ。それが毎日。

 熊さん、寅さん、大家さんを誘っても、1〜2回で、終わりじゃないか。

大家: 御前さんが言っていた、世界中の秘・異郷の大自然の懐に入った経験

 が、それが如何に素晴らしいか実感できるからさ。続けられるか如何かは、

 そのベースの厚さだよ。

https://www.youtube.com/watch?v=7pSKo2N8WGY&feature=youtu.be

https://www.youtube.com/watch?v=bR4Gq9qfpnM

https://www.youtube.com/watch?v=pZ0viMxYDA4

https://www.youtube.com/watch?v=pmELxw-ORQA

――――

2018/01/27

閑話小題 〜ドローンの進化

   * 世界を変えるドローンの進化

 久々に、TVのアンドロイド機能を使ってYouTubeを見たのがドローン

この飛躍的進化は当初、軍事用につくられたが、今では一般の玩具や、実用に

転嫁されてきた。軍事用無人飛行機を小型化して爆弾の換わりにカメラ機能を

充実させ、自撮り棒カメラの空中版(水中版もある)として、この数年、飛躍的

に進化している。数m、10m、20m上空から、本人を撮影する。年々、

値段も劇的に下がっている。

・登山やハイキングなどで、山頂から、ゴーグル型ディスプレイを身につけて、

 山頂にいる自分を3Dで見るドローン。 

・ドバイのドローン専用の780mのレースで、世界の32チームが参加するレース

 も紹介されていた。決勝戦は勝ち残った4チームによるもので、10代半ば

 の少年が優勝をして2800万の賞金を獲得した映像。 それも競技者が、

 ゴーグル型ディスプレイで運転する映像のため迫力満点。

カヤックの激流下りを10m〜20m上空周辺から撮影したり、

・邸宅プールの水中で撮影したドローンの映像も紹介されていた。

ドローンも、蚊型、蜂型、鳥型の小さなものから、自家用車のようなものや、

 軍事用のミサイル発射可能のものだけでなく、小型軽量戦車などに応用した、

 さまざまなものがあった。

これらの幾つかは既に普及しており、4Kカメラの映像が、YouTube上で、

各人のTV、PC、スマートフォンからの受発信が可能な時代になっている。

21Cとは、こういうものかと… スマ―フォン・タブレットと、ドローンと、

各種ロボットが、果てしなく世界を激変しようとしている。

【 熊さん:オイラの時代は終わったということ?

 寅さん:残念だが、そういうことさ。寂しいけどね。

大家さん:大丈夫だよ。この時代だからこそ、デジタル化して、あんた達にも

 恩恵できるよ。ただ、絶対的格差が大きくなるよ。嫌なのは、それが鮮明に

 自覚しなければならないことさ。

八つぁん:大家さんや、私の年齢なら達観出来るけど、熊さん、寅さんみたいの

 一世代に下の、時代に取り残された人には辛いだろうね。でも、割切れば、

 デジタル化の恩恵は、素晴らしいよ。

熊さん:この中で生きていくのは、そりゃ辛いよ。スーパーの夕方に行けば、

 分かるよ。オイラみたいなのが多くいるよ。

寅さん:良いじゃないか、そんなことを気にしている分には、ゲームにすりゃ。

 いいんだよ。今さらじゃないか。うちのカミさんなど、夕方になると、行方

 不明になるんだ。200m先のスーパーに自転車で行くんだ。それを楽しんで

 いるんだよ。しかしね、レジでフッと後ろをみると、内幕情報屋の小母さんが、

 ジッと籠を見ているらしいよ。

大家さん:私など、カカアに死なれてから宅配弁当さ。これが便利なのさ。

八っあん:不味くて食えないというじゃないですか。

大家さん:客の口も肥えているから。結構うまいよ。今じゃ、スーパーの冷食

 に美味いのがあるから、一品、付け加えるの。フリカケも、真空パック

 煮物も、なかなかのものだよ。

寅さん:何時の間にか、エラク話がそれたね。それにしても便利な世の中だね。】

▼ 一歩も二歩も、浮世から離れてみて、それが面白くて仕方がないのは、

 何はともあれ、日常生活が便利になっているのと、健康だからである。これも、

あと何年続くか… そう思って目先、精一杯、面白おかしくしているしかないが。

――――

5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3

2017年03月05日(日)

   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮

 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、

「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の

6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、

家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った

「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローン

8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴

に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる

ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元

の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者

から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地

で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、

行きついたのが、

ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。

 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。

  〜ネット検索によると〜

【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」

 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び

立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと

を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての

新婚旅行だったのだ。新婚旅行世界一周というのもユニークだが、彼らの旅

にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の

名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが

報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に

アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。

400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった

ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に

話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】

▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。

 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 

この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した

節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。

何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。

2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む

のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。

 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。

ー―――

5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4

2017年03月06日(月)

   * 世界の絶景をドローンで空撮

 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿

した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、

節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。

 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ

をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面

タブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。

その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた

星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローン

空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。

  〜2人のネット記事から〜 

【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。

 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、

これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン

だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。

「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。

世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の

写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が

近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。

それで、2人の記念撮影ドローンを組み合わせたいと思いました」

いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん

が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ

2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を

のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した

映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、

BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。

  ● 2人が旅から得たものは?

 ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。

例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略)

上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、

すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。

パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて

いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない

とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」

 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験

だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。

千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を

していると珍しがってくれました。ドローンコントローラーには空撮している

映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、

『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。

 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示

している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の

オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、

最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、

「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。

▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の

 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。

この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタル

進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代

からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ

があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の

受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。

〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。

・・・・・・

2016/10/17

閑話小題 〜近くの従兄の通夜で

  * 東京の下町に住む、万年青年との久々の出会い

 子供の頃、ある従兄が度々、東京から自家に泊まりがてら遊びにきていた。

私より15歳年上の85歳。カメラが趣味。子供の頃に撮ってもらった時々の写真

が何枚か残っている。この写真の存在はメルクマールとして大きな財産である。 

第二次大戦で、一度、長岡に移住し、その時に、私の父が、あれこれ面倒をみて

くれたことと、4人の姉たちの存在もあったようだ。

 会席で故人の父方系は二人だったこともあり、駅の見送りまで御一緒

させてもらった。 出会って、開口一番、

・『私は前立腺ガンで、進行しているが、今のところ小康を保っている。

 家内が5年前に膠原病で倒れ、現在、老老介護の状況の中で何とか参列した。

弟の連れも、やはり膠原病で、二年前に亡くなったが、家内は、お医者さん

の選定が正しかったようで、何とか・・』 と曰く。 

 自営業をしてきて、時々、転業をしていたが、特許をいくつか

持っていたため、常に生活は安定してきた、という。 昔から若々しい

万年青年で、常に躁状態。今回の参列は、命がけのようで、

一期一会の感が強かった。 当人の話は延々とつづく。

・『現在、4kのビデオカメラに凝っていて、4台の機種を持っている。

 この良いのは、ビデオの映像の一番良い一瞬を、後で切取りが可能なこと。

撮った映像を、大型の4kTVのをみて、ベストの一瞬をとらえ切取りが可能。

アマチュアカメラマンとして、この機能は夢のようである。』と。

通夜の会場と、オトキの席と、長岡駅前の居酒屋の席では、ホボ話しっぱなし。

 まだまだ、話はつづく。

・『あと、10年前に生まれていれば良かった。今世紀に入ってから今までの

 変化を見ると、これから10年間の変化を体験したい・・ しかし後は少ない。

今は、ドローンにカメラをつけた空撮が目標。空からの4kの自分の撮った

画像を見てみたい。 それと、生前葬をしたい。骨拾いの箸を見立てた二本の

杖を両手に持って、顔はペイントをし、死に衣装を着て、参列者の前に現れる。

考えただけで楽しい。・・』と。

 老老介護の現実から解放されて、その抑圧からのハイ状態のよう。

カメラの趣味をメインにし、現在は4kビデオに辿りついた85歳の万年青年。

「干乾びた若き万年老人」の多い地方都市では、こういう人物はできない。

 こういう人と接するにつけ、地方都市の光と影を感じる。

2018-05-19 閑話小題 〜誕生日大全

[] 06:43 閑話小題 〜誕生日大全 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180519063857j:image

         <「誕生日大全―補強版」サっフィ・クロフィード著>

 図書館の「返却コーナー」の棚にあった本で、その場で私の誕生日・

1月15日を見ると、非常に納得する内容。そこで、15日の前後の14日と、

16日を見ると半分、一月前と半年前は4分1が思い当たるため、借りてきた。

 まず冒頭から「1月15日生まれの人は、起業家精神の持ち主」と…。

「長所、短所」「性格と運命」「仕事と適正」は、起業を目指すと自ずと

生じること。とはいえ、起業家精神や、特性を論理的に言い表していると

みると、これはこれで納得できる。ネット検索に、「誕生日大全 1月15日」

と入れると、本と同じ内容が出てきた。

――――

   ★1月15日生まれ

1月15日生まれの人は、「起業家精神の持ち主」

   ー長所は?ー

●自発的 ●気前がいい ●信頼できる ●優しい ●協調性がある

●価値を見極めることができる ●独創的なアイディアを持っている

  ―短所は?―

●秩序を乱す ●落ち着きがない ●無責任 ●自己中心的 

●自信を失いやすい ●心配性

――    

   ー性格と運命―

●内なる情熱と持ち前の指導力で目標に向かって粘り強く献身的に

 取り組み、高い地位に上りつめることができるでしょう。

●現実的ではっきりとものを言いますが、生まれつき人づき合いの

 才能があるので、社会的にはうまくやっていけます。

 ただし、物質主義にとらわれすぎるのが玉にきず。

 あなたの素晴らしい可能性を実現する妨げとなるので注意しましょう。

●何でもはっきりさせようとする性格は、問題解決やビジネスセンスを

 高めるためには好都合です。

●勝ち気頑固で活動的で、組織をまとめたり人を触発したりする力を

 持っています。

6歳〜35歳⇒グループ活動を重視し、肩の力が抜けて自由を愛する

        ようになります。

36歳を過ぎると⇒感受性や精神面が強化されmこれは未来への

           展望、夢、理想となって表れてくるでしょう。

――

   ―仕事と適性―

●高い理想と確固たる信念を持ち、お金儲けの才能にも優れて

 いるあなたは、大きな事業を起こすことに成功するでしょう。

●創造力や前衛的ひらめきがあるので、美術商、学芸員、美術品

 の管理者などもおすすめ

●表現力が豊かで、人を感動させることができるので、演劇、

 オペラ、音楽の分野にも向いています。

――

   ー恋愛と人間関係

●社交的で自己表現の場を強く求めるあなたは、活動的な

 社会生活を送ること間違いなし。

●この日生まれの女性は、スリルに満ちた生活を好む豪快

 な男性に惹かれる傾向があります。

 また、知性を刺激してくれる頭のよい人に魅力を感じます。

 しかし、親しい間柄で疑念が生じると不安や失望の原因

 となるので、常に明るく信頼される態度を心がけましょう。

――

  運の良い誕生日 .... 150位 1月15日

▼ 40歳後半頃か、夕刻早々、新潟の古町を、既に亡くなった不動産会社

 の社長と小料理屋で芸者をあげ、御大臣遊びをした後に、次の店に歩いて

いると、和服姿のクラブのママさんらしき人が飲食ビルに入ろうとしていた。

  早速、連れが「あんたの店、ついて行ってイイですか」に、

「うちは運勢占いが売り。パソコンで誕生日を聞いて、直ぐに結果が

出るソフトが一げんの客には大受けで… 是非どうぞ」と。

 それまで星占いとか、運勢占いは殆ど無かった。店に入って落ちついた

後に、誕生日を聞かれパソコンに入力した結果の内容の適格さに内心、

仰天していた。 詳細は忘れていたが、ほぼ同じだったような。占い

など全く信じてなかったこともあり… 創業人生を経験したこともあり、

冒頭のように、起業家以外は、その特性を述べているに過ぎないことを

察知できるが。もし大都会に住んでいたら、一人ぐらいは、馴染みの

占い師を知っておくのも良いのかも? それには、使い分けられる知性

がないとね! 最後は、そこに落ち着くが… 

< 考え尽くした後に、あとは、おまかせ! > 紆余曲折があっても、

それしかないでしょうが… 

【誕生日大全 ?月??日】と入力してみたら。今月いっぱいは、隣人

スマートフォンを使い、調べ上げて、驚きの反応を共に楽しんだら… 

ところで思いたって調べた家内の誕生日の入力の結果は、その前日が

完璧に合致するが、当日分は真逆。そうそう当たってたまるか!ですか。

・・・・・・

4446, 屋根裏に誰かいるんですよ

2013年05月19日(日)

   「屋根裏に誰かいるんですよ 

             ―都市伝説の精神病理」春日 武彦著

数年前になるが、既に亡くなった知人の奥さんが会社の事務所に訪ねてきて

言うに、「誰かが留守に家に入りこみ、困っている」と切り出してきた。それも

会話の中で何気なくである。「ちょっと、待ってください。聞き捨てにならない話

で、もう一度、本当に侵入していたのですか」と聞きなおすと、現在も屋根裏に

隠れていると、写真を数枚だし、ここですと言う。

私の目には見えなかったが、本人には見えるという。「警官に来てもらい見たが、

何も見つからなかった。が、私には隠れているのが分かる。ところで、うちの主人

が生前、そういう話をしてませんでしたか? 貴方にはシックスセンスがあると

聞いてましたが、この現象をどう思いますか?」と真剣な眼差し。

「恐らく貴女は、魔界とか何か違う世界に取りつかれたと考えるしかありません。

そういう話は一度も本人から聞いたこともありません」と答えた。その話を、

その人の共通の知人に話すと、「実は私の家に訪ねてきて、全く同じ話をし写真

を見せてくれたが、私も何も見えなかった。他にも訪ねてまわっている」とか。

本人は60歳前後で、老女というには、まだ若い。 

  ーアマゾンの内容説明ー

精神科医である著者が、現代社会におけるさまざまな精神病理を、きわめて

冷静に考察したものである。ある日、ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に

人が入ってきて困る」と訴える。その侵入者は、彼女の部屋にある日用品などを

盗んでいったり、ちょっとだけ位置をずらしていったりするという。

しかし、姿は見えない。まるで、「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか

言いようがない不可解な話を、老女は真剣に語る。表題となっているこの症例は、

「幻の同居人」と呼ばれる。このような症例は、多数報告例があるらしい。

患者たちは、脳に器質的な異常が認められるわけではなく、精神的にも問題ない

場合が多い。「妄想の突飛さと当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離が

生じているときには、精神医学はたちどころに歯切れが悪くなってしまう」と

著者は言う。それがこの症例の複雑さと奇妙さとを物語っている。

▼ 当時は、この本の存在を知らなかった。子供達の巣立った家で、当人は深夜

 怯えているのだろうが・・ 想像しただけで、背筋が寒くなる。当人にとって

感じるのだから! 私も一時期、女性の幽霊?を見たり、幽体離脱をしたり、

面白い経験をしたことがあるので、当人が真剣になるのは分かる。

・・・・・・

4813,閑話小題 ー高齢者の三割が認知症とは

2014年05月19日(月)

   * 高齢者の三割が認知症とは

 先日の朝日新聞の社会面に「認知症徘徊 不明届け一万人」の記事があった。

その中で「65歳以上の高齢者のうち462万人が認知症で、軽度認知障害

400万人もいると推計される」とあった。高齢者が人口に占める割合が

23〜4%からすると、高齢者が3000万人。その中の862万とすると、

三割が軽度を含めた痴呆症になる。前期と後期高齢者では、二倍以上は違って

くるから、80歳までに4分の1、それを超えると、過半数は認知症になる。 

そして徘徊で不明になるのが年に一万人というから、深刻な問題である。

 それからして、長寿を願うのは実は考えもの。独り住まいの高齢者が増加

している中、本人も周囲も深刻な問題である。「健康診断などしないで自然死も

選択の一つ」も、理解出来る。胃瘻で一度、管につながれると、簡単に取り払う

ことが出来ない。生かして拷問しているようでもある。 死ぬも地獄、生き延びる

も地獄。老いて死ぬのも大仕事である。これを書いたためか、自分が認知症に

なって呆然と佇んでいる夢をみた。脳は面白いものである。その夢とは、

<店頭で、ハンバーガーコーヒーを注文するが、商品がなかなか来ない。

それを(どういう訳か中年男)の店員に言うが、何も答えない。ところが後で

入ってきた若い男が目の前のチケットを取って、カウンターに並んでいる。

私が店のシステムの要領を得ないで財布を持って勝手に立っていたようだ。

仕方がないので、店から出て、他のテイクオフの店に行くが、店内の座席は、

二人以上でないと座れないという。どうも自分が認知症で、街を彷徨っている

ことに気づいた>ところで、目がさめる。何か恐ろしい夢だが、認知症とは、

こんなものと自分自身に知らしめる内容である。そうこう考えると、可能な

限り医者に行かないで、自然にまかせることも選択の一つである。いざ、余命

一年、半年と告げられると、その恐怖は、はかり知れないのは父親の姿で知った。

傍らに一年いて、その恐怖感が直に伝わってきた。それも、激痛が死にたくなる

ほど激しくなっていく。死にいくのは、簡単なことではない。そのため認知症を

神様が与えた自然の業わいとも言える。マダラボケになるから、本人も、周囲も

地獄になる。 生きているうち、元気なうちである。以下の内容も、その類?

・・・・・・

5908、閑話小題 〜多重人格について

2017年05月19日(金)

 先日みたシネマの「スプリット」が、24の多重人格を持つ精神病者と3人の

被害者の恐怖の物語。 これが、面白い。多重人格には、精神には多数の人格的

な意識が、多重人格者の個人差に関係なく、人格には共通した特徴があるという。

≪ * 多重人格に多くみられる人格とその他の特殊な人格

・基本人格:重大なストレスの体験を発端として、最初に別人格が分離した

後に生じる、多重人格の核となる人格。受身的で控えめな性格の傾向がある。

幼少時から眠っていたり、非活動的な状態になっていることも多い。

基本人格に関しては、出生時からの本来の人格の状態という捉え方もあります。

・主人格:その時々で最も多くの時間、体を支配している人格。DIDの治療を

求める人格はたいてい主人格。典型的な主人格は、不安が強く、良心的であり、

頭痛に悩まされている。

・交代人格:交代人格は、主人格と基本人格以外の人格を指す場合が多い。

あるいは、主人格は交代人格に含まれるという解釈もある。あるいは、人格交代

して体を支配して行動出来る人格を交代人格とする解釈もある。あるいは、機能

や感情反応や生活史がしっかりとあることが交代人格の条件とする解釈もある。

・準(准)主人格:主人格の次に主人格のような役割を果たす人格で、

体を支配する時間や頻度が多い。

・子供人格:多重人格に必ず存在する子供の人格。子供の人格は時間が凍結

されていて、早期の心的外傷体験の記憶や感情を保持する役割を担っている。

甘えられる状況の時や自傷行為の後などに意識上に出現する場合が多い。

・異性人格:肉体の性別と異なる人格を指す。女性の男性人格は保護する役目

を持つことが多い。男性の女性人格は体を支配することが少なく、主に意識

内部で活動する。中性のような性別の人格や性別がない人格の存在もあり、

その場合も分類上は異性人格になる。

・救済人格:良心が具現化したような人格。人格達の状況を全体的に把握して

いて、危険を回避したり、適切に生きていけるように影響を与える。

理性的だが感情の起伏があまり無い。

・記録人格:生活史についておおむね完全な記憶をもっている。

過去の出来事や他の人格の行動についての情報を与えてくれる。記録人格が

複数存在するケースでは、一部の記憶だけを管理している人格もいる。

・統括人格:意識内部ではリーダー格の人格。人格達を統括する立場で、

誰を人格交代させるか決める権限を持っている場合もある。統括人格が複数

存在するケースでは、状況に合わせて別の人格が統括したり、一部の人

だけを纏めている人格もいる。冷静で厳格な傾向がある

・保安人格:意識内部で、人格システム維持の為の任務を請け負う。

意識内部の領域を守る、問題をおこす人格に対して監視したり行動を抑制

したり活動を停止させる、その他の意識内部の管理など。

・人格断片:人格の断片のような意識で、一つの情動による感情表現や、

決まった行動をする機能を持っている。人格断片は多重人格者に数多く

内在し、融合や分離を繰り返す。

・人外(じんがい)人格:人間以外の生命体を象徴する人格状態全般を指す。

ペットになるような哺乳類の動物が主で、特に猫人格が多い。半人半獣や生物

の形態をなしていないなどの現実には有り得ないものもいる。大体は人間の

言葉を理解し喋ることが出来るが、動物の場合は動物の仕草をしたり鳴き声を

出す時もある。人外人格の多くは、しっかりとした自我を持っていない人格

断片のような存在。

・憑依人格:憑依して人格交代する霊的存在による人格状態。悪魔憑きや聖霊

に満ちているような状態でも、憑依による人格的な存在が意識上に出現したら

憑依人格に分類される。たとえ霊的存在が憑いていたとしても、人格交代

しなければ憑依人格ではない。≫

▼ 上記をよく読むと、「性格分類」そのもの。それぞれの性格として

 現われでている。幼児性そのままを残した性格、優しさを持った救済人格、

傷つくことを異常に恐れる保安人格とか、人様々である。問題は、憑依するか

しないかの問題。職場や、勤め先を転々としていると、今度は、優しさを

前面に出してやろうとか、厳しさを前面にしてやろうとか、その都度、イメージ

を持って自己演出をしてきた。基本人格の上に、交代人格を付け加えてきた。

偽善、偽悪、露悪、露善の顔色である。これが、面白いほど、社会には通る。

詐欺師には、実際に騙すというより、様々な人に成りきっているため、罪の

意識は少ないのだろう。少し誇張しているうちに本当のように、思うように

なってしまったとか。これも多重人格の要素が現われ出てきたということか。

・・・・・・

5543,閑話小題 〜お金に窮したことは一度もなかった

2016年05月19日(木)

 * そういえば、お金に窮したことは一度もなかった!

          〜お金についての考えは人生に対する考えと同じ〜

 用心深い性格もあるが、事業人生の中で、お金に窮したことは一度もない。

両親、特に父親は、お金に対して厳しい人で、見栄や、無駄金、死に金、

小銭の扱いに常に目を光らせていた。普段の生活は徹して節約をし、外食や、

ブランド物趣味には、極端に厳しい姿勢であった。しかし、書籍の購入には、

一切、何もいうことがなかった。 

 学生時代、上京をして寮に住んでいた時の仕送りも、ギリギリの生活費しか

送ってくれなかったが、ヒモジイ思いをすることが無かったのは、節約が

身に付いていたため。当時の学生時代は、家庭環境に関係なく、殆どの人が、

似たようなギリギリの送金。カナダの学生は、それが首相の子供であっても、

アルバイトで生活費を稼ぐのが暗黙の習性という。

 その節約も、21歳の「欧州一周旅行」で、全てパーに。

「使ってこそお金の価値が現出する」と信じるようになっていた。

父が、末期ガンで死期を悟った時に、身近で実感したことは、「お金は、持って

旅たつことが出来ないこと」。 結婚直後からは、「稼いだときに、1〜2割を

別立てをして、残りは、使い切る」と、方針を変えた。それもあって、より遊ん

でおけば良かった、という後悔はない。死んだ瞬間、お金は一切、必要なくなる。

 また、お金が無くて呆然とした経験が一度も無かったことが良いのかどうか。 

健康面を除いた娑婆の苦しみの中で、「金の不自由」が、一番、辛いという。

現在、家内名義の家では少し肩の狭い思いをしているが・・

 他人事ではないが、一般的に、熾烈な事業の中で、万一の場合の用心深さが

あまりに無さ過ぎるのではと思うのは、老いのなせる業か。

<お金について> を書くと、あまりにシリアスになるが、なればこそ、

自分を見つめる合せ鏡になる。そこには、欲が、そのまま露出している。

 それは健康に対していえることだが、70歳を過ぎたから、死を従容と

受け入れたいものだが、現実となると? 

―――ー

面白いもので、偶然だが,9年前に「お金」について書いてあった。

・・・・・・

2237, お金の正体 −1

2007年05月19日(土)

      「お金の正体」 ー日下公人

              (((。・-・)从(・-・。)・゜

「生・死」と「金」の話題は尽きることは無い。

特に「金」に関してはもういいや!と思うが、それでも次々面白い道理に出あう。

しかし、どれを読んでも面白いのは、金が欲の集約でもあるからである。

この本を図書館で手に取ったときは、あまり内容のない本に思えたが、

実際読んでみると、面白い本である。

「お金の正体」はつきつめると

「その人が求めている幸せは何ですか?」ということになる。

幸せとは何ですか?は、これも単純で解りきったように思えるが、実は深い問題である。

私が好きな「幸せはアルコールのようなもの」とか、軽く扱われない大きな問題である。

以前にも何度か書いてきたことたが、

父が死を覚悟した時にジッと私の顔をみて、数千万円の数字を紙に書いて

「この数字と銀行預金の同じ数字と何処が違うのだ?」

と深刻な顔をして私に問いかけた。

「事業という楽しみの後に残ったカスがお金である!」が父の口ぐせだったが、

それでは、そのカスも紙に書いた数字でしかないことに気づいたのだ。

「実際に使えないなら現状なら、無いに等しい」といいう言葉を加えた。

しかし両親は、そのカスを更に楽しんで使っていた。

それ以上を求めること自体は、少し求めすぎのように思えたが、

それでも逝く直前に割り切れない何かが心が残った。

その時、何かを伝授してもらった。

「仕事を遊びまで高めること、そして、そのカスとしてのお金を、

仕事とは別の趣味を見つけ楽しむこと。それも楽しんだら、

大らかな気持ちで余韻を楽しむこと」である。

金を哲学的に考察すると、交換手段としてのルール(価値尺度)でしかない。

それでは目的はというと「魂の充足と自由」である。

「金」を通して(物や事で)魂の充足をしているうちに、目的と手段が混同し、

その混同が生き方を誤らせてしまっているのが現代の傾向である。

金という手段で「魂の充足と自由」をやり取りしているうちに、

金が魂と同類に思えてしまったのである。

だから価値尺度の通帳を見てニヤニヤしているうちに死に直面してしまい、

「金」が果して何だったのだろうかと錯乱してしまうのである。

ところで私の父親の迷いは何だったのだろうか?

その謎解きをしてみよう!

事業を楽しんで当時として、地方では財をなした。

そして、以前の家業の骨董屋の因縁で「骨董」の収集と、「国内旅行」を楽しんだ。

更に豪邸をつくった、そしてその8年後のある日突然死を宣告された。

目の前には、当時の数千万の預金と、幾つかの土地屋敷がある。

「それでも残ったこれは(資産)自分にとって何だろうか?」という疑問である。

死を直面して、混乱をしたのである。

父は事業も趣味も充分に楽しんだ。

そう、魂の充足はしたのである。

ところが、何かが欠けていたのである。

それは哲学的思考である。それも、難しい哲学ではない。

それで充分幸せであった!という心の安定を裏づける確信ができなかったのである。

「それでは完全燃焼などあり得るというのか?」という哲学的な答いが

出来なかったのである。

父の姿をみていて「哲学の基礎だけは教養として身につけておかなければならない」

ことを教えてもらったのである。

ー以前、書いた一部を紹介してみるー

ーーーーーーー

H0903  お金について

 誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。

これほど重要なモノについて誰も直視しない。

触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。

ズバリお金は“自由の塊”である。

世界の大部分のモノが引換に手に入る!人の心さえも。

それほど強力な魔物である。

それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。

反対に上手に使えば従順な召使いになる。

父がよくいっていた

“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、

その苦労はこの世で一番の苦労だ!。”

“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”

“生き金は使え、死に金は使うな!”

“お金の楽しみの(うまくいった仕事の)結果のもの。”

“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。”

“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。

お金に窮してはじめてそれと気ずく。

それを誰も直視しようとしない。

世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。

それを認めた上で、それにとらわれるな!

とらわれない為にはお金を貯めろ!”。

父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。

でもお金に対して奇麗な人であった!

 ーーーーー

ヾ(´Д`、)マタネ

・・・・・・

5178,閑話小題 〜日本の将来に疑問

2015年05月19日(火)

   * 後世への恥さらし 〜歴史的汚点の結果に

・大阪都構想は、僅差で否決され、これで維新の党は消滅をする。

 これは既存政党丸がかりで「維新の党」を潰したと同じ。後々、

この否決は、日本の没落の象徴として位置づけられる。大阪市民がノー

という選択をしたことは、間違いなく、日本の将来に暗雲をもたらす。

本気になって日本を変える気持ちが無いという選択である。

・ある批評家が、ブログで、「大阪市政廃止は、何の合理化にはならない」

と、したり顔で論じていたが、この問題は、「日本を本気で変えていく気が

ありやなしか」の突破口の杭になるかどうかだった。東京オリンピック開催を

選択した上に、この有様。これが日本の現状である。それにしても、日本の

既成政党が、こぞって、反対したとは、何をか言わんである。この結果の、

マイナス効果は、大阪だけでなく日本を痛めつけるだろう。

・私が橋下を代弁すると、『仕方がない、この結果の評価は歴史が証明する。

それにしても、この既成政党の全てが総がかりで反対とは、世も末。

これだけ、内側の市長と、県知事の立場で内部告発をしても、市民、府民が

理解できないとは思いもよらなかった。何が地方再生だ。その前に、大阪を

まな板に上げ、徹底的に合理化をすべきだろうに。 これでは、生活保護

対象者は大阪に殺到する。彼らは、この甘さを享受したいからだ。

無念だが、仕方がない!』 

・これもそうだが、気持ちの悪い空気が覆い始めている。 こういう時に、

大地震と噴火が得てして起きる。バブル崩壊の数年後に淡路・神戸大地震が、

リーマンショックの4年後に東北大震災が起きた。恐らく近い将来に経済の

クラッシュが起き、その数年後に大震災の可能性が・・(逆もあるが)

 何か、自分の死の不安を重ねている? ようだが。

2018-05-18 閑話小題 〜一昨夜半の不思議な夢

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   * こんな夢をみた

 面白い夢を何度かみてきたが、何ともはや、一昨夜のは奇妙な面白い筋書。

夜半の寝床にヨガのポーズを取入れて4年。その成果か、寝ぼけだったのか。 

夢と覚醒の境目に立ち、二つの世界を行ったり来たり。三カメ視線的な夢経験。

 夢かも知れないと思いつつみる夢物語。それが現実の延長だったり、夢のよう

な淡い感覚が何とも奇妙。毎週、シネマ館で映画をみたり、寝室で一日数本の

ドラマ、映画を見続けていることも影響している。映像世界の経験が、現実世界

の経験と混濁し、脳内で夢物語を創作してくれる。これだけ、連日、面白い映画

をみ続けていれば、現実と、映像世界と、脳内世界が混合しても不思議ではない。

今では、パソコンネットTVで、瞬時でYouTubeなどの映像世界に入込みが可能。

夢の世界は無意識が創り上げる物語。無意識世界の遊覧にもなる。

個人HP内検索で「夢の話」を入れると、数知れないほど多く出てくる。

 

 他人の夢の話ほど面白くないのはないというが、自分にとって、薄気味悪く、

リアルで、かつ絶妙な面白さを含んでリアルに語りかけてくる味わいがある。

夢分析というが‘書き出された夢’は‘掻きだされた自分’そのものでもある。

書くことの秘儀の最たる現われが夢日記になる。それぞれの日々の雑事より

遥かに、夢の記述がリアルに自分に語り掛けてくる。

時により、自分と書いた相手や現象との邂逅になる。 …逆もあるが!

単純馬鹿と思いきや、なかなか複雑怪奇な、したり顔も見え隠れしている。

『真実の自己との邂逅』ということですか。 でも、「御前って馬鹿だね」

「こんなものかい」と思い知ることが遥かに多いのは無能、不徳の致すところ。

夢と現の境目を両足で行ったり来たりとは、夢日記を書き続けた効果?

まあ、ふざけている? 所詮、人生は、夢幻でしかない! 

 夢幻こそが、真実?の世界かも。 真実の言葉自体が、何とやら?

夢分析じゃないが、膨大な共同幻想の一端も垣間見ることが出来るようだ。

反面、赤裸々の脳のレントゲン写真を公開して良いものか? 今さらですか。

――――

2005/07/30

1579, 閑話小題

  * 一昨夜の夢の話

面白い夢を見るものだ。医者から薬による至高体験のため、無害の麻薬を注射

してもらった夢。薬によるハイ状態とはどんなものか、病院のベッドに横になり

冷静に薬によるハイを待っている。ところが、横になっていなければならない

のに、歩き出してしまった。危ないと思って元のベッドに戻った。

しばらくすると、フア〜とした酔った感覚になった。

潜在意識が、薬の至高状態の経験を夢のカタチでさせようとしたのだろう。

安全であれば一度は経験してみたいが、安全のわけがない。

インドに行った時、ツアーの同行の女性から??を飲んだ体験談を聞いた。

とにかく、可笑しくなり腹の底から笑って嬉しさが極限になるという。

経験者がいうことは解りやすい。

  ー広い世界に馬鹿ひとりー

何気なく浮かんだ言葉で、何も深い意味は無い。

自分に対する心の奥底の言葉といったらよいだろう。

「小さい井戸の殿様蛙」という言葉と対比すると面白か。

世界を一人漂流旅をつづけていると、こんな言葉が出てくるのだろう。

孤独感と、広い世界に拠りどころを見出せない虚無感が覆いかぶさった

自嘲の叫びか。しかし、この言葉に何ともいえない親しみを覚えるのは何故。

一人大声で『あ〜あ!』と大きな溜息をつく癖がある。

この溜息の背後にあるのは「広い世界に馬鹿一人」と「小さな井戸の殿様蛙」

という気持ちがクロスした感情か。

――――

2004/07/15

1199, つれづれなるままに

  ー夢ー

この数日、最近たて続きに面白い夢をみている。

他人の夢ほどつまらないものはないというが、

潜在意識を覗くという面でみると面白いのではないか?

ー何かの乗り物で地球外の何処かにいってきた夢である。

そこは小さな惑星で、別宇宙という感覚であった。

恐らく、鈴木秀子とユングの臨死体験を読んだ影響と思われる。

二人の臨死体験を夢で疑似体験をするところが不思議である。

ー子供の時に亡くなった兄が帰ってきた夢をみた。

何か、寂しそうで生気が無い顔をしていた。

思わず泣いてしまった。

翌日、家内に寝言で泣いていたと言われた。

その後に、仏間に誰かがいる気配がした。

起きていってみるが、そこには誰もいない。

それも夢であった。

――――

2001/12/19

[70] 夢についてー2

何か欲しい!とか、どこかに行きたいという夢と夜見る夢と共通点

が非常に多いという。トイレにいきたいと探している夢は目を覚ますと

殆どトイレにいきたい状況である。次の夢は不思議な不思議な夢だ。

‘母とか父が死んだ後自分のなかに生きている!’とかいうが、

少なくとも私の中で事実の世界だ!夢で事実生きている。

痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。

それは正しく母が私の中で事実生きているのだ。

次にまた以前書いた文章をコピーしておきます。

ーーーー 

H0511妙な夢―(?)

 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。

泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!

起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、

居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。

ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。

まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。

これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。

また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて

(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!

 直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていた

と思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。

こんな事もあった、これは夢ではないが部屋の天井や床の下四ケ所で次々と

音がする。しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも

同じ現象があるそうです。  2001/07/02

――――

       「堀井誠作・シマ・The・world」ー両親の思い出

2015/09/24

閑話小題 〜今日は母親の命日

  * 今日は母親の命日

 今日は母親の命日、19回忌になる。早いものである。

ほぼ毎年、父の命日には思い出などを取り上げるが、振返って調べると、

母の命日には、時どきしかなかった。しかし、その前後に夢に必ずといって

いいほど出てくる。昨日の朝方も、夢に出てきた。寝室の二つの

ベッドが、廊下をおいた差向かえにある仏間に移動してあって、寝室には

一つだけ母のベッドが置いてある。その枕元には文庫本が一冊あり、何かの

読書指導書。さすがと思ったところで目が覚めた。

 また今朝方も極楽にいるような夢をみた。

《自宅の1Fの勝手口の前に、花園に色々の種類の花が咲乱れている。

そこに様々な小鳥や鳩の大きさの鳥が次々やってくる。そこで、デジカメで、

写真を撮るが、いつの間にか、その花園の赤い花が、周囲に広がっている。

鳥と花の兼合いが、何とも美しくて写真を撮ることを忘れて見入っている。》

 これを書いていて、この夢が実は母親の贈りものでは?と、思いついた。

この随想日記から、母について書いていた文章を内部検索で調べると、

以下の内容が出てきた。書くこと、書き残こして外部化しておくことは、

心の、想いの刻印になる。 燃焼しきった人生は、奥行きが深い。

 極楽の景色を、母に鮮明に見せて貰ったことになる。毎日、世界の絶景を

ブログに乗せているが、極楽的光景を連日、目にしている背景があるようだ。

 さて、ポタリングをして、母の墓参りだ。

―――――

4200, 閑話小題 −母の命日に

2012年09月25日(火)

  * 母の命日

 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって、16年経つ。

やはり、その年月は長い。今でも2〜3ヶ月に一度は、母の夢をみる。

先日、倉庫で母親のアルバムを見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で

当時の映画俳優記念写真を撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に

生きてきた逞しさがあった。当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の

人生を生きてきた。私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから

生まれることが多い。夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出る。

読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者の魂

と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台である。

両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。

独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。

――――

2007/04/24

2212, 宇宙的自己?が語りかけてきた?

                  (。・8・。)ノ おはよう

  *一昨日の朝方の夢

10年近く前に亡くなった母の夢を時々みるが、一昨日の夢が不思議な夢。

晩年の母は5年半ほど痴呆症だったが、夢の中の母は平常の状態。

不思議に思い、「如何したら呆けないでいられるのか?」と聞いたら、

「何を経験しても、その都度ごとに文脈としてまとめることよ、

また、一つ一つの要素をキッチリと言葉にしておくことよ。」

と諭すように答えた。そして、家の宝として、小さな仏像を5~6個持ってきた。

さらに家にある大きな封書を持ってきた。神聖な昔から家にある「書置き」の

ようだ。そこで目が覚めた。普段の自分の世界から一歩抜け出た不思議が感覚。

‘遥か遠い向こうの世界からの魂の呼びかけ’のような‘宇宙的自己としての

母の自己が、地上の私に直に語りかけてきている’ようであった。

現に毎晩、私が寝ているところが、母が30年以上寝ていた処である。

「魂とは何なのだろうか?」不思議で不思議で仕方がない。

誰もが持っている、不死の何かなのだろうか?

あの夢に出てきた母とは誰なのだろうか?

自己の創り出した(記憶の底から出てきた)母のイメージだろう。

夢も考えてみたら不思議である。

犬も夢をみるというが、自分の無意識がつくり上げた物語である。

 以前は不思議な夢を多くみたが、最近はめっきり少なくなった。

モーニング・ページに起きざまにみたばかりの夢の内容を書いている。

そのまま、大学ノートに書きなぐるが、生々しい夢を書くのも面白い

ものである。モーニング・ページの大きなコーナーになっている。

内容は他愛もないが、それでも時どきハッとするような深い内容がある。

夢と魂とは何か結びついているんじゃないのか?と時どき思う。

それも身近な母や父などの夢は、特に!

ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう?

母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン?

あのイメージは、家筋としての記録である。

家系としての筋道?   胡散臭いが!   

                   ホンジャ  (~▽~*)/

――――

2006/09/24

2000, 継父

        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜

今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。

この随想日記2000回と重なるところが不思議である。

早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。

5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをする

ことがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。

始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。

マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた

悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。

亡くなって一月後に、

「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いた。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての

国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、

あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・

ところで母の命日なので供養として、

母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。

そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。

この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、

「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、

断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの

セレブの前で話すには自分が出来てなかった。

その時、是非話しておけばと悔いが残っている。

母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。

(奇しくも昨日 WOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。

3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)

家が商売をしていたので残った祖母は男後家をもらうしかなった。

そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。

そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。

義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。

3人の末であった母に、特に虐めがいったという。

それが母のトラウマになってしまった。     ーつづく

 さて墓参りだ!

ーー

書いた後に気がついたことだが、

ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)

次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。

               (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! 

――――

2004/09/25

1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2

 十数年前のこと、新潟に有名な教育者が講演に来た。その夜、

勉強会の「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。

そしてそのままホテルに泊まってもらった。翌朝お礼を兼ねて、

弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。

二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。

そして直に旧知の友のようになった。知らないうちに、昨日書いた

母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、不条理の話に及んだ。

本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで

いたようであった。それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。

「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ

「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」

と依頼されたという。

いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。

「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまった。

こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会

がなかったのに、本当に惜しいことをした。また、そこに聞きに来ている人は

ふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。 後悔あとに立たずである。

森信三氏も似たようなことがあったというが。それから数年後の1992年に、

森信三氏は亡くなったのだ。本当にバカのことをしたものだ。

話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、母の実父の

上・三人は幸せな人生をおくり、下4人は??

ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。

「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると

軽く一冊の小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。

――――

2004/09/24

1270, 母が亡くなって、まる八年!

       ー命日に,母の魂に捧げる

9月24日が母の命日である。まる八年経った。遠い昔のような気がする。

今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰に

とっても共通である。父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、

自分がその年齢になって初めて解るものだ。

世界広しといえども、母は一人である。そして、ただ無条件で愛して

くれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。

真実の愛は、親の愛がその原点にある。

愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。

キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。

人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で

ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。

 ー命日ということで、母のことを少し話してみる。

母は特異な家庭環境の下で育った。兄一人、姉一人の三番目に生まれた

二年後に、実父が亡くなってしまった。そこで祖母は、(後妻でなく)

後夫をもらった。(要するに男後家)

その後、後夫の子供が4人生まれた。

後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。

特に一番幼い母が、その対象になった。祖母は後夫の手前、

守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。

そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。子供に対する

扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。

ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。

それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。

その結果、重度のノイローゼになった。私が7〜10歳の時である。

立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死していた。

(亡くなった直後の解剖で判明) そういえば、私も子供を抱きしめる

ということは一切しなかった。その苦悩・苦痛の中から、神様のような

優しさを持つようになった。そして強さも。

その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。

私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセス

多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。

どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。

特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。

      さあ墓参りだ!      23日6時半ー記

2018-05-16 閑話小題 〜情報の階層化について −3

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      〜NHK:BS1【三和:人材市場〜中国・日給1500 円の若者たち〜】

   * 弾け出された中国の若者

 あるのは小さなカバンと、着たきりのTシャツと、ズボンと小銭。

月給制の職場に堪えられず日雇い仕事で日々を暮らす若者。寝ぐらは、

ゲーセン。その実態は、現代社会の蔭を象徴している。日本のホームレスの

中国・深セン・バージョンというところか。大陸なればこそ、深刻度は深い。

これなら犯罪を犯しかねない状況である。

   〜NHK・HPより〜

《 中国・深センにある職業斡旋場・三和人材市場。

 工場労働からはじき出され、1日働いて3日遊んで暮らす「三和ゴッド」

と呼ばれる中国の若者を、何が追い詰めているのか。

 総資産が1億7000万円以上の富裕層が7万人に達する深セン。

格差社会の底辺から脱出できずもがく若者たちの間に不満が高まっている。

豊かになる夢を持ってやって来た出稼ぎ労働者の希望は、失望と不満に変わる。

三和市場で日雇いの暮らしを3か月送った男性は、深センを離れることを決めた。

中国の繁栄を謳歌する最先端都市・深セン。その発展を支えてきた人々。

しかし急成長がもたらした貧富の格差と負の連鎖によって、若者たちの夢は

更に手の届かないところに行こうとしている 。》

▼ 月給制は縛られ窮屈と、日給の働きを求め、ゲーセンで過ごす若者達。

情報化がもたらした原子化した流砂の民の象徴。誰が悪いのではない…

思わず魅入ってしまったのは、彼らの姿の中に、何やら、老い先短い?

我が身の姿「俺たちには明日がない」に重なる部分があったからか。

ネットサーフィン、TVドラマ、TV]映画、シネマ館の仮想の世界に日々、

逃避しているような? としても、それで充実するから不思議だが。

 

熊: カミさんとガキがいる以外、俺と大して変わりはしないよ。 

寅: 俺もだがね。原子化さえしてない俺たちは、良い悪いかは別として

 少しましかい。でも、砂粒がネットで強固に繋がるのも問題だね。

 それとゲーセンでネット仮想世界の逃避ね。八つぁんと大して変わりはしない。

熊: インドの人力車の車夫と似ているね。俺たちの寝泊りは、人力車のかわり

  に長屋の部屋だけど。でも、老い先短くなれば、何もかも同じよ。

大家: 私に対する嫌味かい。確かに死んで三日もすれば3百年前と同じさ。

 情報社会のグローバル化ってのは、誰もが一瞬で底なしになる可能性があるね。

寅: 豊かさで恩恵を受けるのは衣食住を除けば、情報の質量の差だろう。

 それが両親の質と、本人の才覚で変わる。確かに出発点で殆どが決まるね。

熊: 俺なんて、貧しさしか知らないだろう。豊かさの恩恵を一度でもよいから

 受けてみたいね。良いことなかったもの。バブルで阿波踊りしたかったね。

 大家さんは経験したというじゃないですか。

大家: ああしたよ。20年、いや40年は、そりゃ天国さ。良い時代に良い思い

 をさせてもらいましたよ。それがあったから、老いても心だけは豊かさね。

寅: 行蔵内の御宝が無いと、人間、老いてからの歪みが大きくなるの。

 それが顔に出るから、恐ろしいね。他人事じゃないがね。

熊: 何で今、俺の顔を見るんだよ。貧乏も馴染むと、けっこう面白いんだ。

寅: でも、傍で見ていて、「天気晴朗なれど波高し」がピッタシだね。

 舟は大揺れでさ。特に月末は、ウドンばかりじゃないか。

熊: 御前も同じようなモノじゃないか。御前のように宝籤など俺、買わない。

大家: 御前らが話すと、折角の社会問題も卑しい話になってしまう。

・・・・・・

4443, ヨガと座禅の違い

2013年05月16日(木)

 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回はゆうに

超えているが、回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代

野狐禅だが、六日町の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に

広い禅室で独り座禅を組んだことがあった。ただシーンとした中、

「直ぐにでも止めようか」という気持ちと戦いながらのたった独りの座禅は、

永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に叩かれる状況より辛い。誰もいない

ため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。ヨガで仰向けになり全身を弛緩する

「死者のポーズ」があるが、これは座禅の禅定に似ている。飛行機内の座席で、

耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思いを泡のように流していると、何かの

ゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間がアッという間に過ぎてしまう。

ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その状況から仏の悟りに近づく

ことにある。

ーヨガと座禅の違いをネットで調ベた、納得した3つをコピーしてみるー

《 人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら

 瞑想にふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと

「軛(くびき)」ということで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが

次第に神の力に人間を結びつけることを意味するようになり、その修行法と

して智慧、愛、行、瞑想が重視された。一般にヨガと呼んでいるのは、

このうちの瞑想による神人合一の方法である。このヨガは紀元5世紀ごろ

には「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派が独立してさかえ、

完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。このヨガの修行法

が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながっていく。 》

《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)

 を整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これに

よって初めて超自然的な力が得られ、対して禅は「禅定」に深くかかわり、

静けさを求める。禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の

悟りを追体験して”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。

禅は「無」を標誘し功徳や利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をする。

ヨガは神人合一して身心の健康を増進させる。 》

《 ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの

 哲学書にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える

事で、心の動きを抑制する方法として古くから用いられた。後に、ヨーガ学派

という哲学集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと

言われています。そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として

用いられ、釈尊も、瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」

という修行法として確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド

独特の修行法をアレンジしたものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は

同じであると言えるでしょう。違いと言えば、仏教における修行は、さとりを

目指す為の方法であり、現代のヨガは、心身の健康維持のためのもの、という

点でしょうか。座禅とヨガとの関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を

盛り込んだ、精神統一の方法でありますし、「禅」といいますのは、「禅定」

つまり精神統一をし、真理を観察することであって、「座禅」は座法や呼吸法を

用いた「禅定」一つの方法ですから、根本的な部分で同じ要素を持つ。 》

▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法に

 対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。

腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。

私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガに多くある。

手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ー

を見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、

これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム

60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。

・・・・・・

5175,人生相談という気晴らし! 〜?

2015年05月16日(土)

           『人生、しょせん気晴らし』中島義道

  * 老いた人の絶対的孤独との向き合い方は

 ここで、自分のしたいことを誠実に熱心に追及している限り、理解者は

出てくるというが、どうだろう? 今では、ブログなど、ネットで繋がることが

可能なので、ある程度の他者と繋がることが可能だが。

≪ Q: 〜年齢とともに肥大する孤独との向き合い方〜

 六十五歳の男性です。人間、歳を取るとだんだん孤独になるものだとつくづく

実感しています。若い頃は学才に恵まれていた男が、いつのまにか「俺は文化

なんてものには興味はねえ」と野卑な口調で本性をあらわしたり、デリカシー

欠けていた男の品性がますますひどくなったり。さらには盟友が亡くなったり…。

そんなこんなで、私はこの七〜八年ほどの間に若い頃からの友人をあらかた

失くしてしまいました。孤独であることにもそれなりの味わいはありますが、

しかし、人生、いや歳を取るということは、かくも無漸なものなのでしょうか。

歳を取ることによって生じる、どうしようもない孤独にどう対応したらいいのか?

適切なるご教示をお願いします。

  A: 〜わずかでも心の通じ合える人がいれば絶対的孤独は避けられる〜

 私は「孤独」がそれほど嫌いではなく、「それなりの味わいがある」と思って

いますので、「どう対応したらいいか」に対する直接のお答えにはならないかも

しれません。あなたの問題にされているのは、主に「他人との関係」でしょう。

それにも二つあって、1つは、人間、歳を取ると「品性」がますますひどくなる

こと、そしてもう1つは、親しい他人や愛する他人が次第に自分より先に死んで

いって、だんだん心細くなること。前者については、私も同じ印象を持ってます。

私が同年齢の男女との付き合いをかなり切っているのは、―自分はともかく―

一般的に言って中高年の「醜さ」に耐え難いからかもしれません。それに加えて、

私は「哲学」なんぞに首を突っ込んでしまったので、50や60の「普通に出来

あがった」男たちと話すことは何もないと確信しているせいでしょう。

 この歳で、妙に哲学に擦り寄ってくる老人も嫌いです。大学の教師や研究者、

あるいは物書きをしていて気が晴れることは、若い学生たちや若い研究者たちや

若い編集者たちや若い読者たちとの「交流」が、適当にあることです。

もちろん、彼らの中にも「心の醜い」輩はいますが、私の周りには総じて

「心のきれいな」人が集まります。そう自分が厳選しているからなのですが。

このことは、第二の孤独にも通底しています。私の場合、特殊とも思いますが、

自分と同世代の男女との付き合いをほとんど完全に絶っていますから、という

ことは、小学校から大学までの同級生などとの交際はないので、誰が生き残って

いるのか、誰が死んでいるかさえ(連絡がないので)わかりません。それに、

私は目上の人との付き合いは(どんな恩人でも)苦手で、これもほぼ完全に切り

捨てていますので、目下、誰が死んでもいっさい葬式に行く義務はないのです。

別に老後の孤独に備えてこう準備したわけではありませんが、私はその時々で

一緒にいて心の通じ合える人がわずかにいればそれでいい、という「刹那主義」

に徹しています。どんなに歳を取っても、自分のしたいことを誠実にかつ熱心に

追求している限り、理解者は出てきますし、その限り絶対的孤独は避けられると

思いますが……。≫

▼ 著者から肩書をとったら、「醜悪なクレーマー」と思われる。

 これまでの著書を読んでいると、クレーマーとしての信じがたい内容が

リアルに書いてある。それはそれは・・ 特に街中や電車などの騒音に敏感。

それと、著書を出し、思いを表現していると、孤独感は半減する。中島の口癖、

「いずれ直ぐ死んでしまう!」は、亡くなった友人を自分に置換えると分かる。

『死んでしまえば、それまでよ! そんなことなど死んで3日も経てば・・』

・・・・・・

4810,Quirt <内向型人間の時代> ー1

2014年05月16日(金)

              <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著

   * 内向型人間かどうかのチェックリスト

 私は、あまり外交的ではない。だから、事業創業の人生を選んだのである。

この書の冒頭にあった内向型リストで、○✖▽で、チェックしてみた結果、

20のうち、13が○、✖が3、どうだろう?▽が4で、明らかに内向的

人間である。家内は明らかに外交的人間と思っていたが、○が15に、✖が3、

▽が2で内向的人間には驚いた。専業主婦ということもあるが、驚きである。  

 ー以下、左が私、( )が私から見た家内である。

  ーまずはチェックリストからー 

           日本人、特に地方、北国は8〜9割は内向的人間? 

○グループよりも一対一の会話を好む      ○  (▽)

○文章のほうが自分を表現しやすい       ○  (✖)

○ひとりでいる時間を楽しめる         ○  (○)

○周りの人にくらべて、他人の財産や名声や地位にそれほど興味がないほうだ

                       ○  (○)

○内容のない世間話は好きではないが、関心のある話題について深く話合う

 のが好きだ。                ○ (○)

○聞き上手だと言われる            ○   (▽)

○大きなリスクは冒さない           ✖   (○)

○邪魔されずに「没頭できる」仕事が好きだ   ○   (○)

○誕生日はごく親しい友人一人か二人や、家族だけで祝いたい ○(○)

○物静かだ」「落ち着いている」と言われる       ○ (○)

○仕事や作品が完成するまで、他人に見せたり意見を求めない。▽(○)

○他人と衝突するのは嫌いだ              ▽  (○)

○独力での作業で最大限の実力を発揮する        ○  (○)

○考えてから話す傾向がある              ○  (○)

○外出して活動したあとは、たとえそれが楽しい体験であっても消耗したと

 感じる。                      ✖ (✖)

○かかってきた電話をボイスメールに回すことがある。  ✖ (✖)

○忙しすぎる週末よりも、なにもすることがない週末を選ぶ ○ (○)

○一度に複数のことをするのは楽しめない         ▽ (○)

○集中するのは簡単だ。                 ○ (○)

○授業を受けるとき、セミナーよりも講義形式の方が好きだ。▽ (○)

▼ 意外なことに、アメリカ人でさえ、2〜3人に1人は、内向的人間という。

 事業人生を30年以上、たずさわり、人との接触が多い仕事もあって、外交的

部分も多かった?反面、嫌な場面へ行かないで済む、自由もあった。逆に仕事上、

内向的姿勢も求められたこともあった。家内の友人に、極度の内向型人間がいて、

その話を度々、聞くことがあった。内向的にも、暗いのと、明るいのがいる。

冷たいのも、温みがあるのもいる。携帯パソコンが一般に普及した中、情報選択

と決断が重要になっているが、この時代だからこそ内向型人間の時代というのも、

説得力がある。ヨガブームというが、週二回、26ヶ月、参加して、成るほど、

内向き、精神性の時代が、実感できる。 高齢者は、どうであれ、内向きに

なりざるをえない。 ーつづく

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5905,閑話小題 〜映画評:『スプリット

2017年05月16日(火)

   * 『スプリット』〜映画評

 先々週末は行かなかったが、先週は『スプリット』をみてきた。評価:85点。

一人の男に24人の人格が宿って、監禁した3人の少女の前に次々に現れる。

恐いが、これが面白い。16年にわたり、随想日記を書き続けながら、同月同日分

を読み返していると、自分の中に、何人もの違った人格をみている心持ちになる。

人は毎日、進歩と後退をしながら変化しているのである。 その中で、50年近く

前の日記の内容に驚いてしまう。社会人になる前の使用前、リタイアの使用後

なら違って当然。「気持ちは大して変わってない」と思うのは、そう思いこんで

いるだけ? 読み返す度に、若い時分に戻りたいとも思わない… 

 ≪ 〜『スプリット』 あらすじ

級友のバースデーパーティの帰り、車に乗った3人の女子高生。見知らぬ男が

乗り込んできて、3人は眠らされ拉致監禁される。目を覚ますとそこは殺風景な

密室…彼女たちはその後、信じがたい事実を知る。ドアを開けて入ってきた男

はさっきとは違う異様な雰囲気で、姿を現す度に異なる人物に変わっていた―

なんと彼には23もの人格が宿っていたのだ! そして、さらに恐るべき24番目

の人格が誕生すると、3人は恐怖のどん底に。≫

▼ 内なる他者?が存在して、どれが主体人格かさえ分からない人が、世の中

 に現に存在している? 政治家など、理想の政治的リーダーを演じて票に

する日常。頭にあるのは、票とお金のことばかり。集金の主体は、汚職ぎりぎり

の塀の上の美味しい取引しかない。 で、主体人格が、まず歪む。

 演じる理想的政治たる表の顔と、それを演じる主体人格の間の皮膜の中に

自分の個性をつくるしかない政治屋タレント。心の底に、多重の人格が育つのも

解らないでもない。 24人目の人格が、人間の奥底に潜む、モンスターのような

強固の人格がオチとして現れ出てくる。 映画は面白い!

 多重人格を検索したが、これが面白い。 近くテーマにする。

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5540,ドーキングスのセックス機械論

2016年05月16日(月)

 カントを頂点とした欧米の哲学の世で、< 生物の身体は遺伝子(DNA)を

運ぶ箱である>などと主張すれば、袋叩きになって当然の事。人は神様が

おつくりになったと信じて疑わない国柄の米国だから顰蹙をかって当然だが、

ドーキングは、「セックス機械同士が交わった結果、子供が生まれ、子々孫々、

遺伝子が生き繋いでいく」と言い切る。この論からすると、死後の世界とか、

生まれ変わりや、「自己存在とは何だろう?」など、考えることが馬鹿くさく

なる。 たまたま、やばい我々?の身体に、遺伝子が取りついただけ?

         ーエピソードで読む西欧哲学史:堀川哲著ー より

≪ ☆ 利己的遺伝子

1976年、オックスフォード大学の動物行動学の教師、リチャード・ドーキンス

(1941〜)が『利己的な遺伝子』という本を出した。ドーキンス、35歳であった。

この本は現代のダーウィン主義を要約したものであるが、ドーキンスの文才も

あって、センセーショナルな反響を呼び起こした。

 彼は、「神も仏もあるもんか、生物はセックス機械にすぎない」という。

ドーキンスは特に宗教を攻撃して罵倒するものだから、特にアメリカでは

超顰蹙であった。ドーキンスアメリカで講演しようとすると大変である。

硬派のキリスト教徒たちが「くたばれドーキンス!」と叫んで押し寄せる。

彼の理論自体は単純・明快である。「この本の主張するところは、われわれ

および、その他のあらゆる動物が遺伝子によって創り出された機械にほかなら

ないというものである」。 こうドーキンスは書いている。

生物の身体は遺伝子(DNA)を運ぶ箱である。よーく考えてみよう。

人間は、最初は一個の細胞である。お母さんのお腹の中に、微小な卵として

誕生するのである。 学校の生物の時間に教わったでしょう。

 細胞の核にはDNAという二本鎖がある。DNAは四種の塩基物質で構成される。

四つの記号でプログラムが書かれていると考えればいい。コンピユータ時代

にはそのほうがわかりやすい。DNAはA、T、G、C(塩基物質の名前の頭文字)と

いう四種の記号でプログラムが書かれるのである。

 人間には人間のプログラムがあり、ブタやダニにはそれなりのプログラム

ある。私が何ものであるかは、このプログラムによって決定されるわけである。

 DNAのプログラムは自分が生き延びるように動く、そういうようにできている。

サバイバルの方法はといえば、それは自己の複製(コピ!)を作り出すこと。

私たち人間は有性生殖の生き物であるから、コピーの作業は異性との性交と

いう行為を通じて実現される。できるだけ多くのコピーを製造すること、これが

DNAの基本的機能である。DNAはそうするように作られている。雨が降るのと同じ。

 そのために、DNAのプログラムは私たちの身体を適当なときに発情させ、複製の

行為と駆り立てるのである。こうしで私たちは異性を追いかけ回すようになる。

人間誰でも年頃になれば、発情するようにプログラムされているということになる。

 ☆ 遺伝子は永遠だ

間違いなくいえることだが、私はいつか死ぬ。私の身体はやがて滅び去る。

しかし、私が子どもを製造する限り、私を製造しているDNAプログラム

少し書き換えられて、子どもにコピー(複製)される。個体としての私は死ぬが、

私のDNAプログラムは、私の子どもがまた複製を作れば、永遠である。

私にとってはうれしくも悲しくもないけれど、そういうことになっている。

遺伝子DNAは利己的である。だから「利己的遺伝子」である。その意味は、

DNAは自己の複製を極大化するように行為する、そういうようにプログラム

されているということである。≫

▼ 30数年前になるが、犬のブリーダーが、生まれたばかり犬の子、7〜8匹の

 写真を見せてもらった時、それぞれの個性的な顔と姿を見た瞬間、「この子犬

たちは、以前存在した犬の遺伝子が、改めて、この世に現れ出てきた」と、

直感したことを憶えている。 もしかして、分霊の正体は遺伝子? たまたま、

自分とは、それに触媒の積み重ねでカタチつくられた存在に過ぎないのだ。

これを知っておくと、死に際の絶対孤独が和らぐのではなかろうか。同じか?